フラウは心配そうに、ゲイザーに話しかけました。
「ゲイザー様、早く呪いを解いて元通りに戻ってくださいね?」
「ところであなたはどこのどなたなのですか?どうも私の事を知っておられるようですが…」
「ゲ、ゲイザー様!もしかして、私の事を覚えていらっしゃらないのですか?」
「このように美しい女性を一度見たら忘れるはずがありません。まあ、あなたはナターシャ様の次にお美しいと思いますが…」
「ゲイザー様にとって私はそれほど、どうでも良い存在だったのですね…」
「いやいや、それは違いますぞ?魅了の術が過去の記憶から消し去るのは、その者の最も愛した相手の記憶じゃから、記憶から消えておると言う事は、逆にゲイザー殿にとって最も大切な相手、と言う事になるんじゃよ」
「それは本当ですか?ユリアーノ様」
「お主との思い出を取り戻せば元に戻るはずじゃ。何か特別な思い出はないかのぉ?ゲイザー殿に話して聞かせてやってくだされ」
「わかりました。ゲイザー様との思い出…。何から話せば良いのかしら?」
フラウは記憶の糸を辿り、あれこれ思いを馳せます。しかし思い出すのは、あの夜の出来事でした。フラウにとっても一番、大切な思い出です。
「ここではとても話せるような内容ではありません。ナターシャちゃんも聞いていますし…」
「では、二人っきりで話されれば、よろしかろう。奥の部屋を使いなされ」
奥の客室に通されたフラウとゲイザーを残して、他の者は部屋から立ち去りました。
「ナターシャ様はどうされたのだろうか?先程から姿が見えなくて心配です。皆、あの子供をナターシャ様だと言うが、似ても似つかない」
「ゲイザー様、あの夜の事を覚えていらっしゃいませんか?私とあなたが一つになれた、あの日の事を…」
「あの夜?一体、なんの話でしょうか…」
「私はあの夜が男性に抱かれたのは初めてでした…。まるで夢を見ているように幸せな時間を過ごしたのです」
「すみませんが、私が女性とお付き合いしたのは一度しかありません。その女性はあなたではないです。何かの間違いでしょう?」
「そんな!ゲイザー様には以前、お付き合いなさっていた方が他におられたのですね…」
「ええ、私が騎士団に所属していた頃に、王宮で働く侍女の娘と結婚を前提に、半年間交際しておりましたが、私が国王の怒りを買って騎士団を追放された際に別れました」
「ゲイザー様ほど素敵なお方なら、他にお付き合いしていた方がいたとしても不思議ではありませんが、少しショックです…」
「別れ話を切り出した際にその女性から言われました。私は女心が何もわかっていないと。男の私にわかるわけがないでしょう?」
「きっと別れたくなかったのだと思います。半年も付き合っていたなら、私がその女性だったとしたら、別れたくないと泣いてすがり付きます」
「ええ、その女性も別れたくないと泣き喚いておりました。職を失って稼ぎのない男と結婚しても幸せになれないと言うのに、私には理解に苦しみます」
「半年も交際していたなら、きっと夜の営みもたくさんあったのでしょうね…」
「いいえ、結婚するまではそのような行為をしてはいけないと、私の師である騎士が申しておりましたので、肉体関係は一切ありませんでした」
フラウはなぜかホッとした安堵の表情を浮かべていました。
…つづく
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昔、書いていたオリジナル小説の第28話です。