No.953925

うつろぶね 第十一幕

野良さん

式姫プロジェクトの二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/953726

2018-05-27 09:07:14 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:574   閲覧ユーザー数:561

 男衆は力の限り櫂を操り、船を漕いだ。

 魚が獲れる。

 それも、信じられない程の群れだと。

 獲れれば銭になる……女房子に満足に食わせてやる事も出来るし、彼ら自身も相応に遊ぶ事が出来るのだ。

 その思いが、腕に力を与える。

 鍛えた腕が軋むほどに、彼らは帆を上げた上で、更に速度を上げるべく漕ぎに漕いだ。

 だが、そんな狂熱の中でも、ふとよぎる疑問がある。

 この船に乗り込むとき、網元が船に運び入れさせた瓶。

 水は判るが、他に、味噌や塩だというが、あんな綺麗に、厳重に封をされた重い瓶は、少なくとも彼らは見た事はない。

 そして、それらを運び入れる様を、殺気だって見ていた網元の顔。

 あんな顔を見たのは初めてだ。

 ここの網元は、荒っぽい漁師の頭目の中では、比較的穏やかな人柄で知られている。

 だが、夜漁への出航を命じた彼は、漁師達が疑問など口にしようものなら、その場で叩き殺されそうな雰囲気を纏っていた。

 そんな異様な空気の中での、出航。

 だが、そんな疑問も、魚が獲れるという喜びの前では色あせる。

 波を切り裂き、矢のように船団は進んでいく。

 暗い海を、ただ目の前を微かに照らす、灯りと、星も見えない空にぼんやりと浮かぶ月だけを頼りに。

 

「おい『例の島』までどの位だ?」

 網元が、傍らに立つ漁師に小声で問う。

 網元は、この辺りの海の事なら知悉している。

 その彼が知る限り、この先の所に島なんて無かった筈。

「もうすぐでさぁ……もうすぐ」

「もうすぐって言うがな、この辺に、人が住んで商いしてるような島なんて」

「あの島は、普段は見えねぇんですよ」

「なん?」

 声を失う網元に、漁師は異様な笑みを向けた。

「そもそも、あれだけのお宝を気前よく分けてくれるのが、その辺の人の訳がねぇでしょう?」

「それじゃ、いってぇ」

「さぁて、竜宮のお人……でしょうかねぇ」

 くつくつと低く笑い声を響かせてから、漁師は海原を指さした。

「私らはひたすら北に船を走らせる……そうすりゃ、あの人らが気に入った所で、向うから出てきやすよ」

 そういう、約束になってるんですよ。

「おめぇ……おめぇは」

 異様な漁師の言い種と雰囲気に網元は背筋にうすら寒い物を感じた。

 だが、考えてみれば、この漁師の言う通り。

 こんな近在に、そんな景気の良い人々が住んでいるなら、とっくに自分たちはそれを知っている筈。

 それを知らなかったという事は、そいつらは。

「野郎ども、船を!」

 船を返せ。

 そう網元が怒鳴ろうとした、その時だった。

「見えやした」

 舳先につりさげられた、大きな漁火の灯りの中に。

 ぼんやりした月明かりの下に。

 いつの間に現れたのか……。

「……あの島だ」

「あ……あん時と、一緒だ」

 船団から、幾つか茫然とした、だが歓喜に満ちた声が上がる。

 遠浅の白砂を敷き詰めたような浜。

 こんもりした風よけの森。

 その奥に見える、人家の灯り。

 異様などよめきが船団を満たす。

 あの日、あの女に案内されて訪れた、富に満ちた島だ。

 もう、魚の事など、彼らの頭には無かった。

 周囲の小舟が、我勝ちに櫂を操り、浜に乗り上げ、もどかしそうに船を陸に引き揚げ始める。

 船を返す機を失い、茫然とする網元の顔を覗き込んで、漁師はにまりと笑った。

「そういやぁ、網元は、実際に脚を踏み入れるのは初めてでござんしたねぇ」

 漁師が島を指さした。

 不可思議な……使いきれない程の富を蓄えた、海に浮かぶ幻の市。

 

「海市へようこそ」

 浜にぽつねんと佇む、白木の小舟。

「ととの船だ」

 簡単な物だが三角帆も上げられるようになっており、小型のこれは、寧ろ船団を追いたい仙狸としては都合が良い。

「済まぬな、借り受ける、小僧殿も出航を手伝って下され」

「心得ました」

 見守る洟垂れの前で、仙狸と寺の小僧が船の両脇に付き、海に向かって船を押す。

 華奢に見えても、そこは式姫である、仙狸の力に押され、小舟が軽々と浜を滑り、たちまち海に浮かぶ。

 裾と足袋を海水に濡らしつつ、海に入ったと見た仙狸が、海水を跳ね上げながら、小舟の中に身を躍らせた。

 そして、もう片側で船を押していた小僧が船のへりに掴まっているのを、こちらも船内に引っ張り上げて、仙狸は浜の方に目を向けた。

 洟垂れが二人を追って、必死で砂浜を駆けて来る。

 まさか、同行しようとうのか……。

 連れて行くなど論外だが、このまま、この浜に留まっているのも危うい、仙狸は声を張り上げた。

「坊よ、礼を申す、送ってやれぬで済まぬが、寺まで行き、母上と共に待って居ってくれ」

 だが、洟垂れは脚を止めなかった。

 サクサクと砂を踏む足が、波に洗われる。

 それを見て、小僧も洟垂れに顔を向けた。

「君は早くお寺に……」

 

「かくねーちゃん!」

 

「……え?」

「む!」

「ととを……おらのととを、たすけてくれ!」

 洟垂れの言葉に、小僧がばつの悪そうな顔をして、そのつるりとした頭を掻いた。

「なんだかなぁ、バレてたのか……かっこ悪いなぁ、もう」

 小声でそうぼやいた顔が、たちまちの内に赤毛の眩い、活発そうな少女のそれに変わる。

 カクはその顔を浜に向け、大きく手を振った。

「おう、坊やのととさんの事は、このカクねーちゃんに任しとけ!」

「ん!」

 

 浜から離れて行く船の中で、カクは小僧の着物を脱ぎながら苦笑した。

「やれやれ、子供一人騙せないとは、我が変面、未だ未熟なり」

「そうでは無かろうよ」

 意外になれた手つきで、帆を張り、横木の位置を調節しながら、仙狸はくすっと笑った。

「どういう事だい?」

「あの子は、お主の事をよく見て居ったのじゃろうよ」

 それが面白い存在としてなのか、年上の女性に抱く、少年のそれなのかは、知る由も無いが。

「知識が乏しい故に、逆に先入観を持ちえぬ、故に子供の生(き)の観察眼と言うのは、侮れぬのじゃ」

「そうだね」

 ここ数日、子供相手に劇をやってみてつくづく思った。

 彼らには彼らの理があり、楽しみ方があり、そして、明確な個や知性があるのだと。

 寧ろそれは、社会に溶け込む為に、平準化を施された大人のそれより、まだ丸められぬ鋭さに満ちているのだと。

 カクの言葉には、そんな実感が込められていた。

 どちらに勝り劣りがあるというのではないが。

「大人と子供の騙し方は、違うという事じゃな」

「良い勉強になりました」

「殊勝じゃな」

 舵を取り、片手で器用に櫂を使うカクと、帆を張り、風を捕まえようとする仙狸。

 忙しげに立ち働きながらも、二人はそんな会話を交わし続けていた。

「ねぇ……仙狸さんは、それを私に教えたかったのかい?」

「いや、わっちの思惑はもっと何というか、下種な話じゃ」

 ほろ苦く笑いながら、仙狸は天を見上げた。

「子供達同士の付き合いというのは、大人とは違う形で情報が飛び交っておる物じゃ、浜の大人連中が隠したい話が、子供経由で知れたら良い、そう思っただけじゃよ」

 帆綱を引き、帆の張りを見ながら、仙狸は今回の己の行動を振り返っていた。

 確信を抱いて動いていた訳では無い……ただ、可能性の在りそうなところを想定し、ところどころに網を張った。

「実際、今宵の事もわっちだけで動いておったら、随分後手に回って居ったじゃろう……子供たちの間に入り込んでくれておった、お主のお蔭じゃ」

「そっか……」

 帆が大きく風を孕む。

 船足が、何かに引っ張られでもするかのように、ぐんと早くなる。

 帆は大丈夫と見たか、仙狸は次いで舳先に立った。

 空中で何やら印を切り、口中でつぶつぶと呪を結ぶ。

「船よ船、汝が主の元に、疾く駆け至れ」

 その言葉が終わると同時に、カクの手元で舵が勝手に動き、船がぐうと舳先を転じた。

「こりゃ驚いた、船を操るなんて、どんな術を?」

「とある事件の折にな、童子切殿より、失せ物探しの術にもかような使い方がある事を学んだのじゃよ。もう漕がずとも良いぞ……戦に備えて英気を養ってくれ」

 主を探す呪を掛けられた軽量の小舟が、波の上を飛ぶように走りだした。

 舵から離れ、舷側に背を預けて座ったカクが前に座る仙狸を見た。

「ねぇ、仙狸さん」

「何じゃな?」

「さっき聞けなかった話の続き、して貰って良い?」

「そうじゃな……蛭子は国生みの、原初の力であり、『えびす』でもある、という所までじゃったな」

 ふぅ、と息を吐いたのは、疲れだったのか、嫌な事を話さねばならぬ、その重い心の表れか。

「海を漂う力はいつしか散り散りになっていった……だが、流石は神々が日ノ本の国を作らんと集めた力よ、それは消える事無く千々になっても、一つ一つが力を持ったままあり続けて居る」

 今でも……な。

 ざざん、ざん。

 波を切っていく船の上。

 陸が見えなくなると、この船の上にしか確固たる場所など無くて。

 ただ、広大極まる空間に放り出されたような、ぼうとした不安感。

 こうしてみると、確かに……この広大な海の上では、何が起きようと、何が漂って居ようと、不思議など無い、そんな気分になってくる。

 思えば変な話だ。

 幻、噂、得体のしれない不漁、そして不安。

 この地には、そんなぼんやりした物が渦巻いている。

 その極め付けが、神代から続く、ぼんやりした力とは……何とも。

「そんな海を漂う力を、偶然からその身に納める存在も出て参った、その一つが貝じゃ」

 二枚貝の中には、異物を体内に取り込み、それを核として真珠を作る物がいる。

 そんな貝が蛭子の力を取り入れた時……。

「稀な話じゃが、蛭子の力を取り込んだ時、世にも巨大な真珠が産まれるのじゃ」

 蛭子珠。

 そう呼ばれる、力の結晶。

「じゃが、まぁ、その力と美しさ故に、蛭子珠は妖や人が良く狙う所でな」

 多く、その貝は狩られ、体内に秘した蛭子珠は奪われる。

「そんな物が人の手に渡った時、多くは王侯貴族が人知れず秘匿する物じゃが、稀に恵比寿の神として、寺社に祀られる事がある」

 蛭子珠は、元は大地となるべきであった力の塊である。

 祀るだけで、その周囲の土地は活力に満ち、山川を潤し、その力が流れ込む近海を豊かにする。

「あの寺もそうじゃ、尤も表むきは違うがの、秘仏として、代々の住職だけが引き継ぐ、秘中の秘として、エビスを祀っておった」

 仙狸の言葉に違和感を感じ、カクは眉間にしわを寄せた。

「祀っておった……って昔はって事?今は?」

「今は」

 それを語った時の、住職の、苦衷に満ちた顔が浮かぶ。

「あの寺には無い」

 先代の住職は……私の師は、一人の女性に恋い、そして狂い申した。

「今より数十年前に、失われた」


 
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