No.97090

恋姫†無双 真・北郷√10

flowenさん

恋姫†無双は、BaseSonの作品です。
自己解釈、崩壊作品です。
2009・11・06修正。

2009-09-24 06:18:12 投稿 / 全32ページ    総閲覧数:67984   閲覧ユーザー数:41295

恋姫†無双 真・北郷√10

 

 

 

群雄割拠の夜明け

 

 

 

/一刀視点

 

 後漢の第12代皇帝、霊帝崩御。

 

 待ち続けていたその合図を受け、俺達は静かに南皮から鄴城へと拠点を移し始めた。

 

 歌姫計画委員会の本部移転もある為、風と稟に物資移動の陣頭指揮を執ってもらう。

 

「風がドンドン引っ張り出すのです。お片付けは稟ちゃんにお任せなのですー」

 

 と、風が南皮城で持っていく荷物を選別し、兵士に運び出す指示を出して送り出せば、

 

「その書簡は全て書庫の手前の棚に、そちらは桂花殿の私室へ。ああ、その荷は……」

 

 と、稟が鄴城で素早くしまい込む。遠く離れていても二人はぴったりと息が合い、順調に移転は進んでいる。

 

 天地人☆しすたぁずと沙和、凪には、皇帝の訃報を受けて多少混乱が見られる民達を安心させる為、河北三州の各地を回ってもらっている。

 

「みんなー、私達には天の御遣い様がいるよー♪」

「だから安心して、ちぃ達の歌をきいてー!」

「今日も元気にいってみよー!」

 

「オオォォーーーーッ!」

 

「みんな、元気になって良かった。仮面雷弾、楽進ちゃんが頑張ったおかげなのー♪」

 

「わ、私は別に。ただ、何があっても民を守ると、そう言っただけだっ」

「くすくす♪」

 

 桂花は鄴城の新しくなった戦略司令室で、情報の更新、収集を引き続き行っている。

 

「雛里がいないのが、少し寂……辛いですけど、御主人様の為に何とかしてみせます♪」

 

 いつも桂花には苦労かけるねと言うと、とても嬉しそうだった。

 

 

 俺は今、ちび恋と南皮城の自室にいる。荷物の選別が終わり、最後にちび連者たちのお別れ会をするためだ。副官のクロを始め、猛者三匹ほどが鄴城に一緒に行く予定で、他の猫達は家族があるということで残るらしい。クロはまだ来ていないが。

 

 私物がなくなった俺の部屋でご馳走を並べて三十匹程、にゃあにゃあ集まっていると。

 

「はぅわ~、なんなんですか、この城はっ。天井裏は迷路だし、お猫様は沢山いるし、あぅぁぅ……お待ちください~、理想のお猫様~」

 

 と、通路の方から女の子の声が、って誰?

 

「はぅわ! ……ここは天国ですかっ!」

 

 クロに連れられて(誘き寄せられて?)入ってきた女の子が、俺の周りにぎっしりといる猫に驚く。当然真ん中にいる俺とちび恋に気付くわけで、

 

「……にへへ。はっ!」

 

「……ええと、お客さんかな?」

「……ちわ」

 

「!?」

 

 女の子は逃げようとするけど、既に周りを囲まれていた。ちび連者(猫)達に。ちび連者は彼女が飛ぼうとすると、威嚇するように鳴く。訓練されし猛者だ!

 

 更にクロが女の子に近づき、その足にまとわりつく。逃がすものかと。

 

「うなぁ~」

「……にへへ~。はっ! あぅぁぅ~どうしたらっ!」

 

「お客様かな?」

 

 俺が優しく微笑みながら再び問い、

 

「……はぅぁぅ」

「にゃぁ」

「はいっ! お邪魔しますっ!」

 

 クロが一声鳴くと、元気な返事が返ってきた。

 

「初めまして、俺は北郷一刀。この子は呂布。俺の大切な女の子だよ」

 

 膝の上のちび恋の頭にぽむと手をのせて、なでなで。

 

「あ、貴方様が天の御遣い様ですかっ! はぅわ!? 私は」

「……しゅうたい」

「はわっ!?」

 

 やはり呂布の名前(恋の武勇含む)はまだ知られていないか。にしても、なんで恋はこの子の名前を知ってるんだろう?

 

「……くろが、おしえてくれた」

 

「!? 先程、その黒く美しい毛並みの立派なお猫様に、自己紹介をしましたが。まさかっ! お猫様の言葉が分かるんですねっ! 師匠と呼ばせてくださいっ!」

 

 

 はきはき喋る子だなぁ。しゅうたい、周泰幼平か。

 

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 正史では、孫策に仕えた武勇に優れた勇将。孫策の死後は孫権に仕え、有名な話では、山越の反乱軍に襲われた時、全身に十二ヶ所もの傷を負いながらも、身を挺して孫権を護りきった。

 

 その後、孫権は将達の前で周泰を脱がせ、その傷がなぜ付いたのかを彼に語らせて、「自分が今生きているのは、彼がいたからだ」と、涙を流して感謝し、それを見た将達は圧倒されて周泰の指揮に何も言わず従ったとか。

 

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 孫呉か、俺は周泰を見つつ考える。まだ群雄割拠は始まってはおらず、諸侯達は表立って敵対はしていない。それなのにこんな勇将を送ってくるとは、少し派手にやりすぎたか。ちび恋がいなかったら危なかった。この子も前外史にはいなかったな。

 

「呂布師匠っ! お猫様の言葉はどうすればわかるのですかっ!」

 

 周泰の声にはっと我に返る。考え込みすぎたようだけど、周泰は猫の話に夢中みたいだ。しかし、何しに来たんだろう?

 

「……なんとなく」

 

 うんうん、そりゃそうだよな。恋に聞いてもそう答えるよ。感性で生きてるからなー。

 

「はいっ! なんとなくですねっ! ありがとうございますっ!」

 

 ……すっごく良い子みたいだ。

 

「と、とりあえず楽しんでいってよ」

 

 俺はそう言い残すと厨房に行き、斗詩が作っておいてくれたクッキーを一枚ずつ布に包んで五枚ほど用意し、小さな紙切れに一文字だけ書いて茶筒の底に入れ、クッキーを入れてから蓋を閉めて、自分の部屋に戻る。呉の彼女ならこれで俺の意図を読める筈だ。

 

「はぅわ~……モフモフ最高です~」

 

 俺が部屋に戻ると、周泰はクロをかなり気に入ったのか、抱きしめて破願している。

 

「そんなにクロが気に入った?」

 

「はいっ! 気高く澄ましていると思いきや、必要とあらばいくらでも可愛い素振りを見せて人間を手玉に取る! まさに理想のお猫様です~、クロ様~。にへへ」

 

 まあ、たしかに。そんな風に過ごした後、やがて猫達は解散していき、周泰も帰るようだ。

 

 

「御遣い様っ! 呂布師匠! 色々お世話になりましたっ! 私の真名は明命といいますっ!」

 

「真名を? いいのかい?」

 

 そんなに簡単に許されるものじゃないよなぁ?

 

「はいっ! お猫様を愛するものは同志! ですので明命とお呼びくださいっ!」

 

「……みんめい、れんのこと、れんってよんでいい」

 

「はいっ! 恋師匠!」

 

 そこまで猫が好きなのか。じゃあ、これも喜んでくれるかな?

 

「あははっ。じゃあ、同志明命にお土産にあげるよ。はいどうぞ」

 

「なんですか? 布?」

 

 茶筒の蓋を開けながら中身を確認し、首を傾げる明命。

 

「ひとつ開けて食べてごらん」

 

「はい。……こ、これはっ!? お、お猫様の形です! はぅわ~食べるのですかっ?」

 

 包みを開けた途端、クッキーを両手で天にかざし、ほわっとした笑顔で見詰める明命。

 

「うん、俺の国のお菓子なんだ。クッキーって言うんだけど、甘いのは大丈夫かな?」

 

「はい! あぅぁぅ、お猫様くっきぃ。にへへ、(ぱく)」

 

 どうやら齧るのが勿体無かったようで、丸ごと口に入れてしまう。しばらくすると、

 

「はぅわ~、今日は驚きの連続ですっ!」

 

 ぱぁっと笑顔。気に入ってくれたようだ。

 

「あと四枚あるから、持って帰ると良いよ」

 

「ありがとうございますっ! 今日の事は一生忘れませんっ! それではっ!」

 

 そう言って窓から飛び出して行った。ここ何階だっけ? 飛び降りてこちらを振り向くと、会釈をして走り去る。すぐに姿が見えなくなった。

 

「元気の良い子だったな。さて、恋。キントの準備は良いかい?」

 

「いつでもいい」

 

 そして俺とちび恋はクロ達を連れて向かう。新たな拠点鄴城へと。

 

……

 

「御遣い様、とっても良い方でした! にへへ。お土産も頂いたし沢山モフモフもできましたっ! そういえば、なんとなくってどうやるんでしょう?」

 

 一方、荊州南陽郡に向けて明命は走り続ける。天の御遣いのメッセージを携えて。

 

 

/語り視点

 

 同じ頃、何進大将軍より召集された董卓達は、西涼を出て洛陽へ向かっていた。

 

 馬を並べ話すのは、この軍勢を率いる五人の中心人物。眼鏡をかけ、不機嫌そうな顔の女の子は賈駆。儚い月のような淡い色の少女が董卓。

 

「全く! なんで、わざわざボク達だけを呼び出すわけ? 袁紹とか袁術でいいじゃない!」

 

「詠ちゃん、そんなこと言っちゃ駄目だよ」

「だって、月ぇ~」

 

「ね?」

「う~」

 

 賈駆が不満を漏らすものの、董卓が優しく諌めると不承不承ながら引き下がる。

 

 その後に続く、小さな口から八重歯が覗くおでこが可愛い子が陳宮。羽織を肩に掛けサラシに袴という出で立ち、美人と言うよりは男前という言葉が似合う女性が張遼。

 

「そうですぞ、賈駆殿。不平不満を言っている場合ではありませんのです!」

 

「賈駆っち。その袁紹が一緒に来てくれるんやろ?」

「途中までね!」

「途中?」

 

 陳宮が呆れながら賈駆を注意すれば、張遼は出発するときに小耳に挟んだ話をする。

 

「……詠ちゃん、御遣い様の手紙の通りにするって約束したよね? 破ったりしたら、私……」

 

「わ、わかったから月っ。ボクが悪かった! ね? ちゃーんとやるからぁ~」

 

 まだ不服そうな賈駆の態度に、董卓が悲しそうに約束を持ち出すと、賈駆は平謝りをする。

 

 そして、最後まで沈黙を守り聞いていた、いかにも武人という風体の女丈夫、華雄が問う。

 

「董卓様、その御遣いとやらの手紙とは、どのような内容なのですか?」

 

「詠ちゃん、どうしよう?」

 

 皆に話すべきか悩む董卓は、華雄の問いに即答できず親友に聞いてみる。

 

「大丈夫でしょ? 見渡す限りボク達以外誰もいないし。兵達にもそろそろ覚悟してもらわないとね」

 

「そうだね。書いてあった事はみっつです。まず、霊帝崩御の凡その時期……」

 

 辺りが驚声に包まれる。手紙が届いたのは霊帝の崩御の知らせより前。それは予言だ。南皮から西涼まで何日もかけて届いた書簡の内容。そして既に現実。

 

「次がふたつめ。その後、程無く私達が洛陽に呼び出される事です」

 

 告げられるふたつめの現実。兵達は歩みを止めるほどに驚き、諸将たちも息を呑む。

 

「最後にみっつめは」

「待った!」

「霞さん?」

 

 

「それって、未来の事やろ? ホンマに聞いても大丈夫か思て」

 

「言ったでしょ、覚悟してもらうって。もうボク達は、引き返す事が出来ないのよ」

 

 董卓が『未来』を言おうとすると、張遼が遮り確認をする。本当に良いのかと? しかし、悲痛な顔で賈駆が大切な親友の立場を訴えると、すぐに真剣な顔になり、

 

「わかった! ウチはもう覚悟決めた! なにがあっても月を守る!」

 

 張遼が覚悟を決めれば周囲もそれに続き、御遣いの『未来』の予言に集中する。

 

「みっつめは、そう遠くない将来、大陸の諸侯が連合して私達を……討ちに来ます」

 

 静寂。それは現実になって欲しくない未来。しかし、予言は既にふたつまでが現実。董卓は、来るらしい。来るかもしれない。ではなく、来ます。と言った。

 

「なら、行かなければいいじゃないですか! 董卓様、すぐに戻りましょう!」

 

「だが戻れば、何進大将軍、ひいては朝廷に反逆する事になる。そのような事になったら、我々だけでなく西涼全体に危険が及ぶぞ!」

 

 沈黙から一転、諸将の中から叫ぶように意見が出るものの。

 

「月がそんなこと許すわけないじゃない! 洛陽の民が苦しんでるのを見過ごした上、西涼を危険に晒させるなんて! ボクだって行きたくない! でも行くしかないのよ!」

 

 賈駆のやりきれない嘆きがその場を暗い空気に包む。その時、

 

「だから、天の御遣い様は私達を西涼に帰してくれる為に力を貸してくれると。そう、約束してくださいました。私はそのお言葉を信じます」

 

「というわけ。それがボク達が袁紹に合流して、途中まで一緒に行く理由なの」

 

 董卓が闇の中の光を示し、賈駆が先程の途中までという言葉の意味を説明する。

 

「力を貸してくれるですと? どういうことなのです?」

 

「ボク達は洛陽に入り次第、民を苦しめている宦官達を始末する。そちらは、あの有名な関羽が手伝ってくれるって。そして袁紹達は汜水関と虎牢関で準備をするらしい。ボク達も終わった後それを手伝う。でも、絶対無事ってわけじゃない」   

 

 陳宮の問いに、誰一人死なずに帰るなんて事は出来ない。と、そう皆に覚悟を促す。

 

「おーっ! 関羽っちゅーたら、大軍を纏めあげる優れた統率力に加え、武勇は天下無双ちゅう噂の軍神関羽? そら、会うのがめーっちゃ楽しみやなー♪ にゃはは」

 

「大陸一と武名高き、あの関羽か! 私も興味があるな」

 

「またふたりの悪い癖がでましたな。やれやれですぞ」

 

 場を和まそうとする血の気が多い二人の武将の言葉に、陳宮が溜息を漏らす。そこへ、

 

「前方に袁旗! 袁紹様のようです」

 

 

 袁紹の手勢が合流し、旧知のふたりが馬を並べる。

 

「仲穎さん、お久しぶりですわね。途中まで、私達もご一緒してよろしいかしら?」

 

「はい、本初さん。貴女と天の御遣い様を信じます」

 

……

 

 合流後、汜水関を抜けたところで袁紹達と別れ、都に進もうとする董卓達だったが、

 

「本初さん。ずっと気になってたんですけど……その大量の鉄の杭のような物は一体なんですか?」

 

「釘ですわ。これで連合を足止めしますの(サラリ)」

 

 洛陽に着くと、董卓を呼び出した何進大将軍は既に段珪ら宦官により殺された後だった。

 

 すぐさま宮中に乗り込み、十常侍を始めとする宦官達を、張遼、華雄達が始末していく。

 

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 董卓達が洛陽入りしてから連合が結成されるまで、多分、一ヶ月以上はあると思います。

 

 根拠 皇帝を即位させる為の段取りの時間(長そう)、噂が広まる時間、檄文を作る時間と届くまでの時間、集合場所に諸侯達が集まる時間等、結構時間がかかるからです。

 

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 十常侍とは、後漢末期の霊帝の時代に専権を振るった宦官の集団。演義では、張譲、趙忠を中心に、段珪、封諝、曹節、侯覧、蹇碩、程曠、夏惲、郭勝の十人です。

 

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 愛紗は張遼達武官が離れている間、董卓達を警護していたが、宮中で待機していると、董卓を傀儡にしようと張譲、趙忠が兵士を連れて現れる。しかし、

 

「張譲、趙忠か。貴様等が民達を苦しめた元凶。許さん、許さんぞっ! 我が義の刃を! 民の怒りを! その身にしかと、受けるがいいっ!」

 

 怒り狂う愛紗が、瞬く間に始末する。

 

……

 

 宮中からひとり逃げ延びた段珪は、新帝劉弁(少帝)とその妹の陳留王を連れ出すものの、馬車を急がせすぎた為に横転、後続の馬が続く。という事故が起こり、少帝が命を落とす。

 

 董卓は、その場所に何とか追いついて助け出した陳留王を、皇帝(献帝)として即位させる。

 

 賈駆と文官達は、民の為に洛陽を立て直すのだが……すでに朝廷の力は無に等しかった。この為、董卓は引き続き賈駆達と洛陽の内政に勤め、治安を回復させる。

 

……

 

 そして、武官達は袁紹達の準備を手伝う為、汜水関、虎牢関へ。反董卓連合が来るまでに準備を終わらせなければならない。天の御遣いの言葉を信じて。

 

 

 その董卓を虎視眈々と狙うのは曹操。彼女は今、悩んでいた。自分の勢力が伸びない。正史で合流するはずの優秀な人材、その悉くを大陸一の英傑と名高い北郷に奪われ、兵を率いる将軍不足が深刻化。曹操の仕事は増えるばかりであり、休む時間がない。

 

 しかも、桂花による名士ネットワークを使った妨害工作。商人の援助拒否や、有能な人材を勧誘しても良い返事が貰えない等、そのどれもが心血を注いで陰険に仕組まれつつも、北郷一刀からの、刺激するな。との指示を忠実に守っている為、一体誰が仕掛けたかも分からないほど巧みに、ネチネチと真綿で首を絞めるが如く、曹操の精神を蝕んでいた。

 

 桂花。敵にまわすと、以下略。

 

 とにかく曹操は焦っていた。優秀な人材が欲しい! と。そこでまず目を付けたのは、董卓の配下、張遼。現在、弱点に近い騎馬隊の指揮が巧みで機転も利き、統率力も高い神速の将。これは絶対に欲しいと。華雄も武名高き猛将だ。そして軍師、賈駆と陳宮。これも是非欲しい。つまり、全部欲しいと。優秀な軍師がいない曹操は、人材の渇望という、もはや病気と言っていい程の禁断症状に苦しんでいた。

 

 その為に、何が何でも天下に曹孟徳の名を示す切欠。好機が欲しかった。

 

 そして彼女は遂にそれを手に入れた。天下に名を示すと共に人材を得るという好機を。董卓という人が良いだけの田舎太守に『つけいる隙』を。

 

 その時曹操の傍らで、事故で死んだはずの段珪が口の端を吊り上げていた。

 

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 演義では、曹操が呼びかけ、諸侯が董卓討伐の兵を起こします。その時、名実共に大陸屈指の実力者であった袁紹を、曹操が盟主、総大将に推挙します。

 

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/周瑜視点

 

荊州 南陽郡 客将孫策の館

 

「ただいま戻りましたっ!」

 

 幼平が、私の指示で探らせていた南皮から帰還したことを告げる。

 

「おかえり、明命♪ 首尾はどう?」

 

「幼平、無事で何より。よくぞ戻ってくれた」

 

 大陸で知らぬ者がいないほどになった天の御遣いの名。名家の誇りを鼻にかけていたあの袁紹を一日で配下にした後、並外れた指導力で河北三州を瞬く間に纏め上げて強固な国を作り上げただけでなく、黄巾党の首領を軍も用いずに降伏させて、自らの広告塔として従えた上、その力で民心を得たり、その他にも得体の知れない工事を多数手掛けている等。

 

「明命ー、北郷はどうだったの? その為に貴女を送り出したんだからね?」

 

 雪蓮は北郷に興味津々のようだが、私は恐れていた。

 

「北郷という国。この短期間で並ぶものがないほどに力を付けた。いや、付け過ぎた。我々の野望の為にも放っておく事は出来ないのだがな…」

 

 だから間者を放っているのだが、偽の情報や古すぎる情報しか持ち帰れず、送り出した間者の大半は戻ってくる事もない。その上、数少ない抜け道を塞がれていき、次の間者を送り出す事さえ困難になる始末。まるでこちらの情報が筒抜けのように。

 

 そこで満を持して、危険と知りながらも、優秀な隠密である幼平を南皮に送り出したのだが、

 

「はいっ! これを頂いてきましたっ!」

 

「「は!?」」

 

 幼平が自信ありげに茶筒を差し出す。貰ってきた? どういうことなのだ。

 

「天の国のお菓子だそうで、くっきぃというそうですっ! 御遣い様がお土産にとっ!」

 

「……幼平」

「へー♪ 美味しいのかしら? どれどれ~♪」

「こら雪蓮っ!」

「うわっ」

 

 幼平の説明に私が呆れている間に雪蓮が得体の知れないものを口にしようとするので、その手をはたく。全く……。

 

「良いじゃなーい、お菓子くらい。冥琳のけちぃ~」

 

「毒が入っているかも知れないだろう! けちとは何だ! けちとは!」

 

 いかん……また、雪蓮の流れに乗せられてしまった。今はもっと大切な事があるのに。

 

「幼平、他には何かなかったのか? なんでもいい。話してくれ」

 

「はいっ! お猫様の天国でしたっ!」

 

「……他に」

 

「お猫様といっぱいモフモ」

「もういい」

 

 頭が痛くなってきた。やはり北郷は侮れぬ。幼平の弱点まで知っているとは……。まさか! これも天の知識だと言うのか!?(はげしく勘違いです)

 

 

「さくっと香ばしいし、甘くて美味しいじゃない♪ でかしたわ! 明命」

 

「はいっ!」

 

 いつの間にか食べ始めているし、私はこの親友に心労で殺されるんじゃないだろうか。

 

「蓮華ぁ、思春~。食べる? 天の国のお菓子だって、美味しいわよー♪」

 

「そんな怪しいものいりません」

「孫策様、私も遠慮させて頂きます」

 

 蓮華様と興覇の反応の方が正しいのだがな。

 

「祭は?」

 

「儂はいらんの」

 

「穏~?」

 

「欲しいです~♪」

「はい♪」

「ありがとうございます♪」

 

(注意、黄巾後、かつ反董卓連合結成前の時点では、呂蒙、孫尚香は合流していません)

 

 むぅ、残り二枚か。伯言がなにやらもじもじしながら食べているな。未知の味なのだろうか?

 

「しかし変わった形よね~?」

 

「お猫様くっきぃですっ!」

 

「へ~可愛い♪(もぐもぐ)」

 

 雪蓮が更に二枚目を食べ始める。残りは一枚、なかなか美味しそうだな。って!

 

「雪蓮……?」

 

 なんで一人で二枚も食べているのかしら? と、睨み付ける。

 

「ひっ! だってだって、皆食べないんだもの! いいじゃないっ! 美味しいのに! ねー? 穏」

 

「とっても可愛くて美味しいです~♪」

 

 くっ、私も食べて見たい。とても可愛らしい形と甘い匂いが私の知的好奇心を刺激する。

 

「うふふっ、め~いりんっ? うりうり~♪」

 

 雪蓮が、お菓子の入った茶筒を私の前で底が見えるように揺する。私の考えもお見通しか。

 

 チラと幼平を見ると、

 

「私は、御遣い様から頂いた時に食べていますので、公謹様どうぞっ!」

 

「コホン、では……」

カサッ

「……む?」

 

 最後の菓子が包んである布を、茶筒から取り出そうとすると、底に小さな紙切れが一枚。それを取り出して見てみると、『曹』と一文字だけ?

 

「(ぱくっもぐもぐ)なになに? その紙きれ♪ ……これは」

 

 雪蓮がその文字を見た途端、真剣な顔になる。二人して考えるが……おい、今食べたのは?

 

「これが何を意味するのかは、今は分からんか。……天の御遣い、底が知れぬ」

 

「……近いうちに分かる気がするわ」

ゴンッ

「って、いったー! 冥琳がぶった~。くすん」

 

 その数日後、曹操から檄文……天下に孫呉の名を示し、独立する為の絶好の機会が訪れた。

 

 

時間は少し戻り鄴城

 

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 鄴……中国の歴史的地名。後趙、冉魏、前燕、東魏、北斉の各王朝の都にもなった、軍事的に重要な拠点である。

 

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/一刀視点

 

 南皮から鄴に移したのは単に荷物だけではない。南皮で他の勢力の間諜の力量を見る事とそれに対して試してきた対策を、鄴で本格的に始めるためでもある。

 

 また、城下町での数々の施策も南皮での成果を基にして、より改良した形で生かしている。

 

 今までに捕らえた間者は、有効な情報を持っていない限りは放してやり、その後を付けさせて抜け道を調べて塞ぎ、投降したものに関しては『蛇の道は蛇』の言葉通り、間者独自の潜入方法を警戒させて警備に当たらせる。情報を集めるのも重要だが、守る事の方が更に重要だからだ。

 

……

 

「すべて順調ですわ。あとは……」

 

 玉座の間で、洛陽から戻ってきた麗羽から『準備』の進捗具合を聞いていると、

 

「お待ちください! まだ御遣い様のお許しを頂いておりません!」

 

 慌てた様子の侍女が俺に来客を告げる前に、傲慢不遜な覇王が玉座の間に入ってくる。

 

 さて、予想していた『お客様』とはいえ、まさか曹操様直々とはね。

 

「ひさしぶりね、麗羽。名家の誇りを捨てて、その天の御遣いなんていう胡散臭い男に尻尾を振っているそうじゃないの? 恥かしくは無いのかしら?」

 

 いきなり喧嘩腰か。麗羽を怒らせて、正常な判断をさせないようにするつもりのようだが、

 

「あら、華琳さんじゃありませんの? 名家の誇りなんていう、犬の餌にもならないものなど、とっくの昔に捨てましたわ。貴女こそ自慢の覇気が薄れているんじゃありません? いつもより小さく見えましてよ?(サラリ)」

 

 出会った時に全てを捨てて、民のために尽力している麗羽に効くはずがない。反対に曹操がそのこめかみに青筋を立てて、

 

「……ぎっ、少し疲れているからかも知れないわね。誰かさんのお陰でウチは人手不足で。私が直接貴女のところに来るくらいにね」

 

 そう良いながら俺をチラリと見て、すぐに興味が無さそうに麗羽に視線を戻す。

 

「それで、用件はなんですの? 忙しいのなら余計な前置きは要りませんでしょう?」

 

 そうね。と、曹操が答え、始まりの外史と同じように董卓の悪行を並べ立てる。

 

 

 大陸全土に放った細作を駆使して情報を集めたが、この外史には橋瑁などいなかった。左慈と干吉も。

 

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 橋瑁は三公の公文書を偽造し、董卓に対する挙兵を呼びかける檄文を作った人。

 

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 そして袁紹……麗羽は董卓と会って俺と同じく『事実』を知っている。

 

「だから、董卓を討つ為に貴女の力を貸してくれないかしら?」

 

 ならば残るは演義と同じ、曹操が呼び掛けるしかない筈と、俺の読みは当たった。それにしても俺の事は完全に無視か。麗羽とは幼馴染だからなのかも知れないが。

 

 昔の麗羽なら絶対に受けるだろう。名前を天下に轟かせる為に。だけど今の麗羽は……。

 

「お断りしますわ」

 

 ただ一言。それだけで簡潔な拒絶。

 

「……何故? と、聞いてもいいかしら?」

 

「仲穎、董卓さんは、そのような事をする人ではありません。貴女の話を一方的に鵜呑みにして、はいそうですか。などと、ご主人様がお許しになるはずがありませんわ」

 

 麗羽が理由を話しつつ、蚊帳の外だった俺に話しを振ってくれる。上手いな。俺は目で麗羽に感謝して曹操と向き合う。

 

「でも、世間からはそう見られているわ。董卓自身は悪くなくても、官を制御出来ないなら同じ事よ。それにもう、諸侯達に呼びかけてしまった。貴方達が動かなくても大陸の英傑達が集まり董卓は討たれる。つまり、結果は同じ事」

 

 だから参加しなさいと曹操は繰り返す。流石に話の持っていきかたが上手いが、

 

「それはどうかな? もし、俺が全てを知っているとしたら?」

 

 俺はこの流れを多少違うとはいえ知っている。どの関所を通るのか。どんな道だったのか。そして、参加する諸侯達の狙い。董卓の討伐など関係なく、功名の好機というただひとつの狙いも。

 

「だとしても、つけいられる隙がある方が悪いのよ。私はそれに乗るだけ。弱いものが強いものに倒される。この乱世では当然の事だわ」

 

 

 目の前の曹操と俺、大陸を統一すると言う志は同じ。しかし、俺は弱いものを倒すのは当然とは思わない。その弱いとされる者達も、自分達の民を守る為に戦う英雄達だ。

 

 話し合いで降るのなら受け入れたいし、守ってあげたい。戦うのはあくまで最終手段。

 

 だが同盟という手段は俺にはない。俺達は納得し信じ合えても末端はそうはいかない。特に国境にいる民達は、明日にでも敵になるかも知れない同盟国の兵士に怯えるだろう。

 

 そして、そんな結末では、いままで命を落としてきた英傑達の血を汚す。真の平和を願い、その命を散らした尊い礎たちの志を。だから俺は進むと決めた。大陸を必ずひとつにすると……。

 

「つけいられる隙ね……本当にあるのかな?」

 

「麗羽達も洛陽で宦官達を始末した後、しばらくして逃げ帰ってきたと聞いたわ。その後、董卓がどうしているのかまで知っているのかしら?」

 

 本当に説得が上手い。俺が知っていなければ参加するしかない流れになっている。しかし、麗羽達は逃げてきたのではなく、準備が終わって帰ってきたのだ。

 

「話は済んだ。北郷は参加しない」

 

 俺はそれだけを言い玉座から立ち上がる。

 

「待ちなさい! この戦いが終わった後、どうなるのか分かっているのかしら?」

 

 最後は脅しか。

 

「北郷と対等に戦えるのなら、連合でも何でも好きにすれば良い。その時は俺も北郷の民を守るために本気で戦おう」

 

 この時の為に俺は国力を上げてきた。もう俺は誰の言いなりにもならない。

 

 本当は董卓の味方になって助けたい。だが今は無理だ。世間では連合の方が正義となっている。負ける事はないだろうが北郷の民に余計な動揺を与えてしまう。

 

 だから悔しいが秘密裏に助けるしかない。今だけは……。

 

「くっ、董卓が終わったら……次は貴方の番よ。首を洗って待っていなさい」

 

「董卓の後ね。出来るのならどうぞ? 楽しみに待ってるよ」

 

 俺はそう言って玉座の間を出て、軍義室に向かった。

 

……

 

「……ギリッ、柳の様にのらりくらりと。ふんっ、腑抜けた男ね、話にならないわ! さっき言った事を必ず後悔させてあげるから」

 

「今日は休んで行きますかしら?(ふふっ、華琳さんも相当余裕が無いようですわね)」

 

「そんな時間なんかないわよ! 戻ったらやる事が山積みなんだから!」

 

 そう言い残して不機嫌な曹操は玉座の間を出て行った。

 

 

数日後 反董卓連合合流地点

 

/星視点

 

 大地を埋め尽くす天幕群、そこに諸侯達の旗が所狭しと並べられ、その周辺には様々な軍装の兵士達が……その数、約十万。これでも当初の予定の七割程しかいないらしい。北郷軍が不参加だからだ。その為、各勢力はぎりぎりまで多くの兵力を掻き集めてきた。

 

 月、いや、董卓殿を助ける為にも、北郷様は必ずや参加すると思っていたのだが。

 

「姉者! いろんな兵隊さんがいっぱいいるのだ!」

 

「……うむ。こうして見るとなかなかに壮観だな」

 

 無邪気な義妹が一目で分かる事を報告してくれる。次に君主である義姉が、

 

「ほわー……たくさん兵隊さんがいるねぇ~」

 

 この二人と一緒ではさすがの私も押さえ役に回るしかないな。愛紗よ、今まで迷惑をかけて済まなかった。お主こそ真の忠義の士だ。心で本来ならここにいる筈の彼女に謝罪する。

 

「さすが、諸侯連合……といったところですが、北郷軍がいない為、士気は余り高くないようですね。でも、これだけの陣営が一堂に会する機会はなかなか無いでしょう」

 

 朱里が状況を説明してくれるが、既に歴史の流れが変わっている。私は自分の記憶があてにならなくなった事を確信した。

 

 まあいい。私はあの方を信じるだけだ。

 

 そう思いなおし、辺りの旗を改めて見渡す。私には、前の世界でこの連合に参加した記憶がないので、朱里の説明から確認していく。

 

 荊州の袁術。江東の麒麟児、孫策。西涼の馬騰。公孫賛殿も来ておられるのか。諸侯に付け入られるようなことがないと良いのだが。他はとくに有力な諸侯はいないようだ。

 

「まもなく軍議が始まるようですよ。桃香様、行きましょう」

 

「はーい♪」

 

 そして陣地中央。この連合の盟主、曹操の大天幕へと桃香様と朱里が移動して行く。

 

「ふぅ。鈴々、私達もそろそろ準備にとりかかろう」

 

「わかったのだ!」

 

 思い出すのは先日、北郷様より届いた竹簡。開いていくと、最初に星と私の真名が一文字。途中は何も書いておらず、一番最後の方に曹ともう一文字。

 

 星、曹……わからぬ。

 

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 竹簡。竹の薄板を横につなぎ合わせた物、巻物のような形。紙が高価な時代の代用品。

 

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 私はその手紙の意味を何度も頭で繰り返すのだった。

 

 

 軍議が終われば、やはり先鋒は我々劉備軍となる。兵糧は貰えたものの兵士は借りられず、曹操が私達を捨て駒にする気であることは明白だ。あの手紙は曹操に気を付けろ。と、言う事だったのだろうか?

 

「全軍! 汜水関に向けて進軍せよ!」

 

 総大将、曹操の右腕、夏侯惇の号令で出発する。

 

 そして、道すがらに聞いた朱里の話では、攻城戦において言えば作戦や策らしいものは無く、戦況を見てその都度対応するしかないと言う事だった。

 

 先陣を乗り切るための方策を考える私達。最初の敵は、

 

「汜水関を守っているのは、張遼将軍だそうです」

 

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 物語の設定と説明です。多少根拠あり。

 

 このさき、連合結成前に麗羽達が何をしていたかと言う事を、場面と時間を切り替えながら書いて行きます。分かりにくく読み難いでしょうが、宜しくお願いします。

 

 過去……時間は連合軍結成前。場所は逐次明記だけど、一刀の策の解説に近い。

 

 現在……時間は連合軍結成後。場所は物語の進行に合わせて移動。

 

 場面設定……本当は虎牢関と汜水関は同じ構造物の別名称なのですが、三国志演義では、別々の連続した関となっています。恋姫でも同様。

 

 また、恋姫作品中でその間の距離は一両日中(一日二日の意味)何度か陣泊するという説明があり、計算すると多分七十七里程(約32Km)と、推測しております。

 

 参考……三国志時代の歩兵の一日の行軍距離は、時速4Kmで8時間=約32Km

 

 更に、各関所は天然の要塞、大きな岩が壁となり、扉は観音開き(グラフィックから推測)間道は高く切り立った崖に挟まれた一本道というくだりも含め、この物語は進みます。

 

 

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現在 汜水関

 

/語り視点

 

 諸侯連合が汜水関に到着すると、張遼率いる騎馬隊五千が城門から出て布陣を始めていた。城門の扉は、なぜか片方しか開けていない。そして布陣を終えた後、すぐに突撃してくる。

 

「よっしゃ、ウチが一発、神速の真骨頂見せたるわっ! 全軍突撃やーーっ!」

 

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過去 解説

 

/一刀視点

 

 まず、汜水関に配置する将は張遼とした。曹操が喉から手が出るほど欲しい彼女が汜水関にいるという情報を流す事によって、連合軍が函谷関を選ぶという選択肢を潰す。

 

 そして張遼は神速の将。その名に相応しい働きを期待して時間稼ぎを担当してもらう。更に悪い癖が出ないよう、成功したら愛紗と手合わせをさせるというご褒美つきで。

 

 彼女達には、連合の進軍に間に合うように函谷関から回り道して汜水関内に一旦入って待機、休息してもらい、連合が姿を見せてから布陣後、突撃してもらう。その理由は……。

 

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現在 汜水関

 

/曹操視点

 

「天が私に味方したようね。張遼、武勇に優れ、強い者と戦う事に生き甲斐を感じる生粋の武人。騎兵の指揮に優れた神速の将……欲しいわ」

 

「良くご存知なのですね……」

 

 春蘭が心配そうな顔で私に話しかけてくる。

 

「ひとりでも多くの優秀な人材がすぐ欲しいもの。名のある武将は全て調べてあるわ!」

 

「(華琳様の悪い癖が更に悪化して……)ですが、張遼がブスだったらどうします?」

 

 この忙しさから開放されるなら、とりあえずなんでもいいわ。

 

「それでも欲しいわ!」

 

「可愛ければ?」

「絶対欲しいわ!」

 

「……はぁ」

 

 愚問ね。一刻も早く、良い人材を入れなければ……この先が無いわ!

 

「だから、春蘭。貴女が張遼を捕まえて見せなさい!」

 

「わ、私がですか?」

 

 すでにこちらに向けて駆けて来る、張遼率いる騎馬隊。

 

「一旦、包囲してから、わざと囲みの薄い場所を作るわ。そこで捕まえなさい! 彼女の性格なら強者である貴女と戦いたがるはずよ」

 

「御意!」

 

 ふふふ、さあ劉備。うまく私の所へ張遼を誘き寄せて見なさい。策はお見通しよ。貴女がここで生き延びるのならば良し。倒れてしまうならばそれまで、というだけのことよ。

 

 

汜水関

 

/星視点

 

「朱里ちゃん! ど、どうしよ~。あの張遼って人、凄い速さで突っ込んでくるよ!」

 

 桃香様は慌てているようだが、

 

「このまま一度、相手をした後、敗れた振りをしつつ後退し、後方の曹操さんの本陣にぶつけましょう。騎馬隊五千……まともに当たって勝てるはずもありません」

 

「了解した! 鈴々!」

「わかってるのだ。姉者! 鈴々はお姉ちゃんを守るのだ!」

 

 朱里のよどみない献策にすぐさま対応する。少ない手勢だからこそ出来る臨機応変さが劉備軍の強みだ。兵の損失を出来る限り抑える為、私は兵を引き連れて最前列へと踊りでるが。

 

……

 

汜水関

 

/周瑜視点

 

「ふむ、軍略の常識ならば、ここは関に拠って、敵軍を撃退するのだが……分からん。いきなり突撃とはな。雪蓮は分かるか?」

 

「分かんない。何かもっと大きな何かが邪魔をして……。いつものように感じられないの」

 

 雪蓮? ふむ、どうやら先鋒の劉備に向かって突撃しているようだな。それならば……。

 

……

 

 その後、劉備軍は後退を繰り返し、前線は混乱に包まれる。

 

「うまくいったか。劉備のお陰で労せずして汜水関を落とせるな。どうした雪蓮?」

 

「……誰もいないわ。扉も開けっ放しだし」

 

 劉備軍が曹操軍に、敵を押し付けようと諸侯の進路を塞いだお陰で、うまく汜水関に一番乗り出来たのだが、

 

「なにかの計略か? いや、足を踏み入れても、何も起きないということは……?」

 

「ううん、今は何も無い。よく分からないけど」

 

 雪蓮が真面目な顔で何かを感じているようだが。とりあえずは一刻を争う。

 

「孫呉の旗を揚げよ! 我等が一番乗りだ!」

「オオォォーーーーッ!」

 

 

汜水関

 

/張遼視点

 

「劉備は戦う気ぃないで! 無視しぃ! 数が多いだけのあわくっとる雑魚の中を突っ切る! ついてきぃっ! あと、曹操には近づいたらあかん! 絶対や!」

 

 鳳統ちゃんに言われた通り、曹操の旗を避けてひっかきまわしとると、汜水関に取り付いた孫策が勝ち鬨を上げ、それを聞いた諸侯達が汜水関へと我先に殺到しようとしとる。

 

 その隙を付いて阿呆共の包囲を破り、敵の後方からとんずらっちゅう寸法や! 作戦がうまくいったら関羽に手合わせしてもらう約束や♪ 待っててな~関羽♪

 

 さー、ぐずぐずしとる暇はないで! しっかし、鳳統ちゃんは賢いなぁ。上手く行きすぎやで?

 

 うまく逃げたら……もうひと仕事や!

 

……

 

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過去 解説

 

/一刀視点

 

 北郷から洛陽に送り込んだのは愛紗、麗羽、猪々子、斗詩、雛里、真桜と工作兵達だ。

 

 俺は前外史の記憶を基に、雛里にもし少数の戦力で先鋒に立たされた場合、諸葛亮がどうゆう作戦をとるか事前に考えてもらった。すると、戦う振りをして敵をひきつけ、戦力の集中している場所にぶつけるでしょう。と、言った。俺が知る朱里と霞そして華琳。全てがパズルのピースの様にカチリとはまった俺は、その考えを基に作戦を立案し、軍略の天才、雛里に修正を任せた。大方針は敵を倒さず『まず逃げる』だけ。

 

 そして城門の扉は片方は開かないように、もう片方は閉まらないように、と指示。それを聞いた麗羽は、斗詩の金光鉄槌で何回も殴らせて歪ませたようだ。

 

「やっと私の武器にも出番が来ました! 光になりなさーいっ!」x100x2(左右)

 

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現在 汜水関前

 

 

/曹操視点

 

「見事に逃げられたわね……」

 

「……はい」

 

 張遼が来ると思って待ち構えていたのに、無視をされた挙句、前線は馬鹿な諸侯達が狭い城門に殺到したお陰で大混乱。張遼にはその隙に逃げられるし……。

 

「さすが神速の将ね。息もつかせぬ逃げっぷりだったもの」

 

 汜水関一番乗りは孫策が手に入れて、諸侯にその名を知らしめた。

 

 悔しいけど、張遼を追いかけている暇は無いか。切り替えなければならない。

 

「先に進みましょう! 扉を早く開けなさい!」

 

 しかし、いくら兵士達が引いても動かない様子だった。入り口が狭くなっているので、作業をしていると他の者が全く通れなくなる。……全くイライラするわ。一時辰(2時間)ほど待つものの……。

 

「……通れない事はないわ! そのままにして先に進みます。全軍前進!」

 

 

 狭い城門を倍の時間かけて潜り(くぐり)汜水関を抜けて進軍中、暫くして後方から伝令が駆けて来る。

 

「最後尾の輜重車隊が城門を潜っていたところ、張遼が戻ってきて火を放っています!」

 

「なんですって!」

 

 まさに神出鬼没。戻ろうにも一番後ろを進軍していた袁術達が邪魔で戻れない。

 

「邪魔よ!」

「な、なんなのじゃ? 前に進めんではないか!」

「ですよねー♪」

 

 両方を崖で挟まれた狭い間道、無駄に多い袁術達の兵。移動も出来ず時間だけが過ぎる。

 

 何とか戻るものの、輜重車は焼かれたり、車輪を壊されたりと、狭い扉の前で立ち往生。当然、既に張遼達の姿は影も形も無い。

 

……

 

輜重車隊襲撃後逃走中

 

/張遼視点

 

「曹操。月の借りは返したで! あとは華雄っちのお手並み拝見やね。これで仕事も終わったし、お楽しみの時間や! にゃははっ、関羽~、待っててな~♪」

 

 張遼達は鄴に向かう。関羽と手合わせする為に、そして董卓達と合流する為に。

 

……

 

/曹操視点

 

 被害状況を確認する。敵の数に対して被害は大きかった。戻るのに時間を取られ過ぎた。

 

「でも、まだ輜重隊は八割残っているわ。無事な物は積み替えて運びなさい!」

 

 次に張遼が来たら必ず捕まえよう。輜重隊にも護衛は付いているが、こんな狭い所で襲われれば、護衛も満足に動けず各個撃破されてしまう。しかも、相手はあの張遼。

 

 私は門の外を警戒させながら、壊されたり、焼かれたりした輜重車を撤去させ、いつも以上に積み荷を載せた輜重隊が完全に門を潜るのを見届けた。その間、時間ばかりが過ぎていく。

 

「扉を閉めなさい!」

 

 その後、閉めさせようとするが閉まらない……。すると、今度は前方から伝令が飛んでくる。

 

「前方に溝が多数発見されました! 諸侯の方々がお待ちです、至急軍義を!」

 

 全く! なんなのよ! 私は憎まれ口を叩きながらも、総大将として責務を全うしようと先頭の方に馬を飛ばす。そこで見た光景は……。

 

 両脇の崖まで綺麗に掘り返された溝。それも連続して三本……怪しすぎるわ。

 

「軍義を開きましょう」

 

 

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過去 解説

 

/一刀視点

 

 俺は工事責任者の雛里に、汜水関と虎牢関の間道に、幅と深さが三尺ほど(約70cm)の溝を九尺ほど(約2m)の間隔で、三本ずつ掘らせるよう指示した。それを一組として十里(約4Km)毎に配置させる。正確な必要はなく多少曲がっても良いと。

 

「ご主人様はすごいです♪ そこに溝を掘ってください。丁寧じゃなくて良いです」

 

 工兵達に溝を掘る場所を指示する雛里。

 

 そして麗羽には、思いつくまま、落とし穴の場所を指定するようにお願いする。

 

「こちらと、あとこちらにも。……あら、ここには大物がかかりそうですわ♪」

 

 楽しそうにバツ印を地面に書いていく麗羽。(彼女の特性は天運、強運です)

 

 そして、実際に掘るのは真桜を始めとする工作部隊だ。

 

「がんがん掘ったるで~♪」

「螺旋こそ漢の浪漫! 掘って掘って掘り進む!」

 

 螺旋槍で地面を掘りまくる真桜と、量産型螺旋槍で続く工兵達。掘った土砂は全て董卓配下の兵士達によって、虎牢関の奥へと運ばれていく。

 

 俺が狙ったのは輜重車の車輪。この時代ではタイヤも無く、木を丸くしただけもので、地面の凹凸の衝撃を吸収できずに、小回りもきかない、長期にわたる行軍の生命線……。

 

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現在 間道

 

/語り視点

 

 ここで大問題が発生した。先ほど発見したこの溝は、歩兵、騎馬などは全く問題ないが、兵糧はもとより、水、衣服、薬、矢等、重要物資を運搬する輜重車が溝を越えられない。

 

「これが敵の策なのは間違いないわね。輜重隊を故意に遅らせ、本隊と離したところで先ほどの様に襲撃すると……汜水関の扉が閉まらないのは、この為なのね……」

 

「矢も無いんじゃ攻撃もできないし、破城槌も車輪なんでしょ?」

(破城槌。城門を突破する為に使用する攻城兵器のひとつ。助走をつけ扉に叩きつけて使う)

 

 

「ここは慎重に進むべきだろう。これ以上兵糧を失うのは危険だ」

 

「はぅ~、困ったよ~」

 

「敵の意図が時間稼ぎなのが分かっているのに、そうするしかありませんね……」

 

「七乃~、妾はもう眠いのじゃ」

 

「お嬢様、蜂蜜水を上げますから、もう少し我慢してくださいね♪」

 

「お姉様も意見を出さなきゃ! 出番が無くなっちゃうよ?」

 

「あたしはこうゆうの苦手なんだよな~」

 

「どうせ私は影が薄いから諦めてるけどさ……しかも一人だし」

 

 皆の意見を纏めると、まず、汜水関に袁術たちの兵士を見張りに付けて警戒させる。次に、本隊も護衛を兼ねて輜重車の溝越えを手伝う事になり、全兵士を大移動に巻き込む。

 

 間道に木など生えている訳も無く、輜重車を壊して、そこから取った板を渡し、その上を通しても、何千台という数と満載した荷物の重さには耐え切れるわけもない。渡した板を割って溝にはまり動けなくなったり、溝を埋めようと思っても、そんな道具は陣地を作る為位で大量には持ってきていない上、やはり、何千台と通れば埋めた部分がへこみ、車輪を溝に取られて横転して荷物をばら撒いたりと、進軍速度が一気に減少した。しかも、それが三連続、十里ごとにあるのだから……。

 

「うんしょっ! うんしょ! ねぇねぇ、星ちゃん、なんか、お引越しみたいだね♪」

 

「流石は桃香様。常に前向きですな……」

 

 すでに連合軍は全員砂まみれで汚れ切っており(袁術と張勲除く)疲れ切っていた。

 

 更に放った斥候が帰ってこない。暫く進むとぽつぽつ穴が開いており、中から救いを求める声が……。それは穴の中で網に包まれ、身動きがとれなくなっている斥候達だった。

 

 そして、一両日で着くはずの虎牢関に、五日ほどかけて着いた頃、

 

「やっと着!?」

ズボッ

「きゃ!」

ドスッ

「くっ……なんで、こんなところに落とし穴があるのかしら……っ」

 

 総大将が落とし穴に落ちる。こめかみを押さえつつ、苛立ちを隠せない様子の曹操……大物がかかったようである。

 

 

 それはさておき、虎牢関を守っているのは華雄と陳宮だった。

 

「華雄、陳宮……今度こそ、必ず手に入れてみせるわ」

 

 攻城戦の為、物資が揃うのを待つ。最後尾の輜重車が補給地点に着くのを待って連合軍は軍義を開く。破城槌を使うのに邪魔な、おなじみの溝を如何するか……。

 

 城門のすぐ手前に、道中あれだけ苦しめられた溝がこれでもかと掘ってある。

 

 それから数日、華雄を釣ろうと様々な挑発をするが一向に出てこない。度々、城門の向こうから雄たけびが上がるものの、暫くすると静まる。時間は更に過ぎていく……。

 

 連合結成から、すでに二週間以上。

 

……

 

虎牢関

 

/陳宮視点

 

「華雄殿、よく我慢されましたな。董卓殿達は無事、鄴の方に避難されましたぞ」

 

「なに、あれでは流石の私も出る事は出来ん。褒めるのは私などでは無い」

 

 華雄殿が激昂する度に出撃しようと切り付け続けた跡を見ますと……。確かに出る事『も』出来ませんな。

 

「では、ねね達も撤退するのです。急ぎますぞ」

 

「うむ、董卓様に無事を報告しにいこう。全軍、静かに撤退するぞ」

「ォー(小声)」

 

 ねね達は洛陽経由で函谷関を無事に抜け、董卓殿達が待つ鄴へ向かったのです。

 

……

 

虎牢関

 

/語り視点

 

「変ね?」

 

 初めに気付いたのは曹操。華旗と陳旗が降りている。

 

「まさか!? ……既に、手遅れだというの?」

 

 最悪の可能性が頭をよぎる。『なにもしていない董卓が既に逃げた』という可能性。逃げていた場合、悪行を証明する物は何もない。

 

 そして諸侯達が狙っている功名の機会さえも……もはや、無い。だが、ここまで来たからには虎牢関だけでもと、溝を突貫工事で埋めた後、破城槌で城門の扉を叩き続ける。

 

 やがて、他の勢力も集まるが壊れる様子はない。何かが裏から押さえつけているようだった。

 

 半日ほどして漸く扉が壊れ、大量の土砂と共に手前に倒れてくると、そこには……。

 

 

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過去 解説

 

/一刀視点

 

 最後に虎牢関は華雄と陳宮の二人に、出撃しないようにして関を守ってもらう。連合は華雄を猪武者だと思っているから(実際そうだけど)侮ってかかるはず。

 

 所詮、華雄は猪武者。挑発すれば必ず出てくるはず……と、

 

 そして、軍師の陳宮がいることで、撤退の段取りと戦況の把握、更に曹操の心情、張遼を逃したという気持ちから来る『今度こそは手に入れる』という執念さえ利用する。

 

 虎牢関の城門扉の裏に丸太を縦に並べて置かせ、その後、鉄杭で丸太同士を打ち付け門を覆うほどの巨大な塊にして、間に膠(ニカワ)を流し、上から重りの土砂をかける。

 

 丸太を切るのは猪々子をメインに、華雄も付き合ってくれたそうだ。

 

「くらえー! 斬山刀斬山斬! んー、スカッとするなぁ」

「必殺技なんてないぞ……真名もな」

 

 そして、切った丸太を運ぶのは、やはり董卓軍兵士の皆さん。

 

 最後に鉄杭(釘)を金光鉄槌で打ち込むのは斗詩。

 

「私は金槌じゃないです! くすん。光になりなさーい!」

 

 本当に良い娘だ。完全に塞がせた後、函谷関経由で愛紗達を鄴に戻らせた。張遼達が函谷関経由で汜水関に布陣したのも、この為。

 

……

 

 後は、華雄達が連合軍全体を間道に缶詰にしておけば、董卓達は安心して函谷関から避難できる。何しろ虎牢関の城門は当分開かないからだ。諸侯の狙いは功名。朝廷が無力な今、董卓達が逃げ切れば情報次第で如何にでもなる。董卓達はただ、宦官を始末して洛陽を立て直し、劉協を助けただけなんだから……。

 

 

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虎牢関前

 

/語り視点

 

「なんなの、これは……」

 

 開いた口が塞がらない。全員がそんな顔をしていた。

 

 現れたのは入り口を覆う木の断面。蜂の巣の様にぎっしり並べられ、どうやっても動きそうにない。燃やすには大きすぎるし、人、ひとり、入る事だって難しいだろう。

 

 この時点で曹操は完全に好機を逃した事を知る。何も得られず戻る事しか出来ないと。

 

 戦ったのは初戦だけ。華雄は全く出てこなかった。いや、出て来たくても出てこられなかったというほうが正しい。結局、名を示す好機を得たのは孫策だけ。

 

 曹操の脳裏に鄴城で北郷一刀が言っていた言葉が浮かぶ。

 

『それはどうかな? もし、俺が全てを知っているとしたら?』

 

 ただ一人、愉快気に曹操が笑う中、諸侯達は自分の無能を棚に上げて曹操の責任を追及するが、曹操は意にも介さず傲慢不遜な態度で連合の解散を宣言する。

 

 孤独な覇王は失敗から猛省し、気持ちを切り替え復讐を誓う。本拠地、陳留が近いため、輜重車の荷物はなるべく兵士に持たせ輜重車を捨てて、誰よりも早く来た道を戻る。

 

 一刻も早く、態勢を立て直さなければならないと……。

 

……

 

虎牢関前

 

/周瑜視点

 

 曹操が解散を宣言し、私達が城門を調べていると、目の前を覆う丸太の壁の端に少しだけ隙間が開いている部分を見つけた。

 

「幼平、中には入れそうか?」

 

「はいっ! なんとか行けそうですっ!」

 

 この先に進むのは無理かも知れないが、曹操の様にすぐ割り切れるわけもない。

 

「どうだ?」

「はぅわ!」

「どうした!」

 

「この隙間は何か大きな刃物で何回も切りつけられた跡ですっ!」

 

 なんだと……? 華雄が何度も激昂していたにも関わらず、出陣しなかったのはこれか。

 

「……それで、どんな様子だ?」

 

「はいっ! とても大きな丸太がひとつの塊の様になって……。なにか糊の様なもので固められて土砂まで載せられていますっ! よいしょ! さらに大きな鉄の杭の様な金具で固定されているようですが、大きすぎるため一部しか見えませんっ!」

 

 つまり、どうにもならないという事か。

 

「冥琳ー。私達も帰ろ~? もう進めないし、曹操も帰ったし、終わりなんでしょー?」

 

「終わり……曹操? ……最後……曹」

 

 雪蓮の言葉で不意にあの意味深な紙切れを思い出す。幼平が北郷から持ち帰った茶筒。最後に菓子を取り出した筒の底……曹の文字、紙の状態。

 

「雪蓮。あの時、北郷の土産の筒の底に入っていた紙はどうだったか覚えているか?」

 

「どうだったかって、曹って?」

「立っていたか?」

 

「紙が立つわけないじゃ……!」

 

「つまり、これまでの事は北郷の策! そして彼奴の真意は、最後に……」

 

 

虎牢関前

 

/星視点

 

 この連合。終わって見れば戦闘らしき戦闘もなく、どちらも損害は軽微、輜重隊の荷物運びに明け暮れて兵士達は疲労困憊。やっと終わったかと思えば引き返すしかないとは……なんともあの方らしい突飛な策だ。

 

 総大将の曹操は、諸侯から恨まれて足早に去っていったか……む!

 

 曹操が去っていった彼方を見詰めると、まだ明るい空に星が輝いた。

 

「星(ほし)……まさか!」

 

 荷物の中の竹簡を取り出して星の字が上に来るようにして読む……すると、一番下……最後の方に書いてあった曹の文字が横に、

 

「……ということは、北郷様の狙いは、最後に……」

 

……

 

解散翌日の昼過ぎ 汜水関

 

/語り視点

 

 戻りは輜重車を捨ててきたので、行軍して一両日で汜水関に着いた曹操軍。

 

「あら、見張りの為に置いてきた、袁術の兵士達がいないわね?」

 

 全く、太守と同じで使えないわね。と、愚痴りながら先を急ぎ外を目指して進む。通常なら慎重な曹操は、失望、焦り、不安、諸侯からの非難による孤立で心を乱していた。

 

 そして曹操軍二万は、そのまま曹操達を先頭に門を潜り外に出るが……。

 

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 北郷の真意を理解した周瑜と星の言葉が重なる。

 

「「……曹操を倒す」」

 

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ジャーン! ジャーン! ジャーン!

 

「!?」

 

 そこで曹操を待っていたのは、銅鑼の音だった。

 

 

一週間ほど時は戻り 鄴城

 

/一刀視点 

 

 張遼が、愛紗と手合わせをしに鄴に入ってくる。俺達はそれを合図に北郷軍先鋒五万を連れて、俺、恋、麗羽、猪々子、斗詩、雛里の六人で出発する。

 

 手が空いた風に、董卓の風評が根拠のないものだったと、大陸中に広めさせるよう指示する。

 

「おぉ! ご主人様は風の扱いがうまいのです。これはサボるわけにはいかないのですー」

 

 愛紗達には、董卓達の迎え入れの準備をしてもらい、終わり次第、本隊十万を率いて合流してもらう予定だ。前外史での記憶では、連合は総数十五万、今回は十万という情報だった。

 

 最悪、連合全軍と戦う可能性もあるが、あの間道に閉じ込められて疲れ切っている筈だし、兵糧も残り少なく、汜水関の扉は完全に閉まらない。多分、俺と曹操が雌雄を決する事になるだろう。

 

 その為に星に竹簡を、周瑜に土産を送ったのだから。

 

 そして、この決戦での狙いはもう一つある。曹操に勝つ事により諸侯達の戦意を削ぎ、降伏を考えさせて無駄な戦いを回避する為だ。

 

……

 

 俺達は汜水関に着くと、俺達を見ても警戒しない袁術の兵士達に『袁紹』が労いの酒宴を開いてやり、そのまま眠りこけた兵達を縛り上げ後方に拘束しておく。

 

 本当は発見させて、諸侯達が見ている前で決着を付ける予定だったが……。また麗羽の強運が発動したようだ。相手が都合が悪い瞬間や、なにかを当てる時(くだらない事限定)麗羽はその特性を生かす。軍団指揮でも相手の態勢が悪い瞬間にうまく攻撃がはまる。

 

「麗羽。一番最初にここに戻るのは誰だと思う?」「……すやすや」

 

「そうですわね……華琳さんじゃないでしょうか? なによりも一番が好きそうですもの」

 

「姫~、それって理由になってないっすよー」

「でも姫って、こうゆうの得意だからねぇ」

 

 俺の予想も曹操だ。曹操の拠点陳留は近いから、輜重車を捨てても十分もつだろうが、劉備、公孫賛、袁術、孫策は、そこそこ遠いし捨てて行くのは無理だろう。西涼の馬騰、いや、多分、馬超は遠方だ、いかに騎兵とは言え、水も食料も無しでは行軍出来ないはずだ。

 

 俺の作戦と経験に基づいた分析、雛里の軍略、そして麗羽の天運。全てが組み合わさり、今、俺達は汜水関の外で兵を伏せさせる。麗羽の予想を信じて。

 

「……ごしゅじんさま、かなしい?」

 

「大丈夫だよ。この戦いの犠牲も無駄にはしない。だからこそ、この一戦で決めないといけない! 皆、頼むぞ!」

 

 ちび恋の心配そうな目に俺は決意を持って答える。軍師雛里は『雛羽扇』を見詰める。

 

「……師匠、風さん、稟さん、私、頑張ります……」

 

 

時は戻り汜水関

 

 曹操が単騎でこちらに馬を寄せてくる。決戦前の挨拶だ。

 

「恐れ入ったわ、天の御遣い……私と戦うべき英傑の様ね。今回は完敗よ。愉快な程に」

 

 そう言って曹操は満足気に口の端を吊り上げる。

 

「楽しんでもらえて何より、この勝負も勝たせてもらおう」

 

「……つけいられる隙がある方が悪い……私がそう言ったんだったわね?」

 

 あの時の言葉を思い出した曹操は一転無表情になり、俺に確認する。

 

「ああ、董卓が終わったらっていう約束だっただろう? 楽しみで待ちきれなくてね。言われた通り、ちゃんと首も洗ってきたよ。ん? 何がおかしいんだい?」

 

「ふふふ、本当に愉快だわ! 貴方の様な英傑との戦いこそ、血湧き心躍る瞬間。……天の意思を感じられる最高の刻! 楽しいのは当然の事でしょう! でも、詰めが甘かったようね」

 

 本当に楽しそうに笑った後、少し残念そうにそう告げる。

 

「君達は既に周りを囲まれ、兵糧も矢も残り僅かでジリ貧な上、汜水関に篭っても扉は閉まらないし、奥は行き止まり、こちらは関羽が本隊十万を率いて向かってる」

 

「……へぇ、流石北郷。圧倒的な兵力ね。頭も悪くないわ。でも、その事じゃない」

 

 俺はあえて見当違いな返答をして、今の状況を再確認する。曹操に詰めが甘いと思わせる。それは俺の狙い通りだから。

 

「貴方の後ろ、麗羽と、そのおまけ二人。気が弱そうな少女。あとは……子供? ふざけているのかしら? 関羽がいるならともかく、その程度でこの曹孟徳が倒せるとでも?」

 

 曹操はまだ、麗羽が無能だと思っている。兵士も多すぎず少なすぎず連れており、数を頼みに包囲していると思っているようだ。本当は麗羽達も兵士も強くなっており、秘密兵器も隠しているというのに……。

 

「華琳さん。焦りと慢心で周りが見えないようでは大怪我をしますわよ」

 

「……いうじゃない。まあいいわ。ここで勝つのは私。さあ始めましょう! 最高の刻を!」

 

 最後に麗羽が曹操に迷いを、焦燥、慢心、迷い。覇王の心の鎧に最後の楔を打ち付ける。

 

……

 

/語り視点

 

 曹操は自軍の陣地に戻り兵達を鼓舞する。

 

「我が精兵たちよ! この一戦こそ、私が夢見た至高の戦い! そして勝利する事が我が望み! 命を惜しむな! 北郷軍に恐怖を刻みつけろ! 勝利を我が手に掴むのだ! 全軍前進! これより数が取り柄の雑魚共を殲滅する!」

 

「オオオオォォーーーーッ!」

 

 曹操軍の兵士達の気合が大気を震わせる。

 

 

 雛里が軍師用の馬車の上で小さな羽扇子を掲げ、普段では考えられない声量で毅然と兵士達に勇気を与える。

 

「北郷の兵達よ! 私達の後ろには守るべき家族がいます。両隣を見てください! 同じ志を持つ仲間がいます。前を見て下さい! 敵の遥か彼方! そこには希望があります! 掌を見てください! その手で希望を掴みましょう。手を握ってください! その拳で倒すのは目の前の敵です! 北郷に勝利を! 私達の手に希望を! 全軍前進っ!」

 

 前進の掛け声と同時に、雛里が羽扇子をスッと前に振り下ろす。

 

「オオオオオオォォォォーーーーッ!」

 

 北郷軍の兵士達の希望を求める聲が天(そら)さえも突き抜ける。

 

……

 

北郷VS曹操

 

/語り視点

 

「鶴翼の陣から中央後退! 袁紹大盾部隊を前に! 左翼、顔良隊! 夏侯淵の弓隊へ突撃開始! 蜂矢の陣で突き破って下さい! 文醜隊、偃月の陣で夏侯惇隊へ直進!」

 

 羽扇子を揮う雛里の指揮の下、数で勝る利点を生かして基本陣形は鶴翼の陣とし、包囲しつつ攻撃、怯んだその隙を付いて打ち合わせ通り、北郷の二枚看板を突撃させる。

 

 大将、つまり北郷一刀がいる鶴翼の陣の中央部を麗羽の大盾隊、白苦隊で支える。

 

「突! 刺!」ヒュヒュン!

 

 麗羽が琢刀を天に向かって振り上げ二回振る。超長槍、白苦(パイク)約三丈一尺余り(7m程度)を隙間無く並べた歩兵達が、曹操軍の騎馬隊にその槍を一斉に突き刺す。落馬した者には上から叩きつけ、突撃して来る者にはその勢いのまま槍が多数突き刺さる。あまりの威力に足を止める騎馬隊に、今度は左右から回りこんだ白苦隊の超長槍が襲いかかる。その連携はまさに完全調和。

 

 騎馬隊と一緒に真っ直ぐ突撃してきた夏侯惇は、その突進を止められる。その時、

 

「にゅ!」ドガガガッ「にょ!」ガラガラ……ドスッズゥン

 

 大きな爆音と共に、汜水関の扉の上の岩が砕け、入り口を塞ぐように崩落する。

 

 扉は半分開いている為、完全には塞がらないが、かなり狭くなる……そう、逃げ道はなくならずに、

『曹操軍の兵士が見ている前で狭くなっただけ』

 

 

 何が起きたか分からず、夏侯惇は一瞬気を取られるが、姉を支援する為に弓の射程距離まで近づいてきた夏侯淵と目が合い、敵本陣を睨む。その時!

 

「いくぜ! 夏侯惇っ!」

「騎兵突撃承認! 敵弓兵を蹴散らしなさい!」

 

 猪々子先頭の騎馬隊が夏侯惇に、矢印の後部に斗詩を配置した騎馬隊は夏侯淵の弓隊に、それぞれ突撃してくる。

 

「むぅ!」

「姉者!」

 

 夏侯淵が、姉に突撃する武将が猪々子なのを確認すると同時に、自分に向かってくる騎馬隊の大将が斗詩である事を、彼女の特徴でも有るその広い視野で確認する……してしまう。

 

「……斬山刀!」

 

 斬山刀を騎兵槍の様に持ち、闘気をまとって突撃する騎兵、猪々子。

 

 歩兵、夏侯惇は、それを見て右に跳びかわそうとするが……。

 

「おらぁぁーーっ! どんぴしゃっ! 斬山斬ーーーーっ!」

「!?」ギィン「がぁーっ!」

 

 跳んで避けた先に斬山刀が待ち構える。夏侯惇はなんとか七星餓狼で受けるものの、空中で受けた為、派手に吹き飛ばされる。

 

 夏侯淵は姉が無事なのを横目で確認して、突進してくる斗詩に餓狼爪の狙いを付けるが、

 

 二人が目を離した、その一瞬で十分。猪々子が腰から予想外の武器、展開式長弓を取り出す。

 

ブンッ

 

 瞬く間に展開すると馬の腰から矢を二本抜き、無言で弓を引き絞る。

 

 吹き飛ばされた夏侯惇が立ち直る前に……、

 

「(イチかバチか、やってやるぜ!)」

 

 矢は放たれる……猪々子が弓を使うと知らない無防備な夏侯淵に向けて。

 

「!? 秋蘭!」

ビュッ

「よけろーーーーっ!」

 

 初撃を斗詩の鎧に弾かれ、次の矢を放とうと夏侯淵が弓を引き絞るが、不意に弦の張力が失われる。

 

プツン

「な!?」____「……右手に天国」

 

 弓の弦が射切られた? そう確認し夏侯淵が矢の飛んで来た方向を見ると、間近に矢が!

 

ビュッ

「ちぃ!」__「左手に地獄!」

ギィン

 

 顔を狙った二射目をなんとか餓狼爪で内から外へ弾くものの、がら空きになったその体に、

 

「!?」「光になりなさーーーーいっ!」

 

 気が付いた時には、いや、体が動く様になった瞬間、夏侯淵は光に包まれて……、

 

「がぁぁーーーーっ!」

 

 右も左も、上下さえ分からぬまま、馬上から振り切られた金光鉄槌の衝撃に吹き飛ばされる。

 

「……」

 

 無言で倒れ伏す夏侯淵、その光景を信じられない目で見守る曹操軍の兵士達。

 

「敵将夏侯淵! 北郷が家臣、顔良が討ち取りましたーーーーっ!」

「オオォォーーーーッ」

 

 そのまま、顔良隊に蹂躙される夏侯淵隊。夏侯淵は縛られ、斗詩が馬に乗せて去って行く。

 

 

「秋蘭っ! 貴様等ーーーーっ!」

 

 夏侯惇が殺気を漲らせ顔良隊に迫るが、騎馬兵に追いつけるはずもない。今度は、

 

「ぐあぁああーーーーっ!」「ぎゃぁぁーー!」

「ひひーーん!」「ぐはぁぁーーーっ」

 

 敵本陣近くの方で爆発が起きたように、人が、馬が、叫び声と共に、辺りに吹き飛ばされていく。

 

「い、一体、なんだと言うのだ!」

 

 その全てを巻き上げる紅い竜巻は、曹操がいる本陣に近付いていく。曹操軍は完全に包囲され、その真ん中で吹き上がる暴風のような光景に、次第に精強で名高い兵達にも心が折れ始める者が出る。流石に逃げ出しはしないものの、唯一、目に見えて開いている汜水関の城門の半分開いた逃げ道へと引き寄せられていく。

 

 しかし、それは行き止まり。人間の心理を巧みに突いた誘い。

 

「戦えっ! 戦わんか! この門の中は死地! 前に進むしかないのだぞっ! 進めーーっ!」

 

 夏侯惇が懸命に兵達を鼓舞するが、

 

「敵将許緒、北郷が家臣、文醜が討ち取ったりーーーーっ!」

「オオォォーーーーッ」

 

「な!?」

 

 その声に振り返る。親衛隊の許緒が倒された? 自分の主は無事なのかと、

 

「春蘭! 私は無事よ! 季衣と流琉はやられたわ……」

 

「……くっ、秋蘭もです! 流琉は……」

 

 一体誰に? と、そう聞こうとしたところで、

 

 北郷軍が畏怖する大陸最強の武、真紅の馬を駆る、深紅の『呂布』が顕現する。疾風のように駆ける紅い馬の周囲は、人が、馬が、分け隔てなく吹き飛ばされていく。

 

 まるで無人の野を行くが如く、無為に草を薙ぐように、ひとり残らず刈り尽くされる。彼女こそ最強、前外史で経験を積み、例えこの外史に同じ存在がいようとも必ず圧倒する。

 

 その圧倒的な存在感に、本能的に危険を感じ問答無用で、

 

「うおおおーーーーっ!」

 

 夏侯惇が切りかかるが、真紅の馬はまるで意思があるように避ける。人の武器を理解し、その間合いを寸分違わず把握し、ひらりひらりと風の様に。そして……。

 

 その紅い馬の背から、この世のものとは思えない濃密な殺気と肌を焦がす闘気が噴出する。

 

 視線を合わせるだけで足が竦む炎の瞳、触れただけで相手を焼き尽くすような赤い髪。

 

ドガッ

「がぁぁぁ!?」「……おそい」

 

 一瞬でも気を抜けば殺す。と、息を吐く暇さえなく襲い来る深紅の豪撃の連打、連打、連打。

 

ガィンガガギャインガンッガガッドガッ

「ぐぅぅっ!」「……おまえ、よわい」

 

 後ろに下がれば馬が間合いを詰める、避ける事も反撃する事も出来ず、激しい攻撃を受け続ける夏侯惇の腕が徐々に痺れて下がっていき、

 

ガギンッ

「……がはっ!」「もうおわり」

 

 それで終わり。まるで最初から決められていた事の様に深紅の豪撃は夏侯惇の体に吸い込まれ、その七星餓狼は主の手を離れ、それでも共に回転しながら大地に墜ちる。

 

 

「…………ぅ」

 

 死ぬ覚悟を決め、愛する主君を目で探すが、左の額から血が流れ目の上に垂れる。夏侯惇はその血を拭う事も出来ずに、悔し涙を流しながら右目で己の愛する主人を見詰める。

 

「……うぅ、ぐ……かり……ん……さまぁ」

 

 曹操はその痛ましい姿の夏侯惇を見て、頭の中に何かが流れ込むのを感じる……左目から血を流す、涙。

 

「……これは?」

 

 その一瞬の隙を恋は見逃さない。渾身の一撃で覇王に止めを刺す。

 

「……これでおわり。ごしゅじんさま、かなしませない」

 

バキンッ

「……私のき……おく?」

 

 絶が砕け散り、破片が曹操と宙を舞う。まるでコマ送りの様に記憶が……舞い上がる。

 

……

 

/曹操視点

 

 ……この地で左目を失った春蘭が見える。涙を流しながら閨で謝る大切な春蘭を慰める。その愛しい左目の痕に優しく口付けした自分、北郷と出会った事、助けてもらった事。ご主人様に愛してもらった事、次々と浮かび溢れてくる。覇王としての孤独から開放された心地良い日々……こんなにも暖かい、馬鹿みたいに優しくて変な男……。

 

「……あ? 春蘭、ごしゅじん……ま」

 

 そして曹操は気を失い目を閉じる。それを優しく抱きとめるのは北郷一刀。

 

「大将、曹孟徳は倒れた! 曹操軍は全員武器を捨てろ。戦いは終わった、降伏せよ!」

 

 全軍に指示を出し終えた北郷一刀は、寂しがり屋の女の子の頭を優しく撫でる。

 

「俺は天の御遣い、覇王でさえも照らして見せよう……この希望の光で」

 

 この日、大陸を光が照らす。覇王の姿を白く染めながら……。

 

 

「爆音を聞き付けて急いで来てみたが……これが北郷、天の御遣いなのか」

 

「あの曹操が、こんなに短時間で倒されちゃうなんてね。ぞくぞくするわ」

 

 孫呉の二人は、その光景を城壁から眺めていた。

 

「……」

 

「桃香様? どうなされました?(流石、北郷様。覇王から倒されましたか……これで曹操が大戦力を使って戦う事もなく、大勢の兵の命が救われるはず)」

 

 星が馬を飛ばすのを見て一緒に馬で駆けて来た劉備は、無言でその光景を睨む。

 

 諸侯達は全てが終わった頃、曹操が倒された事を知り、北郷軍の圧倒的な強さをも知るのだった。

 

……

 

 諸侯達がその領地に戻った頃、董卓は無実だったことが大陸全土に広まっていた。そして、被害者の董卓をかばった北郷は、その慈悲深さを民達に広めていく。

 

 つづく

 


 
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