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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百五十六話

ムカミさん

第百五十六話の投稿です。


次回、いよいよ最終決戦へ。。。

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2018-02-18 19:38:24 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3622   閲覧ユーザー数:2951

 

夜更け。魏陣の北東方面の門前には杏と周泰が騎乗して出立せんとしていた。

 

二人に加えて孫権も連合の陣を抜け出している今、余り長く外にいれば大騒ぎになり兼ねないためである。

 

あの軍議で一刀が持ち込んだ策は早急に魏の軍師たちの間で調整がなされることとなった。

 

その中で何よりも最初に決められたのが、杏と周泰の動きである。

 

これに関しては一刀が簡単な指示の案を説明の中で出していたのだが、それがほぼそのまま採用となった。

 

と言うよりも、この二人が陣を離れた時点でそれ以降の意思疎通が容易では無く、繊細な動きを要求したところで完遂出来ないと判断された次第である。

 

結局取り決めた内容は、二人が動き出すタイミングの合図の方法のみ。

 

これには真桜製の魏の連絡用兵器。花火を用いることが決まった。

 

炸裂音のリズムで動きの指示を飛ばす、魏が現在各部隊に取り入れている方法だ。

 

新たに杏と周泰に飛ばすためのリズムを決め、これを覚えさせたのだった。

 

 

 

「一刀様、周倉さんに言伝などあればお伝えいたしますが?」

 

立ち去る直前、杏が一刀に聞いてきた。

 

特にこのタイミングで何か伝えようとも思っていなかったのだが、折角なので彼を鼓舞してやることにする。

 

「なら、こう伝えてくれるか?

 

 『お前の働きは想像以上だ。この戦の後、生還した暁にはあの三人の護衛兼側付きに推薦してやる』

 

 以上だ」

 

「承知致しました。

 

 それでは、一刀様。ご武運を……」

 

深々と礼をしてから杏は馬の腹を蹴る。

 

周泰は一刀には一瞥もくれず、一度孫権の押し込められた天幕の方へと視線を向けてから杏の後を追って行った。

 

「さて……どうしようか」

 

待ち人は来た。次の戦での対策として個人的に出来ることも行った。

 

後はただ、来るべき時を待つのみ。

 

詰まる所、一刀は暇になっていたのだった。

 

ここまで来た段階で、策を立てるのに一刀が役に立てることはほぼ無くなっただろう。

 

ならば、後は”最後の戦闘”に向けて”牙”を研ぐ。

 

直近で新たに手に入れた武器もあることだし、それが良いと考えた、まさにその時。

 

「……一刀」

 

ユラリと背後から突然の気配。

 

久々に気配を感じられない接近を許したな、と感じながらも平静を装って振り返ると、そこには方天画戟を携えた恋が立っていた。

 

「どうかしたか、恋?」

 

「……稽古、しよ?”アレ”、もう一度試したい」

 

「ふむ……」

 

恋が言い出す稽古。それはこの一連の戦の前、魏の武将組の底上げとして恋に出した課題とはまた別のもの。

 

恋の底上げの仕上げとして行った、一刀と恋による”技”の作成。

 

基本は一刀が知っているもの。しかし、恋の武器に合わせてこれを変えてみたもの。

 

こればかりはさしもの恋ですら苦戦した。

 

何せ、肝心の一刀ですら()()()()()()()()()()()()のだ。

 

元より流れはあれども型が無い、技と言っても良いのか、という技。

 

しかし、それが故に、一刀と恋には習得出来る可能性が多分にあったのだ。

 

一刀の所感では、恋は完全にそれを習得出来ていると感じている。

 

しかし、どうやら恋はまだ足りていないと思っているようだった。

 

「……分かった。ただ、俺も丁度、最後の切り札となる技を考えついたところなんだ。

 

 俺はそっちの練習も兼ねる。それでもいいか?」

 

「……ん」

 

実践の中でこそ、技は磨かれる。

 

ほとんどぶっつけ本番であることには変わりは無くとも、一刀も出来ることはしておきたかったからこその提案。

 

恋に異論は無かった。

 

「よし。それじゃあ、さすがに陣内で行うわけにはいかないし、ちょっと離れようか」

 

「……ん」

 

一刀は恋と連れ立って陣を離れる。

 

門兵にはその旨を伝え、危急の事態にも対応は出来るようにしておいた。

 

さあ、正真正銘、最後の仕上げといこう。そんな心持ちで一刀は恋との稽古に出ていった。

 

 

 

この半刻後、一刀たちを呼びに行った門兵は目を疑う光景を目撃することとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから十数日間、両陣営は深く静かに、入念な準備を整えていった。

 

どちらの陣営からも、相手に対する動きで遠巻きの偵察以上の動きは見せない。

 

下手に相手を刺激して準備も整わない内に開戦となることを恐れたからである。

 

そんな中、連合側の大きな動きと言えば、やはり周泰と杏の件、それに連鎖した出来事であった。

 

 

 

魏の陣営から帰還した二人は、即刻連合首脳陣の前に引っ張り出された。

 

「明命、この数日どこに行ってたんだい?

 

 どうやら蓮華と、そっちの蜀のと一緒にいたようだが?」

 

平身低頭の姿勢を崩さぬまま、周泰は焦る。

 

本当に大丈夫なのか、と今更ながらに思ってしまう。

 

それでも口はほとんど本人の意思から別離して動く。

 

「はっ。次の戦、蓮華様には参加していただかぬが最良と判断致しました。

 

 少数でとなりますが兵と共に陣を離れ、建業方面へと送らせて頂きました」

 

それは魏からの帰路で杏が示した口裏合わせ。

 

魏に囚われて連合に陣に帰還出来ない孫権について、絶対に何かを聞かれると分かっていた。ならば、それに対する欺瞞の答えも用意して然るべき。

 

そうして用意され、周泰は確と頭に刻み込んでいたのである。

 

「蓮華を後方に?ふむ…………」

 

「よ、横から失礼致します、孫堅様。えっと、発言を許してはいただけませんでしょうか?」

 

「許可しよう。何だい?」

 

杏が声を上げる。孫堅はまるでそう来ると分かっていたかのような即答を見せた。

 

杏は若干怯んだ様子を見せてからこれに答える。

 

「孫権さんの後方護送を周泰さんに提案させていただいたのは私です。

 

 次の戦について私の所感をはっきり申させて頂きますと、我々が勝利を収めるには賭けの要素が強く、それも分が悪いものだと考えています。

 

 仮に賭けに負けてしまった場合、我々がどうなってしまうか分かりません。

 

 そうであれば、王家の血筋を絶やさないためにも、孫家の方の一人を後方へと下げさせて頂くことを考えつきました次第です」

 

「ほぉう?」

 

孫堅は杏を見つめ、その言葉を脳裏で咀嚼する。

 

本来であれば、この手の話は相手の顔色や眼を見ながら話したかったところ。

 

しかし、この場の空気から、杏は決して顔を上げはしないだろう。例え、孫堅が何と言おうとも。

 

故に、孫堅にとっては杏の真意を図るには情報不足。

 

しかし一点だけ、孫堅の”勘”もそうだと告げることで、はっきりと言い切れることがあった。

 

「なあ、姜維。本音の部分を教えちゃあくれないかい?」

 

唐突に、それだけを告げる。

 

何気ない会話をするように、無造作に言い放った言葉。

 

しかし、瞬間、杏の肩がビクッと跳ねた。

 

何がどこまでバレているのか。少なくとも、先ほどの杏の発言を疑っていることは間違い無かった。

 

「ど、どういう意味でしょうか?」

 

「なに、簡単なことさね。あんたの一番の目的がウチの蓮華を逃がすことってのは無いだろう?

 

 つまり、蓮華を逃がすことで何かしらあんたに利益があるはずだ。それを説明しちゃあくれないかい?」

 

孫堅の追究の言葉に、今度は安堵の溜め息を漏らす。

 

想定外ではあったが、しかし修正は難しくない。その程度のものであったからだ。

 

「……分かりました。

 

 孫権さんを後送させていただくことで、国の頭が下がった実績を作れます。

 

 この一事を以て桃香様に後退して頂きたかったのです」

 

「はぁん、なるほどねぇ。

 

 ってことだが、どうするんだい、劉備?」

 

杏の言葉を聞いた孫堅はそのまま話の矛先を劉備へと向けた。

 

ここでもしも劉備が退がると答えると、それはそれで厄介な事態となるだろう。

 

しかし、杏にはそうならないだろうという確信があった。

 

なぜならば、今の劉備であればこう答えるだろうと分かっていたのだから。

 

「そっか。私のために色々と動いてくれいたんだね……

 

 でもね、杏ちゃん。私は成都に帰るつもりは無いよ」

 

「っ!ですが、桃香様っ!!」

 

杏は思わずといった様に劉備に向けて顔を上げる。

 

その視界に映ったのは優しい微笑を湛えた劉備だった。

 

「杏ちゃん、気持ちはありがたいよ。

 

 でもね、曹操さんや北郷さんと戦うと決めたのは、他ならない私だから。

 

 だから、最後まで私はここに残って戦うよ!」

 

微笑む劉備の、しかしその瞳だけははっきりとその堅い意志を伝えて来る。

 

曰く、上に立つ者として退けない地点まで来ている、と。

 

「そう、ですか……

 

 勝手な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

項垂れるように見せ、杏は元の体勢に戻る。

 

一連の弁明に筋を見たからか、既に場の者たちの表情に厳しいものは少ない。

 

孫堅も一先ずの納得はしたようであった。

 

「あんた達の主張は分かったよ。

 

 まあ、丁度私も、蓮華に次の戦は厳しいかも知れないと思っていたところだ。

 

 退げようか迷っていた部分もあったのは事実なんでね、今回は私が指示したってことにして不問にしとこう。

 

 ってなわけで、下がっていいよ」

 

『はっ!ありがとうございます!』

 

斯くして周泰と杏は処分無く連合軍に合流を果たす。

 

常に顔を伏せていても不自然では無い状況を得て、最難関をなんとか切り抜けられたのであった。

 

周泰と杏はそれぞれの定位置に戻る。

 

「さて。それじゃあまずは明命とそっちの姜維に伝えとかないといけないね。

 

 あんたらが蓮華を後送している間に、ちょっとした変化があってね。

 

 シャオ、あんたから説明しな」

 

「は~い」

 

孫堅に呼ばれ、一人の少女が前に進み出る。

 

それは誰あろう、孫家の末娘、孫尚香。

 

その姿を目にし、周泰は驚声を上げてしまった。

 

「しゃ、小蓮様っ?!どうしてこちらに?!」

 

「え~?だって、魏も蜀もこっちに出払っちゃってるのに、国境の警戒なんてほとんど意味なんて無いじゃない?

 

 だから、必要最低限の兵だけ残してこっちの部隊の増強に来ちゃった♪」

 

屈託ない笑みを見せ、簡潔に自信がしたことを告げる。

 

他の誰も、何のリアクションも見せないところを見るに、既に彼女の受け入れは完了していたようだった。

 

孫尚香の説明が言葉足らずだったと判断したか、周瑜が補足を口にする。

 

「小蓮様は五胡に面する国境線を除き、魏や蜀に対する国境線の砦から兵を集めて来て下さったのだ。

 

 その総数、三万。今の我等には非常に救いとなる戦力だ」

 

三万の兵の増員。それがどれだけありがたいものか、周泰にも杏にもよく理解出来た。

 

ただ、同時に呉の危機であることも理解する。

 

増員と言えば聞こえはいいが、実態は搔き集めとほぼ同義。

 

この増援部隊の損耗が激しいものとなってしまった場合、この先の国境線防衛に支障を来す可能性が非常に高いのだ。

 

しかし、孫堅はそれも込みで受け入れた様子。そして、周瑜も断固反対というわけでは無さそうなのである。

 

それはつまり、それだけの覚悟を呉が決めて来たということの証左。

 

それだけに、諸葛亮や徐庶の表情にも張りつめたものがあった。

 

ここは呉の地なれど、此度の戦の敗北は、それ即ち呉という国の消滅と同時に蜀と言う国の命運にも致命傷を与えるものであると疑う余地無く突き付けられたからである。

 

「さて、取りあえず聞いときたいことは聞いたわけだが、他に何かある奴はいるかい?」

 

孫堅は視線を巡らせる。

 

誰も疑わぬ最終局面。それが静かに動き出したことは今見ての通り。

 

言いたいことは今の内に言っておけ、さもなくば言える機会を失ってしまうぞ、と暗に示していた。

 

しかし、誰も何かを言おうとはしない。

 

後はただ戦うのみ。皆の胸中はその一言だった。

 

「よし、それじゃあ解散といこうか。

 

 それと、シャオ。あんたは後で私のとこに来な。ちょいと話しときたいことがあるんでね」

 

「は~い」

 

孫堅が解散を命じ、皆が散って行く。軍師を残して。

 

誰かが言葉を発さずとも、軍師達は互いに同じことを考えていたのだ。つまり、時間がある限りは策を詰めるべき、と。

 

将達が去った軍議場で、ここからの議事進行役を務めるのは周瑜の役目。

 

「皆も聞いての通り、小蓮様が三万の兵を連れて来て下さった。

 

 が、依然として厳しい状況には変わりない。

 

 奴らの新兵器の対策をどうすべきか、という問題もある。

 

 皆、気兼ねせず意見を出してくれ。些細な内容も全て拾い、繋ぎ合わせて最良の策としよう」

 

「でしたら、一つよろしいでしょうか?」

 

早速、杏が手を挙げる。

 

そして、作戦のための仕込みが始まるのだった。

 

「敵の兵力と兵器について赤壁の戦と先日の奇襲の結果を鑑みて、一つ策を考えました。

 

 その内容は――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魏側の陣では杏と周泰を送り出して以降、毎日のように一刀と恋は死合に近い仕合を以て調整を行っていた。

 

そんなある日のこと。

 

「北郷様!呂布様!曹操様より緊急の招集令で――――ぅわぁっ?!」

 

門兵が二人を呼びに来たのだが、そんな彼に二方向から剣風が襲ってきた。

 

同時に剣気も叩きつけられたとあって、兵は尻餅をついてしまう。

 

「っと、すまんすまん。つい反応してしまった」

 

「い、いえ……だ、大丈夫ですので……」

 

本当に斬られたのではないか。そんな思いから無意識に自身の胸や腹を確認しながら、どうにか兵は立ち上がる。

 

そのような状態でも己の仕事を忘れない辺り、魏の兵は末端まで教育が行き届いていた。

 

「そ、それで、先ほどのことですが――――」

 

「ああ、うん。聞こえていた。華琳からの招集だったな。

 

 恋、一旦終わりにして戻ろう。何かあったのかも知れない」

 

「……ん」

 

一刀と恋は互いに構えていた得物を納める。

 

そして呼びに来た兵の後に続き、陣へと戻って行った。

 

 

 

 

 

華琳が二人を呼び出したのはいつもの軍議の天幕。

 

ただ、その内部からはいつも以上の緊張感が漂って来ていた。

 

一体どんな深刻な事態が発生したのか。

 

考えられる限りの悪い状況を思い描きつつ、一刀と恋は天幕に入る。

 

「すまない、遅くなった。一体何が――――」

 

「あ~っ!やっと来た~っ!

 

 ちょっと~、遅いよ、一刀~!」

 

一刀の言葉が終わる前に中にいた内の一人から声が上がる。

 

その声を聞いた瞬間、一刀は諸々を理解した。

 

声の主は魏の兵力増強に多大な貢献をしてくれている数え役萬姉妹の長女、天和のもの。

 

つまり、以前に報告のあった、許昌から出た七人が到着したと言うことだ。

 

「こっちまで来ちゃったのか、天和。

 

 それに地和と人和、沙和に蕙も。それと――」

 

一度言葉を切り、一刀はしっかりとその”二人”に身体ごと視線を向ける。

 

そして若干眉根を寄せて告げた。

 

「白、朱。出来れば二人にはこの戦が終わるまでは許昌にいて欲しかった。

 

 今はどこも割と危ない状態だが、その中でも許昌は安全な部類に仕上げていた。二人ならそれは分かっていただろう?

 

 それなのに、どうして出て来ちゃったんだ?」

 

言葉は優し気なものだが、それは明確に白――劉協――と朱――劉弁――、つまり現皇帝と前皇帝の二人を叱るもの。

 

その発言を聞いて、場が一気にざわつく。

 

一刀と二人の関係を皆も知ってはいるが、それでもやはり、と思うところがあったからである。

 

唯一人、華琳だけは何の揺らぎも見せずに成り行きを見守っていた。

 

「兄上、申し訳ありません。

 

 ですが、私は漢王朝最後の皇帝として、その終焉と次代以降を担う新たな皇帝の誕生の瞬間に立ち会わなければならないと考えたのです。

 

 最早、私が漢王朝の皇帝として出来ることなど残っていません。

 

 ならば、きっちりとこの目で見届けることが、漢王朝を終わらせる者としてのけじめだと思うのです」

 

白は一刀を真っ直ぐに見上げ、はっきりと言い切った。

 

それは本心からの言葉であり、確かな覚悟をその瞳にも見た。

 

「けじめ、か。

 

 だが、実際の戦というものは生易しいものでは無い。

 

 例え比較的安全な後方の陣にいたとしても、一つ間違えば簡単に死んでしまうのが戦というものだ。

 

 白、お前にその覚悟はあるのか?」

 

「はい、あります。

 

 次代の誕生を目にする前に私が死するとすれば、それが漢王朝の、そして私の天命だったというだけのことです。

 

 これまで曲がりなりにも天の名を冠してきた私だからこそ、最後くらいは本当に”天命”に身を委ねてしまっても良いのではありませんか?」

 

死は覚悟の上。その上でけじめを最優先する。それが”最後の皇帝”としての役目だ。

 

一切の迷い無く、白は即答した。

 

これに対し、朱も何も口を挟まない。

 

むしろ、朱までもが瞳に意志を込めて一刀を見つめて来る始末だった。

 

ここで一刀はチラと蕙を見る。

 

蕙はただ無言で首肯した。

 

それが示すところは、許昌から出る前からこの手の話は白と朱の間で決められていた、ということだ。

 

そこまで堅い意志ともなれば、いくら言葉を重ねても無駄であると分かる。

 

「…………はぁ、仕方が無い……

 

 華琳、悪いが二人を最後方の陣に置く形を取らせてもらいたい」

 

「ええ、構わないわよ。

 

 けれど、そっちでは無いのではないかしら?」

 

「?出陣させない、ってことか?

 

 確かに、遠方からでも望遠鏡を与えて置けば戦場の様子は確認出来るだろうが――――」

 

「そうでも無いわよ。

 

 貴方、仮とは言え妹のことを理解していないのね。

 

 劉協様と劉弁様がそれだけの覚悟を持ってここまで来たのなら、最後まで私達に付いてくることになるのでは無いかしら?」

 

「む……」

 

クスクスと笑う華琳に、一刀は言葉を詰まらせた。

 

確かに、華琳の言うことが正しいと感じる。

 

きっと白が言った『見届ける』という言葉は、単純に彼女自身の目に収めるというだけでは無く、それを身近で行うことまで含めているのだろう。

 

真に人の上に立つ者として、華琳にはその辺りに一刀には無い共感出来る何かがあったのかも知れない。

 

「分かった。

 

 だったら、桂花、零。二人には後で白たちに策を説明してやって欲しい。

 

 その上で最終的に二人をどこに置くかを決めたい」

 

「そうね、それがいいでしょう。

 

 桂花、零。頼んだわよ」

 

『はっ!』

 

相手が相手だけに異論など挟めない。

 

軍師と言う立場からするに、二人には言いたいことがあったかも知れないが、それを感じさせない即答でこの一件は落ち着いた。

 

「皆さん、ありがとうございます。

 

 そして、私達の我儘で御迷惑をお掛けします」

 

話が纏まり、朱が頭を下げた。

 

既に皇帝を退いている朱は、こうしてよく頭を下げる。

 

感謝を示すならばそれは当然のことで、現在皇帝の地位にいる白よりは自分が、と言うのが朱の認識なのだが、それは所詮朱”だけ”の認識でしかない。

 

下げられた方はその度に動揺することになるのだ。

 

そうならないのは現時点でもせいぜい、最初から動揺しなかった一刀と最早慣れてしまった華琳くらいである。

 

「頭を上げてください、劉弁様。

 

 漢王朝が健在である限り、私たちは貴女方の下なのですから」

 

「いいえ、私たちが降りると決め、次は貴女に任せようと決めた時から、その立場は対等以上のものとなっていますよ。

 

 それでも、そう思っていていただけるということはありがたい事に違いありません」

 

意外にも朱はこう言う場面では譲らない。

 

白にしても朱にしても、ひょっとすると劉家の人間は己の信念に基づいて定めた行動は断固として押し通そうとする気質があるのかも知れない。

 

だからこそ、かつての劉邦は項羽を破って漢王朝を打ち立てるに至ったのだろう。

 

ともあれ、終わった話題であまり引き摺るのも宜しくない。

 

互いにそこそこのところで切り上げた。

 

「さて、後は貴女達のことだけれど」

 

華琳が視線と話題を張三姉妹に向ける。

 

「ここまで来た目的は何かしら?」

 

「私から説明致します」

 

誰かが答えるより早く、人和が代表して声を上げる。

 

姉二人に余計なことを言われたく無かった、というのが根底にはあるのだが。

 

「今現在、ここに集う兵の方たちには私達が興業で集めた人が多くいます。

 

 彼らは自らを危険に晒してまで私達を応援してくれる人達なのですから、そう簡単には失いたくありません。

 

 ですから、私たちが出来ることをしようと考えました」

 

「その出来ることとは?」

 

「かつて、黄巾党と呼ばれた集団を率いていた時のことですが、私たちが『来舞(ライブ)』を行った直後はいつも以上に官軍を押していたことを思い出したんです。

 

 士気高揚は私達が思っている以上に各人の戦闘能力を上げることが出来るようですので、ここでそれを行えば生き残る兵の方たちの数も増えるのでは無いか、と」

 

人和の説明に華琳は大きく頷く。

 

そして、沙和に視線を向けた。

 

「沙和。ここまで三人を連れて来たということは、それだけの効果が見込めるということで良いのね?」

 

「はいなの~。

 

 春蘭様や秋蘭様のところみたいな古参の部隊や月ちゃん、お姐さまのところみたいな魏の外から来た部隊の人には効果が薄いかも知れないけど、それ以外の人はほとんどが天和ちゃんたちの元観客なの~!

 

 かなり大雑把な概算だけど、半数以上には効果があるはずなの~!」

 

「なるほど。桂花、どうかしら?」

 

「はい、沙和の言った通りです。細かいところまではこの場では分かりませんが、確かに半数以上、いえ、急激な増強が張三姉妹が来てからであることを考えると七割にも到達するかも知れません。

 

 加えて、古参の兵に付きましては、遂に華琳様の覇業まで後一歩となったことを知っており、既に非常に士気が高い状態です」

 

「ちょっとだけ口を挟ませてもらうわ。

 

 元董卓軍だけど、ボクの見立てではこちらも士気はかなり高い状態よ。

 

 理由は単純なもので、華雄が戻って来たことで、いよいよ元董卓軍が完全体で復活した、と皆が思っているからのようね」

 

桂花の見解に続けて詠が兵の士気についての状況を述べた。

 

それらは華琳にとって良い報告だった。

 

「そう。ならば、貴女達三人には兵の慰安を命ずるわ」

 

「はっ!」 「は~い。お姉ちゃん、頑張るよ~!」 「ちぃ達に任せときなさい!」

 

三者三様の承諾言葉はいつも通り。

 

久々のその調子に懐かしいものを感じつつ、一度その場は解散となった。

 

 

 

真桜率いる工作部隊が急ピッチで仕上げた、陣のすぐ外のライブ会場。

 

そこは開演前から既に超満員を越えたすし詰め状態だった。

 

ライブ中の見張りは三姉妹にそれほどこだわらない者から選ばれた。ぶっちゃけると桂花が手を回して黒衣隊から選抜して哨戒に当たらせているのだが。

 

ともかく、今この瞬間だけは兵達には何も考えず楽しんでもらうことにしていた。

 

将達に関しても、見たい者は見ても良いと通達されている。

 

季衣や流琉はお祭り騒ぎに気分が高揚したのか、真っ先に飛んで行った。

 

真桜や凪もまた、沙和と再会してテンションが上がったようで、三人して会場に赴いている。

 

そして。この会場の隅にひっそりと設けられた特別席に、更に四人の姿があった。

 

白と朱、それに付き添う一刀と蕙である。

 

いつかのこと、一刀は白たちに言ったことがある。

 

平和な世の中になれば、天和たちみたいな職は色々な面で重要になってくる、と。

 

それを覚えていた白は、一度その眼で確かめてみたいと思っていたようで、今日が丁度良い機会となった形だ。

 

開演までの待ち時間、そこで白がポツリと言葉を漏らす。

 

「我儘を許してもらい、申し訳ありません、兄上……」

 

軍議の場でこそ、毅然とした態度を貫き通した白だったが、その実、結構気にしていたようだ。

 

それは白が自分の立場を精確に理解出来ているから。

 

一切の力を失ったとて、『皇帝』という肩書きはただそれだけで大きな利用価値があるものなのだ。

 

軍議の場で告げたことは間違いなく白の本心。

 

しかし、同時に一刀を始めとする魏の面々に迷惑を掛けたくないという思いもまた本心だった。

 

ただ、今回は前者が勝っただけのこと。

 

こんな場合、どう行動したとて必ず大なり小なりの後悔は残るものなのだ。

 

だから、一刀は受ける側としてこれを笑って流してやることにした。

 

「なんだ、そんなことを気にしてるのか。

 

 大丈夫だから、もう気にするな。

 

 我儘だったら皆もう華琳で十分慣れてるからな」

 

華琳のそれは我儘と言うよりもどちらかと言えば無茶振りの類だが、そこに大差は無いものとして一刀はそう言った。

 

「……ありがとうございます、兄上」

 

いつまでも暗い顔を見せているのも良く無い、と白の方もそれ以上は言わないことにしたようだった。

 

それからすぐ、数え役萬姉妹のステージが始まった。

 

初めこそは観客の異様な熱気に戸惑っていた白だったが、姉妹が歌い始めればすぐに楽しめるようになったようだ。

 

アイドルのステージに無邪気に笑う少女。

 

その姿を見れば、いくら重いものを背負っていても、白はまだまだ子供なのだと再認識させられる想いだ。

 

「一刀さん。今回の件、本当にありがとうございます。

 

 もうすぐ、白の肩から重い荷物を降ろしてあげることが出来る。

 

 そう考えると、私も許昌に留まっていることは出来なかったのです。

 

 こうして年相応に笑っているのが白にとって一番良い、と、私はずっと思っていました。

 

 ですので……此度の戦が終われば、すぐにでも白に禅譲の儀を取らせようかと考えています。

 

 誰にも言いませんが、これが私の本心です」

 

ライブの熱気に紛らせ、一刀にだけ聞こえるように朱が告白してきた。

 

それは一刀にも協力して欲しいということだろう。

 

その内容について、一刀に否やは無い。

 

むしろ、一刀も白を解放してやりたいと思っていたのだから。

 

「それが良いと思います。

 

 華琳にも伝えておきましょう。

 

 彼女なら、全てを分かってくれますよ」

 

「はい……重ねて感謝します……」

 

この戦の意義がもう一つ増えた瞬間だった。

 

運命に翻弄され続けて来た二人の姉妹を、その坩堝から救ってやること。

 

一刀は無言のまま、朱に力強く頷き返すことで返事としたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜のこと。

 

一刀は酒瓶を片手にとある天幕を訪れていた。

 

寝ていたら悪いな、と思いつつ、控えめに声を掛ける。

 

「春蘭、秋蘭。まだ起きているか?」

 

「む?一刀か?

 

 ああ、私も姉者もまだ起きているがどうかしたのか?」

 

返事はすぐに返ってきた。

 

外に出て来た二人に、一刀は手中の酒瓶を掲げて見せる。

 

「ちょっと飲まないか?」

 

「おお!いいな!私は構わないぞ!

 

 秋蘭も飲むだろう?」

 

「ふふ。ああ、そうだな」

 

二人は一刀の提案を快諾した。

 

並んで歩き出しつつ、春蘭が問い掛ける。

 

「それで、一刀。どこで飲むつもりなのだ?」

 

「俺の天幕に、もうちょっと酒を置いてるんだ。

 

 あと、他に三人ほど誘ってからそこで飲もうと思っている」

 

「三人?ああ、なるほど」

 

秋蘭はその人数を聞いて大凡を悟った様子。

 

一方で春蘭はそこまで悟れはしなかったが場所と目的さえ分かればそれで十分だった。

 

「それじゃ、行こうか」

 

 

 

暫くの後、一刀の天幕に六人の人影が戻って来た。

 

一刀、春蘭、秋蘭に加え、恋、菖蒲、零だ。

 

「それで?どういう目的なの?

 

 単に飲みたいだけならこの面子を集める意味は無かったわよね?」

 

座るなり、早々に零が問い詰めて来る。

 

零らしいな、と苦笑しつつ、一刀は酒瓶と盃を差し出した。

 

「取り敢えず、まずは飲もう。

 

 追々話すからさ」

 

全員に盃が行き渡り、互いに酒を注ぎ合う。

 

そして、軽く乾杯して飲み始める。

 

それぞれが二杯目を飲み干した辺りで一刀が切り出した。

 

「一つだけ、皆で誓っておきたいなと思ったことがあったんだ」

 

唐突だったが、皆がその言葉の先を待つ。

 

「今更でもあるし、将が言うべきことでも無いかも知れない。

 

 そもそもあんな策を提案しておいて、と言われるかも知れない。

 

 けど、だからこそ言いたいことがある」

 

一刀は一度言葉を切り、一人一人をしっかりと視線を合わせつつ見回した。

 

そして、その言葉を口にする。

 

「皆、生き残ろう。

 

 生き残って、新しい時代を共に生きて行こう」

 

一瞬、皆ポカンとした表情を見せる。

 

すぐに立ち直って答えたのは、やはりと言うか、秋蘭だった。

 

「ふっ。以前までの私ならば、死してでも華琳様の御為に、と言ったのだろうな。

 

 その気持ちは今も変わらない。だが、生き残るという意志は格段に強いだろう。

 

 それもこれも、一刀のお前のせいだぞ?私をこうまで変えたのだ、きちんと責任を取ってもらうぞ。なあ、姉者?」

 

「ん?ああ、そうだな!

 

 華琳様の為に我が武を振るうのは当然のこと!

 

 そこに、一刀のために生き残るということが増えただけの話だ!」

 

夏候姉妹の宣言を皮切りに、残りの面々も口々に自身の想いを吐露する。

 

「……恋、もう負けない。一刀も守る」

 

「私も、一刀さんと平和な世の中を一緒に過ごしてみたいです。

 

 女としての幸せという未知の世界をもっと知りたいのです」

 

「私を二度も救ってくれた上に受け入れてくれた貴方をみすみす死なせるような策にはしないわよ。

 

 二、三日中には策がまとまるわ。完璧な策を作り上げてあげるから見てなさい」

 

皆、共に生きて行きたいという想いは共有出来ていた。

 

そのことに一刀の頬は自然と緩む。

 

「ありがとう、皆。

 

 さあ、今日は飲もう!」

 

この世界に来てから今まで、一刀が特に関係を深めた五人。

 

彼女達の繋がりをこの日、より強く感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから表面上静かに時間が過ぎ去って、約十日後。

 

まるで示し合わせたかのように両軍がほぼ同時に動き出した。

 

紛う事なき最終決戦。

 

泣いても笑っても全てが決まる戦が今、始まろうとしていた――――

 


 
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