後漢王朝末期―――
後漢の首都・洛陽の王宮の庭で木剣を持った黒髪の少年と、木の枝を持った深紅の髪の青年が対峙していた。
少年の方は真剣な眼差しで青年を睨んでいるのに対し、青年の方はその辺に転がっていそうな木の枝を肩に担いで面倒くさそうな目で少年を見つめている。
「やぁぁぁ!」
少年は木刀を振り上げて青年に向かって切りかかった―――しかし、
「とう」
青年が無造作に突きだしたつま先に鳩尾を蹴られた少年は、あっさりと地に伏した。
「う・・・うぐぅ・・・」
「あー・・・大丈夫か、協?」
少年はギギギ・・・という擬音が聞こえてきそうな感じで首を動かして青年を見上げた。
「舞人(まいと)さんくらいですよ・・・漢王朝の皇太子に蹴りを入れるのは・・・」
「しゃーねーだろ。お前が隙だらけなんだからよ。この織田舞人、誰が相手だろうと容赦はしない主義なんだ」
少年は漢王朝の皇帝・劉宏、即ち霊帝の子で後に献帝と呼ばれることになる劉協。青年の名は織田舞人。劉協の剣術指南役を務める凄腕の武人である。
劉協の稽古を終わらせた舞人はその足で雇い主のところに行こうとしたが、居場所が分からなかったのでその辺を歩いていた侍女に聞くことにした。
「あー、すまんが何進大将軍はどこにいるか知らんか?」
「か、何進大将軍様なら謁見の間にいらっしゃいます」
彼女は顔を引きつらせて質問に答えた。引きつっているのは恐怖の為だが、別に彼女が舞人に何かをされたわけではない。舞人の目つきは悪くて相手に威圧感を与える印象だし、普段の言動も粗野で、何よりも恐れ多くも漢王朝の皇太子を小突きまわすという前代未聞の所業をしている彼を普通の人ならば恐れるのは当然だろう。しかも高い地位にいる者たちへも敬意を払わず、たいがい『おっさん』や『じーさん』呼ばわりしている。(女性なら一貫して大体『ばーさん』)
いまも名前が挙がった何進も普段は『何進のおっさん』だ。
「あっそ」
あんがと、と片手を上げてブラブラと歩きながら去っていく舞人の背を見送って侍女はため息をついた。
(織田様も男前には違いないのだけれどねぇ・・・)
「んで?何の用だよ、おっさん」
「おっさんって・・・一応わしは大将軍という身分にいるのだがなぁ・・・」
舞人はだるそうに扉にもたれかかって、目の前のひげを蓄えた中年男に相対していた。彼の名は何進。舞人の雇い主にして漢の大将軍である。
「舞人よ。最近各地で黄色い布を頭に巻いた賊徒どもが暴れているのは知っているな?」
「ああ。『黄巾党』とか名乗ってる奴らだろ?」
張角を首魁とする彼らは一様に頭に黄色の布を巻き付けて各地で王朝への反乱を起こし、各地の豪族や州牧の手を焼き、鎮圧軍を散々に破っているという。
「陛下は大変心を痛められ、反乱の鎮圧をわしに命じられたのだが・・・」
「行けばいいじゃねぇか。その為の大将軍だろ?」
大将軍は漢軍の最高司令官。皇帝に代わって軍を率い、敵を討ち平らげる存在だ。舞人の言う事は道理なのだが―――
「わしは今ここを離れることは出来ぬ・・・」
「そうだったな」
何進がこの洛陽を離れる事が出来ず、舞人の様な凄腕の武人を武術指南役として雇ったのは彼の妹が生んだ劉協の存在があった。何進と対立している張譲を筆頭とする十常侍の存在があった。彼らは劉協の異母兄・劉弁を次期皇帝としたい考えだった。
「文に優れ、武にも積極的に興味を示す協皇子と、父に似て凡庸で政事に関心が無い弁皇子・・・どっちが操りやすいかってことだよな」
「協皇子を皇太子に据えることには成功したが・・・奴らがこのまま大人しく引き下がるとも思えん・・・そこで、だ」
何進は居住まいを正して舞人に告げた。
「織田舞人。そなたをわしの権限で後将軍に任ずる。わしに代わって漢軍を率い、反乱軍を討ち平らげてくれ」
ちなみに後将軍とは、大将軍・驃騎将軍・衛将軍・車騎将軍の下に位置する雑号将軍の一つである。他には伏波将軍などがある。
「なるほどな・・・確かに実質無位無官の俺は権力には弱い。大将軍たるあんたの権力は俺の持つ武力よりもクソ十常侍から協を守るのには有用かもしれんな・・・了解した。その依頼、受けてやるよ」
2日後、後将軍織田舞人率いる漢軍は北へ―――冀州に陣取る黄巾党軍本隊を攻撃中の諸侯の指揮を執るべく出陣した。その数は2万。
この戦いが後に彼を『紅竜王』の異名をつけることになる戦いとなるのだが、それを知る者はまだ誰もいない・・・
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新シリーズです!いまだにだれルートかは決まってません・・・