4章 生徒会の究極女王(アルティメットクイーン)
1
その人は、誤解されがちな人なのだと思います。
いつも気取った話し方をしていて、いつも人より自分を大きく見せようとしている。
それはプライドが高いから?……いいえ、違うんです。
むしろその逆。自分に自信がないからこそ、それを隠したい。人にウソをつく一方で、自分自身にウソをついて、暗示をかけて、自分というものを保とうとする。
私は、彼女の「自分」というものがすごく希薄になっていて、大風の中のロウソクの火よりも危ういものであることを知っていました。
今にも波にさらわれそうなその人は、それでも、必死に最後の板切れにしがみつき、再び自分を作ろうとしています。
――時澤常葉。この学校の生徒会長。
私と常葉さんでは、歳も立場も違い過ぎますが、それでも、友達なのでした。
「あたしの知る彼女って、なんていうか、ここまでエネルギッシュじゃなかったんだけどねぇ」
「常葉さんと同じ、じゃないんですか」
「どういうこと?」
「前に言ってたじゃないですか。現状維持に甘んじていると、周りの時間は流れ、他の人はどんどん進んでいくのだから、結果的に取り残され、後退しているのと同じになる。だから、ゆっくりとでも前に進まないといけない。現に私も、バレー始めましたから!」
「一ヶ月も持たずにバスケをやめてねぇ。なんていうか、そういう切り替えの早さってどうやったら身につくの?ちゃんとバスケウェアとかも買ってたんだし、それをかなぐり捨ててバスケ部抜けるって、結構な暴挙だと思うんだけど」
「でも、楽しく思えないことを続けても、意味ないですよ。私は一瞬だけバスケにときめいてましたけど、やっぱり突き指とか怖くなって、イヤになったんです。だから、今度はバレーにした。バレーもやっぱりボールに直撃すると痛いですけど、バスケの怖さを知っているので、まだ気が楽ですよ」
私がバレーを終えて校門前で待っていると、ほどなくして常葉さんもやって来ました。
生徒会の仕事が終わるのは、いつも全体下校の時刻直前……というより、たとえ仕事がなくても生徒会役員は最後まで学校に残っているのでした。
実際のところ、生徒会室で常葉さんはぼーっとしたり、読みかけの本やなんかがあればそれを読んだり、結構自由にしているみたいです。
前にゲームを持ってきたところ、月町先輩に割りとマジめに怒られたそうなので、それだけはしていない模様。今はスマホでゲームもやりたい放題ですけどね。それも見つかるとヤバいらしいです。
私、大千氏未来は一年のバレー部員です。この学校での肩書きは、本当にそれぐらいです。クラス委員ではないですし、成績が特別優秀でもありません。バレー部には入ってますけど、スポーツも基本苦手。取り柄なんて全然なくて、名前ばっかりいかつい、影の薄い存在。
ただ一点、顔は割りと可愛いかも?なんていう自惚れがあったんですが、常葉さんという元子役女優に出会って、本物の可愛さに打ちのめされました。でも、だからといって私が常葉さんを苦手とする訳ではなく、むしろ不思議と息が合うようでした。馬が合うのでも、反りが合うのでも、波長が合うのでもない。息だけが合う関係。
私は、常葉さんの持っている多くのものを持ちません。でも、なんとなく日々を楽しくやってます。だけれど、常葉さんは可愛くて、スタイルよくて、生徒会長で、スポーツ万能で。そして何より、元女優という強力なステータスを持っています。
だけれど、常葉さんはこう言うのです。
「女優をやめてからのあたしが見る景色は、どれもモノクロ……ううん、黒一色に見えるの。あの時が人生の全盛期で、後は真っ暗な余生を生きているみたい」
常葉さんは、今年でやっと十八歳ですよ。そんな人が、早くも自分の人生を余生、老後のようなものだと言ってしまうんです。最近のお年寄りはむしろ、エネルギッシュに楽しく暮らしているというのに、です。
そんな常葉さんは、それでも、ある生徒に自分と似たものを感じているようでした。いえ、それはもう、過去形に変わってしまっていたのです。
「立木さん、か。あの子には、白羽さんっていう自分を変えてくれる存在がいたのね」
あの時は、背が高くてかっこいい先輩だな、という程度の認識だったのに、その日の帰りにいきなり、常葉さんが立木先輩について語ってびっくりしました。
そうして私は、一年生時の立木先輩のことを知り、その上で今の先輩のことも聞きました。
あの時はあまり気に留めることはありませんでしたが、事情を知ってから考えてみると、あの時の立木先輩は、どこか浮世離れした隠者のような……確かに常葉さんに似た、燃え尽きてしまった人のような雰囲気がありました。
ただ、立木先輩の場合は、それでも必死にもがこうとしている常葉さんに比べると、穏やかに佇み、自分というものを世界に溶け込ませていっているような……厭世的とはまた違う、無気力な生き方をしたいように思います。名前の通り、ひっそりと佇む木のような静かさ……という表現は、悪口になってしまうんでしょうか。
「あの子が部活をやめた……潰した時、割りと真剣にあたしは生徒会に入ってもらうことができれば、と思ったんだけど。だけど、その時にはもう、立木さんには戻るべき場所、会うべき人ができていた。当然だよね、今まで動いてなかった人が突然動くんだから、それなりの理由がある。彼女はもう、惰性で部活を続ける必要がなくなっていた」
「常葉さん。常葉さんは、惰性で生徒会長になったんですか?生徒会長って、選挙に立候補して、たとえ対立候補がいなくても、一定以上の票数を集めないとなれないものなんですよね。もしもその基準に満たない場合は、再度、生徒会役員の中で選び直すことになる……その場合の肩書きは生徒会長ではなく、生徒会長代理と呼ばれるようになるはずです。でも、常葉さんは純粋な生徒会長という役職にある。……自分から望んで、しかも選ばれたからこそ、会長なんですよね」
「あの時は、生徒会長になれば何か変わる気がした。何も変わらなくても、きっかけぐらいは見つかる気がしたの。……でも、二年から続いて二期目だけど、何かがわかった気はしない。偉ぶってみても、結局のところあたしの人気は、元女優というステータスによってのみ裏付けられている。もう今は、ただの人なのに」
常葉さんは、いつもこう言うのでした。
みんなの前で、生徒会長として立っている常葉さんは、作った口調で、作ったことを言って、楽しそうにしている。
そりゃあ、そうなんです。だって常葉さんは、容姿はもちろん、演技でも超一流と言われていた“天才子役”だったのですから。演じることに関しては、普通の高校生よりもずっと優れています。だから、誰も常葉さんがこんな、とことん後ろ向きで、覇気がなくて、一年の私に愚痴りまくっちゃうような人だとは知りません。
そんなに演技が上手くて、容姿もいいのなら、ずっと芸能界にいればいい。私たちは安易にそう考えてしまいます。
ですが、常葉さんはどこまで行っても子役でしなかったのだと言います。常葉さんの強みのひとつは、中学校に上がってからも見た目だけなら小学生並だということでした。とても小柄で、顔も声も幼く、いつまででも子役でやっていけます。この特徴で、多くの子役が脱落していく中学生の間を過ごすことができました。
更に世間での人気は上がっていき、誰もが知る子役になっていきました。一方で、常葉さんという「永遠の女の子」の存在は、他の子役の出番を食っていくことになります。年齢と共に演技力も上がっていき、経験があるのでバラエティーでのトークも評価されていきます。
芸能界は、売れた者勝ちの世界。コネでもなんでも利用してのし上がっていくもの。とはいえ、常葉さんはあまりにも目立ちすぎてしまっていたのだと、本人は語ります。
そして、中学三年生の頃。まるで成長が止まったかのように、いつまでも小さいままの常葉さんでしたが、思い出したように一気に成長が加速しました。
ひとつの理由は、かなり食事制限をしていたところにあると言います。小柄であることが持ち味なのだから、と身長があまり伸びないよう、カルシウムやタンパク質の摂取を制限して、炭水化物を優先的に摂って、それを仕事で消費していたのでしょう。
そんな遅れてきた成長期は、やはり身長はあまり伸ばしませんでしたが、常葉さんが“女性”であることを強く意識させる形で表れます。
――今の常葉さんと私の身長は、ほとんど変わりません。私の方がほんの少し高い程度です。ですが、常葉さんは私よりずっと体重があるのでした。
腕や足はすらっとしたものですよ。ですが、私と並んで横から見ると、常葉さんにはそれはそれは大きな盛り上がりが確認できます。私はほんのわずかな丘陵地帯が見える程度ですけどね。
今は夏服ですが、冬服の常葉さんの袖は明らかに長いといいます。わざとワンサイズ大きめにしないと、胸がきついからだそうです。
私のような貧乳女子を裏切るような、胸の急成長。元々、やや太りやすい体質だったとは言いますし、お母様もスタイルのいい方だと言います。いわば、そうなるのは運命のようなものでした。しかし、大きくなった胸ではもう、子どもの役は難しいのでした。
時澤常葉というキャラクターは、芸能界で結構な立ち位置を確立できていました。ところが、今まで来ていた仕事はできなくなり、年齢相応の役をやろうにも、今度は少し小柄過ぎる。また、女の子ではなく少女役という土俵では、より人気も演技力もあるライバルがたくさんいたのです。
結果、常葉さんの居場所はバラエティーだけになります。それも、今までは景気良く番組の最後に告知なんかをできていましたが、告知することがなくなり、賑やかしとしてそこにいるだけの存在になっていきました。
確かに華やかなんだけども、ただ花瓶に活けているだけの花では、業界で生き残れません。
徐々に、なんていう可愛いものではなく、一気に仕事は減って、もうどこにもいることはできなくなりました。元々、子役の「仕事荒らし」なんて揶揄されることもあったせいで、子役としての価値がなくなった瞬間、業界から追放されるような形に動いてしまったのだ、というのは決して常葉さんの被害妄想ではない気がします。
そんなことを経て、今の常葉さんは一般の女子高生として生きています。華やかだった日々を忘れられず、それでも、学校内でちやほやされる程度では、満足できるどころか虚無感を募らせるばっかり。
「常葉さん。『コバルトドールズ』のアズールブルー、はい!」
「えっ!?え、えっと、まったく短気ねぇ、カルシウム摂ってます?うん?」
「女王様っぽさが足りない、七十五点です。本当はこういう風に演じてください――」
常葉さんのお話はこれぐらいにして、私自身のことを語らせてもらいましょう。
私は、学校では地味な生徒です。ですが、学校以外では。より具体的にはインターネットの動画サイト上では、もしかすると時の常葉さんのファンの数以上のファンがいるのでした。……いえ、さすがにそれは言い過ぎでしょうか。
私は勉強もスポーツも、大して得意ではありません。日常生活でもドジで、要領が悪く、特技も魅力もありません。ただひとつだけ、私には武器がありました。
――私は、まるで動画を再生しているような正確さで、アズールブルーというアニメキャラクターの名言を演じ切りました。
声帯模写と、ナレーション技術。それが私の持っていた武器なのです。
私は新たにキャラクターを生み出すことはできません。不思議とそれは、絶対に無理なんです。その代わりに、芸能人でも、アニメキャラでも、少なくとも女性に関してはほぼ完璧に真似をすることができました。それから、地声そのままなので、ややナレーションとしては声が高すぎるのですが、すらすらと台本を読みこなし、一発録りでも使用に耐えうるナレーションができます。そのため、ネット経由で私に館内アナウンスや、CMのナレーションを依頼してくれる企業は多く、実はテレビを見ていても、たまに私の声が流れてくるのでした。
私は、アニメキャラの再現をしたり、著作権の切れた名作の朗読をしたり……そんな動画をたくさん作って、それでインターネット上での人気を得ています。顔は出しませんし、物真似かナレーションに徹するので、決して“私自身”というものは表に出てきません。
それでも、多くの人が私という存在を認識している。女優とは明らかに方向性が違いますが、私と常葉さんは光と影のように対照的なのでした。
「常葉さん。そんなのだと声優目指すの、難しいですよ。高校を出たら養成学校、行くんですよね」
「だ、だって、あんなにいきなり……!」
「声優には瞬発力も必要ですよ」
「でも、だからってあんな瞬間的に、不意打ちでは無理でしょ!そりゃ“小寺かこ”さんには、できるかもしれないけど!」
「こらこら、HNをぶっぱするのはやめてください。確かに私は、物真似メドレー五十連発とかいう、バカみたいな一発録りの動画とか作ってますけどね」
「……あれ、一発録りだったの?」
「動画説明文にちゃんと書いてましたよ。投稿者と視聴者の数少ないコミュニケーション手段なんですから、ちゃんと目を通してください」
「あんなの、ただのパフォーマンスだと思ってた……じゃあ、今ここで再現できるの?」
「ええ、やれますよ。えっと、まずはあのキャラからでしたよね――」
それから駅に着くまで、ひたすらにアニメキャラやらゲームキャラやらを物真似する私を見て、道行く人が何を思ったのかについては、考えますまい。ほとんど人通りはないですけどね、幸運にも。
「ふぅ……そんな訳で、常葉さん。声優を目指すのなら、私は全力で応援します。私は、ゼロから一を作る声の演技はできません。一を組み合わせて、何かを作るのを目指しています。物真似芸人さんも、そうですよね。物真似だからこそできるコラボや、面白さを目指しています。ですが、子役として活躍していた常葉さんならきっと、何かをゼロからでも作れます。ただし、容姿という武器は使えませんよ。声優も顔出しが普通になっているからこそ、可愛さだけではどうにもならないんです。可愛い見た目をしているなら、可愛い演技をしてください。常葉さんは、子役が長かったせいか、少し舌っ足らず過ぎます。それも武器ですが、滑舌よく演技をしないと、とんだ空耳量産声優になってしまいますよ」
「は、はいっ……!」
「それから、常葉さん」
「ま、まだ何かあるの?」
「楽しんで演じてくださいね。私も依頼が立て込んでいる時は、嬉しいことだと理解しながらも、面倒に感じることがあります。でも、だからこそ、とことん楽しむんです。声の演技は、喉やお腹だけでするものではありません。顔で、体全体で。そして、心でするものです。つまらないと思いながらしていると、つまらない演技になってしまいます」
「未来。でも、あたしにはまだ、未来のいるところまでは……」
「来れませんよね。だからこそ、必死に近づいてください。今はまだ、私が手を伸ばしても届きません。でも、もっと前に進んでくれれば、引っ張り上げることもできます」
だから、一緒にがんばりましょう、常葉さん。
私は、子役女優から一転、声優を目指す常葉さんを応援しています。
もしかするとそこは、女優よりもずっと厳しい世界なのかもしれない。きっと常葉さんは、子役をやっていた頃以上の挫折に苦しむことになる。
でも、私は最大の強みである容姿を捨て。だからこそ自由にできる声の世界での“女王”を目指す常葉さんを応援したいと思うのでした。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
今回から新しい視点で描いていきます
※原則として、毎週金曜日の21時以降に更新されます