真昼の廃都市。
バッタと呼ばれる少年は、戦いの最中にあった。
バッタは、人形のように美しい顔をした少年だった。
不気味なほどの美しさで、人間味は全くない。
しかし、何よりも人間味がないのは、その脚だ。
飛蝗(ばった)と呼ばれる昆虫を模した、もはや人のものではない脚。
アーマータイプ。
半永久エネルギージェネレーター『ヘキサグラム』を動力源とする鎧。
アーマータイプは、装着者の生命を維持。さらには、身体能力を底上げしてくれる。
アーマータイプと一体になることで、バッタは、欠けた身体を埋めているのだ。
バッタは、両足に力をいれた。思い切りコンクリートを蹴る。
空を跳んだ。
廃ビルの屋上から屋上へ、次々に飛び移る。ひとつビルを超えるごとに、地面に爆弾を落とした。
バッタは笑っていた。
機械の足を存分に奮い、空を跳ぶこの瞬間を、バッタは愛していた。
全ての世界から切り離されて、自由になれた気がするのだ。
寂れたゴーストタウンに、爆音が響き渡る。
爆音が静まると、すぐさま回転翼(プロペラ)の音が響いた。
モーターパニッシャー。
ヘキサグラムを動力源とする兵器、ヘキサギアの一種だ。
回転翼による高い空中移動能力と、大顎による一撃必殺の威力。
両方を併せ持つ、空の殺戮機械。
モーターパニッシャーは、大顎状の破砕装置をかち鳴らし、バッタへと迫った。
対するバッタの選択は、逃走。
倒壊したビルで入り組んだ路地に逃げ込み、モーターパニッシャーを振り切ろうとする。
しかし、モーターパニッシャーは、障害物をものともしない。
廃ビルを噛み砕き、前へと進む。
モーターパニッシャーの俊敏性は、バッタを上回っていた。
大顎がバッタを捉えた。締め上げ、噛み砕こうとする。
バッタは、身をよじって逃げようとした。しかし、身体が僅かにずれるばかりで、逃げきれない。
とうとう、バッタの身体は、真っ二つになった。
割れたバッタが、衝撃で遠くへと転がっていく。
獣性に支配されたモーターパニッシャーが、勝利の機械音(こえ)をあげる。
猛るその声に、もう一つの機械音が混じった。
鳥のような鋭い機械音だった。
機械音の主は、モーターパニッシャーの頭上から、重力加速によって落下してきた。
モアランサー。
長い突撃槍(クチバシ)を携えた、ダチョウ型ヘキサギア。
クチバシが、モーターパニッシャーの胴を貫く。
モアランサーは、すぐさま両手のグレネード・ランチャーを構えた。
威力は十分、しかし、距離が近すぎる。
モアランサーの自爆じみた砲撃。
モーターパニッシャーの四肢が千切れて飛んでいく。
モアランサーへと届くはずだった爆風は、翼を模したシールドユニットが防いでいた。
「ねえ、早く助けてよ。」
身体半分になったバッタが、モアランサーへと呼びかける。
バッタは、ほぼ全身を機械化している。損傷は、修理すれば直るものだ。
「バッタ。脚部パーツが完全に崩壊しています。代替えパーツが必要です。」
「じゃあ、その子の足使ってよ。」
バッタが指さしたのは、モーターパニッシャーの脚部パーツだった。
昆虫の脚のような形。先ほどまでのバッタの脚とよく似ている。
「推奨しません。見た目の極端な改造は『機械兵士(パラポーン)アレルギー』の人種との不和を生みます。」
バッタは綺麗な顔を歪ませた。くつくつと笑う。
「どうだっていいじゃん。見た目なんて意味のないものはさ。」
「推奨しません。リバティーアライアンスに接触し、人型の義足を貰うべきです。」
モアランサーが、バッタの提案を執拗に止める。
「やーだー。あんなつまらないのは嫌なのー。
跳べる脚がいい。モアにはわからないよね、跳ぶって浪漫がさ。
なんていうの?跳んでると心がすーっとするんだよね。僕、跳ぶために生きてるようなもんだよ。」
モアランサーが沈黙した。
モアランサーは、高度な学習型人工知能だ。
バッタの事を良く知っていた。
駄々を捏ねだしたバッタを止めるのは、得策ではない。
望みが叶わないとわかったら、叶うまで無茶を重ねるのがバッタだった。
「わかりました。少々改造して、バッタ用の脚部パーツへと仕上げます。」
「わぁー、嬉しい。ありがとう、モア。」
モアランサーは、突撃槍(クチバシ)を器用に使い、脚の加工を始めた。
バッタが穏やかな笑みを浮かべる。落ち着いた様子で、加工作業を眺める。
「モアのそばにいると、ほっとする。」
「そうですか。」
「うん。無事逃げきれたら、二人で跳ねたりして過ごそうね。」
バッタは、逃亡の身だった。
元はヴァリアント・フォースの兵士。
しかし、バッタは、あまりに自由すぎた。自由すぎて、始末されることになってしまった。
バッタは、ヴァリアントフォースから逃げだした。
ヴァリアントフォースの機密情報を、こっそりと持ち出して。
情報を対価に、敵対組織であるリバティーアライアンスに亡命する算段なのだ。
「一部関節が緩くなりました。跳ぶ時は、コントロールに気を付けてください。簡単に破損します。」
「いいよ。そういう繊細なのも好き。」
一時の休息。
モーターパニッシャーの大顎だけが、なおも戦いを続けようと、宙に噛みついていた。
少年が物心ついたころには既に、ヴァリアントフォースとリバティーアライアンスが、戦争を始めていた。
プロジェクト・リジェネシス。
全人類が、新人類(データ)となって過ごす。汚染された世界で人類が生き残るための、唯一の道。
新人類(データ)として永遠か、旧人類(生身の体)としての尊厳か。
プロジェクトを支持する人々はヴァリアントフォースに。否定する人々はリバティーアライアンスに。
どちらにも属したくない人々は、第三勢力(ヘテロドックス)として、危険な自由を謳歌した。
そして、最後に残った明確な決意のない人々は、手近なほうへと吸収されていった。
少年は、吸収されたひとりだった。
彼は、よくわからないまま、ヴァリアントフォースに属し、兵士として戦うこととなった。
少年にとっては、味のしないパンを噛み続けるような日々だった。
戦いも、その合間の休息も、その先にあるというプロジェクト・リジェネシスも、楽しいことだとは思えなかった。
おれは、なにをしているんだろう。
このまま無為に生きて、いつか死ぬだろうと思っていた日々のなか、それは突然起こった。
少年は、バッタになった。
自分の背丈の何倍もあるビルを跳び登り、落ちながら空を見たとき。
世界が、変わった。
ケーン・・・コーン・・・ケーン・・・。
バッタは、独房のなかで跳ねていた。
リバティーアライアンスと接触したあと、バッタは、この独房に通された。
以後、軟禁状態にある。
モアランサーは、別の場所に連れていかれた。
尋問でもされるのかと思ったが、もう三日近くも放置されている。
実のところ、リバティーアライアンスは、バッタが持ってきた機密情報に戸惑っていた。
得られた情報の価値が大きすぎたのだ。無数にある支部のひとつにすぎないこの基地では、下手に動けない。
結果、バッタの扱いも宙ぶらりんになった。
『指示が下るまで何もしない』ということになったのだ。
一週間がたち、とうとうバッタの忍耐は、限界に達した。
独房が狭すぎる。
狭くとも、跳びをコントロールする練習だと思って楽しんでいたが、やはり、広い空を跳びたい。
どうにかして脱出するしかないと、扉に無策な体当たりをしようとしたとき。
かちゃり。
扉が開いて、ひとりの人間が表れた。
極端に機械面積が少ない、ライトアーマータイプに身を包んだそいつは、
「なんだ、それは?」
と、バッタの脚をねめつけた。
そいつは、素早い体さばきで、バッタの懐に潜り込んだ。
潜り込ませたかかとを落とし、バッタの義足を蹴り潰す。
見事な一撃だった。
応急処置で緩くなっていた関節が、バラバラに崩れていく。
バランスを失い、バッタは床に倒れた。
倒れたバッタの美しい顔を、そいつがさらに踏みつける。
「顔もかよ。気持ち悪いなおまえ。頭がおかしいんじゃねーのか?」
なんだ・・・こいつ・・・?
倒れたバッタは、踏みつけられながら考えていた。
頭のおかしい体さばきだった。速度があるというよりは、動きが滑らかすぎて反応できなかった。
バッタは、そいつの足を掴んで引きずり倒そうとした。
そいつの足がくるりと動く。魔法のようにバッタの身体もくるりと回った。
バッタは、再び床に叩きつけられた。
「なんで機械(パラポーン)もどきの自分が、生身に負けてんだって顔してるな。
そこなんだよな。そこが頭がおかしいんだよお前は。
お前たち機械は決められた動きを後先考えずにぶっぱなすだけ。
なんの知恵も技もない。現実に合わせて自分を変えることができない。
テストルームでしか結果を出せない。無価値な存在だ。負けて当然なんだよ。」
「そこまでにしたまえ。ナギ曹長。」
もうひとり、アーマータイプが独房に入ってきた。
新品そのまま、といった雰囲気の鎧だった。
胸部に大きく描かれた階級章が、彼が高い身分にいることを示している。
「あいよ、クラウン中尉。つーか足洗ってきていい?機械兵士(パラポーン)病がうつるわ。」
ナギと呼ばれたアーマータイプは、気だるげに足をどかした。
クラウンと呼ばれたアーマータイプの返事を聞かず、部屋から出て行く。
後には、床に転がったバッタと、クラウンが残された。
クラウンは、バッタを助け起こし、椅子に座らせた。
「すまんな、悪いやつではないんだ。むしろ優秀なやつでね、ただ、その・・・。」
「機械兵士(パラポーン)アレルギー?」
「・・・そうだな。それに、君の容姿は特に。私でも引くぐらい人間味が薄い。
もちろん、君が人間ということは、よくわかっているが。」
ヴァリアントフォースの戦力の多くは、パラポーンと呼ばれる機械の兵士だ。
パラポーンには、データ化された人間がダウンロードされている。
データ化された人間たちは永遠を生きる存在。
SANATが管理するバックアップデータが存在する限り、何度でも甦る。
パラポーンはまさに、プロジェクト・リジェネシスを体現した存在なのだ。
パラポーンに近い機械義体を忌避する人間は、リバティーアライアンスにはそれなりに多い。
「特に顔がな。綺麗すぎて逆に不気味だよ。」
バッタは、自分の脚に目をやった。
接続部がねじり曲がり、割れていた。
バッタが持っているパーツだけで修理することは難しそうだ。
「直したいんだけど。」
「後でな。それよりも、君が提供してくれた情報について話したい。」
「え?いや、直すのが先じゃないの?」
クラウンは苦笑して押し黙った。
バッタも何も言わなかった。
しばらくの間、静かな時間が流れた。
「わかったよ。でも知ってることは全部話したよ。これ以上、何を言えばいいの?」
「もう一度聞かせて貰えるだけでいい。君の話の裏付けは、ほぼとれているが、最終確認が必要だ。」
バッタは壊れていない脚をガタガタ揺らした。貧乏ゆすりだ。
「なら、もう一度説明するけど――」
ヘキサギアは、ヘキサグラムという優れたアッセンブリ・システムを持っている。
ヘキサグラムさえあれば、その辺りに転がっているパーツを使って、簡単にヘキサギアを改造・再構築できる。
しかし、究極的にはやはり、新しいパーツが必要だ。
ヘキサギア製造工場。
新規パーツを丸ごと造り出せるこの拠点に、この戦争は支えられている。
『ヴァリアントフォースのヘキサギア製造工場が、この支部近くに隠されている』
それこそが、バッタがリバティーアライアンスへともたらした情報だった。
「しかも、最新鋭のヘキサギアまで製造中・・・ということか。」
「何度でも言うが、あの『ジ・アース』と同じようなのが造られたら不味いぜ。
あんなデカブツと二度戦うのはごめんだ。」
いつの間にか戻ってきたナギが、クラウンと話し合いを始める。
バッタは、再び放置される事になった。
バッタは貧乏ゆすりを続けていた。その瞳は、不満げにクラウンたちを見つめていた。
「モア~。会いたかったよ~。」
義足を修理したバッタは、モアランサーと再会していた。
モアランサーは丁重に扱われていたようだ。バッタと違い、怪我はない。
それどころか、磨かれて綺麗になっている。
「バッタも無事でなによりです。」
「いや、無事ではなかった。聞いてよ、ひどいやつがいてさ~。」
バッタが義足を壊されたときの話をすると、モアは
「だから人間じみた足にするべきと推奨したのですが」
と言った。
バッタは泣いた。
「ひどい・・・。僕はモアが酷いことされてないか、ずっと心配してたのに。」
嘘泣きだった。心配していたというのも嘘だろうとモアは判断した。
バッタの思考は、跳びたい・休みたいだけで構築されている。跳ぶことだけ考えていたに違いない。
モアランサーは、そこまでわかっていたが、あえて謝罪の言葉を口にした。
モアランサーは、高度な学習型AIなのだ。嘘泣きを指摘すると、バッタがより嘘泣きを強めることを知っていた。
「ごめんなさい。非礼を詫びます。」
「じゃあ、ひとつお願いを聞いてくれる?」
モアランサーは頷いた。
彼は高度な演算能力を使い、バッタのお願いを叶えるべく、シミュレーションを始めた。
「整いました。まず、色々な人に話しかけましょう。」
後日、バッタとモアランサーは、基地内の巨大ガレージに呼ばれていた。
ヘキサギア製造工場の奪取に協力することになったのだ。
これにはバッタも驚いた。
いくら情報の裏付けがとれたといっても、バッタは元ヴァリアントフォース。
リバティーアライアンスにとっては、信用し難い存在だ。
普通ならば、重要な作戦に参加させるなど、ありえない。
「リバティーアライランスは常に人手不足。使えるガバナーとヘキサギアを遊ばせてはおけない・・・ってことなのかな?」
「バッタ。おそらくは、あなたの想像通りかと。」
「おえー、嫌になるなぁ。」
バッタは、吐く真似をした。
モアランサーを伴い、ガレージに入る。
リバティーアライアンスの兵士たちが、出撃の準備を整えていた。
その只中に悠然とそびえたつ、漆黒の機体。
バルクアームアルパ。
人を模したその機体は、第二世代型ヘキサギアの一種だった。
第二世代型ヘキサギア。人が操ることを主軸としたヘキサギア。
ゾアテックスAIが操る獣型が台頭する前に活躍した、今ではもう力不足な骨董品だ。
骨董品のはずだと思う。しかし、バッタは、バルクアームから視線を外せなくなった。
そのバルクアームアルパは、ヘキサギアに限らない様々なパーツによる改造を施されていた。
実用的に仕上がっている。
バルクアームの機能的な美しさに、バッタは魅了されていた。
「おいおい、俺の機体にビビってんのか?」
耳障りな声が聞こえて、バッタは振り返った。
いつの間にか、ナギが背後に立っている。
バッタは小さく悲鳴をあげた。後ずさり、ナギから距離をとる。
「きもちわるっ。なにか用?」
「はぁー?気持ち悪いのはお前だろうが。」
ナギは、苛立ちに顔を引きつらせて、バッタをねめつけた。
「まあいい。用はある。今回の作戦、俺とお前は同じ部隊だ。パートナーってやつだな。」
「え?ありえないでしょ?頭悪いの?」
「頭悪いのはお前だ。お前みたいな機械もどきが信用されるわけねぇだろ。
俺は、お前の監視役なんだよ。」
バッタは、モアランサーの背後に隠れた。
強い憎しみと侮蔑が込められた、ナギの瞳。
あの瞳に射すくめられると、背筋が凍る。
「あのさ。悪いんだけど、僕、君のこと嫌い。」
「安心しろよ。俺のほうが、お前が嫌いだ。」
出撃の号令が下った。
ナギが、バルクアームのコックピットへと乗り込んだ。
バルクアームのカメラアイが、赤く光る。
「おかえりなさい、ナギ。メインシステム、戦闘モードを起動します。」
「黙れ。行くぞ、クズの機械兵士どもをぶっ潰してやる。」
ナギが操縦桿を動かす。
骨董品であるはずのバルクアームは、驚くほど俊敏に動き始めた。
ヘキサギア製造工場は、人工林の只中にあった。
見かけは自然あふれる雑木林。しかし、生えている樹木はすべて、機械で作られた偽物だ。
この人工林は、ヴァリアントフォースが敵を迎え撃つための砦なのだ。
バッタは、人工林を歩いていた。
この場にいるのは、バッタとモアランサー。そして、バルクアームに乗ったナギだけだ。
バッタは、振り向いて後ろを見た。
大きなため息をつく。
バッタの背中には、バルクアーム主砲の照準と、ナギの視線がつきつけられていた。
嫌な瞳にずっと睨まれて、バッタはもうどうにかなりそうだった。
「モア・・・。僕もう耐えられないかも。」
「我慢してください。あともう少しです。」
「そうは言っても、嫌な事は嫌だよ~。」
バッタがモアに近づこうとした、その時だった。
砲弾の音が響いた。
バッタは、すぐさま両脚に込めていた力をはなし、空へと跳ぶ。
先ほどまでバッタがいた場所が、爆風に包まれる。
ナギが、バルクアームの主砲を放ったのだった。
「待って、何のつもり?」
着地したバッタが、ナギへと問いかける。
モアランサーが機械音(こえ)をあげた。
バッタとモアランサーが、バルクアームを囲うように散開する。
ナギは、しばらくじっと動かなかったが、唐突に、
「お前、自分さえ良ければいいと思ってるだろ?」
と言った。
バッタは、体がすーっと冷える気がした。猛烈な羞恥と、怒りが体中を巡っていく。
「見れば見るほど、お前は自分本位の子供すぎる。
組織では、いや、人間の中では生きていけないやつだよお前は。
他人のために何ひとつとして我慢できない。
人類のことなんて、ひとかけらも考えちゃいない。
お前みたいな無価値な機械もどきが生きてるのは、実に不味い。
癌だ。
アライアンスを傷付ける前に、ここで始末する。」
バルクアームが動いた。
すぐさま反応したモアランサー反応した。
バルクアームへと突進する。
モアランサーは速かった。
堅牢さを重視した第二世代と比べて、第三世代型ヘキサギアは生まれ持った速度が違う。
バルクアームが二歩動いた。
当たるはずだったモアランサーの突進は、いとも簡単にいなされた。
すれ違い様、バルクアームがモアランサーに鉄拳を叩きつける。
モアランサーが吹き飛んだ。
「自分さえ良ければいいと思ってるのは、君もでしょ?
自分では何の責任も取ろうとしない。
他人に責任を押し付けることばかり考えている。
今だってそう。
アライアンスが負けそうで苛立ってるのはわかるけど、八つ当たりはやめてほしいな。」
バッタは、義足を使って、人工樹木へと跳んだ。
木々の間を不規則に跳ぶ。砲撃されないように、逃げ続ける。
「わかってねーな。
お前たち機械もどきが幸せそーに生き延びてたらな。
誰もが生身なんぞいらないと思うようになる。プロジェクトリジェネシスに賛同する。
そうなりゃ人類はおしまいだ!
生きてるだけで、他人を不幸にするんだよ!お前たちは。」
ナギは、すぐさま主砲を撃たず、すこし間を置いた。
じっと狙いを定める。
バルクアームから放たれた砲弾は、バッタには当たらない。
人工樹木の芯が砕けた。
ドミノ倒しに倒れる木々が、バッタの逃げ場を奪っていく。
「自分もアーマータイプ使ってるくせに!」
追い詰められたバッタに、三度主砲が迫った。
「お前みたいに、人としての尊厳は捨ててねぇ!」
砲弾か倒れる樹木、どちらかしか避けられない距離。
バッタは砲弾のもとに跳んだ。
復帰したモアランサーが駆け付け、羽根を模したシールド・ユニットを展開する。
重装甲が闊歩する時代を生き延びた、バルクアームの主砲の直撃。
モアランサーのシールド・ユニットは、完膚なきまでに破壊された。
「さて、ドミノはまだある。こっちはもう一回、同じことができるわけだが・・・どうする?」
ナギは、バッタの手を探るように問いかけた。
獲物をしとめるべく、バルクアームが間合いを詰めていく。
一歩ずつ、堅実に。
バッタは、バルクアームの行進を青ざめた顔で見つめていた。
しかし、格闘戦の間合いまで、あと一歩というところまできて、唐突に
「僕、君のこと、本当に嫌い。でも、君が嫌なやつで良かったよ。本当にありがとう。」
と、穏やかに言った。
危機は既に過ぎ去って、もう一安心。そんな様子だった。
「あ?」
「実のところ、騙すみたいで気が引けてたんだよね。少しだけ。」
バルクアームの頭上に、歪な影が落ちた。
突然現れた何本もの触手が、バルクアームの四肢を絡めとる。
ハイドストーム。
電子戦に長けた、隠密急襲型ヘキサギア。
静かに忍び寄っていたそいつが、とうとう姿を現したのだった。
ハイドストームが、バルクアームのコアに触れ、システムをハッキングする。
瞬く間にバルクアームの制御システムがダウンした。
「ヴァリアントフォース。いや、ヘテロドックス(どちらにも属さない者たち)か!」
「そういうこと。どっちにも弾かれちゃうから、もうどっちも裏切ろうと思って。」
ハイドストームの触手が、今度はバッタとモアランサーを絡めとった。
景色にとける様に、ハイドストームたちの姿が消える。
撤退したのだ。
ナギは怒り狂い、コックピットの壁を殴ろうとして・・・ふと手を止める。
一分後、バルクアームが復旧した。
その間に、ナギは冷静さを取り戻していた。
恐らく、あのハイドストームの他にも、隠密行動に長けたヘテロドックスがいる。
リバティーアライアンスとヴァリアントフォースが争っている間に、工場に潜入。
可能な限りヘキサグラムを盗み、人知れず去っていく。そういう計画なのだろう。
ナギは深く息を吸った。目を閉じ、再び昂ろうとする気持ちを鎮める。
バルクアームの操縦桿を握り、ヘキサギア製造工場へと進む。
彼の任務は、製造工場の制圧。バッタの始末は、言ってしまえば『ついで』だ。
ヘキサグラムを奪われたところで、拠点が手に入るのなら問題ない。
ヘテロドックスが去り際に基地を壊す可能性もある。
しかし、自分が殺されなかったことから、それはないだろう。
ヘテロドックスは、リバティーアライアンスとの衝突を望んでいないのだ。
「・・・それはそれとして。また会ったら、あの機械もどきは絶対殺すがな。」
バッタは、廃都市の空を跳んでいた。
自分の背丈の何倍もあるビルを跳び登り、落ちながら空を見る。
全ての世界から切り離されて、自由になれた気がする。
モアランサーの元へと着地した彼は、親愛なる相棒を強く抱き締めた。
充実した一時。
ふと、影から自分を見つめるガバナーに気付いた。
新たに仲間となった、ヘテロドックスの一員だった。
「おまえ、なにやってんの?」
呆れたような視線。
じっと見つめられて、思わず、ナギの事が頭に浮かんだ。
ナギも、無遠慮に自分を見つめてきた。
『お前、自分さえ良ければいいと思ってるだろ?』
バッタは、にぃと笑った。
見咎められる前に、穏やかな微笑みへと表情を変える。
ガバナーに歩み寄り、その手を絡め取った。
「楽しいよ。一緒に跳んでみる?」
バッタは、両足に力を入れた。思い切りコンクリートを蹴る。
空を跳んだ。
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半機械ガバナー『バッタ』は絶賛逃亡中。
ヴァリアントフォースの機密情報を持ち出して、リバティーアライアンスに亡命しようとしてるの。
でも、アライアンスには、機械兵士(パラポーン)アレルギーのベテランガバナーがいて・・・!?
色んなヘキサギアにボコボコにされて、もう散々!!
ただ趣味のパルクールに没頭したいだけなのに!!!いったいこれから、どうなっちゃうの~!?!?
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