「……明日未明より観測可能、ねぇ」
新聞の隅に書かれた大規模の流星群の来訪を伝えるニュース。
しかもイレギュラーなものとあって、にわか天体ファンが増えている、という事も書かれてあった。
天体観測にあまり興味のないグライダ・バンビールはその新聞を無造作に放り投げた。
「おねーサマ。お星さま見たくないの?」
十歳くらいにしか見えない双子の妹・セリファが、彼女の服の裾をくいくい引っ張っている。
その様子を見た同居人のコーランは、
「天体観測ねぇ。その昔はあらゆる事を星から教えてもらっていたものだけど……」
コーランの言う通り、星の動きは暦や天候はもちろんの事、占いにまで使っていたのだ。まさに国の運命をも星の動きを見て決めていたといっても過言ではない。だからこそ星占いが発達していったのだ。
「そうした星の動きに関心がないって言うのは、時代だけじゃなくて『世界』的なものもあるのかしら?」
そう言うコーランはこの世界の住人ではない。異世界とされる「魔界」の住人である。
魔界といっても悪魔の住む世界という訳ではない(遙か昔はそうだったらしいが)。現在では能力の減退や混血も進み、こちらの人間より能力の平均値が高い「外国人」でしかない。
「おねーサマ。テレビでもやってるよ」
セリファがつけたテレビでは、どこかの資料映像らしい流星群のアップが写し出されていた。こうしてよく見てみると、長く尾を引く様が非常に美しい。
ところが。
何の前触れもなしにいきなりノイズと共に画面が切り替わり、代わって画面に映し出されたのは、白装束の妙な風体の人物のアップだった。
『この星は狙われている!』
そんな人物から、いきなり物騒な言葉が飛び出した。
世界で最も不可思議な港町として名高いこのシャーケン。
ここにも、朝はきちんとやってくる。
同時に、面倒な騒動までやってくる。
平穏な日は、一日としてなかった。
この広い町のどこかで、必ず誰かがはた迷惑な騒動を引き起こし、巻き込まれるのだ。
だからこそ、ここへ来れば――どんな職種であれ――仕事にあぶれることはない、とまで云われている。
『あの星こそ、人々に災いをもたらす凶星。目にした者に災厄を……』
映像がノイズと共に切り替わった。テレビが「大変失礼致しました」という紋切り型の謝罪文を述べる中、バーナム・ガラモンドは、
「まさか、じじぃの戯言が、ホントになるとはなぁ」
懐に入れたままの手紙を再び取り出す。
そこには、一言だけこう書かれていた。
<木神麒麟 来タル>
四霊獣の拳は、四つの方角と地・水・火・風の四大精霊を司る霊獣の力を借りる、一言で言うなら「魔法のような拳法」である。
地と北を司る
水と東を司る
火と南を司る
風と西を司る
以上の四柱の神を力を使うのだが、それ以外の霊獣の力を借りた技も存在はする。
その一つがこの<木神麒麟>なのである。
バーナムは木神の存在は知っていても、その力を使った技がどんなものかという事までは知らない。
「じじぃ」と呼んだ、彼の師匠なら知っているだろうが、手紙には技の事については何一つ触れていないのだ。
もちろんこうしてわざわざ手紙を送ってきたのだ。何か重大な事があるのではないかとは思うのだが。
「……けどまぁ。来るから何だってんだ?」
という彼の反応は、当然といえば当然だろう。ただ「来る」というだけでは驚きも喜びもできまい。
「クーパーなら、何か知ってねぇかな」
そう思ったバーナムが向かっているのは海に面した高台に立つ小さな教会。そこにクーパーことオニックス・クーパーブラック神父がいるのだ。
若いが年齢不詳の彼は知恵袋で通っているだけあり、妙な事には妙に詳しい。その知恵を頼っての事である。
「おーい、クーパー。いるかぁ?」
入口ではなく窓の方を大きく開け、部屋の中に声をかける。
あいにく部屋の中には誰もいなかった。だが人の気配、それも間違いなく彼の気配はするので、窓からひょいと入り込む。
窓の縁に腰をかけた状態で靴を脱いでいると、後ろから声がした。
「……いつもの事なんですけど、どうして窓から入ってくるんですか?」
少々呆れ気味の声は、部屋の主クーパーのものだ。バーナムが首だけ後ろを振り向くと、手には匂いの強いお茶の入ったカップを持って立つ彼の姿が。
バーナムは靴を脱ぐとそれを持ったまま部屋の中に着地する。
「いやな。じじぃが『木神麒麟 来タル』なんて手紙をよこしたんだけどよ。肝心のそいつの事、何か知らねぇかって思ってな」
バーナムの問いに、さすがにクーパーも困った顔になり、
「それなら、自分のお師匠様に聞いた方が早いのでは?」
「けど手紙じゃ時間かかるし、電話は使い方分からねぇし。第一番号覚えてねぇ」
バーナムの機械オンチぶりはクーパーも知っているのでそれ以上の言及はしない。
話している内容ほど困った様子を見せない彼に向かって、クーパーは続けた。
「そういうセリフが出るという事は、番号を控えてもいなさそうですしね」
彼の言葉をあっさり肯定したバーナムは、
「だから聞きにきたんだろ? ホントに何も知らねぇのか?」
クーパーは少し考えるそぶりを見せると、
「ボクも詳しい訳じゃありませんが」
クーパーは手にしたままのお茶を一口飲むと、話を始めた。
木神、というのは分からないが、麒麟という霊獣の事ならさすがに知っていた。
毛を持つ獣を従える王の事であり、頭は狼、躯は鹿で足は馬。尻尾が牛のような姿。角はあるがそれで害を与える事はなく、歩く時に生き物を決して踏み殺す事がないと伝えられる霊獣だ。
鳴き声は音階と一致するとか、歩いた跡は正確な円を描くという話も伝わっている。
ちなみに「麒麟」という名は正確ではなく、雄の個体を「麒」。雌の個体を「麟」と呼ぶのが正しい。双方を合わせた総称は伝わっていないそうだ。
バーナムは、珍しく茶々を入れずにうんうんとうなづきながら聞いていたが、
「……で。どんな技なんだよ。木神の技って」
丁寧な話だったにもかかわらず、彼の関心事はそれだけだったようである。これにはさすがのクーパーも困り果て、
「……ボクがバーナム以上に四霊獣の拳の事を知っている筈がないでしょう」
「それもそうか」
だが――そんな風には見えないが――一番困っているのはバーナムである。
「けどよ。クーパーでも分からねぇとなると……シャドウやコーランも無理かな」
「無理だと思いますよ。霊獣麒麟の事を解説して終わりでしょう」
男二人はやれやれと溜め息をついた。
その二人の話題に出たシャドウは、シャーケンの町の中でもかなり高い部類に入るビルの屋上に立っていた。
忍者を思わせる黒いメタリックな全身。マスクのような顔には、何の感情も浮かんでいない。
それもその筈。彼はロボットなのである。
そんな彼は、まだ明るいうちからじっと空を見上げている。搭載された全センサーが、真昼の空を隅々まで、そして裏の裏まで見抜こうと激しく動いている。
「……矢張りな。通常の流星群と異なるとは思って居たが」
太陽の方が遙かに明るいので肉眼では見えないが、シャドウのカメラアイは今テレビで話題になっている「流星群」をはっきりと捕えていた。
シャドウのメモリーにあるさまざまな流星のコースのデータによると、この時期にこの星に近づく流星は一つもない筈なのだ。
マスコミは「イレギュラーな物」で済ませているが、何かあってからでは遅い、と活動を始めている者も少なくない。
さきほどいきなり電波ジャックをして『この星は狙われている!』という発言をしたのも、そういった者の一人だろう。
狙われている、というのはかなりオーバーだと思うが、警戒するに越した事はあるまい、と彼自身も観察を続けていた。
万一この星をかすめ、最悪直撃するような流星だった場合、さすがに呑気に構えている訳にはいかないからだ。
だが、シャドウが捕えている「流星群」の正体は、上半身が二人、下半身が一人という、奇妙な人型生物にしか見えなかった。
「上半身が二人に下半身が一人、ですか」
シャドウからの電話を受けたクーパーは、自分の記憶の中を色々探してはみたものの、思い当たるような事は見つけられなかった。
「
漏れ聞こえる声にバーナムが反応する
流星群の中に見えた、イコール、空を飛んでいるという解釈は奇妙だが、そう考えても無理はないだろう。
上半身が二人で下半身が一人。バーナムは少ない知恵をしぼって想像してみるが、どうにもイメージが沸かないようだ。
「クーパー。神だの妖怪だの……でもいねぇのか、そういう奴?」
彼の知識をあてにしてバーナムが再度尋ねる。クーパーはシャドウからの電話を切ると、
「単に、首が二つあるとか、腕が二本以上ある、というのであれば、いくらでも心当たりはあるのですが……」
一行の知恵袋で通っているクーパーも心底困ったように考え込んでいる。
確かに彼の言う通り、古くから信仰を集めた神の中にはそういう描写で描かれる神も多い。多くの頭で考え、多くの目で物を見、多くの手で人々を救うとさられているためだ。
また片腕がないとか片目がないという、ある種の欠損を持つ神もまた多い。勇気を示した証だったり、力を得る代償だったりと、その神らしい逸話も伝わっている。
だが、この結合双生児のような外見を持つ神など、彼の知識にもない。クーパーは手近のメモ用紙に丸と棒で落書きのような人を書きつつ考えていた。
だが、知恵袋で通っているのは伊達ではなかった。ついに一つの心当たりに突き当たったのだ。
「……もしかしたら。あれならそう見えなくもないでしょうね」
「な、何だよそれ」
だらけていたバーナムが急に起き上がって詰め寄ってくる。クーパーはその勢いに驚いたものの、話を始めた。
「人界東方に伝わる神様に『ソノ』と『オニビ』というのがいるんですが……」
そこでクーパーはバーナムを見つめる。
「確か、バーナムの故郷も人界東方の筈ですが、聞いた事ありませんか?」
「知らねぇ」
間髪入れず返してきた返事に、クーパーは「やはり」と言いたげにがっくりとうなだれると、
「ソノとオニビというのは、二人で一組の神なんですよ。男神であるソノには右脚が。女神であるオニビには左脚がないので、互いが互いを補うために、いつも肩を組んでいると言われているんです」
「それなら『上半身二人に下半身一人』に見えなくもないって訳か?」
その様子を苦労して想像してみたバーナムは、ようやく納得したようにうんうんうなづく。
「このソノとオニビという神は、秩序をかき回す事を楽しむ、いわゆるトリックスターと言われています。でも、神話に登場する回数は、トリックスターの割には少ない方ですね」
物語を引っ掻き回す役回りであれば、程度はともかく頻繁に出るのが普通だ。少なくとも他の神話では。
バーナムも「ふーん」と相槌を打つと、
「じゃあよ。その流星群にいるのがそいつらとしたら、何でじじぃは『木神麒麟』が来るなんて手紙をよこしやがったんだ?」
「ソノとオニビが『木神麒麟』なのではないですか?」
ソノとオニビの接近の前に届いた手紙なのだ。その考えに行き着くのは決して突拍子もない事ではあるまい。
だがバーナムは思ったよりも冷静で、
「神だろうが何だろうが、勝手に引っ掻き回されるのはゴメンだな」
不適な笑みと共にそう呟いた時だった。
『シャーケンの町の皆さん、逃げて下さい!』
つけっぱなしだったテレビからいきなり聞こえた大声に、バーナムはコケそうになる。
「何だぁ、いったい!?」
バーナムが怒鳴りながらテレビ画面を見ると、さきほど「この星は狙われている!」と怒鳴った白装束の男が映っていた。
その男が警備員に引っ立てられながらもスタジオから追い出される光景がテレビに映る。
それでもその男は「気をつけるんだ! 間に合わなくなる前に!」と叫んでいた。
「……バーナム。これは只事ではないかもしれませんよ」
テレビ画面を睨むように見つめていたクーパーが、厳しい調子で呟いた。
その日の夜。セリファとコーランが教会に来ていた。新聞に載っていた流星群を見るためだ。一応グライダもついてきている。
彼の教会は小高い丘の上に建っているので、こうした観測にはもってこいなのだ。
クーパーは倉庫の奥から引っ張り出してきたような、型の古い天体望遠鏡の調整をしている。コーランはその様子を眺めながら、
「新聞の時間から考えると、もう少しで見えるでしょうね」
その言葉に胸踊らせているのはセリファだ。
だがクーパーの邪魔してはいけないと、姉のグライダのぬいぐるみを抱えておとなしく待っている。
「新聞のしゃしんみたいに見えるかな?」
「其の望遠鏡の拡大率を考慮すれば、後二十メートル程高さが欲しいが。見えない事は無かろう」
周囲を観察していたシャドウがセリファに告げる。彼女もシャドウの「正確さ」は知っているので素直に黙る。
「ね、ねぇ。ホントに見る気なの? 少し寒いんだけど?」
グライダが不満そうに訴える。さして興味もないのに無理矢理連れて来られたようなものだ。本当ならすぐにでも帰りたいのだろう。
「風向きが変わったな。防寒対策はしておく方が良いだろう」
シャドウがそう言うものの、そういった準備は何もしていない。その事を訴えようとした時だった。
急にシャドウが棒立ちになり、何か小声で言っている。不思議そうな皆の視線を集めたシャドウは、
「バーナム。ソラーナからの情報だ。『龍王の月故に、鹿は龍の元へ向かう。気をつけろ』との事だ」
ソラーナとは、前の任務でシャドウが知り合った、ノスフェラトゥと呼ばれる吸血鬼の一派の少女だ。
あらゆる情報に長けており、今は地下に潜っているものの、時折こうしてシャドウに接触してくる。
だがその内容は直接的で分かりやすい言い回しをせず、嫌味のようにわざと遠回しで分かりづらい言い方をするので、役に立つとは言いがたかったが。
バーナムはソラーナと直接の面識はなかったが、話だけは聞いている。やはりストレートな物言いでないだけに少しムッとした顔である。
「ったく、じじぃといいそいつといい、どうしてこういう連中はストレートに言いやがらねぇんだよ」
バーナムが愚痴を言っているその後ろでは、クーパーとセリファのほのぼのとした会話が聞こえてくる。
「クーパー。このお星さまは?」
「それは犬座の星ですね。本当はもう少し明るい星なんですが」
「じゃあ、こっちの大きいのは?」
「それが常に北を指すという北極星ですよ」
「ふーん。……あれ?」
セリファの口調がいきなり変わった。どうしたんだと皆の視線が向く中、
「りゅう星がなくなっちゃった」
その言葉にぽかんとする一同。シャドウも自身のセンサーで空を観察する。
「確かに。あれ程の流星群が影も形も見えなくなるとは」
人間であったなら驚きで声が震えているだろうシャドウの声。微かに合成音が震えているようにも感じる。
それと同時に、バーナムが感じた気配があった。大きなものを無理矢理小さくまとめたような、圧縮された気配、と言えばいいか。
そしてその気配が、自分達の真上に。
『なぜ、人ごときから龍の力を感じるのだ』
『なぜ、龍の力を人間から感じるのだ』
声のした方向を見上げると、さすがの一行も唖然としてしまった。
ぱっと見た感じでは、肩を組んでいる二人の男女にしか見えない。
しかも下半身は獣の毛に覆われているばかりか、その脚は明らかに馬の物だ。
そして、男の方は右脚がなく、女の方は左脚がない。
「ソノとオニビ……」
昼間、クーパーがバーナムに説明した神。ソノとオニビ。それに間違いなかった。
「ソノとオニビ……」
そんなクーパーの呟きが聞こえていたらしく、男――ソノの方が、
『その名は遙か昔に捨て去った』
続いて女――オニビの方が、
『遙か昔に捨て去った名前です』
「……なに二人して同じ事グジャグジャしゃべってんだ!」
少し間延びしたしゃべり方をする二人に向かって怒鳴るバーナム。その声で、まるで初めて気がついたかのように視線をずらすと、
『お前から龍の力を感じるのはなぜだ』
『なぜ龍の力をあなたから感じるのか』
「…………いい加減にしやがれっ!」
気の短いバーナムの限界が来たようだ。彼はソノとオニビに向かって高々とジャンプ。しかも回転まで加えて蹴りかかったのだ。
しかし当たる直前に二人はパッと分かれた。
『今のは四霊獣龍の拳・
『四霊獣龍の拳・龍昇ですか』
飛び上がりながら回転し、蹴りを放つ技をあっさりとかわした二人は、バーナムの真後ろで再び肩を組む。
『我は
ソノの方が力強く名乗る。
『
オニビの方が胸を張って名乗る。
クーパーの読み通り、ソノとオニビが四霊獣の拳に伝わる『木神麒麟』だったのだ。
わざわざ木神麒王・麟王と分けて呼んだり木神麒麟とまとめた呼び方もあるのは、常に二体で行動する神だからか。
『四霊獣龍の拳を使う人間か』
『お前は四霊獣龍の拳を使うか』
二人は相変わらず間延びした調子である。
『龍の拳の使い手だからとて』
『龍の力を感じる理由にはならぬ』
ようやく二人で異なる事を口にする。
だが、着地したバーナムの機嫌が良くなった訳ではない。
「ぐだぐだ言ってんじゃねぇ!! 何しに来やがった!!」
二人は、まるで「そうだった」と我に返ったように優雅な動作で膝を打つと、
『我がここへ来たのは龍を起こすため』
『龍を起こすのが我らの目的』
再び二人で同じ事を言うと、
『お前、なぜ龍の力を持つ?』
今度は二人の声が綺麗に揃った。
「……んなモン知るか! とっとと探しに行っちまえ!」
再び空中に飛び上がろうとしたバーナムを、クーパーが止めに入った。
「バーナム、待って下さい」
それから彼は上空の二人に向かって、
「麒王。麟王。龍を求める理由を、お教え戴きたい」
上空の二人は、いきなり尋ねてきた彼を一瞥すると、別になんて事はないといった風情のまま、
『水神・龍王を眠りより覚ますため』
『永き眠りの水神・龍王を呼び覚ますため』
一拍ほど間が開き、二人の声が揃った。
『その力で増えすぎた人間を間引くため』
さらりと言った言葉に、この場の全員の表情が凍りつく。
「ま、間引くって、つまり殺すって事!?」
今まで会話に参加していなかったグライダが叫ぶ。内容が内容だけに当然か。
「やだやだ。セリファそんなのやだぁっ!」
セリファも恐がってグライダにしがみつく。
「遙か昔、神が洪水を起こして愚かな人間を滅ぼそうとした、という伝書は残ってますが……」
クーパーもバイブルの内容を思い出す。
「けど、その時には善良な一人の人間に洪水の事を話し、助言までして助けてる筈だけど……」
コーランの呟きに、シャドウが続けた。
「だが、どう見ても其の『助言』をしに来た様には見えぬな」
シャドウのカメラアイが鋭く麒王・麟王を睨みつける。
『皆殺しではない。あくまで調整のみ』
『調和を考えた、適切な数にするのみ』
殺気立つ一同を意に介した様子もなく二人は答える。
「答えは一つ。俺がてめぇをぶっ倒す!」
最後にバーナムがギロリと睨みつけた。
「まさかとは思うがよ、神だから何をしても許されるって思ってんじゃねぇだろうな?」
両手の指をポキポキと鳴らしながら、
「あいにく俺は権力かざして見下ろされるのが嫌いなんだよ!」
バーナムは再びジャンプした。だが、それにしては速度が速すぎる。まるでミサイルのように一直線に飛び上がったのだ。
『四霊獣鳳の拳・
『今度は四霊獣鳳の拳・鳳翔ですか』
しかし、これも当たる直前にパッと分かれてかわしてしまう。
だがこれはジャンプではなく空を飛ぶための技。すぐさまUターンして戻ってくる。
そしてそれは、分かれた二人が再び合体するタイミングとピッタリ合致した。
『しまった!』
二人がそれに気づいた直後、バーナムの抜き手――四霊獣鳳の拳・
だが神というのは名前だけではない。その一撃でバーナムの右手の骨が一部砕けてしまったのだ。
元々人外の者を相手に戦うために編み出された技とはいえ、使うのが人間では限界があるという事なのか。はたまた神には通用しないという事なのか。
(気の集中が足りなかったか……)
右手の痛みをこらえてどうにか着地できたバーナム。
一方麒王・麟王の方は、麒王が麟王を気遣うようにゆっくりと着地すると、
『気が変わった。間引く人間にお前を加える事に決めた』
麒王のみが殺気を込めてそう言うと、二人の姿が微妙にぼやけ始めた。身体の輪郭が歪み、二人の身体が一つに溶け合っていくかのような。
その工程が一瞬で行なわれると、今まで麒王・麟王の二人がいた所に、一匹の巨大な獣が誕生していた。
頭は一角獣のような長い角を持つ狼。身体は鹿だがその足は馬。さらに牛の尻尾を生やした四つ足の獣。
その姿は、日中クーパーが話していた「霊獣麒麟」そのものだった。
「合体した霊獣が『木神麒麟』という事だった訳ですね」
今にも襲いかからんとしている麒麟を見たクーパーが呟く。
「角はあるがそれで害を与える事はない」と伝えられているのだが、今は殺すと宣言したためだろう。触れただけで穴が開きそうなほど鋭く尖っている。
「本性現わしやがったか……」
バーナムは痛む右手をあえて強く振って痛みを紛らわす。手の骨が一部砕けてしまっているが、彼の四霊獣龍の拳は足技が多いので、攻撃力が極端に下がった訳ではない。
それから彼は他の皆をチラリと見ると、
「ここは俺がやる。他の奴らじゃ『気』の防御はできねぇだろうしな」
あえて皆より一歩前に出る。
それは捨て鉢になった賭けではない。皆を守る献身の気持ちでもない。
敵に対して決して背を向けない。その強い闘志の現れである。
だが、突いたり斬ったりする四霊獣の拳の技の中でも強い部類に入る鳳挌がほとんど効かなかったのだ。あとは自身の得意な龍の拳で力押しするしか手はない。
しかし。正真正銘の神相手に、それがどこまで通じるものか。
『間引く前に、言いたい事があるなら聞いてやろう』
霊獣麒麟が仰々しい声で告げた。死刑を宣告されたようなピンとした空気の中、バーナムは更に数歩前に出た。
「間引くって言ったけどな。誰が決めたんだ。神か? 神なら人間に何してもいいってか? そもそも何で間引くんだよ。欠陥品だからか? だとしたら神ってのはとんでもないぐうたらか無能らしいな」
神を信じる神父のクーパーがいるにもかかわらず、神を馬鹿にしたこの言葉。しかしクーパーは何も言わず彼の言葉を聞いている。
「壊れてたら直しゃいいだろ。それとも何か? 直せねぇ程壊れちまってるのか? もしかして、直せねぇ程不器用なのか、神ってのはよ?」
もはや挑発の域を通り越しているバーナムの言葉。だが彼の言葉は止まらない。
「そもそも欠陥品を長々とほったらかすなよ。そんな事もできねぇバカに俺が殺せる訳ねぇだろ」
バーナムは砕けたままの右手を握り締め、
「この地上にいる以上、ここで最強の存在・龍に勝てるヤツなんざいねぇ筈だろ?」
その不適な笑みは自信の表れかハッタリか。
それは分からないが、霊獣麒麟を怒らせるにはお釣りが来るくらい充分すぎた。
『もう良い。決定はくつがえらん』
霊獣麒麟の角がキラリと光る。それを見てもバーナムは動きもしない。
他のメンバーもそこから動けない。自分が動いてどうなる。状況を変える事も変わる事もない。それほどの差は理解している。
何より、バーナムの前に出る事はバーナム自身が許しはしまい。身を挺して彼を守っても、ぶつけられるのは文句だけ。それが分かっているからだ。
『では、お前を間引こう』
次の瞬間を、何と言えばいいのか。
姿が消えた。それでは正確さを欠くが、違えどもそうとしか表現ができなかった。
霊獣麒麟が言い終わったと同時に、その巨体がバーナムに密着するほど接近していた。
角を、彼の心臓の真上に正確に突き立てて。
その場の全員がそれを視認できなかった。優れたセンサーを持つシャドウですら、時間を止めて迫ったとしか感知できない速度であった。
だが、霊獣麒麟は彼ら以上に驚いていた。
『な、なぜその身体を貫けない!』
初めて聞いた愕然とした驚きの声。事実その長い角はバーナムの身体に食い込みはしても貫いてはいないのだ。
「……捕まえたぜ」
バーナムの腕がゆっくりと動き、両手がその角を鷲掴みにする。それから握り潰さんばかりに力一杯握り締めると、
「我! 今、水神・龍王に願い奉る! 我が声を聞き届け、我と共に戦わん事を!」
『まさか……!!』
霊獣麒麟もようやく気づいた。
己の角を止めたのは、自身が求めていた龍王の力そのものと言える「龍の水晶玉」。
バーナムの身体に心臓はない。その代わりを果たすのがこの「龍の水晶玉」なのだ。
バーナムの肉体が周囲の、そして霊獣麒麟の「気」を猛烈な勢いで吸収しだした。同時に彼の全身に無気味な文様が鮮やかに浮かび上がる。
クーパー達はその文様が、彼の何かの封印である事を以前聞いていた。
「バーナム、止めなさい!」
クーパーが止めようとするが、まるで見えない壁のようなオーラを発する彼に近づけないでいる。
その輝くオーラの中で彼の筋肉が盛り上がり、小柄な身体が一回り大きくなる。
全身にびっしりと青い鱗が生え、両手両足の爪が鋭く尖る。
勢い良く尻尾が伸び、その背には巨大な翼が生え、大きく広がる。
その姿は、人の身体に龍の頭を持つ亜人であった。
この姿は以前一度だけ見た事があった。同時にその恐るべき「力」も。
『ぐっ、これは……』
離れようとした麒麟だが、それはできなかった。龍人のすさまじいまでの握力が角を離さないのだ。
そのため動こうとしている麒麟と、それを押し止めている龍人の力が拮抗してしまい、どちらも動けないのだ。
『……いい加減にしろ、この野郎』
龍人が口を開く。その声は低くなっているがバーナムの声に似ていた。
『この地上に実体化している以上、たとえ神でもその力はかなり落ちる。そんな事も忘れて突っ込んでくるから、神ってヤツはバカだってんだよ』
人の住むこの人界では、異界から来た存在はその法則に縛られる。それは神といえども例外ではない。
物理法則はもちろん、姿形は人界の生物(もしくはその合成体)と同じ姿にしかなれず、持っている能力や魔法の力も人界で発動しても支障のないレベルにまで落ちる。
その結果、異界に住む者は人界の中ではその能力の10%も使う事ができない上に、その肉体も人界の物質ゆえに強度も遥かにもろくなる。
では人界の者が異界へ行けば無敵かというとそうではない。異界では肉体面での力より精神面での力の方を重んじる方が多いので、肉体的な能力が災いして精神を鍛える事が困難な人界の者は、むしろ弱くなるケースがほとんどなのだ。
一方バーナムが変化している龍はまぎれもなく人界の生物。人界では神や精霊のようにその力が抑制される事はない。
それに加えて生まれながらに神に近しい力=精神力を持っているので、異界に行ったとしても他の生物ほど遅れをとる事はない。
だからこそ、龍は「地上最強の生物」の二つ名を欲しいままにしているのだ。
「どっちが有利なの?」
グライダの口からポツリと漏れた言葉に、クーパーが静かに反応する。
「ボクにも判りません。麒麟は人界に実体化しているので、本来の力の十分の一もふるえていないでしょう」
あれで十分の一もないのか。目を見開くグライダが無言でそう語っていた。
「でも、バーナムの方も龍人になったとはいえ、その力を万全にふるっているようには見えません。せいぜい一、二割といったところでしょうね」
能力を押さえつけられた者と、能力を引き出し切れていない者。確かにどちらが有利かを述べる事はできないだろう。
しかし、それでも状況が動く事はある。
その龍の力を持ったバーナムが、両手にさらに力を込めたのだ。するとバキンと鈍い音がして、たやすく麒麟の角が折れてしまった。
驚く麒麟が逃げる前に、龍人は再びその角の根を無造作に掴むと、振り回すように高々と持ち上げたのだ。
『グギャアァアアアァァァッ!!』
ものすごい揺れと地響きと共に麒麟の身体は叩きつけられた。
全身の肉という肉、骨という骨がたった一撃で激しく軋み、大ダメージを受けたのを自覚できる。
おそらく生まれて初めて味わう、全身を駆ける「瀕死の」痛み。全身から噴き出す己の血。
神とて不死身の存在ではない。人の目から見たら気の遠くなる年数だが寿命もある。霊獣麒麟――木神麒麟とて例外ではない。
互いに万全でないとはいえ、神をたったの一撃でここまで追いつめる「龍」の力。
これはもう恐怖としか形容できない。
この場の全員がその様子に「恐怖」していた時、麒麟の前にいきなり現われた人間の姿があった。それは、さきほどのテレビで「この星は狙われている」と警告した白装束の男だった。
「龍王よ。霊獣麒麟を殺される訳にいかぬのでな。もらい受ける」
一言だけそう言うと、現われた時以上に唐突にその姿が消えた。もちろん麒麟も。
それからたっぷり一分ほどは経ったろうか。
龍人が元のバーナムの姿に戻っていく。それと同時にバーナムはその場にバタリと倒れてしまった。
皆が彼を気遣って駆け寄る中、クーパーだけは白装束の男が消えた現場を睨みつけていた。
ここではないどこか。何も見えない空間に、男と麒麟はいた。
男は瀕死の麒麟の身体に何かの液体を振りかけた。すると、たちまちその身体は癒えていった。
『……助かった、と言っておこうか』
麒麟のその口調は明らかに不機嫌極まりないものだった。
『……お前も人が悪いな。あの人間が「龍の水晶玉」を持つ者とは。そうと知っていれば芝居も加減もしなかったのだが』
「水神龍王は神だからな。同じ神である木神麒麟でなければ、戦いになるまい」
男は麒麟をなだめるようにそう言うと、
「もっとも、あの男……バーナムといったか。彼がいなかったとしても、たぶん結果は木神麒麟の負けだろうな」
男はそこで意味ありげに言葉を切った。無論文句を言う麒麟に向かって、
「古代武神・
岩蔭の技。クーパーの使う剣の流派「石井岩蔭流」の事だ。
だが、あの場で戦っていないクーパーの事を、なぜ男は知っているのか。
「それに、炎の魔剣と光の聖剣の使い手もいた。26枚の占い札を実体化させる者。一人なのに五人分の気配と魔力を持つ魔族。古代に作られた魔法の機械人形。これらと事を構えれば、確実に木神麒麟の負けだろう」
麒麟は何か言いたそうに、しかしかなり渋い顔で男の言葉を聞いていた。
『だが、彼らの力が必要になるのは、ずいぶん先の事だ。それまでに彼らの命が尽きていない事を祈ろうか』
「……そうだな」
男は静かに呟いた。
「テストだぁぁ!?」
苦労して調べて連絡をつけて、ようやくやってきたバーナムの師匠・イボテ。
彼に木神麒麟が来た理由を問うと、あっさりと「テストだ」と答えたものだから、彼には堪らない。
「いかにも。木神麒麟の技を使える人間か否か、のな」
「だから、その技ってのは何なんだよ。そいつを最初に教えろよ、ったく」
バーナムはブツブツ文句を言っている。その口調はとても師匠相手とは思えないほど横柄なものだが、イボテは気にした様子もなく、
「それを言ってはテストにならんだろう。だがこうしてお前が生きているという事は、技を授かったという事だ」
イボテはそう言うと、ずいぶん古めかしい本をパラパラと注意深くめくっていた。
「……して、なぜ戦いになったのだ?」
「は?」
「この本によると、その者が必ず戦いを挑むであろう理由をつけるそうじゃ。どんな理由だった?」
あの時の木神麒麟の「人間を間引く」は完全にお芝居だったという訳だ。そう言えばバーナムは戦いを挑むであろうと踏んで。
気づかなかったとはいえまんまと乗せられた気がして、バーナムは不機嫌そうに黙った。だが沈黙に耐えられなくなったのか、
「で、じじぃ。俺にどんな技をくれたのか、分からねぇか?」
「木神麒麟の技は
「はぁ!? 移動だけかよ?」
どんな技かと期待してみたら、移動の技とは。バーナムが気落ちするのも無理はない。
「技とは攻撃に使うものばかりではないぞ」
快活に笑うイボテに聞こえないよう、バーナムは一人ごちた。
「ったく、使えねぇ技よこしやがって」
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「剣と魔法と科学と神秘」が混在する世界。そんな世界にいる通常の人間には対処しきれない様々な存在──猛獣・魔獣・妖魔などと闘う為に作られた秘密部隊「Baskerville FAN-TAIL」。そんな秘密部隊に所属する6人の闘いと日常とドタバタを描いたお気楽ノリの物語。