No.972707

原稿用紙約三枚分、pixiv、ShortStoryからの転載です。
※続編との整合性を取る為に一部加筆の上、全体的な改稿をしました。その「雨宿り」にも書きましたが、雨で視界の悪い時など、人や車の行き交う様な場所での歩行にはくれぐれも注意して下さいね。('24/11/1)

2018-11-04 21:13:56 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:567   閲覧ユーザー数:567

 「傘」

 

 その男子のいる五年生の教室は、小学校の一番南側に建つ校舎の一階にあった。そして窓の方からすぐ先に運動場が見えるという位置になっていた。

 曇っていて薄暗い放課後、明かりの点いていないそこの窓際で、男子が今にも崩れてしまいそうな空をぼんやりと眺めていると、とうとう降り出して来た。その日、彼は何も雨具を持たずに登校した。だが二人っきりで最後まで教室に残る日直当番の女子の方は、ちゃんと折り畳み傘の柄をランドセルの横から覗かせていた。それを予め見て知っている彼は、もう学級日誌を書き終えて帰り支度を始めた彼女に向かって、

 「一緒に入れて帰って」

と気安い感じで頼んでみた。すると普段とても人に親切なはずの彼女が、

 「何で?あんたと家の方向全然違うじゃない!」

と何故かいきなりつっけんどんに、少し怒った様な口調で撥ね付けたのだ。そして教室の鍵を教卓の上にガチャッと乱暴に置くと、そのまま引き戸を開けてさっさと出て行ってしまった。

 

 そうして教室の中に一人取り残された男子は、しばらく待っていればもしかすると小降りになるかもしれない、などと気楽に考えて、相変わらず窓の外を眺め続けていた。しかし雨脚の方は益々強く、薄闇もまた暗くなる一方だった。 それで流石に彼も途方に暮れたが、その時、ついさっき出て行ったはずの女子が、いつの間にか窓から中を覗くのと目が合った。

 庇のない場所を何も差さずに急いで通って来たのか、何個かの雨粒を頭の上に乗っけている彼女は、

 「…あんたん家、学校からすごく遠かったの思い出して…」

と言って、まだ閉じたままの自分の傘を、柄の側が前向きになる様に持ち替えて窓越しに差し出した。

 無論、男子は遠慮して断ろうと思い、押し留める為に掌を出し掛けると、先にその気配を察した彼女の方が無理矢理それを窓際の床の上に投げ落としてしまった。そして立っていた軒下から外側へ急にパッと飛び出したかと思うと、降りしきる雨の中に向かって一目散に駆け出し始めたのだ。

 濃く沈んだ様な水色の薄闇の中をすごい速さで走り去るその影は、既に水溜まりが小さく出来掛けている運動場の真ん中を真っ直ぐに突っ切って進んだが、学校の外へ出る手前で急に失速した。おそらく人や車の通る場所では危ないと気付いたのか、そこから完全にスピードを落とした早歩きで校門を潜り、後はそれ位のままフェンス沿いの歩道を横に移動し、やがて端の方へと見えなくなった。

 下校する女子の姿を最後まで見送った男子は、彼女が残して行った傘を足元から拾い上げた。そして留め金を外してそれを開いてみると、いかにも子どもっぽいピンク色の縁飾り付きの曲面上いっぱいに可愛いキャラクター模様が彼の目の前に広がった。

 もしかすると女子は自分でも、ちょっとどうかな……、と思っている感じの物で、しかも相合い傘をしながらクラスの男子児童と一緒に帰るというのが恥ずかしかったのだろうか。最初あんな機嫌の悪い態度を取ったのはそんな迷いがあったからかも知れない。と彼は相手の心理を勝手に想像した。だがいずれにせよ、それでもすぐに思い直して引き返し、その一本きりの物を貸してくれた律儀な優しさを考えると、今、薄闇の中をずぶ濡れで下校して行く彼女に対して、何気に声を掛けただけの自分が一人無事に帰れる事にどこかしら引け目を感じた。

 

 しかしその後、実際に女子の傘を差して外を歩き始めると、彼女にこれを返しに行く時も含めてこれから先、こちらの方も相当恥ずかしい思いをしなければならないという事に気付き、男子は少し複雑な気分にもなっていた。

 

 終わり


 
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