■きみはにわとり、ぼくわんこ。
毎朝七時。
きっかりその時間に店を訪れる女性がいた。
いつもの通り窓側の咳を選んでいつもの通りモーニングセットを頼み、きっちり三十分で食べ終えて去っていく。
朝と共に鳴く鶏のように、毎日必ずこのサイクルでやってくる。
彼女の体内時計はしっかりしているのだろう。狂ったところなど今のところ見たことがない。
ただ一度だけ、このサイクルが崩れたことがある。
「ねえ店長さん。モーニングセットの目玉焼きなのだけど」
渋面でおずおずといった感じでカウンターまでやってきた彼女に、大変驚いたことを覚えている。
「できたら……半熟をお願いしたいのだけど……」
「そういうのがお好みですか」
「……えぇ」
それからずっと彼女の頼むモーニングセットの目玉焼きは半熟にして出している。
毎朝七時、きっちりやってくる彼女にだけ特別に。
■虚空に咲いた花
プラントハンター、あるいはグリーンフィンガー。そう呼ばれる者たちの間でまことしやかに囁かれる植物がある。
大空のどこかを浮遊するという都市、そこにしか咲かない花があるのだと。
あながち嘘ではない、と僕は思う。
この世界には魔の法と書いて魔法という物が存在し、現にその力に精通した者たちは、普通ならありえないような超常現象をいともたやすく引き起こす。
そんな力が存在するのだから、そういった場所があってもおかしくないし、その花だって存在するだろう。
夢見事を言ってないで金になるようなことに労力を使えと父は言う。
気がつけば父の元から離れ、旅に出ていた。当然の流れだったと思う。
僕はそんな夢に魅せられた冒険者だ。
こんな絵空事に付き合ってくれる気のいい仲間にも恵まれた。
死ぬまでには、どうにかして出会いたいものだ。
最も大空に近く、世界の果てに咲く虚空の花に。
■ラビリンスハンター
いつ誰が言い始めたのか。
どこの国の言葉かもわからないが、迷宮という迷宮に潜り、危険を省みることなく探索する者たちのことをラビリンスハンター総称するようになった。
彼らはあくまでも迷宮探索が主な目的であり、出てきた財宝や貴重な品は報酬と引き換えに研究者へと渡される習わしだ。
創始者とも言える最初のラビリンスハンターは言った。
「我々に未知を突きつけたのなら、全て暴かれることを覚悟せよ」
しかし好奇心は猫をも殺す。創始者はその過程で沢山の仲間を失い、また当人もある迷宮探索中重症を負った。
その際、幾つかの決まりが設けられた。
一つ、一人では探索してはならない。一つ、我々の目的は迷宮を暴き尽くすこと、探索中に得たものは全て研究などに活用する機関に送ること。一つ、後世に知ったこと全てを継承するため、死んでも記録を残すこと。
死ぬ直前まで何が彼を迷宮探索に駆り立てたのか、今となってはもう知る由もない。
そしてまた、彼の背を追いかけるように新たなハンターがやってきた。
背にはシンボルマークである三本の傷跡に猫のシルエットの刺繍が施されたロングコート。
真新しくまだその体に馴染まない様も、いずれしっくりくるようになるだろう。
それまでに死ななければだが。
■死に際に花束を
僕には霊感なんてない、そう思っていた。
新しい仕事先に近い物件を探していたらとんでもなく安い部屋を見つけ、そのまま契約を結んだ。
そういえば契約する直前まで気の進まなさそうな言動をしていたな、と真新しい部屋の鍵を手で弄びながらアパートの廊下を歩く。
荷物はほとんどない。家具は引っ越す際邪魔になるので、もう旅行用カートが家具みたいなものだ。
引越し屋も利用しない、身一つだけの引っ越しだ。
ガチャリと新しい部屋の扉を開く。
ワンルーム、バス・トイレつき。だから入ってすぐにキッチンが見えた。
そしてぼんやりと浮かびあがる何かの姿も。
パチンと電気をつけた。浮かび上がっていた何かはその直後消えた。
部屋を見ずに契約してしまったので、はじめて窓が風呂場以外にないことを知った。えぇ……屁とか盛大にこいた時どうするんだよ。
嘆いていても仕方ない。旅行用カートを開けて、まず寝袋と毛布を部屋の角にぶん投げた。
調理器具も片手鍋があればだいたいなんとかなる。コンロの上に雑に置いた。
後はこまごました生活用品だけだ。石鹸類を風呂場に置いて、歯磨きセットは――洗面台がないのでキッチンのシンクに置いた。これで片付けは終わり。あと残っているのは着替えと携帯とそれ関係の雑貨品だ。
旅行用カートも雑に部屋の角に滑らせて、それを枕にして寝袋の上にそのまま寝転んだ。
気がつけば寝てしまっていたらしい。目を開けてみれば部屋は真っ暗で、遠目から唯一窓がある風呂場の方を見てみても、光は漏れ出していなかった。寝袋に潜り込んだわけではなかったのでとても寒い。
コンビニにでも飯を買いに行くかと起き上がろうとした。うまく体が動かない。
なんだなんだと目だけ動かす。ふと目に止まったキッチンのシンクの方にぼんやりと何かが揺らいでいた。
もしかしてそういう物件だったのだろうか。確かに異様に安い家賃だとは思ったが。
電気も勝手に消えているし、いやあ初日からこんなことになるとは。これからどう折り合いつけて暮らしていこうかなあ……。
翌朝、その部屋で男性の死体が見つかった。
部屋には鍵がかかっておらず、その死体の胸にはオレンジのユリの花束が置かれていたという。
この地域ではそういった事件や盗難が相次いでおり、決まって被害者の死体の側には花束が置かれていることから、同じ人物による犯行だと捜査を続けているそうだ。
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2月頃に「#フォロワさんがくれたタイトルで出す予定のない新刊のあらすじを考える」というタグで遊んだ際の産物です。
元ツイート:https://twitter.com/foret_0316/status/963037806359556096