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「ゆたかって基本、私服はパンツかロングスカートですよね」
「お、おお……突然どうしたの?」
ラブレターの一件の後の日曜日。
もうすっかり珍しいことではないけど、悠里と一緒に出かける。
ただ、今日は目的のない遊びではなく、会長さんの家に行くのであった。……そう、遂に会長さんと大千氏ちゃんの作っていたボイスドラマが、ほぼほぼ完成して、最後の確認を私たちにして欲しいということだった。
本当言えば、パソコンでデータだけ送ってもらって確認すればいいんだろうけど、悠里は全然その手の機械を使えないというし、自分のパソコンも持っていないということで、直接聞かせてもらう運びに。……後はまあ、恐れ多くも直接演技指導させてもらった方がよさそう、というのがあるし。
という訳なので、二人で会うのはその準備段階でしかなかったんだけど、顔を合わせて早々、悠里は私のファッションに突っ込んできたのであった。
「いえ……かっこいいなぁ、って」
「その方が楽だし、落ち着くからだよ。悠里も割りと長めのスカートでしょ?短いスカートって、なんか不安だし、学校の制服のも落ち着かないもん。もっと言えば、スカートよりはパンツの方が楽でいいし」
悠里はまだまだ、私に対する憧れがある……というか、私の中性的な服装に興味があるらしい。
何度も言うけど、悠里は今のお嬢様然とした服装が一番似合っていると思う。だから、私としては悠里が今以外のファッションをするのには反対なんだけど。
「けど、パンツを着こなせる大人の女性になりたいです!」
「お、大人かなぁ……」
「大人ですよ!!」
「う、うん、そっか……」
悠里と結構、長い時間を共有してきて、こう言い出した彼女が中々折れない……というか、その場はしのげても、すぐにまた再熱し出すのはわかっている。
私としても、悠里の希望は叶えてあげたいし……ちょうど今から会長さんの家に行くんだから、彼女の家の服が使えないかな、と思った。
ものすごく勝手な偏見だとは思うけど、会長さんは元女優なんだし、家にも色々な服があるんじゃないだろうか。その中には、男装……とまではいかないけど、悠里に合ったサイズのパンツだってあるはず。ちょうど、会長さんと悠里の背丈って同じぐらいだし。
「じゃあ、会長さんの衣装でも借りて、ちょっとパンツはいてみる?会長さんなら他にも、大人っぽい服も持っているだろうし」
まあ、上に関しては胸の大きさ的にサイズが合わないかもしれないけど……という言葉は飲み込んでおいた。
「わあ、いいんですか!?そんなの!!」
「会長さんが許してくれたらね。……まあ、私の服を持ってくるよりずっとマシだろうし、お店で試着しまくるっていうのもちょっと、でしょ?」
正直、悠里にあんまりそういう服装は似合わないだろうし。ちょっとしたファッションショーを楽しむというのなら、お店に迷惑をかけるより、友達の厄介になった方がまだマシだ。……案外、会長さんも乗り気になってくれるかもしれないし。
ちょうど、会長さん、大千氏ちゃん、悠里とほぼ同じ体格なんだし、大千氏ちゃんも無難な服装ばっかりだから、悠里系の服装をした彼女も見てみたい。……あーっ、楽しいなぁ、こういう妄想!私はサイズ的に絶対無傷だということが確定しているから、対岸の火事ほど見ていて飯が美味いもんはありませんなぁ!!
――と、この頃の私は思っていたんですがね。
「パンツ?それならいくらでもあるわよ」
「そうだったんですか、ちょっと意外です」
「……まあ、あたしはスカートの方が好きだけど、家でくつろぐ時はパンツの方が楽だし、究極、芋ジャーでもいいと思ってるぐらいよ」
「…………そ、それは、元女優で、声優志望的にどうなんですか?」
「ふふっ、それはさすがに冗談よ。――じゃあ、先に楽しんじゃいましょう?ボイスドラマについては、おまけでいいわ」
「おーい、常葉さーん。私ゃ、そっちに心血注いでるんですよー」
「あら、未来ものけものはイヤって?」
「えっ!?そ、そんなこと言ってませんでしてよ!?」
「まあまあ、遠慮することないわ。白羽さんも未来も、一緒に楽しみましょう。――いいわね、私もいつかあなたたちをコーディネートしてあげたかったの。馬子にも衣装……じゃなかった、もっとあなたたちのよさを引き立てる衣装はあるはずよ!!」
「今、本音が漏れましたよね!?私は地味でいいんですよ、それこそ芋ジャーで……あぁーっ!!」
計画通り。悠里も笑顔になれて、私も大千氏ちゃんの巻き込まれっぷりを楽しんでメシウマできる……完璧。全てが筋書き通り。がっはっは、と武将めいた笑いが止まりませんぜ、こいつぁ。
「立木さんも、もちろん参加してもらうわよ?」
「えぇっ?さすがに私は無理ですよ」
「あら……私の母は、あなた並の身長とスタイルよ?それとも、父の衣装の方が好みかしら?」
「ゆたかの男装!!見てみたいですっ」
「ゆ、悠里!?余計なことを言いなさんなっ」
「いいわねぇ、男装。あなたは顔立ちもすっきりしているから、かっこいい服装が似合うわよ」
「え、いやっ、ちょっ……!!冗談……ですよね?その、ご両親の服とか勝手に来たらご迷惑に――」
「ならないわよ、それぐらい」
「あ、ああっ…………」
対岸の火事かと思ったら、火の粉ががっつりとこっちにも降り注いで来た模様。どうして、どうしてこうなるのだ……。
「ふ、ふふっ……死なばもろとも、人を呪わば穴二つ、ですよ。立木先輩」
「油断してた……まさか、親の服まで持ち出すだなんて」
私と大千氏ちゃん。ノリノリの会長さんと悠里とは違う、いわゆるところの被害者組は、どんよりどよどよした心境で、着せ替え人形とされるのでございました。
それにしても。
まさか、ドールを愛でている私が、着せ替え人形にされるとは……。
いや、姫芽たちは色々な衣装を着せて楽しむというよりは、それぞれに一番合っていると思った衣装を着せて、そこからはあまり着せ替えないという形で楽しんでいるから、着せ替え人形遊びというものを、私はあまりしていないと言える。
というか、私の(ドール)衣装の趣味は、ロリータかゴスロリか、といったぐらいの違いしかないので、全く心得がない人からすると、どっちもゴスロリじゃん、と言われたりする。ちなみに莉沙はそういうタイプ。いつか、ロリータファッションのなんたるかを叩き込んであげたいんだけども。
「という訳で、はい。白羽さんのご希望通り、パンツルックで合わせてみたわ。白羽さんは銀髪が奇麗だから、もちろん合わせるべき衣装は黒系ね。いいコントラストだわ」
「わぁっ!どうですか、ゆたか!?」
「お、おぉーっ…………」
いやいや、会長さん。黒系の衣装っていうのはいい趣味だけど、ゴスロリこそが悠里には一番似合うんですよ、と思っていたところ、意外や意外。下はパンツ、上はややタイトな、きゅっと締まった服装が、意外なほど悠里によく似合う。もっとふわふわ、ゆったりとした衣装がいいと思っていたのに……悠里のスレンダーさを、逆に武器にしたコーディネートだ。単純に中性的なのではなく、女性としてのスマートなかっこよさがよく表現されている。
まさか、悠里が衣装ひとつでかっこいいという魅力を引き出されるなんて――さすがは元女優、恐るべし……。
「立木さんだけがイケメン枠じゃつまらないもの。たまにはお姫様が、かっこよくリードしないとね?」
「では、ゆたかにお姫様みたいな格好をさせるんですか!?」
「い、いやっ、それはノーサンキューで!!というか、絶対似合わないから!」
「あたしとしては、それも面白いと思うけど……でも、立木さんは更にイケメン路線を際立たせたいのよね。白羽さんは男装じゃなく、あくまで女性のかっこよさを出したから、立木さんはがっつり男装で」
「じゃあ、次は順当に私の番なんですか……?」
「あら、イヤなの?じゃあ、未来にしておいてあげるわ」
「私の扱い、軽くありません!?」
「ふふっ、未来は逆に、とことん可愛くしてあげるわ。甘ロリ系がいいかしらね?いっそ、セクシー路線でもいいと思うわよ。一応は運動部なんだし、鍛えられた生足を出したりして」
「はひぃっ!?痴女ルックとか、死んでもイヤですよ!?というか、死にますよ!?」
ああ、大千氏ちゃんが会長さんの魔の手に……明日は我が身。せめてその明日が来るまでの平穏を謳歌させていただこう……。
「会長さん、楽しそうですね」
「……こういう趣味があったんだね。やっぱり役者をやっていると、人が色々な服装をしているのが楽しいのかも。会長さん自身、現役時代は現代劇から時代劇まで、色々やってたし」
「時代劇までやってたんですか?」
「うん、日本の江戸時代とかのやつはもちろん、西洋のもね。顔立ち自体は、割りと西洋的でしょ?だから、金髪とか赤毛とかのウィッグを付けると、洋ロリに見えるんだよ」
「なるほどー……ところで、洋ロリって?」
「うーんと、私が理想とする女の子?」
「つまり、ボク系ですね!」
「……ん、間違っちゃいない。むしろその理解がベスト」
本当、胸が育つまでの会長さんは、私の理想だったと思う。……ああ、しかし、あそこまでたわわに育ってしまわれて……。
私は別にそれを迫害はせぬ。しかし、ロリとロリ巨乳を同列に並べて語るのは、牛乳飲めるならチーズも食べれるでしょ、と押し付けるぐらいの暴挙だと思うのである。ちなみに私はどっちもそこそこだ。
「はい、未来のコンセプトは、初めての社交界、といったところかしら。今まで箱入りで育てられてきた令嬢の社交界デビューは、思いっきり華やかなドレスで――みたいな」
「ふ、ふふふっ……笑いたければ笑ってください……私がこんな、フリフリなドレスをっ…………あっ、はははっ…………」
そして、出来上がってきた大千氏ちゃんは……軽く壊れていらっしゃった。
どうしてそんな衣装を持っていたのか、と真剣に疑問に思うような、本当のミニ丈のドレスだった。色は深紅と言えばいいのか、かなり濃い赤色。
よくあるゴスロリのワンピースとは違って、ガチのイブニングドレスであり、当然ながら袖なしのホルターネック。胸元の露出は少ないけど、惜しげなくも出した肩や腕。それを上品に隠すような長手袋。頭にはヘッドドレス。足を飾るソックスも、レースが使われていて、全体のカラーリングはやっぱり赤。
「これはまた……アンティークドール的な趣もあって……」
「どこの世界に、肩出しのアンティークドールがあります!?」
「そうだね。私はあんまりお姫様には肌を出してもらいたくないから、ケープでも羽織ってもらうとして……」
「なんで更にコーディネートしようとしてるんですか!?というか、目の色がなんだか……」
大千氏ちゃんは、顔立ちはかなり日本人的だし、悠里に比べれば身長も高いから、あまり意識することはなかったけど……こうして飾り付けると、中々どうして……。私のストライクゾーンにぴったりがっちり刺さっていらっしゃる。というか、めちゃくちゃ可愛い、今の大千氏ちゃん。
「未来ちゃん、可愛いですね!」
「そ、そうですか……?白羽さんに言われると、なんかもう、喜んでいいのかどうなのか、って思っちゃうのですが」
「なんでですか?本当にお姫様みたいです!」
「いえ、ですからガチのお嬢様で美少女な白羽さんに言われると、イヤミなんじゃね?とか思ってしまうのが、私のような卑屈な人間の習性であって」
「どれだけ自分に自信がないのよ。あなたはあたしがコーディネートしてあげたのよ。可愛いに決まってるわ」
「う、うへあー……美少女サンドイッチ……」
悠里と会長さんに挟まれ、大千氏ちゃんはげんなりしてるけど、でも、本当にすごく可愛いと思う。
それにしても、ああいうドレスも……悪くはないかもしれない。私の美意識的には“ナシ”だと思っていたけど、姫芽たちに試してみてもいいかも。基本構造自体は単純だから作りやすいし、そこにフリルやレースをたくさん盛って飾り付ければ……。
ま、まじぃ。こいつは楽しいぞ……!今すぐにでも帰って、型紙作りを始めたいんですけども……!
「――さて、本命ね。立木さん、いらっしゃい」
「なんで私が本命になってるんですか。会長さん的には、大千氏ちゃんがメインでしょう?」
「あら、そんなこと言ったかしら?あなたの私服はいつも野暮ったくて、思い切りコーディネートしたいと思ってたの。制服よりも可愛くなくなるってどれだけなのよ」
「いや、私としては、制服が合っていないと思ってるんで。こんなでっかいやつが制服とか、コスプレ臭すごいでしょう」
「はぁっ……あなたも未来と同じぐらい、変なコンプレックス持ってるのかしら?こんなに素材がいいのに……」
そう言って会長さんは、私の体に腕を絡めてくる……まるで女悪魔が獲物を捕まえるかのように。
……いえ、身長差的に、姉の影に隠れる妹みたいな構図になるんですけどね。
「さ、始めましょう。私があなたを奇麗にしてあげる」
「――ところで、私は男装ですよね?」
「さて、どうかしら……?」
「なっ!?図ったな、会長さん!!」
「あたしが楽しめればいいのよ!あなたが泣こうが喚こうが知ったこっちゃないわ!!」
「この独裁者があっ……!!」
ねぇ、悠里。私たち、どこで間違えちゃったのかな……。
たぶん、今まで人生という名の長いゲームが続いているからには、大きな選択肢ミスはなかったんだと思う……。
ならばこれは、他の人の運命の分岐の末に描き出されたバッドエンド。
ああ、今から誰かの。具体的には会長さんか大千氏ちゃんの人生にザッピングして、選択肢を選び直して、バッドフラグを解除しなきゃ……。
「ゆたか、かっ、かわっ……!!」
悠里さんや。私が今まで見たことがないぐらいの、めっちゃ可愛い照れ顔してますがな、あなた。
「可愛いですっ!!!!!」
「……殺してください」
「でも、すっっごく可愛いですよ!!」
どうして、どうしてこうなった。
私は今……エプロンドレス。いわゆるところのメイド服を着ていました。まだクラシカルなものなら、ダメージは少なかったかもしれないけど。メイド喫茶から持ってきたような、思いっきりミニスカートの。邪道オブ邪道な。でもフリルはマシマシな。
コスプレ臭いんじゃない、コスプレでしかないメイド服。しかもなぜか腰にはごていねいにも「ゆたか」って書いた名札まで付けられてるし。なんで作ってるんだよ、こんなの。
「会長さん。なして私が入るサイズのメイド服があるとですか。これ、お母さんのじゃないですよね?」
「あら、役者はありとあらゆる役になりきるものよ。母はミュージカル女優、メイドの役なんてよくあるものだわ」
「いや、それにしても、それならロングスカートでしょう!?」
「それは母の趣味ね。実際に仕事で着る訳じゃない、自宅での練習用なんだから、可愛くて面白いのがいいって」
「面白い基準で衣装を選ばんでもらいます!?そして、それを私に着せんでくれますか!?」
「ふふっ……いいじゃない。本当にびっくりするほど可愛いわ。……その服だと、スタイルのよさが際立つわね。まさか後輩に母と同じか、それよりもスタイルのいい子がいるとは思わなかったわよ、本当」
「…………脱いでいいですか?というか、なんならこの世から抹消したいんですけども」
「ちょっと、待ちなさいよ。せっかくだから、記念撮影をしましょう?白羽さんが王子様、未来がお姫様、あなたがメイド。パーティーのワンシーンみたいな、いい写真が撮れそうじゃない」
「撮らんでいいです」
「……ゆたか、ダメですか?」
「ゆ、悠里の頼みでも、恥ずかし過ぎて死んじゃうからっ……!」
「そうですか……ごめんなさい。ゆたかに悲しい思いをさせてまでは、ボクもイヤですから……」
「……………………」
なんでまた、この子はこんな悲しそうな顔を。
こんなの、見せられて……。
「会長さん。私のスマホを貸すんで、これで撮ってください。言っときますけど、現像して悠里に一枚だけ渡した後は、データ消しますんで」
「あらー、愛の力ねー」
「愛っていいですねー」
「大千氏ちゃんまで便乗すな。……別に、悠里のためじゃないんだから」
「見て、未来。ものすごく雑なツンデレよ!」
「はい、ここまで意味をなしてないツンデレは、ちょっとすごいですね!」
やっぱり、今すぐにでも私を死なせてあげてください……。
生き恥を晒すぐらいなら、ひと思いに……。
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