ここは保健室。軽い怪我に塗る消毒液や具合の悪い奴を寝かせるベッドがある部屋で、割と大きいこの学園でも一つぐらいしかない。
今ここにいるのは今日就任しばかりの保健室の先生である俺と、常に体調不良でベッドを必ず一つ独占してる保健室の主、そして俺を洗脳しようとしてぶん殴られたボランティアの三人だ。
保健室の主はボランティアの事を嫌っている節があるのか、隣のベッドで寝ている所を見ては俺を睨み付けている…仕方が無いだろう、割とガチで本格的に操ろうとしてたんだから正当防衛だ正当防衛。
「所で、生徒に手をあげるのはどうかと思いますが」
「監視担当者となった者に限り、懲罰中の生徒に対しての手段は問わないからセーフだよセーフ。」
「彼女はぽっと出の貴方と違って人望もあるんですよ?一応、副会長なのですから。」
「『元』な。そもそも理由や結果はどうあれ、生徒一人を虐めてた首謀者なんだ。そんなん関係ねーよ。」
事の発端はボランティアが生徒会副会長だった頃、とある生徒が四人がかりで虐められた。首謀者だけ少し離れてその様子を見ていたようだ。
虐められてた生徒はと言うと……リンチしていた一人に反撃して死なせてしまったが、正当防衛としてお咎めなしとなったらしい。
「……で、罰則として俺の手伝いをする事になったっぽいけど、さも自分が正しいと言いたげに正当化するわいきなり俺を洗脳しよーとするわヤベーィ奴じゃねーか。こいつ今まで手段を選んで来なかったな?」
「一応選んでいたとは思います。綺麗事でやっていけないのがこの学園ですが、ある程度は手段を選ばないと後々面倒ですから」
「は~……手伝いや足手まといどころか、こんなネジの飛んだカルト教祖を俺に押し付けてどうしろって言うんだ」
「黙って聞いていれば言いたい放題……新任の貴方を導く為に敢えて私を指名したのですよ。」
「うおっ!?」
何時の間に隣に立っていたボランティアに驚いてバランスを崩し、俺は後頭部を強打した……こいつニンジャか?
「相変わらず何時の間に復活していますね。」
「貴方も少しは鍛えたらどうです?」
「ハッ、僕に死ねと?」
「その程度で死ぬようなら貴方はそこまでというだけ、ここに貴方のような「やーめーろおめーら」これは失礼、つい熱くなってしまいました」
「お前もお前で大げさ過ぎんだよ。万が一それで死んでも人工呼吸なり心臓マッサージなりで何度でもたたき起こしてやる。」
「……どさくさ紛れでセクハラ宣言しないで下さい、訴えますよ」
そう言いつつも頭を撫でる俺の手を払わずにいる保健室の主、そしてそれを見てクスリと笑うボランティア
「……本当に今日就任したばかりなのですか?」
「そーだけど……どしたん?」
「いえ、別に。ただ彼女が珍しく懐いているようなので」
「まーアレだな、俺の人徳の成せる業ってy「彼のバカさ加減に呆れているだけです。勘違いしないで下さい」辛辣ッ!?」
そんなこんなで始まった奇妙な三人による保健室活動。(性格はどうあれ)副会長を勤めてただけあってかボランティア目当ての客が来るわ来るわ。
そうでなくともボランティアは優秀で、曰く「頂点に立つ者を目指すならば完全に物事を成して当然」との事。
下校時刻になると保健室の主は友達と一緒に帰り、ボランティアは屈強な教員に連れられ監視体制で懲戒部屋に戻る……俺は保健室から出られないのでそのまま残る。
言い忘れていたが、俺は保健室に住み着いている。就任先日にこの学園に忍び込んだのが自らを理事長と名乗る奴にバレた俺は、保健室に閉じ込められた。
出たけりゃ出られるんだが出るわけにもいかない事情が出来てしまい、ガラクタを取り寄せてもらっては個室トイレや洗面台に洗濯機、乾燥機や冷蔵庫等を取り付けて暮らしている。
バレないようにカモフラージュも完備だ……シャワールームを付けられないのが非常に心残りだが、この際仕方が無い。
その事情なんだが……保健室の主の持病を治す約束をしてしまったのだ。
勢いや同情は無いのかといわれたら嘘になるが、大本は保健室の主の「生きた歌」を聞いてみたいという単なる
病に蝕まれてあまり歌えなくなっている本人は「そこまで言うなら好きにしてください」と一応は承諾してくれた。
……とはいえネットの情報だけじゃてんで足りず、図書館に行こうにも保健室から出られないから行けない。理事長に申請しようにも連絡手段が全くの不明。学園長も「そんな人いません」と来た。
「さてさて……困ったもんだ」
次の日も、ボランティアは変わらず手伝ってくれている。コイツ、根は真面目で真っ直ぐなんだな~
細かなミスも見逃さず、許さず、妥協せず……意識と根性が青天井。それに見合った努力も怠らない……ただ周りにも強要しがちなタイプかなこやつ。
とはいえ若輩職員の俺としてはありがたいものだ、教え方も丁寧だし。
その夜、俺は何時もの様にぬるま湯にぬらしてよく絞ったタオルと洗剤で身体を拭き、髪を洗って乾いたタオルで拭き、部屋を掃除し、ベッドのシートを替えて一区切りと言うところだった。
俺は寝る前に保健室の主の病気に効きそうな薬の情報を集めていた。取りあえず何時の間にか添えられていたワインを飲んで一息いれた……ってあれ?俺、酒一口で潰れるからワインがこの部屋にある筈zzzzzzz……
目が覚めると、まだ懲戒部屋にいる頃の筈のボランティアが目の前に居た……しまった。あのワインはコイツの仕業か。あの屈強そうな教員達あっさり洗脳されちまってんじゃねーか。
「何故、こんな無駄なことを?」
そう言って見せたのは開きっぱなしにしていたスマホの画面、色々な薬草の情報が載ってあるサイトだった。
どうやらこのボランティア、俺が何をしたがっているのか解っている様子。
「はっきり言いますと、彼女の病気を治す方法は既にあります。ただ彼女自身がそれを拒絶しているのです。」
「……どういう事だ」
「例外こそありますが、彼女は自分以外……そして自分を嫌っています。そんな彼女にとって唯一の生きがいは歌う事なのです。」
知っている。その生き甲斐を取り除く事だけで、アイツの病はあっさり治る。
けどそれはアイツは生きる意味を失う事になる。それだけじゃない。俺はアイツの歌を二度と聴けなくなる。
「ですが利点や生き甲斐と言うのは意外とすぐ、新たに見つかるものなのですよ。彼女はそれをしようともせず、他から見える良さを理解しようともせず、自分の取り得はこれしかないと、自分の殻に閉じ篭っているだけ。」
コイツの言っている事は正しいのだろう。良さと言うのはそれこそ驚くぐらい見つかるもので、自分じゃ分からなくても他人の眼から見れば良い所があるというのは良くある事だ。
実際、保健室の主は歌以外にも良い所がある。就任して二日間足らずでもそれは分かるだけどそうじゃねーんだよな~……
「貴方も彼女の我が侭に同情する必要なんて「それがどーした」……はい?」
「いやさ、逆なんだよね。俺の我が侭に、アイツが付き合ってくれてんだよ。アイツが諦めてる事を、俺が諦めてねーだけなんよ」
コイツからすれば効率悪いだの無駄だの言うものだろう。けどそれでも俺は聴きたい。アイツの歌を。
だから俺はアイツに歌わせる為に、アイツが歌えるようにする為に、無茶だろーが無謀だろーが片意地張ってでも足搔き続けてるだけだ。
……うん、改めて思うと我ながら滑稽なもんだ。出来る筈の無い事をやり遂げようと馬鹿みたいに必死になってるんだから。
「無駄な事は止めろって言うんだろーけどさ……どーしても聴きてーのさ、俺は。」
「……そうですか」
あ、しまった。ついコイツに口を滑らせてしまった。何か野望を持ってるよーだし利用されちまう。
自称ホワイトのブラック審判による本末転倒絶版エンド待ったなしじゃねーか……仕方が無い、記憶を飛ばそう。
確か後頭部を殴るんだっけ?それでいくらか前の記憶が飛ぶって噂が……下手すると殺しちまいそうだがこのまま利用されるのも不味い。ここは一か八か……
「でしたらどうぞご勝手に。無駄な足掻きを一人で続けてて下さい。そして彼女を存分に失望させれば良いでしょう。」
そう言うと、ボランティアは音も無く影に紛れて消えてしまった……興味が失せた様子だったし、助かったのか?
取り敢えずは先ず保健室から出れるようになる条件を見つける事が先決か。教員を洗脳したとなると、ボランティアと一緒に居る時間は出来るだけ短くした方が良い。
それどころか元の副会長に返り咲いてる可能性も高い。そうなったら俺が監視担当から外されるだろうから外に出る為の条件が一つ減ったと考えて良い。
「後は理事長の情報をどーやって知るかだな~……許可も連絡も無いから出た時に何が起きるか分かったもんじゃ「理事長が……なんでしょうか」ふぉアッー!!」
独り言をしてる中、真後ろから耳元に囁く声に驚き、俺は後頭部を強打した……その後、俺は就任した経緯を話すこととなり、まんまと命綱を完全に握られた。
「まさか不法侵入者がうちの学園の保険医になるとは……」
「……取りあえず聞くけど、理事長の事は?」
「情報にありませんね……学園長よりも権力があり、この学園のどこかに存在するとしか」
「やっぱりなー…………」
うなだれる俺に妙にウキウキしているボランティア……嗚呼、嫌な予感がする。俺は巻き込まれるのが嫌いなんだ。
巻き込まれるぐらいなら混沌の渦に巻き込んでやると言わんばかりに暴れ回った方がいい。もうこの際だから今直ぐにでもここから出て……
「でしたら私も貴方にご協力しましょう。代わりに理事長に私の事を紹介してもらいたいのですが」
「……なーんだ。それなら別に構わないが、協力って何すんだ?」
「要するに貴方の助手になると言う事ですよ。口だけで部屋に閉じこもっているならばともかく、出られない事情があるのでしたら話は別です。」
事情を話す前とは一転して妙に協力的だと思ったら……まーそら一歩も外に出てないから無理もねーが。
どうやらボランティア……改め助手は、無茶無謀な努力を嗤う気は無いようだ。これなら保健室の主と言い争う事も無いだろう。原因は俺の印象っぽかったみたいだし。
「彼女の病を治す手がかりは私が見つけますから、貴方は余計な事をしないで下さい。問題を起こされると私の手間を増えます。」
「何だよそれ何で俺が動くと必ずやらかすと決め付けんだ」
「不法侵入を犯す方が何か問題を起こさないわけがないでしょう。これからは貴方に監視を付けます。服装や態度などのあらゆる面を随時報告させていただきますのでそのつもりで。」
「うへぇ……い」
「……それから、貴方が作ったとされるこの小型カメラ搭載の遠隔操作ドローンはこちらで処分させてもらいます」
「ぎゃああああああああ折角作ったのにいいいいいいいい!!!」
こうして俺は生徒の尻に敷かれる羽目に合い、更に身体測定の日に備えて作っておいた秘蔵のドローンも目の前でぶっ壊された。
目的達成にはこれ以上無いぐらいに心強いのだが、これ以上無いぐらいにやっかいなのは間違いない。
……どーしてこう俺の周りには、クセの強い奴らが集まるのやら
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ぶっちゃけると、ある小説コラボからパクリました。
頓挫しちゃったみたいだけど何か勿体無くて