No.954486

【にか薬】花野の秋、他三編【掌編集】

朝凪空也さん

ツイッターの薬研受けワンドロに投稿した作品など。

2015年11月15日 18:43

2018-05-31 14:05:39 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:479   閲覧ユーザー数:479

花野の秋

 

 

 夕さりて、風涼し。

 

「尾花おばな、萩はぎ、女郎花おみなえし、撫子なでしこ」

 

翡翠色の長い髪を揺らしながら、にっかり青江が歩いて行く。

 

「吾亦紅われもこう、野菊、桔梗、彼岸花、竜胆りんどう、露草」

 

その横を、薬研藤四郎が陶器のように滑らかな肌をした脚でがしがしと進む。

 

「『僕は野菊が好きだ』『君は野菊のような人だ』ね、薬研?」青江が言う。

 

ふう、と息を吐いて薬研は答える。

 

「そいつは何の引用だ?青江。」

 

「さあ、何だろうねえ。」

 

「お前はいつも俺がわからないと知っていて……」

 

「わからないからいいんじゃないか。」

 

「そういうものか?」

 

「そういうものさ。」

 

進む、進む。花野を分け入って。

 

「お前は蛇みたいなやつだな。」

 

「それは褒めてはいないよねえ。」

 

「さあな。俺は蛇は嫌いじゃない。」

 

にっと笑って薬研は言う。

 

「言ってくれるねえ。」

 

青江は楽しそうだ。

 

日が暮れれば、今夜は月も綺麗だろう。

 

 

<了>

 

すみれの花の髪飾り

 

 

 すみれの花飾りの付いた髪留めを持っている。

 

いつか祭りに行ったときに青江が夜店で買ってくれたものだ。

 

粗雑な作りがかえって使いやすく、気に入っている。

 

そう青江に言うとこんな返事が返ってきた。

 

「歌仙に小言を言われたよ。

 

目利きの出来ない君でもあるまいに、どうしてあんな貧相な品を贈ったのかと。

 

君、いつも使ってくれているから歌仙も気になるんだろうね。

 

でもさ、もし付喪神でもつく様な立派な品が君の髪を飾っていてごらん。

 

僕は嫉妬をしてしまうよ。」

 

それを聞いて俺は笑ってしまった。

 

相変わらず、こいつは何処までも道具だ。

 

 

<了>

 

オスマンサスの黄昏

 

 

 日差しが和らぎ風の涼しくなる頃、薬研藤四郎は縁側に腰掛けて書をめくっていた。

 

いつものその場所から見える景色はいつしか赤く色付き、本丸の庭はすっかり秋めいていた。

 

高い空を見上げると紫がかった鰯雲がゆっくりと流れていく。

 

と、門の方から賑やかな声が聞こえてきた。

 

(帰ってきたな)

 

薬研の頬が自然緩む。

 

遠征の出迎えであろう声が静まった頃、こちらに近づいてくる人影があった。

 

「ただいま、薬研」

 

にこにこと声を掛けたのは

 

「おかえり、青江」

 

にっかり青江だった。

 

「はい、これ、君に。」

 

そう言うと青江は薬研の頭上で握っていた左手を開いてぱらぱらと何かを降らせた。

 

「わ、何だ……金木犀か。」

 

「良く似合うよ。」

 

「お前なあ…。わざわざ拾ってきたのか。」

 

「まあね。でもそれはおまけ。本当のお土産はこっち。」

 

そう言って白装束から出した右手に握られていたのは蜜色の液体の揺れる一本の瓶。

 

「それ、まさか」

 

薬研は目を輝かせた。

 

「ふふ、たぶん正解。桂花陳酒だよ。」

 

「やっぱり」

 

「かの楊貴妃も好んだ宮廷の秘酒も、今では簡単に手に入るのだねえ。」

 

そう言って青江は薬研の隣に腰掛けた。

 

薬研はひょっと部屋に盃を取りに行きいそいそと戻ってきた。

 

艷やかな液体は玻璃の盃になみなみと注がれた。

 

ゆっくりとその芳香をかぐ。

 

「ああ、良いな。」

 

たまらないというような声に青江は嬉しそうに言った。

 

「この香りは変わらないね。ただの付喪神だった頃も、人の身を得た今も。」

 

 

<了>

 

くしけずる

 

 

 夜、薬研藤四郎は湯浴みを終えて部屋に戻る。

 

その部屋は正確には彼に与えられたものではない。

 

彼の朋友、にっかり青江の部屋だった。

 

初めは薬研も青江も互いの部屋を行ったり来たりしていたが、すぐに面倒になって青江の部屋を二人で使う形に落ち着いた。

 

果たして部屋には青江がいて、薬研におかえりと声をかける。

 

ただいまと答えながら薬研は勝手知ったる顔で布団をしき、ごろりとそこに横になる。

 

これから風呂に入るのであろう、身支度を始める青江を眺めた。

 

 青江自身はいつも品位を失うことはない。

 

が、実戦刀の性なのか、何事もどちらかというと効率を重視する所がある。

 

したがって普段の服装は最低限身だしなみが整っていれば良いという具合に割りかし無頓着だ。

 

しかし月に数度、その長い髪を丁寧に手入れする。

 

薬研はその様子を眺めるのが好きだった。

 

 まず小さな笄を外す。

 

すると組紐に巻きつけた髪がくるりと解ける。

 

組紐をほどく。

 

背中にたっぷりと広がった豊かな髪には結っていた痕もなにもない。

 

 青江の髪は不思議な色をしている。

 

光の加減で如何ようにも見えるそれはそのまま彼の性格のようだった。

 

時には緑の黒髪。

 

時には翡翠のように艶めいて。

 

時には瑞々しい新緑のように鮮やかに。

 

 今は行灯の光に照らされてきらきらと光るばかり。

 

絹糸のように細くしなやかなそれを一房手に取る。

 

先から少しずつ櫛を入れていく。

 

丁寧に丁寧に。

 

まるで自分のものではないかのように。

 

 そもそも彼ほどの実戦刀がなぜ髪を長く伸ばしているのか、青江に聞いてみたことがある。

 

短いと楽だぞ、と。

 

しかしまあ我らが姿形は伝承によるものが大きいらしく、「にっかり」と名付けられた以上仕様がないのだと語っていた。

 

 それだけではないのだろう。薬研は知っていた。

 

彼はいつも「彼女」とともにある。

 

にっかり青江の伝承に必要不可欠の彼女と。

 

薬研は知っていた。「何故髪だけをそんなに丁寧に手入れするのか」と誰かが彼に聞けばきっと彼はこう答える。

 

「彼女のものだからね。」と。にっかりと笑って。

 

 やがて青江の手が止まった。櫛を入れるのはしまいらしい。

 

風呂に入れば香油の匂いになってしまう。

 

薬研は青江に近寄りまだ彼の匂いのする髪を一房手に取り恭しく口付けた。

 

青江は笑ってお返しとばかりに薬研のつむじに口付ける。

 

戻ってきたら髪を乾かすのを手伝ってやろう、と青江を見送り再び布団に横になりながら思うが、それはそれまで起きていられたらの話だった。

 

 いつか上等なつげ櫛を贈ってやろう。彼女へも、青江へも。

 

雅なことはわからんから、歌仙辺りに聞いてみなけりゃなるまいな。

 

それとも髪の長い連中に尋ねるべきか。

 

などとつらつら考えている内に、薬研は心地良い夢の中へと落ちていった。

 

 

<了>


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択