No.96825

真・恋姫無双外史 ~昇龍伝、人(ジン)~ 第三章 司州思惑、二大英雄

テスさん

この作品は、真・恋姫無双のSSです。

洛陽にて、若き二人の英雄と出会います。貴方ならどちらに着いていく?

作者の勉強不足と作品の都合で、いろいろとおかしなところがありますが、楽しんで頂ければ幸いです。

2009-09-22 22:38:24 投稿 / 全16ページ    総閲覧数:40195   閲覧ユーザー数:30128

真・恋姫無双外史 ~昇龍伝、人(ジン)~

 

第三章 司州思惑、二大英雄

 

(一)

 

俺たちは黄河を渡り司州に入る。目指すは漢王朝が置かれる歴史ある都、洛陽である。

 

「洛陽かぁ、どんな所何だろうな」

 

何も知らない俺に、趙雲が洛陽を掻い摘んで説明してくれる。

 

「東に虎牢関、西に函谷関。北と南は山に挟まれていて、黄河が氾濫しても被害はそれほどと聞く」

 

「栄えるには持って来いな場所ってわけか」

 

「昔から兵家必争の地と呼ばれているぐらいだからな」

 

商隊の荷馬車に揺られながら趙雲に読み書きを教えて貰いつつ、この国のことを話をしていると、いつの間にか虎牢関に到着する。三国史演義でも赤壁に続く有名な戦場であろう。

 

「虎牢関かぁ!」

 

左右に広がる自然の壁を最大限利用し、虎牢関は攻めて来るであろう敵から洛陽を守るために、一歩たりとも通さんとその強大な姿を誇示していた。

 

「ふむ。まさに自然の要塞・・・難攻不落と言う名が付くだけのことはあるな」

 

「ここが反董卓連合の舞台か~」

 

「反董卓連合?なんだそれは?」

 

不思議そうに趙雲が俺に尋ねる。

 

「俺の世界の、この時代に起こった有名な話さ」

 

「ふむ。なかなか面白そうな話ではないか」

 

趙雲が珍しく興味を示したので俺は掻い摘んで説明すると、彼女は訝しげな表情を浮かべる。確かに未来はこうなりますと言って、はい信じますって言う方が怪しな話だ。

 

「北郷の話はやはり絵空事にしか思えんな。・・・だがその袁紹はすごいのか、すごくないのか・・・正直わからんな」

 

「確かにね。大将軍である何進が殺され、それを理由に宦官を何千人と粛清しても、肝心な帝の子供たちと十常侍を取り逃がしてしまうからね。しかもその後の美味しいところを董卓に全部持って行かれてしまうし・・・」

 

でもそれは俺の世界の出来事だと念を押しておく。

 

「でも俺が知っている歴史と、この国の歴史は似ているけれど別物かもしれない。趙雲と俺が一緒に旅していることだって、もう俺の知っている歴史とは違うんだから」

 

「ふむ」

 

「それにしても洛陽かぁ~もしかすると若き日の袁紹や曹操に会えるかもしれない!」

 

「そういえばその名、北郷と出会ったときに聞いた名だな」

 

「あぁ。趙雲と同じ、歴史に名を刻んだ英雄だよ。と言ってもこの世界じゃ、趙雲と同じように女の子かも」

 

「何に期待しているか知らんが・・・」

 

やれやれと、趙雲が溜息を吐く。

 

虎牢関を抜ければ洛陽はもう目と鼻の先だそうだ。俺はまだ見ぬ英雄に期待をしつつ、洛陽に思いを馳せるのであった。

 

 

(二)

 

この辺りは平和なようで、賊に襲われることもなく無事に洛陽に到着する。さすが漢王朝のお膝元と言えるだろう。

 

「それにしてもすごいな・・・」

 

目の前にはどこまでも続く城壁。俺はその城壁を眺めていると、趙雲が声を掛ける。

 

「何をしている。早く宿へ行くぞ?」

 

趙雲が颯爽と歩きだすので、俺は慌てて彼女の後ろに付いて行く。

 

人も物もこの洛陽に集まっているのだろうか?初めてやってきたこの大陸の都会という場所に、俺は驚きを隠せない。

 

宿に到着した早々、趙雲は仕官してくると腰を上げて出て行ってしまった。

 

この洛陽で俺たちがしなければならないこと。それはやはり金銭の工面である。旅をするのも生活するのも、先立つものは何時の世もお金なのかもしれない。

 

俺も仕事を探すために外に出る。辺りを見渡せば気持ち良いくらいに真っ直ぐ道が伸びている。斜め向かいには一際目立つ建物がここからでもはっきりと見える。

 

そういえば平城京や平安京って、昔の中国の王城都市をモデルにしたんだっけ。

 

なら、中央の広い道が朱雀大路で、ここからでも見えるあの建物が内裏。つまり後の世に霊帝と呼ばれる皇帝がいる場所なんだろう。なら朱雀通りにでる角のお店さえ覚えれば、迷わなくても済みそうだ。

 

皇城を目指すように歩いて広い道に出れば、そこは多くの人が行き交い、道の真ん中を勢いよく馬が駆け抜けて行く。食材、雑貨などの様々な物が露天に並び、露天商の声が元気よく響き渡っていた。

 

「そこの兄ちゃん!どうよ?この髪飾り!一緒にいた彼女にどうだ?職人が丹精込めて作った一品だよ!」

 

突然声をかけられた男の手に握られていたそれは、木目細やかに細工され、装飾が施された白い髪飾りだった。さすが商売人だな・・・俺と趙雲が歩いていた所を、ばっちし見ていたようだ。

 

「おじさん、折角だけど。いま持ち合わせがなくてね・・・」

 

「そうかい。いろいろあるから、また寄ってくれや!」

 

店主はまた別の誰かに声を掛ける。

 

作ることに関しては難しいかもしれないけど、物を売るだけなら俺にもできるかもしれない。

 

朱雀通りを歩き、どのような店があるのか一通り調べた後、考えを練るために一旦宿へと戻る。

 

俺の知識を総動員して解を求めていると、突然扉が勢いよく開かれる。怒り心頭、仁王立ちした趙雲がそこにいた。

 

俺が口を開く前に、第一声を放つ。

 

「この国は腐っているっ!」

 

「・・・もしかして、賄賂?」

 

「口にするなっ!忌々しい!・・・・・・寝るっ!」

 

そう言って、すぐに布団の中に潜り込んでしまった。

 

趙雲の武が認められない筈がない。能力のある者でも洛陽では武官として採用されない。

 

そんな賄賂政治に生きる・・・それは最も癒しが必要ではないだろうか?俺が考え付いた仕事。それは賄賂政治に揉まれる人たちへの、癒しの場を提供することだった。

 

 

(三)

 

次の日、昨日見つけた朱雀通りにぽっかりと空いた空家を前に、ここで飲み屋を営むことはできないか思案していた。

 

残念ながら火を扱える場所はないが、カウンター席と、小さなテーブル席を三つ置ける空間はある。癒しという空間を考えれば、これぐらいが丁度良いのかもしれない。

 

でもここを勝手に使っちゃまずいだろうし・・・どうすれば良いんだろう?

 

俺は近くを歩いていた警備兵を呼び止めて尋ねることにした。

 

「すいません!ここでお店を開きたいのですが、どうすれば良いですか?」

 

「申請すりゃ良いんじゃないか?なぁ?」

 

「お、俺に聞くなよっ!」

 

警備兵の二人が考えを巡らせて唸っていると、偶然道を歩いてきた別の警備兵に声を掛ける。

 

「なぁ、ここで店出したいらしいんだけどさ、どうしたらいいの?」

 

「さあなぁ~・・・おーい!店出すのどうしたらいいの!?」

 

別の警備兵が、そのまた別の警備兵が・・・気づけば多くの警備兵がここに集まっていた。

 

「えっ?いや、俺に聞かれてもな・・・店出したことないし。店出した奴に聞けばいいじゃね?」

 

「「「おぉぉぉ!」」」

 

誰もがその核心を付いた答えに、納得の声を上げる。

 

「貴方達!こんな所で何をやっているんですの!?」

 

「え、袁紹様!」

 

袁紹だって!?

 

袁紹と呼ばれた女性は、豪華な金の鎧を身につけ、腰までくるくると巻かれた金髪を揺らす。その腰には宝石が所狭しと散りばめられた剣が、日の光を反射して眩しいくらいに輝いていた。

 

なんですの!?っとここに集まった者達を睨みながら見渡せば、その後ろに従者の二人が袁紹に続く。

 

「こんな場所で警備兵が集まって、いったい何をしているのです!」

 

袁紹の左側に立ち、同じく金の鎧を身につけた黒髪の少女がこの状況の説明を求めると、警備兵の一人が一歩前へ出て答える。

 

「この者に、ここで店を開くにはどうすれば良いかと尋ねられまして!」

 

一斉に視線が俺に向けられる。

 

「はい。ここで店を開きたいと思ったのですが、どうすればよいか途方に暮れた所に、警備兵の方が通りかかったものですから、教えてもらおうと思ったんですけど・・・」

 

俺の言葉を補足するように、また別の兵士が答える。

 

「誰か分かるだろうと、仲間が通りかかれば手当たりしだい声を掛けたところ、結局誰も分かりませんでした!」

 

「うわっ、なんだそれっ!・・・んで、こんなに集まってたのかぁ~?」

 

袁紹の右側に立つ少女が頭の後ろに手を回しながら、呆れながらに問うと警備兵たちが一斉に頷く。

 

あまり広くもない一軒の空家を眺めて、袁紹は俺に問う。

 

「ここで・・・ですの?」

 

「はい」

 

「そうですの。まぁがんばりなさいな」

 

用は済んだとそのままに去ろうとする袁紹に、後ろの二人がその行動を否める。

 

「ちょ、麗羽様~!声掛けたくせに、そのまま行っちゃうんですか!?」

 

「そ、そうですよ~これだけ沢山の警備兵もいますし、このままどこかへ行ってしまっては・・・役所の道を教えてあげるなりして、ここは下々の者にも袁本初という人物の良さを示す、恰好の見せ場じゃないですか!」

 

「そう言われると、そうですわね・・・では斗詩さん。紙と筆を」

 

どこから取りだしたのか、紙と筆を受け取った袁紹が、すらすらと筆を走らせて最後にポンと何かを押した。

 

これで良しと、その紙を従者の一人に渡し、一仕事終えたと言わんばかりに清々しい顔をする。

 

それを覗き込む二人は不安になることを言っていた。

 

「なぁ、斗詩?これって後で麗羽様怒られるんじゃね?」

 

「うーん・・・たぶん。でももう皆に注目されちゃってるし・・・どうしよう、これ」

 

その紙を見て唸っていた少女が、思い切った様にこちらに近づき、はっきりとした口調で高らかに宣言する。

 

「袁紹様から貴方にへと、ここでの営業を許可する書です!有り難く受け取りなさい!」

 

警備兵たちから歓声があがる。

 

「さすが袁紹様だな!」

 

「さすが名門袁家。度量の良さは素晴らしいな!」

 

だが彼女は小声で俺に伝える。

 

「何かあったらこの紙を見せてくださいね?大抵のことなら袁紹様の名を出せば、大丈夫だと思いますから」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「斗詩さん、さっさと行きますわよ!貴方達も職務に戻りなさいな!」

 

「「「はっ!」」」

 

その紙には綺麗な字でこう書かれていた。

 

この者に此処で店を営むことを許す。

 

西園軍 中軍校尉 袁本初

 

嵐が過ぎ去るとはまさにこの事であろう。俺は袁紹さんに御礼も言えず、ただただ立ち尽くしていた。

 

とりあえず綺麗にしなきゃな・・・これから忙しくなるぞ!

 

 

(四)

 

あっと言う間に片付けを済ませ、ほんの少し内装に手を加える。後は走り回って用意した品を並べれば、その日の夜には俺の店が完成だ。

 

”仕事帰りに一息つける空間を提供する”をコンセプトに、内装は御洒落な雰囲気を作りあげ、ゆったりとできるよう座り心地の良い椅子を選んだつもりだ。

 

さらに外に小さな舞台も用意した。

 

ここで演奏が始まれば、この時代では中々味わえないであろう、音楽を聴きながら酒が飲めるという贅沢な空間に変化する。

 

手筈通りに事が進み、一通り終わった所で一息ついていた所、扉が開かれて第一号となるお客がやってきた。

 

溜息をついて目の前の席に座る趙雲。今回の結果も良くなかったようだ。

 

この大陸では真新しく、また珍しい空間を見渡す。

 

「どう?」

 

「ふむ・・・なかなか落ち着きのある空間だな」

 

「俺の世界にある、バーというお洒落な飲み屋に仕上げてみた」

 

「・・・ふむ。では一杯」

 

そう言って、まだ開店していない店で、瓶に入ったメンマを肴に一杯始める。

 

「おいおい、酒場に来て自分の酒を飲む奴がどこにいるよ・・・」

 

「見る限り、ここの酒は高くて敵わぬ」

 

そう。この時代の酒は高級品だ。元手の無い俺は酒屋の店主と相談し、飲んで貰った分の料金の一部を支払う形で借りだすことに成功した。

 

取り分は天と地の差はあるが・・・元手無しで酒が売れるのだ。これは大きい。

 

そして趙雲の言う通り、ここの酒は他の店よりも少し高い値札をつけている。勿論これは酒の値段ではない。癒しの空間と言う名の場代なのだ。そういう意味では高級感あるグラスがあればいいのだけれど・・・贅沢は言えない。

 

値札を付けた酒甕を並べ終え、俺は用意した白と黒の衣装に着替える。

 

ちなみに・・・この衣装の図案を衣装屋にお願いしたら、ぜひとも使わせてほしいと懇願され、それを承諾する代わりに一着仕立てて貰っったものだ。

 

店の入り口にある行燈に明かりをつけて店を開くことにする。

 

しばらくすると、舞台で演奏してくれる三人組みが約束通り来てくれた。

 

「店主、舞台をお借りしてもよろしいですか?」

 

「勿論だよ!逆に、こちらからお願いするよ」

 

髪が腰まで伸びた容姿抜群な女の子と、横に髪を束ね、元気一杯な女の子が店の中を眺める。

 

「へぇ~♪お兄さん、なかなかやる~♪」

 

「まぁ、ちーたちに声をかけるくらいだから、これくらいのセンスなきゃね!」

 

「さ、がんばってお客さん呼んじゃおう~♪」

 

「あぁ、お願いするよ」

 

「任せてください」

 

頼もしい返事が返ってくると、眼鏡を掛けた女の子が舞台を一目して二人に合図する。

 

準備完了すると、彼女たちの演奏が始まる。

 

「ふむ、これはまた・・・贅沢な」

 

「彼女たち旅芸人でさ、この洛陽に滞在している期間だけ演奏して貰えるように頼んだんだ」

 

勿論、無償でこの舞台貸出。売上の中から幾許かのお礼という条件付きだ。

 

趙雲が目を閉じて、その一時を楽しむ。

 

俺はその姿に満足して、手元にある酒器を磨く。

 

蝋燭の灯が優しく照らす店内から外を眺めれば、皆興味を持ってくれてはいるものの、やはり躊躇しているようだ。高級店だからなぁ・・・

 

でも新しいもの好きはどこにでもいる。ちらほらと人が入り始めると、少しずつだが忙しくなっていく。

 

最後の客を送り出して、今日の営業が終わる。出だしとしては好調だ。

 

売上を計算していると、前屈みになりぷるぷると手を伸ばす趙雲。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

趙雲らしからぬその姿に、笑いを堪え切れずに噴き出してしまう。

 

彼女はふんっと可愛く鼻を鳴らして背筋を伸ばす。それから俺の顔を見ようともせず、腕を組んで拗ねてしまった。

 

 

(五)

 

昼は勉強。夜は仕事。洛陽での生活はなかなか順調に進んでいた。

 

酒場の相場としては高めの値段を設定したためか、徐々にお客の数が減って行くのに不安を覚えたものの、それなりの身分の人がこっそり飲める酒場として定着し始めた。

 

主に仕事帰りの文官に受け入れられているようだ。

 

武官は静かな場所よりも賑やかなほうを好むらしい。それらしきお客がやってきても、この雰囲気が落ち着かないのか、そそくさと帰って行ってしまう。

 

まぁ、例外もいるけどね・・・

 

「偶然にも珍しい一品を見つけたのでな、仕入れて置いたぞ?」

 

「あ、ありがとう」

 

この店の肴に関しては私に任せて貰おうかと、自信有り気に言われたので俺は趙雲にお願いしたのだが・・・いや、まさかこんなオチが付くなんて思ってもみなかった。

 

この店には様々な種類の肴が並んでいるのだが、・・・すべてメンマだ!

 

「メンマこそ至高!数ある酒の肴で最上の境地よ。これほど絶妙な・・・」

 

「いらっしゃいませ」

 

何度目かのその話を止めて、俺は入ってきた常連の一人に接客する。

 

「お主を見ているだけで、酒が美味い」

 

何だよそれ・・・

 

俺の口調が可笑しいのか、ちらりと趙雲を見ると肩を震わせて必死に笑いを堪えていた。

 

その人は辺りを見渡してから、趙雲とは反対の席に座る。

 

常連の顔は自然と覚えてくるのだが彼女は別だ。金色に輝く髪を左右に束ねたツインテールは、几帳面なぐらい左右対称にくるくると巻かれ、その表情は幼さを残しながらも、凛々しく、誰もが強く引きつけられる美貌を持ちあわせていた。

 

そして、明らかに他の文官たちとは違う空気が周りを包んでいる。そんな彼女が俺を見て注文する。

 

「いつものでお願い」

 

「”いつもの”とは・・・何だ?」

 

聞きなれぬ言葉に疑問を投げかけてくる趙雲。

 

「いつものってのは、常連の方がいつも決まって頼むものだよ」

 

「ほぅ・・・」

 

そういうものがあるのかと驚いた顔の趙雲に、その常連の少女はくすくすと口を開く。

 

「驚くわよね・・・私もいきなり、いつものでよろしいでしょうか?なんて言われたのよ?」

 

「ふむ。では私にもいつものを頂こうか」

 

俺は黙ってメンマを置く・・・

 

「さ、酒が出てこぬとは・・・」

 

「当たり前だ。自分の酒を持ち込んでるくせに・・・」

 

少女はくすくすと笑い、俺達に話しかけてくる。

 

「珍しいわね。武官の者がこの店に足を運ぶなんて」

 

「残念なことに、一緒に飲みたいと思える者が見つからんのでな・・・」

 

「趙雲、もしかして武官に採用されたの?」

 

趙雲がさも当り前と言わんばかりに、軽く頷く。

 

「左様。この趙子龍、賄賂などには決して屈せぬ」

 

「そっか!それじゃこれはお祝い」

 

俺は竹間を薄く削り、それに趙雲の名前を書く。それに糸を着けて酒甕の一つに括りつける。その行動を趙雲は不思議そうに見ている。

 

「ぼとるきーぷ・・・だったかしら?。店主・・・懐のほうは大丈夫なのかしら?」

 

「幸いなことに、先日から少しばかり儲けが出るようになりまして・・・友を祝ってやれるくらいにはなりました」

 

「それは良かったわね。でもこの洛陽で賄賂無しで採用されるなんて・・・私からもお祝いしましょうか。店主、この店で一番高い酒を彼女に」

 

「いやはや、感謝致します」

 

趙雲が嬉しそうに盃を手に取り、目の前に運ばれた酒に口をつけようとした瞬間、大きな音を立てて扉が突然開かれる。

 

「ここかぁ!最近できた流行りの酒場ってのは!」

 

酔った男たちが店に入ってくる。一瞬にして険悪な雰囲気になり、常連の少女と趙雲の眉が釣り上がる。

 

「おら!どけっ。狭い店だなぁ・・・店主!酒だっ酒!」

 

「申し訳ございません。他者を思いやれぬ迷惑な方に、お出しできるお酒は一滴たりとも置いてませんので」

 

御引き取り願いましょうか。そう言うと今まで飲んでいた常連達が驚いて俺の顔を見る。

 

「なんだとてめぇ!」

 

「客に舐めた口叩くじゃねーか」

 

暴れようとしたときに、趙雲が空になった杯をその男の頭に投げつけて動きを封じる。

 

「折角の楽しい酒を台無しにしてくれる・・・そう言うことだ。即刻退場願おうか」

 

趙雲が愛槍を手にすれば、男たちを一瞬にして一打して外へ放り出してしまう。

 

さらに水が入った桶を持ち出して、店の前でへばり込んでいる男たちにそれを被せて追い討ちをかける。

 

「頭を冷やすには丁度好かろう!出直してから参られよっ!」

 

扉を閉めて黙って座る。時が止まったかのような静寂がこの場を支配する。

 

「皆様。大変申し訳ございませんでした。お詫びに今夜の御代は結構ですので、どうぞ楽しんで行ってください」

 

外にいる三人に止まっていた演奏をお願いして、先ほどまでと同じような時間が流れ始める。

 

落ち着きを取り戻した客たちは、いつもより多めに注文をしていく。

 

「ありがとう、趙雲」

 

「構わん・・・それよりも分かっているな?」

 

「あはは、お酒は難しいけど、メンマなら好きなのを選んで貰っても。でも手加減してくれよ?」

 

俺と趙雲の駆け引きが終わったところで、彼女が声をかけてくる。

 

「真の武官だけあって流石ね・・・どう?その武、私の所で役立ててみる気は無いかしら?」

 

「ふふっ、そう言って頂けるのは嬉しいが、今は目の前の北郷と旅をしているのでな」

 

「そう・・・残念ね。では時機にこの店も閉めるのかしら?」

 

「はい。皆さまには良くして頂いておりますが、この大陸を旅したいと思っております故」

 

「せっかく羽を伸ばして飲める場所を見つけたのに。残念だわ」

 

趙雲としばらく言葉を交わしてから、彼女はお金を置いて立ち上がる。

 

「あ、今日は・・・」

 

「構わないわ・・・また来ます」

 

他の常連達に手を上げて挨拶しながら帰って行く。俺は外に出て頭を下げる。

 

見送りを済ませた後、演奏してくれている三人娘がやってきた。

 

「店主、今日はこれであがらせてもらいますね」

 

「あ、ありがとう!少ないけどこれ」

 

「いつも思うけど、本当に少ないわね・・・」

 

「ち、ちぃ姉さん!例え事実だとしても、口に出しちゃだめよ」

 

中々手痛いところを突いてくる彼女たちは、またね~と手を振って歩いて行った。その向こう側からこの洛陽で初めて知った顔を見る。

 

「おぉ~ここってあのぼろぼろだった場所じゃん?」

 

「ちょっと、文ちゃん失礼だよ!」

 

「いらっしゃいませ」

 

「兄ちゃん。がんばってるなぁ~」

 

「盛況・・・とは言わないか。順調のようですね」

 

「はい。ありがとうございます。寄っていかれますか?」

 

俺は二人を店内に招き入れる。

 

「いやーお洒落な店があるってもんだからさ、斗詩連れて着てみたら兄ちゃんの店だったんだな」

 

「文ちゃん、小さい声で話したほうが良さそうだよ」

 

周りを見ると、文官たちが彼女たちを見ていた。

 

袁家の二枚看板か・・・と、ひそひそと声を立てる。

 

「申し訳ございません。仕事帰りに一息つける空間を提供するというコンセプトに営業しております故・・・他のお客様の迷惑にならない程度にお願いします」

 

「こんせぷと?まぁ、迷惑かけなきゃいいんだな。斗詩、飲むぞ~」

 

麗羽様連れて来れないねと二人は談笑を始める。

 

カウンターに戻れば彼女達との仲が気になったのか、前屈みになりながら小声で質問してくる。

 

「知り合いか?」

 

「あぁ、この店を出すのにどうしたらいいのか困っていた時にね。助けてもらったんだ」

 

俺は趙雲に袁紹が書いた営業許可書を見せた。

 

「ふむ。見ず知らずの人間に営業許可か・・・さすが袁本初と言ったところか」

 

「知っているの?」

 

「覇権争いに一枚も二枚も噛んでいる人物だからな・・・武官の周りでも噂にならんことはないさ」

 

また来るよと、次々に客が帰って行く。

 

「ありがとうございました」

 

「あれ?あの人たち・・・お金払わずに出て行きましたよ?」

 

「ん!?ってことは、無銭飲食か?」

 

がたりと席を立つ二人に、俺は慌てて事情を説明する。

 

「あの人たちは良いんです。先ほどご迷惑をおかけしましたので・・・」

 

「ふーん・・・じゃぁいいか」

 

しばらく何もない静かな空間で彼女たちは過ごす。趙雲はすっかり夢の中だ。袁紹の話を聞くのをやめて、俺は上着を持ってきて彼女の肩にかけてやる。

 

「うわっ、なんだそれ!?輝いてら・・・」

 

「ぶ、文ちゃん!失礼だよ!?でも綺麗な服ね・・・」

 

「まぁ、何と言いますか」

 

まさか見られているとは思わなかったので、言葉を用意していなかった。

 

「今はこんな格好してますけど、ここに来る前に着ていた服です」

 

「ってことは、兄ちゃん訳ありだな?」

 

「文ちゃん!」

 

無暗に踏み込んでは駄目だと、彼女の肘が相方の脇腹に見事に決まる。その苦しむ姿を見て、俺は苦笑するしかない。

 

「まぁ、そういうことです」

 

「そ、それにしても、その人の槍!武官かなぁ~」

 

すやすやと眠る趙雲の横に立てかけてある槍を見て、話題を変える。

 

「この眠り姫は、暴れだそうとした酔っぱらいを追い払ってくれた功労者でして」

 

「あぁ~、それで迷惑をかけたお客様には無料・・・だったんですね」

 

「ちぇっ。それならもう少し早く来ておけば良かったぜ・・・とーしー。明日も来ようぜー」

 

「そうだね。少し来るのが遅かったもんね。それじゃ文ちゃん、そろそろ行こっか」

 

「あいよーって結構な値段だな。麗羽様連れてくれば一発なんだけどなぁ・・・」

 

「さすがにねぇ~」

 

そう言って二人は去っていった。俺も後片付けをして、趙雲を抱えて宿へ向かった。

 

 

(六)

 

今日もやってきてくれた常連さん達に、日ごろのお礼を兼ねて酒の肴を渡す。

 

「この店にはメンマしかないのかしら?」

 

「気の利いた一品もだせずにすいません」

 

常連さんの不満はこれだ。この店の肴はメンマしかない!

 

店主のこだわりなのだろうと、みな黙ってくれているのだが・・・

 

その張本人は仕事が長引いているようで、まだ姿を見せてはいない。

 

「まぁ、期待して無いから構わないわ」

 

そう言って、こりこりと音を立ててメンマをかじる。

 

「でも飽きが来ないのは不思議なものね・・・」

 

そんなことを呟いて酒を飲み始めた。

 

勢いよく扉が開かれる。これほどわかりやすい開き方はない。昨日のあの子たちだろう。

 

「兄ちゃん・・・約束通りきたぜ?」

 

「お邪魔しま~す」

 

「いらっしゃいませ」

 

彼女たちはカウンターではく、テーブル席の方へ向かう。

 

注文を聞きに席まで行けば、この店始って以来、前代未聞なことを口走る。

 

「あの~・・・この店って貸切ってできますか?」

 

「か、貸切ですか!?」

 

俺自ら大声を上げてしまうなんて。あぁ、常連さんの視線が痛いぜ・・・

 

「申し訳ございません。さすがに貸切は・・・日頃お世話になっているお客様もおりますので」

 

「あぁ~やっぱりですか・・・」

 

「申し訳ございません」

 

「あ、言ってみただけですから、気にしないでください」

 

貸切なんて言われるとは思わなかったなぁ・・・

 

そう思いカウンター席に戻ると、再びドアが強く開かれる。周りを見渡して趙雲の姿がいないとわかると、威勢の良い声を上げる。

 

「昨日はよくも俺達をコケにしてくれたな!」

 

「店主・・・表へ出ろ!俺達が灸を据えてやるぜ!」

 

その姿を見れば誰もが息を呑む。刃物を持った男たちが待ち構えているのだ。

 

俺は用心のためにと作って置いた木刀を持って外に出る。

 

「困るな。ご新規さんも常連さんもいるんだ。このままじゃ、商売あがったりじゃないか」

 

「黙れ!」

 

勢いよく振り上げられた太刀を交わし、軽く押してやれば体勢を崩して向こう側へと飛んで行く。こちらの武器が木刀だからだろう。同じように勢いよく何人か襲いかかって来るが同じように対処する。

 

次は慎重になって攻めてきたとしても、有段者の敵ではない。籠手が決まればその手から武器が零れ、その隙に胴を薙ぎ、面を打つ。

 

懲りずに襲い掛かってくる男たちを何回もあしらっている内に、徐々に疲れの色が見え始め地面に這いつくばる者が出始めた。

 

「さて・・・どうしようか」

 

ご新規さんがこちらを見ている。さっさと戻って飲み直して貰いたいのに・・・

 

「こんなところで何を騒いでますの!?」

 

多くの警備兵を引き連れてやってきたのは、彼女達の主、袁本初だった。その姿を見た二枚看板が驚きの声を上げる。

 

「あっ!麗羽様!」

 

「誰ですの!?私の真名をって、猪々子さんに斗詩さんじゃありませんの?こんなところで何をやってますの?」

 

辺りを見渡して、彼女たちがいる方向にある酒場を眺める・・・

 

「きーっ!私を除者にして二人でお酒を飲んでましたの!?許せませんわ!貴方達、後でお仕置きですわ!覚えてらっしゃい!」

 

「そ、そんな~」

 

主にお仕置きと言われ、二人して落胆する。俺はすかさずフォローを入れる。

 

「袁紹様、彼女たちは袁紹様を招いても良いかと、相談に来ていたのですよ」

 

「そうでしたの?相談する必要なんて・・・って貴方、いったい誰ですの!?」

 

「えぇ!?麗羽様忘れちゃったんですか~?」

 

「ほら!麗羽様が店を出すのに困っていたお兄さんに、出店の許可出したじゃないですか!」

 

「ん?あ~・・・・・・・・・あぁ!思い出しましたわ!」

 

「何をやってるの麗羽・・・さっさと仕事しなさいな」

 

突然掛けられた言葉。店の前には常連さんの一人、あの少女が立っていた。

 

「あら、華琳さんもいらしたんですの?なら華琳さん、後はお願いしますわよ」

 

さぁ、二人とも飲みますわよ!と叫び、堂々と店の中へ入って行った。

 

隣に並んだ少女は溜息を吐き、残った兵士と乱暴を働いた男たちにこう宣言する。

 

「洛陽北部尉の曹孟徳よ!酔った勢いで営業妨害の上、殺人未遂の現行犯よ!さっさと牢へ連れて行きなさい!」

 

袁紹が引き連れてきた警備兵たちが強引に男たちを連行していく。それを見届けた彼女はさっさと店の中へ戻って行ってしまった。

 

 

(七)

 

店の中にいた常連たちは、袁本初という大物の登場に驚き、定位置に座る常連の一人が北部尉の曹孟徳と聞いて息を呑み、そして無傷で帰ってきた店主に驚愕した。

 

「そ、曹操様・・・いらしたんですか~」

 

「あら、いたら悪いのかしら?」

 

曹操と呼ばれた女性は意外かしらという風に話す。

 

「そんなことより!私がここで飲むのに、どうして店主に相談しなきゃならないんですの!納得できませんわ!」

 

「そ、それは~ですねぇ・・・斗詩任せた!」

 

「えぇ!えーと、それはですねー・・・えーと、曹操さん!お願いします!」

 

言葉を濁す二人は曹操へと助けを求め、そんな二人にやれやれと曹操が口を開く。

 

「ここは雰囲気を楽しむ酒場なのよ。三公を輩出した袁家当主の麗羽なら・・・当然わかると思うんだけど?」

 

「雰囲気?」

 

「まさか・・・」

 

「わ、わかりますわよ!雰囲気を楽しむ場所ですわ!」

 

必死に頷く袁紹を見て、俺はふと笑ってしまう。

 

「袁紹様、あの時はお世話になりました。今日はゆっくりと仕事の疲れを癒して行ってください」

 

俺はそう言って、一番高い酒を袁紹の杯に注ぐ。

 

「あら?気が利くじゃありませんの。気に入りましたわ!貴方、袁家に奉仕なさい!」

 

「麗羽様。それを飲んでしまうと、賄賂にな・・・るんですけど~」

 

賄賂という言葉に、飲んでいた袁紹が咳き込む。

 

「わ、分かってますわ!この袁本初、下々の者に感謝されど、奢られるほど落ちぶれておりませんわ!店主、気持ちだけ受け取っておきます。それから勿論ちゃんとお金は払いますわ!」

 

「この手で麗羽を捕まえなきゃいけないのかと・・・そういえば、店主と麗羽はどういう関係なのかしら?」

 

「あぁ、それは・・・」

 

事の次第を曹操に説明していく斗詩と呼ばれる少女。

 

「どうかしら、華琳さん!この私の度量の大きさ。おーほっほっほ・・・」

 

ざわざわと、周りから棘のある視線が袁紹に突き刺さると、次第に声が小さくなっていく。

 

「なんだか嫌な予感がするわ。店主、その営業許可書を見せなさい」

 

自信満々な袁紹さんに比べて、隣に座る二人は何故か不安そうな顔をしていた。取り敢えず、俺は袁紹さんから貰った営業許可書を手渡す。

 

「麗羽・・・これは何かしら?」

 

「袁家当主であり、西園軍の中軍校尉となるこの袁本初が、この者に営業を許可した紙ですわ!」

 

俺はその一言に耳を疑う。中軍校尉となるって、今はそうじゃないってことか!?

 

曹操の手が次第に大きく震えだし、とうとう許可書が音を立てて破れる。

 

「!?」

 

「少しは考えなさい!何!これはっ!?ここで店を営むことを許すぅ?・・・ここってどこかしら!これじゃ、洛陽すべての場所で出店できるじゃないの!」

 

間違いを指摘され、その勢いに袁紹が一歩後ろに下がる。

 

「それに西園軍はまだ案件のはずよ!?無いものに権限なんてあるわけないでしょう!」

 

「え?ってことは・・・」

 

「店主・・・無許可営業の現行犯で逮捕します」

 

「「「えぇぇー!」」」

 

誰もがその一言に驚きの声を上げ、俺は曹操直々に連行されてしまった。

 

・・・・・・

 

・・・

 

「それで、店主・・・名は?」

 

「北郷一刀」

 

「では、北郷一刀。貴方は法を犯したことに関して、言い逃れができないことは分かっているかしら?」

 

「・・・はい」

 

反論はしたいが、無知こそが罪というやつだろう。

 

「本当は麗羽が悪んだけど・・・でも私には面子というものがあるの。無罪放免という形で済ますわけにはいかないわ」

 

そう言いながら彼女は俺を中心に周回する。密閉された空間に靴の音だけが冷たく響き渡る。

 

俺の目の前で立ち止まり、その音を一際大きく響かせる。その瞳に俺を映しながら冷たく罪状を告げる。

 

「十叩きに処す。吊しなさい」

 

屈強そうな男たちに俺は腕を縛られ、爪先が宙に浮く。

 

さらけ出された上半身に彼女がそっと触れて、謝罪の言葉を呟くのである。

 

「許してちょうだい」

 

「曹操さんは正しいことをしているんだろう?なら謝る必要はないさ」

 

一瞬驚いた表情を見せた後、俯いた彼女は何か確信を抱いたのか。再び顔を上げればそこには自信に充ち溢れる曹孟徳がいた。

 

「想像以上に痛いわよ!しっかりと歯を食いしばりなさいっ!」

 

屈強な男たちが平棒を振り上げ、一気に俺の体に叩きつけた。

 

 

(八)

 

「いやー遅くなった、遅くなったっと・・・おや?」

 

入ったその瞬間、常連達の雰囲気がおかしいことに気付く。

 

「おぉ、貴方は店主の・・・」

 

「いかが致したかな?常連の方々よ」

 

誰もがその表情を暗くして、どうしてよいかと途方に暮れているようだ。

 

「いや、そのな。営業許可書が認めら得なかったようでな、店主が逮捕されてしまったのだよ」

 

「はっ?」

 

逮捕された。その一言に耳を疑う。許可書が認められないだと?

 

「袁紹殿の許可は得ていたのだろう?」

 

「それがだね、これじゃぁ、許可証とは言えないのだよ」

 

そう言って、机の上に破られた許可証を指さす。

 

「それに西園軍というのは案件段階です。実現すれば中軍校尉に袁紹殿が落ち着くのでしょうが・・・断言しましょう。そんな官職、今は存在しません!」

 

私は確信した。袁紹は駄目だとっ!

 

「残念なことに、袁紹殿は営業許可の権限は持ち合わせていない。どんな大物に書かれた許可書でも、特例なんて言葉は通用しない。それが曹孟徳という人物だ」

 

「噂には聞いております。中央では珍しい法家主義の人物だそうで」

 

「なんたって、十常侍の親戚すら逮捕するくらいだからな。肝が据わってるよ」

 

皆が曹孟徳という人物を語る。

 

「しかしこれは袁紹殿が悪いではないのか?何故北郷が・・・」

 

どう考えても納得できるはずがない。

 

「いや、無許可営業に関しては袁紹殿は関係ない。書いただけになるからな・・・書いた罪を問うならば、それはまた別の話になるだろうが、この時代それを罪とは言わんだろう」

 

「騙されたほうが悪い・・・か」

 

私はその矛先のない怒りを、机に向けてしまう。

 

「そんな理不尽な話があるかっ!」

 

気付かぬうちに周りを怯えさせてしまっていたことに詫びを入れる。

 

今すぐにでも北郷の元へ駆けつけてやりたいとは思うが、主人のいない店をそのままにするわけにもいかず・・・私は北郷の帰りを待つことにした。

 

それにしても、なんと迷惑な話だろうか。正直者が馬鹿を見るなんて・・・

 

誰もが無言を突き通していた。そういえば・・・

 

「常連の方々は・・・明日はよろしいのですかな?」

 

「はははっ!どうせ心配で寝付けぬよ」

 

「そういうことです。店主が無事に帰ってくるのを見届けてから帰宅しようかと思います」

 

「ここの店主は、我々のような身の狭い立場の者にとっては、癒しですからな!」

 

誰もが癒しの存在に首を縦に振る。

 

「濁流という名の政に、もういっその事呑まれてしまおうかと・・・毎日のように思うことよ」

 

「だが、今日も清流で居られたことで味わえる酒。これほど甘露なものは無い」

 

その言葉に皆が頷く。

 

・・・文官たちの心にまで北郷の徳は根を下ろすか。

 

「ただ待つのも時間が勿体ない!どれ・・・」

 

注文を受ける際に、いつも北郷が手にしている竹間に一本線を引く。

 

「確かに。店主がいないからといって、酒を飲まずして待つのは時間が勿体ないですな」

 

「それもそうですな。私も一献」

 

皆が酒を飲み始めると、自然と北郷の話題を始める。

 

「ほぅ・・・夜は生活の糧に、昼は勉学に励むですか・・・荘園主でもないのに、勉学に励む時間を作るなんて・・・なんという才をお持ちだ」

 

「左様。北郷は我々が知らぬ智に溢れているからな・・・」

 

「それにしても、孟徳殿も辛い立場になりますねぇ・・・」

 

「店主の恨みを買うことになるのですからなぁ。もうこの店に足を運ぶこともできますまい・・・」

 

「ふむ。・・・それは無かろう」

 

「どうしてですかな?」

 

皆が一斉に驚いてこちらを見る。

 

「北郷ならば、孟徳殿を怨むことよりも逆に心配してしまうだろうな」

 

「体罰を受けてるのですよ?それなのに逆に心配とは・・・」

 

「北郷とは、そういう優しさを持ち合わせた者だ」

 

「信じられませんな」

 

「ならば・・・一勝負と行きますかな?」

 

「曹操殿が明日顔を出すかどうかですか?」

 

「それでは興が冷めてしまう。ここは北郷殿と曹操殿が一緒に戻ってくるかこないかで如何かな?」

 

しばらくして、二人の気配を感じたので扉の前に立つ。北郷と孟徳殿の声がはっきりと聞こえてくる。

 

勝ちを確信して、私は常連たちの顔を見る。

 

常連たちもまさかという顔で私の顔を見上げて扉を見つめる。

 

だがその会話の内容を耳に入れてしまう。

 

どうして北郷は何も言わないのか。それでは北郷の答えはまるで・・・

 

聞きたくない。そんな想いで、私は勢いよく扉を開けた。

 

 

(九)

 

罰を受けた帰り道、曹操さんは俺を支えてながら呟くのである。

 

「もうお店に顔を出すことはできないわね」

 

「気にしないで、顔を出してくれればいいさ」

 

彼女は首を振る。

 

「皆がゆっくりお酒を飲むことができなくなるでしょ?」

 

「んー大丈夫じゃないかな。常連さんって清流派の中でも柔軟なほうだし」

 

「あ、貴方!その言葉・・・」

 

「そりゃぁ、まぁ・・・一応酒場の店主やってるからさ。政の話も耳にするんだ」

 

俺は話を続ける。

 

「この国の官人には三つの種類がいる。一つは賄賂をして私腹を肥やすもの。もう一つは賄賂を嫌いそれを遠ざけるもの。そして最後に・・・賄賂をしてでも、この国の政治を変えようとする者だ」

 

「・・・それで?」

 

「何の考えもなく悪いことをしている人に癒しなんて必要ない・・・あの店を利用してくれる人は、つまり残りの二つに含まれる」

 

「濁流に負けず、前に進もうとする人たちはまさに龍の名に相応しい。だから俺は昇り竜という名をあの店につけたんだ」

 

「・・・常山の昇り龍からじゃ無かったの?」

 

「皆勘違いしてるけどね・・・そういう意味でも、袁紹さんには来てもらいたいお客かな」

 

「貴方・・・やけに麗羽のことを買っているじゃない?」

 

「どうだろう?俺の思う袁本初って人物は、いつも後一歩って人だからな。買っているってわけじゃ」

 

空いた手を口に寄せて、くすくすと笑う。

 

「確かにそれは言えてるわね」

 

話に夢中だったのか、いつの間にか俺たちは昇り竜へと戻ってきていた。

 

曹操から離れ、俺は両足でしっかりと地面を踏む。

 

扉を開けようと手を掛けた時、彼女の問いがそれを拒む。

 

「なら、貴方が思う曹孟徳って人物は?」

 

振り返れば、俺の視界には一際輝く月を従え、行燈に照らされて浮かぶ姿が飛び込んでくる。その芸術ともいわんばかりの光景に、俺が持つ曹孟徳象と重なる。

 

「誇り高き・・・王かな」

 

「・・・」

 

「いっ!」

 

突然、彼女が俺の頬に触れる。

 

「北郷一刀・・・私の元へ来る気はないのかしら?ここに居る者たちは、誰も私の気持ちを理解できないし、しようともしない。どうして私が泥まみれになりながら、この中央で働いているのかを。・・・私の姿が見えているのでしょう?そこまで理解していて、どうして貴方は私を求めないのかしら?」

 

貴方もこの国の未来を憂う一人なのでしょう?と続けて、彼女は周りに聞こえないように叫ぶ。

 

「私たちが手を組めば天すら容易くこの手に引き寄せ、この大陸に安寧と秩序を。民たちに安息という名の平和を与えることができるわ!」

 

そして微かな甘い声で俺を誘う。

 

「もう気付いているのでしょう?私と貴方は惹かれ合い、そして求め合うわ。北郷一刀・・・私と共に来なさい。何度でも言うわ。一刀・・・私と共に」

 

その吸い込まれるような青い瞳から、目を反らすことができない。彼女は俺のすべてを支配せんと、その英雄たる者が持つ魅力で引きつけていく。

 

それを打ち破ったのは誰でもない。趙雲だった。

 

 

(十)

 

趙雲に助けられた俺は、店の中にまだ常連さんがいることに驚いた。夜もかなり更けているのに。

 

「店主が心配で、気になって帰れなかったよ」

 

そういうと常連の皆が頷くのだ。

 

「あら、なかなか人望があるじゃない?」

 

曹操さんが俺に向かって気さくに話しかけてくる。先程までの雰囲気は微塵もなく俺は胸を撫で下ろす。

 

「皆さんありがとうございます。ご心配をおかけしました」

 

「麗羽の件のお詫びと言ってはなんだけど、明日中に許可書を発行するように伝えておいたわ。そうね、日が少し傾いたぐらいに役所に顔を出してみなさいな」

 

「ありがとうございます」

 

「いいえ、謝らなくてはいけないのはこちらよ・・・店主、ありがとう。また来ます」

 

お金を置いて去って行った曹操を見て、他の常連さんは言葉を失っていた。

 

「・・・さて、この勝負私の勝ちということで」

 

「恐るべし趙雲殿・・・いや、ここは店主か」

 

「え?どうしたの?」

 

そう言うと皆が席を立ち、お金を置いていく。

 

また来るよと、皆が帰宅の途に就いていく。

 

「趙雲、俺たちも帰ろうか」

 

「・・・」

 

「趙雲?」

 

「ん?あぁ・・・」

 

 

 

 

次の日の朝、珍しく雨が降っていた。朝から趙雲は上の空で、何を言っても気の抜けた返事しか返ってこない。

 

元気の無い趙雲を送り出し、俺は昨日の出来事を考えていた。

 

曹操と共に覇道を歩むのか否か・・・もし俺が曹操と歩むと決めたなら、趙雲はどうするのだろうか?

 

「・・・趙雲」

 

「呼んだか?」

 

少し前に送り出したはずの趙雲が、突然窓から入ってきた。

 

雨の中を急いで走ってきたのか、雫を床に滴らせる。濡れて吸いついた彼女の肌が俺の目を引きつける。

 

「って、どこから入って来るんだよ!ってか服!趙雲!服透けてるっ!」

 

「雨に濡れれば透けるものよ。それ所ではない。どこぞの馬鹿が王宮の朱雀門に落書きをした」

 

今の俺にとっては朱雀門の落書きのほうがどうでも良い。布を取りだして彼女に投げる。

 

「趙雲、着替えは?」

 

「外に干してあったものが、今朝の雨で見事に使い物にならなくなった・・・これで良い」

 

拭き終わった後、俺の仕事用シャツに袖を通す趙雲。

 

生着替えを済ませて、目のやり場に困ってしまう離れ業二連発を披露する。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、真顔で話を進める。

 

「朱雀門にはこう書かれていた”天下大乱、十常侍、公卿、皆守銭奴、蒼天已死” 」

 

蒼天已死。その一言で俺は意識がそちらへと惹きつけられる。

 

「北郷が言っていた黄巾の乱では無いのか?」

 

「似ているようだけど・・・違うと思う。ただこれだけは言える。必ず黄色い布を巻いた人たちが現れる。この洛陽で黄色い布を巻いた人はまだ見ていない」

 

「そうか。主も見つけられぬまま、騒乱となっては困るのでな。ところで北郷、何故顔を背けている?」

 

こちらに足音が近づいて来る。

 

「人と話すときは、目を見て話せと教わったであろう?」

 

無理やり顔をこちらに向けられ、趙雲が俺のすべてを見透かそうと覗きこむ。

 

「・・・携帯で自分の姿撮ってみろよっ」

 

「?」

 

その瞳から逃れるための咄嗟の一言に・・・俺は後悔することになる。

 

携帯の音が聞こえ画面を覗きこんだ趙雲が、この物好き奴!っとそれはもう妖艶な笑みを俺に向ける。ちらりと裾を捲るサービスショット付きで。

 

 

(十一)

 

その日の夜、俺はいつもと変わりなく開店準備をしていた。

 

「北郷・・・政変に巻き込まれるぞ!」

 

趙雲は厳しい表情をし、強い口調で俺に言う。確かに昇り竜は清流派の溜まり場である。だからこそ、俺はあの店を開くべきである。

 

「俺が店を閉めれば、それこそ俺や趙雲、常連の人達が疑われてしまう。捕まえてくださいって言ってるものだよ」

 

「だが今夜必ず清流派の一派が弾劾されるのは目に見えているぞ?危険すぎる!」

 

趙雲が何を言おうと、俺は店を出すつもりだった。

 

言っても聞かずと諦めたのか、結局今はいつもの定位置に座っている。ただ酒には一切手を着けていない。

 

「趙雲」

 

「どうした?」

 

「・・・ありがとう。でも俺は守りたいんだ。俺のできることで助けることができるかもしれない人達を」

 

彼女は黙って眼を閉じたまま、ずっと動かずにいる。

 

急ぎ急ぎ、この店に入って来る常連達。彼らの仲間であろうか、今まで見たことのない若い子たちも連れてくる。

 

「店主、巻き込んでしまう。本当にすまない!」

 

「私はいつも通り昇り竜を開店したまでのこと。常連の方からその様な謝罪を受けるつもりはありません」

 

趙雲の言う通り、十常侍たちが清流派の弾圧を始めたようだ。

 

新たに扉が開かれる。

 

「店主!店を開いてくれて、本当に・・・ありがとうございます!」

 

俺は何も言わず、常連を席へと促し、いつも通り注文を取って行く。少しずつだが、場が賑やかになって行く。

 

三人組もやって来る。

 

「やっほー♪店主、元気にしてる?ちぃー今日は気分が良いから、何でも演奏してあげる!」

 

「何だか洛陽が騒がしいですけど・・・」

 

「どうしてだろうねぇ~?」

 

「何でだろうね♪さぁ、始めるわよっ!」

 

「わぁ、ちぃーちゃんがやる気だぁ~♪おねーちゃんも負けないんだからね!」

 

そう言うといつも通り、彼女たちの音楽が店の中に響いて来る。

 

「やっぱり・・・営業してたわね」

 

常連の一人である曹操が扉を開けて立っている。その言葉に誰もが息を飲む。

 

「ここの常連に関しては、洗いざらい調べさせて貰ったわ」

 

手に持った分厚い書類を叩きながら定位置に歩いて行く。

 

「それらしき人物は見当たらなかった。曹孟徳の名の元に、現場不在で逮捕なんてさせませんから安心なさいな」

 

肩の荷が下りたかのように皆の力が抜けて行く。彼女が酒を注文する。

 

どうかしら?法と秩序がもたらす安寧。これが私の目指す覇道。そんな表情が彼女から読み取れた。

 

そして、とうとうその時がきた。

 

 

 

警備兵を連れて入ってきた男が店の中を見渡す。

 

「全員拘束させてもらう。捕えろ」

 

「待て待て、俺やお客が何をしたって言うんだ?」

 

「清流派の溜まり場と噂される昇り竜。ここまで清流派の面々が集まっているんだ。清流派の拠点として動いている可能性は否定できまい」

 

「生憎だが、そんな物騒な話をする所じゃない。ここは一杯やって行くところさ」

 

「宦官の命令に歯向かうというのか?」

 

「宦官であろうとなかろうと、これ以上は営業妨害ではなくって?」

 

立ち上がって振り向いた少女の顔を見て、男がこの世の終わりかのような声を上げる。

 

「げっ、曹操!?」

 

後ろの兵士たちから、ひそひそと聞こえてくる

 

「たしか曹操といえば、宦官のご家族が禁を破ったのを見つけて罰したという?」

 

「勿論。法を犯した者がいれば、例え十常侍でも捕えてみせましょう。だけど、ここにいる面々は残念ながら証拠不十分よ」

 

分厚い紙の束を男に投げつける。それに目を通した男は、ばつが悪いそうに邪魔したなと兵を連れ去って行った。

 

すべては上手くいった。誰もがそう思った。

 

だがここで、予想外の人物が逃げ込んで来たのである。

 

「て、店主!た、助けてくださいなっ!」

 

袁本初、その人である。

 

 

(十二)

 

「と、とにかく匿ってくださいな!」

 

そういうと有無も言わさずカウンターの下に入り込んでしまう。

 

しばらくしてから、力強く扉が開かれて先ほどとは別の男がやってくる。

 

「ここに宦官に反旗を覆した者の一人が逃げ込まなかったか!?」

 

誰もが沈黙を守る中、俺は意を決して答える。

 

「宦官に反旗を覆した?」

 

男は答える。

 

「あぁ、今朝の混乱騒ぎを利用して、挙兵しようとした大馬鹿者がいてな・・・未然に防いだのだが、まぁ清流派で間違いないだろう。その仲間らしき者たちが、こちらの方へと逃げていったのでな」

 

なんて運の悪い・・・

 

「この時期に挙兵する馬鹿がいたとは・・・清流派の一人としては情けない話ですな」

 

「機を見誤ったようで・・・救いようがありませんな」

 

「だがまぁ、我々はずっとこの店で飲んでいた。逃げ込んできた者など、おりゃせんよ」

 

男は常連たちの答えを聞いて、言質を取ったと言わんばかりに笑みを浮かべる。

 

「庇うというか、そのような言葉到底信じられるか!全員拘束!」

 

「待て待て。証拠ならあるぞ!先程やってきた貴方のお仲間が私たちを確認しておりますからな」

 

男は確認のために兵に指示を出す。ここにいる者を順々に眺め、曹操を見つけた途端鼻で笑う。

 

「・・・曹操か」

 

「私が此処でお酒を飲んでいて、何か可笑しなことがあるのかしら?」

 

「可笑しいに決まっている。賄賂で役職を得た人間が、清流派の溜まり場で酒を飲んでいるんだ。呆れて物も言えんな」

 

「・・・」

 

曹操が賄賂。誰もがその言葉に驚きを隠せない。

 

「そうね。私はしたつもりが無くても、お父様が手を回していたようね・・・本当に余計なことをする父親よ」

 

「認めるか。それでもこの洛陽で法治主義を唱えるのか・・・笑わせてくれる!」

 

曹操は黙って男の言葉を聞き続けている。

 

黙っている曹操を見て、嬉しそうに笑みを浮かべて彼女を誹謗し挑発する。

 

「そう言えば・・・貴様の祖父さん、宦官だってなぁ?」

 

その言葉に曹操が反応する。男が近付いて皆に聞こえるように、小声で曹操に吐きすてるかのように呟く。

 

「親から授ったもんを、捨てちまうなんて・・・、宦官ってのは本当に救いようが無いな」

 

彼女の手元の酒が波立ち始める。

 

「どうして救いようがないんだ?それって、凄いことじゃないか」

 

その一言に、誰もが俺に注目する。

 

「俺はこの国のために、まして皇帝のためにと去勢しようなんて思わない。そんな勇気ある行動・・・俺にはできないな」

 

それにと言葉を続ける。

 

「皇帝だって男なんだ。そんな事思わないさ。そこまでしてついてきてくれる人達なんだからな」

 

その言葉に誰もが言葉を失い、曹操は唖然としている。

 

俺の言葉に趙雲が大笑いする。

 

「いや、北郷の宦官の捉え方は素晴らしいな!さて、そこの男。ここは清流派の溜まり場だ。このような分かりやすい場所に逃げ込むはずなかろう?」

 

この一言が反撃開始と言わんばかりに、口裏を合わせたかのような常連達の華麗なる舌業が発動する。

 

「確かに。私なら別の場所へ身を潜めますね」

 

「曹操殿を甚振っていたつもりだろうが、店主に正論を吐かれて言葉を失った上に、何時の間にやら犯人も逃がしてしまっている。これは紛れもない失態だな・・・」

 

「もう少し頭を使うんだな。と言っても、もう遅いか!」

 

常連達のせせら笑いに顔を真っ赤にして耐えていた男の元に、確認のためにと飛ばした兵士が耳元で何やら告げた途端、その拳を机に叩きつける。

 

曹操がそれを見逃すはずがない!

 

「器物破損の現行犯で逮捕しますっ!」

 

有無も言わさず男に痛打を喰らわせて華麗に召し取ると、男は自ら率いていた警備兵に連れて行かれてしまうのであった。

 

 

(十三)

 

次の朝、瓦版には多くの太学の学生と、立ち上がった多くの清流派の党人が投獄されたことを伝える記事が書かれていた。

 

昨日の夜、昇り竜へと逃げてこんだ袁紹は決起する友人達を止められずに逃げてきたそうだ。捕まった彼女の友人達は、きっと生きて出てくることはないだろう。

 

「絶対に許しませんわ・・・必ず宦官共をこの洛陽から排除してやりますわっ」

 

悔し涙をぽろぽろと流しながら、彼女は曹操の横で盃を一気に傾ける。

 

「麗羽、お酒はそろそろ控えた方がいいわ。貴方は酒に溺れている時間なんて無いでしょ?」

 

「・・・」

 

静かに頷いて、素直にその言葉に従う袁紹。

 

「そうね、北郷一刀。貴方は麗羽の涙を見て・・・宦官についてどう思うのかしら?」

 

昨日は思ったことを口にしたが、さすがに今回の弾圧は余りにもやり過ぎだ。

 

「許せるものじゃない・・・かな」

 

「そうね」

 

その一言を聞いて、酒を一口含み言葉を続ける。

 

「祖父はこの国の為にと、親から授かったものを授けた。それをこの国の者どもは良しとしないのよ」

 

今朝、趙雲から言われたことを思い出す。

 

この時代は儒教中心の時代だと。親から授り、子を成すために必要な一部を去勢した男たちに、周囲の目は冷たいのだと。

 

「でも貴方の一言で私は救われたわ。誰もいないと思っていた理解者をこの洛陽で見つけた。・・・北郷一刀、何回でも言うわ。私の元へ来る気は無いのかしら?」

 

盃を見詰めながら、曹操は静かに話を始める。

 

「私は・・・祖父の名誉を守ろうともせず、自らの名誉も捨てた今の宦官どもを決して許さないわ」

 

静かに震える曹操の目は、見ているだけで凍りつくような冷たい灯を宿している。それは紛れもない覇道への決意。

 

「華琳さんが手を下すまでも、ありませんわ!」

 

少し復活した袁紹が一声を上げる。

 

「袁家当主のこの私が、どうして西園軍の校尉にへと働きかけをしているか・・・お気づきかしら?」

 

さすがに官職の名を出されても、ぱっとしない。

 

「西園軍?」

 

「仕方ありませんわね・・・この私袁本初が華麗に優雅に説明してあげますわ」

 

姿勢を正して、こほんと咳をして口を開く前に、曹操が説明してしまう。

 

「皇帝陛下直属の近衛軍よ」

 

少しムッとする袁紹、だが気を取り直して答える。

 

「西園軍とは、陛下が最も信用する十常侍の御一人、蹇碩(けんせき)様を筆頭とした近衛軍ですわ」

 

この三人の中では一番大きな胸を天井高く突き上げる。その姿に曹操は溜息一つ。

 

「その行動はすべて陛下の御意志。自らが軍を率いることで、外戚や宦官たちとの戦いに終止符を打たんとお考えなのでしょう」

 

俺が口を開きかけた時、かたりと趙雲の盃が音を立てる。

 

「人の話は最後まで聞けと教わらなかったのか?北郷は黙っておけ」

 

その氣の籠った一言に対して俺は肩を縮こまる。本気の祖父ちゃんより怖ぇぇぇ!

 

袁紹が眉をひそめる。

 

「ちょ、ちょっと華琳さん?あちらに座ってる庶民は一体誰ですの?」

 

「そうね・・・少なくとも、この国の状況を嘆く一人よ。心配する必要はないわ」

 

その言葉に納得したかのように、袁紹が話を進める。

 

「過去何代もの帝の悲願、時期に達成せり!だから華琳さんの出番はありませんことよ!おーほっほっほ!おーほっほっほ!」

 

昇り竜でこれだけ大声を上げても大丈夫な人は、この人しかいないだろう。常連さんも諦めたようでだんまりを決め込んでいた。

 

袁家二枚看板の名前を告げて、颯爽と昇り竜を後にする袁紹。

 

「すでに洛陽は嵐の中・・・ですかね」

 

「私たちもこれからの身の在り様を考えなければなりますまいなぁ」

 

常連さん達も腰を上げて、代金を置いて帰って行く。それを見届けて曹操は口を開く。

 

「北郷一刀、そろそろ返答を聞かせてほしいのだけど?」

 

「あぁ・・・俺は曹操と洛陽に留まるつもりはない」

 

「理由は?」

 

「俺は今、趙雲と旅をしている・・・この時代を知るために」

 

「この曹孟徳。すべてを話したつもりよ?そんな理由では納得できないわ。・・・私に付いてきなさいな。私が教えてあげる。この大陸のすべてを貴方に見せてあげるわ」

 

こちらに見向きもせず立ち去る彼女の小さな背中が、俺にはとても大きく見えた。

 

 

(十四)

 

「北郷の絵空事が・・・もしかすると、もしかするかもしれんな」

 

「どういうこと?」

 

「分からぬか?何もなければお世継ぎは、宦官の息が掛った何太后との子、劉弁様だ。だが帝は逆に王美人との子、劉協様を次代の皇帝へと望まれておられるのだろう」

 

有無を言わさぬ為の権力と見て大筋間違いないと付け加え、少し表情を引きつかせた趙雲が話を続ける。

 

「だが後継者を告げずに倒れられでもしたら、外戚と宦官の勢力が骨肉の争いを始めるに決まっている」

 

外戚である何進は何太后との子、劉弁を。それに対して、宦官は王美人との子、劉協を。

 

そして、宦官による何進の暗殺、袁紹の宦官粛清。歴史という道が一本に繋がって行く。

 

「これだけ堂々と営業する清流派の溜まり場なんぞ、あっと言う間に消されるぞ。ここは危ない。準備ができ次第すぐに出るぞ?」

 

「分かった。でも少し待ってくれ。世話になった人たちに挨拶無しで洛陽を離れるのは・・・」

 

「さすが義に厚い北郷殿。だが一日でも早く洛陽を去りたい。私も洛陽で知り合った者に、挨拶をすませておこう」

 

 

 

その次の日の夜、昇り竜の営業が終わり、まだちゃんと挨拶を済ませていない曹操を待つ。俺の決意を語るために。趙雲には申し訳ないが席を外して貰った。

 

「こんな真夜中に私を呼び出すなんて・・・一体何を考えているのかしら?」

 

「本当に申し訳ないと思っている」

 

「謝罪する暇があるなら、説明を求める・・・答えなさいっ!」

 

肌寒い夜空の下、彼女の覇気は俺の膝を震わせる。

 

「俺は君の家臣になるつもりはない・・・俺は君と並び立つ存在でいたい!」

 

「家臣にするつもりなんてさらさらないわ!貴方を客将として迎えましょう!」

 

俺はその言葉に首を振る。

 

「・・・ふざけているのかしら?王に並び立つ存在というのを!・・・北郷一刀!分かっているの!?」

 

彼女は俺に巨大な鎌を突き付ける。

 

どのような感情なのか・・・震える曹操に、俺は少しだけ目を閉じてほしいと伝えると、曹操は素直に目を閉じてくれる。

 

「趙雲、いるんだろう?俺の荷物を投げてくれるか?」

 

趙雲は木の上から、ばつが悪い顔で飛び降りてきて、荷物を放り投げてくれる。

 

「ありがとう」

 

そうして制服に着替え帯刀する。曹操に目を開けてもらう。

 

「!?」

 

見たことのない姿に驚く曹操を前に、正面で鞘から刀を抜きとる。

 

擦れる音がやけに大きく響く。そして俺は刀を天に掲げて宣言する。

 

「俺、北郷一刀はこの洛陽の地で曹孟徳と友の誓いを交わそう。例え志が違えども!例え離れ離れになろうとも!例え敵同士になろうとも!必ず友の誓いを果すことを!」

 

「ふふふっ、あはははははっ!」

 

ひとしきり大笑いしてから、曹操は嬉しそうにこう答えるのだった。

 

「この曹孟徳!ほしいと思ったものは必ず手に入れてみせよう!例え志が違えども!例え離れ離れになろうとも!例え敵同士になろうとも!北郷一刀!私は例えどんな手を使ってでも貴方を手に入れて見せる!・・・その誓い、然と受け止めた。我が真名を持って答えよう!我が真名は華琳!一刀、見事私から逃げ切ってみせなさいな!」

 

そういって、趙雲の横に並び、何か呟いてから歩いて去って行った。

 

しばらくして趙雲が嬉しそうに、何かを期待して問うてくる。

 

「北郷殿、北郷殿。私たちはどのような関係か?」

 

「えっと、友達だろ?」

 

「ならば・・・こいっ!」

 

身構える趙雲の行動がよく分からない。

 

「へっ?何?どうしたの?」

 

「・・・」

 

趙雲は俺の足を思いっきり踏みつけて、すたすたと一人で歩いて行ってしまう。

 

「ちょ、ま、待ってくれ~」

 

俺たちは洛陽を脱出し、進路を西へと取る。目指すは涼州の地へ・・・

 

 

あとがき

 

お楽しみ頂けましたでしょうか?書きたいこと書いてると、相変わらず長い文になってしまいました・・・;

 

洛陽の異端児。洛陽北部尉としてすでに覇道を歩む、曹操。

中央で覇権を争い、構造改革で平和を目指す漢の忠臣、袁紹。

常に主の為を考える、優しき袁家の二枚看板。

旅芸人として洛陽でがんばっている、張三姉妹。

 

この外史でも再び運命を共にするのか?それがまるで運命かのように引き寄せ合う一刀と若き日の曹操。その二人に・・・趙雲はいったい何を胸に秘めるのか。

 

様々な思惑が飛び交う洛陽を後にして、長安をすっ飛ばして二人は涼州へと向かいます。

 

話一転、さすが洛陽!面白いからと調べたことをネタにしていると痛い目に遭いました。致命的な勘違いが見つかり、手直してたら大変なことに。・・・そんな、この作品のネタについては次の頁にして、

 

気になるコメント返しです。沢山ありがとうございます!

 

> この作品で三作目。とうとうTINAMIさんの罠脱出です!脱見習いです!皆さんの応援のおかげです!

 

> 張燕、最終的に曹操に組みしています。二人が会話の機会を得るのは・・・まだまだ先の話ですね。

 

> 種馬スキルは人(ジン)では~あるのかなぁ?まだ考えてませんが、一刀君の趣味が判明しましたねw

 

> 天然の星、本作も素晴らしい活躍です(違

 

> 一刀×趙雲でニヤニヤですとー!?なら、次も考えてみます。そろそろネタも尽きそうだけど。

 

> 趙雲√の希望が多いですね。でも第三章で真打、華琳様登場!

 

この魅力についてこれるか?すべては華琳様の掌の上ですby郭嘉

 

っとまぁ、転がされてしまわないように気をつけなきゃいけません。でも安心して下さい。次もその次も華琳様は登場しませんから。

 

> いい女ですか、作品中にも雨に濡れて、水も滴るいい女っぷりを発揮してます!脇役とは思えません。

 

次回も皆さんの期待に添えるようがんばりますね! それでは失礼します!

 

 

○西園軍

 

最初、袁紹は西園八校尉としたのですが、実はこれ黄巾の乱が勃発した最中にできた軍らしく・・・しかも翌年に皇帝である劉宏(後、霊帝)が倒れてしまいます。

 

うわー!やっちまったー!

 

急遽、西園八校尉はまだ案件としました。袁紹のやっぱこいつ駄目だって感が逆に出て、怪我の功名?でも文章が変になり、手直しする羽目に。

 

○皇帝のお世継ぎ問題

 

申し訳ない。これは明らかに勉強不足です。

 

勉強不足なりに適当な知識を導入して、宦官と大将軍の何進が劉弁押すなら、劉協を次の帝にすれば、一網打尽で解決?みたいな感じで話を進めてみました。

 

有無を言わさないために、西園八校尉の蹇碩を上軍校尉とし、権力と武力を集中させる。大将軍よりも上位ですので、皇帝の力を思う存分使ってしまおうという・・・という独自解釈付き。

 

○朱雀門の落書き

 

十常侍に曹節というのがいて、この人が何者かに王宮の朱雀門に落書きされました。もちろん、怒って弾圧します。その落書きと弾圧ネタを頂きました。作品中、誰がやったか知りませんが、落書きはいけませんよっ!

 

○党錮の禁

 

宦官と清流派が対立したときに、宦官に反発するものを弾圧した事件。禁錮刑になると 官職追放 、出仕禁止です。現代とは違う禁錮刑ですね。

 

作品中は党錮の禁+落書きに激怒した十常侍の弾圧。挙兵までしたので禁錮刑では済まない上、多くの太学の学生が犠牲になってます。若い子を連れてきたのはその為ですね。

 


 
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