久しぶりにアークとゲイザーが噴水広場に現れるとファンたちは大喜びでした。
「アーク様、しばらくお見かけしなくて心配しておりました…」
「スランプに陥っていて活動を一時休止していました」
「アーク様でもスランプになるのですね」
「今日は新曲の発表に来ました。兄と僕の合作です。聴いてください…」
先日ゲイザー宛のファンレターを渡して着た女性は『ダーク・ラヴ』と書いてあるハチマキと服を着ています。
「ダーク様!私の無理なお願いを聞いてくださってありがとうございます」
アークがリュートをかき鳴らすと、ファンは一斉に静かになりました。
「僕らがこの世界に生まれたばかり頃、生の肉を貪っていたー。そんなある日、山火事が起きたのさー。その身を焼かれた獣たちはー。それはそれは美味な肉に変貌を遂げたー」
ここからゲイザーの考えた歌詞です。
「その肉を食した僕らの祖先はー。たちまちその味の虜になったのさー。濃厚なのにサッパリとしていて、ペロリと食べられるー。それは魅惑の味、ステーキ!極上の味、ステーキ!!」
間奏に入るとファンたちは黄色い声援を送ります。
「きゃー!アーク様、素敵ーッ!!」
「ダーク様、最高ーッ!!」
二番の歌唱が始まると、また鎮まります。
「時は流れ、僕らの時代になったらー。生の肉を食す事は野蛮と言われたー。焼かれた肉を食すのは高貴な者たちー。生の肉を食すのは虐げられた者たちー」
サビに入ると、ファンたちは両手を左右に振って、テンポに合わせます。ゲイザーもいつもより真剣に熱唱していました。
「僕らの身分は誰が決めたのかー。僕らは誰もが皆、獣だったー。獣が人間に進化して、同じ人間を虐げるようになったー。僕らは皆、昔は平等だったー。この世界の不条理は人間が決めた事ー」
騎士団の者が現れて噴水広場を包囲しました。
「ウーウーウー、アーアーアー、魅惑の味、ステーキ!極上の味、ステーキ!お口の中でとろける、その味に皆、虜になったー。誰が野蛮だと言うのかー。僕らは皆、昔から獣なんだー」
演奏が終わるとファンは割れんばかりの大歓声と拍手を送ります。
「みんな!僕は今日から宮廷楽士になります。もうみんなの為に歌う事は出来なくなるけど、僕の事、忘れないでください…」
「アーク様、行かないでー!!」
「嫌ーッ!!辞めないでー!!」
テオがファンたちを掻き分けてアークの前にやって来ます。
「アーク殿、宮廷楽士になる決心を固めてくれたのですね」
「はい、兄と相談して決めました。今日は最後のライブの為に作った新曲を披露したのです」
「とても素晴らしい歌詞でした。国王陛下もさぞかしご満足なさる事でしょう」
騎士団の者に連れて行かれるアークたちを、ファンは黙って見送りました。
「アーク様の歌をもう聞けなくなるなんて…」
「ダーク様のお姿を見る事はもう出来なくなるのですね…」
翌日、城の前までファンが詰め掛けました。『メサイアを返して!』と言う横断幕を持って座り込みをしています。
「あれは何だ?メサイアとは…救世主の事か」
「この前、テオドール様がスカウトして来た宮廷楽士の事ですよ。侍女たちの噂にもなっていて、アークとダークと言うイケメン兄弟が女性に大人気なのです」
「顔が良い奴は羨ましいな。女からモテて、よりどりみどりだ」
…つづく
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昔、書いていたオリジナル小説の第120話です。