その日は九月九日、重陽の節句であった。審神者の計らいで朝から本丸のあちらこちらに菊が飾られた。
「主もたまには風流なことをする」と雅と風流を愛する男、歌仙兼定は至極上機嫌であった。審神者が菊酒が用意できなくて申し訳ないと言いながらも広間に並べた沢山の酒は、酒好きの者達をたいそう喜ばせた。「今宵は宴じゃー!」「祭りだ祭りだー!」などと催事好きの者達も早速賑やかである。短刀から大太刀まで本丸総出で広間の飾り付けやら料理の準備やらが始まった。
「ああ……いいねえ……」にっかり青江は楽しげな騒ぎを遠巻きに見ながら呟いた。
「お前は混ざらねえのか?」短刀達の集まりから抜け出してきた薬研藤四郎が問いかける。
「いや、歌仙くんに料理を手伝うように言われているよ。もう行かなくてはね」
青江が返答する。
「そうか。あんたらはいつも仲が良いな」薬研が言うと、
「おやおや、妬いているのかい」青江がにやりと返す。
「じょーだん。しっかり手伝えよ」肩を小突く。
「もちろん。ではまた」ひらりと手を振る青江に「おう」と返し薬研はまた短刀達のもとへ戻った。
夜、宴もたけなわとなった頃。
青江と薬研の二振りは、広間を抜け出して涼しい風の吹く縁側に腰掛けていた。薬研の指定席、青江の左側。
「君と菊の節句を祝えてとても嬉しいよ」青江がゆっくりと酒を舐めながら言う。
「そうかい」
「うん。菊の節句の酒にはね、飲む人の邪気を祓って長寿を願う意味が込められているんだよ」だから、とちらと薬研を見て続ける。
「だから君に飲んで欲しかったんだ」
「青江……」なんてね、と青江は笑った。
薬研はしばらく自分の杯の酒をぐるぐると回しながら眺めていたが、
「お前も飲め」ぐいと青江の杯に酒を注いだ。
「もうたくさん飲んでいるよ」青江が笑いながら言う。
「俺は意味を知らなかったからな。仕切り直しだ。そら」杯を掲げるとそれは青江にも伝わったようで
「乾杯」
二振りは改めて杯を酌み交わした。
いずれ終りが来ることは知っている。だがそれでも、どうして願わずにいられようか。
(愛しいひとがどうかいつまでも幸せでありますように)
菊の夜は賑やかに、静かに、更けていった。
了
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薬研くん達にも菊の節句をお祝いしてもらいたいなと思って書きました。
2015年9月10日 11:49