No.94696

恋姫✝無双 偽√ 第11話

IKEKOUさん

久しぶりの更新になります。

誤字、おかしな表現がありましたらご報告していただければ幸いです。

2009-09-10 19:53:58 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:16379   閲覧ユーザー数:12184

 

 彼と彼女らの邂逅は何を残したのだろうか。

 

 

 心優しい少年は決意する。この残酷な宿命を打ち破ろうと。

 

 

 純粋な心を持つ少女は理解した。それが誤りだということを知る術もなく。

 

 

 聡明な少女は俯瞰するしかできない。どうすることもできないままに。

 

 

 それぞれの思いを胸に彼と彼女らはそれぞれの時を過ごしていく。時代のうねりの真っ只中を。

 

 

 乱世の終わりで何を手にすることができるのろうか。

 

 

 それは誰もわからない。

 

 

 この世界の創造主でさえも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先の戦争の後、魏国内で天の御遣いである北郷一刀の名声は一気に高まった。魏王・曹操を天の力を持って救った英雄として許昌の民に迎えられたのだった。

 

 

 これにより北郷一刀は魏の一員として名実ともに認められたのだった。それは逆を返せば桃香達の所にはもう戻れないということである。

 

 

 理由は簡単だろう。桃香達は国を挙げて一刀奪還作戦を遂行した。内容は魏領に攻め入り一刀を奪い返すという言葉で表せば簡単なものだったが、実際は桃香達にとって政治的にもひいては風評すらも傷つける結果になるのだった。

 

 

 そしてやって来てみれば一刀の口から自分は自分の意思で曹操の家臣になったと聞かされたのだからもう桃香側からはどうすることもできなくなってしまう。

 

 

 また一刀が行動を起こそうにも魏で顔が知られるようになってしまっているので下手に動けば曹操に処断されることは目に見えている。

 

 

 もう後戻りができない最終線を越えてしまったのだった。

 

 

 

 

 時間は戻り、許昌付近の出城内。

 

 

 日が落ちても戦勝に沸く城内の喧騒から離れた場所の城壁の上に一人の青年の姿があった。彼は何もしないでボーっと地平線の向こうを見ている。

 

 

「一刀」

 

 

「ん?霞か、どうしたんだこんなところまで来て。強行軍で疲れてるんだろ?」

 

 

城壁の上に登ってきたのは霞だった。部屋にも戻っていないのだろうか、僅かに砂埃で汚れた服でその手には得物の青龍刀が握られていた。

 

 

「そんなんかまへんよ。それより劉備達のことウチが言うのもなんやけど・・・残念やったな。そんで徐州の方を見とったんやろ」

 

 

「まぁね」

 

 

 俺は霞の問いかけに対して応えはしたが目線をずらすことはできなかった。

 

 

「なぁ・・・一刀」

 

 

「なに?」

 

 

「ウチのこと怒っとる?」

 

 

「ううん、全然怒ってないよ。こうなっちゃったのも俺の力不足の所為だから」

 

 

 霞の声がなんだか震えているような感じがして、今の顔はあんまり見られたくなかったがゆっくり振り返る。怖がらせないように微笑んでみたけどうまくできたかわからない。

 

 

「なんで・・・」

 

 

「えっ?―――」

 

 

 どうしたんだ、と言おうとしたができなかった。理由は簡単だ。振り向いた俺の顔を見てから霞の顔はみるみる悲しげに歪んでいったから。

 

 

 驚いている間もなく、さらに大きな驚きが俺を包み込んだ。喩えでもなく実際に包み込んだ。

 

 

「カラン」と霞の手から偃月刀が落ちて乾いた金属音が響いた。

 

 

 霞はゆっくりとした動きで、と言っても俺の主観だが、こちらに近づいてきて何が起きたかわからないまま棒立ちしている俺をふわりと抱きしめた。

 

 

「いきなりどうしたんだよ?」

 

 

 霞は俺の問いにも応えず、左腕を腰にまわしギュッと自分の方に引き寄せ、右腕は俺の後頭部にまわして顔を自分の胸に埋めさせた。

 

 

「ごめんなぁ、一刀」

 

 

「だから霞は悪くないって言ってるだろ」

 

 

「じゃあ・・・なんで泣いとるん」

 

 

「えっ?」

 

 

 いったい霞が何を言っているのかすぐにはわからなかったが自分の顔が密着しているさらしがほんのり湿っているのに気がついた。

 

 

「そっか、また霞に情けないとこ見せちゃったな」

 

 

「そんなんええねん。言ったやろ、ウチは一刀の味方やって」

 

 

 霞は優しく俺の頭を撫でてくれる。

 

 

「うん・・・ちょっとだけ、あと少しだけでいいから胸を貸してくれないか?」

 

 

「ええよ」

 

 

 久しぶりに触れた他人の温かさに身を委ねて、この僅かな時間は何も考えずに心を落ち着けることができた。

 

 

 

 

 

 そうしてから少しの時間が過ぎて、霞に話しかけた。

 

 

「なぁ、霞」

 

 

「ん?」

 

 

「俺、皆に嫌われちゃったよ」

 

 

 ここで言った皆とは魏の面々のことではない。

 

 

「今はそうかもしれへん、けどここで立ち止まるつもりもないんやろ?」

 

 

「当然だよ。俺は天下なんて興味はないし、それこそ権力なんて欲しくもない。俺はただ俺の大好きな皆と一緒の過ごすことができれば他になんにもいらない」

 

 

「あぁ~あ、ホンマ羨ましいわ」

 

 

「どうしたんだいきなり?」

 

 

 不意に霞が唇を尖らせて媚びたような視線を向けてきた。こうしている霞をみると年相応、いやもっと実年齢よりも精神年齢が低いような感じがする。

 

 

 なんだか父親に甘える童子のようだ。

 

 

「いや~そんなに一刀に想われとる劉備達、そん中でも関羽と趙雲やな。羨ましゅうてかなわんわ」

 

 

「だからなんでなんだよ?」

 

 

「ウチもそのくらい誰かに想われてみたいってことや」

 

 

 霞は「誰か」の所だけを強調して意味ありげな視線を俺に向けた。鈍い俺でもその視線に込められたモノをはっきりではないが感じ取ることができた。これを霞が意識的にやっているのか無意識的にやっているのかまではわからないが。

 

 

「霞は美人なんだ、そんな相手の一人や二人ぐらいいるだろう?」

 

 

 口から出た言葉は完全な誤魔化しだった。なぜだかこのままだと愛紗を星を裏切ってしまう、そんな気がした。

 

 

「そんなんおらへんよ。ウチな、恋ってもんをしたことないねん。確かに男と接触することは職業柄何度もあった。せやけど一目惚れとかその類のもんを感じることは一度もなかってん」

 

 

 霞は話を続ける。俯きがちの霞の表情から感情を読み取ることはできない。

 

 

「そんでな、ウチって一生恋なんてせぇへんのかなぁって思ってたんよ。でも最近な、気になる男(ひと)ができてん。初めはただの頼りないヤツやと思ってたんやけど、違った。ウチ自己犠牲って弱い奴の言い訳、最後まで最善を尽くさへん逃げの手段やと思っててん。でもそいつはな、自分が嫌われ者になったとしてもな自分の大事な女(ひと)を守り続けてる。はっきりといつ好きになったかなんてわからへん。やけどウチもそいつに想われてみたいと思った。ウチも同じくらい想いたいと思ったんや」

 

 

 霞は自分の感情をすべて曝け出した。そして一度深く呼吸して、顔あげて俺を見た。その瞳には明確な決意が込められていた。

 

 

 俺はあわてて続きを言わせまいと霞の口を塞ごうとした。

 

 

「一刀、ウチ一刀が好きや」

 

 

 間に合わなかった。

 

 

 客観的事実からすれば俺は霞に告白された。

 

 

 まごうことなき告白だった。

 

 

 冗談だろうと誤魔化すこともできないようなきっぱりとした霞らしい告白だったと思う。

 

 

 霞の話からすれば彼女にとって初めての告白だったのだろう。

 

 

 それ対して俺が応えるべき言葉は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、霞の気持ちに応えることはできない」

 

 

 偽りない事実を告げた。残酷かもしれないが今の俺には霞の想いに応えることはできない。

 

 

「それって浮気はでけへんってこと?」

 

 

「そうじゃない。もう知ってるかもしれないけど俺は関羽と趙雲の二人と関係を持った。それに好きな女の子は沢山いる。浮気だなんだって言ってる状態じゃないさ」

 

 

「じゃあなんで?訳もわからんままやったらウチ納得でけへん」

 

 

 この時俺は思った。目の前にいる女性はなんて強いんだろう。俺だったら告白して断られたらそれなりに引きずるとは思うけど理由を追求できるほど強くない。

 

 

「よく考えてくれ、このまま俺と霞が恋人になったとして周りの人はどう思うかな?今回のことで魏の民は寛容になってくれるかもしれない。けど曹操の側近、夏侯惇や夏侯淵や荀彧なんかは俺に対してかなり不審に思ってる。それで俺と霞の関係を知ったら俺だけじゃなく霞まで―――」

 

 

「そんなんええねん…」

 

 

「っ!?」

 

 

「ウチが聞きたいんはそんなことやない。聞きたいんは一刀、あんたの気持ちや」

 

 

 有無を言わせないとはこんなことを言うのだろう。このまま霞の前で嘘や誤魔化しはできそうになかった。

 

 

「・・・好きだよ。友達とかじゃなくて女の子として霞のことが好きだ。この気持ちに偽りとか打算はないよ」

 

 

「じゃあ!」

 

 

「けど駄目なんだ」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ。わかるだろう?」

 

 

 俺の言葉に霞は声じゃなく首を上下に動かすことで答えた。

 

 

「だから今は駄目なんだ」

 

 

「えっ!?」

 

 

 今の霞の心を映し出すように不安げに揺れていた瞳に火が灯る。

 

 

「い、今なんて?」

 

 

「だから今は駄目だって言ったんだよ。俺のやらなくちゃいけないことが終わるのは何時になるかわからない。それにその終わりが俺が望むものじゃないかもしれない。もしかしたら死んでしまうかもしれない。それでもいいって、待っていてくれるって言ってくれるなら、俺は全力で霞の想いに応えてみせる。愛してみせるよ」

 

 

「・・・ホンマ?」

 

 

「もちろん」

 

 

「絶っっ対やで!」

 

 

「うん。でもその前に霞に愛想尽かされちゃうかもしれないけど」

 

 

「そんなんありえへんよ!」

 

 

「だったら嬉しいな。でもなんでそう言い切れるんだ?」

 

 

「なんでって、ウチ一刀のことめっちゃ好きやもん」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 あまりに真っ直ぐな言葉と表情に二の句を継ぐことができなかった。はっきり言って照れた。きっと今の俺の顔は真っ赤になってるに違いない。

 

 

「なぁ一刀」

 

 

「な、なんだ?」

 

 

 思わずどもってしまった。照れていたということもあるが、なにより霞の声色や仕草にまざまざと女性特有の艶やかさ、艶めかしさ、つまり女性として急に意識してしまった。

 

 

 思春期真っ只中の高校生なのだ。性欲だって人一倍な年頃、つまりお猿さんだ。愛紗と星と閨を共にしてから一切誰ともそんなことはしてなかったし、自分で手淫することもなかった。

 

 

 結論からいえば非常に拙い状態なのだ。下半身が。

 

 

「なぁ聞いとる?」

 

 

「あ、あぁ。ごめんちょっとボーっとしちゃってさ」

 

 

「なんか変やで?挙動不審ちゅうか、それになんでそんなに及び腰なん?」

 

 

「・・・なんでもない」

 

 

「ホンマか?」

 

 

「あぁ」

 

 

 未だ不思議そうな面持ちながらもなんとか納得してくれたようだ。

 

 

「そんでさっきの続きなんやけどぉ~」

 

 

「うん」

 

 

「ウチと一刀ってお互いのこと好き同士やんか」

 

 

「そうだよ」

 

 

「じゃあ口づけして」

 

 

 

 

 

「ぶっ!?キ、キス!?」

 

 

 思わず噴き出してしまった。

 

 

「“きす”ってなんなん?」

 

 

「そ、それは・・・口づけのことを俺の居た所ではキスっていうんだ」

 

 

「へぇ~、じゃあキスして」

 

 

「なぁ霞さっきまでの俺の話聞いてたか?それに約束しただろ?」

 

 

「うん。せやけど証が欲しいねん。それに口づけやったら証拠も残らへんし」

 

 

「だからって誰かに見られたらどうするんだよ」

 

 

「それなら大丈夫や。ここら辺には誰もおらへんよ」

 

 

「なんでそんなことがわかるんだよ?」

 

 

「気配でわかるやろそんなん」

 

 

 そうだった。霞は魏でも一、二を争う武将だってことをすっかり忘れていた。

 

 

「なぁええやろ?ん~」

 

 

 霞は言うが早いか目を閉じて顎をクイッと持ち上げキスの体勢に入った。睫毛が揺れている所を見ると緊張しているのだろうということがわかる。それが俺の庇護欲をおもっきり掻き立てる。それに唇はリップクリームを塗っているはずもないのに艶々と潤っている。

 

 

 まるで誘蛾灯に誘われる蛾のようにフラフラと吸い寄せられるように、磁石のS極とN極が引き合うように、俺の唇と霞の唇は近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様!!!!!!」

 

 

 あと数寸で唇同士が重なり合うというところで怒鳴り声が辺りに鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 俺はハッと声のした方に振り向き、一方の霞はというと少しだけ不機嫌そうに振り向いた。

 

 

「今何をしようとしていた!?」

 

 

 声の主は肩を怒らせながら此方の方に歩いてきた。全身から怒気と殺気を放っている。そしてその後ろから付き添うように歩いてくる影が一つ。そちらの人物は薄暗いせいもあってか表情から感情を読み取ることはできない。

 

 

「二人ともどないしたんこんな所で?」

 

 

「それは此方の科白だ」

 

 

 霞は何でもないといった感じで挨拶を交わす。

 

 

「別に何もしてへん。少し一刀と世間話してただけや」

 

 

「嘘を吐くな!!私は見たぞ。霞、お前がその男と抱き合ってそれから口づけしようとしていたのを!!!」

 

 

 夏侯惇は俺と霞を指さし、犯罪を犯した人を見るような視線と言葉をぶつけてきた。その言葉を発しようとした瞬間、夏侯淵が止めるような仕草をしかけたが遅かったかといった感じで額に手を当て小さくため息を吐いていた。

 

 

 同時に霞の顔が獲物を見つけた猫のようにニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「へぇ~、ずっと見とったんか。全然気づかへんかったわ」

 

 

「ふん、男なんていうモノに感けて腕が落ちたんじゃないか?」

 

 

 夏侯惇は得意げに答え続ける。

 

 

 俺は霞に「気配でわかると言ってたじゃないか!?」と口に出しそうになってしまったがここで言っても損はあっても得はないようなのでとりあえず様子を見ることにした。

 

 

「ん~どうなんかなぁ。よぉわからへんわ」

 

 

「ならばそんな男と慣れ合うのはやめることだな。それが貴様の為というものだ」

 

 

 霞に諭すように言い、俺を蔑んだ目で見た。すぐに横目で霞の方を見てみるとその笑みがさらに深くなるのが見えた。

 

 

 

 

それは優しくない笑み。

 

 

 

凄みのある笑みだった。

 

 

 

 

「あかんなぁ。いや~ホンマあかんわ」

 

 

「ん?なにを言っているのだ?」

 

 

 霞は振り返り歩き始めた。振り返る瞬間、霞の顔その表情に色が全くなかったことに不安を覚えた。

 

 

 同時に夏侯淵が身構えるのがわかった。夏侯淵は夏侯惇の居る位置から一歩引いた場所にいたのでその様子に夏侯惇は気づいておらず、不思議そうに首をかしげているだけだった。

 

 

 霞はゆっくりとした速度で数歩進み、不意に足をとめてその場に座り込んだ。

 

 

「どうしたというのだ?」

 

 

 夏侯惇の声が辺りに寂しく響いた。なぜだかわからないが妙な不安が俺の身体を包みこんだ。

 

 

 不安?

 

 

 なぜだ?

 

 

 霞の方に体ごと振り返りその姿を注視した。霞の行動は奇妙なモノであるのは間違いないが動作自体に不安を覚えるのはおかしい。

 

 

 座り込んだ?

 

 

 理由は?

 

 

 確かそこにあったのは霞が落とした偃月刀があっただけだ。

 

 

 それを拾う為だったとしたら今の行動に納得がいく。だけど今拾う必要があっただろうか。

 

 

 まぁそれはいいとしても、落ちている偃月刀を拾うのにわざわざ座る必要があったのだろうか?

 

 

 いや、ないだろう。ただ腰を曲げるだけで事足りる。

 

 

 どこかで見たことがある気がする。この姿勢を俺はいつか何処かで見た気がした。それはこの世界に来てからじゃない。

 

 

 そう。

 

 

 日本にいる時にテレビで見た。なんていう番組だったかなんて覚えていないがその映像は鮮烈に脳裏に焼き付いている。

 

 

 肉食動物の狩り。

 

 

 それに酷似していた。

 

 

 その猛獣は獲物を狩る時に気配を殺し近づく、もしくは草むらにその身を“伏せながら”待つ。

 

 

 四肢に最も力を込めることができる姿勢を、体勢を整えるのだ。

 

 

 捕食者は感じる、目で耳で鼻で温度で。それが持つすべての感覚で。一撃で獲物を“殺害”することが可能な瞬間を。

 

 

 ツーッと俺の頬を薄ら寒い汗が伝う。身体を動かすことができない。

 

 

 風も無いもの寂しい城壁の上を歓声の上がり続けている城内とは別の空間であると錯覚を起してしまいそうな緊張感が周囲を覆い尽くす。

 

 

 霞から目が離せない。

 

 

 俺の居る位置は夏侯姉妹と霞を結ぶ戦場から僅かに外れた場所にある。すでに夏侯淵は警戒して何時でも動けるような姿勢をとっている。一方の夏侯惇は俺が霞の身体を半分ほど隠した形になっているので未だに首を捻ったままだ。

 

 

 あまりに鈍感すぎないか?

 

 

 そう思ったがすぐにその考えは自分自身で打ち消した。そうなのだ、霞と夏侯惇は“仲間”だったのだ。

 

 

 単純であればあるほど人を疑わず裏切られると思わない。それは短所でもあり長所(美徳)でもある。

 

 

 そう、例えば愛紗みたいな。

 

 

 ふと場の空気が緩むのがわかった。霞の身体から強張りが解けた。夏侯淵も息を吐いて同様に強張りを解いている。

 

 

 瞬間。

 

 

 さっきまでとは全く違う、異質な緊張が走った。生々しすぎるような隠す気もまるでない殺気。

 

 

 それを感じる間もなく霞の“居たはず”の地面が爆ぜ、俺の目の前を一迅の風が吹き抜けた。

 

 

 鈍く光る其は刃。

 

 

 突きつけるは頸元。

 

 

「それ以上口ぃ開いたら・・・殺すでぇ」

 

 

 霞は低い姿勢から夏侯惇を睨みつけながら底冷えするような言葉を歪んでいるとも笑っているともとれる口から吐き出す。

 

 

 夏侯惇は動揺から声を出すこともその場から動くこともできずにいた。その場で一番早く動き出したのは夏侯淵だった。

 

 

 服のスリットの部分から一本の矢を取り出し霞の前に突きつける。同時に矢を持っていない方の手で姉の夏侯惇を庇っている。

 

 

「血迷ったか、霞!?」

 

 

 普段の夏侯淵からは聞くことができないような焦りの混じった声で霞を怒鳴る。

 

 

「なんや秋蘭、邪魔する気ぃなんか?」

 

 

「当然だろう。なぜ我々を裏切るような真似をする?その男に本当に唆されたのか?」

 

 

「違う、いうても信じてくれへんのやろ?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「まぁええわ、理由の一つは教えるたげるわ。ウチは武人や、人間である前に武人なんや。それを馬鹿にされて黙っとれるほど気ぃ長くないねん。あんたらやったらわかるやろ?武人の武がどれほどのもんなんか」

 

 

「それは・・・」

 

 

 夏侯淵は言葉を詰まらせる。そんな瞬間を霞が見逃すはずがない。夏侯淵の持つ矢を偃月刀で弾き飛ばした。

 

 

「っ!?」

 

 

「そんなちんけなモンでウチを脅すなんて甘く見すぎとちゃうんか?今、目の前に立っとるんは武将・張文遠や」

 

 

 その言葉に反応したのは今まで沈黙を守っていた夏侯惇だった。夏侯惇は夏侯淵の腰を抱えると素早く後方に跳躍した。

 

 

「姉者っ!?」

 

 

「大丈夫か、秋蘭?」

 

 

「あ、あぁ」

 

 

「そうか、じゃあ少し下がっていてくれ」

 

 

 僅かな逡巡の後、夏侯淵は一歩下がった。

 

 

 夏侯惇は背に装備している大剣を抜き放ち霞を見据える。

 

 

「確かにさっき言ったことは私に非がある。すまなかった。だが華琳様に仇なすというのであれば許すことはできん」

 

 

「仇なすとかそんなんはないねんけどなぁ。惇ちゃんがやるっていうんならちょうどええわ。あん時着かへんかった勝負の続きをやろうやないか」

 

 

 二人を中心に殺気が収束していく。

 

 

 魏建国以来最大の大喧嘩が今始まろうとしていた。

 

 

 それなのに俺は未だに動くことができずにいる。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき・・・というか反省文

 

 

 

前回の投稿からずいぶん長い時間がかかってしまい申し訳ありませんでした。

 

 

別に書く気がなくなったとか病気になったとかではありません。ただ長年使っていたパソコンが逝去されてしまい新しいパソコンを買う為にバイトに勤しんでいただけです。

 

 

またパソコンがないためネットを繋ぐこともできませんでした。一度だけ友人宅からのぞきはしたのですが・・・。

 

 

これからは通常通りに投稿していきたいと思いますのでよろしく願いたします。

 

 


 
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