~リベール王国 センティラール自治州 温泉郷ユミル~
ユミルのシュバルツァー侯爵邸、その自室にてリィンは目を覚ます。山間にほど近いこの地は既に雪化粧で覆われており、先日里帰りしたばかりだというのにその日々が懐かしく感じる。
「……クロウ…」
『<帝国解放戦線>“C”はギリアス・オズボーンを討つためにトールズ士官学院へ入学した。言ってしまえばそれだけだったという訳だ。お前らとの付き合いもな』
あの時は<Ⅶ組>の一人として一緒にいた彼が敵として刃を向けた。だが、リィンはそのことを怒る気にもならなかった。そもそも、クロウがどういった経緯で<帝国解放戦線>のリーダーになったのか……彼もオズボーン宰相によって大切な何かを奪われた存在であるなら、それに身を窶したとしても不思議ではない。
(考えていても仕方がないか……)
そう思いながら、リィンはコートを羽織って屋敷の外に出た。夜明け前の時間だが、八葉一刀流を学び始めてからというものの夜明け前に起きるのはリィンにとっての習慣みたいなものだった。師父であるユン・カーファイからは色々と無茶な要求をされたことも思い出し、苦笑が口から洩れた。
ともあれ、近くの倉庫から除雪用のスコップを取り出すと、深々と降り積もっている雪を除けていく。正味1時間ぐらいで除雪が済むと、リィンの後ろから男性の声が聞こえてきた。
「おや、リィンがやってくれたのか」
「おはよう、父さん。向こうで十分休めたし、それに早起きが習慣みたいになっちゃったから」
「寝れるときにはしっかり寝るのも育つ秘訣だ、と言っておこう。ルシアが温かいものを用意してくれているから、風邪の引かないうちにな」
「解った」
スコップを片付けた後、少し早めの朝食を食べているとアリーシャとソフィア、エルウィン皇女、そしてアリーシャに抱かれるような形でセリーヌもいた。本人はいたって不機嫌そうだが、アリーシャの押しに勝てず、諦めたようにしているのを見て苦笑が零れた。
「おはようございます、リィンさん」
「殿下もおはようございます。アリーシャとソフィア、セリーヌもおはよう」
「おはようございます、兄様」
「はい、おはようございます」
『(アンタ、この子をどうにかしてよ……)』
(無茶言わないでくれ……)
そして朝食が済んだ後、ソフィアとアリーシャ、そしてエルウィン皇女は教会へ足を足を運ぶこととなった。どうやら教区長のお願いで薬作りの手伝いをしているとルシアから教えてくれた。セリーヌはというと、アリーシャの強制連行でそのまま教会へ移動(拉致)された。その光景に『頑張れ』と心の中でエールを送りつつ、父テオの呼び掛けて彼の執務室に移動した。
すると、この前帰省した時にはなかったはずの導力演算機みたいな機械が机に置かれていた。ラインフォルト社で見たものより遥かに小型で、モニターとその手前にはキーボードらしきものがあるぐらい。
「父さん、これは一体」
「エプスタイン財団とZCFが共同開発した次世代型導力演算機、というらしい。尤も、私はまだ通信ぐらいしかまともに使えないんだが……おっと、丁度いいタイミングだな」
テオがスイッチらしきものを押すと、モニターに光が点いてそのモニターには一人の女性の顔が映っていた。その人物にリィンは声を上げて反応した。
「エリゼ……!?」
『その声……兄様なのですか?』
「ああ。その、心配掛けたみたいですまなかった」
『まったくです。先日の相続騒ぎもそうですが、あまり自己犠牲や朴念仁が過ぎるようならアスベルさんに性根を叩き直してもらわないといけませんね。……その様子ですと、また側室候補が増えたと思われますが』
ソフィアの時とは打って変わって、ジト目でリィンの鋭いところを突いてくるエリゼ。しかもアリーシャのことを匂わせるような発言にリィンとしては正直頭が上がらなくなっていた。
「うぐ……鋭い指摘といい、勘の鋭さといい、何だかアスベルに似てきていないか?」
『フフ、何せ私のお師匠様ですから。っと、世間話はこれぐらいにして……そちらは特に変わりありませんか?』
「ああ。周辺の哨戒に当たってくれている兵士やトヴァル殿から特に連絡は受けていない」
『そうですか。実は、他の自治州から『魔煌兵』なる存在が出没していると。知り合い曰く中世時代のゴーレムだそうで、一応そちらでも警戒してください』
中世時代、となるとこのことはセリーヌあたりが詳しいかもしれない。そのことは一応頭の中に入れておくこととしつつ、モニターに映るエリゼに意識を向ける。
「そういえば、エリゼ。俺以外の<Ⅶ組>のメンバーについて何か知らないか?」
『いえ、私のほうでも特には。シュトレオン王太子殿下ならばご存知かもしれませんが』
「え? シュトレオン殿下が王太子?」
『あ……このことは内密にお願いします』
「エリゼは王族の近衛である以上知ることにはなってしまうな……十分留め置こう。エリゼ、陛下や殿下からこちらの要請については?」
テオも必要以上に聞き出そうとはせず、目下の問題になりうる物資の問題について尋ねた。
『物資については1週間以内にと。情勢もある故、空便経由になると殿下は仰っておりました』
「そこまで切迫しているのですか?」
「センティラール自治州は飛び地の王国領だ。現状では空輸による輸送はできているが、ガレリア要塞方面や帝国西部の情報を聞く限り無限とはいかない」
センティラール自治州とリベール王国は大陸横断鉄道が分断する形で飛び地となっている。エレボニア帝国の内戦によって帝国から入ってくる物の制限や値段は日増しに吊り上がっていく。加えてノルティア州やラマール州、帝国直轄地からの難民の問題もあり、本国からの物資輸送の増便は急務ともいえた。
『加えて先日の王国領侵攻の一件もあります。いずれにせよ、警戒は緩めないようにと……兄様、急いては得るものも得られませんのでご自愛を』
「! ああ、ありがとうエリゼ」
通信が切れると、テオはモニターの電源を切ってリィンのほうを見やる。
「仲間を探すにしても、まずは準備を整えるといい。領民には一通り事情の説明はしてあるので、気兼ねなく話しかけてくれ。彼らもお前の姿を見れば安堵できるだろう」
「はい。ありがとうございます、父さん」
リィンは執務室を後にして酒場兼宿屋に向かう。すると、そこで一息入れていたトヴァルがおり、彼に話しかけた。
「トヴァルさん」
「お、リィンか。何だったら一杯ぐらいは奢るぞ?」
「えと、できればお酒以外でお願いします」
「サラみたいなことはしないから安心してくれ。それで、何か言いたいことでもあったのか?」
トヴァルに話しかけたのは、ソフィアを無事にここまで連れてきてくれたことだった。サラ教官のように酒ありきなことはしないとトヴァルは窘めたうえで主人に温かいお茶を頼んだ。
「その、ソフィアをここまで連れてきていただいてありがとうございます。父や母もすでに述べているとは思いますが、家族として一言言いたいと思いまして」
「気にするな。あの人絡みとはいえ、その交換条件を提示した側としては少々どうかとも思うがな」
「そういえば、遊撃士は確か民間人の保護を第一としていますが……エルウィン殿下のことは本国に?」
「こっちの支部経由で王国本部であるグランセルのエルナンには伝えている。少なくともシュトレオン殿下にはその事実が伝わっていることは確認済みだ」
リィンやトヴァルは知らないが、グランセルにはアルフィン皇女がいる。つまり現状では二人のエレボニア皇族を保護している形となっている。これは当然エレボニア帝国から返還の要求が来ることも想像に難くない。それを知ってか知らずかトヴァルは言葉をつづける。
「帝国の内戦が始まって丁度1ヶ月……リィンも耳にしていると思うが、リベールのアルトハイム自治州に帝国軍が侵攻した影響で、更なる泥沼状態に陥っていると仲間から連絡で聞いた。西部だけではなく東部でもだ」
「東部ですと、正規軍は第四機甲師団と第五機甲師団がいたはずですね」
「第五はガレリア要塞の崩壊でほぼ壊滅。残った第四なんだが……どうやら、貴族連合軍相手に押し始めているようだ。双龍橋の東側にまで交戦ラインを押し上げたと」
「……第四機甲師団は帝国正規軍でも最強の攻撃力を有します。ですが、可能なんですか?」
リィンの疑問も尤も、とトヴァルは頷く。いかに最高の矛といえども物資や弾薬といった後ろ盾がなければ機甲兵の数で押し切れる貴族連合のほうがはるかに有利。その点が気になってトヴァルもいろいろ調べたところ、気になる情報があった。
「ああ、俺もその点は独自に調べてみた。すると、どうやら第四機甲師団に情報を流している人間がいるようでな。侵攻ルートや規模と予想到達日時、そういった大まかな情報程度だが……」
「“紅毛のクレイグ”なら、その程度の情報でも問題はない。事細かでないのは足取りをつかませないようにするため、と言ったところでしょうか?」
「だろうな。普通ならそんな信憑性もない話、信じるのは難しいが……彼の関係者だとしたら、辻褄は合うと思う」
「あっ……」
そこでリィンはヴァリマールから聞いた準契約者の話を思いだす。彼はあの時ケルディック方面に3名の反応があると述べていた。その中に同じ<Ⅶ組>であるエリオットがいるのなら……彼を含めた面々が情報を流しているのなら、ある程度の説得力が出てくる。
「どうやら、心当たりがあるみたいだな?」
「ええ。恐らくクラスメイトかと……早ければ明日に里を出て探そうかと思います」
「そうか……うっし。なら、俺も同行しよう」
「えっ、ですがトヴァルさんは……」
元々ソフィアとエルウィン皇女の護衛という形で来た彼がその依頼を放棄する形となっていいのかというリィンの懸念に対し、トヴァルは笑みを零して答えた。
「皇女殿下が直接狙われるような懸念は当然理解している。だから、その代わりとなる遊撃士がリベール本国から派遣されてくる手筈となったのさ。この辺はシュトレオン殿下が遊撃士だからこそできる配慮ともいえるが」
「成程、リベールの遊撃士協会と王国軍は協力関係にある。軍の派遣だと悪戯に緊張を煽るからですね。その点、遊撃士は表向き軍と関係を持っていない」
「ああ。それに、元々あの人の依頼は一先ず安全な場所への避難だ。ここから先は遊撃士というより王国の管轄の話になるから、リベールの判断を仰ぐ必要がある。頼まれた側の俺としちゃ、出来るのはここまでとなってしまう。このあたりが遊撃士としての性というやつかな」
遊撃士として可能な範囲でのことはした。だが、この先はリベール王国の判断を仰がなければ二国間の国際問題だけでなく遊撃士の基本理念に干渉してしまう。幸いにしてトヴァルはオリヴァルト皇子からの手紙を預かっていて、それについてはテオとリベール本国に渡されたと説明した。
「それと、あの人の依頼はもう一個あってな。お前さん達<Ⅶ組>の面々が何かしら動くのであれば、その手助けをしてやってほしいという依頼だ。これにはシュトレオン殿下からも別口で依頼された案件だ」
「手助けって……宜しいのですか?」
「元々<Ⅶ組>はお前さんも含めてリベール王国出身者もいる。その安全確保という建前なんだろう。士官学院生とはいえ、傍から見れば一介の学生―――民間人という括りに入るという抜け道まで丁寧に用意して協会総本部の了解も取り付けられちゃ、依頼された側は従うしかなくなる。これも悲しい性ってやつさ」
依頼した相手はエレボニアの皇族とリベールの王族。その二人から依頼されることで国家不干渉という枠組みを乗り越えての活動が可能になる。リベールは以前<百日事変>においてそのあたりの穴を突く依頼を王族から出しており、その経験を生かす形とした。士官学院に通っていても軍属はあくまでも暫定的かつ時限的なものであり、昇進や収入もない。つまるところ他の学校・教育機関に通う学生と同じ立場に軍関係施設への一定の優遇措置が加えられているだけなのだ。
「ま、こちらはいつでも動けるから、お前さん次第というところだ。けど、折角帰ってきたんだから知り合いに声をかけていくといい」
「はい、ありがとうございます」
トヴァルにお茶をご馳走してくれたことも含めてお礼を述べると、リィンはソフィアやエルウィン皇女たちのいる教会へと足を運んだ。
原作からトヴァルとの会話内容を変更。クロウの出番が削られるという結果に。一応出番はあったりします……本人は出張ってきませんがw
前話の補足ですが、クロスベル動乱のタイムスケジュールが一気に書き換わります。Ⅱの本編では大体12/23~26あたりだったのが、転生者組の参加によって前倒し確定に。参加する主要メンツがそもそも
空組:エステル、ヨシュア、レン、カシウス、ケビン、リース
碧組:ロイド、エリィ、ランディ、ティオ、ワジ、リーシャ、ノエル、ティーダ、ルヴィアゼリッタ
閃組:レヴァイス
転生組:アスベル、シルフィア、レイア、ルドガー、マリク、リーゼロッテ、セリカ
という有様です。本来の段階をある程度すっ飛ばして展開を進めますので……というか、そもそも神機とまともな戦闘になるのか解らなくなりそうです(汗)
これを早める理由はまぁ、勘のいい人なら気付いてしまうかと思いますが、あまりネタバレも面白くないので続きは本編にて。
あと、碧編は外伝扱いで進めますのでご了承ください。
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第128話 帰ってきた郷の内と外①