ガレリア要塞消滅から1週間が経った。
初代大統領ディーター・クロイスによるクロスベル自治州の独立によるクロスベル独立国の宣言。それを認めない宗主国であるエレボニア帝国とカルバード共和国は軍隊を次々と送り込むも、クロイス家と協力関係を結ぶ結社『身喰らう蛇』の新型兵器により、それらは何も言わぬ鉄の塊へと変えられていった。敗北による混乱を避けるために厳しい情報統制が敷かれることとなったのだが、エレボニア帝国側ではクロスベルとカルバードが手を組んだという噂が流れ、カルバード共和国側ではクロスベルとエレボニアが手を組んだ噂が流れる始末であった。
カルバード共和国はIBCによる資産凍結から端を発した経済混乱が発生していた。状況的に考えれば、エレボニア帝国にまだ分があると帝国民も思っていたのだろう。
―――言わせるかよ。
帝国宰相ギリアス・オズボーンによる白昼の演説。彼が貴族派・革新派という派閥の垣根を越え、一丸となってクロスベルとカルバードへの武力行使を宣言しようとした時であった。
「クク、見事だ“C”……クロウ・アームブラスト」
彼は心臓の部分を撃たれ、倒れた。間髪入れず、とでも言いたげに白き巨大戦艦が姿を見せ、二足歩行型の機動兵器『機甲兵』によって正規軍はあっさりと排除され、貴族派がバルフレイム宮を簡単に制圧することができた。傍から見れば立派なクーデターそのものである。しかし、貴族派は皇族というカードを手にすることでその批判を躱したのだ。
~エレボニア帝国 帝都ヘイムダル バルフレイム宮~
貴族派のリーダー的存在であるクロワール・ド・カイエン公爵は何食わぬ顔でユーゲントⅢ世と対面していた。皇帝の隣にはプリシラ皇妃とセドリック皇太子の姿もある。ここにいない皇族の行方はさておくとして、カイエン公爵は頭を下げた。
「此度は陛下をはじめとした方々にご迷惑をおかけして申し訳ないと思っております。しかし、我らが行動を起こしたのは宰相であるギリアス・オズボーンの横暴かつ人道に悖る行為であると憂慮したまでのこと。決して皇族を蔑ろにするためではございませぬ」
「……世辞はいい。何を望む?」
「古き良き貴族が主体となる時代。その頂に陛下をはじめとした皇族の方々に治めていただきたく……ところで、姿が見えないオリヴァルト殿下、エルウィン殿下やアルフィン殿下は何処に?」
「息子の所在は私も知らぬ。娘は学院であろう……それ以上のことは、皇帝である私とて与り知らぬことだ」
「そうでしたか。陛下をはじめとした方々にはカレル離宮にお移りいただきます。身の安全はしっかりと保障いたしますゆえ」
行方の知れない三人についてユーゲントⅢ世はこう述べたが、紛れもない事実である。何故なら、二人の皇女の行方を知っているのはオリヴァルト皇子だけである。それとステラの件についてカイエン公爵が触れなかったのは、今は亡きステラの母親が念には念を入れて彼女を『縁戚の子』としていたからだ。彼女の意思を尊重していた皇帝本人がそれを反故にするわけにはいくまいと律儀に守り続けていた。
部屋に入ってきた兵士に連れられて、ユーゲントⅢ世をはじめとした皇族が部屋を後にした。自身以外誰もいない部屋を見回すと、カイエン公爵は笑みをこぼした。
「此処までは想定通り、ということか。いやはや、総参謀の頭脳は誠に神妙よ」
だが、カイエン公爵は気付いていない。それがギリアス・オズボーン宰相の仕掛けた埋伏の毒だということに。尤も、彼は図らずもその宿敵に対して浅からぬ傷を負わせることになるのだが、それは別のお話である。
~エレボニア帝国上空~
「いやはや、間一髪だったね。流石の僕も死を覚悟してしまったよ」
「縁起でもないことを言うな。その神妙な表情だと冗談にすら聞こえん」
帝国上空を飛んでいるファルブラント級巡洋戦艦Ⅶ番艦『リヴァイアス』。その皇族執務室でオリヴァルト皇子とミュラー少佐が会話を交わす。超高高度の飛翔も可能にするこの艦は間一髪で敵の大型戦艦から追撃を逃れることができた。それでも、皇子の表情は暗いものであった。
「エルウィンはトヴァル君に頼み込んだ。必要ならばリベール本国を頼れ、と言伝もしておいた。そして、アルフィンだが……先日、女学院に退学届を受理させた。それを知っているのは当事者であるアルフィン本人と僕、女学院の学院長だけ。それと話した君だけだよ、親友」
「オリビエ、まさかだとは思うが」
「早いかも知れない。けれど、妹の願いを叶えてやるのは兄としての意地だ。それに、両殿下はその意を汲み取ってくれるだろう……ああ、そうだ。すまない、親友……君の弟をアルフィンの護衛として宛がった」
「いや、気にすることはない。あれでいてあいつは優秀だ。しかし、なまじ生真面目すぎる……今回の内戦で経験を積ませるつもりか」
皇帝や皇妃にも伏せた事実。これにはミュラー少佐も思わず驚きを隠せなかった。
オリヴァルト皇子自身、少なからずリベール王国も巻き込まれる形となるであろうと読んでいた。だからこそ、時期尚早とは思ったがアルフィン皇女を降嫁させる腹積もりだ。流石に戦争状態ともなれば厳しい話だが……そして、その護衛にはミュラー少佐の実弟が付く。少し伸び悩んでいて生真面目な彼にとって、リベール王国の気質に触れることはプラスとなってくれるだろうと皇子は踏んだ。
「それもあるけれど、リベール王国の人々の気質に触れることで大きく成長できるだろう。僕や君のようにね」
「その発言を聞くと、お前がトールズ士官学院の理事長らしく思えるな」
「これは手厳しい。そのトールズ士官学院だけれど……状況は?」
「芳しくない。彼らも手練れだが、やはり押されている。もはや時間の問題だろう」
アスベル達が休学してトールズ士官学院を離れているのは知っていたが、この時期に手痛いと思っていた。すると、皇子の持つ通信機の着信音が鳴り響く。それを手に取ると、聞こえてきたのは二人にとってよく知る声であった。
『あー、オリビエ。聞こえるか?』
「その声はアスベル君じゃないか。休学してリベールに帰っていたんじゃなかったのかい?」
『そのままのつもりだったんだが、やっぱり放置はできないと思ってな。そっちが派手に引き付けられる時間稼ぎぐらいはしとかないと』
そう言い訳じみた感じで述べたが、実際のところは旧校舎にある騎神の一件がらみだと皇子も理解していた。そしてミリアムを通じてギリアス・オズボーンが調べていたとなると、リィンと騎神を利用する腹積もりであると内心でそう感じていた。それを見透かしたかのようにアスベルは宣言する。
『予め言っておく。今回の一件でリベールは大義名分を得た……リィン・シュバルツァーは我が国にとっても失い難い人間だと。もしエレボニアが強権を使うようなら、軍事・経済・政治を含めたあらゆる分野による対抗処置も辞さない。これは王国議会による全会一致の議決だ』
「……女王陛下も、それを認めたのかい?」
『あくまでも対話での解決手段は残すという担保の上でな。そして、再来月始めにはクローゼからシオンへの王位継承権譲渡が国内外に発表される。この意味は分かるな?』
「……まぁ、ね」
今までの二代続けての女王体制からリベール国王復活への路線変更。それはつまり、エレボニア帝国に対して十年前と十二年前の精算をしろという無言の圧力となる。リィンの件はあくまでも取っ掛かりでしかないが、これで内戦の影響をリベールにまで及ぼすようなら内戦後の経済的支援は一切受けられなくなるという裏返しでもある。それも数十年単位にも及ぶ内容に発展しうる可能性が高い。
リベールはIBCの混乱を全く受けなかったどころか、レミフェリアに経済支援をしても一切傾く気配すらなかった経済力をすでに有している。白隼の紋章を掲げるかの国こそ真の意味で西ゼムリアの覇者なのではないか、と皇子自身思いたくなってくるほどだ。
「こればかりは貴族派が理知的だと願いたいが……シオン君に伝えてくれ。どのようなことになっても、アルフィンを幸せにしてやってほしいと」
『それは恙無く伝えておこう。あー、もう一つ言っておく。リヴァイアスにはリベール王国軍の識別コードを内密に載せている。それの切り替え操作ができるのはお前とミュラー少佐だけだ。何かの役には立つだろう。<獅子戦役>の再現を目論んだ戦いだ……生き残ることを願ってるよ』
そう言って通信は切れた。神妙な表情を浮かべるオリヴァルト皇子にミュラー少佐が尋ねたので、先ほどの通信内容を包み隠さず教えた。その内容にはミュラー自身も驚きを隠せなかった。何せ、あの平和重視のアリシア女王が軍事的行動の可能性を匂わせる決議を認めたような内容に他ならない。
「あの口調からすればすべて本気なんだと思う。アスベル君はカシウス中将と同じく王家に近い立ち位置にいる。当然、カシウス中将もその決議に一枚噛んでいるのだろう。何せ、<百日戦役>では下手をすれば奥方を失うところであったと聞いた……エレボニアはリベールに賠償はしたが、謝罪はしていない。加えてその二年後にシオン君の両親が殺されている」
「あれは一部の過激派がやったと聞いたが」
「王家のスケジュールを把握していたのは皇族、政府の一部、鉄道憲兵隊、それと情報局だけだ。どのルートからしても宰相の知るところとなるし、彼が過激派の専横を許すと思うかい? それに、その4年後のジュライ併合には同様の手段が用いられてたようだからね」
同一とは言わないまでも似通った手段を取り、その上で相手を選ぶような交渉を持ち掛けた。現に十年前のことについて軽い謝罪だけで終わらせている。これをシュトレオン宰相が国王へ即位した際、この事を嫌疑から事実へと引き上げる発表だってないわけではない。それを内戦中に発表した場合、阻止できなかった革新派だけでなく、クーデター紛いをした貴族派も諸外国から嫌疑を持たれることとなる。
「……」
「無論、皇族といえど僕とて全ては知らない。だが、アスベル君はそれを成してしまうだけの伝手を有している。全ての事実を握られた上でそのような決議をされた以上、まだ切り札は残っていると見たほうがいいだろうね……それも、下手をすればリベールを本気で怒らせる代物が」
心ある友人としての忠告でもあると同時に警告を言い放った。<百日事変>において、帝国軍による<不戦条約>の違反行為が再燃する可能性だってある。<列車砲>の件も浮上する可能性もある。更には帝国を混乱に巻き込むような事実が伏せられている可能性も無いわけではない。
「僕に出来るのは、彼らに出来るだけ頼らず内戦を終結させることだけだ」
「まぁ、オリビエだけだと無理だと思うけれどな」
「辛辣だな、アスベル」
通信を切った後にそう言い放ったアスベルに、クワトロは冷や汗を流しつつ呟いた。アスベル、クワトロ、ルドガー、それとセリカにリーゼロッテの五人はトリスタ近郊まで来ていた。遠くからは剣戟の音が鳴り響く。目を凝らすと、遠くで二体の機械人形が闘っている。それは紛れもなくヴァリマールとオルディーネだろう。しばらくすると、オルディーネが膝をつくが本気になってヴァリマールを倒した。
「アイツが正規軍全部をまとめ上げて勝率二割だ。裏の連中諸々を相手にするには足りなすぎる」
「……まぁ、確かに」
非常識な相手に常識を問う方が難しいのだ。それを正規軍全員が理解しているわけではない。だからこそ勝率は二割と言い放った。いくらクレイグ中将やゼクス中将といった猛者でも相手が悪すぎると思う。それに、連中の最終目的からすれば戦車がいくらいたところでただの棺桶同然だ。
すると、ヴァリマールが立ち上がって北の方角へと飛んでいく。行先的にはノルドよりも手前―――アイゼンガルド連峰あたりと思われる。暫くはリィンの身柄は安全だが、それを食い止めようとするⅦ組全員を逃がす必要がある。なので、五人で割って入る。
「あの、俺が行っても大丈夫なのか?」
「そのサングラス、認識阻害の法術式が刻まれている。だから、リィンだとは気付かれないよ」
万が一サングラスが壊されてもいいように、クワトロの所持していたARCUSⅡに填め込むマスタークォーツにも細工している。これでクワトロがリィンであるとバレる恐れは全くない。不安をさっさと解消したところで、五人は駆け出した。先手を打つように、アスベルとルドガーは“神速”で一気に踏み込んでオルディーネに近づき、なんと素手でオルディーネに一撃を与えた。
「そおらっ!!」
「はあっ!!」
『ぐうっ!? ……って、てめえらか。ハッ、態々捕まりに来てくれるとは、余程の馬鹿らしいな!』
「アスベル!? それに、ルドガーも!?」
「セリカさんにリーゼロッテさんも……」
聞こえてくるのは間違いなくクロウの声。そして、後ろからは残ったⅦ組メンバーの同様の声が広がる。だが、再会を祝ってる暇はないとリーゼロッテに目配せをする。彼女はわずかに頷き、魔導杖を取り出す。何かの呪文を唱えると、アスベル達以外のⅦ組メンバーを覆うように巨大な魔法陣が展開され、円柱状の障壁が展開される。
「なっ!?」
「嘘、ガーちゃんでも破れないの!?」
「どういうことなんだ、アスベル!?」
反論の声に耳を傾けるが、どれもが彼我の実力差を理解できていない。魔法陣にいる面々の中で声を上げなかったのはラウラとフィーの二人だけだった。その二人だけがリーゼロッテの意図を察してしまった……自分たちはまだアスベル達の領域に踏み込めていないのだと。それを見つつ、得物である太刀を抜き放ちつつリーゼロッテに問いかけた。
「クワトロ、セリカ。リーゼの守りは任せた。リーゼ、何分で行ける?」
「せめて10分は欲しいかな……無理かな?」
「1時間と言われないだけマシだ。ルドガー、アイツをはっ倒すぞ」
「おうよ。さて、クロウ・アームブラスト……そのデカブツがハッタリでないことを見せてもらうぞ」
『舐めた口を利きやがって! いくら生身で強かろうとも、このオルディーネには傷一つ付けられねえってことをな!!』
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第118話 各々の思惑と外れゆく既定の未来