~クロスベル独立国 聖ウルスラ病院~
何かしらの準備ということでケビンやリースと別れ、ロイドとワジ、ツァイトに加えてエリィとルヴィアゼリッタ、そしてリベール王国から派遣された協力員―――遊撃士時代に纏っていた服装を身に着けたカシウスは『メルカバ』玖号機でクロスベル独立国に侵入した。
だが、そのまま着陸したのでは『プレロマ草』による網に引っ掛かるため、地中に流れている七耀脈の僅かな隙間を利用して転移ポイントを設定。これはシルフィアやケビンが事前にクロスベル内の隙間を全て洗い出していたため、スムーズに事が進んだ。
まずは聖ウルスラ病院へ足を運ぶこととした。病院の前には数名の国防軍兵士がいたのだが、これを難なく退けることに成功。それを成したのは太刀を手にしているカシウスであったが。
「……一撃ですか」
「殺しはしていないから安心するといい。ワジ君、ここは頼めるか?」
「ああ、そういえばカシウスさんは知っていたんだったね。ここは僕にお任せ」
ワジは記憶改竄の法術によって国防軍を追い払うことに成功。すると、騒ぎに気が付いて姿を見せたのはセシルとフランの二人であった。
「ロイド! 無事だったのね」
「ロイドさん! それにワジさんも!」
「セシル姉にフラン、二人とも無事だったのか」
立ち話も変なので、病院の敷地内に入る。すると、ロイドたちの姿に気づいた一人の男性医師が近づいてきた。ロイドにとっては浅からぬ縁のある医師、ヨアヒム・ギュンターであった。
「おや、ロイド君じゃないか。指名手配中と聞いたけど、大丈夫だったかい?」
「はい。ヨアヒム先生も無事だったんですか」
「まあ、お陰様でね……折角だから僕の部屋で話そう。人目もあることだからね」
上手く人払いを済ませてくれたようで、ヨアヒムの案内で彼の研究室に通されることとなった一行。その研究室でお互いに座ると、ヨアヒムはカシウスに頭を下げた。
「僕の与り知らぬこととはいえ、中将殿の身内に迷惑をかけたのは事実。今更と思うかもしれませぬが、一度言葉にして謝罪すべきと……申し訳ありません」
「聞くところによれば、意識が戻った後は『グノーシス』投与者の治療に尽力されていた。それに、私もその事実を知ったのは偶然でしてな。謝罪の言葉は受け取りますが、それで手打ちといたしましょう」
「ありがとうございます」
あまり事情を知らない人間からすれば何のことか解らずに首をかしげる者もいた。その話が済んだところでヨアヒムはロイド達から今の状況を聞き、考え込むような仕草を見せる。
「成程。それなら、旧警備隊の面々から協力を取り付けるといいかな。国防軍の話だと、マインツ方面でゲリラ活動をしている者がいると聞く。まずはそこから抑えるべきだろう。ベルガード門とタングラム門のトップはレヴァイス司令にかなり信頼されていたから」
「当然そうなるわけか。にしても、ヨアヒム先生はクロイス家やアリオス長官に拘束されなかったのかい?」
「ああ、その答えは取引だよ。意識を取り戻した後、プレロマ中毒患者の治療目的だけでなく何かしらの特効薬として『プレロマ草』を有効活用できないかと研究は続けていてね。彼らはその研究データをほしがったのさ。尤も、彼らの興味は『魔人化』だけだったみたいだけれど」
ワジの問いかけにヨアヒムはそう答えた。クロスベルにおいては湿地帯に自生し、今となってはクロスベル全域に広がっている『プレロマ草』。その効力を薄めれば特効薬として期待できるのではと考え、研究を進めた。その結果として、いくつかの特効薬ができたと話す。
「薬効が強すぎると尋常ならざる肉体強化になったけど、効力を抑えれば骨や筋肉の回復促進剤としての効能も確認できた。その臨床試験なんだけれど、イリアさんが自分から立候補した」
「イリアさんがですか!?」
「つい数日前に目が覚めたばかりだというのにね。副作用の懸念もあるとは言ったんだけれど、ロイド君とエリィ君なら彼女の性格は理解してるでしょ?」
「……断り切れなかったんですね」
あそこまで演劇に情熱のある人だ。例え副作用の可能性があっても、動けなくなってしまった足の感覚を完全に取り戻してでも再び『アルカンシェル』に立とうと考えている。その情熱に勝てないのはエリィも理解したうえで諦めたような表情を浮かべた。
「だからこそ<太陽の踊り子>なのかもしれないけどね」
「ちなみにだけれど、ヨアヒム先生。他にはどんな薬ができたんだい?」
「……」
「先生?」
ワジの問いかけに一行は首を傾げる。まるでその実害を既に受けたかのような表情を垣間見せたヨアヒムはこうポツリと呟いた。
「……精力と体力増強剤」
『………』
完全に偶然の産物だった。肉体強化があるのだから、特定部分の強化があってもおかしくはないと……それが完成したとき、ヨアヒムは完全に頭を抱えたのは言うまでもなかった。その愚痴を聞く羽目となったロイド達はもはや苦笑せざるを得なかった。
『ねえ、先生。言い値でいいですから下さい』
『ちょっと、ルヴィア!?』
後日、クロスベル帝国の特産品の一つとしてこの薬が爆発的に売れ、図らずも億万長者となってしまったヨアヒムは更に苦悩することとなるが、それはまた別のお話。
ロイド達が本格的に協力者とクロスベル解放を目指すその頃、リベール王国にも一つの転機が訪れていた。
~リベール王国 グランセル城 謁見の間~
厳格な儀式を終え、アリシア女王の前に立つのはこの日のために新たな王族用の服装を身に纏ったシュトレオン・フォン・アウスレーゼ王子その人。女王の隣には王族の動きやすい服装を身に纏ったクローディア・フォン・アウスレーゼ『王女』がいて、その近くにはカシウスの穴埋めという形でモルガン将軍とアラン・リシャール大佐が控えていた。
「シュトレオン・フォン・アウスレーゼ。本日を以てクローディア・フォン・アウスレーゼに代わって貴方を次期国王筆頭候補、王太子として指名いたします」
「このシュトレオン・フォン・アウスレーゼ、今に妥することなく一層の研鑽に励み、国のより良き未来のために邁進致します」
「……儀式はここまでです。シュトレオン、貴方には色々と迷惑を掛けてしまいました」
本来ならば、シュトレオン王太子の両親の件について原因の追究と謝罪を求めるべきであった。だが、まだ国力に差があったために女王はそれらの権利を放棄してしまった。彼もそのことは理解しているため、それは女王の責任ではないと口にした。
「国の未来を鑑みるならば、お祖母様の選択も間違いではありません。過ちを犯した側が自発的に謝るのが人として筋を通す話なのですから、これはエレボニア帝国側の問題ですので」
「ありがとう、シュトレオン」
「にしても、この立場になってカシウス中将の気持ちが理解できるとは…正直悩めることが多すぎます」
何かしらの集団を預かる身分というものは責任も重大。そんな気苦労を背負うことにカシウス中将のことをあまり意地悪に扱えないとシュトレオンは述べ、それを聞いたモルガン将軍が反応した。
「それも仕方なかろう、と申したい気分でございますがな。シュトレオン王太子殿下」
「嬉しそうですね、モルガン将軍」
「無論で御座います。エドガー王太子と殿下から指名されて軍略を教唆した身分ですゆえ」
この場にはいないが、前親衛隊大隊長であるフィリップ・ルナールもエドガー王太子やシュトレオンに剣を教えた身。エドガー王太子が若くして亡くなったところに嫡男であるシュトレオンが王太子となった。この会談ののち、彼はシュトレオンにお祝いの言葉を述べた。そして、モルガン将軍も男系の王族が国を継ぐ立場となったことに言葉を弾ませていた。
「ほれ、リシャール。お主も何か言わぬか」
「……私は過去に愚かな選択をしたものだと思いました。こんなにも近くに強き国を目指そうとする未来の施政者がいたのですから」
「まあ、私とて元々継ぐ気はありませんでしたからね……こうなった原因も含めて、リシャール大佐にはカシウス中将の後継者を目指してもらいますから」
「お手柔らかにお願いいたします」
リシャール大佐がクーデターを起こさなければ、カシウスが軍に戻ることもシュトレオンが次期国王候補になることもなかったかもしれない。その意趣返しも含めたような王太子の言葉にリシャール大佐は冷や汗を流しつつも深く頭を下げた。そんな会話の光景にクローディア王女は笑みを零していた。
「ふふ、シオンも大変ですね」
「他人事みたいに言うなよ、クローゼ……さて、国内外への発表は予定通りとしますが、王国宰相として一つ提案があります」
シュトレオンが述べたのはアスベルへの軍指揮権の認証。この件はカシウスとアスベルの双方で合意されているが、これをこの場において改めて認証を行うというもの。そうなると気になるのはアスベルの指揮能力の有無なのだが、これについては問題ないとシュトレオン王太子は結論付けている。何せ、<百日事変>における反攻作戦立案は彼の案をそのまま採用したからだ。
「彼の指示でセンティラール自治州に軍を派遣します。ひとまずはケルディックに数百人体制の部隊を置き、州都であるユミルに何かあればすぐ駆けつけられる体制を構築するとのこと」
「ユミルに直接は置かないのか?」
「シュバルツァー侯爵との交渉の結果です。まあ、下手に大規模な派兵をして隣国の緊張感を煽るのは拙いという判断からですが」
帝国の内戦の主戦場は主に西部の地域。北部や東部でも散発的な戦闘が行われているのは既に情報を得ている。ザクセン鉄鉱山やラインフォルト社があるルーレ市を抱えているノルティア州と隣接しているため、ある程度の警備を敷いているのが実情であるが。センティラール自治州発足後、隣接しているクロイツェン州は軍用の鉄道路線をケルディックから迂回する形で敷設していた。なお、その際にかなりの重税と労役を課していたと王国独自の情報網から報告を受けている。
「暫定政府からノルティア本線のセンティラール自治州該当箇所の土地返還を求められましたが、これは帝都から逃げ出した約20万人の帝都市民の保護とその保護に掛かった衣食住の費用を天秤に掛けたところ、向こう側から話にならないと交渉を降りました」
「いくら要求したのだ?」
「王国の標準価格に基づいて1か月分の保護費用に500億ミラほど。帝国基準なら800億ミラは軽く超えるでしょうが……このまま長引けば、1兆ミラ単位になるでしょうね」
内戦発生時、約20万人にも及ぶ帝都とその近郊の帝国民が逃げ出したのだ。革新派支持者の多い帝都市民からすれば重税を課す貴族に関わるのは真っ平御免というわけらしい。現在は使われていない旧サザーラント領邦軍の演習場に仮設住居を建て、難民で働ける者は王国政府が主体となって働き口を斡旋している。変な話だが、今は隣国が戦時中ということもあってやってもらいたい仕事はかなりある。その労働力として彼らを生かしている。ようは『働かざる者食うべからず』というわけだ。
スパイが紛れ込んでいる可能性もあったので、王国軍の旧特務部隊が目を光らせている。案の定そのスパイは秘密裏に処刑されているのはあえて触れずにおく。問題は帝国の内戦が何時終わるか。
「このまま長引けば難民の数も増える。2週間もしないうちに30万は超えるでしょう。今は十分な貯えもありますが無限ではありません……それに内戦が終わったとしても、彼らが正直にその費用を払うとはとても思えない。貴族派にしろ、革新派にしろ、それに今のアルノール家にせよ」
「シオン……」
「何食わぬ顔で我が国に侵攻してきた連中がトップの時点で、それを強権で従わせようともせず渋々認めた皇帝にそんなことなど期待もできない。アルフィンには悪いとは思うが、これから本格的に国を預かる以上は苛烈に行かせてもらう……その方針でよろしいでしょうか?」
「ええ。ですが、無実の民の血を流すことはできる限り避けてください。積極的な侵攻は我が国の精神に反しますので」
とはいえ、先日の帝国軍侵攻によって反攻を叫ぶ声があるのも無視できない事実。これで更にリベール王国領への攻撃が加わった場合、話し合いと呼べるものではなくなることもアリシア女王は重々承知している。その心情を汲みつつもシュトレオンは言葉をつづける。
「モルガン将軍。今現在アスベルが預かっている王国軍指揮権ですが、場合によっては彼自身帝国へと赴くことも想定されます。よって、将軍に対してそれに準ずる指揮権を付与、補佐としてリシャール大佐とマクシミリアン・シード中佐を付けます。よろしいですね?」
「……あやつの力はよく知っておるので、異存はありませぬ。今後の方針は如何様に?」
「カシウス中将とアスベル中将が既に立案をしております。緊急時のマニュアルもありますので、今後はその通りに」
「はっ!!」
リベール王国は強固な防衛体制を敷き、帝国軍の侵攻に目を光らせていた。クロスベル方面でもロイド・バニングスを始めとした面々がクロスベル解放に向けて行動を起こしていた。
そして、その渦中に巻き込まれるもう一人の人物もまた、深い眠りから目覚めて動き出そうとしていた。
断章まとめとして
・カルバード共和国からクロスベル帝国へ(エレボニア帝国方面への徹底した情報統制付)
・カルバード方面の経済混乱は解消済み(IBCの影響を受けているのはエレボニア方面のみ)
・特務支援課メンバーは一部を除いてクロスベル国外に一時脱出
・メルカバの転移ポイントは既に割り出し済み
・リベール王国の次代国家元首が男系の王族
・アルフィン皇女が皇位継承権を放棄
主にこれらの変化点が発生しています。
次からはやっと閃Ⅱ編なのですが……ようやっと前作から張っていた伏線回収となります。
原作だとアイゼンガルド連峰からなのですが、少しばかり変化球を使います。
そして、一部原作メンバーの生死フラグが書き換わります。ただしカイエン公、テメーはだめだ。
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第125話 故郷を守りたいという想いから(断章END)