ファルブラント級巡洋戦艦『リヴァイアス』は特に妨害を受けることなく、A班の実習先である“黒銀の鋼都”ルーレに到着した。尚、A班の案内役としてシャロンが同行している。
~鋼都ルーレ~
まるでガレリア要塞を彷彿とさせるかのような通路を降り、ようやく市街地にたどり着くと……そこは今まで見てきた都市とは異なる光景が目の前に広がっていた。
「これは……」
「はは、やっぱり非常識だよなここは」
建築可能なスペースに可能な限り工業区画を組み込もうと合理的な建築をしていった結果、上層と下層の二段構造になっている。しかもその道自体もかなり複雑で現在もその拡張などでコロコロ道が変わる有様だ。地元の人ですら道に迷うことすらあるという。
「ふふ、お嬢様もよく迷ってましたね」
「それは昔の話じゃない! ……い、今は、たまにだけど……」
「帝都は広いですがまだ解りやすいですからね。流石にここまでだと迷っても致し方ないかと」
「ステラ、それフォローになってない気がする」
ともあれ、特別実習の課題関連を受け取るためにまずはRF社本社ビルへ向かうこととなった。
~RF社本社ビル 23F~
本社ビルの23F、シャロンの案内で通された部屋はかなりの広さを誇る。その奥にある執務机で、忙しそうに仕事をこなしていたのはこのグループのトップであり、アリサの実の母親であり……トールズ士官学院の常任理事の一人でもあるイリーナ・ラインフォルトその人であった。
「会長失礼します。Ⅶ組の皆様をお連れになりました」
「ええ、通してちょうだい」
「―――失礼します」
リィンらが姿を見せると、忙しそうにしていた手をいったん止めて立ち上がり、A班の面々の前に立った。その様子に難しい表情を浮かべているのは他でもないアリサなのだが。見るからに机の上にはかなりの量の書類が積まれているのも事実。グループ自体が巨大なために、その業務量も膨大となるのは想像に難くない。
「ずいぶんと余裕そうね。見るからにかなり仕事があるように見えるんだけれど?」
「あれは急ぎの決済ではないもの。それに、夫や彼女のおかげでそこまで忙しくはないわ……さて、課題の話に入りましょうか」
そう言ってイリーナはリィンに課題の封筒を渡す。いつものお約束といったところだろう。
「今日は急ぎの要件もないし、久々にそろっての食事としましょうか。……そういえば、アスベル君」
「え? 何か問題でもありましたか?」
「いえ、大したことではないのだけれど娘が粗相をやらかしてないか気になったものだから」
「あーもう、お母様に関係ないでしょ! ほら、課題も受け取ったしとっとと行くわよ!!」
「って、アリサ! 引っ張らなくても自分で歩け」
アリサの怒涛の勢いで無理やり会話が中断され、アリサと引っ張られるアスベルを先頭にして、お辞儀をして会長室を後にしたA班の面々。そうして会長室に残ったイリーナとシャロン……静かになったところでイリーナは珍しく溜息を吐いた。
「はぁ、娘のあの性格はいったい誰に似たんだか」
「ふふ、必要とあらば鏡ぐらいご用意いたしますが?」
「結構よ。……そんなわけだから、夕食の準備はお願いできるかしら?」
「それは勿論、腕によりをかけて準備いたしますわ。……お昼は栄養バーだけだなんて許しませんよ」
「更に手強くなったわね、シャロン」
人前ではなかなか見せることのないイリーナの困った表情にシャロンは笑みを零した。口ではそう言いつつも心配性なところは似た者親子―――『蛙の子は蛙』とはよく言ったものだ。無論、アリサがそのことを知る由もないのだが。
~鋼都ルーレ RF社本社ビル前~
「ははは、なんだなんだ、お前ら付き合ってたのかよ」
「クロウに知られると茶化されるの目に見えてたんで言わなかっただけだよ」
「くそう、なんで俺と声が似てるのにしれっと彼女持ちになってるんだよ! いっそのことゼリカに寝取られて爆発しろ!」
「いや、私そんな趣味ありませんから」
「しれっと同級生ディスはやめたほうがいいかと……」
アスベルとアリサの関係が知られたことで叫ぶクロウに呆れ返る面々。ともあれ、特別実習の課題も受け取ったので早速見てみることとなった。
「希少金属の調達に通信テスト、手配魔獣の三つか。まぁ、これなら日を跨がずクリアはできるが…レーグニッツ知事のように絶妙なバランスを狙ってるな」
「ああ、確かに……」
ともあれ、各々の任務をこなすための準備と、依頼人から話を聞いたうえで早速こなしていくこととなった。とはいえ、別に謎解きをするわけでもなかったので依頼自体は割と早めに片付いた。移動とかの関係で三つの任務が終わったころには夕方になっていたのだが。
「課題も無事クリアしましたね」
「ああ、後は戻るだけ……」
「とはいかないような雰囲気だな」
「みてぇだな」
「えっ……」
ひとまず近くにあったエレベーターで下層に降りると、その騒ぎの中心となっているのは鉄道憲兵隊とノルティア領邦軍。領邦軍は装甲車まで持ち出して一触即発の状態……と、ここでクレア・リーヴェルト大尉とルーファス・アルバレアが姿を見せた。ここからでは互いに交わしている内容までは事細かく聞き取れないが……話は済んだのか、互いに引き上げていく光景を目の当たりにした。と、ここでルーファスがリィンらA班に気付いて近づき声をかけた。
「フフ、奇遇だな……ああ、そう畏まることはない。父の代理で侯爵閣下と話をしたのは事実だからね」
「いろいろ話されたみたいですね」
「難しい時期だからね。この三日間、おとなしく『特別実習』に徹するといいだろう。私としても学院祭の出し物は見たいからね」
要するに『余計なことはするな』と釘を刺しに来たのだろう。先ほどの一件と言い、貴族派でもかなりの発言力を持っている事実に揺らぎはない。彼もまた貴族側の人間。リィンらはそう疑っていないだろう。だが、この中で一人だけ異なる考え方で彼を見ていた人物がいる……アスベルだ。
(常任理事としては真っ当な言い方なのだろう。貴族としても、彼の行動理論に一応筋は通っている。だが、どこか“噛み合っていない”)
市民への被害を一切出さずに場を治めたことは、平民をあずかる立場ならば当然とも言えるべきこと。所謂“貴族の義務”に他ならない。だが、対立している立場ならば尚のこと自らの移動手段自体明かそうともしないはず。その辺は彼の人徳によってカバーされていることも事実だ。
実を言うと、<帝国解放戦線>絡みで調べ上げた内容の中に、不可解な点があった。今まで『かの人物』に敵対した者らはほぼ例外なく秘密裏に“隠蔽”されていた。だが、一件だけ隠蔽というよりも『なかったこと』にされていた案件があった。それが、<帝国解放戦線>のとある人物にも繋がっていることに気付いた。
(まだ確証はないが、もしあの人物が関わっているのだとすれば……)
「アスベル?」
「ん? ああ、済まない。ちょっと考え事しててな……このまま本社のほうに戻るのか?」
「ええ。って、そういえばアスベルは初めてじゃないものね」
「それってどういう……」
「うちの24Fと25Fはペントハウスになっていてね。みんなにはそこに泊まってもらう形になるわ」
「なら、アスベルさんとアリサさんの邪魔にならないよう割り振りを決めますか」
「って、セリカは何を言ってるのよ! 一蓮托生ということで強制同室よ」
元々部屋も大きいので、泊まる人数は問題ない……ということで、部屋の割り振りはリィン・クロウ・エリオット、フィーとステラ、そしてアリサの部屋に
「……どうしてこうなった。というか、そういう関係とはいえ男女の学生が同室というのは……いや、何でもなかった」
「経験あるんですか?」
「初めての実習先で全員同室だったのよ。というか、寝間着姿で恥ずかしがるのも大概よね」
「じろじろ見るのも失礼かなっと思うんだよ。それが例え親しい人物でも」
「そういう律義さは変わりませんね。にしては、レイアの色仕掛けにもサラッと対応してますが」
「あれを一般的な女性と見たら負けのような気がしてな。惚れてパートナーの一人にしたことは否定しないが」
「「あー……」」
アスベルとアリサ、そしてセリカの三人となった。ルドガーも大概だとは思うが、アスベルにしてもアルテリアの重要人物の身内、裏の職場で同等の立場にいる女性、大陸に名を轟かせる猟兵団の娘、帝国最大手の工業メーカーの一人娘、それに帝国最強の剣士の娘という有様だ。これでもう一人増えそうなのが確定しているだけにため息が出そうな有様。これで女運などないとか言ったら間違いなく刺されそうな勢いなだけに。
「まぁ、それはともかく、この後は夕食かな?」
「そうね。サクヤさんもいるし大丈夫だとは思うけれど」
「アリサさん、何か懸念事項でも?」
「あ、うん。夕方の一件でちょっと聞いてみようかなって……」
「流石に全部は教えてくれないだろうけれど……こっちでも伝手があるから、それとなく聞いてはみるから無理にとは言わない。何より、せっかくの夕食が不味くなるからな」
先ほどの双方の争いに関しても間接的にラインフォルトが関わっているのは間違いないだろう。
「アスベル……」
「それもそうですね。そういえば、あのサクヤって人は」
「ああ、あの人ね」
シャロンが第三管理人で不在の今、このペントハウスの家事などを一手に引き受けてくれているのがサクヤと名乗ったメイド。正直このペントハウスの管理だけでも相当の労力なのだが、それをケロッとこなすほどのバイタリティは備えているとシャロンが自負するほどだ。
「本来、記憶が戻らないのはよろしくないんだけれどね……シャロンがどうしても、と言っていたし」
それはそれとして、アスベルはアリサに隠していたことがあった。実は彼女の父親が生存していることにアスベルが深く関係しているのだ。とはいっても、意図的に助けたわけではなく<身喰らう蛇>絡みで帝国内を探索していた時に偶然助けたのだ。それがアリサの父親であるフランツ・ラインフォルトだということに気付いたのは後だったが。フランツ本人もそれを察してかアリサには『女神様の加護があってね。何とかなったよ』と言っていたぐらいとのこと。まぁ、その時点で既に星杯騎士団に所属していたので、遠巻きに言えば間違ってはいないと思う。
ともあれ、アリサの両親であるフランツやイリーナにシャロン、そしてA班の面々と夕食になったのだが、
「…………」
「完全にヤケ食いだね」
「おいおい、衣装のこともあるんだから程々にしとけよ」
「うぐ、そのこともあったわね……」
「ハハ、不機嫌になるとヤケ食いする性格は誰かさんに似てるよ」
「ええ、ホントね。そこに姿見があるんだし、確認してきたら?」
「いやー、一本取られたね」
不機嫌のあまりヤケ食いするアリサが窘められる光景を微笑ましく見つめるフランツとイリーナ。こうして見ていると普通のおしどり夫婦に見えてくる。
「何というか、以前お会いした時と印象が違うといいますか……」
「あの時は場所が場所だったわけだし、誰かが見ているかわからないもの。こういう時ぐらいはリラックスしたくなるものよ」
「そうだね。……その様子だと、夕方の小競り合いを目撃したようだね」
「……ええ」
アリサがこの様子ならば流石に何かあったと勘付いてもおかしくはないが、ここまでとはと感じつつもリィンが頷いた。それを見たフランツが言葉をつづけた。
「正直な話、君たちを巻き込みたくはない……それは、アリサも同じだよ」
「そんな……」
「本当に関わる覚悟があるのならば、改めて話を聞きに来なさい。さて、アスベル君」
「(あ、これ本気逸らしてくパターンだ)えと、もしかして午前中聞きそびれたことですか?」
「それはアリサが答えを示してくれたから大丈夫よ。結婚は二年後以降を目途にってことでいいかしら?」
「母様!?」
「えと、理由をお伺いしても?」
地味に時間を空けてくるあたり、今後起きうる内戦のことも視野に入れたことなのだろうが、それを抜きにしても二年という時間は少し疑問に思ったので尋ねてみた。
「簡単なことよ。技術者としても勿論だけれど、嫁として恥ずかしくないようシャロンに叩き込んでもらうための時間がほしいのよ」
「何しれっと本気で話を進めてるのよ!! 大体、アスベルの立場上いろいろ難しいのは承知してるでしょ!?」
「だからこそかな。アスベル君には申し訳ない気持ちになるけど」
「………まぁ、前向きに善処は致します」
この二人はうすうす勘付いている。この先のことも考えれば突破口となるのはアスベルとアリサの関係となることも。それをわかっているからこそ、今応えられる範囲内での回答はそれしかなかった。まぁ、後でクロウには散々からかわれたので関節技かけて周囲が冷や汗を流すこととなった。
情報を知る程度に閃Ⅲ関連は見ているのですが、第一章であの人物とか、第二章でぶっ壊れとか、いろんな意味でフルスロットルしてると言う他なかったです。
なお、この小説一応Ⅲまでのプロットが繋がるように設定していますが、いろいろな要素の関連でⅢ編ではぶっ飛んだことになりそうです。……まぁ、とっととⅠ編と断章編とⅡ編終わらせないといけないですがw
なので、若干スピードアップはしていきたいです。
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第104話 黒銀の鋼都