飯塚雅彦は六年一組の給食委員である。給食委員の仕事は給食・食器の運搬とその分配。そして残飯及び使用された食器の返却である。給食委員は彼一人ではなく、また上記の仕事は一般生徒も協力した上で行われるが、最終的な責任は給食委員が負い、それは即ち彼の双肩にかかってくることを意味する。
それ故、彼は今日も昼休みの教室にいる。友人のサッカーの誘いを断ってまでそうしているのは、二つ隣の席で未だに給食を食べ終わらない草野陽菜のせいだ。彼女の前に置かれたトレイ、その中央にポツンと置かれた皿にはマカロニサラダの残骸が申し訳なさそうに鎮座している。飯塚雅彦は知っている。草野陽菜はキュウリが苦手だということを。
彼女はサラダの中に隠れたキュウリを一枚ずつ探し出しては目を瞑って口にする。牛乳で流し込んだ後、たっぷり五秒は経ってから開けられる目には涙がいっぱいに貯まっていて、それをたまに袖で拭っては次のキュウリに取りかかっていく。嫌いなら一気に食べてしまえば良いのにと飯塚雅彦は時折こぼす。だけど、それを本人に告げることはない。彼は優しい男なのだ。
だからほら、今も立ち上がって草野陽菜の席の向かいに立っている。彼は皿の上四枚残ったキュウリを手で掴み無造作に口に放り込む。ほとんど咀嚼せずに飲み込む。
「昼休みもうすぐ終わるから」
そんなことを言いながら、トレイを片付けようとする。そんな彼に草野陽菜はティッシュを差し出しながらいつもごめんね、と言う。それを受け取り、汚れた手をふいた飯塚雅彦は、無理すんなよと言う。
「こっそり残してる奴はいっぱいいるんだから、お前もそうしろよ」
だけど、草野陽菜は首を振るのだ。
「そんなのもったいないよ。折角、作ってくれたものだし、それに飯塚くん達が一生懸命、下から運んできてくれたものだし」
草野陽菜は気づかない。今の言葉に飯塚雅彦の身体が少し震えたことを、その頬が少し赤くなっていることを。
「じゃあ、俺、返してくるから」
トレイを手に足早に立ち去ろうとする飯塚雅彦を、私がやると言いながら追いかける草野陽菜。結局二人で給食室まで行って、帰ってくるんだろう。今月に入ってもう十回は同じことをしていることを二人はきっと気づいていない。
気づいていないと言えば、多分、草野陽菜はこのことにも気づいていない。実は飯塚雅彦もキュウリが苦手だということに。
Tweet |
|
|
2
|
0
|
追加するフォルダを選択
熱心な給食係、飯塚くんとキュウリが苦手な草野さんのお話。(983字)
その1と描いてはいますが、続きは描けるのかなぁ。