No.945849

夜摩天料理始末 31

野良さん

式姫プロジェクトの二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/945327

2018-03-20 22:43:51 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:647   閲覧ユーザー数:641

 閻魔帳の改竄。

 それは、冥府において、最も重い罪の一つ。

 閻魔がさりげなく放り込んだ、とんでもない言葉に凍り付いていた法廷内の空気が、それが各自の腑に落ちだすと共に静かな熱を帯びだし、それに伴い、互いを探り合うような、猜疑の視線が飛び交いだす。

 そんな、ピリピリした空気が廷内に満ちた頃合いで、閻魔は呑気そうに口を開いた。

「という訳なんだけど、今自首してくれたら、私を楽させてくれるお礼として、罪の一割くらいは減じてあげるわよー、お買い得よー」

「……八百屋のたたき売りじゃあるまいし」

 ぼそりと、傍らの閻魔にだけ聞こえそうな低い声で夜摩天がぼやく。

「実際、自首してくれないと、証拠のたたき売りになるけどねー」

 こちらも低い声で返してから、閻魔は夜摩天の顔をしばししげしげと眺めてから、更に声を低めた。

(驚いてないのね?)

(既に可能性に関しては報告を受けていましたので)

(あら、つまんない)

(何を期待してたんですか、一体)

(夜摩天ちゃんが驚き慌てる顔)

(全く……生憎その顔は、本人が忘れて久しいですよ)

(だから見たかったんだけどねー)

 

「自首と言われたな、閻魔殿」

「耳が悪くなって無いようで何よりね、宋ちゃん」

「誰が宋ちゃんか!」

 激発しかかった宋帝だが、流石に自重して、殺意に近い視線を閻魔に向け、改めて口を開いた。

「つまり、閻魔帳の改竄などという重罪を犯した者が、ここに……我ら十王と獄吏、そして見る目嗅ぐ鼻の中に居ると、仰るのかな?」

「逆に聞きたいんだけど、それが出来る存在が他に居るとでも?閻魔帳の管理は、下調べの当番と合せて、十王の回り持ちだったと記憶してるけど、そんなに笊警備だったかしら?」

「ぐ……」

「無論、我らの手で厳重に、責任もって管理しておりますよ、閻魔殿。疑われるとは心外ではありますが」

「悪いわねー都市ちゃん。残念ながら甚だ疑わしいのよ。で、閻魔帳の改竄の疑いが生じた時点で、疑いの範囲は自然と絞られるわけ……ああ、他に私と夜摩天ちゃんも被疑者になるわね」

「当然ですね」

 傍らで、夜摩天が頷く。

 起きた事に関して、可能性から論じるのは当然の事。

 そして、可能性の前に、貴賤の別は無い。

「……我らを疑うという、その発言の重みは承知しておろうな、閻魔殿」

「そうねー、間違ってた場合、私のクビで話が済めば穏当だろうなー、程度には思ってるわよ」

(……馘首に関しては、あんまり彼女への罰にならないんじゃないかしら)

 一瞬そんな益体も無い事を思ってしまった夜摩天ではあるが、流石に閻魔はそこまで阿呆では無い。

 仕事を辞めるなら、もっと後腐れなく、面倒な話が来ないように、上手い事辞めるはず……妙な話だが、自分が楽をする為の方策を考える時の閻魔の有能さに関しては、夜摩天は絶大な信頼を寄せている。

 

「さて……自首してくれる気も無いみたいだし、取り敢えず、私が調査した事並べてくわね」

 そう言いながら、閻魔が提げていた荷物の包みを解く。

「……死衣?」

「そうよ、奪衣婆ちゃんがお愉しみがてら、三途の川の辺で引っぺがす、死者の虚飾……そして生前の罪科の重みその物」

 ほい、持ってみて、そう言いながら、閻魔が数着の衣を十王に回す。

「軽いですね」

 眼鏡の奥で夜摩天の目が僅かに光る。

 それをちらりと見ながら、閻魔は自分が控えて来た帳面に目を落とした。

「そうねー、問題はこれの持ち主が、無間地獄に落とされてるって事かしらね」

「な……!」

 困惑の声の中、閻魔は持っていた衣を、ほいほいと回していく。

「こっちが黒縄、こっちが餓鬼、こっちが畜生に落ちた人の衣」

 何れもふわりと軽く、あまり穢れの無い衣が自分に回ってくる度に、十王の顔に困惑の色が深くなる。

「判るわよね、どう考えてもおかしいのよ」

「確かにこれは……」

「妙な」

 そんな声の中、夜摩天の表情が若干険しさを増す。

 詰まる所、それは、自身の判決が間違っていたと言う事に他ならない。

 数をこなす必要は有った、だが、それでも、必要な調べは手を抜かずにやって来たつもりだったが……。

「……で、ここからが問題、婆ちゃんはその日の終わりに、計った衣の重みや、三途の川を渡る時の船に掛かった重み、後はどのくらい、心のこもった供養されたかってのを調べた奴を文書にして、閻魔庁に届けてくれてる訳だけど、そこから当直の十王が特に選んだ配下と、下調べをやる事になってる」

 ざわめきは、今や完全に消えていた。

 固唾を飲む事すら憚られるような、そんな沈黙。

 

 ここに居る、全ての存在が理解した。

 これは閻魔の取り調べでは無い……。

 衆人環視の中での告発なのだと。

 十王の中から、様々な声が上がりだす。

「しかし、奪衣婆の報告書は、冥府の法廷にも提出されていますが」

「その報告が、意図的に書き換えられたら、こんな事も起きるって物よね」

「つまり、閻魔帳の改竄のみならず、下調べでも不正が有ったと?」

「逆よ、閻魔帳の改竄やるには、下調べ段階での不正と組み合わせないと、辻褄が合わなくて露見する恐れが高くなる」

 それに、閻魔帳の改竄やらかしちゃえば、後はこれ以上に重い罪も無し、下調べでの不正なんて、毒饅頭食った後の皿みたいな物。

 肩を竦める閻魔に、肝心の……そして皆が最も知りたい、質問が飛んだ。

「……閻魔殿、して、その下調べを担当していたのは」

「あー」

 面倒だし言いたくないんだけどなー。

 ほんのかすかな希望を込めて、閻魔が十王の座る席に目を向ける。

 その中の一つの目が、静かなあざけりを込めて見返して来た。

 ふぅん、そう来るんだ。

 まぁ、確かにまだ白旗上げるには早いわよね。

 一つ肩を竦めて、閻魔は無造作に、その名前を廷内に放り出した。

 

「で、合ってるわよね?都市ちゃん」

 緊張とざわめきが走る中、彼は相変わらず穏やかな表情を崩さずに、首を横に振った。

「違いますよ、閻魔殿」

「あらそうなの、困ったわねー」

「困っているのはこちらですよ、こう見ると反省すべき下調べの拙さはあったかもしれませんが、それを意図的な物と言われましてもね」

「そうなのよねぇ、悪意の所在って奴を立証するのは、これが何とも難しい」

「でしょう?」

 

 にこやかに……その表面だけはにこやかに交わされる二人のやり取り。

 口を出したい衝動に駆られる……だが、夜摩天は静かに、閻魔の進める話を見守っていた。

 閻魔……貴女は、何をどこまで掴んでいるの。

「流石に皆強いな、中々悪くない戦振りだ、今夜はこれで凌げるかな?」

 屋敷内の望楼から、周囲の戦況を見守る二人。

 熊野は、返事が無い傍らの旧友に目を向け、それが思ったより硬いのを見て、眉を顰めた。

「皆が強いのはその通りだが、状況は必ずしも良くはない」

「ふむ、どの辺りが?」

「奴が逃げない……いや、逃げる気振りが無い事さ」

 解せない。

 そう小声で呟く鞍馬に、熊野は訝しげに問い返した。

「あの大妖が、そうそう簡単に逃げるとも思えないな、実際、致命的な傷を受けるような状況は無い訳だし」

「その辺の単純な妖怪なら、確かにそうなんだが……」

 難しい顔で空を睨んで、鞍馬は言葉を継いだ。

「奴ほどに頭が切れる妖怪なら、現状、ここで粘る利が少ない事は把握できている筈なんだ……」

 そして、そう判断した時、奴は何のためらいも無く逃げるだろう……その事を恥に思う類の敵では無い。

 考えを纏めたいな……聞いてくれるか?

 そう口にした鞍馬に、熊野は無言で頷き返した。

 

「館に侵入出来ない事は、奴も確認した筈だ、現状では、主君(あるじくん)を直接害する事で、黄龍の封を破る事は出来ない」

「そうだね」

 

「私たちを損耗させるのも、期待薄。現状では、妖狐の方が、受けている損害は遥かに大きい」

「然り」

 

「援軍の可能性、これも薄い」

「それが判らないな、そう判断した根拠は?」

 

「今までの行動を見る限りではあるが、奴らは基本的に単独で動く」

 その高すぎる自尊心故か、尾同士で、功を争っている節もある

 実際、これまで奴らと何度か対峙したが、互いに連動した事は全く無いのだ。

「……成程、ある話だ」

 妖怪は、大妖怪と呼ばれる程の存在になるほど、自尊心が高く、他者との共闘を好まない。

 有利不利のみで、離合集散が出来る人達が、時に妖怪に対して優位に立つ事が叶うのは、この妖怪の性質に依る所も多い。

 実際、過去の都での大戦も、酒呑童子と玉藻の前とが手を組んで同時に仕掛けてこられていたら……恐らく、人の側が敗北していただろう。

 

「奴自身が配下にしている妖などは居るだろう」

「うむ」

「だが、それらは、現在、おつの君達を引き付ける役を果たしている筈だ」

「別働隊として、私たちを分断する役、という事だな……だが、私たちを分断するだけなら、彼を毒殺した人の軍隊で足りるのではないかな?」

「人では、彼女たちの足止めにもならないよ、逆に、今に至るまで彼女たちが戻ってこないのが、その答えになると思う」

「……ふむ、確かにな」

 

「更にいうと、おつの君達を倒した妖怪が、援軍に駆け付けるという状況も考えづらい」

「それは、どういう事かな」

「おつの君達を倒し、尚余力があるような、それ程に強大な妖なら、玉藻の前自身なら兎も角、あの分身に従うとは考えづらい」

「確かにね」

「そういう事さ」

 

 鞍馬は戦場を睨んで、口を閉ざした。

「なるほどな、奴が不利な状況である事は良く判った……所で、逃走を期待しているのに、何故こちらから仕掛けた?」

 あのまま放っておけば、奴は逃げる心算だった。

 それに対して、戦を仕掛けたのはこちら。

「手痛く一撃喰わせた上で退かせれば、こちらがしっかりと襲撃に対しての備えをしている事が奴に把握できる、奴はそれに対応する策なり手段を用意する必要が生じる訳さ……私たちは、その分、時間が稼げる事になる」

 その間に主君さえ、戻ってきてくれれば……。

「なし崩しに始めた戦闘かと思っていたが、そこまでよく考えが及んでいる物だね」

「お褒め戴いて嬉しいが、恐らくあの狐もそれに近い判断はしている筈さ」

「……なのに、退かない」

「そう、恐らく、奴はまだ、何か私が把握していない切り札を持っている」


 
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