No.945107

さよならライアー

カカオ99さん

以前書いたものを手直しして投稿。ZEROのインタビュアーのブレット・トンプソンが04の大陸戦争直前のエルジアにいて、ZEROの黄色中隊カラーのエースは黄色の13という設定の話。ネタバレと捏造だらけなのでお気をつけて。13のほかの若気の至り→http://www.tinami.com/view/1003210

2019/8/14追記。7コレクターズエディションの特典ブックレットの設定がふんわりと入りました。

2018-03-14 23:17:18 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:803   閲覧ユーザー数:803

   1

 

 二〇〇三年、エルジア共和国。とある地方の基地のある街。

「さむっ!」

 ブレット・トンプソンは行き付けの酒場へ行くため、肌寒い夜道を小走りで急いだ。

 今年はエルジアにとって激動の年になる。それは多くの人がなんとなくだが、肌で感じ取っているもの。

 オーシアのテレビ局OBCも取材の準備に余念がない。首都ファーバンティにあるユージア総局を始め、支局も軒並みいそがしい。

 そしてトンプソン自身もオーシア本局への異動が突然決まり、激動の年だと感じていた。同僚からは「栄転だな」と言われたが、トンプソンは風の噂をいくつか耳にしていた。

 仲が悪い本局の編成局長とユージア総局長の調整役として、二人に縁がなくて無害、かつエルジアの事情を知る者が必要。そこで白羽の矢が立ったのがトンプソン。

 なんとややこしい人事かと、選ばれた側は今から苦労がリアルに想像できて、ため息が出る思いだった。

 うつうつと考えている間に目的地に到着したので、酒場のドアを開ける。

 いつもより騒々しいと思ったら、エルジア兵たちがたむろしていた。ここは空軍基地が近いので、彼らの行き付けでもある。

 普段座る席は陣取られていたので、トンプソンはカウンターに座った。寒かったのでホットウイスキーを注文する。うしろからギターの音色が聞こえてきたので、今日はエースパイロットの隊長が来ていることを察した。

 店内を見回すと、隊長に影のように寄りそうあの女性の不在に珍しさを感じつつ、バッグから手帳を取り出した。明日の取材コースをチェックする。

 エルジアでの最後の仕事は、隕石ユリシーズがもたらした難民問題について。俗に言うユリシーズ難民。

 隕石は多くの街を破壊し、命を奪ったが、意外にも隕石落下で世界は滅亡しなかった。今では滅亡しなかったことのほうが夢のようだった。

 とはいえ、現実問題は厳しい。ユリシーズ難民は各国の摩擦を激しくした。

 大国だからなんとかしてくれとエルジアに頼る小さな国々。これ以上はなにもできないと悲鳴を上げるエルジア。たがいの不満は高まる一方で、いつ戦争が起きてもおかしくない状態だった。

 バーテンダーが「お待たせしました」と、トンプソンにグラスを差し出した。湯気とともにウイスキーの心地良い香りが押し寄せる。

 一口飲むと、それだけで染み渡るように暖かさが広がった。舌先から喉を通じて胃に流れ落ち、毛細血管まで広がるような錯覚を覚える。

 少しずつ飲んで体を暖かくさせていると、ギターの音色が途絶えた。今の曲は初めて聞く曲だったので、なんとなくトンプソンは曲名が気になる。

 振り向くと、ギターを弾き終わった隊長は一休みしていた。トンプソンは手帳をバッグにしまうと肩にかけ、グラスを手に持って彼の席に近寄る。

「こんばんは」

「来てたのか。座れよ」

 席を勧めてくれたので、トンプソンは遠慮なく座る。

「今の、なんて曲ですか?」

 トンプソンも学生の頃はギターを弾いたことがある。それがきっかけで、隊長と少しずつ話をするようになった。

 彼がさっき弾いた曲は哀愁漂うもの。少し照れたように「オリジナルなんだ」と言う。

「でもフラメンコは難しいな。やっぱり勝手が違う。もっとうまくアレンジできたらいいんだが」

「プロに編曲をお願いしてみますか?」

「こんなのでいいならな」

「いい曲じゃないですか。自信持ってくださいよ」

 隊長は「そうか?」と嬉しそうに笑った。

「フラメンコはどこで覚えたんです?」

「向こうにいた頃さ」

 彼がベルカ出身だというのをトンプソンは知っていた。最初に名前を聞いた時、「ベルカ系ですか?」と聞いたら「ベルカ人だ」と答えられた。彼は特に隠すこともなく、「元ベルカ兵さ」と続けた。

 戦争を引き起こして負けたベルカ。敗戦後は軍が解体されたが、すぐに再軍備。原因は東部諸国の紛争だった。

 連邦制を取る前のベルカには大きな悩みがあった。拡張路線を始めた西のオーシアと、東からの移民希望者たち。オーシアより東にある国々は民族紛争が絶えない。その中でもっとも安定した国がベルカ。

 今では比較的安定しているサピンも、当時は情勢が不安定だった。内戦後の軍人による独裁政権がようやく終わり、王家が復活したばかり。

 その王家は立憲君主制を取ることを表明し、民主主義の道を歩み始めた赤子のような状態。そんな所に近寄る移民は少なかった。

 お陰で、窓口的存在になったのはベルカだった。移民希望者はベルカに労働ビザで入国する者もいれば、難民認定を受ける者、オーシアへの移民を狙って、まずはたどり着いたベルカに(とど)まる者もいた。

 そのうち、移民希望者たちが街の片隅を支配するようになった。人道的に無視するわけにはいかないので、国費で最低限の世話をした。最初から不法入国した者に加え、ビザが切れて不法滞在する者たちも増え始めた。

 一部の雇用者にとっては安価な労働力だが、犯罪の温床というおまけ付き。

 ベルカはオーシアに対し、そちらの移民希望者を引き取ってくれと打診したが、彼らは自らの意思でベルカに住んでいるという理由で断られた。

 実はこれが、移民希望者を利用してベルカへ圧力をかけるオーシアの策略だったことが、のちに公開された公文書で分かっている。

 が、それは失敗に終わった。プライドの高いベルカは、けしてオーシアに頭を下げなかった。

 ベルカ国内では、ベルカ人と不法滞在者との間で摩擦が大きくなり、問題が深刻化していく。その中で純血主義という過激な思想が生まれ、広がりを見せていった。

 数々の問題をかかえたベルカが選んだのは、オーシアと同じ拡大路線。連邦制を取り、ファト、ゲベート、ウスティオなどの東部諸国を軍事力で支配し、連邦に組み込んだ。

 いつ自分たちがベルカに侵攻されるか。ファトやゲベートといった国よりさらに東にある国々は恐れ、それまでの争いを一時凍結し、ベルカ連邦に対して共同戦線を張った。

 皮肉なことに、ベルカが戦争に負けたことで東側の共同戦線は崩壊。再び民族紛争が絶えない地域に逆戻り。ベルカ戦争で主役だったウスティオも、東のほうで小競り合いをするほどだった。

 連合はベルカを軍事的空白地帯にするのは危険と判断し、早々に再軍備を決定した。ベルカは以前のように東側の防波堤になることを期待されているが、弱体化はいなめない。

 特に、世界レベルで突出していた空軍の衰退はいちじるしい。

 生き残ったエースパイロットたちは敗戦を機に、次々と除隊。戦犯として裁かれた者、他国へ引き抜かれた者、活動拠点を移した者もいた。

 ある意味で、ベルカの空の系譜は各国へ散った。ベルカの空戦技術は、他国での技術向上に一役買っている。

 トンプソンの目の前にいる男も、そういう系譜の一人。

「そうだ!」

 トンプソンはバッグからビデオカメラを取り出した。なにか事件が起きた時のために、いつも持ち歩いている。

「あなたの演奏、撮りましょうか」

「え?」

「オリジナルなら、一回くらい撮っておきましょうよ。本当はちゃんとしたスタジオがいいんだろうけど」

 いつも冷静沈着なはずの隊長が「いや、いいよ」と慌てるのが面白く、トンプソンは少し(はず)んだ声で「あとでダビングして送りますから」と言う。

 固定で撮ったほうがいいと判断し、カメラのベストポジションを確かめながら勝手に事を進めていると、「いいじゃないですか」とうしろから女性が話しかけてきた。

「お祝いに撮ってもらいましょう」

 黒髪で褐色の肌の物静かな美女。必ず隊長と一緒に来る隊員だったが、今日は遅れて到着した。隊長いわく、優秀な教え子。

 そんな彼女をトンプソンは食事に誘おうとしたことがあるが、「隊長、あなたにはよく喋るんですね」と言って隊長を見つめたことで、すべてを察した。

「なにかいいことでもありました?」

 そう言いながら、美女にレンズを向ける。彼女ははにかんだ笑みを浮かべると、「ええ。あったんです」とレンズをふさいだ。別に恥ずかしがらなくてもと思いつつ、トンプソンは「出世でもしました?」と聞く。

 この問いには隊長が「そんなところだな」と答えたが、それ以上は言わない。これは機密事項かもしれないと、トンプソンは脳内にメモする。

「じゃあ、出世祝いで撮りましょう」

 ようやくビデオをセットする。電池の残量は余裕があった。

 撮影を始めようとしていることに周囲が気づくと、撮影の対象がエースパイロットだと知り、はやしたてる。それを彼が笑いながらしかった。まんざら嫌でもないらしい。分かりやすい人だとトンプソンは口角を上げる。

 彼が演奏を始めるためにギターを持ち、微妙に位置を調整した。場が静まり返る。

 その瞬間にはじかれた弦。音が店内に響き渡る。人々の声と視線を奪う。世界を作り出す。サピン風の音色。秘めていた情熱を一瞬だけ解き放つように、最初は激しい感じで、徐々に切なく。

 まるで、彼の中にある埋み火のように。

 トンプソンは、過去の彼との会話を思い出した。

 

   2

 

 二〇〇三年以前、エルジア共和国。とある地方のどこかの酒場。

「円卓の鬼神…ですか? ウスティオの傭兵パイロットがすごいというニュースは覚えてますけど……」

「そのパイロットのことだ」

 気心が知れてくると、隊長はトンプソンに過去のことを喋るようになった。雄弁にではないが、なにかの拍子にふと、流れるように。

「正規ルートで聞いてみても、敗戦国の兵士にはなにも教えてくれなかった。どうやら、逆恨みで殺されるのを警戒したらしい」

 その間に連合の捕虜となった隊長は、戦争法廷に出たという。ほかの兵士についての証言を求められたこともあり、「あれは下になればなるほど大雑把だ」と笑った。

「それでも、鬼神について分かったことが一つだけあった」

「すごいじゃないですか」

「しつこく聞き過ぎて、向こうも根を上げたらしい」

 そういうことはトンプソンも身に覚えがあるので、「ああ…なるほど……」と遠い目をする。

「年が明けて結構たってからだな。とっくに除隊しましたと言われた。行き先は不明。彼が所属した基地の近くまで行ったが、収穫はゼロ」

 ずいぶんと粘る性格に、トンプソンは隊長がジャーナリストに向いていると思った。

「ただ、麓の喫茶店にいた子が、傭兵たちは今度東に行くという話を聞いてたから、それに賭けた。傭兵の間では、今度の稼ぎ場所はユージアという認識があったらしい」

「それでエルジアに?」

「ああ。右に傾いていくベルカを嫌って、エルジアに移住した親類がいたし、それに…空で世話になった人たちが戦死したり収監されたりで、空で頼れる人がいなくなったというか……」

 隊長の視線が遠くなるが、それはほんのわずかな時間。

「あの円卓で鬼神と戦って生き残ったと言うと、入隊の話がスムーズだった」

「でしょうね」

 超がつくエース級と戦って生き残ったのなら、その経験は何物にも勝る。空軍パイロットの技術を高めたいエルジアにとって、隊長が移住してきたことは渡りに船だったに違いない。トンプソンはそう察する。

「ああそれに、エルジアには凄腕の教官がいたんだ。今のままなら、もう一度鬼神と戦っても、あっというまに墜とされる。だったら優れた指導者のもとで学んで、もっと成長しないといけない」

「その方、今も教官をしているんですか?」

「してはいるが、付いていく生徒たちは大変だろうな。なかなか大胆で厳しい教官だったし」

 やっと隊長の顔が柔らかくなる。トンプソンはホッとした。

「鬼神に会ったのは、一度だけだったんですか」

「ああ。円卓の空の上。それだけだ」

「そのパイロット、すごかったんですね」

「鬼神は、俺にターミネーターの扱い方を教えてくれた人たちでさえ破ったんだ」

 言っている内容は悲しいことのはずなのに、声は(はず)んでいる。

「よく戦闘機動をワルツにたとえるが、ただのワルツじゃない。あんなハイスピードワルツ、誰にも真似できない。僚機はよく付いていったと思うよ」

「僚機もすごかったんですか」

「片羽になったイーグルで生還できた傭兵で、ベルカでも名が知られていた。彼ほどの腕前でなければ、あの鬼神の僚機は無理だったろうよ。あの機動に付いていけるなんて、本当に一握りだ」

「鬼神と直接戦ったあなたは、どうだったんですか?」

 子供のような顔で楽しそうに喋る隊長に、少し意地悪な質問をしてみた。彼はそんな意地悪なんぞお見通しとばかりに、「あしらわれたさ」と鼻で軽く笑い飛ばす。

「鬼神にとって、俺はその他大勢の一人だった。できれば今度は対等に、向こうから挑まれるようになりたいんだ」

「会いたいのに、戦いたいんですか」

 隊長は少し考えてから「そうだ」と言った。「ああ、そうだ」と。

「俺はあの戦争で彼に完膚なきまでにやられて、墜とされたんだ」

 喋っていることはいい結果と思えないのに、笑顔で語る。トンプソンはそのギャップに驚いた。

「俺のターミネーターの先生になってくれたのは、(つがい)のカワウと呼ばれたゲルプ隊で、その人たちが墜とされた時、(かたき)を取るつもりだった。でも鬼神は、そういう感情で乗る飛び方とは別次元だったのさ」

 そこまで言うと、隊長は自嘲気味に笑った。

「混線で聞こえた彼の言葉をよく覚えているんだ。こちらガルム(ワン)、生き残らないと肝心の金も名誉ももらえないぞ。帰れ!」

 隊長は遠い目でどこかを見ている。おそらく、あの日の光景。鬼神と戦ったあの空。彼だけに見えた軌跡。

「あの戦争での撃墜王が一番気にしたのは、金じゃない。生き残ることだった。俺たちは名誉のために死ぬのも大事だったから、彼の言葉に驚いたよ」

 隊長は退院後、もう一度鬼神と戦おうとしたという。終戦間際に、停戦を良しとしないグループに加わろうとした。あの鬼神と戦える、最後のチャンスが得られるかもしれないからと。

 墜とされた憎しみではなく、もう一度空の覇者と戦いたいという、ただ一つの望み。

 結局、所属していた師団のトップに、だったらここで生き残り、将来は傭兵にでもなって追いかけろと説得され、今に至る。

「これ以上無駄死にが増えないように、師団長は一人一人、懸命に説得していた。あそこが運命の分かれ道だな」

 トンプソンは、なんの、とは問わなかった。分かれ道には生き残るか死ぬか、というのもある。

 もし参加していたら、戦争継続派を鎮圧するために傭兵たちが駆り出され、彼は鬼神と再戦できた可能性もあった。そんな分かれ道。

「シラージ教官に鍛えられて、腕はずいぶんと上がったつもりだが……結局、あの鬼神とは会えずじまいだ。彼に関する噂もあやふやなものが多くて、そのうち消えた。紛争が多い国境近くにいたら、会えると思ったんだがな」

 疲れた表情の中に諦めと悔しさが入り混じっていて、まだくすぶっているとトンプソンは感じた。

 無謀な賭けをして遠い異国まで来たのに。埋み火みたいな思いを、心の奥底にかかえたままでいるのに。彼はそのまま一生を終えるのか。

 そんなことをぼんやり考えた。

 

   3

 

 二〇〇三年、エルジア共和国。どこかの酒場の席。

 わあっと歓声が上がり、拍手が響いた。ヤジのような褒め言葉も響く。隊長は満足そうな笑顔だった。どうやらいい演奏ができたらしい。ついでに観客たちもグルッと撮影すると、こんなものでいいかとトンプソンは録画を停めた。

 少し心配そうな顔で、「うまく撮れたか?」と隊長が近寄ってきた。

「ばっちり撮れましたよ。……そうだ、曲のタイトルと作曲者名、書いてくれませんか? タイトルはあったらでいいです」

 トンプソンは手帳にはさんであったテープ用のラベルとペンを渡す。隊長は少し悩んだあとで、タイトルと作曲者名を書いた。

 ラベルを受け取ったトンプソンは内容を確認した。作曲者名は隊長の名前、エーリッヒ・クリンスマン。タイトルはシンプルでストレートだった。

「笑うなよ?」

「天は二物を与えるんだと感心してる最中ですよ」

 そう言いながら、ラベルをテープに貼った。

「それじゃ、あとでダビングして送りますよ。住所は基地宛てでいいですか?」

「ああ。頼むよ」

 テープをケースに入れてバッグにしまっていると、「君はいつまでここにいるんだ」と聞かれる。トンプソンは隊長に、オーシア本局に異動することを話していた。

「来月くらいです。とうとう紛争が多いこの国境とも、お別れですよ」

「俺もだ」

「異動するんですか」

「ああ。すぐにというわけじゃないが」

「なら、荷物を整理する余裕がありますね」

 隊長は「そうでもない」と笑った。

「手続きやらなにやらで、どこでも異動は大変ですね」

「そうだが、ここで戦争が始まるのを待つより、異動したほうがずっといい」

 意味深な発言をする。ビデオカメラをしまいながら、さりげなく「そうなんですか?」と聞いた。

 戦争が始まりそうなのは皆が感じていること。それを当事者になるであろう兵士が堂々と言っていいものかどうか。

「戦争になれば、傭兵が来るはずだ」

 普段の彼からは想像がつかないほどの、静かで強い口調。憎しみではない強い想いが両目に宿る。

「あなたが異動となると、みんな寂しがるでしょうね」

 こちらまでのみ込まれそうだったので、トンプソンは慌てて話題を変えた。わざと大きな動作で、ほかの兵士たちと談笑する彼女のほうを見る。彼も美女のほうを見た。

「いや。彼女は一緒だ」

 内心、トンプソンはゴシップ的な喜びを浮かべたが、続いた言葉は「あの中で一番腕がいい」と普通の理由。できればそこは別の理由が欲しかったという感想は、心の中にしまっておく。

「じゃあ、あの機体はどうするんです? 置いていくんですか?」

「一緒に持っていく」

「機体も一緒に栄転ですか。そりゃいい」

 隊長の愛機はSu-37。愛称はターミネーター。選ばれたパイロットにしか扱えない、優れた機体だという。

「だけど色は変わるんだ」

「エルジアカラーにでもするんですか」

「いいや。向こうにいた頃と同じカラーリングにする」

 トンプソンがなぜと聞く前に、隣にあの美女が来た。小型飛行機を飛ばしていそうに見えるが、彼女が扱う機体もターミネーター。

「話が盛り上がっている最中にごめんなさい。隊長、そろそろ帰りましょう」

 彼は腕時計を見て、「そうだな」と答える。

「君も早く帰れよ」

「もうお子様って年じゃないですよ」

 隊長は少しだけ笑うと、「じゃあな」と言って出入り口のほうへ向かった。

「そういえば、さっき私のほうを見て、なにを話していたんです?」

 悪戯心を含んだ表情で、美女はトンプソンのほうを見る。参ったという表情をすると、トンプソンは素直に話すことにした。

「異動の話です。あなたも彼と一緒に行くんでしょう? あと機体も」

 彼女は「ああ、その話」と微笑んだ。

「それ、本当はまだ秘密なのに」

 スクープ系のネタだったようだが、異動先は聞かなかった。戦争間近だから配置転換というのも考えられる。

 だが彼ほどのエースが一体どこへ。やはりネタとしては弱いか。もう少し突っ込んで聞くべきか。

 脳内でトンプソンが考えている間、美女は「しょうがない人」と悲しそうでいて、いつくしむような表情をした。とんでもない男にほれたなとトンプソンは思ったが、さすがに口には出さない。

「あの人、諦めきれないんです」

 なにをと聞こうとしたら、兵士の一人が美女を呼んだ。エルジア兵たちはぞろぞろと出ていく。

 彼女は「それじゃ、お先に」と笑顔ですばやく去った。トンプソンは左手を軽く挙げ、「エーリッヒによろしく」と別れのあいさつをしたが、内心では舌打ちした。惜しいところでネタをのがした。

 その後、ダビングしたテープを基地宛てに送ると、隊長からはお礼のハガキが来た。

 結局、引き継ぎや引っ越しのいそがしさに()かされて、酒場には行けずじまい。トンプソンはそのままエルジアを離れた。ビデオを撮った出来事が、隊長との最後の会話。

 そして二〇〇三年夏、エルジアはサンサルバシオンに侵攻。大陸戦争が始まった。

 もともと酒場での飲み仲間といった程度の関係なので、彼との交流は自然に途絶えた。

 それに編成局長とユージア総局長の争いのとばっちりを食らい、別の部署に異動。目が回るいそがしさとなった。

 そんな中でトンプソンは、彼との会話も忘れていった。

 

   4

 

 二〇〇五年、オーシア連邦。首都オーレッドのテレビ局。

 すでに世間は八月。独立国家連合軍(ISAF)がウィスキー回廊を突破したあとのこと。トンプソンは、構成を変更したドキュメンタリー番組の準備でいそがしかった。

 ベルカ戦争が終わって十年。区切りが良かったので、オーシアの首都オーレッドにキー局を置くOBCは、大型特番や関連番組を組むことを発表し、宣伝した。

 トンプソンも企画書を書くため、公開された資料を読んだ。そこにあった『鬼』という暗号。ウスティオの傭兵でガルム隊一番機。まるで映画の主人公のような活躍の仕方。

 当時の記憶をたどり、そんな名前で呼ばれたニュースがあったことをぼんやりと思い出す。

 公開された資料の文章は硬くて読みにくいが、円卓の鬼神の異名を持つパイロットを主人公と仮定して読むと、流れるように読めた。

 そのうちトンプソンは、誰かがこのパイロットについて語ったことがあると気づいた。

 脳内の記憶の箱を次々と開け、この数ヶ月で出会った人々を思い出す。最近航空関係で取材をしたものは、順調に実戦配備がされている最新鋭機ラプターについて。

 それかと思ったが、その取材で誰も鬼神のことは言わなかった。数日悩んだが、なに一つ思い出せなかった。

 とりあえずその問題は後回しにして、企画書を書いた。内容は円卓の鬼神という傭兵について。

 企画書はなんとか通ったが、そこからの取材は困難を極めた。鬼神と呼ばれたパイロットは、トンプソンが思った以上に謎の人物。

 さらに、鬼神と直接戦ったと記録される元エースパイロットたちにインタビューの出演交渉をこころみたが、服役囚や密輸業者がいてハードルは高い。

 ベルカ空軍のゲルプ隊二番機だったライナー・アルトマンに電話で出演交渉をした時は、「あの戦争のことは思い出したくない」とそっけなく断られた。

 だが、ウスティオの首都ディレクタス解放でのガルム隊とゲルプ隊の戦いは重要。

 トンプソンは、エーリッヒ・クリンスマンが(つがい)のカワウのことを話していたのを思い出した。彼らが操るターミネーターを見て憧れた、彼らから扱い方を教わったと。

 もう一度出演交渉のための電話をかけ、突破口をつかむためにクリンスマンのことを喋ったら、アルトマンは嬉しそうな反応を示した。

「彼とは連絡が途絶えていたんだが……そうか。エルジアにいたのか。例の黄色中隊、彼がベルカにいた時と同じカラーリングだったから、もしかしてと思ったんだよ」

 その時、クリンスマンの言葉がピースとなって次々とはまった。向こうにいた頃と同じカラーリング。隊長のまま。しかも機体はターミネーター。

 勘が正しければ、黄色中隊の隊長は彼に間違いない。中隊にはあの彼女もいると。

 黄色中隊のターミネーターの機体下部は黄色だという。アルトマンにベルカ時代もあんな色だったのか聞くと、「そうだよ」と笑われた。

「そのうえ、うちの隊と似たカラーリングだったから、裏ゲルプ隊と呼ぶ人間もいたくらいだ」

 当時の懐かしい思い出が甦ったらしく、アルトマンは饒舌になる。

「パッと見れば似てるんだが、全然違う。向こうは部隊の名前通り、青鷺みたいな灰色を基調とした迷彩で、こっちは緑を基調とした迷彩。黄色の位置も違うし、特に機体の下部がまったく違う。あとで調べるといい」

 調べる際に部隊名は重要。青鷺はベルカ語でなんというか聞いた。

「グラオライアー…ああでも、それは彼が第三にいた頃の話だ。うちにはトレードで来たんだよ。……ええっと、うちというのは私がいた第五だ。隊長が、マインツ中将のところにやれば良かったのにと嘆いていた」

「マインツという人は、確か今もベルカ空軍に?」

「いるよ。中将が率いた二十二は、根っからの戦闘機乗りが多い師団だったから、そっちが合うと思ったらしい。うちは研究思考が強かったから、エーリッヒは異色だった」

 彼が第五に異動してからの隊の名前を聞くと、「ライアーだ」と答えられた。

「『鷺』という意味だよ。当時グラオといったら、第三を意味したからね。うちにはそぐわないからはずしたんだ」

 グラオライアーからライアー。曲名の件といい、クリンスマンにはどうも単純なところがあるらしい。

 アルトマンは若い頃のクリンスマンについて、トンプソンにいろいろと教えてくれた。エルジアで隊長をしている彼からは想像もつかない話ばかり。

 第三にいた頃と同じSu-27に乗せようとしたら、「俺はSu-37に乗るためにここに来たんです!」と言って譲らなかったこと。

 ゲルプ隊に入れないのなら、似たようなカラーリングを使っていいか聞いたこと。さすがに師団のトップエースと似たカラーリングはまぎらわしい。上にやめろと言われても突っぱねたこと。

 それを聞いたゲルプ隊隊長のイェーガー少佐が、「だったら、鳥のカワウと似てるカラーを見つけてこい」と言った。

 鳥の色を図鑑で一羽ずつ確かめる面倒な作業はさすがにしないだろうと思い、皆はこれで塗装の件は終わったと思ったらしい。

 ところが数日後に鳥類図鑑を持ってきて、「俺、この鳥と縁があるみたいです。こいつの黄色の配色、ゲルプ隊と似てますよね」と青鷺のページを見せたこと。

 上の許可がなかなか降りないので勝手に塗装しようとして、「名前までまぎらわしいんだよ! 藍鷺の真似か!」と整備の人間たちが怒ったこと。

 藍鷺とは、鬼神と円卓で戦ったインディゴ隊隊長、デミトリ・ハインリッヒの異名。

 ハインリッヒは、ベルカの騎士として政治や戦場で活躍した王侯貴族の末裔。機体はベルカ騎士団章にも用いられている藍色の十字でいろどっていて、実力と優雅さがともなったエースパイロットだった。

 カワウに藍鷺。まだ若輩のクリンスマンが各師団のトップエースの真似をしているように見えたらしく、整備士たちはそれが癪にさわったらしかった。

 カラーリングの件はようやく上が折れて許可が降りたが、また一悶着。整備が特に指示のなかった機体下部を黄色くして、「これでゲルプ隊って名乗れるだろ?」と逆襲した。

 が、彼はこの塗装を一目で気に入ってしまった。再び許可を求め、上ともめる始末。

 最終的に師団長が出てきて、「どっちもどっち」と許可を出して一件落着。紆余曲折をへて、あのカラーリングが出来上がったこと。

 そんな話を、トンプソンは笑うのを我慢しつつ聞いた。

「ベルカ戦争当時の彼は、まだ若くて血気盛んでね。信じられないだろう」

 血気盛んというより、若気の至り。おそらくあの彼女になにも言わなかったのは、恥ずかしかったのだろうとトンプソンは察する。

 その彼女の話は差し引き、自身が得た情報や考えをアルトマンに伝えたうえで、クリンスマンが黄色中隊の隊長といわれる黄色の13(イエロー・サーティーン)かどうか聞いた。

 アルトマンは「彼だね。彼以外いない」と断言した。

 結局この話がきっかけとなり、アルトマンは出演をオーケーしてくれた。

「エーリッヒを知ってる人がいるなんて思わなかった。そのお礼だ」

 取材は九月十三日に決まった。黄色の13にちなんで、アルトマンがそう決めた。

 そのわずか六日後の十九日、黄色の13を含む黄色中隊は全機撃墜された。首都ファーバンティは陥落。エルジアは敗北した。

 黄色中隊のことはニュースでも報じられた。エルジアの強さの象徴だったので、ISAF(アイサフ)は大々的にアピールした。撃墜したのが、あのメビウス(ワン)であることも。

 その数日後、アルトマンから電話があった。声は沈んでいたが、酷いものではなかった。

「その、改めて……礼を言いたかったんだ。黄色の13がエーリッヒだと知らせてくれて…ありがとう」

 やっと消息が分かったのに、死亡。二度と会えない。それなのに礼を言われる。ジャーナリストなら、ここでもっと話を聞き出すべきだろう。

 なのにトンプソンは、「…いえ……そんな」という返事しかできなかった。

 この直後にインタビューした元シュヴァルツェ隊隊長ドミニク・ズボフの「本物の英雄はいつも先に死んでいく」という言葉。元ズィルバー隊隊長ディトリッヒ・ケラーマンの「戦場で大切なものは憎しみを持たぬこと」という言葉。

 それらがなぜか印象に残り、トンプソンの頭の片隅にへばりついた。

 

   5

 

 二〇〇六年、オーシア連邦。テレビ局の編集室。

 トンプソンは偶然、懐かしいビデオカセットテープを我が家で発見した。大陸戦争を起こす一因ともなった、難民問題についての取材記録。それをまとめたダンボール箱の中に、それは埋もれていた。

 ラベルに書かれた字を見て懐かしさを覚える。感傷に浸りながら中身を見ると、「そうか…彼か!」と驚いた。

 現在トンプソンは、三月末に放送予定のドキュメンタリー番組の編集に取りかかっていた。そんな時期に見つかることに、宿縁を感じずにはいられない。

 トンプソンはあることを思いつき、翌日には行動に移す。ほかの番組の打ち合わせでテレビ局に来ていた音楽担当者を見つけると、「頼みがあるんですが」とすぐに捕まえた。

「……まさかオープニングの曲、気に入りませんでした?」

「いえいえ、完璧ですよ。あれでいきます。話はオープニングじゃなくて、エンディングなんです」

 スタッフロールは特に音楽を使わず、締めの映像とともに流す予定だった。そのため、エンディングの曲は発注していない。

「これ、今度の番組の締めに使いませんか?」

「それを見せられても……」

 担当者はあきれた。トンプソンが見せたのはテープ本体。

「中身を見ないと、どうとも言えませんよ」

 「じゃあ、こっちに来てくださいよ」と、担当者を番組の編集作業をしている編集室に招く。

 うまい具合に釣られたなと、担当者は心の中で苦笑した。

「ギターの曲なんですが、結構いいと思うんです」

 トンプソンはテープをデッキに入れて再生する。そこには、ギターを弾こうとする兵士が映っていた。

 曲が始まると、担当者が徐々に前のめりになる。瞳がきらりと輝く。

「へぇ! いい曲じゃないですか。使いましょうよ」

 映像が終わったので停止。曲を聞いた担当者は満足げなうえに、乗り気だった。トンプソンは内心、よしよしとほくそ笑む。

「……でもこの曲を使うなら、私に許可を求めなくてもいいんじゃないですか?」

「以前、作曲者がうまくアレンジしたいと言ったんですよ。私がプロにお願いしたらと言ったら、作曲者もうんと言ったので」

 担当者は「サピン風かぁ」と悩んだ。

「フラメンコ色を強くする…とか? ギター一本だけじゃ寂しいですしね。いろいろ手を加えてもいいですか?」

「専門家にお任せします。オープニングの曲並みに信じてますから」

 大きな声で楽しそうに担当者は笑う。

「分かりました。じゃあ、ダビングお願いしますよ」

 トンプソンは「了解」と答えると、早速テープのダビングを開始する。

「この曲のタイトル、なんていうんです?」

「『NEAR THE BORDER』」

「単純だなぁ」

 二人で笑った。確かに単純過ぎるとトンプソンも思っていた。

「国境近くで作った曲だから、らしいです。でも、今回の内容と合ってる」

「確かに。不思議ですね」

 きっと彼もびっくりしているに違いないとトンプソンがしみじみしている間に、キュルキュルとテープが回る音がかすかに響く。演奏が終わるシーンが来たのでダビング終了。コピーテープを取り出して担当者に渡す。

「それじゃ、楽しみに待っていてくださいよ」

「もちろん」

 担当者をドアの外まで送ると、トンプソンは編集室に戻る。

 ドキュメンタリー番組を制作する前、誰かが円卓の鬼神について語ったことがあるのを思い出したが、結局誰かは思い出せなかった。保留にしたまま忘れていたが、編集段階でこのテープを見つけ、ようやく思い出す。

 鬼神のことを語ったのは、黄色の13(イエロー・サーティーン)と呼ばれたエルジアのトップエース、エーリッヒ・クリンスマン。

 トンプソンはもう一度テープを再生する。このテープには、黄色中隊の隊長になる直前の彼が映っていた。クリンスマンもまた、番組に出演したエースたちと同じように、鬼神のことを語りたかったのか。

 強くてみんなに頼られた彼には、教え子たちも少なくない。彼に憧れているパイロットは大勢いる。

 そんな彼が、誰かに強く憧れていた。あの彼女はそれを知っていた。

 鬼神の名前も顔も、なにも知らない。一度も会話をしたことがない。出会ったのはただ一度、空の上だけ。

 ほんの一瞬の出来事が彼にとっては永遠であり、人生を賭けて追うべき対象だった。

 クリンスマンは軍事大国でもある北ユージアのエルジアに移住し、鬼神の影を追い求めた。

 それでも諦めきれなくて、戦争の中心へ身を投じた。どこよりも目立って、みんなが必ず見る場所へ。彼が異動した年に黄色中隊ができたとトンプソンは推測した。

 落下する小惑星ユリシーズの破片を打ち砕くために造られた一二〇センチメートル対地対空両用磁気火薬複合加速方式半自動固定砲、通称ストーンヘンジ。その防空のために編成されたエース部隊。

 おそらくトンプソンが最後に会った時は、すでにメンバーが編成されたあと。その後、調整のためにほかの基地へ異動した。だからいいことで栄転だった。わざわざベルカにいた頃と同じカラーリングにするほど、鬼神と会いたかった。

「このための曲だったとはね」

 誰かに強く喋るわけでもない。もう一度会いたい、戦いたい。そんな叫びにも似た思いを曲に託した。

 クリンスマンはあの時、どんな思いで紛争が多い国境近くにいたのか。おそらくピクシーとはまったく異なる思いでいたはず。

 トンプソンは個人的に、大陸戦争で鬼神はいなかったと思っている。鬼神の印象と、リボン付きの死神メビウス(ワン)の印象。彼らは似ているようで違う気がした。

 あなたは最後に、すべてを賭けて戦える相手と会えましたかと、心の中で問いかける。

 その相手と戦えましたか。

 メビウス1はそうでしたか。

 あなたが求めたハイスピードワルツの相手でしたか。

 最期に空で散ったことは幸せでしたか。

 画面の中でクリンスマンの演奏が終わる。聞こえてくる歓声と拍手。みんなの楽しそうな顔。テープを止めて巻き戻した。

 彼は常に仲間に囲まれていたから、死者の世界に行っても寂しくはないはず。全滅したという黄色中隊、それにターミネーターの扱い方を教えてくれたというゲルプ隊の隊長もいるのだから。

 鬼神と力の限り戦ったベルカのエースたちやピクシーは、幸せそうだった。

 語ったあとに涙を見せても、悲しげな表情を見せても、否定的なことを言っても、鬼神との戦いは誰にも譲れないものだった。

 きっとメビウス1と戦ったクリンスマンもそうだった。そう思いたい。

 語れない彼の代わりに、この曲をエンディングで流す。スタッフロールにエンディング曲の作曲者として彼の名前を入れることは、もう決めている。

 クリンスマンは過去のことをよく喋ってくれた。それは多分、トンプソンがパイロットではなかったから。そのことがトンプソンには嬉しくもあり、悲しくもある。

 番組の取材テープをセットして再生する。画面にはなごやかな表情のアルトマンが映った。

「アクィラ隊、か。本当に彼は、鬼神と戦いたかったんだな」

 カメラに慣れさせるため、雑談の状態からずっと回していた。アルトマンにはエルジアでの思い出話をいろいろとした。

「彼は黄色の13として人々に記憶されるんだろう。なのに、私の中では青鷺で止まったままだ。不思議だよ」

 今度こそクリンスマンのテープをケースにしまう。

 黄色の13だったあなたを弔う人間は多いだろう。

 でも、青鷺だったあなたを弔う人間は少ないだろう。

 この曲を弔いに代えて。遥か空の彼方を飛ぶあなたに届けばいいんだが。

「さよなら。青鷺」

 お休み。

 

   6

 

 二〇〇六年、ベルカ公国。首都ディンズマルク。

 オーシアのテレビ局OBCが放送したドキュメンタリー番組『ベルカ戦争の真実』は、話題を呼んだ。円卓の鬼神という存在、ホフヌング爆撃、国境無き世界。各媒体が追随するように特集を組んだ。

 各国の軍部でも話題にのぼり、ディンズマルクではベルカ空軍幹部が非常召集された。議題は例の番組について。ダラダラと長引く会議は堂々巡り。わずかな休憩を利用し、ラーナー・マインツは喫煙室に逃げていた。

「ようラーナー。あの番組、見た?」

 マインツの隣に座った男は元第五航空師団長。戦後すぐに退役すると思われていた昼行灯だが、なぜか軍に残り、再建を手伝っている。

「さっき強制的に見せられただろ? ご丁寧にベルカ語の字幕つきで」

 男はクシャクシャの煙草の箱を出し、一本取ると口にくわえた。ポケットから安物のライターを出して火をつける。

「お前さんのことだから、寝てると思ったよ」

 嫌味を言われたので、「お前んとこのアルトマンはハゲてたな」と嫌味を返す。

「お前さんとこのヒレンベランド、額があやしかったなぁ。月日がたつのは残酷なもんだよ」

「俺たちもジジイになっちまった」

 二人の元師団長は顔を見合わせると笑った。

「あの番組、鬼神が出ると思って期待しなかった?」

「したさ。でもいまだに極秘扱いとはね。一体どこに繋がっているんだか」

 ベルカも他国同様、ウスティオに鬼神の情報を求めたことがあるが、鬼神に関する情報は紛失、あっても機密扱いとなっていた。公開されるとしても、まだまだ先の話。

「……それでさ。起きてたんならエンディング、ちゃんと見た?」

「エーリッヒ・クリンスマン?」

「そう、それ。気になったから局に問い合わせたんだけど」

「早いことで」

「ビンゴだった。しかも黄色の13(イエロー・サーティーン)だってさ」

 マインツは「冗談だろう!」と、吸い始めた煙草を落としそうになった。

「ほんと。わざわざあの番組のインタビュアーが対応してくれた。最初、すごく警戒されたけど」

「よく教えてくれたな」

「アルトマンの名前を出したらいけた」

「おお、さすがは元師団長」

 男は「はい、そういうことで俺の勝ち」と手を出す。マインツは「クソッ」と悪態をつくとポケットから財布を出し、渋ったあとで紙幣を抜いた。面倒臭そうな顔で「ほらよ」と男に手渡す。

 大陸戦争に現れたエルジアの黄色中隊。そう呼ばれる理由は、機体下部が黄色いことが上げられる。おそらく味方が視認するためのものと推測されたが、それでも戦場では十分過ぎるほど目立った。

 しかも、ベルカ戦争時のライアー隊とそっくりのカラーリング。

 もしやということで二人は賭けていた。あんな目立つカラーリングを思いつくのは誰か。おそらくライアー隊の誰かだろうと目星をつけた。男はクリンスマン自身に、マインツは無事に帰還した隊員の誰かに賭けた結果、後者が負けた。

「まったく…。あの塗装で一回墜ちたのに、同じのにするか?」

 男はあきれた顔で「あのねぇ」と言いながら、紙幣を胸の内ポケットにしまう。

「そんなのが常識なのはお前さんぐらいだよ。お前さんの常識は世間の非常識。ほんとエースってのは、性格が大気圏まで飛んでる奴が多いね」

 一度墜ちたら同じ塗装はしない。それがマインツの縁起の担ぎ方だった。パイロットになりたての頃の彼は、立て続けに何度か墜ちている。違う塗装に変えたところ、スコアが伸びるようになり、トップエースの座を得た。

「俺の辞書に、墜とされた時と同じ塗装で乗るというのは、ない」

「……ヒレンベランドは我慢強かったよ。彼、結構墜ちていたでしょ」

 第二十二きってのトップエースは最終的に七回墜ち、そのたびに生還した。ヒレンベランドの撃墜スコアはトップにふさわしい。それ以上に彼自身の撃墜された回数と不死身さに、周囲は驚かされた。

 けして死なない鳥として、不死鳥の異名を得るほどだった。

「墜ちるたびに言い続けたぞ? 向こうも、これが自分の色だと言って絶対変えなかったけどな」

「あーやだやだ。それ、子供の意地の張り合いじゃないの」

「なにを言う。ちゃんと交戦規定は守ったぞ」

「手は出さないってこと?」

「一回忠告して反論されたら、あとは笑って話題を変えるってやつ」

「それじゃ、話は永遠に平行線じゃないの」

「いいんだよ。こだわりの一つも貫けない奴が、戦場なんてイカれた場所でエースになれるか」

 かつてベルカ空軍には多くのエースがいた。彼らは強烈な個を持つと同時に、独自のルールを持つ。それは信念であったり、縁起の担ぎ方であったり、さまざまだった。彼らは飛ぶ時、そのルールをかたくなに守った。

 そうしてスコアを伸ばし、勝利し、生き残る。戦場の中で死と隣り合わせで見つけた法則。それは彼らにとって、軍規や神の教えよりも絶対だった。ルールを折り曲げて誰かに譲ることは、死と同義。

 そんな彼らをまとめて作戦を遂行させる。それは師団長たちにとって腕の見せ所であり、悩みの種でもあった。

「そのこだわりのお陰で、今回は儲けさせてもらったよ。どうも」

 マインツは「どういたしまして」と口をへの字にした。

「ほんと、スパイを兼業できない純情熱血青年なヒコーキ野郎だったのに、格好良く死んでくれたよ。嫌になっちゃうねぇ」

 男は停戦間近に起こった戦争継続派の蜂起に、生き残った空軍兵士たちが参加しないように説得し、クリンスマンはそれに応じた。

 その後、彼の消息は途絶えた。

 戦後処理に追われていた男は、しばらくたってからクリンスマンの記録を調べたが、軍での記録は抹消済み。さらに詳しく調べれば、第三出身でスパイだった空軍兵士たちの記録は、次々と消されていた。

 誰が中心になってそれをやったのか、男には察しがついていた。第三が旧ラルド派とともに失墜したことで権力を得た、元第六航空師団長ブラウヴェルト。現在の空軍の最大派閥は、第六出身者によって占められていた。

 以前から軍部といわず、政界や財界のうしろにぼんやりといた存在。空軍では第三のうしろにいたが、現在はブラウヴェルトのうしろにいるようだと男は気づいていた。その存在が、自分たちに不利な情報を次々と消しているようだった。

「まあ、上出来かな」

 マインツはぽつりとつぶやいた隣の男を見る。昼行灯と呼ばれた彼が、戦後どれだけ頑張ったか知っていた。

 生き残った兵士たちが理不尽な戦犯にならないように奔走した。ベルカ戦争の退役軍人を中心にした保護プログラムを打ち出し、遺骨収集の陣頭指揮を取った。

 遺骨に関しては成果が年々下がっている。それがどれだけ悔しいことか、マインツ自身もよく分かっていた。第二十二航空師団所属のパイロットたちも円卓で大勢墜ちた。

「ヒコーキ野郎らしい最期じゃないか」

 続けてマインツは、「うらやましいよ」とつぶやくように付け足す。今度は男が隣にいるマインツを見た。

 そのまま会話が途切れ、無言になる。二人とも黙って煙草を吸った。先に男が煙草を吸い終えて、吸殻入れに押し付けて火を消す。

「そんじゃ、行きますか」

「お前が俺より先に帰るとは珍しい」

「早く帰らないと、ブラウヴェルトに怒られるでしょ」

 マインツは「じゃあ、俺の代わりに怒られておいてくれ」と笑い飛ばす。男は「はいはい」と二度返事すると、手を軽く挙げて喫煙室を出ていった。

 残されたマインツは窓越しに夜空を見て、「鷲座か」とつぶやく。満点の星が輝いているはずだが、建物の明かりでよく見えない。

 黄色中隊の正式名称は、エルジア空軍第一五六戦術戦闘航空団アクィラ隊。『鷲座』を意味した。青鷺に似た色の鷲座。

「空を見ればすぐに墓が見つかるなんて、いい死に方をしてくれたよ」

 九二年に極右政党が実質的に政権を握った。それにより、政治的繋がりが強かった第三の権力は増した。

 同年に空軍内で大幅な人事異動。特に第三の強化がいちじるしく、積極的に他の師団のエースとトレードした。第三と仲が悪かった第六の幹部は、「ほかの師団の見張り役では?」とあからさまに眉をひそめるほどだった。

 クリンスマンは飛行機が大好きな青年で、おおよそスパイ向きの性格ではなかった。マインツはそんなクリンスマンを高く評価していた。良い師と良い仲間と良い敵。それがそろえばもっと伸びる。ベルカの新しい空の騎士になれると。

「お疲れ、クリンスマン」

 吸い終えた煙草を吸殻入れに捨てる。

 ベルカ戦争から十年。ベルカ国内では、ある一つの大きな出来事を迎えた。一部では成人できるかどうか危ういとささやかれるほど病弱だったベルカ公が、無事成人したのだ。

 それを待っていたかのように、沈黙の時を()て、公家寄りとされる人間たちが重要ポストに就いたり、復帰していた。少しずつなにかが動き始めている。

 誰が敵で誰が味方か。皆が息をひそめ、たがいを監視している状態だった。

 次に世界規模の戦争が起きた時、ベルカを生き残らせるのはどこか。兵士たちを守り抜くのは誰か。

 マインツは喫煙室を出ると、廊下で立ち止まる。鷲座の位置を知らないが、星の輝く空をもう一度見た。

「今度はみんなと一緒にそこで見てな」

 そう言い残すと、マインツは今いる戦場へと歩き始めた。

 

END

 

   備忘録

 

脇キャラの解説です。

 

ミハイ・ア・シラージ:7で登場。

 

ラーナー・マインツ:ZERO公式サイトWORLD NEWS 18「ベルカン・エアパワー 第一部後編 エリッヒ・ヒレンベランド」で名前のみ登場。

 

元ネタの解説です。

 

ベルカ戦争の真実:ZEROの劇中番組『Warriors and The Belkan War』の日本語タイトル。7コレクターズエディションの特典ブックレットで判明。

 

   後書き

 

思った以上に黄色の13が人間臭くなりました。なんというか、熱い感情の塊があるというか。


 
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