No.953726

うつろぶね 第十幕

野良さん

式姫プロジェクトの二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/953555

ほんとに御免なさい……第十一幕最初に上げちゃいましたので削除しました。

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2018-05-25 21:32:46 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:688   閲覧ユーザー数:671

キャライメージ

仙狸

カク

 

「教えてよ!一体何が起きてるってのさ!」

 緩やかな斜面を駆け下りる仙狸に追いついたカクが、半ば怒鳴る様に傍らの仙狸に声を掛ける。

「済まぬな、とにかく先に和尚に話を付けねばならなかったのじゃよ」

「そりゃ、何となく判るけどさぁ、結局、仙狸さんも裏でいろいろ探ってたって事でしょ」

 このカクには、子供の相手をさせておいてさ……。

「それって、なんかずるいよ」

 ぷーっと頬を膨らませるカクの可愛らしい顔を愉快そうに見てから、仙狸は表情を改めた。

「済まぬな、こういう田舎の人は詮索を嫌うでな、わっちらが何か探りに来ていると知れては、寧ろ真実から遠ざかるのじゃ」

 お主、そういう腹芸は苦手じゃろ?

 芸人としては達者だが、至って素直で信じやすい、人に真っ直ぐぶつかる性質のカクである。

 好ましい性格ではあるが、何かを探りあうという場面においては、それは弱点となる。

 その自覚があるカクが、渋々といった様子で矛を収めた。

「……判ったよ、それで、敵は何なんだい?」

「敵は蜃じゃ」

 この話を聞いた当初の皆の想像通りの結論を口にした仙狸の言葉に、逆に虚を突かれた様子で、カクは顔をしかめた。

「蛤のオバケ君なら、私たちがそんなに慌てる事は無いんじゃ?」

「常の物ならば、そも敵にはならぬよ、海上にて幻を吹いておる程度は夏の風物詩、可愛い物じゃ」

「それじゃ、何故」

「奴が吹くのは、本物の陸地じゃ」

 カクの言葉を遮って、端的に発せられた仙狸の言葉に、カクの表情が強張った。

「……え?」

 そんな馬鹿な、そう言いたげなカクに、仙狸は言葉を重ねた。

「奴は自在に大地を現出させる事が出来るのじゃ」

 あたかも幻のように。

 一夜の裡に都市が存在する大地を顕し、一夜で消し去る。

「そんな事が?」

「無い話では無い、似たような真似が出来る仙人の噂は、天仙から聞いた事がある」

 

 心気を天地自然と完全に一体化させ、その心のままに絵筆を振るい、描いた光景や物を、この世に現出させる大仙。

 お主には出来ぬのか?

 天仙は絵の達者。

 さらりと筆を走らせるだけで、天地のあらゆる物を、今にも動き出しそうな程に生き生きと紙の上に描き出す。

 そう聞き返した仙狸に、彼女は珍しく困惑した様子で肩を竦めた。

(私の絵では何故か無理ね、彼女が言うには、私の絵は、『人の絵として完成され過ぎている』んですって)

 何でかしらね……そう天仙は首を傾げていたが、彼女の師匠だという人物の言葉は、仙狸には何となく判る気がした。

 天仙は絵を描こうとしているが、その大仙はそもそも絵を描こうとしていないのだろう。

 気が付いたら筆が彼女の心のままに動いて、彼女の心に描いた世界を描き出している。

 才能や能力の差と言うより、向き合い方の違い。

 そういう事なのだろう。

 

「つまり、そういう仙術を使える蜃だってこと?」

 ふと逸れかけた意識が、カクの言葉で現実に引き戻される。

 悪い癖じゃ……そう心中でだけ苦笑して、仙狸は顔を真面目な物にした。

「いや、あれは秘術中の秘術じゃと聞く、そうおいそれと妖に使える物では無い、ただ、言いたいのは、気を変じ実体化させるという事は不可能では無いという事よ……力さえあればな」

 奴の力は別の物じゃ。

「力……でもそれだけの力があるなら、既に蜃ではなく、龍にでもなってるんじゃ」

 蜃は蛟の類。

 幾百、幾千の年月、天地の気を喰らい、力を蓄え、龍と変じる。

 だからこそ、大仙に匹敵する力を持ちながら、蜃のままであるなど、本来ありえない。

 カクの疑念は至極尤もな物。

「そこじゃよ、わっちもそこがどうしても判らなかったのじゃが」

 それが、あの住職の話で、ようやく得心が行った。

 

「カクよ、お主、この国で祀られる恵比寿という存在がいかなる物か、把握しておるか?」

 唐突とも言える仙狸の言葉に、カクはきょとんとした顔を浮かべて、首を縦に振った。

「当たり前だよ、そもそも、このカクも、仙狸さんも、この国の人から見たら恵比寿神の類でしょ?」

 カクも仙狸も、元は大陸、唐の国より来たりし、客人神(まろうどかみ)。

「違いない、確かに恵比寿は異国、異郷、異なる集団からやって来た神の総称よ、じゃがな」

 だが。

「それだけでは無いのじゃ」

 『えびす』は恵比寿であり胡であり、夷であり、戎。

 だが、それ以外にも。

「この日ノ本には、太古から、『えびす』と呼ばれる存在がおる」

 それは、この日ノ本の国が産まれた時と、時を同じくする。

「どういう……事?」

「この国の創生神話にこうある」

 伊弉諾、伊邪那美、二柱の神、矛にて海を撹拌し引き上げる、その折滴った泥より、日ノ本の国は生まれ出でたり。

「天竺にも似たような話が有る、国生みのお話だよね……それがどうかしたの?」

「乳海撹拌か、言われてみるとそうじゃな……それはさておき、その国生みの前に、御二方が国を作るのに失敗した話は知っておるか?」

「そうなの?それは、知らないね」

「左様か、まだ力の使い方に不慣れであったお二人はな、この国を作る時、一度失敗しておるのじゃ」

 国を作れるほどの力を集めた物の、それは土と岩からなる、明確な形を取らなんだ。

「その、失敗した力の塊を、御二方は海に流されたのじゃ」

「海に……」

「そうじゃ」

 緊張した顔で、仙狸の言葉に聞き入るカクをじっと見て、仙狸は言葉を続けた。

「その存在を蛭子(ひるこ)と言う」

 虫の蛭に子供の子。

 ぶよぶよとしたその姿は、形為さなかった力に、似つかわしい名じゃな。

「仙狸さん、でも、それが一体どうしたってんだい?」

 その、若干いらだった様子のカクの声を聞きながら、仙狸はちらりと顔を空に向けた。

 幻のような、儚い光を朧に光らせる月。

 幻のような財貨を求める人々。

 幻の安逸に身を委ねる人々。

 そして、幻のような、実体も目的もなき、ただの力の塊。

「蛭子はな……」

 幻とは、実体とは。

 一体何なのじゃろうな。

「えびす、とも読むのじゃ」

「……な!」

 漁火を赤々と焚き、男たちが出航していった。

 遭難していた岩礁の近くで、鯖の大群が見つかったという、洟垂れの父親の言葉に、浜が沸き立った。

 そして、網元自身が、沖での漁に使う大船を出し、浜の漁師全員を引き連れて繰り出す程の、久しぶりの漁であった。

 漁火が見えなくなるまで浜で一同を送っていた、残された女房子供や老人が、あちこちで興奮にざわめく。

「あんにゃろうが夜漁になると言ってやがったのはこの事けぇ」

 いや、転んでもただでは起きねぇとは、良い根性してやがる。

 がっはっはと笑いながら、老爺は秘蔵の酒をぐびりとやった。

「爺さんも行けば良かったのにねぇ」

 久しぶりの稼ぎの予感に、洟垂れの母親の声も明るい。

「馬鹿ぁぬかせ、わけぇのに花道譲らねぇ、いつまでも若い気でいるジジイなんぞ、みっともねぇったらありゃあしねぇ」

 俺の年になりゃなぁ、一杯ひっかけてから、浜でワカメでも拾ってるのが丁度良いんだよ。

「違いないねぇ」

 漁場まで案内するために、彼の夫は今、網元の船に同乗し、船頭となって案内をしているという。

 つまり、それだけ分け前も約束されたような物。

「久しぶりに赤ごはんでも炊こうかいねぇ」

「……ん」

 母親の言葉に、だが傍らに立って海をじっと見つめていた洟垂れは、浮かぬ顔で生返事を返した。

 いつもなら、食べ物の話には俄然食いつく子供なのだが……。

「どうしたい坊よ、なんか元気がねぇな、腹でもイテぇのか?」

 老人が覗き込んでくるのに、洟垂れは首を振った。

「んにゃ、なんでもねぇ」

「そうけぇ」

 元々が、さまで気の回る老爺ではない、徳利の酒をまた直に口をつけてぐびりとやってから、高らかに大漁祈願の歌を塩辛声でがなりだす。

 

「ああっ、遅ぅ、遅ぅございましたか!」

 

 その時、一同の後ろから甲走った少年の声が響いた。

 せいせいと息を吐く……夜目にも顔が汗に濡れ、背中が上下する様が見える。

「寺の小僧さんじゃねぇかい、どうしなさったぁ?」

 歌を止めて、小僧の方に歩み寄ろうとする老爺の胸に、小僧が逆に飛びついた。

「私、和尚様からの伝言を、網元様にお伝えに参ったのです。なのに、ああ……何と、手遅れでした」

 そこまで一息に言って、がっくりとうなだれた小僧の肩を親爺は掴んだ。

「朝にゃぁけぇってくらぁな、それまで家で休んででも遅くは」

「遅いのです!」

 小僧の剣幕に、周囲に人だかりがする。

 その中心で小僧は泣きぬれた顔をキッと上げた。

「妖怪です、海から妖怪がやってくると、仏様よりお告げが有ったと和尚様が仰ったのです」

「何じゃと、あの和尚がか?!」

 老爺の声が狼狽の色を帯びる。

 あの和尚や、この小僧が、軽薄さや冗談とは無縁である事は皆知っている。

 何より、彼が妖怪が出るなどと言いだした事など一度も無い。

 逆に言えば、夜中に小僧を走らせてそれを告げに来るとは、余程の事態……。

「皆さまは、せめて皆様だけは、寺の方に、高台の方に落ち着いてお逃げください、ここは危険です!」

 小僧の声の緊迫感に押され、幾人かが慌てて走り出し、それを見た群衆が雪崩を打って動き出す。

 その中で、まだ踏みとどまっていた数人が小僧に-彼に行っても仕方ないと判っているがー悲痛な声を上げる。

「あいつらは、男衆はどうなるだ!」

「……あの人はどうなっちまうんだい」

 

「間に合うかは保証できぬが、わっちが呼び戻してこよう、船を貸して貰えぬか?」

 

 後ろから、穏やかに掛けられた声に、幾つかの篝火が向けられる。

 火灯りのの中に秀麗な顔、そして、その頭に並ぶ獣の耳と、ふわりとした尾が浮かぶ。

「……式姫だ」

「そういや、近所に湯治に来てるって、タミさんが言うてたな」

 集団の中から上がる声に軽く頷いてから、仙狸は再度声を上げた。

「ご住職に頼まれたのじゃ、詳しい事情は知らぬが、妖絡みとあらば、わっちが引き受けよう」

 式姫という存在が、どちらかと言えば人の側に立ち、大いなる力を振るってくれる事は、あちこちで語られている。

 そして、彼女が住職に頼まれたと明言した事。

 それが、自分も逃げたいが、大事な人を置いては逃げられない、その狭間で葛藤していた彼らの心を最後に押した。

「頼みてぇ……だども、男衆総出で鯖漁に出ちまって、船と言うても……」

「ふねなら、ととのがあるだ」

 ととは、あんないやくだって、あみもとのでっけぇふねに、のっただ。

 だから、ととのふねは、はまにあるだ。

 件の洟垂れが、こっちだ、と大声を上げて走り出す、その後を仙狸と篝火を手にした小僧が追った。

「坊、戻るだ!」

「ご子息は船まで案内してもらった後に、寺に向かわせる!そなたらは一刻も早く逃げよ!」

 仙狸の鋭い声が、後を追おうとした母親や老爺の足を止めた。

 淡い月明かりの中で、洟垂れが手にした、細い篝火の火だけが、闇の中を駆けていく。

 あの火を追って走るにせよ、闇の中では、後を追うのも難しい。

「……わしらも行こうかい、何、小僧さんも付いてんだ、坊も一緒に、無事に寺まで来るだろうよ」

「……ああ」

 んだな、そう力なく頷いて、老爺と母親は、寺への道を駆けだした。


 
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