第十七章~交錯する思惑・後編~
一刀と左慈が対峙していた頃・・・、成都の街では・・・。
「華琳!真桜達を連れて来たで!」
「戻って来たわね、霞。今、凪と沙和の隊も戦闘を開始したわ。あなたは真桜を連れて他の部隊と合流して
連携を取りなさい。」
「分かった!行くで真桜!」
「はいよ、姐さん!」
「風と稟は私と一緒に戦況の把握を、いいわね?」
「はっ!」
「は~い!」
「あ、そうだ・・・。あなた達、一刀は見なかった?」
「あの・・・、その事ですが、華琳様・・・。」
「知っているの、稟?」
「先程まで一緒にいましたが・・・、左慈という男と・・・街の外へと。気付いた時にはすでに姿は無く。」
「何ですって?こんな時に・・・、あいつは何を・・・!」
「何かわけありのようでした・・・。風達が間に入る余地がありませんでした。」
「どういう事情かは知らないけど、勝手な行動ばかり取って・・・!戻って来たら・・・。」
「愛紗!」
「霞か・・・!待っていたぞ!」
「待たせたなぁっ!どんな感じや?」
「戦力では明らかにこちらの方が向こうの倍以上だというのに、多くの兵士達が苦戦を強いられている。」
「やっぱりか・・・!洛陽と同じ事になっとるみたいやなぁ・・・。」
「霞、奴等は一体何者なんだ?雪蓮殿が言うには、連中が雪蓮殿達が追いかけていた謎の戦闘集団だという
が・・・。」
「そないな事、うちに聞かれても分からへんで!」
「くそ!やっと正和党との戦いが終わったと思った矢先に、新手の敵が現れるとは・・・!!」
「愚痴っとる暇があるんなら、その怒りを連中にぶつけたらどうなんや?」
「・・・そうだな、お前の言う通りだ。一刻も早く奴等を街から追い出す!行くぞ、霞!」
「応よ!そう来なくっちゃなぁああっ!!」
「凪ぃ!沙和ぁ!無事か~!」
「あ!真桜ちゃ~ん、こっちなの~!」
「真桜!・・・隊長は?隊長とは一緒じゃなかったのか?」
「・・・いやぁ、まぁ途中まで一緒やったんやけど、左慈っちゅう奴とどっかに行ってもうた・・・。」
「誰なの?そのさじって人・・・?」
「・・・はてなぁ。うちは初めて会ったから何とも言えへんが、隊長の知り合いのようやった。」
「隊長の友人なのか?」
「友達・・・、っちゅうよりむしろ仇同士って感じやったで。隊長もいきなりその
男に斬りかかってたしぃ・・・。」
「ちょっと待て、真桜・・・。それじゃ、隊長はそんな相手と何処かに行ったというのか?」
「そんなの危ないのー!」
「真桜!お前が側にいながら、どうして止めなかった!」
「無茶言わんでくれや!とてもや無いけど、あの二人の雰囲気に割って入れるかいな!おまけに気付いた時
には姿が無かったんやで!」
「楽進将軍!」
「どうした!」
「敵の攻勢に張飛隊、魏延隊、馬岱隊が後退!こちらに向かって来ております!!」
「っ!!分かった、我々もそちらに向かう。行くぞ、二人とも!」
「分かったで!」
「分かったのー!」
「ああ~、こない事なら、あの時役に立った全自動発射機も持ってくれば良かったで~。」
「役に立った・・・って、登場して数行で粉微塵になったからくりが何の役に立つんだ、真桜?」
「な、凪ちゃん・・・、ほんとうの事だからって言って良い事と悪い事があるの~・・・。」
「な、何やとぉぉぉおおおっ!?!?お前ら、うちのからくりに何ちゅう事をぉぉぉおおおおっ!!!」
「張飛将軍!楽進隊、于禁隊、李典隊が現在こちらに加勢にすべく進軍中!」
「た、助かったのだ!皆ー、援軍が来るまで持ちこたえるのだー!!」
「「「応ーーーっ!!!」」」
「おのれぇっ!ちょこまかと動きおって、尋常に勝負しろぉぉおおおっ!!」
「どこかの脳筋じゃあるまいし・・・、そんなのろい攻撃じゃ、当たるわけ無いじゃない。」
「何だと貴様ぁぁぁあああっ!!!」
「焔耶!蒲公英!二人とも、けんかしている場合じゃ・・・!」
「「鈴々は黙ってて!!」」
「んにゃあっ!?息がぴったりなのだ~!」
「焔耶!蒲公英!主等は戦の最中に、何をしておるのだ!!」
「ひゃあ!?き、桔梗様・・・!」
「ひゃう!き、桔梗さん・・・!」
「敵前で内輪揉めなどしおって・・・!将としての自覚が足らんぞ!!」
「も、申し訳ありませんでした!!」
「ご、ごめんなさい!!」
「にゃはは・・・、桔梗が来てくれて助かったのだ・・・。」
「全く・・・、敵はこちらの連携の隙を突きながら戦っておると言うに。そんな時に仲間割れなど
しおって!」
「でもあいつら強いのだ・・・!鈴々たちより少ないのに・・・、ああ言うのをしょうすうせいへい?って
言うのか?」
「それを言うなら、少数精鋭(しょうすうせいえい)・・・じゃ。敵兵一人一人の能力が高い事もさながら、
完璧な程の連携、おまけにこちらの動きを手にとるかのような先読みの力・・・。まさに三本に束ねられた
矢の如く・・・、これはちと骨が折れる程度では済まんのう。」
「んにゃ~・・・。」
彼女達が正体不明の武装集団に苦戦している一方・・・。
「きゃーーーーーーっ!!」
「に、逃げろ!逃げろーーー!!」
「うわぁあああん、おかあああっ!!」
「助けてくれーーー!!」
「皆ーー!早く、こっちへーーー!!」
「皆さん!転ばないように気を付けてくださいーーー!!」
謎の武装集団による街の襲撃に混乱する民達を安全な場所へと誘導する桃香達。
しかし、それはあまりに突然のものであったため、桃香達は対応に遅れ、逃げ遅れてしまった人達も多くいた。
これは洛陽襲撃時と全く同じ状況だった・・・。
「朱里ちゃん!翠ちゃん達はちゃんと街の人達を送れている?」
「今の所、襲撃にあったという報告は来ていません!」
「雛里ちゃん!逃げ遅れている人達は今何処にいる?」
「現在、確認されているのはここの地区、そしてここから南西・・・中央通りを挟んだ向こうの地区、
さらにそこから北の地区です・・・。」
「向こうは雪蓮さん達に任せているから大丈夫だと思うけど・・・、この地区の人達を避難させ次第、
雪蓮さん達と合流しよう!」
「はいなのです。」
「分かりました。」
「きゃあっ!」
逃げる人とぶつかり、一人の幼い少女が転んでしまった。
「あ・・・!」
桃香は慌ててその少女に駆け寄り、身をかがめると少女が立つのを手伝う。
「大丈夫?」
「うん・・・。」
幸い怪我はしていなかったようだ・・・、桃香は涙ぐんでいる少女の頭を優しく撫でる。
「桃香様!」
「え・・・っ!?」
突然の朱里の声に視線を少女から上にずらす桃香。その先には篭手の先に備わる両刃の切っ先を水平にし、
自分達に飛び込んでくる街を襲った敵の姿がいた。
「「桃香様!」」
朱里と雛里の桃香を呼ぶ声が重なる。
「だ、駄目ぇぇえええっ!!」
そう言いながら、桃香は少女を庇うように自分の胸の中に力一杯に抱き締める。桃香は自分の背中を敵に
向ける形となった。だが、そんな事はお構いなしと敵は刃の切っ先を桃香の背中へと・・・。
「また戦を起こしたいのかよ、お前達はぁあああっ!!!」
ブオゥウウンッ!!!
ザシュゥウウウッ!!!
「ッ!?!?」
横からの思わぬ反撃に対応できず、その切っ先が桃香を捉える前に、敵は地面に叩き伏せられた。
桃香は後ろを振り向き、自分達を助けた人物を確認する。
「きょ、姜維・・・君っ!!」
桃香は意外な人物の助けに驚きが隠せない・・・。骨折していたはずの右足には固定具は無く、両足で
立ち、自分の身長近くはあるだろう大剣を両手に握った姜維がそこにいた。
「姜維君、右足・・・大丈夫、なの?」
「華陀っていう医者の針治療で治してもらったんだ。」
「そ、そうなんだ・・・。でも、どうしてまた?」
「皆が大変だっていう時に、呑気に寝ているわけにはいかない。ただ、それだけの理由さ。
誰かを守りたいって気持ちは俺も同じなんだ!」
「姜維君・・・。」
「でも、俺はあんたじゃない・・・。俺はあんたのようには出来ない。だから、俺は・・・俺に出来る事で
誰かを守る・・・あの時、そう決めたんだ。」
そう言うと、姜維は走り去っていく。彼は自分に出来る事を成し遂げるために・・・。
「・・・ありがとう。」
そして桃香は自分の元から離れていく姜維の背中を見送る。
その頃・・・、雪蓮達は。
「はああああああっ!!!」
ザシュッ!!!
「ッ!?!?」
南海覇王の一薙ぎで敵を切り捨てる雪蓮。
「全く・・・、これじゃきりがないわ。どうなっているのよ・・・、あの時より強くなっている?」
敵の強さに困惑を隠せない雪蓮。
そんな彼女を何処か遠くから誰かが見ている事に雪蓮は気付いていなかった・・・。
「姉様!」
そこに蓮華がやって来る。
「蓮華、向こうはもう大丈夫なの?」
「南の地区の避難は大方。姉様達が苦戦していると聞き、参りました!」
「そう・・・ありがと。だけど・・・、まさか街中での戦闘がここまでやりにくいとは思わなかったわ。」
「平原と違い、家などの障害物で死角になる場所が多くなり、視界も限定されますからね。」
「思春はどうしてるの?」
「自分の隊を率いて、周囲の敵を排除しています。」
「連中の動きに対応できそうなのは、私達の中では思春や明命ぐらいしかいなさそうだしね・・・。」
「雪蓮、蓮華様!」
二人の元に、冥琳が駆け付ける。
「冥琳、ここの避難の方は終わったの?」
「ああ、穏が最後の民達を連れて、街の外へと向かっている。」
「そう、分かった。穏が街の外に出るのを確認したら、街の中央で華琳達と合流するわよ。いい、二人とも。」
「御意。」
「はい・・・、姉様!」
「っ!?」
蓮華の声に反応し、後ろを振り返る。そこには自分達の退路を遮る敵達が群がっていた・・・。
剣を構える雪蓮達・・・しかし。
『もういいよ、下がって!』
何処からともなく男の声が響き渡る。その途端に敵達は家の屋根、角、後方へと宙返りしながら引き
下がって行く。そして残されたのは、一人の男・・・。鮮やかな赤色にその身を包んだ、特徴的な眼鏡を
をかけた長身の男が両腕を横に広げながら、ゆっくり歩み寄って来る・・・。俯いてるせいで顔の表情が
分かりにくいが、笑っている様に見える。突然の男の登場に困惑する雪蓮、蓮華、冥琳。
そんな彼女達を余所に、程よく近づいてきた男は歩みを止め、くるりと一回転、何処かの旅芸人が芸を見せ
終えた後に、観客に対して行うような辞儀(じぎ)をする。
「初めまして、と言うべきなのかな?僕は君達をよく知っているけど、君達は僕を知らない。」
そう言ってぱっと辞儀を止める男。雪蓮はその男を射抜くような目で睨みつける。
「あなた・・・、何者?見たところ、逃げ遅れた街の人間・・・では無いわよね?」
「僕に名前は無い。区別を付ける為に、仲間からは女渦って呼ばれている。」
男の口から出た単語『女渦』に雪蓮と冥琳は息を飲む・・・。
「女渦・・・。そう、あなたが・・・。あなたが!祭が言っていたのは!死んだ祭を蘇らせた男って!」
南海覇王の切っ先を女渦に向ける雪蓮。しかし、女渦は怯む様子は無く、至って平然としていた・・・。
「蘇らせた・・・。あぁ、彼女はそんな風に君達に言ったの?あっははははは・・・!」
「何がおかしいっ!?」
「・・・ふふふ、まぁ仕方ないか。君達の理解力でうまく説明するとしたら、そう言うしかないもんね♪」
「・・・どういう意味だ?」
眉を歪めながら、冥琳は女渦の言葉の真意を問いただす。
「正確に言えば、彼女は・・・祭さんは『蘇った』んじゃぁない。僕達が今まで取り込んできた『情報』
の中から『黄蓋公覆』に関するやつを元にして、僕が新しく『作った』んだよ。」
「・・・情報?・・・作った?・・・ふざけんじゃないわよ!?わけの分からない事ばかり並べて・・・!」
「わけが分からない?・・・っははははぁぁあッ!!そりゃそうだ!だって分かるように言ったつもり
ないもん。どう言ったって君達の常識で分かる事じゃないからね~♪」
「・・・っ!!!」
雪蓮の中で何かが切れる。頭に血が昇った彼女は地面を蹴って、女渦へと向かって一人飛び出していった。
「待て、雪蓮!一人で突っ込むな!」
冥琳の言葉など耳を貸すはずもなく、雪蓮は女渦の脳天に一撃を振り下ろした。
ブォウンッ!!!
「危ないな~。自分に都合が悪い事は暴力で解決するのかい?」
「なっ!?」
剣を振り下ろした先には誰もいなかった。そしてそこにいた女渦は雪蓮の後ろに立っていた。
これには雪蓮は勿論、蓮華、冥琳、その場に居合わせていた兵士達を驚愕した。
「ふっ!!」
ブォウンッ!!!
「はっははは♪一人でお稽古ですか、孫策ちゃん?」
「・・・っ!?」
振り返りと同時に横薙ぎを払うが、またしてもそこには誰もいなかった。女渦は家の屋根の上で腰を
降ろし、両足をぶらぶらと動かして下を見下ろしていた。
「・・・何か起きたか分かんないって顔しているね?でも教えてもまた『わけ分かんない~』なんて
言うだろ、っと。」
屋根から飛び降りる地面に音を立てずに着地する女渦。
「ね・・・、君もそう思うだろう、孫権ちゃん?」
「・・・っ!」
女渦のその異様なまでに狂ったその目を見た蓮華は思わず、たじろいでしまう。
「・・・彼、まだ来てないけど・・・。もしかしたら・・・、君をいじめていたら来てくれかも
しれないね~。」
雪蓮をそっちのけで、女渦は蓮華の方へと足を進めていく。
「・・・っ!!」
その態度が気に喰わなかった雪蓮は自分に無防備な背中を見せる女渦に横薙ぎを放つ。
ブォウンッ!!!
「しまっ・・・!」
またしてもそこには誰も・・・、否。
「邪魔、しないでよ。」
しゃがみ込んで体勢から、その長い脚による後ろ蹴りが雪蓮の腹部を蹴り上げる。そして
起き上がり際にその勢いに乗せた回し蹴りを彼女の首筋に叩きこんだ。
「がっ・・・!」
雪蓮の視界が何重にも重なり、為す術もなく倒れる。
「雪蓮姉様!」
「雪蓮!!行くぞ皆、我が主君を守るぞ!!」
「「「応っ!!!」」」
冥琳の掛け声に呼応するように、兵士達が声を上げる。
「ああ~全くもう・・・、僕は孫権ちゃんにしか用が無いのに・・・。邪魔、しないでよ。」
女渦はかったるそうに言った・・・。
「・・・はぁ、はぁ・・・、急がなくては・・・。」
全身を襲う激痛がその男の顔を歪める・・・。最初の頃よりも動ける時間が短くなってしまっている
事がその男自身も分かっていた。そしてその理由も・・・。それでも男は立ち止まらない・・・。
男が向かう先に、彼の求めるものがあるのだから・・・。
「華琳さん!」
「桃香、そっちの方はもういいのかしら。」
「はい!雪蓮さん達は・・・?」
「まだ戻って来てはいないわ・・・。」
「なら、戦況の方は・・・?」
「微妙な所ね・・・。押されている訳でもない、かと言って押している訳でもない。一対三程の戦力差に
あるのに・・・、五分五分の戦況。以前、洛陽が襲撃された際のそれとほぼ同じ状況ね。」
「どうしよう・・・。雪蓮さんの方も気になるけど・・・、かと言って、この状況を無視するわけにも
いかない。なら翠ちゃん、紫苑さん、白蓮ちゃんの隊を・・・ああでもそうなると雪蓮さんに行く人の
数が・・・。」
桃香があれこれ考えている傍ら、華琳は一人は黙って考える・・・。
「向こうの目的は一体何かしら?」
「え?」
「敵は何の目的があって、成都を襲ったのかしら?」
「それは・・・、正和党がぶつかって疲弊した私達を・・・。」
「私と雪蓮がいるのに?もし仮にそうだとしてももっと早い時期に仕掛けてくるはず。こんな中途半端な
時期に仕掛けてくるのは、少し腑に落ちないわね。」
「あ、そうか・・・。じゃあ、何処かの誰かが私達を邪魔だと思って、ここで一気に・・・!」
「もしわたしなら、こちら以上の戦力で仕掛けるわね。でも向こうはこれ以上の戦力を投入する様子も
無い。」
「あうう・・・。そ、それじゃあ華琳さんはどう思っているんですか?」
「・・・私が思うに、ここにさらに戦力を加えれば、向こうもそれに合わせて五分五分の戦況になる様
調節して来るでしょう。」
「えぇ・・・?何でわざわざそんな事をするんですか?そんな事したら戦いがいつまで経っても終わらない
じゃないですか!?」
「なら桃香・・・。もし戦況を五分五分にしたい場合、それは一体どういう状況かしら?」
「う、うぅ~ん・・・。」
桃香は首かしげながら考える・・・が、何も思い浮かばない。
「戦いを長引かせる事自体に意味があるのか?それとも、長引かせる事で向こうが何かを利を得る事が
出来るのか?・・・恐らく、向こうは時間が欲しいのではないかしら?」
「時間・・・?」
「誰かが来るのを待つための時間・・・。これだけ派手に戦っていれば、嫌でも目につくでしょうよ。」
「そんな事をしてまで待つ相手って・・・誰なんで・・・」
「華琳!」
桃香が言い終えるのを遮るかの様に、現れたのは一刀だった。
「北郷さん!」
「一刀・・・!あなた、今まで一体どこで何をしていたの!?」
急いで駆け付けた矢先、一刀に待ち受けていたのは、華琳の怒りだった。
「済まない!遅れた分は、戦って埋め合わせる!」
「そんな事は聞いていないのよ!一体何をしていたのかと聞いているの!!」
「それは後で説明する!!」
「今、ここで言いなさい!!」
「華琳!!」
「一刀!!」
「あ、あの~二人とも喧嘩している場合じゃ・・・。」
「「部外者は黙ってて!!」」
「ご、ごめんなさいぃぃいいっ!!」
二人から言われも無いとばっちりを受ける桃香・・・。
「冥琳、立てる・・・?」
「な、何とか・・・な。」
親友に自分の肩を貸す雪蓮。彼女自身、満身創痍だった・・・。
「雪蓮様!」
何処からともなく現れたのは、思春だった。雪蓮達の異変に気づき、急ぎ戻って来たのだった。
「思春・・・。どうせ来るなら、もう少し速く来て欲しかったかしら?」
「申し訳ありません。しかし、これは一体・・・!?」
思春は辺りを見渡す。甘ったるい血の匂いが立ち込める・・・。家の壁、地面に赤い血が凝固する事無く
こびりついていた・・・。そして兵士達は無残な姿と化し、横たわっていた。ある者は、剣で体を貫かれ、
ある者は首から上が無く、ある者ははらわたを抉られ、ある者はその体を分断されていた。不思議な事と
言えば、首から上のもの、抉られたはらわたが何処を見ても見当たらないと言う事だ。
「見たまんま・・・よ。それより、思春。蓮華を・・・、蓮華を探してきて頂戴。」
「っ!?蓮華様が如何なされたのですか!?」
「お願い思春、一刻も争うの・・・。早く、しないと・・・蓮華が!蓮華が・・・。」
「・・・はぁ、・・・はぁ、・・・はぁ!」
私はどれくらい逃げているのだろう・・・。
外の空気と肺の中の空気が何度も何度も行き来して、その度に喉の奥から鉄の匂いが漂う・・・。
きっと私が思っているより、大して走っていないのだと思う・・・。
あそこに残して来てしまった雪蓮姉様と冥琳の安否が気掛かりだけど、今の私にはそれだけの余裕が
無かった・・・。
家の壁に手を掛け、乱れた呼吸を整える・・・。全身はすでに汗で服が肌に纏わりついている・・・。
私は周囲を見渡す・・・、あの男がいないかを確認する。
・・・怖い・・・。
今の私は恐怖していた・・・。
あの男の後ろに見える絶対的な・・・死の恐怖・・・。
死の恐怖なんて、戦場で何度も体験しているはずなのに・・・。
これ程までに死の恐怖を身に感じたのは・・・初めてかもしれない。
私は再び走り出す・・・。
「・・・はぁ、・・・はぁ、・・・はぁ!」
私の脳裏に彼の姿が過る・・・。
どうして・・・。どうして彼の姿を思い出しているの?彼が助けに来てくれる・・・?
何故・・・?何故、私は彼が来てくれるなんて・・・。今までがそうだったから?
私の身に危険が迫ったら、また助けてくれる・・・?そんな・・・、幼い頃に読んだ
絵本に出てくるような・・・、お姫様を助けに来る王子様のような・・・。そんな都合の
良い勝手な解釈。
「・・・あっ・・・!」
私に目の前に、壁が立ちはだかる。左右も同様壁に囲まれ、完全な行き止まり・・・。
早く戻らないと・・・、そう思った瞬間。
「あれぇ~?ひょっとして、行き止まりみたいな・・・?」
背筋に悪寒を感じる。先程までとは違う汗が流れる・・・。
汗が私の体温を奪っていくようだった。私は、後ろを振り返った・・・。
「ふっふふふふふ・・・。」
「・・・っ!?」
最初に目に入って来たのは、この男の顔だった・・・。
私は後ろへと後ずさり、男との距離を取る・・・。
「・・・どうしたの?ひょっとして、怖いの?僕に殺されるんじゃないかって。
うっふふふ・・・、そうだよ。僕は・・・君を殺したいの・・・。ぁぁぁあああ、
何かぞくぞくする~~~。」
男は、一人悦に浸りながら体をくねくねとくねらせる・・・。見ていても、ただ気持ちが
悪いだけだ・・・。
「・・・この外史の君はぁ、どんな顔で、どんな声で、僕を喜ばせてくれるの?」
悦に浸っていた男の目は一瞬にして変わる。
その目は狂気に満ちていて、その奥底が見えない・・・。見えないから、余計に恐怖が高まる・・・。
男は一歩詰め寄る。そして私は一歩後ろへと後ずさりする。それの繰り返し・・・。でも、それは
すぐに終わった。私の背中が壁に当たる。これ以上、後ろに下がれない・・・。でも男は、まだ詰め
寄る事が出来る。一歩、一歩・・・ゆっくりと、確実に距離を詰めて来る。そして、右手の平を私に
向かって広げる。私は知っている・・・。あの右手が、人のはらわたを抉り、人の体を切り裂き、そして
首を・・・。
「ふっふふふふふ・・・、あははははは・・・!あはははっはははっはははははははははははは!!!」
声が裏返った笑いを上げる・・・。私は・・・、何かを諦めた。
そして男の右手の先が私の鼻先に触れようとした・・・。
「ッ!?」
男が突然右手を引き、後ろへと飛びずさる。
ブォウンッ!!!
そして上から黒い影が私の視界を覆う・・・。
あぁ・・・、来てくれたんだ・・・。また私を助けに来てくれたんだ・・・。
「・・・君は・・・、君はぁあああ!あっはははぁぁあああ!!待っていたよ!君が来るのをぉッ!!」
「女渦・・・、ようやくお前を捉えた。・・・貴様は、ここで殺す!」
「ふふふ・・・、殺す?この僕を?君が?!あははははははははあはは!!!そのためだけに君は生き
返ったの?殺された孫権ちゃん達の仇を取る気でいるの?」
「・・・・・・。」
「でもそんな事は僕にはどうでもいいんだ♪だって、君にこうして会えたんだからさぁあッ!
君にも分かるだろ?僕が喜んでいるのが・・・?僕を殺しに来てくれた事にさぁああ!しかも
格好良く助けに来ちゃって、まるで白馬の王子様・・・、いや、今の君はぁ・・・血に濡れた
漆黒の王子様の方がいいかもねぇ?」
「俺はあの時から血に濡れている・・・。決して拭い去る事の出来ない罪の形として。だが・・・、
俺はその罪を背負って生きている。そしてそれこそが・・・、俺がここにいる理由だ。」
「あっはははは・・・、そう・・・。健気だね~、・・・でもそんな言葉も、僕から言わせれば、
過去の自分への言い訳にしか聞こえないなぁ~。」
「御託などいらない・・・!・・・行くぞ!」
「・・・そうだね、僕達に言葉は・・・いらないよねぇえええええッ!!」
二人がほぼ同時に動く・・・。彼等の話のほとんどが分からなかったけど、彼があの男を憎んでいる事は
分かった・・・。いつの間にか、二人の姿は無く、残されたのは私一人・・・。緊張が解けたのか、体から
力が抜けていく・・・。壁をもたれ掛かるように、ずるずるとしゃがみ込んだ。
「蓮華様ーーーーーー・・・っ!!!」
何処かから、思春の声が聞こえてくる・・・。
「蓮華様ーーーーーーっ!!!」
私の名を叫びながら、私を探している思春・・・。
「蓮華様っ!!!」
そして向こうから思春がやって来る・・・。
私に近づいてくる彼女の姿を見ながら、私はまぶたをゆっくりと閉じていった・・・。
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こんばんわ、アンドレカンドレです。
今夜は連続投稿です。事情は魏・外史伝40修正版を参照してください!
一難去ってまた一難・・・、一刀君達に休息の時間はない。物語は次のステージへと移り、さらに激しさを増す・・・。複雑に絡み合う謎が、ほんの少しだけ垣間見えようとしている。
では、真・恋姫無双 魏・外史伝 第十七章~交錯する思惑・後編~をどうぞ!!