No.931682

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第009話

こんにち"は"。
すっかり寒くなりましたね。皆さん風邪は引いておりませんか?私はつい先日風邪から復帰したばかりでございます。
今でこそ体調は万全でしたが、風邪の中で行なう仕事は、ホントに血反吐が出る思いでした。

さて今回も隴、夜桜、留梨の過去回でございます。

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2017-11-30 11:48:38 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1751   閲覧ユーザー数:1646

呂北伝~真紅の旗に集う者~ 第009話「憤り」

 「いやぁ、今日も大勝だったな。賊共のあの慌てふためく顔見たか?こちらが向こうの頭目の首を飛ばした瞬間、腰が抜けて座り込んでいたわ」

「それでも流石高順様だ。俺たちの体の半分はあるかの大斧を振り回す怪力男を一刀の下で切り伏せたのだから、流石としか言いようがない」

「ホントにな。あんな美しくて凛々しくて強いのに、何故あまり戦場に出てこられないんだ?」

「そりゃお前ぇ、街と軍の経理を担当してくれているからに決まっているんだろう。高順様が金の管理をしてくれているから、俺たちは安心して美味い飯が食え、矢・武器を使い、そして給料も貰えて満足いく仕事が出来るんだ。だからお前も矢を無駄遣いするなよ。一発入魂の気持ちで大事に使え。そうすることで、自らの武の技量と精度が上がるってもんだ」

近隣に出没した賊を討伐し、上機嫌で城の廊下を歩く兵士達は、ある部屋の前に立ち止まると、雑談を止めて背筋を伸ばし、部屋の扉を軽く二三度叩き、声が返ってきた時にその許可を得てその部屋に入っていく。

「失礼します。臧覇様、今回の戦の報告書です。お確かめ下さい」

三十中頃の兵士が、両手で二十前ぐらいの小娘に報告書である竹簡を渡す。郷里は「ご苦労様です」と言いながら片手でそれを受け取り、紐を解いて内容を確認する。普通男という物は年を重ねるにつれて頭が堅くなっていくのが普通である。ましてや十程年が離れた若者、しかもそれが異性となれば直のこと面白く無い筈だ。だがこの場にいる兵士からはそんな空気は伺えない。それはその様な拘りをも小さく思える程、郷里が優秀な上司であることの表れでもある。

「郝萌さん。この案件の処理は任せました。すぐに下書きを作成して愛華様に提出してください」

「わかt......承知しました」

一瞬「わかったアルネ」と口走りそうになった夜桜であったが、慌てて言い直す。

報告が終わると、兵士が下がり、入れ替わりで今度は隴と留梨が入ってくる。二人の表情は何処か渋く、留梨は自信なさげに背筋が曲がってしまっており、隴に至っては、目の下に黒いクマが出来てしまっている。

「臧覇さま、先日の街の警備の法案の修正を行なってまいりました」

そう答えたのは留梨であり、隴は元気なくただ礼に沿って会釈をしただけである。

郷里は留梨が手渡す竹簡を先程の兵士と同じように片手で受け取るが、しかし先程の兵士の時と態度が違い、奪い取る様に貰う。

雑に封を開き、軽く確認すると、次々に筆でレ点を付けていき、やり直しと言い突き返した。留梨と隴は訳が分からないといった表情をしているが、そんな二人に郷里は冷たく言い放つ。

「計算が間違っている。誤字がある。字が汚い。こんな報告書が本当に通ると思っているのですか?法案一つ通すのにも、民から頂いている血税を使用しているのですよ。すぐに修正して再提出してください。あと、まだ午後の仕事も残っていますから。早めに終わらせることを勧めますので......」

郷里は机に詰まれた竹簡の山を叩きながら二人にそう告げる。改めて丸められた竹簡を隴は受け取ると、机に詰まれた竹簡を見て思わずため息が出そうになるがそれを押し殺して黙って山積みの竹簡をそれぞれ抱えてそのまま部屋を後にする。彼女は二人の上司であり、またたとえ上司であろうとも、人として二人が反論出来るはずも無かった。抱えられた竹簡の何倍もの量の処理を郷里は行なっており、無論内容も今二人が抱えているものより遥かに重い案件なのだから、口答え出来るわけもない。

部屋を出ていった二人と夜桜を含む三人が一刀に召し抱えられ、郷里の下に送られてから2ヶ月の刻が経とうとしており、三人が行なっている仕事と言えば、毎日同じような内容ばかりである。

三人が行なった仕事の殆どが、事務仕事である。街郊外で起こった賊撃退時に使用した遠征費の管理、民からへの声明書の返答、各地域への税の徴収、兵糧の管理、兵士に払うべき給金の管理等々、挙げていけばキリがない。だが、これらの行なっていることの全てはあくまで下請けに過ぎない。最終的には、軍務・民権に関しては郷里に向かい、経理に関しては愛華が確認とることになっている。

つい最近まで、ただの少し腕が経つ村娘だったのだ。いきなり環境が変わり戸惑うことも三人も1ヶ月程で納得した。そしてさらに1ヶ月経ち、戸惑いの中から三人の中に不満が生まれてきた。

三人は一刀に兵士として雇われた筈である。しかし行なっていることは全て城の文官が行なう書類の下処理ばかりである。この2ヶ月間、一度も戦場に出ていないのだ。それどころか、慣れない環境と忙しさに感けてしまい、兵の鍛錬場にも顔を出せていないのだ。

三人はこの二ヶ月、口に出さないまでもずっと不満を抱えてきた。『自分達は”こんなこと”をするために忠誠を誓ったわけではない‼』その言葉を口に出せればどれ程楽であったであろうか。だが口に出さないでいたのは、ある事件を目撃したからであった。ある日武官志望の将がこの地にやってきた時のことである。その者の槍さばきは、それは卓越された物であり、村の防衛しかしたことのない素人の目から見ても、武将としての器を感じた。無論他方からの評価も高く、その者は雇用されたが、その者の送られた先は愛華の副官である李鄒(りしゅう)という文官の下であった。経理を担当する愛華の下で朝から晩まで計算づくめの生活が二ヶ月続き、ある日一刀の下に直訴に向かったところ、『不満があるのであれば去っていただいて結構』との一言で片づけられ、憤慨したその者はそのまま扶風を去っていった。武官試験にて見事な武演を見せたその者を止める声も少なからずあったものの、一刀としては『良かれと思い行なっている自らの考えを理解もせずに去る輩に、かける言葉もない』っと言葉を捨て、結局追わなかった。

三人は呂北としての一刀の魅力に惚れ込み、自らの命を預けることを決断したが、如何せんこのような状況は面白くなかった。

その夜。

「だりゃあああああっ‼」

そんな咆哮が聞こえてきたのは、城に備わっている訓練所から。コロシアムの様な円形の広場に加え、外円に客席が備わっている訓練場の中央にて、隴と夜桜は組手を行ない、留梨は少し離れている場所に待機している。たまたま今日の仕事を早く終わることが出来、久々集まった三人でこうして日頃体を動かせない鬱憤を晴らしている最中である。

正面から相手を喧嘩殺法でねじ伏せる隴は攻めあえいでいた。夜桜はあらゆる拳法を交えて、状況にあった戦いを繰り広げていく。時に虎の型で隴の全力を受け止めたと思えば、突然蛇の型で隙を突き、慣れてきたと思えば猿の型で縦横無尽に飛び回った。そんな攻防を繰り広げていくウチに、二人の拳が擦れてそのまま仲良くそれぞれにヒットし、仲良くノックアウトした。

留梨は傀儡を召還すると、それぞれに気絶しながら倒れた二人をひきずろうと背中に背負いだす。村にいるときもこうして二人を運んで介抱する行為は頻繁に行なってきたため慣れている。しかし今回に関しては少し状況が違っていた......。

朝になり、二人の目が覚めた時、身に覚えのない寝具の上で見た光景は、知らない部屋であった。

【ここは......何処じゃき......?】

まず隴が最初に目覚めた時に思ったことがその様な他愛もないことであり、続いて夜桜が目覚めて......。

【......重い......「......何ネ?この子」】

自分の腹の上で寝ていた犬の存在への小さな愚痴であった。二人の目覚めに毛並みの整ったこげ茶色の犬は「起きた?」っと言わんばかりに飛び降りて、交互に顔を見分けながら尻尾を振り、ハッハッと舌を出して息をする、所謂パンティングを行なう犬が二人を見上げていた。寝台から二人は体を起こし、犬に主人のありかを訪ねると、犬は振り返り尻尾を振りながら扉の方に向かい、向かっていく最中に部屋の扉が開かれる。

「......起きた......?」

どうやら犬からすれば部屋に誰かが来訪することを察知出来ていたようだ。部屋に入ってきたのは燃えるような赤い目をして、触角の様に伸びた二本の髪を立たせ、腰まで伸びた赤い髪を持つ少女であった。犬が少女に飛びつくと、少女は犬を抱えて寝台の二人に近づく。体の節々に傷当てを施されている辺り、治療を受けたことに気付いた隴は、寝台の上で正座を組んで、頭を下げた。

「状況を察するに、ワシと夜桜はおんしに介抱されたようじゃのう。かたじけんき。名乗るんが遅れよった。わしは侯成。こっちのアホ面は郝萌いうもんじゃ。よろしければ恩人であるおんしの名を聞かせ願いたい」

隣の夜桜に「誰がアホ面カ‼」っと文句を言われながらも、自らが話せる精一杯の敬語で話す隴に対し、少女は答えた。

「別に恋は何もしていない。セキトが助けたいと言ったから恋は連れてきただけ」

少女は自分の抱える犬を軽く揺らしてそう答える。どうやら犬の名前はセキトというようだ。

「......そうけ。そないでも頭の出来とイn「セキト」......失敬。セキトを育てんしたおんしの名前を是非聞きたいんじゃがよろしいけ?」

隴の言葉に少女が訂正を加えるも、セキトのことだけではなく、自らのことも褒められることに照れたのか、少しだけ顔を赤く火照らせて答える。

「ん。恋は呂氏」

「呂氏殿か。いい名じゃき。そいじゃあ改めて聞くんじゃが、ここは何処じゃき?ないでワシらはここに?」

「ん。セキトの後を付いていけば、お前たち、訓練場で倒れてた。留梨が世話していた。セキトを留梨が撫でた。セキトに言われた。お前たちを助けてと。だから恋が抱えてここに連れてきた」

留梨の真名が出た瞬間に、二人の顔が強張る。真名は神聖な物であり、許しを持たぬものがその個人を主張する名を呼ぶと首を刎ねられても文句は言えない習慣があるだけに、親友の神聖な物には慎重になるのだ。

「......呂氏さん?もしや呂氏さんは留梨と真名を交わしたアルネ?」

「......?ん。交わした。セキトが留梨に懐いた。だったら悪い人ではない。だから預けた」

「そうけ。そないでも、こないな懐きっぽいワン公じゃき、色んな奴と交換しまくることにならんけ?」

呂氏の腕より解放されたセキトは、今度は隴の下に近づき、隴はセキトの顎を掻いて友好を深めている。

「ん。セキトはあまり人に懐かない」

動物は人の本質を見抜くということなのであろうか。

「恋、いつになったら来るの?」

呂氏の真名を呼ぶ女性の声が扉越しに聞こえ、呂氏は二人に指を指して答える。

「......お姉ちゃん。お客さん......起きた」

「コラ。絶対言われるまで忘れてたでしょう?」

「......忘れてない」

呂氏は隴と夜桜の戯れに飽きて離れたセキトの抱き上げ、その体で顔を隠す。そして開けられた扉から入ってきた女性は、二人の想像の斜め上をいく人物であった。

肩まで伸びた黒髪に、女性としては長身の5尺6寸の身長で、調理をしていたのか、その姿は前掛けに、肘辺りまで腕まくりをしており、腕から見える美しくもしっかり鍛え上げられたその筋は、呂北軍に二人といない人物であった。実質、呂北軍で一刀に次ぐ権限を与えられている重臣、高順の姿である。

その姿を見るや否や、隴と夜桜の顔は青ざめ、寝具より飛び上がる様に床に片膝を付けて頭を下げた。ちなみに、余りに勢いよく膝を落とした影響で、二人の膝には現在激痛が走っているのは余談である。

「あらら、それだけ元気に起きれれば、怪我も大したことなさそうだわね。朝ごはん出来ているから、顔を洗って応接室に来なさい」

高順は呂氏を連れてそのまま去っていったが、二人は突然の出来事の後に、頭に上がった血が急速に落ちていくのを感じ、そして冷えた頭で最初に感じたことは、先ほど勢いよく落とした膝の痛みが再度ぶり返して来たことにより、その場で悶えてしまった。

そもそも二人が高順の前でこれだけ緊張するのにはとある事件がきっかけであり、これは留梨にも通じることがある。

遡ること一か月前、隴が税金の徴収にて領内を周っている時のこと、一刀に仕えて暫く経つというのに、三人が行なわされていることは下働きのようなことばかりであり、不満に感じていた。聞けば遂最近まで隴の下で槍を振るっていた兵士が、賊討伐の際、敵の頭の首を挙げて特別給金を貰ったという話も聞いた。別に給金が欲しいわけでは無かったが、そんなことより早く隴は戦場にて自らの腕を試したくて疼いていた。

そんなことを考えながら歩いていたせいか、彼女はうっかり帰り道で税金の徴収表を落としてしまったのだ。幸い、行なうべき対象の場所は全て終わっていたので、彼女は高を括って城に戻ったのだが、その行為が高順の沸点に触れたのだ。報告をしていた際、高順は使っていた硯を隴の蟀谷(こめかみ)に向かって投げつけ、勢い余って硯は割れ、蟀谷も割れて隴自身は墨と自分の血だらけになってしまった。

高順に命じられるままに、彼女は街に徴収票を探しに周り、文字通り血と汗を流しながらもどってきた際には、徴収票は血と汗、砂だらけになっていた。そこから簡潔な治療を施された後に、高順に徴収票の写し書きをさせられたのだ。回収してきたものは、血まみれであり、そんなものを城に保管できるはずも無かったからだ。

結局隴はその日一睡も出来ずに城に籠り完成させた。出ていった血の影響か、その作業をする際も何度か脳内の血の巡りが少なく、何度か気を失いかけたが、その度に「やらなければ今度こそホントに殺される」っと思いながらも、作業を完遂させたのだ。

この話を聞いた夜桜や留梨も、一夜にして変わり果てた友人の姿を見て、同じく高順を畏怖するようになった。

それでも三人は高順に対し畏敬の念を抱いていた。強者が集う呂北軍内でも高順の群を抜いており、しかし本人曰く戦場で槍を振るうよりも、机の上で銭の計算を行うことの方がはるかに楽とのことであるので、彼女が戦場に出ることに滅多にない。だがその”滅多な”機会を、三人は二度ほど目撃している。

それは高順が近隣の賊を蹂躙して城に戻ってきた時のことである。血生臭い兵士を引き連れ、返り血を体中に付けた高順が、二槍を手に先頭を闊歩する姿は、初めて一刀を見た時とはまた違った意味で畏怖する対象であり、また、そんな将が一刀の下にいること・味方であることが改めて頼もしく思えたのだ。

 二人は言われたとおりに井戸で顔を洗い、この家の侍女長と言われる者に応接室まで案内され、そこには既に席についていた高順と呂氏が待ってくれていた。10人は構えることの出来るであろう円卓上の机に、目一杯広がった朝食を目の前にして、呂氏は真夜中の猫の如く目を輝かせて凝視し、涎を垂らすことも我慢していた。

待たせたことの罪悪感と、高順に施されたことで隴と夜桜は慌てて席に着いた。そして皆で合掌をしてから、全員が食事に手を付け始めた。

最初に二人はこれほどの量の食事を高順が食すと潜入感に捕らわれたが、それは盛大破られた。彼女の隣の呂氏によって既に大皿が3枚平らげられてしまった。いったいその体の何処にそれだけの量が入っていくのか不思議に思いながらも、これらの多すぎる朝食の殆どが呂氏の為に用意された物と即座に理解した。実際、呂氏以外の三人の前には、適度な量の食事が用意されているのだから。

やがて高順と呂氏は食事を終え、隴と夜桜もたどたどしく食事を行ないつつも、全て食べきり、現在は侍女長が入れた食後の茶で一服をしている。

「どう?一刀に仕えて2ヶ月になると思うけど、暮らしは慣れた?仕事は順調?」

肘を机に落とし、組んだ手の上に顎を乗せながら、高順は二人に尋ねた。

隴と夜桜より5歳ほど年上の高順は、あたかも姉の様に問いかけ、仕事場での高順と今目の前にいる高順との違い、現代風に言うのであればギャップに戸惑いつつも、最初こそはヘタな敬語でたどたどしく話していたものの、いつしか彼女の話すリズムに流されていき、やがて砕けた話し方へと変わっていった。

そこで二人は、日頃の不満を高順に語っていた。何故武官として雇用されたにも関わらず、文官の様なことをさせられているのか。何故自分達は戦場どころか、警邏にすら出されないのか。何故毎日同じ様なことをさせられるのか。高順は一通り聞いた後、二人にある話をもちかけるのだが、それが後に留梨を含めた三人との関係を大きく変えてしまうことは、夢にも思わなかった。

 


 
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