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「そ、それは、えっと…………」
「ゆうのフルートを、聴いてもらいたいです。ゆうの家には練習用のお部屋があるので、そこで一人の演奏を」
「す、すごいね……そういうのあるんだ」
さすがはお嬢様。
というか、私は何を想像していたんだ……しかも、顔まで赤くして、危うく落とされかけてたぞ、私……。
「どうですか?両親はあまり家にいないので、ゆう一人じゃお構いできないと思いますが……」
「そんなの全然いいよ。うん、ぜひ行かせて」
「よかったです……!あの、それからこれはついでみたいな話なんですが、ゆうって……えっと、自分のことを、ゆうっていう名前で呼ぶのって、子どもっぽいからそろそろやめろって、親に言われているんですけど、ゆうってどう自分のことを呼べばいいと思いますか?」
「えっ……?そ、そんなの、普通に私とかでいいんじゃないの?」
「わたしっ…………。なんか、むずむずします」
「ええっ…………」
いきなり何を聞かれるかと思ったら、一人称をどうすればいいか?
私は、気がついたら。もう本当、小さい頃から、私という一人称を使っていたと思う。言葉を覚えたての頃は「ゆたか」とか「ゆーちゃん」なんて言っていた記憶はある。親もそう呼んでいた。でも、いつしか大人の女性はみんな、私って言うんだ、と思ってから、それに憧れて使い始めた……ような気がする。思えば私は昔から、お姫様に憧れる一方で、大人になろうと背伸びしていたんだろう。まあ、年齢一桁からすれば、絵本の中のお姫様も十分に大人だし。
…………年齢が二桁になってまもなく、すくすく育つとは想像もできていなかったけどさ……。
「わたし、あたし……おいどん、わい、われ、わし、わらわ……」
「ゆ、悠里さん!?なんか暴走してきてません!?」
申し訳ないながら、悠里みたいな子にそんな一人称は使ってもらいたくない!のじゃロリも嫌いじゃないけど、悠里は正統派でいてほしいんだ!
「……ね、僕、ってどうかな。ちょっとボーイッシュな感じだけど」
その一人称を使う友達が、一人いる。まあ、名前を伏せるまでもなく莉沙のことなんだけど。
莉沙は小学生時代から「僕」と言っていて、男女の性差がほとんどない頃は、本当に男の子同然だった。スカートも好きじゃなかったし。……そう、あの頃は私がフリフリのスカート大好きだったから、私と莉沙は全然方向性が違うはずだったのに、なぜかよく気が合った。そして、今となっては体型もファッションも似たようなものになっている。類は友を呼ぶ、なんて言いますけどねぇ。
……私と莉沙の共通点の話はともかく、悠里は見るからに女の子らしいけど、確かにちょっと、自分のこと私だとか呼ぶのは違う気がする。今までの名前呼びが一番はまっていたというのもあるけど、でも、あえてそれを変えるのなら……。
「ボク……ボク、ですか。それならいけそうかも……?こほん、ボクは白羽悠里です。よろしくお願いします。…………どうですか?」
「うん、いいと思う。なんとなくよく似合ってる」
なぜ、それがいいと思ったのかはわからない。でも、それがすごくはまっているように感じられた。
私のことは「ゆたか」で、自分のことは「ボク」。それが新しい悠里の呼び方だ。
なんでもない、ちょっと呼び方が変わった程度だけど、きっと本人にとっては大きな一歩だ。……私にとっても、また一つ、悠里との関係性が変わった。そんな確信がある。
「ゆたか、もう一枚プリクラ撮らせてもらってもいいですか?」
「うん、いいよ。次はポーズ付けた方がいいよね、何がいいかな?」
「それはボクにお任せください!ゆたかは普通に立っているだけでいいので」
「う、うん……?」
とりあえずお金を入れて、その場に待機する。すると。
「ゆたかっ、大好きですっ」
突然、悠里が私に抱きついてきていた。そこをちょうど、無慈悲にもシャッターが一枚の写真に収める。
「ゆっ、悠里っ!?」
「えへへっ……今日の記念に、撮っておきたくて」
この子はもう、いちいち行動が突飛で、読めないというか、やることなすこと、何もかもが可愛いっていうか。
「悠里。こういうことはちゃんと、相手の許可を取ってやりなさい。ここはプリクラの中だからいいけど、外でやったら結構なヤバめの映像なんだからね」
「はい、ごめんなさい。でもゆたかの体、すっごく柔らかくて、癖になりそうです」
「あ、あーたは抱きつき魔か!……まあ、時と場所と場合を考えてやるなら、ちょっとぐらいはいいけど」
……甘いなぁ、私。後、人に抱きつかれたのなんて初めてだけど、柔らかいっていう評価が嬉しかったっていうのもある。無駄に付いてたものが、やっと人を喜ばせられたんだな、とか。
「ゆたか、もう一枚いいですか?」
「いいけど、今度はキスとか言い出さないでおくれよ、マイスイートハニー」
先手を打つ。かつ、こっちから茶化しておく。
「そ、そんなつもりなかったですよ。ただ、手をつないだのがいいです」
「手?でも、プリクラじゃあんまり目立たなそうだね」
「こう……ハイタッチをする感じで、どうですか?」
そう言って悠里は手を上げる。な、なんかそれはそれで、アイドルデュオみたいで恥ずかしいな……。
「い、いいけど、こ、これそんなにいい?」
「ゆたかと触れ合ってるのがほしくて……さっきのはボクが一方的に触れただけですし。……あっ、ゆたかの手、おっきい……でも指は細くて、奇麗な手です」
「逆に悠里はすごくちっちゃいね。指も短くて、赤ちゃんの手みたい」
「あうぅ……そ、そんなに小さくないですよ」
でも、本当にこれでよくフルートを演奏できるな、と思うぐらい小さな手だ。相当長い時間、フルートを持っているはずなのに、ぷにぷにして柔らかい。針仕事を長時間しているせいで細長く、かつ表面が硬くなってきている私の指とは対照的だ。
結局、撮れたプリクラは悠里の方が赤面していて、私はむしろ冷静な表情のものだった。よし、一応、さっきの仕返しは成功。
「な、なんというか、プリクラって恐ろしい遊びですね……」
「悠里が恐ろしくしていったんだよ」
私は最後に思いっきり楽しませてもらったけど。
「こ、これはしばらくは封印しましょう……。それより、せっかくゲームセンターに来たので、ちょっとゲームで遊んでもいいですか?」
「うん、いいよ。時間はまだまだたっぷりあるからね」
「ありがとうございます。でも、いつまでもゆたかにお金を払ってもらう訳にはいかないので……あっ、両替機がありますね。一万円札は入るんでしょうか?」
「入るよ。確か、全部千円とかじゃなくて、五千円と千円札四枚と、百円十枚になるはずだけど」
「そ、そんなハイテクなことができるんですか!?」
悠里さんや。あなたはいつの時代からタイムスリップしてこられたんですか。
いやまあ、私も初めてこういうのを見た時は驚いた。でも、なるほどこれは便利な両替の仕方で、個人的に五千円が残るのがすごくすごくありがたい。
……お金は小さくするほど早くなくなっていく。一万円より五千円、五千円より千円が使いやすい……一枚の一万円と十枚の千円、どちらが先になくなるのかは考えるまでもない。五千円なら千円よりもずっと使うのがためらわれるから、結構長持ちしてくれる。ドール用品を買うとすぐに消滅するけども。
「わっ、本当にそうなりました!お札だけだと思っていたら、小銭を忘れそうですね!」
「逆のパターンだけはないようにね……九千円置いていくのは悲しすぎる……」
あんまり人気のないゲーセンだから、店員さんに回収される線もなくはないだろうけど……ほら、子どもって、自動販売機のお釣りのところとか、やたらとパカパカしない?あれを大人が両替機でやってるとは考えたくないけど、まあ、見つかれば回収されますわな。「バカなやつだぜ」だとか言って。
「そういえば、細かいのができたのでお返しします!」
「ああ、さっきの二百円?いいよ、そのお金でゲームして」
「でも、ボクたちもう、先輩と後輩じゃなくて、対等な友達なんですよね?だったら、やっぱりお金のことはちゃんとしておきたいです」
…………やれやれ、そう来ましたか。
それにしても、意外とシビアな感覚をしていると思ったのは、失礼な考えだろうか。悠里がここまできっぱりと譲らないなんて。
「じゃあ、私と一緒に遊べるゲームをその二百円でするっていうのは?それなら、私のために使ってくれたことになるし、返すのと一緒のことでしょ」
「それでいいんですか?ゆたかがいいなら、ボクもいいですけど」
「うん、それで十分だよ。一度、二人でやってみたかったんだよね」
莉沙とはゲーセンとか絶対に行かないし、第二手芸部の男子とは本当にドールだけでのつながりだったから、実はちょっと夢みたいな感じだった。
とはいえ、悠里はゲームなんてやったことも、下手すると見たこともないだろうし、腕前には期待しない方がいい。なら、レースや格闘、シューティングは却下。対戦というよりは協力系がいい。そうなると、ゲームは必然的に……。
「『養育クイズ エンジェルメーカー』……これでどう?」
「クイズゲーム、ですか?」
「うん。二人は子どもの両親になって、子どもを育てるっていう名目でクイズに答えていくんだよ。正解数や正解した問題の傾向によって子どもの性格も変わっていって、どんな子どもに育つかはあなた次第――みたいな感じ」
「面白そうなゲームですね。やってみたいです!」
と、ここまで言っておいてからしまった、と気付いた。
悠里は常識にも欠けているんだ。ニュースを見ていてくれれば、時事問題や社会系の問題には答えられるかもしれないけど、雑学系やサブカル系はほとんど私しか答えられない。そして、私の知るそういった知識も、かなり偏っている……これは、最後まで子どもを育て上げられるか不安だ。
でも、ゲームは何もクリアすることだけが楽しみじゃないだろう。途中で挫折しても、過程を楽しめればそれでいい。
「じゃっ、始めようか」
コインを投入して、二人並んで椅子に座る。
「あっ、並び的にボクが父親でゆたかが母親なんですね」
「逆の方がよかったね……。まあ、何か違いがある訳じゃないしいっか。一応、正解数や答えるまでにかかった時間が記録されるみたい。後、ライフは三個あるけど、区切りのいいところで回復するし、増やすミニゲームもあったはず……」
子どもは女の子にして、まずは名前を決める。ここから一応、四択のクイズのような感じだ。
「名前はの候補は……はるみ、なつこ、あきほ、ゆき……ですか」
「なんか時代錯誤な感じだなぁ……現代のゲームのはずなのに」
「ボクはゆきがいいです。実際に子どもに名前を付けるとしたら、そうしそうなぐらい」
「この中では一番マシと思うから、私もそれでいいと思うけど……悠里、自分の子どもにゆきって付けるの?」
「はい!ボク、悠里っていう自分の名前を気に入ってますし、雪は好きなので」
「ゆうりとゆき、ね……。うん……姫芽よりはいいセンスだ……」
昔の自分の黒歴史と比較して落ち込むな、私。というか、今も私は姫芽の名前には誇りを持ってるぞ、うん。
ともかく、ゲーム本編が始まる。当然ながらこういったゲームは、先に進むほど問題も難しくなってくる。逆に言えば序盤の問題は楽勝な訳で、本当になんでもない一般常識や、小学生レベルの教養問題が続く。
「フレミングの左手の法則は電・磁・力。親指が力だから人差し指は磁界の方向ね」
「わっ……!また正解です。ゆたかってものすごく勉強ができるんですね……!」
「これ、中学理科だけどね……悠里はやっぱりこういうの苦手?」
「一ミリもわかりません!!」
「いや、どや顔で言われましても」
段々とレベルが上がってはきたけども、ここまで悠里は一問たりと正解していない。いや、私が先に答えてしまうから、ゆっくり時間をかければわかったのかもしれないけど、制限時間もあるのだし悠長にはしていられない。というか、そうか……悠里は見ての通りおっとりしてるし、早押しクイズは苦手分野だろう。
だけど、だからといって悠里がつまらなそうにしているかと言えば、そうではなく、私が次々と答えていくのを見て、感心しながら楽しそうにしている。
ただ、懸念があるとすれば……私があまりにも見境なく問題に正解していっているせいで、娘の成長傾向は“体育会系”と“オタク”の間を行ったり来たりしていた。いや、ジョックとナードの間を行き来するって、どんな子なんだ。
「あっ、娘をどんな高校に進学させるかって。体育会系、音楽系、底辺ってあるけど……文化系って音楽一択なんだ。これにする?」
「はい!やっぱり私も娘には音楽をやってもらいたいです」
「この子、体育会系かオタク系かで悩んでる感じるだけどね……」
受験先を決めると、入試という名目のクイズが始まる。音楽系の学校だから、必然的に出題傾向もそうなってくる。
「くの字はクレッシェンドですね。その記号だと、演奏順はA、B、C、A、B、D、Eですね。ホルストの惑星、第三曲は水星ですね。……あっ、もう合格ノルマは達成しましたけど、残りも答えていいですよね。フルートは木管楽器です。よりにもよって、ボクにフルートのことを聞いてくるとは……」
「そういえばずっと疑問だったんだけど、フルートって普通、金属製だよね。それでも木管楽器なんだ」
さすがに悠里が無双してすぐに合格ノルマを達成できた。私でも答えられる問題ではあったけど、さすがに答えるスピードが速い。速すぎる。
「えっと、ですね。木管と金管の違いというのは、演奏に唇の振動を用いるかに拠ります。なので、フルートなどは息を吹き込むだけで演奏するので、金属製でも木管楽器になります。逆に唇を振動させるなら、プラスチック製のブブゼラなどでも金管楽器になりますね」
「へぇ……ありがとう、ずっと疑問だったんだ」
「音楽をやらない人には、よくわかりませんよね。ボクの家には、フルート以外にもたくさん楽器がありますから、ついでに見ていきますか?ボクの専門はコンサート・フルートですが、ソプラノ・フルートやピッコロも持っていますし、演奏できます。後、模索している時にはクラリネットも結構な数を試しましたね。金管はあまり好きではなかったですが、トランペットは今も持っていますよ。木管に慣れていると少し吹きづらく感じますが、でもたまに思い切り吹くと楽しいものです。それから、たまにオカリナも吹きます。フルートの指の間隔にはもう慣れていますが、たまにオカリナを持つとちょうど手に収まる感じがして安心できますね」
「ふふっ、その辺りも全部、見せてもらって、聴かせてもらおうかな。悠里一人の大演奏会だね」
「はいっ、ぜひ聴いてください……!!」
饒舌に語る悠里が可愛くて、微笑ましくて、思わずゲームのことも忘れてその顔をじっと見つめてしまっていた。
結果、何問か時間切れで失敗してしまったけど、すぐに取り返していく。結果、娘は見事に音楽大好きなオタクっ子に育ち、私たちの元を巣立っていった。
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