No.935849

猫が酔い潰れちゃう話

紫月紫織さん

2016-07-18にぷらいべったーに投稿したものの転載となります。

Twitterの友人と話した結果突発お題みたいになって書いたものです
オル様のお酒に付き合って良い潰れちゃう光♀のお話。
オルシュファン視点です。

2018-01-02 19:27:00 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1170   閲覧ユーザー数:1169

 いつものように青と緑の双眸を冷たく細め、軽やかな、けれどしっかりとした歩みで彼女は私の元を訪ねてくれた。

 冒険者らしく唐突に、だ。

 来るのなら連絡を入れてくれればいいのにと、何時だか言ったことがあるが、彼女はこともなげに言ったのだ。

 吹雪は吹く前に連絡などいれないわよ、と。

 自身のことを吹雪と称する彼女に、ならば何時でも歓迎しようと返したのがまだ記憶に新しい。

「おお、久しぶりではないか友よ! その足取り、身のこなし、変わらず元気そうだな!」

「貴方も、変わってないわね。元気そうでなによりよ」

 その言葉と共に、鋭く細められていた目が僅かに丸みを帯びる。

 彼女は気を許している時、少しだけ表情が緩む、それに合わせて尻尾の動きと、耳の角度も微妙に変わる。

 よく会うようになってから気づいたことだった。

 

 

 彼女の要件は端的で、暁とモードゥナの開拓団からの親書を届けに来たということだった。

 取り出された二通の手紙、片方は暁からのものできちんと蝋封の施された物、もう一つは開拓団ということで、簡素な責任者数名の署名がなされていた。

「確かに受け取った。しかし、親書二通を手渡すためだけに英雄が足を運ぶとはな」

「他ならぬキャンプ・ドラゴンヘッドへの正式な親書、それを暁とモードゥナの開拓団から出すとなるとふさわしい人材は私しか居ない、というのが彼らの言い分らしいわよ」

 少々うんざりしているのだろう事はわかるのだが、その割に断らないのは彼女の性分なのか……。

「……断っても問題のない依頼だったと思うぞ?」

「そうかもね」

 そう言いながら彼女は手近なイスの一つに腰を下ろす。

「ま、口実かしらね」

「口実?」

 彼女が小さく漏らした言葉は、けれどエレゼン族の私の耳にはよく届いた。

 聞き返すと彼女は普段から細めている目を更に細めて、すっと視線を逸らした。

 それは何かをごまかすときに人がよくするしぐさだが……はて?

「なんでもないわよ、こっちの話」

 そんな風にして彼女は話題を切り替えたのだった。

 

 

「そうだ、友よ。もしもこの後予定がないというのであれば、今度こそ共に酒を酌み交わさないか? 実はイシュガルドでもめったに手に入らない銘酒が手に入ったのだ」

 私の言葉に対して、彼女はいつもの様に少し困った表情を浮かべる。

 警戒しているような、それでいて葛藤しているような様子で、目は薄く細められ、かと言って鋭さは感じない。

 しっぽはぱたぱたと一定間隔で思案するように揺れていた。

「そう……ね。いつも断ってばかりだし、たまには……いいかもね」

 半分、今日も断られるだろうと考えていたため、彼女の承諾はとても嬉しかった。

 私は彼女の気が変わる前にと、急ぎ彼女を私室へと招いたのだった。

 私の喜びように彼女は少々面食らったようだったが、それで落ち着けるわけでもない。

 なにせ長いこと共に酒を酌み交わし語り合いたいと思っていた、歴戦の冒険者、光の戦士、エオルゼアの英雄との酒宴である。

 興奮するなというのが無理な話だ。

 促されるままに席に座る彼女に、グラスを差し出す。

 こうしてみると、少し借りてきた猫のような様子をしていて、それが意外だった。

「春の雪解け水と、クルザス近辺で撮れる各種ハーブをふんだんに使った、複雑で豊かな香りを持つリキュールなんだ。口にあうとイイんだがな」

 そういってグラスに注ぐ淡い緑色の液体は、暖炉の明かりを複雑に反射してキラキラと輝いている。

 その様子を見た彼女は、珍しく……柔らかい笑みを見せたのだった。

 その表情に、私は一瞬見惚れてしまった。

 普段は決して見せることのない、それは彼女の安らぎの表情だったのだろう。

 グラスに顔を近づけ香りを確かめ、舐めるように口をつける彼女の一挙手一投足を、私は見逃すまいと見つめていた。

「……良い香りね」

「そうだろう! 私にとっては故郷の、自慢の酒なのだ!」

「そうみたいね」

 くすりと微笑む彼女の様子。

 酒よりも、彼女のその様子に酔ってしまいそうだ。

 暫くの間、私の故郷の自慢話や、彼女の冒険譚、互いの近況など、とりとめないことを話すのだが、その間彼女は舐めるようにちびちびと飲むだけだった。

 口に合わなかったのかと聞いてみると、彼女はそういうわけではないと首を横に振る。

 薄っすらと朱に染まった頬、普段は鋭いはずの目つきはどこかとろんとして、耳は力なく垂れて、けれどしっぽだけはぱたぱたとひときわ元気に振られていた。

 

 どうして、そんな先入観を持ってしまったのだろうかと、一度自問自答する。

 気を使わせてしまったのかもしれないと思えばなおのこと、自分の勝手な思い込みというものを後悔した。

 英雄だ、冒険者筆頭だと周りがどれだけもてはやそうが、彼女が歳相応の女性であることが揺らぐはずは無いのだ……。

 イシュガルドの酒は、五年前の霊災以来、度数がきつくなった。

 それは凍らないようにするためでもあり、体を温めるためでもあった。

 私はすっかり慣れてしまっていたが、それを彼女が知る由もない。

 

 彼女が酒に強いだろうなどと、一体なぜ私は思い込んでしまっていたのか……。

 

 今、英雄であり冒険者筆頭であり光の戦士でもある彼女は、目の前のソファにころりと転がって、蕩けた表情で、潤んだ目で、私を見つめていた。

 そこにいるのは……一匹の、酔った雌猫だ。

 正直、たまらなくかわいい。

 よほど理性のある男でもなければそのまま持ち帰ってしまいたいぐらいにかわいい。

 何より、普段とのギャップがことさらイイ!

 そんな風に考えることで現実逃避を測りたくなるぐらい、今の状況をどうすれば良いのかがわからない。

 そんなことを考えていたら、唐突に彼女が立ち上がった。

 酔っているためにふらつく足元を心配していると、私の側にやってきて、あろうことか私の膝の上に腰を下ろし抱きついてきた。

「……す、勧めた私が言うのも何だが、弱いのだと教えてくれれば……」

 飲まなくても良かったのだぞと、言いかけた口を指先ひとつで黙らされた。

 唇の上に、柔らかい……彼女の指先。

「ほんとうは、いつも……お誘いを受けたかったのよ? でも、お酒だから……ずっと悩んでたの」

 普段の彼女の口調からは想像もできないような、柔らかい言葉。

 おそらく、こちらのほうが素の彼女なのだろう。

 普段の冷たい物言い、冷ややかな視線、仕草。

 それら全てが、英雄という呼称に対する仮面なのだ。

「お前にも苦労があるのだな……だが、私はもう知ってしまったからな。これからは私のところでは遠慮しなくていい」

 私の言葉に、彼女が普段では決して見せないような柔らかい笑顔を見せてくれる。

「それに、私は酔ったお前も好きだぞ。また一つお前の素顔を知れた」

「そっか……うん、ありがとう」

 安心したのか微笑んだ彼女の顔はとても幸せそうなもので、高鳴る鼓動を抑えるのに必死だった。

 いっそこの衝動をぶつけてしまいたいとすら思うが、互いの立場を考えるとそれも難しいだろう。

 そう思ってそっと背中を抱くだけにしておいたのだが、こちらを見ていた彼女が不意に頭を動かした。

 それは確かにくちづけだった、頬へのものであったが、紛れも無い彼女からのものだ。

「おるしゅふぁん……すきよ、私のことを英雄でもなく、光の戦士でもなく、わたしとしてみてくれる、あなたをあいしてる」

 彼女の行動も、その次に紡ぎだされた言葉も、そのどちらもが衝撃的すぎてしばらく呆けて返事を返し忘れていた。

 気がつけば彼女は腕の中ですやすやと幸せそうな眠りの中におり、もう返事を返せそうな状態でもなかった。

 寝床に運ぶのは問題ないとして、何か一つぐらい返しておきたい所だ。

「……そういえば、口付けはする場所で意味合いが違うのだったな」

 彼女の長い髪を一房手に取り、くちづける。

 彼女が知るわけでもないことではあるが、自分の気持ちの確認も兼ねてのことだった。

「さて、そろそろ冷えるからな……ベッドは一つで勘弁してもらおう。添い寝ぐらいゆるせ」

 今夜はもう、彼女の温もりを手放したくはない。

 

 

 

 微かに痛い頭を起こすと、そこは見覚えのある部屋だった。

 オルシュファンの私室であることは間違いないだろう。

 状況を確認しようとして、隣に誰かが寝ていることに気がついた、誰かと言っても可能性は一つしか無い。

 空を混ぜたような銀色の髪、オルシュファンが寝ているのだ。

 ……なんで一緒に寝てるんだ、私が寝落ちたからか。

 お酒をグラス一杯飲み干した後の記憶が曖昧で、必死にそれを辿って状況を把握しようとするも、出てくる記憶は断片的なものだけだった。

 彼の頬にキスをした、好きだと口走った、酒に弱い事もばれた。

 酔いの勢いでしたことを後悔しているとふいに隣が動いて抱き寄せられた。

 今更抵抗する意味もなさそうなのだが、状況的に相当恥ずかしい。

「お、おはよう……オルシュファン」

「それが素のお前か? おはよう、酔ったお前は大変可愛かったぞ」

「……普段の私は可愛くないと?」

「普段は美しいというほうが近いか……そうそう、愛の告白も聞けたしな、イイ夜だった」

「……忘れて」

「なぜだ? 忘れるなんてもったいないこと、できるものか」

 酔った勢いで言ってしまうなど、痛恨だ……。

 いや、そういう状況でもなければ言えなかったのかもしれない、私の性格を考えれば考えられる話だ。

 だがそれでも、悔しいと思う。

 だから、長い沈黙を壊してでも、口にした。

「酔った勢いでの告白なんて……貴方は納得できるの?」

「……なるほど」

 私が気落ちしている理由をなんとなく察したのだろう。

 気持ちを伝えるならばちゃんと伝えたい、それは誰もが持っている普通の感情だと思う。

「ならば、今ここで、もう一度聞かせてくれないか?」

「……は?」

「今はもう酒は抜けているだろう?」

 その意味を理解した私は今度こそ真っ赤になって何も言えなくなった。

 この人は、今ここでもう一度私に愛を告げろと、堂々言ってのけたのだ。

 酔った状況でもないと言えなかったことを、素面でこの状況では言えるわけがない。

 ただ赤くなってうつむいたままになる私を見て、オルシュファンは呆れたように、けれど愛おしそうに私の頭を撫で「その様子では、素面のお前から愛の告白が聞けるのはだいぶ先になりそうだな」などと言うのだった。


 
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