No.933029

さくら 2

野良さん

式姫草子、二次創作小説、第二話になります。

2017-12-12 01:14:50 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:596   閲覧ユーザー数:592

 鬼が出ると言う。

 ここ京では珍しくも無い話だが……その鬼は少し変わっていた。

 いかなる妖や魔でも、彼らなりの目的があって動いている。

 人を根絶やしにし、妖の世をもたらす。

 配下を増やし、人を支配する。

 人を食料として喰らう。

 それぞれ、人として許容できぬが、何となく理解はできる目的が有った。

 故に、妖とは互いに争いあっても、どこかで妥協する事もあったし、その存在を迷惑な隣人として許容する事もあった。

 だが、この鬼は違うという。

 その鬼はただ一人。

 人と会えば人を。

 妖と会えば妖を。

 全てを、その痕跡すらすりつぶし、地に還さんばかりに、完膚なきまで破壊すると言う。

 たまたまその光景を見た旅人が、歯の根も合わぬ声で語った。

 子だけは助けてと泣き叫ぶ母親さら、その鬼は、両手にした二刀で、赤子と母親の体を、同時に両断したと。

 だが、何より怖かったのは、そこに残忍さすら無かった事だと。

 人を喰うでも無い。

 己の力を誇るでも無い。

 財貨を奪うでもない。

 弱者を嘲り踏みつける快楽に酔うでも無い。

 如何に、下衆な畜生に等しい行為であっても、それならば、まだ救われた。

 その鬼はただ、無言無表情に、目の前にある物を、ただ撃砕した。

 感情の何も宿さない目で、両断された死体を踏みつぶし、次の犠牲者を……いや動くモノを斬りまくった……と。

 

 破壊の鬼神。

 

 その、人には理解できない在り様から、いつしか鬼はそう呼ばれるようになっていた。

 宮廷としても、放置できる話では無い、下知が下り、武士と僧と陰陽師からなる討伐隊が結成された。

 そこに、私も居た。

 陰陽の法を駆使すると同時に、体術を修め……妖と対等に遣り合う経験をいくらか積んで、それなりの自信もついて来た……その頃だった。

 その鬼と対峙するのに、討伐隊の結成から、それ程の時も要らなかった。

 山間の村が奴に襲われたと。

 命からがら逃げて来た村人の報告は、被害の多かった地域にほど近い寺院に待機していた私たちの耳に届く事となった。

 馬を使い、能う限りの速さで現場に駆け付けるべく、討伐隊の中でも馬術に長けた者だけで、先遣隊を組織していた事も幸いし、急行した彼らは近隣の村を襲う鬼を見出した。

 その部隊との短いが激越な交戦を経て、鬼は山に逃げ込んだ。

 先遣隊も、奴の姿を追って山に入り、後詰の私たちも、その後を追った。

 だが、私たちは、山こそが鬼の住処だと、存分に知らされる事となった。

 薮中から、不意に襲い来た奴の一撃で、先遣隊の長が倒された。

 返す刃が、高野の僧の独鈷を握った腕を斬り飛ばす。

 左右の手が別の生き物ででもあるかの如く変幻に舞う、鬼の持つ小ぶりの二振りの刀は、武士の持つ大太刀が、密集する木に邪魔される中で自在に閃き、屍山血河を築いていった。

 悲鳴を聞きつけ、駆け付けた、私たちの後詰隊が見たのは、一流の武士や術師が、為す術もなく圧倒的な暴力に蹂躙された……その跡であった。

 恐怖が隊全体に拡がったのを私は感じた。

 密集した所で、こうして不意を突かれて、混乱した他者に遮られ、普段の力の半分も出せないうちに殺される。

 さりとて分散した所で、今度は一人ひとり、慣れぬ山中で奴に殺されるだけ。

 その恐怖を見て取った、後詰隊の隊長は静かにこういった。

 奴がいかに強くとも一人だ、討伐する覚悟ある者は二人一組で登れ。

 奴を恐れるなら、各々の判断で下山し、次の討伐隊に我らが死を以て得た情報を伝えるべし。

 引くも進むも地獄ならば、これは恥にあらず、全力で生き延びろ。

 上か下、どちらか一方を襲うしか、奴には出来まい……なれば、どちらかは、その目的を達するであろう。

 私は、登る事を選んだ。

 特段勇敢だったわけでも、まして、生き残れると思った訳でも無い。

 ただ……恐怖以上に、あの鬼を、この目で見てみたかった。

 

 上りながら、私は幾つかの紙を、小刀で切っていた。

 傍らの武士が怪訝そうな顔でそれを見る。

「何の大道芸だい、そりゃ」

「式ですよ、聞いたことないですか?我ら陰陽師はこれに神を降ろし、助けて貰うんです」

「ほぉ、不思議の術があるもんだ……そりゃ猫かい、上手いもんだな」

「……虎のつもりなんですよ、一応ね」

 気を悪くした様子の私を見て、彼はにやりと笑った。

「そりゃ悪かった、何しろ俺ぁ、虎って奴にお目にかかったことがねぇんだよ」

 がははと笑うのは、馬の扱いを買われてこの討伐隊に参加した坂東武者の一人。

 がさつな……と思ったが、この状況で笑える胆力だけでも、正直並はずれている。

 そして、胆力、恐怖を直視する力こそが、妖を退ける大いなる力の一つであることも、陰陽師たる私は弁えていた。

 とはいえ……だ。

「静かにしないと奴が来ますよ」

「山中にある奴は、人も獣も匂いで相手を見定める、音は里人を呼ぶか、獣を遠ざけるのみよ」

 故に、我らが襲われるか否かは、ただ運のみさ、主(ぬし)も笑え笑え、山の祟り神は笑い勝って追い払うが習わしだ。

「あは……はははは……はぁ」

「呪い師殿は声が小さいな」

 生憎だが、私には、そこまでの胆力は無いのですよ。

 肩を竦めて、次の紙を切ろうとした私は、急に太い腕に突き飛ばされた。

「何を!」

 身を起こす、私の目に銀の光と、そこから散る火花が映り、その散った火花が私の頬をかすめ、鋭い痛みを与えた。

 ぶつかり合った刃が欠け、破片が飛び散った……その一片。

 まだ、名も聞いていなかった坂東武者と鬼が切結んでいた。

 驚いたことに、彼の刃は既に半ばが折れていた。

 いや……。

 折れたのではない、既に折ってあったのだ。

 あの先遣隊の累々たる死体を見、山中で太刀の長さは不利、そう見て取った時、躊躇いなく折ったのだろう。

 この思い切りの良さ、豪放さ。

 私の知る、都に仕える侍とは違う生き物。

 

(これが東の武士(もののふ)か)

 

 おう、と肚に響く気合と共に振るう武士の刀を、静かに鬼が受け止める。

 私程度の体術では、割って入るどころか、加勢も叶わぬ超越の剣技のぶつかり合い。

 こうなってしまうと、彼を驚かせる事になりかねない式を呼ぶのも難しい。

 何か、助成を。

 懊悩しつつ見守る私の前で、武者の脚が僅かに滑った。

「むぅっ!」

 次いで撃ち込まれた鬼の豪撃が、踏ん張り切れなかった彼の刃を弾いた。

 もう一方の手にした鬼の刃が間髪入れず、無防備になった彼を襲う。

「火の気を以て、金の気を剋す」

 咄嗟だった。

 懐の中にあった火打石に呪を込めつつ、それを投げつける。

 僥倖。

 鬼が振るう刃に石が当たる、澄んだ音が響く。

 極限の集中故か、散る火花まで、その時私には見えた気がした。

「火剋金!」

 金気の物は火によって溶かされる。

 その自然の理に、呪でさらなる力を与えるのが、陰陽の法。

 火打石から飛び散った火花が瞬時に赤熱し、鬼の刃を叩く。

 耐え切れず、その刃が折れ飛び、鎧で護られた武者の胸を貫けずに止まった。

 だが、致命の一撃は免れたが、凄まじい打撃には違いない。

 胸を突かれた武者が、たまらずどうと倒れた。

「いかぬ!」

 鬼が私の方に跳躍する、それを見た武者が野太い声で吼えた。

「逃げよ、呪い師」

 親切な言葉ですが、背中から切られて死ぬのは、あんまり好きじゃないんですよ。

「器なき魂よ、失われた器これに在り、依り来たれ」

 つぶつぶと呪言を唱え、袖の中に用意してあった紙を突き出す。

 山中に猛獣の吼え声が響く。

「何と!」

 武者の驚きの声が響く。

 それはそうだろう、何も無いように見える私の袖から、九尺に及ばんと言う大きな虎が飛び出し、鬼に向かったのだから。

 だが、鬼からは、驚愕も何も伝わってこなかった。

 いや、驚くどころか、有ろうことか鬼は迫る虎の咢に、無造作に剣を叩き付けた。

 ぱさり。

 軽い音を立て、虎の巨躯が嘘のように消え失せた。

 真二つにされた依代の紙が、はらりと宙を舞う。

 これが所詮式の限界。

 いかな力を持っていようと、真に胆力を以て刃を振るわれては、その紙で作られた姿の限界を露呈する。

 

 その紙の向うに、絶対の死を伴い私に襲い掛かる、その鬼の顔を見た。

 その目の中に、何も宿さぬ、深い、深い虚無を抱えた鬼女。

 さんばらの髪に、幾筋も傷を残した凄惨な顔。

 だが……何という事だ。

 返り血を涙のようにその頬に残した姿の、何と……。

 

 美しい。


 
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