この作品の北郷一刀君は能力値が高く描かれています。
後、若干キャラの性格が違う場合もありますが、
外史の一つの形として御了承下さい。
以上のことを了解した方のみお進み下さい。
「セイ!」
パシーン
「一本! それまで。」
「流石は、不動先輩だ。
全国レベル相手に圧倒的じゃないか。」
ここは聖フランチェスカ学園の剣道場。
今日は他校との練習試合だった。
相手校は県でも強豪校であり、全国クラスの選手を多く抱えていることでも有名である。
そしてこの聖フランチェスカ、立派な剣道場を持ってはいるのだが、実を言うとあまり強くない。
文武両道を掲げてはいるが、やはり進学校ということもあってどうしても学力重視であり、通常中学校から強い選手達は、本日の相手校のようなスポーツ有名校にいくからである。
だが、例外というものはどこかにはいるもの。
それが女子剣道部主将の不動先輩である。
その剣の強さは有段者が束になっても勝てやしないだろう。
個人戦なら、他に稀代の天才が同年代にいなければ間違いなく全国優勝だ。
その上とびっきりの美人であり、更に人の面倒見がよいのでまさにパーフェクト。
当然男女ともに人気があり、この学園の憧れの的な先輩である。
本来ならば公式戦が近いこの時期に、強豪の相手校がわざわざ聖フランチェスカに練習試合をしにこないだろう、だけどこの不動先輩の存在だけで話が違ってくる。
この男子の選手すらものともしない不動先輩に、稽古をつけにもらいにきているのだ。
今不動先輩に負けた選手は向こう側の先生に叱られている。
そんな背後の声を全く気にせず、不動先輩がこっちに向かってきた。
「不動先輩、お疲れ様です。
今の人、去年全国で20位くらいらしいじゃないですか?」
俺の言葉に気づいたのか、不動先輩がゆっくりと防具を外すと、中から汗をかいた切れ目の美人が出てくる。
その美しい姿に一瞬、どきりとしてしまう。
__相変わらず、凛々しい人だ。
動揺を隠しながら俺は、先輩に持ってきていたタオルを差し出す。
先輩は軽く微笑むと、タオルを受け取って汗を拭く。
「ふふ、順位などに意味はないでござろう?
それよりも北郷、本当にしばらく出て頂けるのか?
少々無理を言っていると思っていたのだが……」
不動先輩の言葉に一刀は苦笑いで返す。
「断れる雰囲気でもなかったでしょう? 断れば何されるか……」
「む、しかしあれはだな! ……いや、よそう、確かに拙者の不注意だった。
ところで北郷殿は何故帰宅部なのでござろうか? ……剣道部に入ってはくれぬか?」
「勘弁してくださいよ、俺は剣道部には入りませんって」
「むぅ……惜しい。
ならせめて拙者とは?」
「それはもっと勘弁です。
先輩のファンの人達を敵になんて回したら、この学園で生きづらくて仕方がないですし」
「ふぅ…じゃあ北郷殿、すまぬが相手側の先生に伝えてくれぬか?
少々疲れたから休憩させてほしいと」
「了解しました」
そして一刀は相手側に伝えにいくため先輩から離れると、後ろの方からまた”惜しい”という呟きが聞こえたので、俺はとりあえず聞かなかったことにした。
先輩の言葉を相手側の先生に伝えると、未だ怒りが治まらないのか、不機嫌な顔つきだ。
「じゃあ他の部員達との練習試合をしないか?」
いいことを思いついたように提案をしてきたので、俺はその先生の目をチラリと見た。
__なるほど、どうやら不動先輩に部員達がコテンパンにのされたから、他の部員でストレスを発散したいらしい。
大方、超有名人の先輩を倒して公式戦に勢いをつけたかったんだろうけれど、結果はさっきの奴を含めて8人抜き。
__あてが外れるにも程がある。この時期に立ち直れるのか?
そんなことを考えている俺をみて、何かに気づいた先生が質問してきた。
「君は……剣道部員なのかね?
はじめて見るような気がするのだが?」
聖フランチェスカの男子剣道部員は団体戦には出れるが、控えを含めて部員は多くない。
このあいだ剣道部で男女合同の合宿を行ったらしく、そこで男子部員達は先輩にボッコボコにされたらしい。
その時先輩の指導で生き残った(?)男子部員は4名、現在これでは団体戦に出ることができないという事態に陥った。
公式戦までには回復するだろうが、その前の日程に入れておいた、いくつかの練習試合の団体戦をどうするかという話になったらしい。
そこでたまたま俺の親友である及川が、友達に道場の子がおるで~、と伝えたらしく、それが俺こと北郷一刀だったのだ。
また、更に間が悪いことに不動先輩とはかなり昔だが面識があったというのも不味かった。
”北郷”という日本でも珍しい名を聞いた先輩は、直ぐに教室まで来て俺の机の前にきた。
「久しいな! 北郷殿、拙者と今から付き合って頂けぬか?」
手を伸ばして不動先輩がそんなことを言うものだから、さぁ大変。
先輩は別に深い意味があって言った訳じゃないのだろうけれど、教室の生徒達からしてみれば憧れの先輩が自分達の教室にくるだけでも大騒ぎなのに、そこの一男子にこの発言。
教室の尋常でない空気に、俺は仕方なく不動先輩についていくしかなくなった。
教室の外で事の次第を説明され、俺は断ろうと思ったのだが、その瞬間あらゆる方向からの殺気(主に一刀のクラスの男子達)に気づいた俺は渋々と了解してしまった。
それで今日に至るのである。
「助っ人なんですよ、団体戦の人数が足りないらしくて」
それを聞いた先生が値踏みするかのような目で俺を見てくる。
「ほう、それは君も災難だね?
よりによってうちが相手の時に数合わ……いや、助っ人に頼まれるとは」
その言葉を聞いた一刀は、仕方がないなと笑って返す。
「そうですね、できればもうちょっと強い人がいるところが良かったです」
その言葉に先生はうんうんと頭を振っていたが、しばらくしてようやく俺の言葉の意味を理解したのか、一瞬目を見開いたあと、苛立ちを含んだ声に変わった。
「それはすまなかったね。
それじゃあひとつよろしく頼もうかな?
オイ! お前らいつまでへばっている! 早く準備をせんか!」
後方で先生の怒号が聞こえる、選手たちもまだ十分に休み終わっていないのか、いそいそと立ち上がって準備をし始めたようだ。
俺はそれを尻目に不動先輩達の下へ向かう。
__やっぱ断っとくべきだったかなぁ……
でも先輩の推薦じゃあなぁ……大昔にちょっとだけ道場の試合で顔を会わせたのが、こんな形で仇になるとは。
高校は静かに暮らしたい方だったのに。
今から団体戦を行うとこちらの剣道部員達に伝えて、俺も道着に着替えて防具を合わせた。
試合は勝ち抜き形式。
他の部員達から、俺達でがんばるから心配しないでくれ、と励まされ大将になってしまった。
そして試合が始まる。
流石に先輩からの指導を受けたばかりなのか、こちらの部員の動きはいい。
だが、相手側もいくら事前に先輩相手に疲れているとはいえ全国クラスの強豪校だ。
一進一退の攻防が続いている。
「ハァ!」
パシーーン
「っぐわ!」
乾いた音が剣道場に響くと、長く拮抗を保っていた聖フランチェスカの副将が敗れた。
負けた部員が一礼してから戻ってくる。
「……すまない、結局君にまで回してしまった」
現在勝敗は3勝4敗。
だが、正直なところで言えば聖フランチェスカの剣道部が、このレベルの相手校に接戦することなど本当に快挙である。
戻ってきていきなり頭を下げる先輩に、一刀は少し慌てた。
「いや、いいんですよ、気にしないでください。
相手は疲れているようですし、強い攻撃はできないでしょう? ありがたいで“大将!前へ!”……じゃあちょっと行ってきますね」
そう言い残して一刀は立ち上がって前に進もうとしたら、外側にいた不動先輩に手招きされる。
「北郷殿、言わなくてもわかっていると思うが、手を抜いたりしたら許さぬぞ?」
「……駄目ですかね?」
「駄目でござる。
あの”北郷”の跡目なのでござろう、その腕前是非に拝見したい」
「別にいいじゃないですか、それに知ってるでしょ?
不動先輩なら……先輩と違って、北郷はあまり剣道には向いていませんよ?」
「それでも、頼むでござる」
そういった不動先輩が、射抜くような視線で一刀を見る。
__はぁ、こういうのって弱いんだよな。
一刀は先輩に返事を返さず、ため息をつきながら道場の中心へ向かう。
「お前か? 先生が言っていた数合わせの素人って奴は」
言葉に怒気を混ぜながら睨んでくる。
__さっさと終わらそう。
そう考えた一刀は、竹刀を握りなおすと、気負いない声で答えた。
「足りない部員を補いにきたという事を指しているなら、俺の事だろうね」
「チッ素人が、さっき先生にいったことは聞かせて貰ってる。
いくら俺が疲れていようとも安心するな?
思いっきりいくから、気絶のひとつでも覚悟しておけ」
「ええ、わかりました。
……ではよろしくお願いします」
そこで言葉を打ち切った一刀達は、一歩離れて互いに向きあう。
審判は準備ができたと確認すると手を上げた。
「はじめ!」
審判の言葉とともに一刀は思考をカットして、相手の動きを観察した。
案の定、間違いなく油断しており、疲労も相まって構えも弱い。
面越しだから相手の細かい表情まではわからないが、おそらくにやけているのか?
__少し注意してみれば、俺の構えだけでも素人じゃないってわかると思うんだけどな。
すると、突然相手は一気に決めようと考えたのか、思いっきり上段に振りかぶってきた。
流石に全国レベルだけあって、振り上げの速さに力強さもある。
普通の人ならガードをした上からでも押し切られた上に、そのまま頭に強烈な一撃をもらって下手すれば気絶くらいはするだろう。
だが一刀は無駄のない動きで横に動き、この攻撃を紙一重に見えるようにかわす。
周りから、あ!! という驚きの声が聞こえるが、気にせず一刀は野球のバットのように竹刀を振りかぶった。
「思いっきりいくんだ、気絶のひとつでも覚悟はできているよね?」
一刀そう言い終わった瞬間、竹刀を振り下ろしていた相手の頭にめがけ、竹刀を外角高めにフルスイングした。
バァチーーーーーン
寸分違えず相手の面を捉えた竹刀が、良い音を剣道場に響かせる。
打たれた相手が後ろへゆっくりと仰け反っていき、バタンという音とともに倒れた。
立ち上がることはあるわけがない。
「い……一本! だ、大丈夫か?!」
慌てて審判が相手に近寄るが返事はない。
そのまま相手は慌てて担架に乗せられて、道場から出て行く。
それを目で追った後、何気なく向こう側を見てみると、さっきの先生が怒りの形相でこちらを睨んでいた。
ふぅ、と一刀が嘆息をついていると、次の相手が出てくる。
結構な時間が経っているからか、体力も回復されてきているみたいだ。
「……それでは、はじめ!」
審判の掛け声とともに、気合を入れなおす。
今度の相手はどうやらちゃんと戦う気のようだ、さっきは大分ふざけた勝ち方をしたからもっと油断してくるかと一刀は思っていたが、どうやら全国クラスの大将をつとめるだけの事はありそうだ。
一刀の構えに隙がないことに気づいたのか、竹刀を握りなおして気迫が増していく。
__さて、どうするか?
警戒する向こうはこちらの出方を伺っているようで、中々攻撃をしてきそうにない。
__仕方がないな。
一刀は竹刀の先をゆっくりと揺らし、一つ試してみることにした。
一定のリズムで揺らしていた剣先を一気に踏み込んで加速させ、面に移る。
一刀のあまりにもの急激な緩急に、周りの人達が驚いているが、これは相手に防がれた。
だが、上手くはない。
急いで防御体勢に入ったためか若干姿勢が悪いし、なにより”一刀”の攻撃をまともに受けてしまった。
「なっ!!」
相手から驚きの声が上がる。
一刀の振り下ろす竹刀が、相手の竹刀を押し下げる。
これではたまらないと思ったのか、相手は崩された姿勢でありながら、無理に腰に力を入れて耐えきった。
一撃を防がれた一刀は、また正眼の構えに戻す。
相手もそれに合わせるように戻したのだが、どうやら少し焦っているようだ。
ここで一気に状況が変わった、相手の主将は受手に回るのは不利と判断したのだろう。
「ハァ! セイ! ドウ!」
気合の入った声とともに、鋭い連続攻撃が繰り出される。
振りを小さく、隙を少なくしたこの連続攻撃は見事だと思う。
しかも一合一合毎に、打つ間隔を変えてくるあたり流石というべきか。
普通の人が見たら正に怒涛、それを一刀は無理な動きを入れずに、最小限の動きで受け止めずに流していく。
状況は一見互角になった。
本来、剣道の一試合でここまで打ち合うことはない。
それぐらい打ち合っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「………………」
少しずつ相手の息が上がっていくのがわかる。
もともと相手の方が体力を消費していたというのもあるが、基礎体力に始めから大きな開きがあった。
小さい頃からあの爺さんに厳しく鍛えられてきたのだ、そりゃ精神力も体力も人一倍ついて当然。
相手の振りが少し荒くなってきたと気づいた一刀は、そろそろ頃合だと判断する。
__いくよ。
一刀は相手の攻撃に合わせて、移動を始めるための仕込みを行う。
相手は仕込みに気づいていない、気づけない。
そして一刀の狙いは面、胴、篭手、いずれでもない。
竹刀そのものだ。
パシーン
乾いた音が木霊し、相手の腕から竹刀が飛んでいく。
大将さんが呆然としたように何も握っていない手を眺めた。
何をされたのかわからずに立ち尽くす大将だが、敗北したという事実が頭に過ぎる。
自分ではどうやっても勝てない。
「拾ってきて、まだ続けますか?」
「……いや、俺の降参だ、参ったよ」
戦意を喪失した主将は、一刀へ向かって先に礼をする。
「互いに、礼!」
「「ありがとうございました!」」
試合が終わり、一刀が後ろを向くと剣道部員達がポカンとした顔で、こちらを見ている。
__ああ……やりすぎた。
結局練習試合が終わった後に、案の定というかなんというか、一刀は剣道部員達から熱烈なラヴ・コール(勧誘)を受けることになる。
しかも部外者は見れない試合だったはずなのに、何故かその試合を覗いていた奴がいたらしく、外で言いふらしたりしてくれたものだから、どうにか部員達を振り切って剣道場を後にすると、大量の野次馬に囲まれることになった。
「おい! 北郷! お前って強かったのか? ってか勝ったのってマジ?」
__マジです
「北郷君! かっこよかったよ!」
__君がいいふらしたのかな?
「なんで剣道部に入らねえんだよ?」
__色々と事情があってね。
「かずぴー! やっぱり俺が見立てた通りや! これで後で女子剣道部員達を紹か”バゴッ“うぎゃぁぁ!!」
心の中で皆に返事をしながら、一刀は及川だけは顔面にグーパンチで黙らせておく。
急いで更衣室に駆け込んだ一刀は手早く着替え、扉の前には人が多そうだから、小窓から脱出することにした。
「……よっと」
だが、ストッと着地した一刀の目前には袴が見える。
嫌な予感がしながらも一刀は少し視線を上にあげていくと、不動先輩が直立していた。
「なかなかどうして北郷の剣は変わらず素晴らしいでござるよ。
祖父殿も安泰でござるな」
「いやぁ、まだまだですよ……今日はもう終わりですよね?」
「ええ、向こうの先生が唖然としていたでござる。
北郷殿に是非転校して我が部に入ってほしいから連絡先を教えてくれと言われたでござるよ」
「まさか……ですよね?」
先輩が含み笑いをしているので、一刀は嫌な汗が止まらない。
「はは、教えるわけがない。
その代わりといってはなんでござるが……やはり拙者と試合ってもらえぬか?
北郷のあの動きは、実際に受けぬとわかりにくいでござるからなぁ……」
「あはは、参りましたね。
……今度でいいですか?」
俺の言葉にはぐらかしの色をみたのだろう、先輩はひとつため息を吐くと
「仕方ない、今だけは見逃しておこうか。
ほら……早く行ったほうがよいぞ? 何やら逃げたのがばれたようだしな」
「いたぞ! 北郷だ!」
「げっ」
後ろの更衣室の小窓から剣道部員達が乗り出している。
小さい窓からいくつも頭が出ていて、実に窮屈そうだ。
「北郷! ぜひ剣道部に~~~~入って~~~!!!!!」
「勘弁してください~~~~!」
そういい残して一刀は駆け出した。
「ふう、とりあえずは大丈夫かな……」
学校を飛び出した一刀は、街中にきてブラブラと歩いている。
適当に時間を潰しながら、これからの学園生活をどうしようかと考えていた。
”どうして剣道部に入らないのか?”
実に理由は簡単だ。
一刀の祖父が継承している北郷流っていう“一応”の剣術は完全に実践向き・・・戦場の剣なのだ。
スポーツ剣術を一切考慮に入れていない。
確かにスポーツ剣術というのは刀を振り回す基本が取り入られているが、それ以外は無い。
北郷流の真髄は体術なのだ、確かに刀を主武器とそえてはいるが、他にだって使えるものはなんだって使う雑種。
殴り、蹴り、投げ、関節だって当然有り。
その辺りに落ちている石や紙、布でさえ凶器にできるよう考えられている。
だから北郷は無手で強い。
よく世間では走・攻・守という基本的な動作目的を掲げているが、北郷流はあえていえば走・体・武だ。
北郷流は状況に合せて別々の構えがあり、使い分けていく。
そもそも剣道じゃない、これは。
相手をどう効率よく殺し、生き残るための”術”なんだ。
そういった修練をしている一刀が剣道には入れないだろう。
同じ獲物を用いながら、目指す山が違いすぎる。
「おーい! かずピー! ちょお~待って~?」
町内を大声で追ってくる恥ずかしい男、及川。
一刀は関係者と思われたくないので、足早に立ち去ろうと歩く。
明らかに歩く速度が早くなったと気づいた及川が、慌てて更に大声を上げた。
「ちょ?! 待って~な~! そこの竹刀を携えたイケてるにいちゃ~ん! ほら、そこの黒髪長身のあなた! あなたです!」
辺りの人の視線が集まってきたので、一刀は恥ずかしさから顔を赤くすると、仕方がないので立ち止まった。
「だぁ~~! うっさい! 恥ずかしいことを叫びながら走ってくんな!」
「はぁ…はぁ…かずぴ~ひどいやんな~俺を置いていくこと無いやんけ。
おかげで皆から質問攻めにあったやないか~」
「それはお前が悪い、俺は嫌だって前からいってただろ?
ったく、余計なことを不動先輩に気づかせやがって」
「いやいやいやいや! それをいうならかずピーのほうが酷いやんか!
あの! あのやで!? 全校生徒の憧れの的、不動先輩と知り合いだったやなんて! 隠すことはないやろ~?」
「別に隠してたわけじゃない。騒がれると色々と面倒だから黙ってただけだ、それよりもお前……俺を売った?」
一刀のジト目の追求の言葉に、及川はギクッと体を竦ませる。
「いやいや、そういうわけじゃないねんで? ただ、剣道できる奴紹介してくれたら、女子剣道部員を紹介してくれるっちゅ~からさぁ」
「そういうのを売ったっつうんだよ! ……それには俺も含まれてるのか?」
「そりゃ当然やがな! ってかかずピーの場合、今日の試合で自然と向こうから来ると思で!
っておい、かずピー今日はこの後どうすんの?」
「剣道着なんてきたから体が匂うんだよ、寮に帰ってシャワー浴びて寝る」
「なんや~つまらんのう。
どうせならゲーセンにでもいこうや?」
「道着の汗臭さの殺傷力。
味わってみるか?」
「そりゃもう不動先輩のなら喜ん”ズガシャ!“ぎゃあああああ!!!!」
__ふざけた奴には竹刀の鉄槌を、手加減はいらないよね?
「ったく、俺はもう帰る。
じゃあな」
倒れ伏している及川を尻目に、一刀は学校の寮へと戻っていった。
「ふう、とりあえずシャワーでも浴びようか……」
一刀は荷物をおいて服を脱いでいくと、綺麗に整えて布団の上に置く。
暖かいシャワーを浴びながら、一刀は汗を流していくが、何故か気持ちの悪い感覚に襲われて、長く入っていることができなかった。
「……なんだ?」
一刀が慌てて部屋に戻ると、その違和感が消える。
「なんだよ? 風邪でも引いたかな?」
服をきこんだ一刀は、布団の中へ入る。
本当は何か食べてから寝ようと考えていたのだが、どうやら早く寝たほうがいいみたいだ。
「…………郷……」
不意に頭に不思議に響いた、遠いような近い声。
__なんだ?
そのフィルターをかけた聞きにくい変な声が、だんだんとはっきりしてくる。
「やあ北郷……一刀君だっけ?」
__懐かしい声だ、誰だったかな……
「ああ、考えないほうがいいよ。
どうせ何も覚えちゃいないんだ。
北郷一刀の雛形から大分成長したみたいで嬉しいよ。
一つでも匿っておいたのは、どうやら正解だったね」
__この人は何を言っているのだろうか
「後はあっちに繋げて連中に気づかせるだけなんだけれど……
あぁめんどくさいなぁ……でも早くしないとあの子達が危ないなぁ。
じゃあ一刀君、君にもせめて選ばせてあげる」
__選ぶ?
「そう、えぇっと……明日君の通う学園近くに博物館があるね、そこに古い鏡があるから。
気になるなら明日行ってみて」
__鏡?
「そ、鏡。
まぁ後は行けばわかるよ。
基本的にこういうのはやりたくないんだけど……まぁ頑張って君の思うように生きて。
それとついでに、あの世界は色々混じっているみたいだから、せめてこれくらいはしておいてあげる」
__何か……違和感を感じる……何かと体が繋がる感じ……一体、何を?
「そのうちわかるよ、ふあぁ……それじゃあ……起きてね」
「……ん? な、んだ? ……ねむ」
一刀は布団から体を起こすと、朝の寒さが身にしみる。
やたら気持ちが悪いと思ったら、寝巻きのジャージが汗でびっしょりと肌に纏わりついていた。
「そういえば寝ちゃったんだっけ。
こんだけ汗をかいてるってことはやっぱり風だったのかな」
一刀は急いで寝巻きを脱ぐと、洗濯物箱に投げ入れてまたシャワーを浴びる。
どうやら寝過ごしてしまったようで、学校の時間が近いからあまり長い時間入っていられない。
手早くシャワーを浴びて身なりを整えた一刀は、途中のコンビニで朝食を買って、学校へと急いだ。
「よう、かずピー! お早うさん」
「あぁお早う、それにしても参ったな。
なんだコレ?」
及川の後ろの席に座った一刀が、周りから隠すように手にもつものを下ろすと、華やかな色とりどりの手紙が机に散らばった。
「こ、これはお前ラブレターっちゅう奴やないか!」
その手紙達を確認した及川が叫ぶと、教室にいる生徒の視線が一刀へ向かって集中する。
「は? そんなわけないだろ? そういうのは城嶋先輩とか……ほら、あの隣のクラスの中富とか……」
「いやいやいや、これは凄いで! もう先輩達越えるモテッぷりやん」
「そんなわけないだろ? そもそもこれがラブレターかも怪し……」
そういいながら教科書を出そうと、机に手を入れる一刀の手に何か尖ったものが触れる。
それをそっと取り出してみると、またいくつかの手紙が入っていた。
流石に時が止まる一刀に、及川がため息をついた。
「はぁ……それじゃあ今日の博物館は駄目かぁ……」
“博物館”
「おい、その博物館ってなんだ?」
取りあえず手紙を机において、及川のぼやきに反応する一刀。
及川はどこに一刀が食いついてきたのか不思議に思いながら答えた。
「あ、いやまぁこっちの話なんやけどな。
カズぴーを紹介してくれってかわいい娘に言われたんで、今日博物館で待ち合わせをやな……」
しどろもどろの及川の言葉に、一刀は軽く睨む。
「お前な、そんな勝手に……」
「しゃ、しゃーないやんかかずピー! すっごいかわいい子やったで?
だから、な?」
やけになった及川は駄目もとで一刀に頭を下げる。
「……何時だ?」
「やっぱあか……って何!
行ってくれるんか!?」
予想外の言葉を貰えた及川が、ガバッと頭をあげる。
「その代わり、今日の昼飯代と先日内緒で撮ってた先輩の……」
「わかった任せとけ! だからその事は内密に……あぁそうそう!
今日の放課後に博物館に先に行っといてくれ」
及川が慌てて会話を止めると、先生ががらがらと扉を開けて教室に入ってきた。
__博物館か……
いつもの授業が始まっても、嫌な予感だけは消えなかった。
「ってもうついたけど、まだ来ていないか」
冬の放課後となると日が暮れるのが早い。
授業を終えた一刀は、適当に皆に挨拶しながら学校の傍にひっそりと建っている博物館に赴いた。
どうやらまだ待ち合わせの子は来ていないらしく、閑散とした風景がやたら寒く感じる。
「歴史資料とかあるんだっけか、学校に入ってから結構経つけど、寄り付かないところは寄り付かないもんだな」
一刀が感慨に耽りながら、古く厳かな雰囲気を醸し出す建物を見遣る。
「寒いし、中に入れば少しは暖かいかな」
そう一刀は呟くと、館内に一人で入っていく。
館内にはその貴重さがよくわからない古めかしい物がいくつも展示されている。
それらを呆然と眺めていた一刀は、あるものを視界に収めると動きを止めた。
「……これか?」
一刀の視線の先には、大きく古く錆付いた銅鏡がひっそりと置かれていた。
館内にはわずかでも他に人がいるのだが、誰も目に留めない銅鏡だった。
__確かに古く、見る人がみれば貴重な品かもしれない……が……
「別にどうということはないよなぁ」
何か惹かれる感じが無いわけではないのだが、だからどうするという程の物ではない。
心に起きる僅かな小波は気になるが、それは自分が変に意識しているだけだからと結論づける。
「お! お~いかずピー! なんや先に行ってるんならそうと言えば……」
背中からかけられた声に反応して、一刀は振り返る。
博物館だというのに大声を上げ、手を振っている及川の隣に可愛らしい女性を連れている。
どうやらあの子が待ち合わせしていた子なのかと思い、一刀が手を振り返すと不意に声が聞こえてきた。
“北郷一刀”
近くに人の気配はしない。
それは間違い無いのに、昨日とはまた違う不思議な声は物凄く近くで聞こえた。
嫌な汗をかく一刀は、声のした後ろへ瞬発的に振り返ると、ただ置かれていたはずの銅鏡が目を瞑ってしまうほどの強烈な光を発している。
「来るな! 及川!!」
一刀は及川へ注意を喚起すながら、大地を蹴り大きく飛びずさる。
そのまま下がる一刀は、眩しい光を腕で遮りながら辺りがおかしいことに気づいた。
銅鏡の光が、周りの光景を浸食している。
「な?!」
一刀が慌てて他へ視線を回すが、誰もこの異常に気づいていない。
「くあ!」
加速度的に現実を侵食していく光は、一刀の足元まで迫る。
__くそ!
悪態を心中でついた一刀は身を翻して全力で駆け出す。
この先には及川達がいるはずだが、その奇妙な空気に愕然とした。
「及川! 何してる! 早くその子をつれて逃げ…!」
__逃げろ。
その一言が止まる。
及川はまだ連れの女の子と一緒にいた、腕を振った体勢のままで。
様子のおかしい及川に、一刀はそのまま及川達を引きずっていこうと決めるが、思いっきり掴みがかろうとした腕がするりと宙を素通りし、何も掴めない。
「?!」
声も上がらない驚きに一刀は思わず思考を止めてしまいそうになるが、無理に己を叱咤すると一生懸命に駆けた。
後ろを見ると、光に飲み込まれるように及川達の色が一色に消えていく。
「なんだってんだ!」
そのまま駆ける一刀は館内を飛び出し、学校へと向かう。
だが博物館から漏れていく光は、どんどんとその速度と大きさを増していく。
もう一刀は辺りの視線を気にせずに全力で駆けた。
流れるように走る光景を次々に後にして学校へ続く通りに差し掛かると、視線の先に不動先輩がいた。
学友と何か話しているのだろうか、楽しそうに笑っている。
「先輩! 逃げてください!」
思いっきり叫んだ一刀だが、不動先輩はピクリとも動かない。
「まさか」
嫌な汗を背に感じながら駆ける一刀は、不動先輩へと進路を向ける。
「スイマセン! 先輩!」
不動先輩を抱きかかえようと突っ込む一刀。
だがまたしても一刀の体は不動先輩の体をすり抜けてしまう。
__なんだ! どうなっている!
慌てる一刀だが、もう逃げられない。
光の浸食はもはや人が駆けて逃げられる速度ではなくなっていた。
一歩でも遠ざかろうと一刀は走るが、足が飲み込まれていく。
「畜生!」
体が光に包まれて宙に浮く感覚に支配された。
最後に伸ばした手も光へと吸い込まれていく。
そこで、北郷一刀の意識は途絶えた。
「……ん」
一刀が気づいたとき、そこは真白な霧に囲まれたような空間だった。
重力が低いのか、浮いてしまいそうな体が気持ち悪い。
地についた足の地面も先が見えぬ。
その不可思議な世界の中で一刀は、”きっと月ってこんな感じなのかなぁ~”って暢気に考えていた。
ここまで状況を把握できないのなら、慌てるだけ無駄というものだ。
すると突然、体全体が響いていく感じの野太い声が聞こえた。
「あ~ら、今度のご主人様は随分とたくましいのね~ん。
よく落ち着いていられるわ」
気味の悪い女口調の野太い声に、一刀はとりあえず声のするほうへ視線を向ける。
白いもやの中に人の気配がする。
「いや、落ち着くというかわけがわからないというか……君は誰だい?
あいにくご主人様と呼ばれるような関係になった人はいないんだけどな?」
”あら、ごめんなさぁい?
私はわけあって名前を教えるわけにはいかないのだけれど~……
そうねぇ、そんなに時間も無いことだし、用件は手短に伝えるわ。
……貴方、外史って知っているかしら?”
「いや、初耳だね」
”そう、じゃあ簡単にいうけれど……そうね、パラレルワールドってのはご存知?
ある意味ではそれに似ているわ。
私が言っている外史っていうのは、それが人の想念によって生み出されたものだということよ”
「ぱられるわーるどぉ? 平行世界って奴が本当にあるってのか?
……それに想念ねぇ、妄想とは違うのかい?
”ふふ、人によればそう呼ぶのかもしれないわね……でもそんな言葉に意味はないわ。
平行世界はあるわよ、私から見ればだけど、ご主人様は私の“知ってる”ご主人様と大分違うしね」
その言葉に一刀は反応した、浮きそうになる体を気をつけながらその気配へと駆ける。
「俺がその外史ってのに付き合う理由はないな、帰してもらおうか?」
「あ~ら、凄い動き。
でもここでは体が慣れていないでしょう?」
野太い声の主は、そう言うと霧の中にまた姿を消す。
ここでは一刀の方が不利だ。
相手を捕まえるのを諦めた一刀は、その場に佇む。
「……どこへ行くんだ?」
「……本当に落ち着いているのね~、でもこんなご主人様もす・て・き」
「はぐらかすなよ」
「ふふ、ご主人様が向かう先の世界は決まっているわ。
一応ルールで行き先は伝えられないのだけれど、直ぐにわかるわ。
ご主人様には悪いのだけれど、もう扉は開いてしまったから変えられるわけじゃあないしね。
それじゃあ、もし行けたらこっちからも探すわ~、待っててねご主人様”
「何を!?」
周りが一瞬でブレーカーが落ちたかのように暗くなる。
__どういうことだ?!
一瞬、瞳に映ったのは果ての無い地平線。
それが空から見てる光景だと気づくのに時間は要らなかった。
大地が大空のように広がっていく。
天地が逆転した空は、あまりに暗い。
地の果てが薄っすらと白んじてきている。
__暁だ。
その見ようによっては絶景の世界の中で、一刀はまたもや意識を失うのだった。
第一回改訂済み
どうもはじめまして、amagasaです。
こういう人様の目に触れる場で公開するのは初めてで、正直緊張してます。
読みづらくはなかったでしょうか?
恋姫無双のSSは前作通して結構読んでいるのですが、季衣と流琉の二人を中心にした作品が少ないなぁと思いまして、身の程知らずですが強豪ひしめく魏√を書かせて頂きました。
結構勢いだけなんですが、どうかよろしくお願いします。
え~、今回はプロローグです。
お楽しみ頂けましたでしょうか?
基本、一刀を鬼のように強くするわけではありませんが、恋姫の世界でもトップクラスで活躍する十分な力はつけさせたいと考えています。
この一刀の影響で魏のメンバーに能力と性格の変動が起こります。
(というより、一刀に関わった人は大概原作の性格から外れていく気はしています)
そしてこれは……マジでスイマセン!!(土下座)
不動先輩はこれで合っていたでしょうか?
春恋をやっていないので不動先輩の性格や口調が推測の域からでないのです。
これに関してはこちらの不手際でありますので、
「このやろー不動先輩全然違うじゃね~か! こうだろうが! こう!!」
という御意見があれば書き直してみたいと思います。(できれば)
魏の中で好きなキャラを順にすると、
1、季衣
2、流琉
3、秋蘭
4、霞
5、稟
以下は、ホニャラニャラということで一つ。
アベレージでは三国で魏が一番好きです。
(前作だと蜀だったんだけどなぁ……)
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初投稿です。
タイトルでわかるように2人の√ですが、基本の流れは魏になります。
この一刀君は強いです。頼れる兄貴です。
初めての公開作品ですがよろしくお願いします。