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演技を始めた私も、常葉さんも、さっと表情が変わりました。
その変化は、ほとんど「変貌」という言葉で表してもいいのかもしれません。
――私は、いささか強い言い方になってしまうかもしれませんが、あえてこう言わせてもらいます。
人前で演じることに緊張を覚える人は、根本的に演じることには向いていない、と。
軌道に乗り始めた時、私はもう誰が見ているとか、誰が見ていないとか、そういう雑事は全て意識の中からなくなってしまっています。
ただ、私は今演じるべきキャラクター……さやかになっています。ナレーションの時も同じで、非常に長いものを一息で言わないといけない時には、緊張するように思われます。私だってさすがにいくらかの緊張はあることでしょう。
ですが、途中からそんなものはなくなっています。
やるべきことをやるために、いわばそう――“心の筋肉”が全て使われ、一切のたるみはありません。そんな極限、究極の集中の中、私は最高のパフォーマンスを発揮することができます。
それに何より、私がやりたくてやっていることなのです。それをきちんとやり遂げられないはずがありません。
「いかがでしたか?」
やれるだけのことはやりきった。そう思って、二人を振り返りました。
「遠慮しないで感想を言ってね。素人が勝手なこと言って――だなんて思わないわ」
「むしろ、素人の思う違和感を取り除いてこそ、ですからね」
常葉さんも同じ気持ちで、どんな言葉も受け止めるつもりでした。
ただ、立木先輩は少し悩んだ素振りを見せています。……悩むということは、真剣に受け止めて、どう言うべきかを考えてくれている証拠。とりあえず、わーきゃー言うだけじゃなかったのが安心です。
対して白羽さんは、いつも通りのある意味で感情の読めない微笑でした。決して無表情ではないのに、どうしてこうも気持ちを読み取りづらいのでしょう。
「ボクから、いいですか?」
そして、小さく手を挙げます。
「どうぞ。白羽さんの意見、気になるわ」
「まず、会長さんからですけど。……少し、声が震えているように感じました。別に緊張とか、意図的な演技じゃないですよね。……いわば、ノイズが入っているような声に感じました」
「ノイズ……?そうなのかしら」
「さすがですね、白羽さん。確かに私も、常葉さんの演技に不安定なところを感じていました。チューニングが狂っているような不安定さなのですよね」
「……あの、私からもいい?」
「はい、どうぞ。立木先輩」
私たち、一年生組が常葉さんの演技について話していると、おずおずと立木先輩が手を挙げました。
いつからか発言は挙手をしてから、という流れになっていますが、いいですよね、挙手制。この会議に秩序があることを感じられます。会議じゃないですが。
「会長さんの演技は、なんていうか……大人っぽく感じさせようとし過ぎていて“萌え”が足りないと思うんだ」
「萌え……?」
きょうび萌えって、聞きます?
いえ、別に立木先輩の言語センスを糾弾したいのではありません。むしろ萌えという言葉が使われなくなったのは、それだけ萌えというものが世間に浸透していったからこそ。“シュール”という言葉が日常の語彙になり、当初の意味を外れていったのも、全てはシュルレアリスムが浸透していったからでしょう。
つまり、そう。萌えはもう、意識して表現するものではなくなっていた。ところが、常葉さんの大人っぽい、三年生の先輩らしい演技は、萌えを感じられない無味乾燥なものになってしまっていたのです。
萌えなんていらない、という主張もあるかもしれませんが、女性二人のボイスドラマである以上、可愛さや“尊み”は感じてもらいたいところです。それに何より、萌えがなければそれは、常葉さんまで私と同じ朗読の世界に入ってくるということ。ナレーターと声優、俳優というのは対義語だと考えてもいいでしょう。声優を目指す以上、常葉さんは私になってはいけないのです。
「萌えと言っても、過剰にあざとく振る舞ったり、媚びることではないですよね」
「うん、魅力を出すって言うかな……会長さんの今の演技の方向性だと、色気を出す、みたいな……そういうのがいいと思います」
「色気!?そ、それって、どうやれば出るのよ……?」
むつかしいですよねぇ、色気。よーし、色気出すぞー!と思って出せればいいのですが、そんなお手軽な機能はありません。
それに、色気は意識して出そうとしては、ただのギャグになりかねないもの。扱いが難しく、今の常葉さんには難しい気がします。まず私自身、色気のない声だと自覚していますから、教えられませんからね。
「声の色気なら、ゆたかですよね!!」
「えっ!?」
おおっと、こいつは面白いや。ここでお二人のおノロケが始まる流れですよ。
「ゆたかはぶっきらぼうなようで、すごく声に色気があると思います」
「ぶっきらぼう言うな!……でも、私のどこに色気があるの?喋り方はむしろ男っぽい方だし、声も特別色っぽいものだと思えないんだけど」
「別に女性的だから色気があるっていう訳じゃないですよ。ただ、ゆたかの声は少なくともボクには色気があるものに感じられます」
「白羽さんがそうおっしゃるのなら、きっと確かなのでしょうね」
私も全力で乗っかっちゃいます。
「大千氏ちゃんまで……。じゃあ、仮に私の声、喋り方に色気があるとして、会長さんにそれを真似してもらったらいいの?……なんか、それも違う気がするんだけど」
「まあ、常葉さんが立木先輩を演じても……っていう気はしますよね。それにお二人は全くキャラが違いますから。方や周りを引っ張っていくエースタイプ。方や受け身だけど人をまとめるキャプテンタイプ、って感じでしょうか。その点から考えると、常葉さんが生徒会長で、立木先輩が部長だったというのは、すごく納得がいきますね」
「……私は自分から望んでそうなったんじゃなく、周りに流された結果なんだけどね」
立木先輩は、少しうんざりしたような表情で遠くを見ていました。……やっぱりちょっと、この辺りには触れない方がいいのでしょうか。
「まだよくわからないけど、とりあえずこのままじゃいけないのはわかったわ。あたしなりの魅力の引き出し方をちょっと考えてみる。それで、未来の方はどう?」
常葉さんは白羽さんの方を見ます。全力で不思議オーラを放出している白羽さんですが、やっぱり耳のよさは尋常ではないようです。“音”に関する質問をするなら、一番の相手でしょう。
「未来ちゃんの方に音の乱れはなかったと思います。ただ……ボクから言うのもどうかとは思うんですが、ゆたか?」
「優等生的過ぎる、って言いたいんでしょ?」
白羽さんの後を引き継ぐように立木先輩が言います。
「キャラクターとして見た時の“アク”って言うのかな。それに乏しいと思う。引っかかりがなさ過ぎて、印象に残らない演技って言うのが率直なところ、かな」
「……つまり、私も常葉さんも、問題点は同じだったようですね。なるほど、言われてみると自分でも納得できます。常葉さんはキャラを目指すあまり、個性がなくなってしまっていた。私はキャラを演じすぎていて、やはり個性がなかった。そんな状態でかけ合いをしても、どれだけ脚本がよくったって、心に響くものがなくて当然です」
「そ、そこまで言ってないよ。会長さんの演技もすごく熱が伝わってきたし、大千氏ちゃんの後輩役も可愛かったし……」
「いえ、気休めはいいわ。あたしたちは“そこそこ”じゃなくて、人に評価されるような、きちんとしたものを作りたいの。これ自体は何も生まない、無料公開のボイスドラマだけど、だからこそ妥協はしたくない。納期やクライアントの望むものがないのなら、自分たちが納得できるまでやりきるべきだわ」
「自主制作だからこそ、着地点を自分たちで決められる、ということですね。今は叱咤激励の内、叱咤を求めるフェイズということです。常葉さんは形状記憶の鋼メンタルですので、どうぞ思いっきり叩いてあげてください。喜びますよ」
「喜ばんわ!!」
いやはや……流れで見逃されると思ったのですが。
「――とにかく。それじゃあ未来、また演技の作り直しね。あたしは、あたしなりの魅力を感じられるような演技を作る……」
「私は、常葉さんの個性をより輝かせられるような、やはり個性ある後輩になります」
自分から遠い演技をするのか、近い演技をするのか。遠い演技の方がやりやすい訳ですが、今回ばかりはそれではいけないと思いました。
なぜなら、私にとっての遠い演技とは、物真似だから。誰かの真似でしかなく、そこに“私”はありません。どこかで聴いたような演技をするだけ、人間ボイスレコーダーは、スマホでも録音できるこの時代、必要ないのです。
それなら、私は私でありながら、さやかちゃんでなければならない。ノーマルな人間であると自負する私が、個性的で可愛らしいさやかを演じる。……難しいことですよ、これは。まあ、投げ出せるはずもない訳ですが。
「もうしばらく、お付き合いいただけますか?調整をして、それからもう一度長めに演じてみたいと思います。細かい調整になるので、退屈かもしれませんが……」
「ううん、結構アニメは見てきたけど、実際にキャラクターを演じる人の演技に関わるなんて初めてだから、すごく楽しいよ」
「ボクも、こういう風に未来ちゃんや会長さんとお話できるのが嬉しいです。ボクの耳が役立てるのなら、いくらでも付き合います」
ああ、なんて素敵な友達を持ったのでしょう。そして、もっと早くお二人のお力を借りるべきだったかもしれない、という後悔もありました。
二人きりのレッスンも素敵ではありましたが、結局のところ、私が常葉さんを独占したいという気持ちが強く、客観的な視点を欠いたものであったと思います。本当に常葉さんの、そして私自身の上達を望むのなら、第三者の存在は必要不可欠だったのです。
「では、始めますね」
常葉さんと一緒に、演技の見直しを始めます。今まで私は、完成したものを人に納品するか、公開するばかりだったので、こうしてリアルタイムで自分のお芝居を作っていくのは全く初めてで、やっていてとても楽しいものでした。
そして、我流でここまで来た私が、実は基礎的な部分の理解も危うかったのだということを思い知らされます。
「少し、声に力が入っていないように感じます。きちんと発声できず、空気をそのまま吐き出しているような……」
「なるほど……。本当、白羽さんは声に関しても詳しいのですね」
「得意だとは思いませんが、声楽の知識や経験がない訳ではありませんから。そんな状態で意見なんて、本来はするべきじゃないのかもしれませんが……」
「いえいえ、とても貴重な意見です。白羽さんのご意見はまったくもって妥当だと思いますし」
そして、常葉さんの方には主に立木先輩がつきっきりでした。別に先の色気についてのことを意識した訳ではないと思いますが、立木先輩は正しく“萌えの伝道師”であったという訳です。
「会長さん、そこ、なんて言うかな……少し息が抜ける感じて言えませんか?」
「……未来はちゃんと声出せって言われてるけど、あたしは息を抜くの?」
「はい。たぶん、その方が声質、キャラ的に魅力が出てくると思うんで」
それまで、私たち二人の間だけで作られていたものが、全く新しい観点を受け入れることで、より生き生きとしたものへと成長していく。
今までは気心の知れた、二人だけというシンプルな関係性の中で作っていたので、かなり気楽なところがあったのです。しかし、全くの他人ではないとはいえ、関わる人数が倍の四人に増え、どちらも鑑賞には一家言ある人物です。お芝居を作り上げていく過程は複雑になり、かつ急成長を遂げていくものですから、キャラクターと演技が私たちの手を離れ、よくわからないところで怪物へと変じていくような……そんな恐ろしさもない訳ではありませんでした。
でも、白羽さんは的確なアドバイスをしてくれますし、立木先輩の舵取りも見事なものです。やがて出来上がってきたものは、間違いなく高いクオリティを誇るものでした。
「……素敵なものが、出来上がりそうですね」
結局、今日一日では完成とまではいきません。ただ、演技の方向性は決まりました。後はこの演技を突き詰めていき……次の週末には完成します。その時はもう、お二人に直接来ていただく必要はないでしょう。でも、完成品を一般公開の前に聴いてもらうことになりました。
「ふ、ぁぁっ……。さ、二人とも疲れたでしょう?あたしも、もうくたくた……まだ時間はあるし、お茶でもしていって」
常葉さんは大きく伸びをすると、そう提案しました。こんな素敵な提案に賛同しない理由はありませんよね。
「いいんですか?」
とは、立木先輩。
「よくなかったら提案しないわよ。遠慮はしなくていいわ。ここからは気を抜いて、楽しんでいって。……未来以外のお客さんを招くなんて久しぶりだし、あたしも肩の力抜きたいわ」
「では、ぜひいただきます。後、ボクはお砂糖もミルクもなしで大丈夫ですので、お構いなく」
「あっ、私も同じで」
二人して、甘くもまろやかでもないお茶を所望されました。これには思わず、私たちも密談に入ります。
『……お二人とも、本気でそんな味も素っ気もないお茶が好きなのでしょうか?』
『まさかミルクやシュガーみたいな、なんでもない値段のものを遠慮するはずがないでしょ?』
『では、ガチで甘くないのがいいと……アレでしょうか、ブラックコーヒーを飲みたがる中二病的な……?』
『立木さんだけならともかく、白羽さんもそれがいいって言うんだから、単純な好み……?』
「あのー、普通に聞こえてるんですけど。というか、二人の中では私の方が中二な扱いなんだ」
「だって、重症度は高そうじゃない?」
「重篤なオタではあっても、中二まではこじらせてませんって!……甘いのって、後味がちょっと悪いじゃないですか。だから、ストレートがいいんです」
しかし、立木先輩はともかく、白羽さんまで、そうだなんて……同学年だけに、ちょっとした悔しさがあります。ただ、私にはここで張り合うような血気盛んさはありません。無理に背伸びすることなく、あまーいお茶をいただきましょう。アレですからね、緑茶にも砂糖入れて飲みたいぐらいの派閥ですからね。
日本の伝統?……いえいえ、ではあなたは縄文人の伝統に従って狩猟採集の民族なのですか、と問いたいです。現代はあらゆる文化が多分に欧米化しているのですから、現代人もまた多分に欧米化をしている訳で、緑茶の苦さがダメな人も少なくはないと思います。別に私が子ども舌だとか、そういう訳ではございません。本当です。
「ふぅーっ……甘くてミルクの入った紅茶は最高ですね!!」
なんだこの主張。
「ええ、そうね。これぐらい甘いのが落ち着くわ」
「ですよね!!」
私は人と争うことはしません。人と争うのは無駄なこと、虚しいことです……ただ、私は常葉さんと結託し、ストレート派閥との密かな闘争を始めていました。なんだこれ。
「何このアウェー感……」
こういう時、なんだかんだで常識人度が高い立木先輩にはしっかり効いてしまうようです。別にその、お二人と険悪な関係になりたい訳ではないのですが……。
「でも、未来ちゃんも会長さんも本当に美味しそうですね」
もう一人、白羽さんは天使。語彙力が崩壊している気がしますが、マジ天使。ああ、闘争ってなんでしょう。なんて意味がないのでしょう。自分と違う主張を糾弾するどころか、それもまた受け入れてくれる……常葉さん、色々な意味で敗北ですよ、私たち。
「未来……」
「はい……」
「あたしたちって、小さい人間よね」
「ですね……体もちっちゃければ、心もちっちゃい気がします」
「それに比べ、白羽さんの度量の大きさよ……」
「私も立木先輩ぐらいおっきくなれば、価値観が変わるのでしょうか……?」
無血にて勝利した白羽さんに、私たちはただただ、己が矮小さを痛感していました。
「ボクもゆたかぐらいおっきくなりたいと思うんですけど、何か秘訣はあるんでしょうか?」
無邪気です。天使は一人勝ちしていたことに気づかず、限りなくイノセントであるのです。
「だから、悠里は大きくならなくていいって言ってるでしょ。後、私は本当、普通にしてるだけでこうなったんだから」
「でも、ご両親は普通なんですよね?」
「人を異常みたいに言うな!……まあ、両親ともにそこまで長身って訳じゃないけど、祖父母の代まで遡れば大柄な人は多かったはずだから、そこからの隔世遺伝だと思う。……ま、背なんて高くてもいいことないけど」
立木先輩はそう語りながら、長い足を優雅に組み替えられます。……さらっとしていることですけど、なんかこう、女王様の風格があります。
基本、立木先輩は優しくて、すごく腰の低い方だと思うのですが、こういう何気ない仕草には常葉さんとはまた違った気品を感じられます。……きっと、リーチがあるからどんな仕草も動きが大きく、美しく見えるのでしょう。
「……さて」
常葉さんが気分を切り替えるためにも、少し大きめに声を出します。
「実はね、すごく今更な話題なんだけど、あなたたち二人に謝っておきたいことがあったのよ」
「えっ……?」
お二人も驚かれましたが、もっと驚いたのは私の方でした。
そんなこと、私も聞かされていません。それに、常葉さんとお二人との接点は、そこまで多くありません。少しだけ立木先輩と話したことがある程度……それなのに、謝罪をする、と?
「……華夜。ウチの、生徒会の書記の月町のことなんだけどね。あの子、あなたたちに酷いこと言ったんでしょ?本人と話していて事情を聞いて、華夜自身には注意しておいたんだけど、あなたたちには謝っていないだろうから、あたしからしておこうって」
「ああ、あの時の……でも、あれは悠里に百パー落ち度があって……」
「でも、返ってきた言葉は百パーセント以上だったでしょ?」
私は、その事情についてよくは知りません。ただ、白羽さんの表情が陰り、立木先輩もばつが悪そうに常葉さんから視線を下へとずらしたことから、それなりのことがあったのだということを理解できました。
「弁護する訳じゃないけど、あの子、ね。冷徹なように見えて、頭にすごく血が上りやすいのよ。自分の中で“悪”って断定すると、とことん断罪しないと気が済まないって言うか。……はぁっ、言っててしんどいけど、しんどい生き方してるわよね。だから、ああいうことって少なくないのよ。絶対にそれは改めなさいって再三言ってるんだけど、持って生まれた、もしくは今まで生きてきて培ったものだから、簡単には変わらないみたいで」
「……別に、会長さんが謝ることじゃないですよ。それに、私だって目の前で悪いことをしてる人がいたら、多少強く言い過ぎることもあるかもしれません。それにもう、月町先輩を恨んでるとか、そういうことはないですし……」
立木先輩の言葉は、なんとか絞り出している、という言葉がふさわしい調子でした。……白羽さんは、そんな立木先輩のことを心配そうに。そして申し訳なさそうに見ています。
「でも、あの子が謝れないなら、私が謝りたいの。……ごめんなさい。白羽さんに、本当に酷いことを言ってしまったのよね。こんな代理の謝罪、意味はないと思う。でも、あの子を止めれなかったのはあたしだから……許してくれなくても、謝りたいの」
「……会長さん」
白羽さんが、頭を下げた常葉さんに向けて言いました。
「ボク、書記さんには感謝しているんです」
精一杯の笑顔で言ったその言葉は、でも、常葉さんにとってはどんな恨み言よりも鋭さを持った、言葉の刃であった気がしました。
彼女は。白羽さんは、どうすればそうなれるのかが真剣に疑問に思うほど、純粋な女の子です。でも、そんな純真無垢さは、時に鋭利なナイフとなって、様々なしがらみを知った人の心に突き立てられます。
「あのことがあったからこそ、ボクはやっと高校生になれたんじゃないか、って。そう思ってて。……ボクはそれまで、演奏家であって、人じゃなかったのかもしれないんです。だから、学校があまり好きではなく、その規則や、部活のことも、よくわかっていませんでした。自分自身がそんな中でどうやっていけばいいのかも、わからなかったんです。……でも、あの後になってようやく、少しずつわかってきました」
白羽さんは、立木先輩を見つめます。それは甘く、少しだけ恥ずかしそうな視線で。
「それに、ゆたかとも、やっと本当の友達になれました。全てはあの時がきっかけだったんです。……だから、そんなにボクのこと、心配しないでください。実際ボク、あんまり怒られても実感なかったので」
なんとなく、怒られた実感がなかったという部分は、ウソに感じました。
白羽さんは人と感覚がずれていますが、決して無感情、無感動な人ではありません。悲しいことがあれば悲しむし、嬉しいことがあれば笑います。だからこそ、怒られてそれを理解できないなんてことはありえないはずです。
ただ、実際のところどの程度まで堪えたのかは、その時の白羽さんを知らない私にはわかりません。
でも、吊り橋効果という言葉もあります。それを契機にお二人の仲が深まったのなら、その時の白羽さんの反応は――。
「ね、白羽さん」
「はい……?」
「あなた、泣いてるわよ」
「えっ……?」
悲しいウソをつけば、涙を流す。それが白羽さんという、感情豊かな女の子なのでした。
「あ、れ……?」
「……悠里」
立木先輩が、白羽さんのことを抱きしめていました。体格差があるため、ほとんど立木先輩が覆いかぶさるような形で、もう白羽さんの様子はわからなくなります。
「なんで、そんなに無理するんだか、あなたって子は……」
「っ……!だ、だって、かっこ、悪いからっ……。ゆう、人にかっこわるいところは、見せられないっ……。だって、ゆたかの友達として、かっこいいゆたかに見合うような……」
「……あなたは私のお姫様なの。お姫様ががんばるのは、私がどうしようもなくなった時だけでいい。……今は、違うでしょ。大丈夫、私にだってあなたを守ってあげるだけの甲斐性はきっとある。だから、悠里は悠里が思う通りにいて。……それが一番、かっこいいから」
私は、常葉さんの手が震えているのに気づいていました。
ね、常葉さん。
想像していたのとは大きく違う結末を迎えてしまいましたが……でも、私は今日という日があってよかったと思います。
私は傍観者に過ぎませんが。でも、あなたの傍を離れませんから。
もう少し、がんばってみましょう?
二部 女王と介添人 完
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