「オガミ、入ってもいいですの?」
「あー?誰か知らんがちょっと待」
ガラッ。
「おい!」
「きゃっ!?き、着替え中でしたの……!」
開けられた障子はすぐに閉められた。
俺はさっさと着替えを済ませると、改めて天狗を呼び入れる。
「もーいいかい?もういいよー」
「し、失礼しますの」
ほんのり顔が赤い。
少し気まずそうに俯いている天狗は、普段見慣れている彼女とは違っていて新鮮な可愛いらしさがある。
お互いに座布団に腰を下ろした所で、俺の方から切りだした。
「全く、返事も待たずに勝手に入ろうとする奴があるか」
「すみませんでしたの……」
しかしまぁ、こんな時間にこんな式姫とは珍しい。朝ご飯に呼びにきたワケではなさそうだ。
「それで、こんな朝早くから一体何の用かな?」
「今日は、その……お話があって」
何やら言いにくそうにモジモジしている。まさか告白……?なワケないよなぁ。
俺は黙って腕組みしながらその様子を観察していた。
「…………」
「…………はぁ」
しばらくして、天狗の口からため息が漏れる。
「なんだ、お腹が空いたのか?」
「違いますの!」
「じゃあなんだ、はっきり言え」
「実は、最近……自信が持てないんですの」
自信?
「自信が持てない?」
聞き返すと、コクリと頷く天狗。
「そうかな?討伐ではいつも頑張ってくれてるじゃあないか」
「いえ、そっちではなくて…………暴れん坊天狗の方ですの」
あばてんか。
思兼プロデューサーの元、かるら、おつの、天狗の三人で構成されるアイドルユニット。
定期的にライブが催されており、式姫達の可愛いさも相まってかなり人気がある。
俺も何度か拝見させて頂いた事はあるが、江戸時代には不釣り合いな程の豪華さが印象に残っている。
照明とか音響とかどうやってるのか疑問に思ったが、そこは突っ込んではいけないと思兼に注意された。
「何かやらかしたのか?歌詞を間違えたとか」
「…………」
「ファンの人に何か言われたのか?」
「そういうのではないんですの」
どうにも要領を得ないな。
「ただ、自信が持てなくて……」
「気持ちの問題か」
「ええ」
ふーむ。さて、どうしたものかな。
俺は腕組みの姿勢を崩さず、視線を天井に向けた。
「しかし、それだと俺に出来る事なんてないと思うがなぁ。天狗自身の問題だろ?」
「それは分かってるんですが、何か、こう……助言をもらえれば」
「うーん……」
天狗のすがるような視線を受けて、俺は困った表情を浮かべた。
自信のない奴に自信をつけさせる方法なんて、すぐには閃いてこない。
基本的に俺は放任主義なのである。
余程気に入った、あるいは特別な式姫以外にはしたいようにさせている。
流石に困っている天狗を放っておくわけにはいかないが、元来世話焼きな性格ではないので俺自身あまり乗り気ではなかった。
気分屋だから仕方ない。
「助言か……そうだなぁ」
「オガミ、お願いしますの」
追い縋る天狗の姿勢に対し、俺は大きくため息をついて――
「じゃあ、服を脱いでもらおうかな」
「……今、何て言いましたの?」
「服を脱げって言ったんだよ」
今日の天気の話でもするかのように、アッサリと俺は言い放った。
「冗談は程々に――」
「冗談でこんな事言うかよ。どうなんだ、できないのか?」
「で、出来るわけないですの!」
天狗もアッサリと拒否する。
「人の裸を見ておいて、出来ないというのか」
「それとこれとは関係――」
「そうか、じゃあ大丈夫だな」
「わけが分かりませんの……」
急転する俺の態度に、天狗が呆れ顔になる。
「じゃあ聞くが、どうして拒否した?」
「それは、嫌だからに決まって――」
「本当に自信のない奴は、そもそも考える事すら放棄してしまうんだよ。
お前は今、自分でちゃんと拒否できたじゃないか。まだその心は完全に折れちゃいないって事だ」
己の是非を問われた際、それをはっきり答える事ができるか否か。
是か非か。善か悪か。誰かと合わない事よりも、誰かに委ねてしまう事の方が怖い。
お互いどれだけ信頼していても、他人任せにしてはいけないモノというのは必ずある。
「自信は、まず自分の意思で決める事から出来上がっていくもんさ」
「はぁ……」
「ところで、天狗のファンっているのか?」
「え?そ、それは……」
顔を上げた天狗がまた俯いた。その反応だけで、答えは薄々分かる。
俺はため息をついて、講義を続けた。
「別にいいじゃないか、ファンがいなくたって」
「……オガミには、私の気持ちなんて分かりませんわ」
「あぁ分からんよ、俺はさとり妖怪じゃないからな。でもこれだけは言える」
「何ですの?」
「努力に対して得られる成果は、必ずしも比例しない。頑張った分だけ報われるなんてのは嘘っぱちだよ」
それは単なる動機づけ。
動機がないと動こうとしない面倒くさがりを動かす為に、誰かが拵えた絵空事に過ぎない。
「私の努力が足りない、と?」
「いや、そういう意味じゃあない」
そもそも、天狗が努力している所など見た事がない。
人に隠れて修行するのが彼女のやり方なのかもしれないが。
「お前は、応援してくれる人の為に頑張るのか?」
「それがいけませんの?」
「あぁ。そんな動機じゃダメだな。現に今、天狗自身ダメになっているじゃあないか」
「うっ……」
弱みを指摘されては流石に反論できまい。
「天狗、初めてステージに立った時の事を覚えているか」
「勿論ですわ」
「その時、お前は何を意識していた?」
「何って、それは……」
「その時の動機と、今の動機。どこかでズレが生じてると思う」
初心忘れるべからず。忘れてしまったのなら思い出せ。
あの時、お前は誰かの為じゃなくて。
他でもない自分自身の為に頑張ろうとしたんじゃないか?
「そう、でしたわね……」
緊張でガチガチしていたけれど、辿りつきたい場所だけはしっかり見えていて。
それがいつの間にか、観客の視線ばかり気にするようになって。
「人間、余裕が出てくると余計な事考えちまうからなぁ」
あの時、私は……私は……。
「誰かの目にどう映るかじゃなくて――どんな自分でありたいか。大切なのはそこだよ」
「……ふっ、ふふふっ」
天狗が静かに笑い出す。
あぁ、こんな簡単な事も私は忘れてしまっていたなんて。私もまだまだですわ。
「何がおかしい?」
「いえ、なんでもありませんわ」
顔つきが、さっきまでの天狗と変わっている。
その顔……どうやら、やっと見つけたようだな。
「はぁ……おつのが羨ましいですわ」
しばらくして、天狗がぽつりと呟いた。
「どうした急に?」
「だってあの二人、いつもお互いの事が分かっているみたいで……私にもあんな相棒が欲しいですの」
「うわ、ひどい奴だなぁ。そんな事言うと悪鬼が可哀想じゃないか」
「ふん、悪鬼のおバカなんて別に――」
「天狗。笑顔で自分に接してくれる奴が、正しく自分を理解してくれていると思うなよ」
「……どういう意味ですの?」
「そのまんまだよ。逆に言えば、仲が良くなくたって自分の事をしっかり見てくれている人もいる」
「悪鬼がそうだと?」
「ふっふっふ。まさにこれを弱めんと欲すれば、必ずしばらくこれを強くす」
「え?」
「意地悪もまた、仲を深めるのに必要な事さ」
眉をひそめる天狗に対し、俺は飄々とした態度で誤魔化した。
仲を深めたいのなら、まずは仲を悪く。
自信をつけたいのなら、まずは自信をなくす事が肝要。
「少しは古椿を見習ってみたらどうだ」
「古椿がどうしたんですの?」
「あいつは無根拠な自信で満ち溢れているからな。どんな目にあっても翌日には立ち直ってるだろ?」
「えぇ」
「自分が一番だと思っている奴は、どんな時でも自分の力を出せるんだ」
時間も場所も、相手も関係ない。
それがどういう結果をもたらすかはともかく、あれは彼女の数少ない利点。
「あれを参考にはしたくないですの……」
「む、そうか」
隣で古椿が聞いていれば、ショックを受けただろうか。
「けれど、オガミの教えてくれた事は参考になりそうですわ」
「参考になるかどうか分からんが、まぁ気分が晴れたみたいで良かったよ」
「いつか、私のファンに――――いえ、なんでもありませんわ」
「何だ?今、何を言おうとした?」
「ふふ、秘密ですわ。それでは、また」
天狗がスッと立ち上がり、帰ろうとする。
「おいおい、ちょっと待て!」
「何ですの?」
慌てて天狗の片腕を掴んだ俺は、
「せっかく長々と講釈してやったんだぞ」
「?」
「ほら、お礼に服を脱いで――」
パァンッ!
威勢のいい乾いた音が、屋敷中に響いた。
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自信をなくした天狗の相談に乗ってあげるお話です。
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