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ヘキサギア・フロントラインシンドローム (上)

 コトブキヤの「ヘキサギア」の二次創作小説です。Twitterにアップしてきた俺ガバナーやヘキサギアが活躍するまあそんな感じの奴ですね。
 なるべく公式設定に沿う形を目指していますが、自分自身解釈遊びが好きなタチなので多分に独自解釈を含みますのでご了承下さい。

本作品はコトブキヤのコンテンツ『ヘキサギア』シリーズの二次創作作品であり、同作の解釈を規定するものではございません。
またフィクションであり、実在物への見解を示すものでもないことをあらかじめご了承下さい。

2018-06-23 02:55:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:904   閲覧ユーザー数:903

 ――ここは遠いいつか、どこか。

 燃料資源の枯渇。

 騒乱。

 新たなる産業基盤の勃興。

 旧来ライフラインの廃棄。

 人口の減少と散逸。

 新たなる秩序と無法の蔓延。

 結晶炉汚染。

 そして狂気の人工知能が打ち出した、電子世界への逃避。

 激動の時代を経て、その地方都市はもはやうち捨てられ、廃墟を晒すばかりであった。

 賑やかにして穏やかであった時間の流れは緩慢になり、建造物達は己の役割を解かれ、倦み疲れたものから崩れ落ちている。このゴーストタウンに残る利用価値は、ひび割れながらも舗装を保ち続けている幹線道路程度であろう。

 そして今、その道を一台の車両が進行していた。

 左右一対の履帯を備えながら軽自動車ほどのサイズのそれは、傍目にはコミカルに戦車をデフォルメしたもののようにも見える。だが細部を見れば、車体左右のフレームには火器が据え付けられ、さらに荷台から伸びるクレーンで長大な牽引砲を曳いている。戦闘車両である。

 さらにオープントップ式の操縦席に収まる人影も、白い甲冑様の装備に身を包み周囲を警戒しながらゆっくりと車両を進ませている。

 アーマータイプ、あるいは動甲冑などと呼ばれる装備が、その鎧の正体であった。兵士の身体能力や知覚能力を拡張する最新鋭装備。白のそれは、ポーンA1という形式名を与えられたタイプであり、この地上に展開する一大軍事組織、リバティーアライアンスの正式装備であった。よく見れば、車両にも所属を示すマークが塗装されている。

「……チェックポイント・エコー」

 信号機が錆びて倒れた十字路に到達すると、アーマータイプに身を包んだ人影がどこかごわついた男の声で呟く。そして車体から飛び出すと、路地を覗き込み、再び操縦席に戻る。

「……通過。この辺りは交戦の痕跡が無いのはいいが、警戒もされていないように見えるな」

 アーマータイプの男は、虚空に告げた。すると、女声風の合成音声が車両のコンソールから応じる。

『現在地は目的地陣地よりリバティーアライアンス勢力圏寄りです。警戒の重要性は低いのでは?』

「そんなことはない。お前のようなヘキサギアがあれば後方浸透など容易いだろう? クイント」

 男の返事に、コンソールからはじりじりとノイズが立つ。車載AIが回答を吟味しているのだ。

 ヘキサギア。今この、滅びかけた世界を支えるエネルギー源であるヘキサグラムを糧に、覇権を争う者達が駆使する兵器のことである。

 男が乗るどこか牧歌的なこの車両――リトルボウもその一種なのであるが、これは旧式な上にもともと輸送作業用車両だったものだ。最新式のヘキサギアはその形態、動作共に文字通り生物のように俊敏にして獰猛であり、荒廃し大規模勢力がいなくなったこの世界で繰り広げられる不正規戦の現場では最強の兵器である。

「まったく、見送りお出迎えぐらいしてもらいたいもんだよ。危なっかしくて仕方が無い……」

『しかしミスター、あなたは現在までに三七回リバティーアライアンス広報に取り上げられた英雄なのです。それが護衛などされていたら、士気に関わります』

「勝手に祭り上げておいてよく言う」

 ミスター、と呼ばれた男はコンソールに頬杖をつき、露骨に不服そうな態度を示して見せた。

 彼の名は、誰が呼んだか『ミスター』。企業連合体リバティーアライアンスに属する古参ガバナー――ヘキサギアに関わる兵士――だ。愛車リトルボウが曳く対ヘキサギア野戦砲を駆使し、数多の戦場を駆け巡り続け多くのガバナー達の憧れの的となっている。

 だが彼は求められてなった偶像だった。それも限りなく望まぬ形でだ。頬杖から規則正しく甲冑のマスクを撫でる指や、ボコーダーじみた声からは、どこか非人間的な雰囲気が漂う。

『目的地まで、一〇〇〇メートル』

「そういう時はカーナビらしく『マモナク、モクテキチデス』とだなあ……。ん?」

 四車線の道の先へと顔を上げ、ミスターは首を傾げる。そして操縦席を囲う防弾版から身を乗り出すと、ポーンA1の視覚センサーがズーム動作を開始する。

「一〇〇〇メートル……。あのショッピングモール跡が例の『新池16号陣地』だな?」

『はい。複数の友軍識別信号を確認しています』

 瞬間、雷鳴のような響きがミスターとすれ違って道を駆け抜けていった。さらにショッピングモール跡から砂色の煙が上がり、そして空中になにか緑色の平たい物体が舞い上がる。

「――モーターパニッシャー! 戦闘中だ!」

 すかさずミスターはリトルボウの前方へと飛び出した。その手には、操縦席に放り込まれていた灰色のインカム状の機器が握られている。ブレードアンテナを備えたそのパーツを頭部甲冑に装着すると、さながら羽根飾りをあしらったかのように見える。ミスターの戦闘スタイルであった。

「クイント、砲を設置しろ。それと通信を中継してくれ」

『作業開始。通信を……確立』

 ミスターが飛び降りたリトルボウは、自ら動き出す。クレーンが牽引砲を離し、車体左右のフレームに機関砲と合わせて取り付けられた作業肢で器用に砲口を前方へと向けていく。

「新池16、当方に援護の用意あり。国道東一〇〇〇メートル地点。敵の情報を回してくれ」

 戦場を見つめ、砲の防弾版の後ろに回り込みながらミスターは呼びかける。混信か、無秩序に発言し合っているのか、開かれたチャンネルはノイズと不明瞭な声が渦巻いていたが、即座にデータ転送を告げるビープ音が鳴る。

『新池16陣地、戦術統括KARMAとのデータリンクを確立。敵情報受信。

 モーターパニッシャー4機と交戦中。さらに前方五五〇〇メートルに退避行動中のヴァリアントフォース輸送部隊』

「輸送部隊の先遣に陣地が曝露したってわけだな」

 ミスターが属するリバティーアライアンスは、武装組織ヴァリアントフォースと敵対している。敵はこの荒廃の中で人類を保つ手段として、人工知能SANATが立案した人類電子情報化計画、プロジェクト リ・ジェネシスを推進する集団だ。

 さまざまな法が形骸化した今、敵は捕虜に対して彼らの『計画』を実行することもある。友軍を救わなければならない。

 ミスターは路上に据え付けられた巨砲の、砲手グリップを握り込む。連動して、ポーンA1のマスク内に浮かぶ映像には砲の操作情報が流れ始めた。

「出力プールは万全……。弾種キャニスター」

 グリップと共に砲側面に並ぶ操作盤に指を走らせ、ミスターは砲撃のためのセッティングを進めていく。

 砲身両側に取り付けられた防弾版のために傍目には象の顔のようにも見えるこの砲は、対ヘキサギア野戦砲。正しくはもっと別の用途に用いられていたもののようだが、ガバナーであるミスターの手が入り今はそのように利用されている。

 この砲はヘキサグラムから得たエネルギーをプラズマ化し、磁場で収束して発射する。最新のヘキサギアには同様の原理でより小型のものが搭載されているが、古く大型のこの砲には一つのアドバンテージがある。機構に余裕があるため、収束磁場をコントロールして破壊効果に変化を持たせられるのだ。

「攻撃開始」

 宣言し、ミスターが引き金を引く。途端に、絞り込まれるような形状の砲身の先から、軽い音を立てて光弾が放たれる。

 光弾は瞬時に攻撃対象ヘキサギア、モーターパニッシャーの近傍まで到達する。二基のフローターで空中機動し、強靱な顎で直接破壊を仕掛ける機敏なヘキサギアではあるが、しかし光弾の速度は気付きも回避も許さない。

 さらに光弾はモーターパニッシャーに到達する直前に、空中で無数に炸裂した。収束磁場が拡散し、プラズマがまき散らされたのだ。機体背部に跨るガバナーを巻き込んで、プラズマの散弾が横様の雹のように襲いかかる。

「一機撃墜。次……」

 二、三本ほど脚部を脱落させながら墜落していく相手は無視し、ミスターは顔を上げて敵影を探す。ショッピングモール上空に敵が浮上してくるのを見ると、台車の上で砲を旋回させ、再び照準。

「陣地からの対空射撃が全然見えないな……。備えはどうなってるんだ」

 ぼやきつつ、操作盤で収束磁場を操り二射目。先程より敵が上空にいるため上向きになった射線の先、炸裂した光弾は放物線を描いてモーターパニッシャーを打ち据える。跨るガバナーが弾けて宙に散るが血煙は立たない。ヴァリアントフォースの文字通りの『機械化歩兵』パラポーンだったのだろう。

「二機落としたぞ、引き上げてくれよ」

 祈るように言いながら、ミスターは防弾版越しに顔を上げる。しかし途端に、前方の路上へもう一機モーターパニッシャーが現れ、低空をこちらへ突進してきた。

「クッソ行きがけの駄賃のつもりか! クイント、対空防御!」

 指示を飛ばし、さらにミスターは砲の尻を蹴っ飛ばす。単純なアウトリガーを下ろしていただけの砲は路上を明後日の方向へ滑走し、ミスターはその反動で路肩の植え込み跡に飛び込んだ。

 リトルボウが両脇の機銃で威嚇射撃しながら後退していくのをかすめ、モーターパニッシャーは砲撃地点を通過。フローターによって砂埃を盛大に巻き上げると、彼方で上昇に転じた。そのまま旋回していくのが見える。

「パラポーンならもっとデジタルに、往生際の悪いのをやめた判断をしてもらいたいもんだな……」

 枯れ果てた植え込みの枝の中で、上下逆になったミスターがぼやく。視線を巡らせれば、目的地であるショッピングモール跡からは今度は黒い煙が立ち上っていた。

「少し待てば片付けに巻き込まれずに済むかなあ」

 

 悪あがきをするのもどうなのかとリトルボウの車載AI、KARMAであるクイントに諭され、ミスターは新池16号陣地へと足を踏み入れた。

 襲撃の後始末に浮き足立つ中、ミスターを出迎えたのはここに配備された部隊の隊長だった。

「ようこそいらっしゃいました! 新池16号陣地、三六三六小隊の隊長、カナズミ少尉です!」

 陣地司令部が設営されたショッピングモール跡から出てきたのは、ポーンA1のヘルメットを外した男だった。くたびれた顔に社交辞令的な笑みを浮かべているカナズミに、ミスターは握手の手を差し出す。

「着任します。私のことは、まあご存知ですね」

「はい期待してますぅ。まあミスターが配備されるような激戦区でもないんですけどねえ」

 じっとりと卑下するような笑みを浮かべ、カナズミはミスターのマスクを覗き込む。対してミスターは、どこかつまらなさそうに排気音を漏らした。

 クイントが語ったように、ミスターはリバティーアライアンスの偶像であった。内外問わずアライアンスの活躍と正当性をアピールすることに、あらゆる手段で利用されている。故に一般の兵と顔を合わせれば、こんな生ぬるい対応をされることもしばしばであった。

 つまりは、覚えが良ければ優遇が得られるのではないかというような下心を向けられるということだ。辟易した様子で、ミスターは端末を差し出す。

「早速ですが陣地のデータをいただけますかな。攻撃を受け再編も必要でしょうが、陣頭指揮を執るのは私でしょうしね」

 ミスターの公的な階級は曹長である。この陣地に配備されるに当たっては少尉にして部隊長であるカナズミの下で、兵卒達に直接指示を出す立場だ。また参謀として、カナズミをフォローしなければならない。

「――ええどうぞ」

 ミスターのなにか急かすような態度に感づいたか、カナズミは表情を消して自身の端末をミスターに向けた。データを転送するとまた事務的な笑みを浮かべ、

「うちの陣地は十数門の火砲と四機のヘキサギアを擁する大陣地ですから、ミスターの手を煩わせることは無いと思いますよ。現に今まで八回は輸送部隊を壊滅させていますから」

 自慢げにいうカナズミだが、ミスターは顔を上げずに端末に表示されたデータを見つめる。

「……ショッピングモールに直接設置された火器が多いな……」

「? どうかしましたか?」

「いえ、早速あちこちに顔を出しておこうと思います」

 そうですか、とカナズミは頷くと、さっさと踵を返す。ミスターが背伸びをしてショッピングモール内を覗き込むと、備品を引っ張り出したのか折りたたみ式の机が広げられ、その上にレーションが広げられているのが見える。

 鼻を鳴らすように再び排気音を漏らし、ミスターも踵を返す。端末に表示され続けているデータに視線を落とし、モールに隣接する立体駐車場へと足早に向かう。

 

 立体駐車場は、先程の戦闘でまさに攻撃対象になった様子で、崩落している部分があった。そこへガバナー達やヘキサギアが集まり、瓦礫を退け、兵器を回収している。

「なあ君」

「はい?」

 瓦礫を積み上げていたポーンA1装着のガバナーに声をかけると、やる気の無い声が上がる。そしてそのガバナーはミスターのブレードアンテナを見ると思わず仰け反り、

「えっ! もしかしてミスターですか? さっきの援護も?」

「ああ、まあ……」

「おおいみんなあ! やっぱりさっきのはミスターだったぞお!」

「まあまあ」

 興奮するガバナーをなだめつつ、ミスターは作業に参加しているヘキサギアを確認する。四機全てがそこにおり、

「バルクアームが一機、残りはスケアクロウタイプか……」

 ミスターが用いるリトルボウよりはましだが、一世代型落ちの機体達だ。敵が運用する最新鋭ヘキサギアとの接近戦には心許ない。

「君、手が空いてるなら少し陣地を案内してくれないか。データは貰ったんだが、それだけではわからないところを見ておきたいんだ」

「えっ、自分で……あ、自分はベイト一等兵です。自分で良いのでしょうか」

「いいさ、実際に運用しているガバナーの声が聞きたいんだ。例えばこの陣地に配備されたヘキサギア、ここに全て揃っているようだが……」

 ベイトの肩に手を置き、ミスターは機体達を見渡す。バルクアーム、スケアクロウ共にやや崩れた形状ではあるが人型のヘキサギアだ。作業性が高い形態だが、全機に強力な対装甲火器が増設改造されているのが見える。

「どう運用されているんだ? 先程の戦闘では姿が見えなかったが……」

「あー……、あいつらは後詰めです。うちの陣地はこの立体駐車場にほとんどの火器を集めていて、一斉射で敵を壊滅させるんです。ヘキサギアを出すのはそこからですね」

「ううむ……」

 ミスターは唸る。頭を抱えるように手をマスクに当てて振ると、改めて顔を上げ、

「ここに配備されている火器はどんなだろうか。様子が見られるところはあるかな?」

「三階の砲座が無傷ですが……」

「誰か残っているか?」

「この様ですんで……」

「じゃあ君、案内してくれ」

「しかし自分、軍曹からこちらでの作業を指示されていまして……」

 ヘキサギアに向けていた視線を下ろすと、作業を監督している様子のガバナーが何人かいるのが見えた。しかしミスターは彼らに手を振ると、インカムに手を当てる。

「クイント!」

『作業に参加すれば良いのですね?』

 駐機していたリトルボウが、ミスターの背後へ追随していた。作業肢とクレーンを展開するその姿に、ベイトは驚き、ミスターは当然とした様子で作業監督をする軍曹級ガバナーへと呼びかける。

「失敬! 彼を借りていきますよ。その分は自分のヘキサギアをこきつかってやって下さい。よろしくどうぞ!」

 ベイトがミスターだと呼びかけたためか、軍曹達は頭を下げる。そんな現場に背を向けながら、ミスターはベイトを促した。

「行こうか、ベイト一等兵」

「い、いやあ。本当に自分でいいんですか?」

「率直なところが聞きたいんだ。責任がある立場だと誤魔化しが入る」

 肩を叩くミスターに、ベイトははっと顔を上げる。そして拳を握り、

「――そういうことなら、お任せ下さい」

 頷くベイトの姿に、ミスターは心強そうに、同時に何か覚悟をしたように佇んだ。

 

 立体駐車場に元から付属する乗用車用スロープをたどり、三階へはすぐに着くことができた。ミスターは来た道を振り返り、

「このスロープは頻繁に使うのか? 障害物も何も設置されていないようだけど」

「砲弾の運搬で使うんでものは置かないことになってるんですよ。――正直、パラポーンに昇ってこられそうで怖いんですけどね」

 ベイトは困ったような調子で言う。ミスターは小さく肩を落とすと、彼に続いて設置された砲へと向かった。

 フロアに直接固定されているのは、ストロングライフルと呼称されるモジュール構造の火器だった。可動式の砲座には、なるべく砲身長を取り威力を増すよう組み立てられたものが設置されている。

「なるほど……。砲座クルーの移動にも、あのスロープを?」

「そうですねえ。店内の階段も使いますよ」

「経路が破壊された場合は?」

「『いくつもルートはあるから大丈夫だよ』とカナズミ少尉はおっしゃってます」

 皮肉げにベイトは言う。ミスターに問われるまでもなく、現地では問題視されている点なのだろう。

「先程の戦闘で崩落したのは二階だね?」

「はい。まああそこに設置されてるのはミサイルランチャーなんで、据え付け直せばまた使えますよ」

「ミサイルは、空中目標には?」

「うちが使ってるのは地上目標用です。ランチャーは対空用も装填できる奴ですけど」

「ふうむ……。火器はここに集中配備しているんだったな」

「ここから見える十字路をキルゾーンに設定してるんですよ。まあ、あそこに顔を出す車両なんて多くても二両ぐらいなんで結構取り逃してるんですけどね。対空火器も無いから、対策されるようになってからはこっちの被害もシャレにならないし」

 ぼやくベイトから、ミスターはこの陣地の状況をプロファイリングする。カナズミが主張していた戦果も、ベイトが言うように隊列前部の足を止め撤退させた程度なのだろう。しかも、敵が学習するまで配置の変更などもしていない様子だ。

「キツイな……。改善の要求は私からしておこう。他にも運用上困った点があったら遠慮無く私に伝えてくれ」

「いいんですか? 嬉しいなあ。うちの下士官クラスは全然俺達の話聞いてくれないんで……」

 頷くベイトに、ミスターは神妙な様子で頷きを返す。この場所から見渡す周囲は、廃墟達に視界を遮られ、陰鬱な曇り空が小さく切り取られていた。

 

 陣地の復旧が終わる頃には日も落ち、くすんだ夜空に月が昇っていた。

 下士官の集まりがある、と声をかけられたミスターが向かった先、ショッピングモール内に設営された小隊司令部にはカナズミと隊の軍曹達が集まっていた。ミーティングか、と察したミスターだったが、その場の卓の上にはどこからかき集めてきたのか、酒や民生品だったはずの食糧などが並んでいる。

「もとがショッピングモールだっただけはあって、保存が利くものなんかも結構あるんですよ」

 悪びれた様子も無く、カナズミが言う。ミスターはポーンA1に排気音を立てさせると、手近なパイプ椅子に後ろ座りした。

「適当にやって下さい。たくさんありますんで」

「私は義体化率が高いんで、もの食べられないんですよ。それより、ミーティングに入りましょう」

「ミーティング?」

 問うカナズミの周囲で、軍曹達もアーマータイプのヘルメットを外して酒盛りに精を出している。

「……襲撃を受け、被害が出ているはずですが」

「あ、被害は無かったです。全火器再利用可能ですし、負傷者もいませんでした」

 あっけらかんとカナズミは言う。しかしそれを遮るように背もたれを叩き、ミスターは切り出した。

「敵ヘキサギア二体が撤退しています。この陣地の火器配置データは取られていると見ていいでしょう」

「いや、敵は偵察ではなく輸送部隊の直援で……」

「データリンクを利用して情報を共有できるC4I機能は全てのヘキサギアに備わっています。ましてや敵はヴァリアントフォースで、敵の中にはパラポーンも混じっていた。すでにいくらか戦果を上げているというならば、もうこの陣地は丸裸だと言っていい」

 叱責する口調でミスターは告げた。しかしカナズミは、なにか誤魔化すような笑みのままだ。

「しかも火器を一カ所に集めた結果、攻撃力を活かし切れていない。このショッピングモールを利用しているようですが、耐久力の無い民生建築物を信頼しすぎです。装備が充実しているヴァリアントフォースなら、ヘキサギア一機でこの陣地を壊滅させることも容易い。これを機に、配置を見直すべきです」

 一息に語るミスターに、カナズミ達は呆気に取られた様子であった。軍曹達はすぐさま空気を戻すように卓上のものに手を伸ばすが、ミスターに矛先を向けられたカナズミだけは誤魔化しきれずに問い返す。

「で、ではどうしろと?」

「輸送部隊の車列を襲撃するのに適した配置に陣地を構築し直します。私が指揮を執りましょう。――この様子では、それでよろしいですね?」

「ど、どうぞぉ? ミスターが指示するなら、それが一番でしょう」

 わなわなと震えた声音で、しかしなんでもない風を装ってカナズミは言う。対するミスターはインカムを操作し、

「録音終了」

『ボイスレコーダーを停止』

 端末越しに状況をモニターしていたクイントが報告し、カナズミが青ざめる。ミスターは半身になり、

「では、明日から私が陣地を構築します。あなた方はしばしご歓談を」

 吐き捨て、ミスターはもはや踵を返し司令部を後にする。脱落した自動ドアを抜けて立体駐車場に向かうと、その一階部分でドラム缶を用いて焚き火がたかれ、その周囲に兵卒ガバナー達が集まり夕食を摂っていた。

「ミスター! どうぞこちらに! みんなミスターの話を聞きたがってますよ!」

 ヘルメットを外したベイトが促し、輪の中にミスターを引き入れる。

「どうです、陣地の件は」

「言質は取った。明日からは、私の指示で動いてもらうよ。このままでは全員死んでしまうからね」

 ミスターの言葉に、ガバナー達はいくらか実感のある苦笑を上げた。カナズミ達とは温度差のある様子だった。

「ミスター、よろしくお願いしますよ」

「アライアンスの尉官なんて通信教育みたいなもんしか受けてないのにプライドが高すぎていけねえ」

「これで我々も安泰だ!」

 喜ぶガバナー達を見渡し、ミスターは無言。そうして輪から少し離れた場所の瓦礫に腰を落とすと、差し出される安酒の入ったアルマイトのマグカップを断る。その黙考を表わすように、ポーンA1のセンサー部分が明滅した。

 

 同時刻。

 新池16号陣地に輸送作戦を妨害されているヴァリアントフォースの部隊があるが、彼らが拠点としている補給廠がほど近い場所に存在した。放棄されて久しい鉄道路線脇のその地は、警戒を厳にその夜を迎えている。

 と、朽ち果てた踏切を改造したゲートに立つヴァリアントフォースのガバナーが何かに気がつく。胡乱げな眼差しのようなアイセンサーを持つセンチネルというアーマータイプに身を包んだ彼は、ゲートから伸びる道の先に目をこらした。

 その地上、そして上空を、それぞれ一機ずつのヘキサギアがこちらに向かってくる。ゲートの無線機に手を伸ばそうとした彼の前に、二機のヘキサギアは即座に到達していた。

「何を狼狽えている。友軍だ」

 地上を進んできたトライク型のヘキサギアから降り立ったガバナーが告げる。その姿は、センチネル型のアーマータイプと比して各部が拡大し、さらに全体で見ると甲冑の様相が強い。ヴァリアントフォースの上級ガバナーに与えられる、イグナイト型のアーマータイプだった。

「特務ガバナー、パラミディーズである。上の二人は部下だ。こちらに厄介になる」

「おいおい、いつも『そう』みたいな言い方をされると困るな」

 フローター音を立て、空中のヘキサギアが降下してきていた。一見してモーターパニッシャーと同型のパーツを組み合わせているのは明らかだが、明確に形状が異なる機体だった。頭部に設置された二基のサーチライトを眼球のようにギョロつかせるそのヘキサギアから、フェイスガードをつけたセンチネルのガバナーが降り立つ。

「俺は破壊工作コマンドのシングだ。後ろはフォーカス。……まあ、三人揃えば一人ぐらいは聞いたことあるだろう?」

「うふふ、三人とも聞いたことがあるのが一番多いんじゃないですかあ?」

 空中から降りてきた機体のタンデムシートでふんぞり返るガバナーが甲高い声で笑った。やはりセンチネルを身につけたガバナーだが、その首から上は丸々観測ユニットに換装されている。人間の頭部が収まるような構造ではない。

 パラポーンだ。ヴァリアントフォースの中でも、彼らが信奉するSANATの方針に従い自らをデータ化した者達が現実空間に降り立つために用いるアンドロイド体。ガバナー同様アーマータイプに身を包んだ者も多く、パラミディーズと名乗ったガバナーが身につけるイグナイト型などはそういったパラポーンの専用機体として設計されているほどだ。

 ならばその中身は言うまでもない。パラミディーズは身を包むマントの下から動作音を漏らしながら門番のガバナーに歩み寄る。

「特殊作戦コマンド、パラミディーズ、シング、フォーカスの三名とヘキサギア、スイフトローバー、シャイアンⅡ。計五ユニットがこちらに着任する。よもや連絡漏れなどしておるまいな」

「は、はい! 確認しております! ごゆっくりどうぞ!」

 門番ガバナーがゲートを開く。その様子に呼気を漏らすパラミディーズに、くすくすと笑いながらシングが並び立った。

「正規ルートでの連絡なんぞしてないくせに、悪い人だ」

「お前が『ヤツ』が出たとわめくからであろうが。間違いは無いんだろうな?」

「このご時世に牽引砲をちんたら旧式ヘキサギアで引き回してるヤツなんざ、一人しかいねえや。ミスターその人……『リバティーアライアンスが生み出したただ一人のパラポーン』だなあ」

 喉を鳴らす音を呼吸マスクでくぐもらせながら、シングは笑う。その言葉に、門番ガバナーが息を呑んだ。

 SANATが掲げる人類の電子情報化を阻止するというのが、敵対するリバティーアライアンスの方針であった。しかしパラポーンというシステムは、人格がデータ化されたからこその存在である。単に全身を義体化しているだけではなく、高度なAIネットワークを駆使しての人格データバックアップとダウンロードこそがその本質だ。

「リバティーアライアンスのミスターが、パラポーン……?」

「気になりますかあ? 今の話?」

 いつの間にかヘキサギアから降り立っていた頭部を換装したパラポーン、フォーカスが門番ガバナーに詰め寄っていた。望遠センサーの黒々とした開口部を顔面に持つ頭部をぐりぐりと押しつけ、フォーカスはねちっこく告げる。

「どうぞどうぞ、是非お仲間に笑いの種としてお話下さいませ。あの偽善者達の真実をねえ。そうすれば私達の仕事も楽になるというものです、はい」

「フォオ~……カスッ」

 頭を押しつけるフォーカスを、シングが無造作に掴んで引き戻す。

「楽をするのはいいけどなあ、俺がミスターを追い詰められなくなるようなところまで話を広げてくれるなよ? 俺があの偽善者を直々にインタヴューできなくなるような状況は面白くないもんなあ?」

「イヒヒッ! 申し訳ありませんシング! そんなつもりではないのです! あくまであなたが彼にたどり着くのを簡単にしたいだけでありまして!」

「茶番はもういいか?」

 開いたゲートのそばに立ち、パラミディーズが問う。彼が乗ってきた奇妙な形状のトライクは、自動運転で彼の隣に並んでいた。

「今日撤収した輸送部隊が後日改めてあの陣地の付近を通って移動するようだ。我々はそれに同行すれば状況が見えてくるだろう。シングは生身だし、休息は早めに取った方がよかろう……。無駄な時間を過ごすな」

 そう言って、パラミディーズは自身のヘキサギアを引き連れて補給廠の中へと進んでいく。

 暗雲立ちこめる夜空からは、ぽつぽつと雨粒が落ち始めていた。

 

 雨は数日降り続け、その間にヴァリアントフォースは再びその補給廠から輸送部隊を発進させた。

 パラミディーズ達はそれに同行していた。旧時代、ヘキサグラムの登場以前に作られた車両をヘキサグラム対応の機関に換装したものを用いる部隊だった。

「プラズマキャノンによる砲撃だったんだな?」

 直援ヘキサギアを偽装搭載したトレーラー内で、シングがこの部隊所属のガバナーに問いかける。その相手はトレーラーの天井側に固定されたモーターパニッシャーにしがみついたパラポーンだった。

「間違いねえです。食らったときのデータは同僚達と複数回検証しました」

「くふふ……。ヤツが着任したなら、これまでとは少し違う展開が待っているだろうなあ」

「ホホッ、創意工夫が楽しみですねえ」

 トレーラーの床面側に機体を置いたヘキサギア、シャイアンⅡのシート上でシングとフォーカスはそれぞれ笑いをかみ殺した。そこへ、輸送部隊の車列に混じっているパラミディーズから通信が入る。

『普段なら攻撃が始まるエリアに入ったそうだ。出撃準備をせよ』

 しかしその通信から十数分、部隊は何事も無く行軍を続ける。念のために先行したというガバナーやヘキサギアからも、いつもの地点に敵がいないという報告が返るばかりだ。

「な? ということはそろそろだ」

 そんなことをシングが部隊のガバナーに告げた途端、隊列先頭で爆発音が起きる。シングはトレーラー運転席に繋がる通信機へがなり立てた。

「呆気に取られてねえで開けろぃ! これがヤツのやり口なんだよぉ!」

 開放されたトレーラーから、シャイアンⅡはモーターパニッシャーと共に空中へ飛び出した。ほぼ同型機ながら格闘装備を廃し、揚力を増加させる主翼を装備したシャイアンⅡはいち早く上空へと展開していく。

『シング、フォーカス。こちらはパラミディーズである。上空から見るとどうだね』

「先頭の車両が爆発炎上しとりますなあ。フォーカス、ケツはどうだ?」

「油断しきってるのは見えてますがねえ。――いや、今攻撃を受け始めました。火砲による攻撃ですねえ」

 シングのタンデムシートから振り向き目を凝らしていたフォーカスが、面白そうに告げた。それを受けてシングも喉を鳴らす。

「ミスターは隊列先頭と最後尾を潰して来た。動きを封じて隊列半ばの車両も一網打尽にする算段だ! おい、火点を見たらすぐ攻撃に移れよ!」

「了解!」

 同じトレーラーに搭載されていたモーターパニッシャーから返事が上がる。その操縦をするパラポーンの背後には、ロケットランチャーを担いだタンデムガバナーの姿があった。

「パラミディーズ! ミスターのやり口だ! お手並み拝見といきましょうや!」

『ふん。ここでやってしまっても構うまい?』

 シングが通信する先、隊列半ばの輸送部隊指揮車両に並んでいたパラミディーズのトライクが、急速に跳ねる。その軌道上にある崩落したアパートの上に、獣脚類の恐竜じみたシルエットが立った。

 形態が大きく変化したが、それはパラミディーズが乗るヘキサギア、スイフトローバーであった。生物じみたそのフォルムは、ヘキサギアをコントロールするAIに自身を獣と誤認させその性能を大きく変化させる技術、ゾアテックスに端を発するものだった。

 スイフトローバーが恐竜型なら、シャイアンⅡはトンボ型であった。ギョロギョロと頭部のサーチライトを巡らせる機体を御しながら、シングはフォーカスに呼びかける。

「一瞬も逃さず見ていろよフォーカス! 奴を探し出すぞお!」

「ホホッ、お任せあれ! 思う存分乗り回して下さい!」

 獰猛な笑いを二人分乗せ、シャイアンⅡは廃墟の市街地へと降下していく。

 

 ミスターはこの数日間、図体だけは大きいショッピングモール跡地に張り付いた陣地を引きはがし、移動が容易い形態で周囲に広げることに心を砕いた。

 巨大で高さもあるショッピングモールの形態は、一見して周囲の市街地の中で要衝となるように見える。だが実際は老朽化した民生建造物でしかなく、高いエネルギー効率を誇る最新ヘキサギアの攻撃の前では無力だ。

 だが見てくれに目を奪われたカナズミ達は、部隊の攻撃力も指揮系統もそこに集中してしまっていた。それも、敵の攻撃を受けても頑なに陣容を守り続けてだ。抵抗から生還した敵がいる場合、これは威力偵察を受けたに等しい状況である。

 ミスターは即座にこの状況を改善する。崩落しつつも基礎部が堅牢な建築物を探すと、その場所の瓦礫に偽装したテントを張り司令部を移設。一回の攻撃で部隊の火力と指揮系統を失う危険性を排除した。

 さらに立体駐車場に集中固定配備されていた火砲にはジャンクパーツを取り付けて移動可能とし、周辺市街地の数カ所に隠蔽された砲撃陣地を設けた。敵の迂回、直援部隊による攻撃への対抗策だ。各火点よりさらに周囲には観測所を設け、四機あるヘキサギアの中からスケアクロウ型一機の武装を軽量化し、パトロール部隊として随伴ガバナーを指定した。

 数日の間に、新池16号陣地は危険な一点から、危険な地域へと姿を変えていた。そしてその一点で、ミスターは自身が用いる砲と共に射撃し、指示を飛ばしていた。

「敵輸送部隊本体は混乱している! 適当にロケット弾をばらまいて始末してくれ。路地へ入ってくる敵や、上空へ逃れた敵を重点的に迎撃しろ!」

『ラジャー、ミスター!』

 告げながら前後を抑えられたヴァリアントフォース輸送部隊へ三連射を叩き込むと、ミスターは砲を離れ真後ろで待機していたリトルボウへ飛び乗る。あらかじめ砲の尻をクレーンで把持していたリトルボウはすぐさま発進し、観測手としてミスターに随伴していたベイトが荷台に飛び乗った。

「すごい! 今回は輸送部隊丸ごといただけそうですねミスター!」

「油断はするな! 前回取り逃したモーターパニッシャーが今回もついてきてる! 地上のガバナーだって警戒しているはずだ!」

 ベイトの軽口をたしなめながら、ミスターは崩落した建物が作る斜面にリトルボウを滑り下ろさせる。路面へ降りて車体を全速で退避させる頃には、先程までいた場所へモーターパニッシャーがグレネードをまき散らすのが見えた。

 砲撃地点の一つは破壊されたが、砲撃手段は無傷だ。ここから残る敵集団へ攻撃を行うのがミスターの戦術だった。隠匿された砲撃地点はまだ多数存在するし、部隊規模に対して明らかに過剰な火器は予備として各地に隠してあるから万が一被害を受けても攻撃を続行できる。

『スケアクロウ3、四班火砲運搬完了! 対空戦闘を開始します!』

「無理はするなよ! 火力を集中されたら雑木林を利用して退避だ!」

 慌ただしく交信が行き交う通信を、リトルボウの車載AIクイントが編集しミスターへ繋ぐ。部隊のヘキサギアの中でも機動力があるスケアクロウ型は、砲運搬役と機動対空砲として改装されていた。資材の一部には、余剰火力となっていた固定砲が用いられている。

 戦力に隠蔽性と有機的な機動力を持たせ、敵を混乱の内に殲滅する。ミスターの陣地構築は一方的に攻撃し続けることが出来る強力な形態であった。

 陣地転換路として、倒壊した家屋に偽装した瓦礫のトンネルを抜け、ミスターは新たな攻撃地点にたどり着いた。偽装ネットの下でリトルボウは砲を設置し、ベイトが反動を抑えこむ副砲手用ハンドルを握り込む。

「ミスター! 思う存分やっちゃって下さい!」

「助かるよ!」

 すかさずミスターは砲手用ハンドルに飛びつく。砲から照準データを受け取ると、スコープ視界の中に空中機動するモーターパニッシャーが映り込んでいた。

 陣地後方に配置されたバルクアームαがばらまく対空榴弾によって、敵の空中機動ヘキサギアは有効な攻撃ポジションを取れずにいる。ミスターは車列に照準を移そうとしたが、ふと引っかかるものがあった。一体だけ、高い位置にいる機体がある。

「――ベイト、敵の中にモーターパニッシャーではないヘキサギアが見えないか?」

「えっ? ……あ、確かに一機だけ上空に位置している奴がいますね。モーターパニッシャーはあんなに高くは飛ばないはずです!」

 ベイトの言葉に、ミスターは視覚センサーを点滅させた。

「シング達か……! 各班、敵のトンボ型ヘキサギアに注意しろ! 対人火力に加えて、強力なガバナーが搭乗している!」

 警告を飛ばしつつ、ミスターは車列へと砲火を浴びせた。プラズマ榴弾の三点射で補給トレーラーの一台が炎上し始めるのを確認すると、すぐさまベイトへと呼びかける。

「よし、次だ! 敵の中には聡い奴がいる。火点転換のサイクルは早めないと」

「はい!」

 リトルボウに飛び乗ったミスターは、すぐに砲をクレーンで把持して移動し始める。だがその直後に、砲撃地点を隠蔽していたネットがその上の偽装瓦礫ごと踏み抜かれた。

「貴様か! 異端めが!」

 紫色に光るヘキサギアの眼光と共に、威圧的な声が降ってくる。パラミディーズが駆るヘキサギア、スイフトローバーの襲撃だった。

「……! ベイト、走れ! それとバルクアーム班に対地火力支援要請! 場所はここだ!」

「し、しかし!」

「俺が責任を取る!」

 叫びながら、ミスターはリトルボウの多用途フレームにひっかけていた自身のライフルをつかみ取った。銃剣付きのそれを敵へ向けると、意を決してベイトが走り出す。

「泣かせる献身であるなあ! だがそれも死滅から限りなく遠いその身であるからこそだろうに! 貴様、なぜあの救い様の無き者共に与する!」

 偽装ネットをスイフトローバーの脚部で踏み荒らしながら、機上のパラミディーズが叫ぶ。操縦ハンドルを左手で握りながら、右手では背面に懸架するスタニングランスのコントロールレバーを握っているのが見えた。

「――死を克服したと勘違いしている貴様らに比べればよほどましさ!」

 応じ、ミスターはライフルの三点射をパラミディーズに浴びせた。だがスイフトローバーが瞬時に体勢を下げ、弾丸は宙を射貫く。さらにスイフトローバーの袖口に備えられたグレネードランチャーから、一撃が飛んだ。

 瞬時に横っ飛びに逃れたミスターの背後で、グレネードが炸裂する。弾片と瓦礫が吹き飛ばされ、常人であれば失神かショック死しかねない衝撃がミスターを襲う。しかし膝をつくだけでそれを耐えたミスターは、後退したリトルボウから機銃掃射の援護を得た。

「小癪な……。シング! 貴様の宿敵を見つけてやったぞ!」

 スタニングランスとは逆側のシールドで身を守りつつ、パラミディーズは上空へ呼びかける。そしてスイフトローバーを後方へ跳ねさせると、入れ替わりに上空から鋭角的な軌道を描いてシャイアンⅡが接近してきていた。

「――フォーカス、あとは頼んだぜえ!」

「んもうまったく急に。困りますねえ」

 急降下と転じての急上昇の中から、飛び降りてくる人影がある。フェイスガード付きのセンチネル。シングだ。

「ンハハハハハ! ミスター! また会ったな! またぞろどうしようもない連中を助けているのかあ!?」

 着地の勢いを全身で吸収したシングは、その動作からバッタのように飛び出してミスターへ斬りかかった。背面から抜かれた分厚い刃のナイフを、ミスターは銃剣で受ける。

「シング! また貴様か! このストーカーめ!」

「つれないことをいうなよ英雄殿! あんたのファンだぜ俺は!」

 刃を受けられながらショットガンを向けてくるシングに、ミスターは転がって回避する。さらに飛び退いてシングの連続射撃から逃れるミスターに、シングはゲラゲラと笑いながら呼びかけた。

「人類のデータ化を掲げるSANAT。それに対抗するリバティーアライアンス――。しかしてその実態は、実のところ死にたくないだけ、データ化なんてどんな目に遭うかわからないだけのビビりの集まりだってのが事実なんじゃないですかねえ! そんな陣営のヒーローなら、真実は見えているんじゃねえかい『ミスター』ぁぁぁ!」

 瓦礫の影に身を隠すミスター。そこはリトルボウの機銃の射線上であり、援護が得られない。リトルボウが急速後退していくのを見送りながら、ミスターはライフルに着剣されている銃剣の具合を確かめる。

「生身の肉体でいる意義なんて考えたことも無い、よしんばあったとしても大した理由じゃない連中ばっかりなんだろうミスター! そいつらの『ため』だなんて考えているなら、楽にしてあげればいいじゃないかミスタぁぁぁぁぁ!」

 ショットガンを乱射するシング。その上空では、シャイアンⅡが旋回して戻ってきながら、尾部のガトリングを展開しているのが見えた。瞬間、ミスターは銃剣をライフルから外し、

「――貴様が決めることではない!」

 ショットガンのポンプ動作の合間に飛び出しながら、ミスターは銃剣を投げ放った。シングはその動作に一瞬遅れるが、

「――ハッ!」

 銃剣を顔面で受け、シングは発砲した。ミスターが持ち歩く銃剣は携行性を重視して、正式採用のバイブレーションソード型ではなく、より小型で無動力型のものだ。シングのフェイスガードの隙間に差し込まれたそれは、切っ先を内部まで届かせてはいない。

 だがそのシルエットが作る陰に、ミスターはその身を滑り込ませていた。シングが当てずっぽうな発砲から改めて狙いを付けようとする頃には、後退したリトルボウがクイントの操作で機銃の狙いを定めてきていた。さらに上空で砲弾が炸裂し、

「ああいけませんねえ! 後方にいるバルクアームが対空榴弾をばらまいていますよ! シング! 回収が出来なくなっては困りますねえ!」

 シングから操縦を引き継いだフォーカスが、シャイアンⅡを退避させている。シングはマスクの下から舌打ちを響かせると、フェイスガードに刺さった銃剣を引き抜き手近な瓦礫に投げ突き刺す。

「こんなしょっぱい戦場じゃあ決着もつけられねえなあ」

 悪態を吐いたシングは、飛び退くと退避していたパラミディーズに回収され、視界から消え去った。バルクアームの砲撃が続く中、ミスターは構えていたライフルを下ろす。

「……ベイト、ありがとう。砲撃が効いたよ。逃がしたけどな」

「いえ、この程度。しかしあの敵は?」

「俺のファンだってさ」

 シングが投げ放った銃剣を引き抜き、ミスターは嘆息するように呼気を放った。砲撃地点であったこの位置から見える敵車列は、すでに大部分が炎上し散発的な抵抗しか見えない。

 

 隊はかつて無い戦果を上げた。破壊された火点を引き上げ、破壊した輸送車両の検分に入るが、そこでミスターはカナズミ達に隊司令部への出頭を要請された。

 移設された司令部にミスターが訪れると、そこではカナズミが軍曹を引き連れ、どこか剣呑な表情を浮かべており、

「ミスター、これはどういうことですか」

「――どう、とは?」

 ミスターが訝しげに問うと、カナズミは部隊の指揮を統括するKARMAサーバーに接続された端末をテーブルに叩き付け、ミスターに示した。

「陣地が五カ所も破壊されていますね? こんな被害はここに配備されてから初めてだ。構築を指示したあなたの責任ですよ!」

「使用した陣地が反撃で破壊されるのは想定の範囲内です。人員も装備も反撃を受ける前に移動することが前提で、その旨は説明したし、実際に機能しましたよね?」

 カナズミが激昂する理由がわからないまま、ミスターは問い返す。しかしカナズミは、背後に取り巻きを置いているからか強気だ。

「あなたの想定通りかもしれませんけどねえ、破壊された陣地はそのまま、事実あなたも放棄するよう指示をしているじゃあないですか。じゃあこの後はどうするんです? どんどん陣地は減っていくことになるじゃないですか!」

「当然、破壊された分の陣地は新たに構築します。移動して、ですよ」

「そうですか。それを部下達に命令するわけですね。彼らの苦労も考えもせず」

 腕を組み、カナズミはふんぞり返る。その態度に対し、ミスターは睨め上げるように顔を上げた。

「苦労?」

 ごわついた機械音声の唸り声を上げ、ミスターは司令部から見える旧陣地、ショッピングモール跡地を指差す。

「まさか、あなたはあの建物に陣地を固定していた理由を部下達の手間を省くためとでも言うつもりですか? それが最善だとでも?」

「そうは言いません。しかしミスター、あなたが新しく構築した陣地は大きな戦果を上げることは出来ても部下達への負担が大きすぎる。あなたはそれでいいかもしれませんが、彼らはあなたのように駆け回り続けることは出来ないんですよ?」

「だから次善の策でも、負担が少ない手を取れと?」

 巨悪を糾弾するようなカナズミの眼差しに、ミスターは呼気を漏らし頭部甲冑を掻いた。そして腰に手を当て、

「そんな方法論で戦い抜けるようなヌルい戦争なら、もうSANATを滅ぼすことは出来ているはずですがね。我々は相手を殺そうとしているし、相手も我々を殺そうとしているんですよ。手を抜けばどうなるか想像が付かないんですか」

「私は手を抜けなどとは言っていません! 部下のことを考えろと……」

「それが手を抜いていると言っているんだ! 彼らを生き延びさせたいのなら、全力を尽くす以外に道は無い! あなたは自分も彼らも甘やかしているだけだ!」

 叱責するミスターに対し、カナズミは威嚇するように机を殴りつけた。民生品の折りたたみテーブルはアーマータイプの膂力によって容易く破砕するが、ミスターはそんなものには動じない。ただ揺るぎないミスターに、カナズミは拗ねたような視線を向け、

「あなたに考えがあるのはわかりますがね、そんな風に言われて私がどんな風に思うか考えたことはありますか?」

「あなたの機嫌で敵をどうこうできるというなら考えましょう。だが今は戦闘後の処理が先です。失礼」

 瓦礫を踏みしだき、ミスターは司令部を後にする。背後でカナズミと軍曹が何か言い争うのが聞こえてきたが、振り返ること無く、ミスターは再び壊滅した車列へと向かっていった。

 

 その夜。

 壊滅した輸送部隊から補給廠へ帰投する過程で、シング達は道を外れより北にある川を訪れていた。

 川と言っても、ヘキサグラム登場以前から市街地の中でコンクリートの護岸に囲まれやせ細っていたようなものである。長らく保全を受けていないことで自然に近い姿に戻っているが、心安まるような景色ではない。ましてや、夜中では。

「単なる道草ではなかろうな、シング」

 戦闘の中でほつれたマントを撫で付けながら、パラミディーズがつまらなさそうに周囲を見渡して言う。枯れた桜と朽ち果てた遊具が残る児童公園に、シャイアンⅡとスイフトローバーが駐機していた。

 フォーカスに川を監視させながら、シングは一度ヘルメットを開け携行食糧を口に放り込む。咀嚼しながらマスクを戻し、

「いやなに、ミスターがあれだけ立派な舞台を作っていやがったんで観客を呼ぼうと思ってね?」

「私がついてくる必要はあったのかね」

「もちろん、あんたの権限があった方がスムーズに事が運ぶ」

 楽しそうに掌をひらひらとさせるシング。すると、錆びたフェンスを掴んで川の流れを見ていたフォーカスが声を上げた。

「来ましたぁ!」

 途端、形を保っている護岸部に空いた下水道の出口から、こぼれ落ちる影があった。ヘドロにまみれたそれは、赤紫と緑の光を放つと多数の作動肢をのたくらせて暗闇の中に立ち上がる。

「あれは……SANAT直属の特務機ハイドストーム! なぜそれがここに?」

「よほど警戒されている場所で無い限り、旧来の地下水路が残っている地域には一機ぐらいは配備されてるのさ。俺達みたいな破壊工作員の支援機としてな」

「偵察情報や支援要請のアップロード端末としての役目もあるんですよお?」

 パラミディーズが呆気に取られる間に、ハイドストームは土手を上り三人の前に現れる。そしてその顔面から、ヘドロまみれのドロイドが路上へ降り立った。

『あなた方の献身を評価します……。用件をどうぞ』

 SANATが用いる標準的な女性機械音声に、パラミディーズが肩を震わせて跪く。その耳元へシングが耳打ちした。

「ミスターの陣地の情報をアップロードして、援軍を要請するんだ。上級ガバナーであるあんたの権限なら通りやすい」

 そう言ってシングは喉を鳴らすが、パラミディーズは心ここにあらずという様子だった。彼はSANATに心酔し機械の体を手に入れ、この陣営の戦士となった身だ。

 背部に接続した武装を外しコネクターを露出させたパラミディーズに、ヘドロまみれのドロイドが歩み寄る。その様子にマスク越しにもかかわらず臭そうに手をかざすシングは、同時に腰部ポーチから記録端末を取り出した。本来ならそれは任務中に『救出』した人物の人格データを保管するためのものだが、

「おや、何をするつもりですかな?」

「いやいや、舞台上にも俺達側でキャスティングした役が一つぐらいは無いと寂しいな、と思ってさ」

 そう言って笑い、記録端末を手の中で弄ぶシングに、同意するようにフォーカスもハウリングのような笑い声を上げた。

 

 


 
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