迷える道は 誰にもあります 抜け出て振り返っても 何処を迷っていたかはわかりません
"本当"を知った時 迷える道は "あなたの道"に変わるのです
昼下がりから 天気が崩れ始めていた日でした
その日もいつも通りシィちゃんは ギルドの友達と昼食を済ませ ファーネルさんの家にでも行こうかと考えていました
ファーネルさんは片付け不精なので 放っておくとすぐに部屋が滅茶苦茶になってしまうのです
おまけに雨が嫌いなので こんな天気の悪い日は家でゴロゴロ寝転がっているに決まっています
そんな情けない師匠の姿を想像して シィちゃんは一つ溜息をつきました
「‥‥‥‥ニィ‥‥」
何処かから声が聴こえます
それも人のものではなく 恐らくは猫‥‥それも小さな
魔法使いが猫を連れるのは珍しい事ではありません "ファミリア"と言って魔法の力を持ったペットにする事も多いのです
ですからシィちゃんも 誰かのファミリアが逃げ出したかな くらいしか思っていませんでした
「‥‥ニィ‥‥ニィ‥‥」
ですが そんなシィちゃんの前に現れたのは何処から見ても普通の猫
顔におっきなブチのある どこにでもいる普通の子猫でした
その猫はすっかり弱り切った様子で ギルドの中庭からシィちゃんを見つめています
何年か前 ギルドでこっそり猫を飼っていた友達がいました
とある仕事の依頼主から譲っていただいたそうで シィちゃんも色々と世話をお手伝いしたのを覚えています
しかし‥‥ 結局すぐにチーフ・ウィザードに見つかり シィちゃんは友達と一緒にこっぴどく叱られました
「すぐに返してこい」と‥‥ 友達と泣きながら返しに行きました
その後も研究室で泣き続けていた二人の所に ファーネルさんがやってきてこう言ったのです
「責任の持てる立場じゃないと動物を引き取っちゃいけないんです 食べ物や小物なんかじゃなく イキモノなんですから」
シィちゃんも友達もサブ・ウィザード‥‥まだ半人前 住まいすら他所様に間借りしている状況で だからこそギルドで飼っていたのです
いつもの優しい口調で だけど いつもとは違う真剣な表情 そんなファーネルさんの言葉は記憶に残りました
今のシィちゃんは あの頃と変わらず半人前です だから下手に感傷ぶる事もなく 素通りしようとしました
「ニィ‥‥」鳴き声が響きます
「ニィ‥‥ニィ‥‥」まるで泣き声のようです
「ニィ‥‥フニャ‥‥‥」ここで振り返っちゃダメです きっとまた深入りして怒られるに決まってます
「フニィ‥‥ニャァ‥‥‥」パラパラと音がします ついに雨が降り出したようです
「‥‥‥フニャァ‥‥‥」
「このままだと また怒られるよー?」
シィちゃんが友達と合同で使っている研究室‥‥結局シィちゃんの目の前には ミルクを飲んでいる子猫がいます
だからって雨の中 放っておけるワケない‥‥ そう目で反論すると 友達――コットンさんは少し呆れたように笑います
シィちゃんより少し年上で ウェーブがかった金髪が目を惹きます‥‥ 先ほど話した 一緒に猫を飼って怒られた友達です
あの一件以来 ペットやファミリアについての研究を続けています さっきも猫にはミルクを薄めて飲ませるよう注意されました
もちろん このまま前と同じ轍を踏むシィちゃんではありません
この子猫は首輪を付けています 野良ではなく誰かに飼われているという事です いつの間にかギルドに迷い込んでしまったのでしょう
‥‥という事は その飼い主はきっと困っているはずです さっそくシィちゃんは迷子探しの依頼をかき集めます
シィちゃんが所属する魔術師ギルドだけでなく 冒険者が集まる街の宿屋も駆け回って‥‥
結構な量が集まりました この街には こんなにも多くのペットを飼う人がいて こんなにも多く迷っているペットがいるのです
「フツーの冒険者は こんな仕事進んで受けないってのもあるけどね どんどん溜まっていくワケ」
そうコットンさんが付け加えます
冒険者はその名の通り"冒険"を好む人たちなので こんなペット探しには興味を示さないのでしょう
昔のファーネルさんなんかは喜んで引き受けそうですが あの人は例外だとシィちゃんは思い直しました
「じゃ 行こうか」
そう言うとコットンさんは 山のように積まれたペット探しの資料を半分持ちます
行くってどこへ? シィちゃんが 目で問いかけると
「これ一つ一つ回るンでしょ? 二人でやった方が手間も半分ってモンよ」
コットンさんの言う通り シィちゃんは関係ありそうな依頼主の所を一軒一軒回るつもりでした
もちろん一人で‥‥だって 子猫を拾ってきたのはシィちゃんなんですから
だけど コットンさんは当然のように
「前は あたしが手伝ってもらったンだから! お返しってワケじゃないけど」
そう照れもせずに言うと コットンさんは傘を持って 元気よく出ていきます
‥‥シィちゃんはいつも この少しお姉さんなコットンさんに助けられているのです
前に猫の世話を手伝ったのも その"お返し"のつもりも ほんの少しあったのです
だけどコットンさんは 少しもお姉さんぶらないで 黙って やっぱりシィちゃんを助けてくれるのです
それがコットンさんの"普通"なのです
だからシィちゃんも 気兼ねなくコットンさんを送り出し 自分も後を追うのです
いつの間にかミルクを飲み終え 眠っていた子猫を籠に入れ 雨を浴びないように布でくるんで‥‥
やっと飼い主が見つかった頃には 雨も止み 太陽も傾き 空は赤く染まっていました
結局シィちゃんが集めた依頼の中に飼い主はおらず 人に聞きながら一軒一軒探し回ったのです
すると 同じように聞き込みしてくれていたコットンさんから 連絡が入ったのです
「雨の中 本当にありがとうね」
子猫を受け取って 飼い主だというおばあさんは 本当に嬉しそうに笑いました
すっかり足が弱くなった一人暮らしのおばあさんでは 子猫を探す事もままならず困っていたそうです
「本当に‥‥一生懸命探してくれたんでしょう? ひどく大変な事をさせてしまって」
おばあさんの顔から笑みが消えます
慌ててシィちゃんとコットンさんは首を振って
「私たち 魔術師ですから 人探しはお手のものです 全然疲れてないです」
「そ そうッ! こんなの 魔法でパーってチョチョイですよ!」
たぶん それが嘘だって事は おばあさんにはわかっていたけど
それでも そんなシィちゃんとコットンさんを見たおばあさんは
「そう それはよかった」
と 笑ってくれるのでした
なんだか いつかどこかで見た事あるような 笑顔でした
「何で そんな風に誤魔化したの?」
すっかり日も暮れたファーネルさんの家
シィちゃんの足に包帯を巻きながら ファーネルさんは少し微笑みながら言いました
シィちゃんの足は 雨に濡れて冷え切って 一日中走り回ってボロボロになっていました
コットンさんも似たようなものだったのですが それでも強がって平然と帰っていったのです
ファーネルさんから よく効く薬を分けてもらったので 明日にでも渡さないと‥‥
「そのおばあさんに 心配かけたくなかったの?」
シィちゃんの顔を見つめて ファーネルさんが また口を開きます
‥‥どうだろう? シィちゃんには答えられませんでした
もちろん それも一つの理由だけど‥‥ もしかすると 少し"一人前"ぶりたかったのかもしれません
だから少し胸を張りたくて あんな事を‥‥?? シィちゃんには 結局よくわかりません
そんなシィちゃんを見て ファーネルさんは笑いながら
「無理はしちゃダメだよ 黙ってちゃダメ シィちゃんが元気で やっと他の人も笑えるんだから」
そう言って軽くシィちゃんの頭を撫でると 奥の台所へと向かいました
少し遅めの晩御飯です
ファーネルさんの料理は シィちゃんには少し辛すぎるのですが こんな寒い日には ちょうどいいかもしれません
‥‥いい匂いが漂ってきました シィちゃんに合わせて 少し辛さを抑えてくれたみたいです
そんな匂いを嗅ぎながら シィちゃんは先ほどのおばあさんの言葉を思い出していました
「この子の母親も元気なのよ? 会っていく?
‥‥何年かぶりに会えて きっとあの子も喜ぶんじゃないかしら」
「どうしたの? 笑ったりして」
「‥‥何でもないです」
ファーネルさんが運んできた鍋からは 温かな湯気が立ち上っていました
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まいごのこねこが ないたなきごえ
だれかのみみに とどくでしょうか?
あなたのみみに とどいたでしょうか?
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