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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第百五十二話

ムカミさん

第百五十二話の投稿です。


連合の奇襲編。
あの生き物にどうやって対処する、魏軍?!

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2017-12-14 02:42:29 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:2996   閲覧ユーザー数:2553

日も落ちかけた薄暗い平原を、夏口の方面から赤壁の方面へと向けて進む二つの集団がある。連合軍の奇襲部隊だ。

 

呉の軍師枠で出陣した呂蒙は幾度か蜀の側へと足を運び、諸葛亮と今夜の奇襲について綿密に打ち合わせを行っていた。

 

なお、奇襲が今夜と決まったのは二度目の打ち合わせの直前である。

 

魏が赤壁に近い船着場から渡河を開始した。そんな情報を周泰が持ち帰ったからであった。

 

周泰の見立てでは、魏の兵の総数を向こう岸からこちらへと移そうと考えた場合、一日掛かりで完了するか否か、といったところだった。

 

仮に今日の内に完了したとしても、その後平原を進軍するだけの時間は無い。

 

故に、奇襲部隊が向かうべきはその船着場から見える対岸近くとなる。

 

ただ、この情報を持ち帰った当初、周泰はこの奇襲が果たして十分な効果を発揮するのか疑問に思っていた。

 

その理由は魏の先頭で渡ってきた連中の旗印にあった。

 

周泰が目にした部隊の旗は、馬旗が二本に真紅の張旗、そして文字では無い、丸に黒十字の旗。

 

予てより集めてある魏の情報と照らし合わせれば、鶸に蒲公英、霞、そして一刀の部隊であると理解出来たのだ。

 

特に前者三人は赤壁では見かけていない。つまり、万全の状態。しかも、いずれも騎馬に長けた部隊。

 

余りに不安要素ばかりの偵察結果となったのである。

 

だが、そんな周泰の不安も、呂蒙の二度目の打ち合わせで共に蜀陣営を尋ねた時に吹き飛んだ。

 

そこで周泰が見たものとは――――

 

視界を埋め尽くすとある動物だった。

 

灰色をした途轍もない巨躯。大きな耳に立派で長い騎馬。そして特徴的な長い鼻。

 

そう、『象』である。

 

これらを従えるのは、言わずもがな、南蛮王の孟獲だ。

 

「す、すごい……これほどの数の象兵を……

 

 ですが、一体どこで……?」

 

「むむ?そんなに気になるかにゃ??

 

 にゃらば教えてやるじょ!

 

 こいつらは美以が南蛮から連れてきたんだじょ!」

 

「確かに、南蛮にはまだ象がいるという話を耳にしますが、それでもこの数を捕えるのは並大抵のことでは――――」

 

「こいつらは別に捕らえたわけじゃないじょ?

 

 パヤパヤのおとーしゃんが群れの王で、こいつらはその群れの連中だにゃ!」

 

孟獲の口から名前が挙がり、彼女の頭の上に載っていたとても小さな象が一声鳴いた。

 

すると、それに呼応するように周囲の象たちへと鳴き声が連鎖していく。

 

象たちが一頻り鳴き終わった後、残っていたのは周泰の納得したように、そして感心したように漏らす声だけであった。

 

そのことに調子に乗った孟獲は聞かれてもいないことをふんぞり返ってペラペラと語り出す。

 

「美以は沼に嵌まっていたパヤパヤを助けてやっただけなんだじょ!

 

 それでパヤパヤが美以に懐いて、それから群れの奴らが美以に付いてくるようになったんだじょ!

 

 美以は南蛮の王様で偉いから、これくらい出来て当然なんだにゃ!!」

 

「なるほど……捕えるのでは無く従える……

 

 孟獲さんは本当に南蛮の王なのですね!」

 

周泰と孟獲の会話に区切りが付いた瞬間、見計らったかのように呂蒙が声を掛けてきた。

 

「明命!孔明殿に偵察の結果を報告してもらえますか?」

 

「あ、はい!わかりました、亞莎!

 

 それでは、孟獲さん。私はこれで失礼します」

 

「うむ!次に来る時は何か美味しい物を持ってくるといいじょ!」

 

本気なのか冗談なのか周泰には分からない言葉を締めとして、周泰と孟獲の会話は終了した。

 

 

 

偵察で情報を得てから今まで、周泰はこの奇襲作戦の失敗の可能性を多々イメージしてしまうほどだった。

 

しかし、蜀の秘密兵器を目の当たりにした今、周泰が持っていた負のイメージは最早湧き上がってくる気配も無い。

 

(大陸の戦では久しく象兵は聞きません。ならば……

 

 亞莎と孔明殿に掛かれば、この作戦、きっと勝機が見えて来るはずです!)

 

周泰は心持ちを明るくして偵察の報告に臨むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連合軍の想定通り、魏軍は渡河を終えた部隊から陣の設営に入り、全軍の戸かを終えた後も進軍は行わなかった。

 

さすがに河岸に接した陣の設営は行っていないが、それでも多少岸から離れた程度の平地。

 

岸沿いを偵察すれば容易に陣を発見できる状態であった。

 

しかし、それで特別警戒を濃くするようなこともしない。

 

魏軍はここまでの戦を確実に有利に進めてきた上に、赤壁の戦では連合軍の心身に多大なダメージを与えた。

 

これらを考慮すると、仮にこのタイミングで奇襲があったとしても、それほど人員を割けはしない、と読んだ。

 

奇襲の人員が少ないのであれば、致命的な被害を受けるようなことも無い。

 

故に、普段通りの警戒網を敷いただけであった。

 

とは言え、魏にとっての普段通りとは、大陸でも有数レベルのもの。

 

陣の各所にはきちんと哨戒の兵士が常に配置されている状態だった。

 

そんな中、一つの出入り口付近では今日も一刀が陣の外を眺めている。

 

そして、これを予期していたのか、その隣には秋蘭の姿もあった。

 

「う~ん……今日も来ないかぁ……ちょっと拙いかな」

 

いつまでも変わらない状況に、一刀が愚痴めいたことを口走る。

 

これを切っ掛けに、二人の間に会話が起こった。

 

「一刀の言っていた”鍵”とやらか?

 

 待っている、ということは、それは人物なのだな?」

 

「うん、そうだよ。ただ、それが誰なのか、までは言えないんだけどね」

 

「いや、構わんよ。きっと”そっち”の関係の任務なのだろう?

 

 ならば、最早その椅子から退いた私には話さない方が良いだろうさ」

 

「悪いね、秋蘭。ほんと、助かるよ」

 

一刀の裏の事情もよく知っている秋蘭は、こういう時に無理に聞き出して来ようとはしない。

 

それが一刀にとっては何より有り難かった。

 

ただ、このままでは会話が終わってしまう。

 

それは少し寂しいと感じた一刀は異なる話題を自ら振る。

 

「そう言えば、秋蘭。結局、秋蘭の武はどんな感じに収まったのかな?

 

 恋と弓同士の仕合が出来るようになったまでは分かってるだけど、そこから色々と秋蘭とは鍛錬がかみ合わなかったからさ」

 

「うむ、その件だが、私もどこかで一刀には報告しておこうかと思っていたところだ。

 

 何せ、お前のおかげで私も一段上の武を身に付けることが出来たのだからな」

 

「俺の?歩法がそんなに役に立ったのかな?」

 

「いや、歩法では無いよ」

 

まるで謎掛けのように秋蘭が言いたいことが掴めない。

 

一刀としては、秋蘭にはっきりと教えることが出来たのは先ほど言った歩法のみなのだ。

 

それが違うというのであれば、一体一刀の何が秋蘭の為になったと言うのだろうか。

 

「う~ん…………ごめん、何のことを言っているのか分からないや」

 

結局、一刀には秋蘭の為になったという事柄について心当たりが出て来なかった。

 

しかし、秋蘭はそれで気を悪くした様子は無かった。

 

「ふむ。まあ無理も無いだろうな。

 

 以前、一刀に弓の鍛錬や技術について何か知っていることが無いかと尋ねたことは覚えているか?」

 

「それは、まあ。でもあの時は確か、何も答えられなかったんじゃ無かったかな?」

 

「いやいや、そんなことは無いよ」

 

二人が話題に挙げている会話は、赤壁へ向けた将の強化プログラムが始まってすぐの頃に交わされたものだった。

 

秋蘭は一刀から歩法を教わり、恋という弓仕合の相手を得られたが、飛躍的に実力を向上させるための手段が無く、悩んでいた。

 

半ば藁にも縋る想いで一刀に先のような質問を投げかけたのだが、その時の一刀の答えは次のようなものだった。

 

『ごめん、弓術に関しては本当に知らないんだ。

 

 敢えて言うとすれば……漫画やゲー――――あっちの世界の書物なんかの娯楽で空想的に作り出されたもの、くらいかな』

 

ほんの些細なヒントでも、と求めていた秋蘭はこれを聞きたがった。

 

そして、その一部に希望を見出し、鍛錬を重ねたのである。

 

「ん……そう言えばあの時……なあ、秋蘭。まさか――――」

 

「おいっ!どうした!何があった?!」

 

突如聞こえてきた兵士の叫びにより、一刀の言葉は最後まで発せられなかった。

 

緊迫した事態の到来を予感させるその叫びに、一刀も秋蘭もすぐにそちらへと走り寄る。

 

そこでは外へと出ていた哨戒班の兵が荒い息をどうにか整えようとしているところであった。

 

「たっ、大変、だっ!

 

 あっ、北郷、様!それに、夏侯、淵様!てっ、敵襲、ですっ!」

 

「敵襲か。来ることは予想されていたのだ、それ程驚くことでもあるまい。

 

 皆、手分けして張遼、馬休、馬岱の三将軍に伝令せよ!」

 

奇襲の報告なれど、秋蘭は驚いた様子も焦った様子も見せず、淡々と指示を出した。

 

そして自身は一足に先に迎え撃つ気満々の様子である。

 

しかし、兵の言葉にはまだ続きがあった。

 

「ちっ、違い、ますっ!

 

 た、ただの奇襲、ではありませんっ!

 

 馬よりもはるかに巨大な影が複数っ!」

 

「馬より巨大……?速度は?それと大きさの他に特徴は無かったか?」

 

「それほど速くは無いようですが、何分巨大なもので、すぐに到達されてしまうかと!

 

 特徴と言いますと……何やら極太の縄でも掛けていたようですが……」

 

「極太の縄?どういうことだ?手綱なのか?」

 

「も、申し訳ありません、分かりません!

 

 ただ手綱というわけでも無いようでして……縄は生物の顔辺りに垂らされ、揺れておりましたので」

 

「巨大な生物……で、顔の前に縄……縄?いや……その位置だと、まさか……」

 

情報を聞き、一刀は脳裏にその生物の像を描いてみる。

 

初め、或いは生物では無いという可能性も考慮した。

 

つい先日、諸葛亮もまた真桜のように発明の才があると話を聞いたばかりなのだ。

 

ところが、何かしらの兵器に思い至るよりも先に、一刀の中でとある生物の姿がぼんやりと浮かび上がってきた。

 

奇しくも、”それ”は”この時代の物語”で度々耳にしたこともあるものであった。

 

可能性としてはかなり高いだろう。しかし、心情的には当たっていて欲しくない。

 

半ば祈るような気持ちで一刀は兵に問う。

 

「一つ聞きたい。その生物の耳は見たか?非常に大きな耳を持ってはいなかったか?」

 

「耳、ですか?確か……遠方の影を視認しただけですので正確では無いかも知れませんが、確かに大きな耳はありました」

 

盛大に舌打ちしたい気分に襲われる。嫌な予感は的中してしまった。

 

返答を聞き、一刀は生物の正体を”象”であると確信した。

 

即座に対策を立てなければ、最悪の事態にもなり兼ねない。

 

「くっ……!最悪だな……っ!

 

 秋蘭、どうやらかなり拙い状況のようだ!連合軍は象を持ち出して来たらしい……

 

 敵が象兵を抱えている場合の対処法について、誰か知っている奴はいないか?!

 

 というか、そもそも象の存在自体は知られているのか?!」

 

「何!?象など、昨今は陛下の御宮殿ですら見かけないようになっていた生物だぞ?!

 

 確かに、戦での象兵の使用は記録にもあるそうだが……とにかく、まずは桂花に連絡せねばならないな」

 

秋蘭の反応から、少なくとも象の存在自体はこの大陸でも知られたものであることは分かる。

 

ただ、今までの戦でもそうであったが、この時代においては、なのか、はたまたこの外史においては、なのかは分からないが、象兵の運用は久しくなかったらしい。

 

いずれにしても、今魏軍の目と鼻の先にそんな生物が侵攻してきているのだ。

 

誰も予想していなかった襲撃であるがゆえに、あまりにも危険な状況になってしまった。

 

「今回はあまりに時間も無い。軍議が出来るだけの時間は無いだろうな……

 

 伝令!大至急、桂花に今の話を伝えてくれ!零、風、凛、詠、音々音にもだ!

 

 誰か一人でも良い、対処法を知っている者がいたら、その方法を持って来てくれ!

 

 こっちはすぐに出て、可能な限り足止めを試みる!

 

 陣に残る者は死にもの狂いで撤収の準備を進めろ!

 

 全力は尽くすが、足止めが上手くいかなければ、その時はここは蹂躙されるぞ!

 

 各自、出来ることを迅速に行え!!」

 

一刀が指示と檄を飛ばし、一気に騒々しくなる。

 

同時に秋蘭が別の指示を飛ばす。

 

「霞、鶸、蒲公英の部隊に早急に出陣を伝えろ!

 

 最も近いのは誰の部隊だ?!」

 

「馬休様の部隊が最近かと!」

 

「ならば私と一刀が鶸の所へ行く!お前たちは手分けして霞と蒲公英に伝えるんだ!」

 

「はっ!!」

 

兵は返答するや、すぐに走り出す。

 

秋蘭もまた、既に一刀の方へと振り返っていた。

 

「一刀!」

 

「ああ、聞いていた!得物は既に持っている!

 

 すぐに鶸のところへ向かおう!」

 

頷き、秋蘭も走り出す。

 

隣に並んで鶸の所へと走る間、一刀は象の攻略法を必死に考え続けていた。

 

 

 

 

 

「鶸っ!いるかっ?!」

 

鶸の部隊が屯している地点まで着くや、一刀は大声で鶸を呼ぶ。

 

その声にすぐに反応し、出てきた鶸は焦った様子の一刀と秋蘭の姿を見つけて驚愕した。

 

「一刀さんに秋蘭さんっ?!えっ?一体どうされたのですか?

 

 奇襲でもあったのですか?」

 

「ああ、そうだ!

 

 鶸、すぐに出られるか?!」

 

「はい、問題ありません!

 

 皆さん!連合軍の奇襲です!撃退します!」

 

重ねて言うが、連合の奇襲自体は想定されたものだった。

 

故に、鶸の対応は早い。

 

ただ一点、鶸が知らない、それでいて非常に重要な情報を一刀が口にする。

 

「待て!待ってくれ、鶸!

 

 出る前に言っておくことと確認しておくことがある!

 

 今回の奇襲、どうやら敵は象を引っ張り出して来たようなんだ!

 

 鶸は象兵との戦闘経験はあるか?」

 

「ぞ、象ですか……申し訳ありません、私は戦闘経験がありません。

 

 恐らく、母様でも無いのではないかと……

 

 それよりも、敵が象を連れてきているというのは本当なのですか?そもそも、近年の漢の軍はどこも象兵は持っていませんでしたし、いるとしても五胡くらいですが。

 

 我等馬家が常日頃対峙していた五胡は騎兵ばかりの騎馬民族で、象兵はおりませんでした。

 

 聞くところによれば、南蛮の方では象兵の数もいる……と……」

 

返答の途中、鶸の言葉が次第に萎れていき、やがて掻き消えた。

 

それは彼女がとある考えに至ったが故。そして、一刀もまたそれを理解し、肯定してやった。

 

「恐らく、その噂の象兵集団を引っ張り出したんだろう。

 

 南蛮の孟獲は劉備の陣営に取り込まれた、との報告が為されているのだからな」

 

「では、本当に……」

 

緊張が故に、鶸がゴクリと生唾を飲み込む。

 

鶸の不安も分かる。だが、今はそうやって尻込みしている時間も無いのだ。

 

「鶸、君が頼りだ。

 

 いいか?馬家の熟練された騎馬技術を以てすれば、象兵でも攪乱は出来るはずだ。

 

 気を付けなければならないのは象兵の周りの敵兵の援護、それから自軍の士気だ。

 

 前者はその時々で応じるしかない。俺も一緒に出て対応するから、そこは多少なり安心してくれ。

 

 後者は鶸次第だ。鶸、君はどれだけの象兵を前にしても、常に自然体を貫いてくれ。決して緊張や焦りを表には出すな。

 

 ただそれだけだ。ただそれだけのことで、鶸に付いて来た兵たちは士気を保ち、或いは高揚させる」

 

「私が……はい、分かりました!

 

 皆さん!馬休隊、出陣します!

 

 一点注意を!敵の中に象兵あり!しかし恐れることはありません!

 

 五胡の騎馬民族と常日頃から鎬を削ってきた私たちの騎馬技術でこの難局を乗り切ります!」

 

『おおおぉぉぉっっ!!』

 

鶸の号令で馬休隊の兵士が吠える。

 

赤壁の間、ずっと待たされていたことでフラストレーションでも溜まっていたのか、出陣に際して申し分ない士気であった。

 

象と聞いて一般兵が臆さないかが心配であったが、この光景は一刀を安心させた。

 

「士気は問題ないようだな。

 

 ならば、鶸。俺も鶸の指揮下に入ろう。如何様にでも使ってくれ!」

 

「分かりました!ただ、アルちゃんは目立ちますから狙われるかも知れませんが……」

 

「問題無い。むしろ歓迎だ。単騎で引っ掻き回せる可能性が増すんだからな」

 

一刀の愛馬たるアル――フルネームのアルストロメリアはほとんど誰も覚えられなかったため、正式に名前を短くした――は鶸も、そして蒲公英も知っている。

 

その駿馬っぷりは恋の赤兎馬と並んで魏の軍馬の目玉であった。

 

ちなみに、各将が愛馬を相棒に単純にレースをすれば、一着は霞で間違い無い。次いで鶸、蒲公英。その次に一刀と恋が入る。

 

これは馬の差では無く、それを覆すほどの卓越した騎馬技術を霞や鶸、蒲公英が持っているからに他ならない。

 

閑話休題。

 

かくして一刀は鶸と共に敵の奇襲部隊に対しての先陣を切って出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鶸の部隊が出陣した。

 

接敵は異常に早かった。

 

報告の目算よりも遥かに連合軍の象の速度が速かったのだ。

 

「散開!左は私に!右は一刀さんに!」

 

出陣してから接敵までの僅かな時間、一刀は鶸とどう象に対すべきか考えた。

 

互いに碌な情報が無いため、最上の案など到底出て来ない。

 

辛うじて一刀のうろ覚えの知識――象は急激な方向転換には弱かったはず――に従って、敵の真正面には立たずに常に側面から攻め立てるよう動くことにしたのだった。

 

鶸が執った策は、左右に散り、大きく弧を描きながら敵部隊の側面を削る、というもの。

 

そして、鶸は一刀を分隊長に指名した。

 

何故馬家の部隊では無い一刀を分隊長に指名したのか。答えは単純。強いからだ。

 

馬家は孫家と一部似通った点がある。

 

将が率先して部隊を率い、その武を以て部隊の士気を高揚せしめ、最高の成果を挙げる、という点だ。

 

この場に於いて長を張れる実力者。それは鶸と一刀以外にいなかった。

 

「皆!象に近づきすぎるな!

 

 武器が届かないと思ったら無理に当てようとせずにそのまま素通りして良い!

 

 奴らと直接接触してしまう事態だけは避けろ!接触したら弾かれて終わりだと思え!」

 

鶸と別れて少し、一刀は部隊に大きく膨らんだ軌道を取らせながら叫んだ。

 

象を掠めつつ斬り付ける。口にすれば簡単に思えるそれは、しかし非常に難しいと一刀は考えている。

 

象は生き物だ。意志があり、動いている。イレギュラーは必ず起こり得る。

 

「行くぞっ!!」

 

一刀は象の目前で更に速度を上げた。

 

先陣切って飛び込み、象をギリギリ掠める最適な弧をアルが描いてくれる。

 

象の足下を横切る刹那、一刀は手にしていた戟を打ち付けた。

 

「っ!?重っ……!」

 

敵が馬であれば、今の一撃で脚を奪えただろう。

 

しかし、象の皮膚は予想以上に厚かった。そして、悲しいことにアルの描いた完璧すぎる軌道は、一刀の戟を深々と象の足に打ち込むことに繋がった。

 

結果、バキィッと嫌な音を響かせ、戟が根元から折れる。

 

「折れっ……?!深く狙うな!武器を持っていかれるぞ!!」

 

象への接近を最小限にしようとスピードに乗った策を取っていることが仇となったか。

 

想定外の出来事だったが、一刀は即座に刀を抜き放ちつつ後続へ指示を飛ばした。

 

さすがは馬家の騎兵、瞬時に軌道を微調整し、斬れる者はしっかりと斬り付ける。

 

途中、脚を斬られたことで動揺したのか怒ったのか、象が激しく暴れた。

 

これに巻き込まれた兵が幾人か落馬してしまったようだが、それ以外は概ね予定通り。

 

再び取って返し、次なる標的へ突撃をかまそう――――としていた矢先。

 

「ツイてる!あんたが北郷だね?

 

 雪蓮の仇!覚悟っ!」

 

突然何者かが一刀へと襲い掛かってきた。

 

「ちっ!皆は行け!作戦通りに!

 

 いざとなれば鶸の方へ!」

 

敵から視線は外さず、短く指示を出す。

 

これは想定していた事態。一刀や鶸は将級の敵が出てきた場合、一騎討ちの体で引き付けてその間に兵に象を削らせる。

 

故に一刀は兵だけを行かせた。

 

敵は去って行く兵には見向きもしない。

 

ただただ、一刀に対してその敵意に満ち満ちた目を向けて来るのみ。

 

かと言って、その部下たちは遊んでいるわけでは無く、迷いの無い動きで象兵の護衛に入り始めている。

 

どうやら一刀に対峙してくる前に指示は済ませてあったらしい。

 

「貴女は……太史慈さん、かな?

 

 呉の中でも上位の実力を持つ武将……だが、象兵を持っているという話は聞いたことが無かったな」

 

「へぇ。”天の御遣い”とやらの知識も大したことが無いね、って言いたいとこだけど。

 

 ま、今言いたいことは一つだけ。お前は雪蓮を斬った。だから私はお前を殺す」

 

「忠義――いや、友誼か。厚い、な」

 

厄介だな、と心中で溜め息を漏らす。

 

太史慈はただでさえ強い――と報告を受けている。それが親友を斬られたことで憤怒し、しかし我を忘れたわけでは無く、冷静な部分を残したまま戦意と殺意を向けてきている。

 

この手の相手は厄介極まりない。

 

大概の場合において実力以上の力を発揮する上、自信の怪我や、時には命すら惜しまない攻撃を仕掛けてくるため、相手をさせられる側としては気が抜けないのだ。

 

(適当にいなして撒きたいところだが……厳しいな。

 

 ……だったら、逆に俺が太史慈をここに釘付けにしておく方が幾分かマシ、か)

 

一刀にしては消極的な考え方だと思うだろうか。

 

だが、馬上戦の経験が浅く、自信の無い一刀としては、ここで無理に戦いたくないと言うのが本音だ。

 

地上戦であれば即座に捩じ伏せて指揮に戻る道もあったろうが。

 

(最悪、霞と蒲公英の到着まで保たせれば良し……!)

 

奇襲してきた敵将の一人を自由にさせない。

 

それだけでも効果はあるはずだ、と一刀は太史慈の足止めに徹することを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、反対側では鶸が部隊を反転して二度目の突撃を敢行していた。

 

しかし、この二度の突撃で鶸はあることに気付く。

 

このままでは象兵の足止めが到底間に合わない、ということに。

 

確かに、騎兵によるヒットアンドアウェイは効果を挙げている。

 

しかし、的は大きいがその分耐久もあり、中々仕留めるに至らない。

 

そして何よりも想定外だったのは、近くで仲間がやられても動揺を感じさせない象たちだ。

 

蜀に象兵あり、との報告は今までされたことは無かった。それは南蛮の王・孟獲が参入した時でも、である。

 

象を調達したのが南蛮からだとして、それはつい最近となるはず。

 

であれば、調教には十分な時間を取れていないと推測した。故に、象の一部に上手く打撃を与えられれば、象たちの侵攻を食い止め、場合によっては敵の部隊中で暴走させられるかもしれない、と。

 

ところが、実際に対峙してみれば、象たちはまるで訓練された軍馬の如し。

 

外側から一頭や二頭削ったところでその侵攻速度はいささかも緩まない。

 

(霞さんや蒲公英が来てくれても、このままじゃ……!)

 

魏の騎馬兵力が全力を挙げても芳しい成果が望める未来が思い描けない。

 

どうすれば良いのか、と思案しながらも、鶸は三度目の突撃を行う。

 

再び最外郭の象を削るも、やはり侵攻速度に変化は無し。

 

いよいよ焦り始めた鶸の前に、更に想定外の敵が現れた。

 

「鶸ちゃん!」

 

「蒼?!」

 

鶸の実妹、馬鉄である。

 

後ろの兵達も馬鉄の登場に動揺している。

 

元々馬家に仕えるこの兵たちは、その一因である馬鉄に対して刃を向けるを良しとはしないだろう。

 

例え今は敵同士だと言えど、それは言ってしまえば鶸と蒲公英の我が儘からそうなっただけのことなのだから。

 

「…………皆は反転し、攻撃を続けてください。

 

 蒼の相手は私が一人でします」

 

「は、はっ!」

 

一刀の方と同様、鶸も敵将に対して一人でぶつかることを決意する。

 

兵達はその指示に素直に従った。

 

「鶸ちゃん……攻撃を止めてはくれないんだね……

 

 だったら、私も全力で止めさせてもらう。

 

 皆は鶸ちゃんの部隊を止めに。私は鶸ちゃんを止めるから」

 

「はっ!」

 

指示を受け、馬鉄の部隊もまた鶸の部隊を追うようにその場を去って行く。

 

残ったのは馬家の二人のみ。

 

暫し、無言の見つめ合い。その間、姉妹にしか分からないやり取りがあったのか。

 

鶸が口を開く。

 

「蒼、ごめんね。でも、これが私の信じた道だから……」

 

「お母さんが許可したんだもん、私に異論なんて無いよ。

 

 でも、鶸ちゃんも蒲公英様も死なせたくないから……だから、ここで私が捕らえるんだよ!」

 

「悪いけど、返り討ちにする!

 

 でも、安心して。一刀さんや華琳様はきっと蒼も受け入れてくれるから。

 

 それじゃあ……行くよ?」

 

「うん。いつでもいいよ」

 

二人の間に会話が無くなり、一拍。そう決められていたかのように同時に動き出した。

 

『はああぁぁぁっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、マジでなんやねん、あれ……

 

 ほんま、勘弁してほしいもんやで……」

 

うんざりしたような声を挙げたのは、象兵に向かって騎兵を率いていた霞。

 

魏最強の騎兵部隊と言えど、見たことも無い敵を相手にするのはあまり歓迎したく無いことだった。

 

「ま、しゃあないか。

 

 おい、お前ら!ちゃんと聞いとけよ!

 

 あいつら、あんだけ図体ばっかでかいからウチらみたいに小回りは利かん!

 

 そんでもって、あいつらの弱点は脚の付け根や!

 

 せやから、側面に開いて突撃かますで!

 

 しっかりと脚の付け根狙えよ!他んとこは斬れんねやから、下手したら持ってかれんで!」

 

霞は陣を発つ前に桂花から象に関する話を聞いていた。

 

それは詠から桂花が聞いたものだったが、その詠にしても都にいた時分に小耳に挟んだ程度だと言う。

 

果たしてどこまでが本当のことか、それは分からない。しかし、今はそれに頼るしか無かった。

 

「皆ー!霞さんの言葉、こっちも聞こえたよね?

 

 狙うは脚の付け根!馬家の部隊の力でやっちゃうよー!」

 

霞の部隊と並走する蒲公英の部隊からも理解を示す声が挙がる。

 

「よっしゃ!ほんなら行くで!

 

 蒲公英は左行きぃ!ウチらは右や!」

 

魏の後続部隊が執った策は、先鋒が執った策と同じものであった。異なる点は狙う箇所がはっきりとしているか否か。

 

但し、後続部隊は頼れる軍師から授かった策とあって、自信があった。

 

『突撃ぃーー!!』

 

霞と蒲公英の号令一下、部隊は二つに分かれで象兵の襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

「ほらほらほらぁっ!どうしたよっ!?そんなもんなの、北郷っ!!」

 

「くっ……!」

 

太史慈と一刀の一騎討ちは続いている。

 

専ら、太史慈が見事なボディバランスを発揮して馬上で双棍を操り、かなりの速度の連撃を繰り出してくるのだ。

 

一刀はなんとかこれを防いでいる状況。

 

馬上では下半身の動きに制限が掛かり、一刀はその”技術”を十分に発揮できない。

 

防御に専念している今、まず負けは無いが、当たり前のことだが勝ちも無い。

 

この馬上戦での一騎討ちで太史慈を討つには、今の一刀では恐らく賭けが必要となる。

 

初めこそ敵将を釘付けにしておくことにメリットがあると考えていたが、どうやらそれも怪しそうな気配がしている。

 

本音を言えば、一刀は早々にここを離脱してしまいたかった。

 

事実、先ほどから幾度かその機を伺っていたのだが、太史慈の勘がいいのか、事前に阻止されてしまう。

 

このままでは埒が明かない。多少分が悪くとも賭けに出るしか無いか。

 

そんな考えに染まり始めた頃、彼女はやってきた。

 

「おらおらおらぁーっ!怪我しとぉ無かったら道空けぇっ!!

 

 っと、一刀や~んっ!なんや、一騎討ちの最中かいな?」

 

「霞!丁度良かった!こいつの相手、変わってもらえないか?」

 

渡りに船とばかりに、周囲の敵兵を割って突進してきた霞に申し出る。

 

その言葉を聞き、霞は不思議そうに返してきた。

 

「なんや、珍しい。苦戦しとんの?」

 

「すまん、鍛錬不足だ。馬上戦で勝てる気がしない」

 

「ほぉかい。しゃあないな、やったるわ!んで、あちらさんは誰なんよ?」

 

「太史慈。孫策に並ぶ、呉の主力となる将だ」

 

一刀の説明を聞き、霞は途端に目を輝かせる。

 

「ほぉっ!こいつが太史慈なんかいな!ええでええで、ほんなら相手にとって不足無しやっ!!」

 

「あんた、張遼だね?いつもだったらあんたの相手も吝かじゃないけど……

 

 今の私の狙いは北郷一人っ!邪魔するなっっ!!」

 

双方叫び――と言うよりも吼え、甲高い金属音を上げる。

 

互いの動きが止まった刹那、霞が振り返らずに叫んだ。

 

「一刀は指揮執りぃ!行け!」

 

「すまん!助かった!!」

 

一刀は一言礼を述べ、霞の部隊の先頭へと向かった。

 

その頃には霞と太史慈は一度目の交錯を終え、距離を取り、互いの馬を円を描く様に誘導している。

 

「よくも……っ!絶っ対に!許さないっ!!」

 

「なんや、そうカッカせなや。

 

 そんなんやとなぁ……すぐ終わってもうて楽しめんやろっ!!」

 

太史慈は憤怒に、霞は喜悦に、それぞれ歪んだ表情を貼り付け、再びぶつかる。

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして左側でも同じようなことが起きようとしていた。

 

「鶸!大丈夫?!」

 

「蒲公英?!こちらは平気です!

 

 私の部隊の兵も蒲公英の方で纏め上げてもらえますか?!」

 

「了解!って、鶸の相手って蒼だったのかぁ~」

 

蒲公英が到着したものの、一騎討ちは引き続き鶸が受け持つと宣言する。

 

部隊を託された蒲公英は踵を返そうとするが、鶸の相手が目に留まり、思わず足が止まってしまった。

 

それは相手も同じようで、馬鉄は鶸への攻撃の手を止めて蒲公英の方へ笑顔を向けて来る。

 

「やっほ~、蒲公英様~。そっちでも元気みたいで安心したよー。

 

 ねえ、蒲公英様。単刀直入に聞かせてもらうけど、戻って来る気、無いかな?」

 

口調は軽く表情は笑みを形作っているものの、馬鉄の目の奥は笑っていない。真剣そのものの問い掛けだった。

 

普段は軽い蒲公英でも、これを読み違えることは無い。

 

「う~ん……ごめんね、蒼。

 

 蒲公英も難しいことは分かんないけどさ、直感では華琳様とお兄さんが一番理に適っていると思ってるんだよねー」

 

馬鉄に応じ、蒲公英も口調だけは軽いもので返す。しかし、そこに込められた意志は固かった。

 

「そっかー……じゃあやっぱり、蒲公英様も捕らえるしか無いかぁー」

 

馬鉄は相変わらず軽い口調のままだが、それが逆に空恐ろしい印象を与えて来る。

 

「そうはさせませんよ、蒼。

 

 蒲公英!まだ象兵の進軍を鈍らせることも出来ていません!

 

 すぐに対処をお願いします!」

 

「まっかせて!桂花から策も貰ってるから!

 

 でも、ちょ~っと時間が足りないかも……」

 

言いながら、そうしている時間も惜しいのだと気付いた蒲公英はすぐさま部隊を率いて駆け出した。

 

蒲公英が去り、鶸は改めて槍を馬鉄に構え直す。

 

「さあ、蒼。仕切り直しですね」

 

「そうだね。さっさと鶸ちゃんを捕まえて蒲公英様のとこに行かなきゃね」

 

二人は実の姉妹だが、先ほどからの戦闘は最早姉妹喧嘩などの枠を飛び越している。

 

どちらも本気で殺りに来ている。それでこそ互角の闘いが演じられていた。

 

そして、ひと時の休憩時間も終わり、再び姉妹の間に剣戟の音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

「脚の付け根?そこが弱点だと言うんだな?!」

 

「はっ!張遼将軍が荀彧様よりそう聞いたとのことです!」

 

「ならば徹底的にそこを狙う!弧を描きつつ最外郭の象に攻撃し、逸れた後すぐに反転!これを只管繰り返す!

 

 時間は無いぞ!我等の働き次第で仲間への被害の度合が決まると思え!」

 

『はっ!!』

 

一刀と鶸では大した成果は挙げられていなかった。となれば、桂花の言に従うのが最良と言える。

 

加えて一刀もまた気付いていた。いくら攻撃しても部隊としての侵攻速度が変わらない今、象たちを自陣に到達させてしまうであろうことに。

 

確実性を求めて迷っている暇など無い。その意味でも桂花から齎されたという情報に飛びつく以外の選択肢は無いのだった。

 

霞の部隊を率いての一度目の突撃。

 

一刀の得物は折られた戟に代わって愛刀のまま。

 

リーチが短い分、すれ違いざまに立ち上がってまでして斬り付けた。すると――――今度の攻撃はすんなりと通ったのである。

 

桂花からの情報は本物だった。

 

象はたしかに脚の付け根の皮膚はそこまで厚くない様子なのだ。

 

兵たちの方は既にそれを実体験を伴って承知していた。

 

勝手知ったるといった具合に次々と象へ有効打を重ねていく。

 

一匹を仕留めるのに、鶸の部隊を率いていた時よりも格段に短縮されていた。

 

「よし!この調子で反転だ!」

 

一刀はこの事実に部隊を勢い付かせて更に突撃を重ねる。

 

またも一匹仕留め、敵陣側へ駆け抜けた後、反転しようとしていた時だった。

 

「これ以上あなたの好きにはさせません!」

 

一人の将とその部隊が行く手を遮る。

 

またもや厄介な奴が現れた。それが一刀の嘘偽りなき感想だった。

 

手元を覆い隠すような大きな袖。そして大陸において非常に珍しい、モノクルのような眼鏡。

 

呉の将、呂蒙であった。

 

(こんな時間の無い時に、よりにもよって呂蒙かよ……っ!

 

 暗器使いと予想される、軍師でもあり武将でもある輩……仕方が無い……)

 

「呂蒙は厄介だ!俺が引き受ける!お前たちは敵部隊を振り切って突撃を続けろ!」

 

『はっ!!』

 

宣言・指示と共に一刀は呂蒙の真正面へとアルを付ける。

 

その背後では続々と霞の部隊の兵達が反転していった。

 

「皆さんは敵部隊を!反転の時を狙い、抑え込んでください!」

 

呂蒙もまた、一刀を一人で相手取るつもりだったらしい。部隊の兵には指示だけを飛ばし、霞の部隊の後を追わせた。

 

瞬く間に人口密度が低くなっていくその場に、留まるは二人。

 

その一方、一刀は睨み合っている時間も勿体無いとばかりに即座にアルの横腹を蹴った。

 

(暗器使いを相手に正攻法なんてしていられない。なら、出し惜しみは無しだ!)

 

目には目を、歯には歯を。暗記使いには騙し討ちを。

 

一刀は卑剣の構えを取って呂蒙へと掛かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

「よしよし!い~い感じに減らせて来てるよ!

 

 それじゃあ、もう一度反転!」

 

蒲公英の部隊と鶸の部隊の全兵を率い、蒲公英は軽やかに戦場を駆けていた。

 

馬家の兵は末端に至るまでが優秀な騎兵であり、それが二部隊揃っているこちらでは幾度もの突撃が既に繰り返されていた。

 

突撃の度に象はその数を減らしていく。

 

もう随分と削ったはずなのだが、それでも侵攻速度が落ちないというのは余程指揮官か象の調教師が優秀なのだろう。

 

それでも、例え地味でも削り続けるしか無い。

 

蒲公英が再び部隊を反転させようとした、その時。

 

「そこまでだ!お前は馬岱だな?

 

 馬休共々、この場で取り押さえさせてもら――――って、はあっ?!馬岱っ?!

 

 お前は重傷だと聞いているぞ!!」

 

「あ、あんたはっ!!…………えっと……」

 

「ちょっ!お前っ!!私は公孫瓚だっ!!しっかりと……しっ・か・り・と!!覚えておけっ!!」

 

意図的なのか偶然なのか、蒲公英は瞬時に敵将の名前を思い出せなかった。

 

特徴的な、白馬のみで構成された騎兵部隊故に名は通っているはずだったにも関わらず。

 

ただ、それは地味に敵将・公孫瓚の精神にダメージを与えたようで、自ら名乗りながら公孫瓚は涙目になっていた。

 

と、このような、ある意味で”弱み”をよりにもよって蒲公英に見せてしまったわけで。

 

蒲公英の目には怪しい光が点ったようであった。

 

「あ~、はいはい。で、何だっけ?蒲公英が重傷?

 

 ま、ちょっとくらいの怪我なら馬に乗るくらいなんてこと無いからね~。

 

 それにしてもぉ……う~ん、あんたってそんな名前だったっけ?なんか、こう、もっと違う……”ちょう何とか”、って名前だったような気が……」

 

「なんで名乗っていない星の方がまだ覚えられているんだ……

 

 いつもこうだ……ほんと、私はどうして……」

 

公孫瓚は寂しそうに呟く。その瞳はどこか遠くを見つめているようで、さすがの蒲公英も罪悪感に駆られたほどだった。

 

「え~っと、その……ご、ごめんなさい」

 

「謝まるなぁっ!!!余計に虚しくなるからぁっっ!!

 

 うぅ……くそっ!もう八つ当たりでも何でもいいっ!お前をここで止めてやるっ!!」

 

涙目で蒲公英を睨みつけ、公孫瓚はヤケクソ気味に宣言した。

 

これに蒲公英は慌てる。

 

「ちょっ!?あんたの相手してる時間なんて無いんだってば!

 

 皆!公孫瓚の部隊を撒いてすぐにもう一回突撃するよっ!」

 

軽い調子でそんな指示を出す。

 

しかし、その少し後に、それが容易では無いと思い知らされることになった。

 

『白馬義従』と呼ばれ、名の通った騎馬部隊。その実力は馬家にも引けを取らないものだったのだ。

 

かくして戦場は混戦を極めていく。

 

 

 

 

 

 

 

連合の奇襲部隊中央では諸葛亮が控えていた。

 

彼女は呉の軍師とは違い、武は持ち合わせていない。そして、元々この作戦は諸葛亮の提案から出来ている。

 

そのため、今回の作戦では戦闘に入った時点で連合両国の部隊の指揮全権を委任される取り決めとなっていた。

 

今、その諸葛亮の下に伝令からの報告が入る。

 

「左翼より報告あり!

 

 太史慈殿が張遼と、呂蒙殿が北郷と一騎討ちを開始!

 

 それぞれの兵は現在こちらの迎撃部隊が迎え撃っております!

 

 右翼よりも報告あり!

 

 馬鉄将軍が馬休、馬岱との戦闘に!公孫瓚様も応援に駆けつけております!

 

 両翼合わせて象の群れの被害は軽微!進軍速度は保持出来ております!

 

 間もなく先頭が魏の陣地に到達するとのことで、指示を求めております!」

 

「分かりました!

 

 象部隊は三つに分けて敵陣地を蹂躙してください!

 

 三つの分け方は――――周泰さん、説明をお願いします!」

 

「はい!

 

 現在我々が進軍する真正面は敵陣地の中央辺りになります。

 

 我々から見てですが、そのまま中央に敵大将の天幕と思しきものを視認しました。

 

 また、右側の端付近の天幕には装備品類が運び込まれており、中央左寄りの天幕には糧食が置かれている模様です。

 

 なので、えっと……中央に向かう分隊はそのまま、左に向かう分隊は中央より象五匹分空けてから進んでください。

 

 それと右に向かう部隊ですが、こちらは象十五匹分はいるかと思います。実際は少しずれると思いますので、適宜修正して頂ければ」

 

「分かりましたか?

 

 美以さんには今の通りに伝えてください!」

 

「はっ!!」

 

伝令は諸葛亮の命に従って踵を返して走る。

 

それを見送ってから諸葛亮は周泰に向き直って口を開いた。

 

「すみません、周泰さん。色々と無茶を言ってしまいましたが、ありがとうございました」

 

「いえ、問題ありません、諸葛亮殿!敵陣の偵察は元より私の任務ですので!

 

 ただ、その……象での距離換算はしたことがありませんので……」

 

「い、いえ、大体で十分です!

 

 確かに曹操さんの天幕、装備品類や糧食庫の破壊が叶えば戦果は絶大ですが、あまり欲張ってしまうと何も達成出来ないかも知れません。

 

 今回の大目標は敵陣地に象兵を突っ込ませること。これ以外の結果には欲張るつもりはありません」

 

今回の作戦を遂行するに当たり、諸葛亮は一点、割り切っていることがあった。

 

それは、魏は象兵に対処してくるだろう、ということ。それがどの段階からかは分からない。

 

最悪なのは初めから象の弱点を熟知していた場合。それはそもそもの作戦の失敗を意味する。

 

しかし、それは杞憂であった。

 

魏の先頭切って吶喊してきた将の一人が一刀であった時には思わず目を覆いたくなったのだが、戦況を聞いて安堵した。

 

一刀でも象への有効な対処は把握していない。それが浮き彫りになったからであった。

 

となると、残る問題はその大兵力。

 

確かに、象を敵陣に突っ込ませることで敵軍の混乱は招くことが出来るだろう。

 

しかし、悔しいが大陸一の精兵と名高い魏の連中のこと、すぐにでも兵を纏め上げて立て直されるだろうと考えていた。

 

だからこそ、”欲張らない”。

 

諸葛亮の目的は、実は()()

 

一つは先ほどの通り、魏に混乱を与えて兵力を削り、且つ魏の進軍開始までの時間を稼ぐこと。

 

そして二つ目は、連合の兵力を極力温存したまま帰還すること、だった。

 

 

 

 

 

 

 

「にゃにゃ!分かったにゃ!

 

 後は美以にまっかせるにゃ!」

 

報告を受けた孟獲は元気よくそう返す。

 

今回、孟獲は作戦の要だ。しかし、そんな重要な役目にも関わらず、与えられた命令はただ一つ。

 

諸葛亮からの指示通りに象を進ませろ。

 

そして回されてくる命令はシンプルで間違えようの無い内容ばかり。

 

孟獲とその象部隊を最大限活かすにはこれだ、と諸葛亮が考えた作戦であった。

 

孟獲は、こう言ってはなんだが、単純だ。それ故に、作戦を言い渡されて悩むことが無い。

 

その迷いの無い進軍が魏の先陣部隊に焦燥を与えたのであった。

 

「さあ、パヤパヤ!進軍するにゃっ!!」

 

「プォ~~ン!」

 

孟獲の頭上の小象が呼応して鳴き声を上げる。

 

それが象たちの方へ徐々に広がっていく。そして――――

 

左端の方の集団と右端の方の集団が逸れる動きを始めた。

 

小象が司令塔となって象の集団を動かしているのだ。

 

どうしてこうなっているのかはどうでも良い。

 

問題なのは、象たちの統制が完璧に取れていること。

 

それが魏にとっての悪夢であり、連合にとっての朗報であった。

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ!!」

 

「ちっ!」

 

互いの馬のすれ違いざま、呂蒙が腕を振るう。

 

飛び出す数本の短剣。それらは漆黒に塗られ、闇に紛れて捉えにくい。

 

どうにか弾き、一刀も攻撃を仕掛けようとする。が、その時には既に呂蒙は離れている。

 

やりにくいにも程がある。それが一刀の正直な感想だった。

 

だが、そんなことは言っていられない。

 

既に一騎討ちが始まって結構な時間が経っていた。

 

もうそろそろ、敵部隊の先頭が魏の陣に達しかねない。

 

(こうなったら……場を濁して脱するしか、無い!)

 

一刀は再び卑剣の構えを見せる。

 

最初の交錯で使用したのは、以前にも使用した卑剣・隠剣。

 

しかし、今度使用するのは――――

 

(隠剣!)

 

隠し持った短剣を刀の振りの直前に投げつける。

 

一度見た技だけに、呂蒙はいとも容易くこれを払い除けた。

 

続く一刀の袈裟斬りも、袖の内に仕込んだ腕甲か何かで逸らす。

 

しかし、今回の一刀はこの状態に持ち込むことこそが目的だった。

 

今、呂蒙の両手は一刀の二連撃を払ったことで開いている。

 

そこに、短剣を放った後に握り締められた一刀の右拳が打ち込まれた。

 

(虎爪・抉穿!)

 

その手には、いつの間にか、かつて真桜が一刀に作った暗器、虎爪が嵌められていた。

 

その虎爪を握り込み、回転を伴って打ち込まれた拳は――――互いの馬の速度も相まって、深く呂蒙の腹に突き刺さった。

 

「ぅぐっ……?!」

 

堅い感触により致命傷には至らない。しかし、痛打にはなった。

 

「アル!陣へ!」

 

この隙に、と一刀は即座に反転し、魏の陣へと引き返す。

 

「待っ……げほっ、ごほっ……!」

 

呂蒙は追い縋ろうとするも、先ほどの一撃で呼吸がままならない。

 

結局、そのまま一刀が去るのを見送ることにしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

一刀が陣に戻った頃には、既に象が到達してしまっていた。

 

その陣内はまさに阿鼻叫喚――――かと思っていたのだが。

 

「物資班を最優先して通せ!」

 

「足止め部隊!そこじゃない!正面に立つな!」

 

「弓兵!撃つのはいいが撃つ方向は考えて撃て!」

 

確かに混乱はあるのだが、少なくとも秩序が崩壊はしていない。どころか、まだ統制が保たれている。

 

半ば信じられないその光景に、思わず一刀はアルを止めてしまった。

 

「こら、一刀!あんた、戻ってきたんならそんなとこでボーっとしてないでこっち手伝いなさいよっ!!」

 

そんな一刀を叱責する声。

 

振り向けば、そこには詠がいた。

 

「詠!これは一体?

 

 彼らは象を見るのは初めてじゃ無いのか?」

 

「象を?そりゃあ初めてでしょうよ。私も見たこと無かったんだから」

 

「だったら、何故――――」

 

「あいつらが象にもそんなに恐れないのは、月のとこにずっと恋がいたからよ。

 

 恋自身もそうだし、恋の”友達”には猛獣も沢山いたしね」

 

詠に言われて気付く。

 

確かに、今統率を保って行動を起こしているのは主に火輪隊、つまるところ、元董卓軍の兵たちだった。

 

「あんたとアルなら象に近づけるでしょ?

 

 少しは斬って来なさいよ!ここを耐えれば追い返せる可能性が高いんだから!」

 

「あ、ああ。分かった、行って――――追い返せる?良い策が挙がったのか?」

 

「ええ、まあ、そうね。というか、むしろなんであんたから出なかったのか……

 

 まあいいわ。ほら、さっさと行きなさい!」

 

詠は一刀が行くべき方向を指し示すと踵を返す。

 

今この場は詠がたった一人で全体に指示を出している模様。

 

想像以上に大変なのは考えずとも分かる。

 

なら、今は詠の手助けをしてやらなければ、と、一刀は陣内で暴れる象に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

数多の天幕が、乱入してきた象たちに踏み荒らされた。

 

逃げ遅れた兵も、幾十で足りぬくらいは潰されただろう。

 

だが、象たちに暴れ回られた割には少ない被害で第一波を凌いだ。

 

今、連合の象は魏の陣地を一直線に抜け、その先でゆっくりと反転しようとしていた。

 

「なあ、詠。本当に次は無いのか?

 

 さっきのは何とかなったが、次はまずいぞ?」

 

「大丈夫よ、きっと。桂花と零が協力して真桜に大急ぎで準備させているのだから」

 

「真桜に?

 

 …………ああ、そうか。あれを使っちゃうのか……」

 

一刀の言葉使いに違和感を覚えたのか、詠がふと一刀の方に目を向けた。

 

「何か問題でもあるの?

 

 あの兵器は完成しているんでしょ?」

 

「ああ、完成はしているよ。

 

 ただ、出来ればあれを生き物に向けて使いたくは無かったんだよな。

 

 でも、最早そんなことは言ってられない状況、か」

 

「そうね。あれを使えばどうなるか、なんて、赤壁の時のを見ていれば私たちには想像が付くわ。

 

 けど、やらなければならない。それによる利がとても大きいのだから」

 

詠は全てを分かっていて実行する、と宣言した。桂花も零も分かっている、と。

 

ならば、一刀も覚悟を決める。

 

今から起こる惨状は、紛れも無く一刀が引き起こしたものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「桂花様、零様!準備出来ましたで!

 

 今回持って来た大砲全五門、いつでもいけますよって!」

 

一刀がいる、陣のすぐ前からは少し離れた場所に真桜たちがいた。

 

象襲撃の報を受け、早々に準備を始めていたのだ。

 

「よし!よくやったわ、真桜!

 

 それじゃあ、桂花。撃ち込む場所はさっきの通りで良いかしら?」

 

「そうね。真桜!三門は敵の最前列の象に!

 

 残りの二門は出来るだけ象の群れの中央付近に着弾させなさい!」

 

「了解ですわ!

 

 おい、お前らぁ!ちゃっちゃと方向整えんで!

 

 左端から三門は最前列や!こっちの二門が中央付近狙うで!」

 

真桜からの指示も飛び、工兵たちが慌ただしく動く。

 

大砲は重いため、方向の調整に苦労するのだ。それでも、真桜に従って様々な作業で鍛え上げられた工兵部隊は瞬く間にこれを整えた。

 

その旨を再び報告すると。

 

「ならば、真桜!撃ちなさい!」

 

「よっしゃ!

 

 ほんなら行くでお前ら!

 

 三、二、一……発射!!」

 

真桜の合図と共に五つの轟音が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

「!!こ、この音は……っ!!」

 

諸葛亮は轟音を聞いて心底驚いていた。

 

周瑜とも話した結果、赤壁で見せた魏の新兵器は使用回数に限りがあるもののはず。

 

それは再使用までに時間が掛かる、というだけのものだったのだろうか。

 

ならば、わざわざあの場で下げる必要性は薄い――はず。

 

二人の意見は、一度きりの使い切りの兵器、というものだった。

 

それは大外れだったことが今、証明されてしまった。それも、考え得る限り最悪に近い形で……

 

 

 

 

 

「にゃにゃ~っ!?!?な、なんにゃっ?!何が起こったんだにゃっ?!」

 

轟音が響いたかと思った次の瞬間、孟獲は地が大きく揺れるのを感じた。

 

それは何匹もの象がほとんど同時に倒れたことによって生じたもの。

 

そして、その光景はさしもの象たちにも衝撃を与えたようで、動きに乱れが生じていた。

 

「パ、パヤパヤ!は、早く統率するにゃっ!!」

 

「プォ~ン……」

 

孟獲は焦るも、頭上の小象は悲しそうな鳴き声を上げるのみ。

 

それはまるで、無理だ、とでも言っているようであった。

 

「うぅ~~……誰か、朱里に言ってくるにゃ!

 

 象たちが怖がってるにゃ!多分、もう無理だにゃ!」

 

孟獲は撤退を進言する。

 

 

 

 

 

「――――とのことです!」

 

「そうですか…………分かりました。皆さん、ここは撤退します。

 

 すでに敵の陣は蹂躙し、目的は十分に果たせています。

 

 これ以上の被害を出さないように注意し、まずは敵陣より離れます!」

 

「は、はい!呉の皆さんにもすぐに伝えます!」

 

隣で諸葛亮が報告を受け、指示を出している。

 

呂蒙も既に戻って来ていて指示などを手伝っていた。

 

その傍らで、周泰はただただ呆然としていた。

 

あれほどの数の象の進軍を、周泰でさえ恐怖せずにはいられないだろうその蹂躙劇を、あの男はたった一撃で終わらせてしまった。

 

その一撃が飛んでくるまでには随分と時間が掛かっていたようだが、間違いようが無い事がある。

 

誰が撃ったのであろうが、”あれ”は赤壁のものと同じものだ。

 

そして、周泰は”あの書簡”を思い出して思わず身震いする。

 

(あんなものが沢山…………それも、次は私たちの本陣に向けて…………?

 

 そんな……そんなのって…………)

 

抗いようが無い。威力が余りにも大きすぎる。

 

周泰は一人、絶望の底へと沈んでいく。

 

その中で浮かんだもの。それは彼女に書簡を渡した、とある人物の顔であった。

 

(すぐに……すぐにあの方に聞かないと……)

 

 

 

こうして、周泰は堕ちた――――

 


 
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