とある家庭のよくあるような日常の風景。部屋に幼い兄妹が二人。兄はベッドの上でギターを抱え、妹は床に座り込んで兄の演奏を聴いている。最後の締めに、兄はギターを軽く左手で引っ張り上げ、右手で弦をじゃらんと鳴らした。
兄は音楽が好きだった。妹は兄の音楽が好きだった。
妹は尋ねた。
「お兄ちゃんはどうしてそんなに音楽が好きなの?」
兄はゆっくりと弦をはじきながら答えた。
「音がふるえるからさ」
窓の外から小鳥数羽がさえずる音が聞こえる。窓縁に止まっていちゃつきながら何かをさえずっている。そんな様子を、寝起きの友利奈緒はぼんやりとした頭で眺めていた。珍しいこともあるものだ。いやそれとも、今までもこういうことはあったけど気づかなかっただけか。あんな夢を見たからだろうか。友利奈緒は、さっきまで見ていた夢の内容を反芻していた。
「音がふるえる、って一体何すかね…。音ってそもそも縦波の振動のことだから、ふるえなきゃ音じゃないというか、ふるえがふるえるって意味かぶってますよね…。あれですか、縦波にさらに横波振動も加えたいんですかね…。…兄貴って物理もダメダメだったと思うんだけどなー。…物理と言えば超ひも理論ってのもあったなー、素粒子は全部仮想ひもの振動だとか言う。…ひもはふるえるのかー」
寝ぼけ頭のままで、奈緒はそんなことをぶつぶつ呟いていた。自分でもなにを言っているかわからないし、そんなことをいちいち気にとめていられるほどには頭は冴えていなかった。だから、適当に呟いたキーワードから、次々と関連性の薄い連想が湧き出てきていた。
「…ひも…乙坂有宇…いやでもあいつ一応今は自分で稼いでるからひもじゃないんだっけ…でも歩未ちゃんはあいつは将来ひもになるしかないとか言ってたような…」
歩未は何もひもとまでは言っていないはずなのだが、奈緒の頭の中では既に「乙坂有宇=ひも」という定義ができあがっていた。
「ひも…ひもって何で作るんだっけ。糸とか繊維か。紙も作れるなー。…いや、どうせ糸や繊維で作るなら、服がいいよなー」
服という単語で、奈緒は先日同級生から下着を盗んだ否強制的に買い上げた一件を思い出した。恥ずかしさで一気に目が覚め、顔が赤くなった。部屋に自分一人しかいないことは分かり切っているはずなのに、必死に部屋中を見渡して自分の真っ赤になった表情を見られていないか確認した。
自分以外誰もいない。それを確認して、奈緒は落ち着きを取り戻した。
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S妹!ともりちゃん中編収録の一部