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「……落ち着きました?」
「べ、別に、取り乱してなんかいないし……」
「ふふっ、そうですか」
なんで、今日はこんなに心が乱れるんだろう。
いや、理由なんてわかってる。今まで私は、悠里と親しく、近い距離でいるつもりだった。でも、私はどこかで彼女を。他人を恐れているところがあって、ある一定の距離を保った上での会話しかできていなかった。……だから、怒ったり泣いたり、そういった激しい感情の変化は起きづらい状態だったんだ。
でも、もう私はそれをしなくなった。……いや、できなくなった。
だからこそ、悠里の優しさが胸に。心に染み込んでいって、こんなにも弱い私を見せてしまっているんだ。
……絶対に年下なんかには見せられない、情けない私を。
だけど、悠里はもうただの後輩なんかじゃない。……私の、大切な恋人。恋人になら、どんな私を見せてもいい。
たとえそれが同性同士。絶対に結ばれないものであったとしても、秘密を共有することにためらいはなかった。
「そろそろお風呂、入りますか?」
「うん……。あ、あのさ、それでさ」
「はい?」
「やっぱり、二人でお風呂入るっていうのは、やっぱり親もいる手前……ですね?まだ小学生ぐらいまでなら全然オーケーみたいなところあるけど、やっぱり私たち、高校生な訳だし」
「……?ボクとしては、あんまり問題があるようには感じませんが」
「問題に感じてください……。まあ、別にお母さんがお風呂まで感謝してるって訳じゃないけど……」
「じゃあ、いいじゃないですか!」
「う、うぅっ…………」
ここで強く言い返せない辺り、実はちょっと期待しているところがある。……もうっ、こんなことになるつもりはなかったっていうのに、一分刻みで私が悠里に夢中になって行っているのがわかる。
もうっ……本当に仕方ないんだから。
そう、自分自身に言って……私は着替えをかき集めた。悠里には、とりあえずサイズがぶかぶかでも、なんとか服として機能させることができそうな着替えを見つけてきてあげる。
あんまり体にフィットするような服は部屋着であったとしても買わないんだけど、何かの間違いで買ったものを発掘して、悠里に合わせてみる。
「……どうかな?あんまりパジャマっぽくはないけど」
「ゆたか、こういう服も持っていたんですね。……なんだかちょっと小悪魔っぽい感じです」
「裾を絞っててちょっと体のラインが出る程度で小悪魔はないでしょ……というか、そう言われるとそんな服を悠里に着せようとする私が、なんかヤバイやつみたいに思えてきた」
「ふふっ、小悪魔になれば、ゆたかを誘っちゃえるんですか?」
「……悠里、そういうのは冗談でも言わないで。……マジで襲いたくなっちゃうから」
「……いいですよ?」
「倫理的にアウトです」
もう、本当に色々と危うい。
理性が溶かされてしまいそうで……しかも、悠里は決して拒むようなことをしないから、正常な判断感覚を失って、どこまでも行ってしまいそうで――。
「さ、さっさとお風呂行こ」
「はーい!」
遠足に来ている小学生のようなテンションで、跳ねるように立ち上がった悠里が着替えを手に私の後ろについてくる。
……本当に、しょうがない子なんだから。
今度は自分ではなく悠里にそう心の中で言って、何食わぬ様子で、お風呂にまで向かう。
「最近、すっかり暑くなりましたね」
「……ん、そうだね」
脱衣しながらだから、だろうか。そういう話になった。
「ボク、暑いのは本当に苦手なので辛いです。冷房を入れると、それはそれで寒くなってしまいますし」
「悠里は見るからにそんな感じだね。私は冷房で調子悪くなるとか、そういうのよくわからないけど」
「……なるほど、胸ですか」
「そこだけじゃないと思うけど、一因だとは言わせてもらおう」
「ゆたか、やっぱりその……うひゃぁっ、すっごく、むちむちしてますよね……!」
悠里は軽く悲鳴を上げながら、下着姿の私のことを見つめる。……莉沙とは体型が似ているから、あんまりこういう話はしないだけに、しげしげと自分の体を見られるというのは……思いの外、恥ずかしい。
「いくら走っても全然絞れないんだから、困ってるんだよ。五十歩ぐらい譲って胸はいいとして、腕とか足まで無駄に太いから」
「ふわふわしていて、いいと思いますけど……やっぱり、暑いんですか?」
「……悠里は本当に肉付き薄いよね。それに比べたら、確実に体感温度は高くなっていると思うよ。余計な肉の層があるから、熱がこもるんだわ」
「はーっ……なんだか、贅沢なお悩みですね」
「贅肉だけに贅沢、ってね」
「贅肉じゃないですよ!ゆたかのお肉は、価値あるお肉です!!」
なぜか悠里は顔を赤くして熱弁をふるう。……可愛い。
「……よっ、と。なんか、人前で下着を外すってなんか、なんかだね」
「わぁっ……!!」
「い、言っとくけど、実況とかしないでよ」
「は、はいっ。でも、すっごくおっきなのが震えて――」
「しないで、って言ったよね?悠里は人のいやがることを平気でするような、悪い子じゃないよね?」
「むーっ!むむぅっー!!」
「……はい、反省したならよろしい」
「どうせなら、キスで口を塞いでもらいたかったかもです……」
「こら、エロJKめ」
「あふっ……!」
軽くデコピンをしてやる。……それにしても、悠里は見ていて大丈夫かと思うほど、肉がない。特に腰なんか、ちょっと転んだだけで折れてしまいそうなほど細くて……でも、ちゃんと胸には薄いながらも確かな膨らみがある。……ここが、ちゃんと女の子しているポイントなんだな、なんて思ったりした。
「暑いし、汗かいてるでしょ。さっさと流そ?」
「そ、そうですね……うぅっ、ゆたかの愛のデコピン、割りとしっかり痛いです……」
「そんなに力は入れてないつもりだけど、指が長い分、勢いも付くのかも」
「なるほど。ゆたか、長くて奇麗な指してますからね。……ボクは指も短くて、手自体も小さな、本当に子どもっぽい手ですが」
「そこが可愛いじゃない」
「ええっ、そうですか?」
「可愛いんだよ、私には」
……なんて言いながら、いよいよ浴室へ。
まあ、私一人で入浴していて、ようやく、といった感じの小ささだから、二人入るとやっぱり狭く感じる。
「ゆたかと一緒のお風呂。誰かと一緒のお風呂って、ドキドキしませんか?」
「まあ、最後に親と入ったのがずいぶんと昔だからね。悠里も女の子のきょうだいは他にいないし、お母さんと一緒に入ったっきり?」
「そうですね。まだあまり男女を意識していない頃は、兄とも入っていましたが。……早々に兄は一緒に入ってくれなくなった記憶があります」
「あははっ、なるほど」
こういうのは、一人っ子の私は絶対に経験できない感覚だ。
……そういえば、お兄さんは悠里のことをどう思っているんだろう。たぶん、私と同じようにものすっごく危なっかしいと思ってるんだろうな……今はほとんど顔を合わすこともないみたいだけど、むしろだからこそ心配しているのかもしれない。
私という友達ができたことを、お兄さんはどう感じるんだろう。喜んで、くれるかな。
「ゆたか、髪、洗ってあげますよ!」
「ええっ、いいよ。むしろ悠里の方が長くて大変そうだから、手伝おっか?」
「わぁっ、嬉しいです!洗いあいっこしましょう!!」
「……う、うん」
恥ずかしいというかなんというか、小学生ぐらいまでに戻った感じがする……悠里の体格的にも。
「それにしても、ウチのシャンプー使ってもらうのが申し訳ないぐらい、柔らかくていい髪だね」
「ありがとうございます。なんとなく伸ばし続けている髪ですが、ゆたかにそうやって褒めてもらえると嬉しいです。……手入れ、すごく大変ですけどね。いっそ切ってしまえたら、とも思うのですが。……なんだかそれも、負けたような気がして」
「……負けた?」
「はい。……ボク自身は全然注目されない、とは前に言った通りです。つまり、ボクがどう着飾っても、逆に着飾らなくても、それは大きな問題ではありません。……ただ、だからといってボクがボクなりにいいと思った容姿を貫き続けるのをやめるのは、もう完全にボクが注目されることを放棄することをも、意味するのでは……そんな風に考えています。……変なこだわりはですけどね」
「……そっか。悠里。少なくとも私は悠里の長い髪も、清楚な服装も。……無表情そうに見えて、実は笑うとすっごい可愛いところも。……全部、好きだよ」
「ありがとうございます。ゆたか。……本当に、ありがとうございます」
私の、大好きな人の髪。
できるだけていねいに、傷を付けないように。優しくも、しっかりと奇麗に磨き上げるように。
長い年月をかけて伸ばし続けられてきた、宝物のような髪を洗わせてもらう。
「流すよ、目、瞑っててね」
「はいっ……んぅぅっ…………」
「な、なんか無駄に色っぽいな」
髪の毛一面に広がった泡をじゃばじゃば流していく。そうして泡のヴェールが落ちて、輝く銀髪が再び私の前に現れた。
「次はゆたかの番ですね」
「私、髪短いしすぐに終わるけどね。……んっ!?」
「わーっ、ゆたかの髪、こういう感触だったんですね!」
「……あれ、触ったことなかったっけ」
「あんまりしっかりとは。だって、普段はボクが頭撫でられてばかりで、逆は体格的にもできませんから。……ふふーっ、今だけはボクが主導権、握っちゃってますよ!!」
「今だけって、割りとずっと握ってるよ、悠里は」
「ええっ?そんなことないですよー」
まあ、予想はしていたけども、無自覚でいらっしゃったか。
でも、さすがに自分の長い髪の手入れに慣れているからか、悠里は手際よく私の髪を洗っていってくれる。力の入れ加減も強すぎる訳でも、弱すぎる訳でもなく……まるでプロみたいだ。
たぶんだけど。
悠里は基本的にはすごく器用で、なんでも上手くなれる素養はあるんだと思う。
だからこそ、フルートが得意で。こうして髪を洗うのも上手い。
ただ、天性の才能を持ちながらも、初めからそれを自分で自由に扱う術は知らないんだろう。ちゃんと練習しないと、何にもできない。ものすごく不器用な風に見えてしまう。
それがすごく悠里らしいな、と思った。
「はい、流しますよー」
「……ありがとう」
「ふふーっ、では、次は体ですよね!!合法的にゆたかの体を堪能してもいいんですよね!?」
「なんというか、同じセリフを未来ちゃんが口にしても何にも思わないと思うけど。……悠里だと、なんかすっごくイケナイことな気がする」
「ええっ、どういうことですか?」
「そのままの意味で。……悠里がその気なら、私も思いっきり遊ばせてもらうから」
「ボクはどこも揉むほどありませんよ?」
「いやいや、たとえばこことか、どう?」
「ひゃうっ!?お、お尻なんて、そんなっ……」
「太ももも。別に揉むのは胸だけじゃないでしょ?ほーれ、ほーれ」
「ふあああっ!!?て、貞操の危機を感じますっ……。女の子同士なのに、なんだか何もかも奪われちゃいそうですっ……!!」
「女の子同士?違うよ、悠里。……今、悠里が一緒にお風呂に入っているのは獣。血と肉に飢えた野獣なんだから」
「ひゃあああああっ!!!!」
完全に妙なテンションでした。今は反省している。
「……なんか、ごめん」
「いえいえ。……楽しかったですよ」
体も洗い終わって、なぜか小さな湯船に二人一緒に入る。最初は悠里だけ一緒に入ってもらうつもりだったんだけど、なぜかこうなった。
スペースの関係で、先に私が入って、その上に悠里が座る感じ。……小さいから、これがちょうどいい。
「ふぁぁっ……ゆたかの胸が背中に当たって、幸せな気持ちですっ…………」
「そのおっさん的なノリ、これからも続かないよね……?お風呂の時だけに起きるバグ的な何かだよね……?」
「ふふーっ、ゆたか。そういえば」
「うん?」
悠里が首だけを動かし、私の方をちらっと見る。
……白い肌がピンク色に上気していて、いつもよりもぐっと色っぽく見える。……最近はなんだか、悠里に色っぽさを見つけてばっかりだ。今までは可愛くはあっても、色気なんて感じないと思っていたのに。
「キス、最近してませんでしたよね」
「最近って、最後にしてから一時間も経ってないんじゃ」
「それでも、十分時間が経ってしまっていますよ。だから……」
「んぅっっ…………」
「はふっ、んふぅっ…………」
やや無理矢理に首を曲げながら、悠里が求めてきたキスは、お湯の味と、シャンプーのフローラルな香りに包まれていた。
本当に、こんなことを続けていたら、キス中毒になってしまうかもしれない。
でも、それでもいい……むしろ、それがいいと思い始めていた。
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