No.933092

さくら 3

野良さん

式姫草子二次創作小説になります。 というか、前歴史の妄想ですね……

2017-12-12 21:36:15 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:601   閲覧ユーザー数:600

「さくら、顔をあげてくれないか」

 いや。

 幼子のように、さくらが俯いたまま無言で頭を振る。

「怖いか」

「……はい」

「そうか」

 君は、今、何を恐れているんだろうね。

 あの時の君は、怖いという感情その物を失っていて。

 ただ、命を破壊する事だけに、その全てを捧げていた。

 

「さくら」

 その手を握る。

 握り返してくる手が震えている。

 その震えを鎮めるように、もう一方の手を重ねる。

 恐れるな、さくら。

 私は、ここに。

 いつまでも、君と共にあるよ。

 左手の刀で虎を切り払った鬼が、右手の折れた刀を私に振り下ろす。

 避けようとか、死を覚悟して何か反撃しようとか、そういう思いは何も無かった。

 夕暮れの赤い陽が照らす山の斜面。

 赤い光の中、返り血と己の血に塗れた、鬼女に。

 その顔の中にぽかりと開いた……深淵に至るような、虚無を宿した瞳に。

 私は、ただ見惚れていた。

 

「避けろ!」

 横っ面を張られるような大声に、私はふと我に返った。

 鬼の脇腹に何か光る物が突き立っていた。

 痛みか、衝撃か、くの字に曲がった体が、私に向かって振り下ろした刀の軌道を変えた。

 彼女の脇腹に突き立ったもの。

 刀の切っ先。

 倒れた姿勢のまま、何かを投げ打った武者の姿。

 ああ、彼が自分で折った刀の切っ先か……。

 ぼうっとした思考が、そんな不急不要の事に思い至る。

 目まぐるしく私の視界に映ったそれらの光景を切り裂くように、私の眼前を鬼女のふるった刃が、妙にゆっくりと横切った。

 ぱらりと。

 胸元の着物と、私の胸の皮一枚がすぱりと斬られた。

 多分、あのままだったら、私の体は綺麗に袈裟がけにされ、葛餅みたいに三角にされていたんだろう。

 どん。

 空中にあった鬼女の体が、肩から私にぶつかる。

 鋭い跳躍からの体当たりを受けた形で、相応の衝撃はあったが、何より、私が最初に感じたのは、ただ彼女の華奢さと軽さだけだった。

 押された形になった、私の脚は、山の斜面で踏ん張れるほどに力強くも無く、その体を無様に転がし、斜面を滑った。

 だが、私とて体術の心得程度はある、無理に踏ん張ろうとせず、転がる勢いを生かして、半身を起こし、次の攻撃に備えて顔を上げた。

 上に向けた視線が、こちらは見事に着地した鬼女が、私や武者には目もくれずに凄まじい速さで走り去り、藪の中に姿を隠す、その後ろ姿を辛うじて捉える。

「待て!」

 待つんだ……。

 待ってくれ。

 押しとどめて何が出来る訳でもあるまいが。

 彼女が見えなくなることが、私にはその時、なぜか怖かった。

 

「無駄だ、呪い師」

 刀を鞘に納めつつ、坂東武者が私の方に歩み寄り、その太い手を差し伸べる。

「あれは……言葉の通じるような相手では無い」

「……そう、ですね」

 それでも、もう一度、私は彼女と対峙しよう。

 それは、この命を賭すに足る事に思えるから。

 力強い手を取り、私は身を起こした。

「先ずはお礼をしないといけませんね、命を助けて頂いてありがとうございます」

「戦陣で肩を並べる者同士が助け合うのは当然のことだ、俺も助けられた」

 当たり前の内容ではあるが、その言葉には、彼が私を肩を並べる相手として認めた……そんな響きがあった。

「ではまぁ、お互いさまと言う事で」

 彼の目に、未だ燃える闘志を見て、私は山頂の方を見上げた。

 陽が落ちかかっている。

 闇の中はおそらく彼女の時間だろうけど。

 今追わないと、もう二度と会えない、そんな予感があった。

「……彼女を追いましょう」

「アレが、彼女……か」

 くくっと皮肉に笑って、武者は私の肩を軽く小突いた。

「追いかけて口説くつもりか?」

 口説く、か。

「そうかもしれません」

 この感情が色恋なのか、それとも別の何かなのか、私には判断が付かないが。

 真面目な私の顔をみて、彼はふむ、と大きく息を吐いた。

「お主はなんだな、つくづく変わった男だ」

「変わり者なのは自覚してますよ」

 肩を竦めて、私はあらかじめ切ってあった型紙を取り出し、それに呪を込めた。

 ふわりと漂い出したそれが、私たちの前で青白い光の球となる。

「面妖な」

 むむぅ、と渋面を作る武者に私は笑いかけた。

「狐火ですよ、妖怪みたいなもんですけど……退治しないで下さいよ」

「判っておる、夜の山で明かりを絶やすほど阿呆では無いし、第一」

「第一?」

「両手が空く明かりなど重宝極まる、ならば、それが妖怪であろうと、俺は一向構わぬさ」

「捌けた方で助かりますよ……では参りましょうか」

 握るさくらの手から、徐々に震えが引く。

 その代り、何かを確かめるように、私の手を握り返す力が強くなる。

 俯いたまま、さくらがぽつりと呟いた。

「ご主人様」

「……何だ?」

「何故です」

 何故ここなのか。

 何故……今更。

 私を伴い、ここに。

「君と初めて出会った場所だからな」

「……そう、ですね」

 私は、貴方と、ここで出会った。

 最悪の鬼と、都を守る為に遣わされた陰陽師として。

「……っ」

 呼吸をするのも辛い。

 吸い込む空気の中にすら、あの時の私が残っていて、それが私の中に戻ってくるようで。

 吐く息に……今の私が溶け出してしまいそうで。

「それに、さ」

 ご主人様。

「ここ以上の桜を、俺はついぞ見る事は無かったよ」

 貴方はついに。

「だからさ……君と一緒に見たかったんだ、さくら」

 

 私を滅ぼす覚悟を、決めたのですか


 
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