No.946937

邂逅 その後で

クサトシさん

4月1日西海ノ暁25で配布予定「見慣れぬ存在」の一部
艦娘、提督、司令官、海上自衛隊、海軍が全く出てこない艦これ二次創作小説です。

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1.邂逅 http://www.tinami.com/view/944026

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2018-03-29 20:52:37 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:374   閲覧ユーザー数:374

 玄関を開けるといつもどおりの暗闇が待っていた。すぐ傍のスイッチ一つで部屋全体に明かりが灯され、そこには彼の部屋が主人を待ち続けていた。

 古賀崎(こがさき)孝二(こうじ)はそのことに何か特別な感情を抱くことはない。毎日目に入る光景なのだから。何か変化があれば、と望むことがあるが、自分しかこの部屋を使うものはいない。自分が変わらなければ何も変わらないことを古賀崎は分かっている。分かっているつもりだ。

 古賀崎孝二は教師をしている。眼鏡をかけ、黒髪で前髪がだらんと下がっているが、眉までは届いていない。傍から見れば、真面目と言われるが、生徒からは面白くない、と言われている。

 週末に早々と帰宅できて、何を食べようかと冷蔵庫を開けて考えるが、茶色の革の鞄に詰まった宿題をこなさなければ、という考えが邪魔をする。思考が絡まり、蜘蛛(くも)の巣を払うようにそれを煙たがったが、それは中々剥(は)がれなかった。眼鏡越しに見える冷蔵庫の中身は朝と変わらない。

さてどうするか、と冷蔵庫の戸を閉めると、皿が置かれることを期待する静かな食卓の主張とやっと扉を閉めたことに喜ぶ冷蔵庫の声がうるさかった。他に何かうるさいな、と感じた。食卓が映る視界の隅で、何か光ったのが見えた。一度気のせいかと思ったが、どうやら固定電話の留守電マークが点滅していた。

 実家から何かあったのかと冷蔵庫を離れ、確認すると、見慣れぬ番号からだった。留守電が入っていたのでボタンを押した。

 流れたのは聞き慣れない男の声だった。

「古賀崎、久しぶり。俺、あー、アカクラ。アカクラゲン。覚えてるかな。中学校以来になるか。」

名前は、覚えていた。

 赤(あか)倉元(くらげん)。お調子者でガキ大将のような、ただ、クラス内のヒエラルキーはそんなに高くはなかった。いわゆる、いじられキャラ、だったか。昔の記憶を掘り返すのは中々難しい。ただ、うるさい声がすると思い、視線をずらせば、だいたい彼がいたことを思い出した。

彼とは小学校、中学校が同じで、小学生のころに一度同じクラスになった程度だ。そんなに話した覚えはなかったはずだが、何故、そんな赤倉が自分に電話を掛けてきたのか、と考えていると、赤倉は小学校の頃、担任だった先生から自分の番号を聞いた、と話していた。教師になって、あの人とは少し面識があったのを思い出して、成程、と勝手に納得した。

 一人勝手に話が進んでいき、宗教の勧誘だろうか、と考えていると、

「少し、お前とだけで話したいことがあってな。急で悪いが、今日の十九時ぐらいに、駅近く、かな。居酒屋の『雨時々』に来てもらえるか。返事はしなくていい。来ないなら一人で飲んでるから。じゃあ。」

 声が途切れたと思うと、普段耳にしない女性の声が、赤倉から電話がかかってきた時間を伝えてくる。帰ってくる少し前に電話がかかっていたようだ。

宗教ではなさそうだな。

少し考えるように、額を隠していた前髪を掻き上げて、頭を掻き始めた。明日は休みであることをカレンダーで確認する。宿題があるが、食事は考えなくて済む。自分の部屋を見渡し、たまにはこういう日があってもいいか、と呟いた。

駅前に行くには、十分すぎるほどに時間がある。眼鏡を外して、古賀崎は浴室へと向かった。

 

 目的の場所付近を歩いている古賀崎には二つの不安があった。

 古賀崎は、酒を飲んだことがない。なので、居酒屋という場所に寄ることもなかったし、飲食店でもアルコール類を頼むことはなかった。酒に酔う、という感覚は話では聞くが、ほぼ初対面に近い者と会う時に変なことをしなければいいが、と最悪の状態を妄想していた。そんな懸念もあって、先に風呂を済ませた。

 もう一つ心配なこととして、目的の場所である『雨時々』の場所を古賀崎は知らない。ただ、時間もまだあるので、駅前のタクシーの運転手に聞けば大丈夫だろう、と少し散歩をしていた。駅前に居酒屋が密集している、居酒屋通り付近だろうと向かっている途中、まだ日が落ちていないというのにやたらと店の外回りの照明がうるさい店が、ぽつんとあった。その付近の道路や歩道は、近くに博物館や大型デパートがあるためか綺麗に整備されていて、まるで、ずっとそこにあったかのように、時代に取り残されたような違和感を、古賀崎は感じていた。

 店は昔の空き地を区切るような長板の壁に面しており、道路側の三面はガラス張りになっていた。店内の様子を見ようにも、ガラス張りから見えるのは、ずらっと並べられた木枠の棚、そこに様々な酒瓶が何段にも並べられていた。どうやら酒屋のようだ。店の奥の、店員がいるカウンターも店内の商品棚も全て木製のようで、古賀崎は一言、御洒落だな、とただ一言、漏らした。

普段酒を飲まない古賀崎であれば、珍しい店もあるものだ、とさほど見向きもしなかっただろうが、酒を飲むかもしれない、と考えると少し興味が湧いていた。酒瓶にも色々と種類があるのだな、と小学生の頃、ある文房具屋が鉛筆を何段にも渡って陳列していた事を思い出していた。

 あの時は試し書きなんて出来なかったから、匂いを嗅いだりしたな。

 古賀崎はその店に入ることはなく、手前の左側面から右側面までを、ガラス越しから綺麗にラベルを外に見せるよう陳列している酒瓶達と中の様子をちらりと眺めながら、ゆっくりと歩いた。ガラス面の壁には、昔の、人物を描いた油絵のようなビールの宣伝ポスターが貼り出されていた。ただ、その雰囲気をどことなく嫌いになれなかった。

 中にいる店員から変な男がいる、と言われないか、と心配していたがなんなく右側面へと辿り着き、折り返して、また違う段の酒瓶を眺めていた。右から左へと戻ろうとする途中、恐らくそこが正面なのだろう、正面入り口から入って左手に、二階へと上がる階段を見つけた。おや、と思い、一歩離れると、古賀崎は、今、その店が二階建てだということに気が付いた。そして、その二階にある店の名前が『雨時々』だった。

 時間を見ると、待ち合わせの時間を少し過ぎようとしていた。

 そんなに時間を潰していたか。

 店外をうろうろしていたことに一階の店員から変な眼差しを送られるかもしれないが、それよりもわざわざ時間に間に合うよう来ているのに遅れている事実から目を背けることの方が嫌だった。

 酒屋の入り口に入り、すぐ左手の、目的の店名が記されたガラス戸を押し開けて、二階へと登った。

 

 店内に入ろうとする前、週末なのもあるのだろう、客の活気が一斉に耳に入ってきた。入店したのに気付いた店員の一人に声を掛けられたので、赤倉という名前で、二人の予約が入っているか、と聞くと席に案内された。

案内すると言ってもすぐ近くのカウンター席で、その店員と話していた時にそれらしき後ろ姿も見えていた。

「赤倉か。」

短髪で刈上げた、ガタイのある男がカウンター席の端に座っていた。その隣の席に座る前に声を掛けた。店員に案内されてもらったとはいえ、間違っているといけない。

「ああ。よう、古賀崎か。久しぶり。」

既に注がれているグラスを掲げて、先に一杯やってるわ、と挨拶をしてきた。人間違いでないことが分かったので、安心して隣の席へと座った。

「何飲む?ここはお気に入りでな。いいのが沢山あるぞ。」

「すまないが酒を飲んだことがなくてな。」

「一度も?」

「ああ。」

「そうかあ。飲んでみる気はあるか。」

「そう、だな。せっかくだし。」

「そりゃあいい。無理なら俺が飲むさ。」

と、適当にツマミと酒を赤倉が頼む。隣で古賀崎は手拭を受け取っていた。一頻り注文し終わった後、赤倉がこちらを見ていた。

「それにしても、変わったな。古賀崎は。」

「そうか?」

「中学の頃は勉強できて大人しそうなやつ、とは思ってたけどまさか先生になるとは思わなかった。教えるのが好きだったなら、俺にも勉強教えてほしかったな。」

「そんな大したものじゃない。」

教師になったのもなんとなく楽そうだと思ったからだそんな大した思想は持ち合わせていないし、今はそこから逃げられなくなっているのを少し後悔することもある。

「そうか?」

嫌みのない返事だった。

「そうさ。」

ついでに聞いておく。

「そっちは。」

自慢するかのように腕を叩いて、

「漁師。先が見えない時もあるけど楽しいよ。満喫してる。」

「すごいな。」

「それしかできないだけさ。」

 無垢な笑顔でそう返事をしてきた。

 ガタイがいいとは思っていたが漁師をやっているとは思わなかった。いや、何をやっていてもそう思っていただろう。なにせ、こちらは赤倉のことをほとんど知らないのだから。興味がない者から興味がないことを聞いて、その答えが思っていたのと違ったことに驚いているだけだ。

 そう話していると、先程注文していたモノが運ばれてきた。

「それじゃあ、」

と、赤倉は飲みかけのグラスを掲げ、古賀崎は慣れない手つきで注いだおちょこで乾杯した。

「どうだ?」

身体が少し暖かくなるのを感じた。

「悪くはない。」

「そりゃあいい。」

酒は楽しく飲めた方がいいからな、とグラスに入った酒を赤倉は豪快に飲み干して、次のを注文した。

「それで、話ってなんだ。」

「ああ、そうだな。」

「どこから話そうか。俺が漁師やってるのはさっき言ったな。」

ああ、と古賀崎は返事をする。

「それでこの前、漁に出た時に、変なものを見た。」

「変なもの?」

深海生物が引っかかっていた、とかそういうのか。

「細かく話すと恥ずかしいんだが、簡単に言うと、船から落ちてな。溺れかけた。」

「船の上で仲間と話して、少し夜景を拝もうと一人になったら、いつの間にか海の中だ。パニックになってな。後々気付いたがスクリューに巻き込まれでもしたら海の底か、」

目の前にある肴を箸で摘み、「これになってたな。」と、食べることなく、肴を皿に戻して話を続ける。

「で、だ。溺れかけた時に船の近くにいた俺を誰かが少し離れたとこまで引っ張ってくれた。服の、首のとこだな。」

赤倉は、自分の背中側のネック部分を軽く引っ張って見せた。

「しばらくそのまま引っ張られて、船からそこそこ離れたとこで離された。振り返ったんだが、そこに人が立ってた。海の上でだ。」

赤倉は頭を押さえながら乾いた笑いを漏らしていた。

「訳わかんなくなって一瞬、溺れかけた。それで体勢建て直して、顔上げたらそこに誰もいなかった。」

そのまましーんとなった。周りのガヤが、余計に古賀崎たちを孤立させるように切り取りだす。

「それで?」

「それで、って?」

赤倉が聞き返す。

「いや、古賀崎さ、もっとリアクションあるだろうよ。」

「お前は、」

おちょこに酒を注ぎながら古賀崎は続ける。

「それはお前の見間違いだ、そんなこと現実にあるわけがない、頭でも打ったのか、って言ってほしくてわざわざ俺を呼んだのか。」

赤倉の目を見て、そう言った。

「いや、まあ。」

赤倉は言い淀んで、酒を一口飲んだ。

「そうだよな。そういうとこはある。あった。」

「俺も、あの時は突然のことで訳がわからなくてなった。でも、こんなこと笑われるだろう。実際、仲間たちからは笑われたし、上司からは病院行けって言われる始末だ。そんなもの見てないってな。」

頼むから笑ってくれ、とでも言いたげだった。

「だけど、俺は見たんだ。確かに覚えてる。確かに見た。それは間違いないんだ。」

「海に落ちた。船から離れたとこにいた。ここは、仲間達も俺がいないって分かって、救助しようとして同じのを見てる。でも海の上にだぞ。人が立ってたんだ。それを、見間違うわけないだろ。」

「信じるさ。」

古賀崎はちびちび飲んでいた酒を飲みほした。

「お前、酔ってる?」

「さあ。」

店員を呼んで同じものを頼んだ。

「見たんだろう。」

「ああ。」

信じられたのを呑み込めないのか、赤倉の返事は言い淀んでいた。

「確かにそんなのは現実に存在しないし、そんな海の上に人が立っているなんて、聞いた覚えもない。」

「海坊主、なんてのも思ったが、あれはタコだ。人を見てタコっていう奴はいない。だから、お前は確かに見たんだろうさ。よくわかんないものを。」

「それでいいのさ。お前は何かを見た。他は見てない。皆が言う現実を信じるか、目の前に映ったものを信じるか。それで終わりだ。」

「疑わないのか。俺が嘘ついてるって。」

「わざわざ俺と話すために、小学校の頃の担任に電話するか?信じるさ。まあ俺も見てないから何とも言えないけどな。」

正直、眉唾ではある。だが、まあ面白い話だと思った。真(しん)に信じたって訳じゃない。面白いから信じようと思った。それだけだ。

「そうか。」

長い空白があった。古賀崎が言ったことを呑み込んでいるのだろう

「やっぱりお前に話せてよかった。」

「また助けられたなあ」

また?

「また、って俺何かしたか。」

「覚えてないか。」

「全然。」

「小学校の頃だ。三年だったか。同じクラスだったろ?」

「ああ。はっきりとは覚えてないが。」

「その時もおんなじようなことがあってなあ。小学校から離れたとこに川、あったろ。森に囲まれた。」

「そういえばあったな。」

「あそこで河童を見たんだ。」

「河童?」

酒のせいだろう。少し頭が痛くなったかもしれない。

「そう、河童だ。」

「もう、その時の記憶も薄れて、本当に河童かどうかだったか、姿をはっきりと覚えてないが、河童を見た、ってのは覚えてる。」

「それで、河童を見た、と言うわけだ。当然笑われ者になる。本当に見たんだが、疑われるっていう考えはなかったからな。」

「それで、信じてくれたのがお前と数人だけだ。その中でもお前は目を輝かせて、一緒に河童を見に行こうと言ってくれた。俺もお前も何日か川に行ったが見えなかった。それを、何度か他の奴に行くところを目撃されて、笑われて、嫌になった。お前にまでそれを広げたくないと思って、お前からも距離をとった。丁度クラス替えだったからそれで離さなくなったのかもなあ。お前、それでいじめられた?」

「さあ、覚えないな。」

嘘だろう、と言いそうになった。自分の知らない過去を他人が話しているようなものだ。ただ、少し嫌な気分になってた時期があったのを覚えている。それで閉じていたのかもしれない。

「と、まあそんなわけで一度話そうと思ったわけだ。」

話すのに夢中で目の前にある料理は一つとして手が付けられていない。それをもったいない、と赤倉は大急ぎで食べ始めた。

「少し、思い出した。」

口にものを入れたまま、「だろ。」と同意を求めるように赤倉は反応をうかがっていた。

「メダカがいたな。」

「河童は?」

「さあな。」

少し笑いながら答えた。赤倉も少しふっきれたように笑っていた。それから少し思い出話が続いた。

 

 店を出た後、

「ありがとう。」、と赤倉がそう言った。

「話を聞いただけだ。何もしてない。」

「何もしてないわけないさ。話を聞いてくれた。信じてくれた。それだけで充分だ。」

吐く息が白くなっていた。

「酒、旨かったか。」

「ああ。」

「そりゃあ、よかった。また飲んでくれるか。」

「ああ。」

「お前、変わってなくてよかったよ。」

 お前どっち、と聞かれたので、帰る方向を指差すと、反対側だな、と赤倉が言う。じゃあな、と少し落胆したような声で言った。

変わってなくてよかった。

お前の真面目な話を、面白いから信じようとした俺と目を輝かせて信じていた俺は、きっと違うだろう。そんな自分に嫌気がさした。一階の酒屋の光が、そんな自分の中を浮き彫りにするように照らしていた。

 酒瓶を1つ、適当に買った。酒を飲めるようになったんだ、変われるはずさ、と自分が後押しした。

 いつも灰暗く見えた街がご機嫌になったように見えた。

 


 
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