~エレボニア帝国東部 ガレリア要塞演習場跡地~
リィン達はクレア大尉の案内でかつての演習場―――現在は第四機甲師団の臨時拠点が置かれた場所に案内された。暫く目を覚まさないゼノとレオニダスについては鉄道憲兵隊の監視の元で治療を行うこととなった。
そして、漸く目を覚ましたクレイグ中将と改めて対面することとなった。あの時エリオットにスープレックスを食らったにもかかわらず、ダメージは一切なかったことに安堵していいのか解らない表情を一同は浮かべていた。
「はっはっは、あのエリオットがその細身で父さんを投げれるようになるとは……これを機に一層鍛えねばならんな」
『どこに鍛える要素があるのよ……子も子なら、親も親というべきかしら』
「あははは……それにしても、無事でよかったよ。帝都にいるだろう母さんや姉さんのことは心配だけれど」
「確かに、それも心配ではあるな。父さんのように拘束される危険性もあるわけだし」
「最悪、人質も考慮しないといけない。クロイツェン州を治める人の性格を考えたら」
「……辛いですが、これも戦争の性ですね」
ユミル襲撃をした<北の猟兵>もそうだが、以前の特別実習で強硬な手段を取ったアルバレア公爵のことは身内であるユーシスから聞いていた。『貴族の体面を気にするあまり、視野が極端に狭くなる大馬鹿者』と酷評する始末。それには流石のマキアスも冷や汗を流して『前に捕まった僕が言うのもあれだが、父親にそれは酷くないか?』と窘めたほどだった。
「そういえば、アンタたちはよく無事だったな」
「うむ。内戦勃発直前に大尉が連絡をくれてな。幸いここに陣地を築くことができた」
「私は辛くも帝都を脱出できました。そして中将殿に助力していただく形で協力しています。凶弾に倒れた閣下の安否を確認できなかったのは痛恨の極みですが…」
「(そういえば、クレア大尉はクロウと対面していたんだったか……)にしても、機甲兵があるのは驚きましたけど、装備もかなり充実していますね」
「あの時の戦車も厳密には『アハツェン』じゃなくその改良型かな。でも、こんな辺境で補給はどうしてるの?」
フィーの問いかけにクレイグ中将はクレア大尉に視線を向け、大尉が頷くとクレイグ中将は話し始めた。
「……内戦が勃発してすぐのことだ。陣地のすぐ近くに大量の物資が積まれていた。当然罠であることも警戒したのだが、ナイトハルト直筆の手紙があったので直ぐに受け入れた。軽く半年は戦うことができような量がな」
「半年って、結構な量になるんじゃないの!?」
「はい。ラインフォルト製の弾薬や部品、食料などの補給物資、それ以外にも先ほど使用していた戦車や機甲兵までご丁寧に……ですが、エレボニアではそれだけの物資を一度に輸送できる手段を正規軍は持ちえていません。鉄道か…あの時帝都に現れた大型の飛行船でもない限り」
「結社の連中なら可能性はあるが、あの様子なら貴族連合に与していた。正規軍に物資を渡すメリットがハッキリ言ってないに等しい」
何の目的で正規軍にその物資を提供したのか……何の見返りもなしに半年も戦える規模を準備できる経済力もそうだが、大型の輸送手段を持ち得ている勢力の存在……今は考えても埒が明かないため、マキアスが話題を切り替えた。
「そういえば、他の正規軍の状況は分かりますか? 何か解る情報があればですが」
「それぐらいならあるぞ。その前に喫緊の状況ではあるが……先ほど、クロスベル方面にてクロスベル市を覆う結界が消え、青白く光る大樹が出現した」
「以前リベール王国で出現した<空中都市>のような……」
「かもしれないね」
「そういえば、リィンさんとフィーさんは実際に目撃したと聞いています。現状においてはそちらに割ける人員が不足しているため、詳細は不明のままですが……」
「正規軍の話に戻そう。ナイトハルトの話では、6割の正規軍が立て直しに成功して貴族連合と散発的に戦闘を繰り広げている。あやつは第七機甲師団に身を置いて状況の打破を第一に考えておるようだ……この状況の中、お主たちはどうする?」
リィンの騎神であるヴァリマールは双方ともに無視できない力。だが、今のリィンは元帝国貴族でアルノール家に所縁があるとはいえ、紛れもなくリベール王国の人間である。何かしらの柵を与えようとすればそれは直ちに国際問題へと発展する諸刃の剣。そのことはリィン自身よく理解しているであろう。リィンはマキアス、エリオット、フィーに視線を向けると、四人は揃って頷く。
「……まずは、他の皆と合流します。それは何よりも俺たち<Ⅶ組>としてどう行動するべきか……それを4人だけで決めるのは違う気がするからです」
「僕も同じ考えです。確かにこの状況を何とかするために、貴族連合に立ち向かうことも必要かもしれません」
「うん。正直父さん達に協力したいという思いはあるけれど」
「でも、それだと私達としての……<Ⅶ組>として筋が通らなくなってしまう」
様々な立場が集まってできたのが<Ⅶ組>ならば、それらの意思統一を図る。そのために今は他の皆との合流を最優先する。その過程で貴族連合と敵対することがあっても、完全に正規軍の味方をするわけではないと。相手からすればそんな言い訳など通用しないだろうが……それを聞いたクレイグ中将は少し考えた後、言葉を口にする。
「そうか。まあ、いろいろ悩んで考えるがよい。しかし、愛しのエリオットに何もしないというのは……戦車部隊をつけるか……あるいは虎の子の飛行船部隊でも……」
「ちょっと、それじゃ少数で行動する意味がなくなるでしょ!?」
「……でしたら、私が皆さんに協力させていただきます」
愛しい息子の為に冗談とも言えない過剰な護衛をつけようとする言葉にエリオットが窘める中、クレア大尉がリィン達の協力を申し出た。正直実質敵国であるエレボニアの人間、それも革新派のトップに近い人間がリベールに味方することの意味を。トヴァルからの指摘を受け、それも理解した上でクレア大尉は呟く。
「アンタ、その意味が解ってるのか? 貴族連合とはいえ、エレボニア帝国はリベール王国に軍を差し向けて侵攻したという事実があるのに」
「はい。閣下のことも気掛かりではありますが、このままいけば最悪『リベールの仲裁や擁護』を受けれなくなってしまう可能性を少しでも下げる……そのための申し出でもあります」
「リィン、どうする?」
「父さんが倒れてしまっている以上、郷の守りは急務です。リベール本国もすでに動いているでしょうが、治安維持を担っている人間の助けを借りられるのなら受け入れるべきかと思います」
「―――なら、そこにワイらも加えてくれや」
突然聞こえてきた言葉にリィン達が入口のほうに視線を向けると、先ほど戦った一人であるゼノが立っていた。どうやら、先ほど目を覚ましてフィーに会いに来たと本人は弁解しているが、仮に敵対していた人間なのでフィー以外は当然警戒する。
「ゼノ、レオは?」
「普通なら全治一週間、アイツなら三日や。ま、警戒するんは当然やな……そう提案したのは団長からの依頼や」
「……どういうこと?」
「ユミルは団長にとっても思い入れがあってな。守り切れんかったら団長が地獄の果てまで追いかけてくる言うてたし……これが、団長からの手紙や」
フィーがその手紙を受け取って読み進めると、明らかに団長の筆跡で書かれた手紙であり、フィーは溜息を吐いた。こうなるとこの二人もユミルに連れていく必要がある。だが、扱いは第四機甲師団の捕虜みたいなものなのでどうするべきかと考えると……クレイグ中将はこう判断した。
「<西風>のことは聞き及んでおる。クロスベル警備隊司令の<猟兵王>からして化け物と評すべき実力。それが率いる猛獣達に必要以上の人員は割けないのでな。わしの一存でお主達に委ねよう。何せ、お前さん達が撃退したのだから」
「化け物って、帝国最高の打撃力を誇るアンタが言うと洒落に聞こえてこないな」
「数か月前、第四・第五とクロスベル警備隊での演習があってな。完膚なきまでに叩きのめされた……集団行動だけでなく、ゲリラ的戦術まで会得したのはひとえに<猟兵王>の教導力所以だろう」
「中将、その話は」
「隠していてもいずれは明るみになろう。クロスベルの東では大きな動きがあると風の噂で聞いた。恐らく共和国方面もこちらの内戦に連動する形で何かが起きておる……詳しいことは不明だがな」
こうして、リィン達は<Ⅶ組>メンバーであるマキアス、エリオット、フィーに加えてクレア大尉、そして敵対していたはずのゼノとレオニダスまでユミルに行くこととなった。レオニダスはエリオットの治療で何とか動ける程度に回復し、改めて同行を申し出た。クレア大尉の準備ができるまでヴァリマールの前で待つことになったのだが、フィーはゼノとレオニダスを正座させて説教していた。
「お待たせしました」
「クレア大尉。って、その服は…」
「鉄道憲兵隊の制服ですと目立ちますので……その、変でしょうか?」
「いえ、すごくお似合いです。今度一緒に買い物に行きましょう」
「ええ、アリーシャさん。それで、そちらの3人は一体何を……」
『気にしないで頂戴。身内絡みらしいから』
そして、クレイグ中将も見送りに来た。だが、彼は一台の大型トラックに乗ってきたのだ。その理由はトラックの荷台に積まれたものだった。
「機甲兵用のブレードだ。見たところ内臓武装がないその機体でいつまでも丸腰とはいくまい。量産品みたいなものだが、無いよりは遥かにいいだろう。遠慮なく使ってくれ」
「はい、ではお言葉に甘えまして頂きます」
「うむ……エリオット。よい出会いに恵まれたな。正直、帝国の人間として軍人に進んでほしいと思ったことは否定しないが……この内戦を無事潜り抜けられたら、音楽の道に進むことを許そう」
クレイグ中将の気遣いに感謝して、リィンはヴァリマールに乗り込んでブレードを受け取る。そしてエリオットに対して、改めて言葉を紡ぐ。
「父さん……あはは、最初は取り付くシマもないぐらいに反対されちゃったけど、あの時の僕も意固地だったからお互い様だよ。それに、漠然と音楽院に行くよりもそれ以上にないぐらいの出会いと経験を得られたからね。時折自分が怖いと思うようになったけれど……」
「血は争えない、ってことなのかもな」
「天使のようなエリオットがこれ以上失われるのは忍びないが……かといって、男として逞しくなってほしいのも事実……ううむ、いっそのこと嫁選びのためにお見合いを」
「リィン、とっとと転移して」
『あ、はい』
『アンタ、苦労人の素質があるわね』
『言わないでくれ、セリーヌ……』
これ以上暴走したら帰るタイミングを失いそうなので、満面の笑顔を浮かべたエリオットに一抹の恐怖を少し感じたリィンは素直に頷いて『精霊の道』を起動し、一路ユミルへと帰還することとなった。その後、暴走するクレイグ中将を第四機甲師団が総力で抑え込んだのは言うまでもなかった。
その夜、第四機甲師団の拠点に姿を見せた赤髪の男性。警備の兵士はその姿を警戒するが、男性は事情を話して拠点の中に足を踏み入れた。そして、彼はクレイグ中将と対面した。
「―――まさか、このような辺境で出くわすとはな。レクター・アランドール特務大尉」
「ああ、あのオッサンの指示でクロスベルにな。まさか銃弾一発でお陀仏とは……帝都方面の状況は?」
「ここでは目ぼしい情報も入ってはこぬ。して、何をしに訪れた? 正規軍で連携して帝都から貴族連合を追い出せと?」
クレイグ中将の提案を聞きつつも、レクター大尉は溜息を吐いた上でこうハッキリと述べた。
「それもいいんだろうが、ここら辺もヤバいことになるかもしれない……よく聞いてくれよ? クロスベル独立国のディーター・クロイス大統領が逮捕され、クロスベル自治州・カルバード共和国が合併して『クロスベル帝国』が成立した。その初代皇帝はリューヴェンシス・スヴェンド―――<驚天の旅人>マリク・スヴェンドその人で、前アルバレア公爵の次子。帝国軍の最高司令官はあの<猟兵王>というオマケつきだ。しかも、カルバード共和国大統領だったサミュエル・ロックスミスが帝国宰相に就いた……総兵力100万の東の大国がエレボニアに攻めてくる。その可能性が一気に現実味を帯びた」
カルバード共和国の消滅と新たな帝国の建立。西ゼムリアにおける三大国のパワーバランスの均衡が破れる……激動の時代の片鱗を二人は感じ取っていた。しかも、その内の一国であるリベールにエレボニアが攻め込んでしまった以上、対話の窓口は閉じられていないがクロスベル帝国との仲裁を頼めるような状況ではないことも影を落としていた。
本来なら情報が漏れないようにすべきなのだが、その情報を態と洩らした。理由はこの状況で“鉄血宰相”が電撃的復活を果たせば、間違いなくエレボニア帝国は混迷の極致に追い込まれるからだ。情報系統を貴族連合が抑えている以上、大きく動くこともできない。もし仮に彼が貴族連合の協力者を炙り出してくれれば、それらを排除して双方の繋がりを決定的に絶つこともできる。
「―――さて、リィン達が動いている間に、全ての段取りを済ませるか」
アスベルはそう言ってメルカバ参号機に乗り込む。
七耀暦1204年12月4日、クロスベル警察特務支援課による<碧の大樹>攻略作戦が開始されるのと時を同じくして、クロスベル帝国軍はアルタイル市郊外に軍を集結。動員兵力は70万という規模を以て『風の牙作戦』が発動する。第一作戦目標は―――ノルド高原東部からの旧共和国反乱軍排除という目的を以て、高原を脅かす脅威を完全に排除する。
だが、アスベルはその作戦に参加しない。アスベルと同行するのはルドガー、セリカ、リーゼロッテの3人。その行先はというと……帝都ヘイムダルであった。この時期に帝都へ潜入する理由はただ一つ―――ソフィア・シュバルツァーの奪還。
現時点(七耀暦1204年12月4日時点)における西ゼムリア地方の境界線です。
以前出したマップと異なる点はいくつかありますが、そこについては追々本編で触れる予定ですのでご了承ください。
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第133話 意図せず増える者達