No.92926

ミラーズウィザーズ第三章「二人の記憶、二人の願い」14

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第三章の14

2009-09-01 23:05:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:440   閲覧ユーザー数:409

「えぇ、私もそれなりに年を取りましたから。あなたはいつまでも変わらない。ほんとうに、そっくりなエディと比べてまだ若く見えるほど」

〔あれより子供に見えよるかっ! はぁ、我はもう少し大人のつもりじゃったが〕

「大差はないですよ。ほんとによく似ている。まるで双子にも」

〔あやつはのう。我を自分自身(ドッペルゲンガー)とぬかしおった……〕

「ほぅ。自分自身(ドッペルゲンガー)ですか。見れば死んでしまう、もう一人の自分ですな」

 ユーシーズは深く頷く。

〔言えて妙じゃ。我はエディを殺しとうない。しかし何かあれば殺してしまうやもしれぬ。我の所為で死んでしまうかもしれぬ……〕

 その不安にまみれた口調はまるでエディ・カプリコットのようだった。あの自分に自信のない少女と全く同じように弱々しい。幽体の魔女の言葉に、男は何も返さなかった。

 何かを思い直したのか、表情を改めてユーシーズが男を顧みた。

〔そう、今回の件じゃったな。細事は主に任せる。我が投影体で地上をふらついた所で情勢はかわらんじゃろ。エディの奴は自分が結界を壊したと思い込んでいるようじゃが、そんなヤワな結界ではなかろうに。あやつは壊さずに結界をすり抜けよった。器用な奴じゃ〕

「まさか、あんなことが出来るとは私も思っていませんでした。あのときエディが見ていたのには気付いていましたが、ぬかりました。私の失態です」

 と、男が肩をすくめる。白髪に染まった容姿からすれば若々しい仕草だった。

〔主も感づいてはおったのじゃろ、エディが力を増しているのを。だから山里に封印するより、その力の制御を覚えさせる術を学ばす為に学園においた。なんとうるわしい孫への情愛じゃ〕

「ほっほっほ。さて、身内に甘いのは誰に似たんですかねぇ」

 男が聡明な顔を崩してにやけてみせたので、ユーシーズが口元を歪めた。

 幽体の魔女に皮肉が伝わったのに満足してか、年老いた男は大きな息を吸い、顔を引き締めた。

「念の為、警護結界は強化しています。しかし大元の封印は私たちには手出しが出来ませんので」

 それは通告というより事実の確認であった。この初老の男、バストロ魔法学校の最高責任者たる学園長が言うのだ。それは学園としての意思といえる。

〔わかっておる。我の封印じゃ、わかっておる……〕

 ユーシーズは口惜しい呟き。夜空の風のような物寂しさ。中世の魔女と魔法学園の学園長が醸し出す空気は、張りつめた緊張ではなく、哀愁にまみれたものだった。

 その胸苦しさに絶えきれなかったのか、主も早う寝よ、と言葉を残してユーシーズの幽体は大気に解け霧散してしまう。

 残された学園長は一人、窓から夜空を見上げる。その姿はユーシーズ・ファルキンが月を見上げるのとよく似ていた。

「さて、ブリテンがどう動くか。どちらにせよ。私も覚悟を決めませんとな」

 その呟きは誰も聞いていない。単なる独り言。

 しかし、それは現状のバストロ魔法学園の命運を祈る言葉のようだった。学園長である彼は、人事を尽くして天命を待つしかないのである。

 

   *

「ねぇ聞いた? カレーの話」

「ブリテン軍が動いたってアレでしょ? モンサンミシェルでも斥候が墜とされたんだって」

「うそ~」

「マジだって。遂に始まったんだよ、戦争が」

 そんな会話が、学園内そこかしこを席巻していた。

 正式な報道はない。しかし、まことしやかに語られる噂は、もう学園生徒で知らぬ者はいない。その噂を裏付けるかのように、学園講師は慌ただしく何かに追われていた。それでも通常の講義を中止しないのは、戦時に突入するという如何ともしがたい状況へのせめてもの反抗にも思えた。

 生徒会長であるクランも事態に追われ、情報収集に駆け回っていた。

「全く、何なんですか! どいつもこいつも誰から聞いたか覚えてないとか、みんなが言っているとか!」

 良家の出で、いつもなら才女たる振る舞いを心掛けるクラン・ラシン・ファシードは、苛立たしい足音を鳴らす。それに付き従う会長補佐のユキヤ・ハルナも、畏まった面持ちで、早足で追いかけていた。

「会長。仕方がないですよ。噂は噂でしかないんですから」

「仕方がないでは済まないから、こうして私たちが出所を調べていたというのに!」

「しかしですねぇ」

「ユキヤ、あなたも言い訳がましいですわ。目星がついているのに確証が得られないなんて、こんなにくやしいことはありません!」

 誰に対する不満でもない。ただ八方塞がりの現状に、怒りを露(あら)わにするのがやっとという体たらくが余計に彼女を苛立たせているのだ。

 クランは長く続く廊下の途中で無造作に止まると、躊躇いなく、そして乱暴に扉を開けた。

 そこは普段から講義が行われている講堂が一つ。今も講義の真っ最中で、中で講師の話に聞き入っていた生徒達は、何事かと目を丸くした。


 
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