桜と帰る夕暮れ
「んっ……?」
いつものように稽古を終えて剣道場を出る。そして止めてある自転車に乗って帰ろうとすると、サドルの上に何か白いものが乗っかっていた。
何かゴミでも乗っているのか、まさか鳥のフンじゃないよな、と内心舌打ちをしながら払いのけようとすると、それが花びらであることがわかった。桜の花びらだ。
「……………………」
草花の命というものは、すごく曖昧だと俺は感じている。
地面に根っこを張っている植物は、それは間違いなく生きている、命があると考えていいだろう。
それが収穫された野菜となると、命はかなり微妙になってくると思う。
収穫され、根っこから切り離されてもまだ生きているから、野菜の保存には気をつけないといけない、と言われている一方で、それはもう地面には戻れないのだから、生物としては死んでいると考えてもいいだろう。
そして、今目の前にある花びらや、葉っぱ。それはもう、植物の本体から落ちてしまったものなのだから、言葉は悪いが死体みたいなものなんじゃないだろうか。
――それにしても。道場の敷地内にも、向かいの通りにも桜の木なんてない。どこか来たものなのか、と考えていると、道場の裏手に何本か立派な桜の木があったことを思い出した。
そこから風に乗ってやってきたのか。ちょっとした空の旅だな。……と、珍しく詩的なことを考えてみる。
「………………」
もしもこれが、ただのゴミや葉っぱなら、俺は容赦なく払い除けて乗っていただろう。
ただ、これが桜の花びらだから。そして、さっき変に擬人化して考えてしまったせいもあって、これを払い除けて行くことに抵抗を覚えてしまった。
桜の好きなあいつの顔が思い浮かぶ。……ここで桜の花びらをゴミのように捨てていくというのは、なんだかあいつにすごく“不義理”を働くような気がしてしまったのだ。
街中に普通に生えている桜の多くは、里桜と呼ばれるソメイヨシノだ。花蓮の好きな桜は、山桜の方。普通に家庭で育てることもできるみたいだが、この辺りだと花蓮の家の庭園にしか生えていないはずだ。……と、これは全部、花蓮に聞いたことなんだが。
それでも、どうしても桜には特別な気持ちを抱いてしまう。
仕方なしに俺は、その花びらをつまみ上げると、自転車の前カゴにそっと入れてやる。見栄えのよさと防犯を兼ねて、カゴに小さなバッグを被せ入れているので、隙間から花びらが落ちてしまうということもない。
そして、その上から荷物を置く。……軽い押し花状態だが、許してくれ。俺の自転車の上に落ちてなければ、普通に払われてそれでおしまいだったんだから。
後はもう、普通に帰った。
花びら一枚を持ち帰ったところで、何になる訳でもない。完全に自己満足の世界だ。明日には花びらをカゴに入れているということも忘れてしまっているかもしれない。
それでも、なんとなく桜と一緒の帰り道は気分がよかった。……なぜだか、あいつが傍にいるような気がして。
「龍也くん、今日なんかやたらとにこにこしてるけど、道場でなんかあったの?」
どうやら笑顔らしい俺と対照的に、つまらそうな顔で妹が聞いてくる。
「いや、特になんにも。……なんていうか、日本っていいな、とか思っただけだ」
「へーっ、なんかお父さんみたいなこと言ってるね」
「父さんか?……まあ、あの人、っていうかああいう年代の人って、海外の人が日本に来るような番組とかやたらと好きだからな。俺も嫌いじゃないが」
「そうそう、なんていうかあたし、見世物にしてるみたいで好かないなぁ。オタク特集とかと同じぐらいそっ閉じ候補だもん」
「まあ、俺はなんていうか、桜を見ると春だな、って思えるのがいいな、って思っただけだよ」
「桜ねー、自転車の上に花びらが乗っかってたりすると、すっごいめんどいし、昔お花見してて花びらがお弁当の上に乗ったのがすっごいうっとーしかった記憶しかないなぁ」
「……そうか。なんていうか、お前ってやつは」
「な、何?」
「いや。お前らしいよな、そういうのが。……じゃ、疲れてるし部屋に横になるわ。遊びに来るなよ」
「ぐったり龍也くんなんかに構ってあげませんよー、だ」
「…………それはそれでなんか屈辱的だな」
「あははっ、おつかれ」
「……ん、ありがとな」
そう言って小雪と別れて、自室のベッドに横になり、なんとはなしに花蓮に連絡を取ってみた。……なんとなく、報告の義務があった気がしたんだ。
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のブログ記事からの転載です
半分実体験な、春のお話です