じきに二十年ぶりに本当の冬が来るそうで、冬が来たらもっとたくさんの犬を飼わないといけない、とみんなは思っていて、それでありったけの犬をみんな買い込んで、犬が部屋にたくさんいるようになるまで努力しなくてはいけなかった。でも、犬がいたところでブリザードがやってきたら無意味なのだから、結局は時の運なのだ。冷気は壁の隙間から、どんどんどんどん部屋の中に入ってきて、そして私たちは釘を打てるバナナみたいにかちんこちんになって死ぬだろう。
とはいえ死にたくなければさしあたり犬は集めなければならない。
犬がどこにいるかというと、犬の工場から買ってくるのが一番手っ取り早いのだけれども、そんなお金を持っていない人は地面に植わっているものを引っこ抜いてくるか、海から流れてくるのを拾いに行くか(ただし乾かすのが大変だ、犬の毛はふさふさ)、側溝に嵌まっている犬を助けるかのいずれかだ。
闇の犬上人から買うという手もあるのだけれども、お上人さまの売る犬のお値段はお高いし、だいいちお上人さまはたまにしか来ない。日本全国を数百匹の犬を連れて旅しているお上人様は、来るときには必ず犬笛を吹いて津波のようにやってくるのだ。
それで私は海へ犬を探しに行くことにした。台風の次の日などは海岸に犬がたくさん流れ着いていることがあり、そういう時はたくさんの犬拾い人が朝から海岸を探し回っていることが多い。そうでなくてもこの季節(普通の冬)は時化の日が多くて犬が流れ着いていることが何日もあったから、私は風の吹いた次の日に犬を探しに行った。犬を探しに行く前の晩、私は久しぶりに子供の頃に戻ったようにわくわくして眠れなかった。
朝まだき、私はお母さんに犬を探しに行くよと伝言メモを残して家を出た。
朝だというのに通りには人がたくさんおり、みんな冬に備えて犬を集めているらしかった。でも海に拾いに行こうとしているのは私くらいで、そのほかの人たちは地面に植わっているものを引っこ抜いたり、山から連れてきたりするほうを考えているらしかった。こんな寒い日に、海にはいきたくないのかもしれない。
家を出るときはちょうど朝日が昇るところで、私は軽食に持ってきたビスケットをぼりぼりとかじり、犬を探す元気を出した。
あみちゃんが私と同じ方向に歩いてきていて、犬を拾いに行くのかな? と聞いてくるので、私はそうだよと答え、あみちゃんも? と尋ねると、あみちゃんの一家はもう工場からたくさん犬を買ってしまったらしく、本当は犬などはいまさら拾いに行かなくてもよかったのだ。
でもあみちゃんは工場製の犬はみんな均一で、毛並みもそれほどよくなく、第一油でぬるぬるしているしメタリックなのだ、と言ってあんまり気に入らないみたいなのだった。それであみちゃんは自分の部屋だけでも天然の犬を用意したいのだ、と言って、海に犬を拾いに行くところだった。
そんだったら一緒に行こう、と言って、私たちは海へ向かうことにした。いい犬が見つかったら、半分こしようと私はあみちゃんと誓い合った。
長い地下ダムのトンネルを抜けるとその向こうは海だった。私たちは海辺を歩いて犬が流れ着いていないかどうかじっと波打ち際を見て回った。あみちゃんが「あっ犬ぅ」と走っていったらそれは犬ではなくて猫だったりしてがっかりするということが何度もあった。猫はたくさん流れ着いているけれども、より温かいのは犬なので、私たちは犬を拾わなければならなかった。
三十分ぐらい海辺をうろうろしていると、やっと一体の犬が流れ着いているのを見つけて、私たちは飛びついたけれども、犬は小さくてとても暖は取れないくらいの大きさだった。私たちはどうしようか迷ったけれども、もう少し大きな犬が見つかるまでとりあえずそれはクーラーボックスの中に入れておいて、もしこれよりも大きな犬が取れたら、代わりに海へ戻そうということになった。犬はクーラーボックスの中でスイスイと泳いでいた。
それから一時間ほどかけて紫色の犬、毛の長い犬、首の長い犬、足の長い犬を拾って、私たちはもうこれくらいあれば十分だろうという感じになった。それでお互いに拾った犬を半分に分け合って、家へ帰ることにした。
お互いの家へ帰る前の十字路で私たちはお互いにひしっと抱き合って、本当の冬が来てもきっと生き残ろうねと固く誓い合ったけれども、私は泣いているあみちゃんを見てもどこか冷めた気持ちで、死ぬときは死ぬんだよと思って唇の端をきゅっとかみしめた。
家に帰ると母は起きていて、私のクーラーボックスの中身を見て「あら、まあ、ドッグ」と驚くでも喜ぶでもなさそうな顔をして無表情に言った。私は別に母に犬をあげるつもりはなかったけれども、そのリアクションがあんまり無表情なものだから、一匹あげてご機嫌を取ることにした。母は紫色の犬を首に巻いて、これはこれでいいかもねと言った。犬は大人しく、無言で首に巻かれていた。
部屋に戻って、犬を部屋の中に離すと、犬たちは最初おっかなびっくりで部屋の中をうろうろしていたけれども、しばらく時間が経つと新しい環境にも慣れたのか、やがてもう既に部屋の中に放ってあるほかの犬と同化して大人しくなった。
私は私の部屋の長い大きな隙間が埋まるまではもうちょっと新しい犬が必要だろうな、と思ったけれども、本当の冬さえこなければこのぐらいでも平気であろうとは思われた。
その後、居間へいってお母さんと一緒に朝ごはんを食べているとお父さんが珍しくこんな早い時間に二階から降りて来て一緒の食卓に着いた。裏の用水で取ったフナを食べていると、お父さんが「僕も犬が欲しいな」とぽつりと言うので、今度一緒に海に行って取りに行こうかと、柄にもなく誘ってみると、お父さんはちょっとうれしそうに笑った。
フナの臭いを嗅ぎつけて、部屋の犬壁たちがちょっとだけお腹が減ったというふうな声で鳴くのが聞こえて、それもちょっとだけおかしかった。
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オリジナル小説です