「えーとね大変なんだよ、今度の将軍様ってくじ引きで選んだんだって、そりゃもー世も末だよねぇ、なんて言ったっけ、そうそうまっぽーの世って奴。でも、まっぽーって鳩の鳴き声みたいだよねぇ、まっぽー、まっぽー、え、可愛い?やーんもう照れちゃう。えーと何の話だっけ、くじ引きで将軍様選んだ話?そうだったね、でもさ、ちゃんと選んだって戦が絶えないし、妖怪も跳梁跋扈してるし天変地異も続発してるし、そりゃ神様のご託宣聞いてくじで選んだ方が結構まともかもしれないよね、そうそう、くじ引きと言えばねぇ、富くじで一等が出た時、当たった人がその場で卒倒しちゃってね、その時一緒に来てた幼馴染さんを押し倒した拍子に、濃厚なちゅーしちゃってねー、でもその後お互い憎からず思ってたのが判ってね、それじゃ善は急げだ、こりゃもー祝言挙げちゃえって、神主さんも捌けた人でね、よーしわしが引き受けたーって、その神社で式を始めちゃった所に、私もちょうど居合わせてねー、こりゃおめでたいって、私も嬉しくなっちゃって、上からお花を撒いて盛り上げたんだよー、それにしても綿帽子だけだったけど幸せそうな花嫁さん綺麗だったなー、私も白無垢とか着てみたいなぁって思っちゃったよ。そうそう祝言と言えばご主人様って、みんなの中では誰が……」
「ああ、うん、そういう話はまた今度な」
「そーお?それじゃ次は北の氷ばっかりの土地に行った話でもしよっか?黒くてくえーくえー鳴いて、飛べないんだけど、泳ぐのがすっごく得意な、よちよち歩く鳥さんが一杯いてねー、これが本当に人懐っこいんだよー。私の所にみんなでぺたぺた近寄ってきて、羽が生えてるからかなー、私の事をね、仲間?仲間?みたいにのぞき込んだりしてね、もー可愛くて可愛くて、連れて帰りたいーって思ったけど、寒い所の子だから、ここの天気で大丈夫か判らないし、何より家族から離して一人になんかしちゃ絶対、絶対、ぜーーーったいダメだしねー、でもねー、今度おべんと作って厚着してみゃーちゃんと遊びに行ってみようかと思ってるんだけど、ご主人様も一緒に……」
「ちょぉぉぉっとまったー! 何で、一番面白くなりそうな所で、話を他所に持っていくのよ!」
「あ、やさふろちゃんだ、こんにちわー」
「やさふろ、どっから湧いて出た?」
旺盛な好奇心を、男女、同性構わない恋愛模様に全て振り向ける黒猫の姫君が、湧いて出たとしか言いようがない唐突さで二人の間に割って入った。
「猫はどこにでも居て、何でも聞いてるのよ、さぁ語って、ご主人様の赤裸々な性的嗜好や恋バナや、転んだ拍子にかぶきりちゃんの豊満なお胸に飛び込んじゃったような幸運桃色体験談を赤裸々にっ。よしんばご主人様が一つ目入道の胸板や白天狗の首筋に心惹かれたなんて話を聞いても、私は全然問題ないから、むしろ大歓迎」
「俺に衆道や男色の気味はねぇよ」
「それじゃ赤殿中君?」
「お稚児の趣味もねぇ!」
「あれぇ、そーなのー?これだけかわいい子が一杯いるのに、誰にも手を出さないから、一部じゃご主人様は男色か不能なんじゃないかって話もあるんだよー」
傍らで楽しそうに二人の話を聞いていたおつのが、さらっととんでもない事を口にする。
「酷ぇ風評だな、おい……誰が言ってるんだ」
「鈴鹿さんでしょ、古椿ちゃんに、吉祥天ちゃんに、烏天狗ちゃん、天狗ちゃん、えーとそれから」
指を繰るおつのを複雑な顔で見ながら、男は僅かに天を仰いだ。
(鈴鹿辺りは、そう信じさせておいた方が平和かもしれんなぁ……まぁ、取り敢えず古椿はシメるとして……しかしどうしようか)
己の尊厳と平和を天秤に掛けてみたが、中々答えは出ない……男というのは難しい生き物なのである。
「まぁ、噂は仕方ねぇが、俺も一応人並みな男だからな」
「そうなんだ、それじゃご主人様は誰か気になる子とか居るの?」
「いや、流石にほれ、俺みたいな人間風情が神様をそういう相手に見るのは失礼だろ、これでも我慢してるんだぜ」
「そんな事ないんじゃないかなー、真面目に想いを告げれば、みんなそれなりに応えてくれると思うよー、ご主人様が頑張ってるの、みんな知ってるからね」
「……えーっと」
思わぬ伏兵からの真っ直ぐな言葉に、男はとっさに返事もできず、間を取るように首筋を撫でた。
「そういう人が出来たらな、考えておくわ」
考えた挙句のつまらない一言ではあったが、ほんの少しだけど彼が前を向いた事を感じて、おつのは微笑を浮かべた。
「えへへ、それが良いとおもうよー、みんな神様だけど、今を生きてる女の子なのも間違いないんだからねー」
「肝に銘じておくよ」
「という事は居るの?居るのね、居ると言いなさいコンチクショウ!」
鼻息も荒く、やさふろひめが、再度二人の間に割り込む。
黙っていれば、知的な黒髪美女なのだが、妄想暴走が始まるともう、色々台無しである。
(こんにゃろうは……)
いい加減身近な男が俺しか居ないからって、変な妄想の具にされるのも困るというか、癪に障る。
ようし……。
やさふろひめの艶やかな長い黒髪を一房手に取る。
「ん、どうしたの、埃でも付いてた?ごしゅ」
「なら言おうか……君だよやさふろひめ」
「ふみゃっ!?」
「お……おおおおおぉー」
「この思いは、戦果てるまでは秘め隠して置くつもりだったんだが……恋する姫君に男色だと誤解されるのは、さすがに辛い」
「みゃ……みゃぁあぁ?」
「やさふろちゃーん、おーい、猫になってるよー」
「艶やか波打つ豊かな黒髪、知的なのに、情熱的でもある瞳の前では、いかなる絹も玉もその輝きを失う」
「……はにゃぁ」
「やさにゃん?囲炉裏横の猫より溶けてるよ、大丈夫、やさにゃん!」
「そんな君に恋しない男がいようか、私だけの姫君、やさふろひめ……ってな事を言うんだろ、お前さんの好きな草子の、顎が尖がった男はよ……いや、これは無いわ、俺の柄じゃ無いな……って、おーい、やさふろさん、恋愛の達人姫ー聞いてるかー」
「……えっとさぁ、ご主人様、もうやさにゃんには聞こえてないよ」
真っ赤な顔で立ったまま気絶しているやさふろひめの顔を、慌てて手にした羽団扇で煽ぎながら、おつのは顔をしかめた。
「ご主人様があーいう事やる気持ちは判らなくも無いけどねー、でもやっぱり感心しないなー、おつのちゃん、ご主人様の事軽蔑しちゃうかもー」
「……すまん、しかしなぁ、あんな芝居掛かりの言葉を真に受けるか、普通」
「んー、やさふろちゃんにしてみると、一番真実味のある口説き文句だったと思うよー」
「こいつって、恋愛の達人じゃなかったっけか?」
付き合った男の数は数知れず、群がる彼氏を千切っては投げ千切っては投げと豪語していた筈なんだが。
いや、この美貌ならさもありなんと、素直に頷けてたんだけど……違うのか?
「……やさにゃの名誉の為に、ここはおつのちゃん、超絶の努力で口を閉ざすよ、今から貝になるよ、サザエやバカガイやしじみじゃなくて桜貝だから間違えないでねー。貝といえば、蛤のお吸い物美味しくて好きだったんだけど、この間の討伐ででっかい蛤見ちゃってから、あんまり食欲湧かなくなっちゃったのが残念だよねー、ご主人様平気?」
「……その辺は、あんまり気にしてねぇな」
おつのの様子で、男も何となく事情を察した。
こんな美人が、耳年増の奥手……か。
「勿体ねぇ」
そう呟きながら、真っ赤な顔でひっくり返ってしまったやさふろひめを抱き上げる。
……軽いなぁ。
「ここに寝かして置く訳にもいかんし、部屋に運ぶわ、おつも付き合ってくれ……それと、後の面倒頼んで良いか?」
「はーい、おつのちゃんまかされまーす、どーんと任せちゃって良いよー」
「悪ぃな、面倒を掛ける、後で埋め合わせはするからよ」
「気にしなくて良いけど、そう言って貰えるなら、遠慮なく後で何かお願いするねー」
何がいいかなー、みゃーちゃんと茶店でお菓子ご馳走して貰っちゃおうかな。
傍らを、楽しそうに、軽やかに歩くおつのの桜色の髪の毛を見やる。
やさふろひめもそうだが、彼女たちは皆、この上なく美しい。
その彼女らが、自分みたいなのでも、憎からずは思ってくれている風情が見えると、口説きたくなる時は当然ある。
だけど。
神様だから遠慮してる。
冗談めかしてではあったが、この言葉に、偽りは無い。
俺みたいな、何の力も持ってない奴が関わりを持つには、ちとこの子らは畏れ多すぎる。
その絶大な力を、好意で貸してくれている……その現状で満足するべきだろう。
「ねぇ、ご主人様」
男が住まう母屋の奥にある、式姫達が暮らしている離れに向かう小道。
少し先を歩いていたおつのが、こちらをくるりと振り向いた。
彼女がふわりと動くと、桜色の翼と髪の毛が拡がり、初秋の枯れ寂びた風景の中に、一瞬だけ春を呼ぶ。
ほんとに……この子たちは綺麗だ。
顔立ちとかだけでは無く。
その佇まいや、生き方、在り様が。
「んー、何だ?」
「さっき、おつのちゃんが言った事、覚えてるー、忘れちゃだめだよー?」
「沢山ありすぎて、どれがどれだかな、おしゃべり天狗さん」
からかうような俺の言葉に、だが、おつのは真面目な顔を返した。
「私たちも、今を生きてる女の子だよ……」
自分が、さっき考えていた事を見透かしたようなおつのの言葉に、思わず足が止まる。
「あ、ああ」
「私たちって、沢山の時を積み重ねて生きて来たし、そしてこれからも沢山の時を過ごすんだと思う」
「……そうか」
それは、俺には理解できない世界の話で。
だから、俺は、君たちに余り関わらぬように……。
「だからこそね、私たちは、今が一番大事だって、知ってるの」
今。
「それは……」
「ねぇ、ご主人様」
聞いて。
貴方の曖昧さが、謙虚さと優しさから出ているのは知っているけど。
そうじゃない。
「もう、私たちは、貴方と関わっちゃったの」
「おつの……」
「一緒に、今を生きてるの」
貴方が遠慮なんてしても、もう遅いの。
いつか来る、貴方が居なくなる時、この庭が無くなる時、私たちは、多分みんな泣くでしょう。
でもね……それは、ここで過ごす時間が好きだから。
失う事を恐れ、傷つき、そして泣ける程の物に出会えた……その方が私たちにとって何倍も大事なの。
だから。
「私たちを……」
「にゃー……なんかふわふわするわね」
その時、呑気な声と共に、くしくしと顔を猫よろしくこすりながら、やさふろひめが目を開いた。
「お、目覚めたか……さっきは、からかって悪かったな?」
「んにゃっ!?」
目の前至近距離にあの顔が。
「歩けるようなら降ろすが……大丈夫か?」
この距離、顔の位置、そして自分の背中と脚を支えるこの手は、まさか……まさか。
おひめさまだっこー?!
「きゅう……」
「おおい、やさふろ!人の顔見て、何改めて気絶してんだ、失礼極まりねぇぞ、おい、目ぇ覚ませ!」
「あーあー……こりゃご主人様、暫く大変だよー」
「勘弁してくれよ……おーい、頼むから目ぇ開けろやさふろー。おつのも見てないで助けてくれ」
「自分で蒔いた種は自分で刈り取るべきだとおつのちゃんは思う訳ですよ、人は過ちを犯し、それを贖って成長すると昔の偉い人も言ってるし、第一さー、今やさにゃんが目を覚ますと、更にややこしい事になると思うんだよねー」
「尤もらしい事言っても、楽しんでるだろ、おい、頼むよ」
「んー、どうしようかなぁー」
慌てふためく主を、面白そうに眺めながら、おつのは、最前言いかけた言葉を、今しばらく胸に収めることにした。
はっきりさせたい気持ちもあるけど、当分、このままの方が楽しい……かな。
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