鬱蒼とした森の中、木に寄りかかりわずかに覗く夜空を見上げる一人の少年。
その手には鞘に収められたままの刀が握られていた。
琥珀色の瞳の視線を空から自身の足元へと落とそうとした時だった。
「こちらオペレーター。チーム
インカムから落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
少年は隠そうともしない大きな欠伸の後、面倒そうに答える。
「りょうかーい。つーかさ、ヒバリさん、所長に言っといてよ。こんな時間まで学生を働かせんなって。良い子はとっくに寝てる時間だっての」
現在時刻は午前二時。
草木も眠る丑三つ時というやつだ。
空いた手で目をこすり、またも欠伸をひとつ。
「良い子、と言うのが誰のことを言っているのかはわかりませんが、私だって深夜業務は勘弁してもらいたいです。夜更かしはお肌に悪いんですから……っと対象の誘導、順調のようです。会敵までおよそ一分」
ヒバリと呼ばれたオペレーターは愚痴をこぼしつつも仕事はしているようだ。
「チームα、離脱していきます! 総司君、対象がそちらに向かっています! 気をつけて!!」
雰囲気は一変、先程までの眠そうな表情は微塵もない。
慌てることなく刀を抜き、鞘をその辺に放る。
特に構えるでもなく、刀を持った右手はだらりと下げ、視線は真正面に。
「すごく……大きいです……」
暗闇の中から現れたそれに、総司は思わずそう漏らした。
ギチギチと不快な音を立てる口元からは粘り気のある液体が地面へと垂れ、四対の歩脚の先には鋭い爪が見える。
二列に並んだ八つの不気味な眼は完全に彼を獲物として捉えていた。
総司に相対するモノの正体、それは土蜘蛛と呼ばれる妖怪だ。
その大きさは二メートル程。
先に動いたのは土蜘蛛だった。
片方の前脚を持ち上げ、勢いよく振り下ろす。
総司はそれを難なくバックステップでかわすと
「こんな夜中に、こんな山奥で、こんなクッソ気持ち悪りぃ化け蜘蛛退治。マジ泣けるわ」
独りごち、地面に刺さったままの脚を容易く切断する。
妖怪にも痛覚というものがあるらしく、切断面から体液を撒き散らしつつ耳障りな悲鳴をあげる。
土蜘蛛はこの痛みで認識した。
自分の前にいるのは獲物ではない、むしろ自分の方が獲物なのだ、と。
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