人類の向上、発展の為に
優秀な者だけを集めたエリート地区が造られていた
開発、研究、その他、様々な分野の優秀な人材が
そこには居住している
選ばれた者だけが暮らせる街
そして私もその住人の一人
この地区は一般地区とは隔離されていて
優秀な遺伝子だけが引き継がれていく
まれに一般地区から
こちら側へとやってくる
天才と呼ばれる優秀な人間もいたが
それは本当にまれな事であった
向こう側からこちら側へと来るのは
それだけ厳しい事なのだ
そしてその逆も当然あり
こちら側から向こう側へと降格していく者もいる
人数としては脱落していく人間の方が断然多い
そして降格していった者が再びこちらへ戻って来た
という話は未だに聞いた事が無い
一般地区へと降格される理由としては
こちらで良い遺伝子を引き継いで
産まれたというのに何の才能も開花しない
または犯罪者だ
(こちらでルールを守らないという事は
ありえない事なので犯罪者の数は少ない)
こちらには刑務所というものが存在しない為
向こう側の刑務所に服役する事になる
このような不適合者が降格対象となる
私は優秀な両親を持ち
子供の頃から秀でた才能で
将来を約束されたエリートだ
ここはそんな私が暮らすには
ぴったりの場所だった
仕事場では何より効率が求められる
私はもとより他の者も
今、自分が何をすれば良いのかを理解し
その時々に最良の判断をする
こうして会社の生産性が向上する
無駄話や無駄な動きなど必要無い
最低限の簡潔な報告をして仕事に集中する
その他のコミュニケーションなど
時間の無駄でしか無い
仕事が終わればジムで体を動かす
食事はオーガニック食品
健康管理を怠らないのは人として当然の事だ
その後は家にまっすぐ帰り
明日の仕事の準備をしておく
これもまた人として当然の事だ
風呂に入った後は
きっちりと服が並べられている
ワードローブの中から
家用のスーツを手に取り着替える
いつ何時誰が訪ねて来るか分からない
急に誰かと会わなければならなくなるかもしれない
それが取引先の重要な相手だったら?
そんな想定をつねに考えて行動するのは
何も特別な事では無い
誰もがやっている人として当たり前の事なのだ
休日の夕方
私は自宅へと車を走らせていた
信号は青
一瞬の出来事だった
横断歩道に人が!!
私は咄嗟に急ブレーキを踏む
私の目には人が倒れこむのが写っていた
急いで車を降り
その歩行者に駆け寄る
幸いブレーキが間に合っていたようで
驚いて転んだだけだと言っていた
すぐに警察がやってきて事情を説明する
歩行者の人も病院へ行き診てもらうと
軽い打撲程度だというので示談で済ませてくれる事になった
これですべて解決するはずだった……
信号は確かに青だった
間違い無かった
私はそれだけは譲れずに主張していた
防犯カメラの映像を確かめた結果
信号は赤だった
そう調査報告があり私の信号無視が確定した
いや、そんなはずは
あの時確かに信号は……
頑なな私の態度は最悪の結果を招く事となってしまった
ひとつひとつの出来事は
ほんの小さな事だった
歩行者が横断歩道に出てきていたのに気づかなかった前方不注意
さらに軽いとはいえ怪我をさせてしまった罪
そして信号無視
何より1番の問題は嘘をついていると思われた事
罪を軽くする為に嘘を言っていると判断された事
またその罪を認めようとしなかった事
ここでルールを守らないというのは
とても危険な事なのだ
小さなルール違反、嘘から
大きな犯罪に繋がりかねない
危険人物と認定されてしまうのだから
一般地区への降格が検討される事となった
決まったわけでは無いとはいえ
ただ検討される
それだけでもう周囲の信頼も揺らいでしまう
検討結果が出るまでは
という理由で会社の方から休暇を取るように勧められた
両親は何も言わなかった
いっそ罵られた方が気が楽だったかもしれない
検討結果が良かったとしても
もう前のような生活は戻ってこないかもしれない
そんな不安感が私を自暴自棄にしていた
結果が出る前に私は降格を受け入れるとの答えを出してしまった
一般地区は想像していたより
ごく普通の街だった
特に荒れているわけでもなく
皆、学校や会社へ行き
ごく普通に生活していた
一般地区へと降格した者は
犯罪者で無い限り
大手の会社から声がかかる事が多いようだった
エリート地区からやってきた
超がつくほどのエリートを社員にする事は
会社にとってのメリットが大きいのだろう
仕事の誘いは引く手あまただった
お陰で新しい仕事はすぐに決まった
それほどまでに元エリート地区の者は重宝される人材なので
一般地区で政治家になっている者もいた
頭が切れる分、陰で私腹を肥やしているのでは
と勘ぐらずにはいられないような人間が
政治家を名乗っているのを見ると
人としてどうなのかと思わずにいられない
こちらで仕事を始めて驚いた事は
無駄が多い事だった
何の役にも立たないような話しかしない長い会議
効率など考えていないような仕事の流れ
仕事帰りに健康管理も考えずに
酒を飲みに行くなど無駄以外の何ものでもない
仕事場だけでは無かった
街ですら緊張感というものを感じられ無い雰囲気だった
街を歩く時は目的地に向かって
もっと緊張感をもってサクサクと機敏に歩くべきなのだ
頭脳を持つ人としての生活とはそういうものなのだから
一般地区での生活が慣れてきた頃
1本の電話が私にかかってきた
エリート地区からだった
電話の内容は
信号無視の件だった
防犯カメラをチェックした者が
どうもノイローゼ気味だったらしく
カメラの映像をチェックしないで
適当な報告を繰り返していた事が判明したというのだ
物事を適当に済ますなどと
人としての生き方を放棄でもしているのか?
そして改めてカメラの映像をチェックした結果
信号は青で私の主張が正しかった
という事が分かり
信号無視をしていたのは歩行者の方だった
さらにそのカメラには
歩行者が左右の確認をしていなかった姿も
映っていたというのだ
横断歩道を渡るのに
右を見て、左を見て、さらに右を見ないとは
人として終わっているな……
そのカメラの証拠から
私はエリート地区にいる権利があるとの判断が出されたそうだ
また私はあの場所へと帰る事が出来るのだ
降格してから戻った者はいないと言われているのに
まさかこんな事があるなんて
電話の相手は
エリート地区に戻るにあたって
いくつかの書類への記入が必要だとかで
その書類の説明をし始めようとしていた
私はそれを聞き、説明を遮るように言った
「あ、戻らないんで書類いらないっス」
私の言葉を聞いた電話の相手は
いかにもマニュアル通りというような言葉を
何の感情も無いように発すると
機械のような淡々とした口調で挨拶をし電話を切った
私は選ばれる者ではなく選ぶ者となった
何の迷いもなくそう決めた事に
どこか清々しい気持ちに……
「あー、二日酔いだわ
やべっ、飲み過ぎた
昨日の仕事帰りの飲み会やたらに盛り上がったからなー」
私はそう言うと
腰からずり落ちそうになっているジャージを引き上げもせずに
空のカップ麺の器をまたぐと
山になっている洗濯物の中から
今日着る服を引っ張り出していた
END
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