No.963625

紫閃の軌跡

kelvinさん

第121話 共和国の興亡

2018-08-14 15:34:04 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1835   閲覧ユーザー数:1705

~カルバード共和国 首都パルフィランス 大統領府内執務室~

 

 カルバード共和国は経済混乱の極みにあった。加えて<黒月>の残党をはじめとしたマフィアの面々が共和国全土を巻き込んで内戦状態へと発展したのだ。幸いにしてマフィアは政治家や現政権の与党幹部に狙いを絞っていたためか、被害は思ったよりも少ない。この動きを疑問視したのは国家元首であるサミュエル・ロックスミス大統領であった。

 

「連中め……スポンサーの出処は掴めたのか?」

 

「それが、いくつかの銀行を経由した上で共和国に支店を持つ銀行から資金や武器が供給されているようです。報告によれば、そのスポンサーは『Mr.S』というコードネーム、ということぐらいしか判明しておりません」

 

 口座凍結も一つの手段だが、それをやって彼らが過激な手段に走らない保証がない。報告をしている大統領補佐官もそれを理解しているためか、冷や汗が流れっぱなしであった。加えて彼らはヴェルヌ社製の武器や飛行艇を使用している。間違いなく彼らにも伝手があるとみていいのだが、それを特定する術がないことに歯痒さを感じていた。

 

「単に混乱の長期化とは思えない。連中の目的が解れば、その『Mr.S』の正体も何らかの手掛かりを……」

 

「し、失礼いたします! 急ぎ報告したいことが……」

 

「どうした、連中がまたテロを起こしたというのか!?」

 

「…共和国西部が瞬く間に『クロスベル帝国軍』と名乗る部隊に制圧されました! 既に西部全土が彼らの勢力下に置かれた模様とのこと」

 

 その報告にロックスミス大統領は顔を青ざめた。クロスベル独立国の保有している人形兵器に辛酸を与えられてしまっただけにその危険性を考慮したのだが、ふとそこで疑問が浮かぶ。その確認も含めて報告に来た官僚に問いかけた。

 

「その連中は『帝国軍』と名乗ったのか? エレボニアはクロスベルと手を組んだというのか?」

 

「いえ、彼らの服装や武装はエレボニア帝国軍のものと一致しておりません。ラインフォルト製の武器は一切使われていませんでした。そして、今しがたこのような文章が……」

 

 ロックスミス大統領はその紙に書かれた文面を読み取る。次第に彼の表情は強張り、怒りの表情を露わにしたまま叫んだ。その場で手に持っていた紙を破かなかったのはまだ理性が残っている証左なのだろうと思われる。

 

「こんな国家樹立宣言が認められるか! 我々の土地を奪っておいて『クロスベル帝国』を名乗るだと!? 我が国として到底認められるものではない!!」

 

「それに関してなのですが、実はもう一つ報告がございます」

 

 それはアルテリア法国、レミフェリア公国、ノーザンブリアを除く西ゼムリアの各自治州、そしてリベール王国の国家元首クラスによる連名によりクロスベル帝国の成立を正式に認めるというもの。これを聞いた大統領は力が抜けたように執務机に腰を下ろす。

 

「リベール王国の署名者はシュトレオン・フォン・アウスレーゼ宰相……つまりはアリシア女王陛下もご存知のこと。我々は、カルバード共和国はリベール王国の怒りを買ったということだな」

 

「……恐らくは」

 

 先日の共和国軍によるノルド高原の監視塔攻撃とリベール王国への侵略行為。そのいずれもが経済混乱を打破しようと対外政策に打って出た形の暴走。事情はどうあれ文民統制が出来なかった責を負うことになるのは明白である。加えて<不戦条約>と不可侵条約違反は王国側から要求は出ていなかった。その代わりとして背負わされた罰の十字架は、共和国にとってあまりにも重すぎるものだった。

 

「<不戦条約>を事実上形骸化させたのは我々とエレボニア帝国側の話。どう言い訳しようとも三大国のうち二国が拳を振り上げたのは事実である……そのクロスベル帝国軍の状況は?」

 

「現時点では首都から西に50セルジュ(5km)程の場所に大規模な陣地を……共和国軍の招集は可能ですが、如何致します?」

 

「そうだな……」

 

 既に目と鼻の先にいる未知数の軍。これと戦ってこれ以上の身勝手な侵攻を食い止めるのが良いと考え、近くにあった通信機で連絡を取ろうと通話ボタンを押したその瞬間、そのスピーカーから女性の音声が聞こえてきた。

 

『やっぱり、軍に連絡を取ろうとしたんだねー。でも、残念でしたー』

 

 その声を大統領自身はいちばんよく知っている。何せ、自分と通信機から聞こえてくる女性は血縁関係にあるのだから。色々怒鳴りたい衝動を抑えつつ、ロックスミス大統領は通信機の向こうにいる女性に問いかけた。

 

「どういうつもりだ、ルヴィア。今お前の悪戯に付き合っているつもりはない! 即刻共和国軍長官と代われ!」

 

『彼らならおねんねしてるよ。でも、殺したりはしてないから。……私はね、父さんに交渉を持ち掛けるためにここにいる。『クロスベル帝国』の外交官としてね』

 

「何を言っているんだルヴィア……お前は」

 

『ルヴィアゼリッタ・ロックスミス。サミュエル・ロックスミスの娘にして、泰斗流師範代。しかして、その実態は……猟兵団<翡翠の刃>副団長補佐にして、先日成立したクロスベル帝国の外交官。これが私の肩書、だよ』

 

 彼女がめったに使うことのない一人称を用いるときは冗談など一切ない本気の発言。彼もそれを理解しているからこそ、突拍子もないはずの言葉すら心なしか受け入れていた。今は亡き母親によく似たものだ、と彼は内心で呟きつつ口を開いた。

 

「彼らは、私の首が欲しいのか?」

 

『そんな血生臭いものは求めてないよ。首都から西側に陣地があることは当然知ってると思うけれど、そこに出向いてサインすればいいだけ。まぁ、カルバード共和国という枠組みが綺麗さっぱり無くなるけどね』

 

「なっ……!?」

 

『あくまでも『カルバード共和国』という枠組みがそのままクロスベル帝国に書き換えられるだけ。早期に締結してくれればリベール王国から経済支援も出すと約束してくれてるから、嘘だと思うのなら言ってみるといいよ……せめて、無事だけは祈るね』

 

 そう言って通信機から声が一切聞こえなくなった。おそらく通信機を破壊したのだろう。それはともかく、大統領は部屋の中にいた補佐官と官僚に目を見やると、彼らは表情をこわばらせていた。そんな姿を見て大統領の権威を考えつつロックスミス大統領は立ち上がった。

 

「共和国軍の特設精鋭部隊を集めろ。完了次第彼らのもとへ出向こう」

 

「だ、大統領!?」

 

「どのみち議会を通したところで紛糾するのは目に見えている。それに、カルバード共和国の権威を落としたのはほかでもない私だ。なればこそ、幕引きまでやり遂げるのが道理であろう? すぐさま準備を。他の連中には事態と国民の鎮静化を第一に考えよ。これは大統領としての命令である」

 

「は、はいっ! 直ちに準備いたします!!」

 

 大統領の言葉で飛び出すように駆けていく官僚と補佐官。その背中を見送って、窓の外に移る共和国首都の風景に、今は亡き妻の思い出が鮮明に蘇る。

 

 

『きっとね、貴方なら共和国の民を幸せにしてくれる』

 

 

「私は、忘れていたのだな」

 

 政治家になってからは政治闘争に身をやつしていく一方、家族との付き合いが希薄となっていった。そして、彼女の死に際にも立ち会うことができなかった。その悲しいを忘れたいがために、気が付けば自分が一番目指したくない政治家の姿になってしまっていた。国の存亡が係っているこの状況になって気付くとは思いもせず、最早笑うことしかできなかった。

 

「笑ってくれても構わない。いや、怒って叱ってくれたほうがまだいい……でも、彼女はその逃げ道を与えてくれないのだろう。娘は、本当に似すぎているよ」

 

 死に際に立ち会うことはできなかった。でも、彼女が亡くなる三日前に書き遺した手紙を受け取っていた。でも、それを見るのは怖かった。見てしまえば、それは彼女が死んだという事実を受け入れることにもなる。今この時になってその手紙の封を切り、目を通す。そこに書かれていた言葉は、たった一行の文章であった。

 

『ありがとう。貴方のお蔭で楽しかったよ。それと、ごめんなさい』

 

 本当に狡い。彼女はいつもこうやって逃げ道を塞いできた。まるでこうなることを予測していたかのように叱ることもせず感謝と謝罪をする。気が付けば、窓に凭れ掛かるようにしてその場に座り込んでいた。謝罪が許されないのなら、今やるべきことなど決まっている。下手に議会を開けば野党の追及に遭って長期化するのは目に見えている。そうなれば、この国の未来は暗いものでしかない。

 

「『いつも損な役回り』と言われたが、どうやらその性分は変わらなかったのだろう……いいだろう。せめて、悪くはない幕引きをしようじゃないか」

 

 

~パルフィランス郊外 クロスベル帝国軍陣地~

 

 その数時間後、ごく少数の護衛を連れたサミュエル・ロックスミス大統領が案内された先には、以前通商会議で顔を見合わせた人物―――マリク・スヴェンドの姿があった。マリクは側近に護衛の強化を指示しつつ、彼の行動を労った。彼の護衛の一人には無論キリカ・ロウランの姿もあった。テント内に置かれたテーブルを挟んで挨拶を交わす。

 

「これは大統領閣下。ご足労願ったことに感謝しています。私がクロスベル帝国の初代皇帝、マリク・スヴェンド改めリューヴェンシス・スヴェンドと申します」

 

「リューヴェンシス……なるほど、確かに皇たる高貴な身分であるのは違いないというわけですか。これだけの軍をよく編成できたものだと驚いておりますよ。して、この場合は我々が全面降伏すればよいということですかな?」

 

「全面降伏……酷い言い方をすればそうなりますな」

 

 マリクもといリューヴェンシスは側近から一つの紙を受け取り、ロックスミス大統領に差し出した。それに一通り目を通すと、恐る恐るといった表情でリューヴェンシスに問いかける前に、近くにいた護衛の一人が声を荒げる。

 

「なんだこのふざけた文章は! 我々共和国にこの条件を全て呑めと」

 

「静まれ! ……一つ聞きたい。以下の条件を飲めば無条件での資金投入とあるが……これは本当に信じてよいと? 娘からの勧告は受け取っているが、少なくともこれだけは確認したい」

 

「ええ。こちらはリベール王国宰相シュトレオン・フォン・アウスレーゼの連名による経済協定の写しです。その中には我が国に対する最大300兆ミラの金融支援も盛り込まれております。我が国は西ゼムリアに混乱を齎すクロスベル独立国を打倒し、凍結されているIBCの資産を保障する。ですが、それまでに共和国が持つという保証がない以上、このような提案はあって然るべきだと考えたまでのこと。王国側もこの提案には賛同していただきました」

 

 全領土の無血開城、共和国軍の解体・再編、現政権と議会の総解散、政府機関・組織の解体もしくは編入。これら全ての条件を直ちに呑む事が首都侵攻回避の条件であるとその文面に書かれていた。その条件が全て満たされた場合、リベール王国からクロスベル帝国経由で金融支援を恙無く行うことを明記している。

 その規模は当初規模を上回る最低50兆ミラの大規模な資本注入。これを受ければカルバード共和国は実質上リベール王国に対して降伏したに等しい評価を受けるのは明白。かの国は侵攻をせずして屈服せしめた形となる。ロックスミス大統領は少し考えたのち、キリカに視線を向けた。

 

「キリカ君、すまないが」

 

「いえ、畏まりました」

 

 そう言って僅かな護衛をテントの外へ追い出す形でその場を離れた。そのテント内で残った共和国の人間は大統領ただ一人。そして、彼は上着の内ポケットからペンを取り出し、講和条件の書かれた紙に署名をサインしてリューヴェンシスに差し出した。

 

「私はカルバードを滅ぼした愚かな人間ということなのだろう。だが、私とて国を預かる人間だ。どうか、カルバードの民を無碍に扱うようなことだけはしないで欲しい。大統領としてではなく、これから滅び行く共和国に住む一人の民として」

 

「確かに受け取りました。貴方のその覚悟も……よい隠居先を知っておりますので、斡旋ぐらいは致しましょう。尤も、ただでは済みませんよ?」

 

「いやはや、娘の上司もなかなかに強かなお方だ。のんびり休む暇も与えてくれないとは辛辣ですな」

 

 この三時間後、特に大きな混乱などなく共和国首都パルフィランスは占領され、カルバード共和国はその歴史に幕を下ろした。大統領府前でリューヴェンシスは高らかに宣言した。

 

『カルバード共和国という国は既に無くなった! 新たな国の名はクロスベル帝国! 私はその初代皇帝であるリューヴェンシス・スヴェンドだ!! 異論のある者は唱えるがいい! その悉くを粉砕せしめてみせよう!!』

 

 この直後、大規模な資金投入が行われて経済混乱を僅か三日で鎮静化させた。この行為によって一気に元共和国民の信任を勝ち取ったのだ。そして、暫定首都という形でパルフィランスにその中枢が置かれ、帝国議会は元与党・野党の垣根を越えて皇帝派の一大政党が形成され、全議席の4分の3以上を占める形となった。

 

「よろしく頼むぞ、ロックスミス宰相。しかし、見事なまでの変貌ぶりだな」

 

「こちらこそよろしくお願いいたします、陛下。娘から『長生きしないと墓ごと地中深くに埋める』と言われてしまいましてな……鏡を見たときは、私が一体誰なのかと思ってしまいましたよ」

 

 サミュエル・ロックスミス大統領は退陣したが、その手腕を買われる形で帝国の初代宰相に就任した。その際娘によって厳しい訓練を積む結果となり、就任時にはかつてのふくよかな体型ではなく、がっちりとした筋肉質の体型へと変貌していた。元共和国の人間も最初は同性同名の別人だと思ったほどだ。その手腕によって彼の評価は『共和国を滅ぼした最悪の大統領』から『元共和国出身でありながら帝国の発展に貢献した敏腕の宰相』へと上書きされることとなる。

 

 そして、クロスベル帝国は水面下でリベール王国やレミフェリア公国、アルテリア法国と交渉を重ね、協力関係を構築していく。表向きは彼らと政治的に距離を置きつつも経済交流を再開するなど一定の線引きをしていた。これは将来エレボニア帝国との戦闘になった際、その状況のほうが暴発しやすいだろうという希望的観測に基づくもの。

 結果としてその状況によって暴発することとなるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 ということで、スピーディーにカルバードがなくなり、クロスベル帝国が樹立しました。最初は公国にしようかと考えたのですが、エレボニアとの今後を考えれば対等になりうる驚異的な存在として際立たせるのがよいと考え、帝国としました。

 

 サミュエル・ロックスミスは確かに賛否両論あれども共和国民にとっての利益を考えて行動していたことは事実だと考えています。どんな国家であっても基本方針は中長期の視点から見て国益に適うかどうかですし。

 なので、体型変化という魔改造を施された上で宰相就任となりました。ぶっちゃけ普通の人間でギリアス・オズボーンに面と向かって話せる人材は貴重ですからね。


 
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