No.924673

はじめてのお泊まり

製作中に素敵なカノサガ本に出会い、急遽三角関係っぽい作品に変更。初なロスサガに対し、大人のカノサガシーンをもっと長くしたかったです。

2017-10-02 17:14:28 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2040   閲覧ユーザー数:2019

「………さん、……おーい兄さん。聞こえてますか?」

 

「……ん…?…なんだ?」

 

アイオリアが声をかけている事にようやく気づいたアイオロスは、自身に似合わない間の抜けた返事をしながら弟の方を見た。

 

「そろそろ行かないと。いくら足が早くても、この時間はまずいでしょう。」

 

時計を見て愕然としたアイオロスは、食器が大きな音を立てるのも構わず乱暴に立ち上がり、洗面所に飛び込んだ。朝風呂の後、髪もろくに拭かないで頭にかぶっていただけのタオルを洗濯かごに投げ込み、そこでも大きな音を立てながら身支度をしている。

 

「アイオリア、お前はいいのか?!」

 

「私は今日休みだって言ったでしょう。気の毒ですが、実家から教皇の間はけっこう時間かかりますよ。全段上がるんですから。」

 

「そうなんだよ、ついその事を忘れちゃうんだ。じゃあ、行ってくる!!」

 

「兄さん、聖衣!!」

 

「おお、そうだ。大事なものを……ありがとうアイオリア!」

 

パンドラボックスを背負い、扉を壊しそうな勢いで出て行ったが、すぐにまたひょこりと顔が現れた。

 

「……アイオリア、今夜私は人馬宮に泊まる!」

 

「はい??」

 

「そういうことだ!!……じゃあな!!!」

 

マグカップを持ったまま目を丸くしているアイオリアをよそに、アイオロスは聖域に向かって全速力で走っていってしまった。

 

 

13年ぶりに見るギリシャの蒼い海。肌をすり抜けていく懐かしい風に、思わず瞼を閉じる。女神のご慈悲により今は27歳の身体となったが、記憶は14歳の時のままだ。失われた時を取り戻そうと、アイオロスは再び女神のために、聖域のために尽くす日々を送っている。聖戦は終結し、今後200年近く平和な日々が続くだろう。他の者も蘇生し、過去の多くのわだかまりも今は消えて、次の代に意志をつなぐための準備に入ろうとしていた。

 

アイオロスとサガの過去については、聖域の者たちは、最下位の雑兵にいたるまで皆知っている。そのため、復活後、二人の関係がどうなるのか最も心配されていた。しかし、アイオロスがサガに理解を示し、また聖戦時のサガの働きも高く評価されたので、今や二人は黄金聖闘士の強力な2トップとして戦士たちの中核を成している。また、13年間秘匿されていたカノンの存在も明らかとなり、黄金聖闘士はさらにその強力さを増して、白銀や青銅も含めると、女神の聖域は過去に類を見ない頑強な砦となっていた。

 

復活の握手を交わし、アイオロスとサガは良き友人として新しい日々を過ごしていた。悪霊の憑依も冥界の呪縛もない今のサガは、眉をひそめたり怪訝な顔もしなくなり、屈託のない笑顔をアイオロスに向ける。大人になり、ただ綺麗というだけでなく色っぽさも加わった容姿に、アイオロスは心穏やかならぬ思いを抱くようになっていった。サガを見ていると、どこか甘酸っぱい気持ちになる。間近で見るオーシャングリーンの素晴らしい瞳。その輝きと目が合いそうになると、咄嗟に視線から少し外れたところを見てしまう。そよ風が彼の長い髪を梳くたびに、シャンプーの甘い薫りが鼻をくすぐる。白くツヤツヤと輝いているきめ細かな肌に触れたくなる……同じ男なのに、そんな気持ちを抱くなんて、どう考えてもおかしい。皆に知られたら恥ずかしさで小宇宙が大爆発してしまうだろう。でも……でも、サガが気になる。

 

そんなアイオロスの動揺を、さらに煽る存在があった。それが彼の弟カノンである。あんなに仲の悪かった兄弟が、今はいつでもどこでも一緒にいる。彼らの守護星である双子神も仲良しで有名だ。特に、弟神が兄神を愛してやまなかったと聞いた事がある。その宿命が、どの時代でも必ずお互いを引き寄せるのだろう。血筋があるというだけで、自分より優位な立場でサガと行動を共にするカノンに、最近のアイオロスは少なからず嫉妬を覚えていた。

 

 

十二宮の長い階段を駆け上がりながら、アイオロスは「ある事件」を思い出していた。彼にとっては、人生を狂わせる衝撃だった。まして、これからその張本人に会わなければならない。それを思うと、アイオロスは胸にちくりと痛みを感じた。

 

 

それは、昨日の事。

 

任務で外出中のアイオリアに代わり、アテネ市街で買い物をすませたアイオロスは、帰り道に海岸線沿いの道をぶらぶらと歩いていた。

 

「ここも変わってないな…」

 

過去の記憶を辿るようにのんびりと散策していると、海の方からカモメの鳴き声と波音に混じって、楽しそうな声が聞こえてくる。この辺りは波が荒く、危険な岩場も多いため、一般人が海水浴を楽しむのには向いていない。その代わり、屈強な聖闘士たちにとっては恰好の浜になっていた。海に漂う小宇宙に惹かれ、岩場に上がると、見慣れた衣類やサンダルが脱いで置いてあった。さらに視線を凝らすと、遠くの海に人影が2つ見える。パッと見そっくりだったが、アイオロスには難なく区別がついた。波間に顔を出しているカノン。そして……突出している岩に上がり、肩からバスタオルをかぶっているサガ。その長い髪から滴り落ちる雫さえ、ぎらぎらしたアイオロスの瞳にはっきり映って見えた。カノンが何か話しかけるたびに、サガは楽しそうに笑っている。たまに、カノンがサガに何か渡しているのも見える。聖戦を越えて絆を取り戻した双子。アイオロスには、その二人の仲の良さが、時折「兄弟以上のもの」に見えていた。二人して楽しそうに海遊びをする様子に、アイオロスは口ごもると、静かにその場を立ち去った。

 

 

「ずいぶん採れたな。もういいだろう。」

 

大きなムール貝を数個バケツに投げ入れ、カノンはしなかやな動きで海から上がった。長い髪を絞って水気を振り払うと、サガの横に座り、バスタオルを二人で被った。互いに顔を寄せて戦利品を眺める。二杯分のバケツの中は、貝の他にカニやエビも入って大漁だった。

 

「新鮮なうちに使おう。カノンは何が食べたい?」

 

「ぺスカト—レがいいな。全部入れたらかなりの量になる。店で食うと具が少なくて食った気がしなくてさ。これぐらいあれば満足できるよ。」

 

「……少し配りに行ってもいいか?」

 

サガのモゴモゴした言い方にカノンはニヤリと笑った。

 

「うちに呼べばいいんだ。射手座が来るなら獅子座も来るだろ。」

 

「いいのか?」

 

「別に。あいつらがいいなら、オレは気にしない。」

 

カノンの言葉に、サガの顔がパッと明るくなる。素直な様子に気を良くしたカノンは、寄り添うサガの肩にキスをした。その後は日差しを浴びて身体を休め、足だけ海水につけたり、子供の頃の話をして笑ったりしていた。しばらくするとカノンが立ち上がった。

 

「身体も乾いたし、そろそろ行くか。」

 

二人はバケツを持って一瞬で陸まで戻り、岩場に置いてある服を着始めた。

 

「あれ?」

 

「どうした?」

 

「ブレスレットがない。どこかに転がったみたいだ。」

 

サガは岩場の隙間をあちこち見たが、ブレスレットはなかった。以前、二人で街に行った時にお揃いで買った物だ。金の細めのブレスレットで、くるりと一周12星座のレリーフが施されている。

 

「せっかくカノンとお揃いだったのに。」

 

「また買えばいいんだ。なかったら新しいデザインのやつを二人で買おう。」

 

サガは惜しそうな顔でまだ探していたが、カノンに促されて諦め、それぞれバケツを持って帰っていった。

 

家に着くと、二人はすぐに浴室に向かった。双児宮の浴室ほど大きくはなかったが、二人は構わず一緒に入り、海水でベタつく肌や細かな砂を熱い湯で清めた。バスローブを着てリビングで休んでいると、カノンが大きな欠伸をした。

 

「カノン、子供みたいだ。眠いのか?」

 

「泳ぐと眠くなるんだよ。オレ、少し昼寝してくる。お前は?」

 

「そうだな、夕飯の用意をするにも早いしな。私も少し休むよ。」

 

カノンは伸びをすると、サガの背中に手をやりながら寝室に向かった。

 

 

 

ブレスレットが床に落ち、小さな金属音を立てた。後退りしたまま、アイオロスはぴくりともその場から動けず、ただ目の前の光景を眺めることしか出来なかった。

 

決してわざとじゃない。気になってもう一度あの海岸に行き、岩場に上がった時に、波打ち際で光るブレスレットを見つけた。裏側にはサガの名前が刻まれていた。二人の実家はこの海岸から近い。だから…届けに来たんだ。ただそれだけだった。扉が開いてたから、呼びながら中に入った。でも返事がない。適当に部屋の戸を開けたら……そこは寝室だった。天蓋の端が一ヶ所だけ結わいてあって、ベッドに横たわる人物をはっきり見てしまった。

 

…………………………………………二人で寝てる。

 

露になった白い肩に目を奪われる。仲がいいとわかっていたが、28にもなってまだ二人で寝るのか?!…椅子に掛けられた2着分のバスローブを見れば、毛布の下の恰好なんてすぐに察しがつく。しかも……しかも……

 

手を繋いでるし……………………!!!

 

寄り添う二人の手がしっかり結ばれ、安らかな寝息を立てている。世にも美しい双子の兄弟…やはり二人は神の化身なのか。ああ…サガ…サガ、なんて綺麗なんだ…! 弟に守られ、至福の眠りに身を委ねる最愛の人。カノンよ、お前ほど幸せな者は他にいない。

 

二人の姿に釘付けになっていると、急にサガがう〜んと寝言を言い、自然に結んだ手を放した。それが合図のように、カノンもさらにサガに寄り添い、頭をサガにすりつけている。その様子に、アイオロスはついにたまらなくなって、逃げるようにその場を立ち去った。

 

玄関の戸が閉まる音に気づき、カノンはゆっくり目を開けた。寝ぼけたまま部屋を見回したが、特に変わった様子はない。サガは熟睡している。

 

「気のせいか……」

 

しかし何かおかしな感じがする。上半身を起こし、もう一度部屋を見渡すと、床にブレスレットが落ちている事に気づいた。侵入者が残した微かな気配を読み取る。その主に気づいて、カノンは一人で悪戯っぽい目つきをした。

 

 

 

唸り声を発しながら、アイオロスは自宅を目指して走った。彼が通った後にはモウモウと土煙が上がった。すれ違う人に何か話しかけられた気がするが、頭の中は先ほどの光景でいっぱいで、挨拶どころではない。……下世話な妄想だが、あの兄弟はどこまで進んでしまったのだろうか?……まさか、いくら仲良しでも、実の兄弟にそんな事が許されるはずがない。

 

……でも相手はカノンだ。

女神に忠誠を誓おうとも、あの強気で常識など通用しないカノンだ…!

だからこそ、急がねばならない!

……でないと、本当に盗られてしまう!

愛しい人が、真にあの美形の弟のものになってしまう……!!!

 

家に着くと、アイオロスは自室のベッドにうつぶせで倒れ込み、うーんうーんと唸っていた。夕方、仕事から帰ってきたアイオリアが何か言いに来たが、あまりにもアイオロスの返事がいい加減だったので、呆れられ、そのまま放置された。その後も、アイオロスは夕食もとらずに唸り続け、おかげで隣室のアイオリアは一晩中安眠を奪われた。

 

そして夜が明け……運命の日を迎えたのだった。

 

 

「寝坊した上に、弟の前でボンヤリしてしまった。いい加減、しっかりしなくては。」

 

自宅から全速力で階段を駆け上がり、人馬宮で急いで聖衣を着けると、ギリギリの時間にも関わらずアイオロスは何事もなかったような顔で教皇の間に入った。シオン教皇への拝謁を済ませ、任務に向かおうと皆で宮を出た時、肩をポンと叩かれた。振り向かなくても誰の手かすぐにわかる。アイオロスの身体がカッと熱くなった。恐る恐るそちらへ顔を向けると、いつにも増して麗しいサガの姿があった。

 

「や、やあサガ……」

 

「おはよう、アイオロス……やはり顔色が良くないな。」

 

やはり?……と不思議そうな顔をしていると、サガは首を傾げて笑顔を見せた。今のアイオロスには危険な仕草だった。

 

「昨日、一緒に夕飯を食べないかお前たちを誘いに行ったんだが、具合が悪いとアイオリアに聞いて…心配してたんだ。仕事しても大丈夫なのか?」

 

ああそうか、とアイオロスは今さらながら思い出した。確かに夕方、弟が何か言いに来たが、適当に返事をしたせいで彼は出ていってしまった。

 

「今日は近隣諸島の偵察に行くだけだ。いつもより早く終わる予定らしい。」

 

「そうか。それは良かった…」

 

いちいち動揺して答える自分に、心の中がバレやしないかアイオロスはハラハラしはじめた。サガは気づいておらず、いろいろ話しかけてくる。横で聞きながら、アイオロスの頭の中に突然昨日の光景が浮かび上がった。

 

まるで映画の1シーンのようだ。天蓋が風をはらんで一部が舞い上がり、中にいる二人の姿が見えてくる。頭をすりよせて眠る美しき兄弟。シーツと見紛うほど白い二人の肩……アイオロスの妄想は勝手に大きくなっていった。

カノンが身体を起こし、横たわるサガと視線を交わす。何人も立ち入る事ができない、双子の完璧な絆。カノンの両腕がサガを強く抱きしめ、その深い抱擁にサガはゆっくりと瞳を閉じ、恍惚とした表情を浮かべる。カノンの唇が愛しげにサガの首筋をくすぐり、時折動きをとめてサガの好きな処に強く接吻している。抱きしめる腕に力がこもり、サガが甘い吐息をもらす。毛布の下で、サガの足が誘うようにカノンの身体をゆっくりとこすっている。口元が微かに動き、弟の名前を呼ぼうとしている……

 

「いやだ!!!…そんな事、断じて私は認めんぞ!!!!!」

 

「いやだじゃねえよ。仕事だから仕方ねえだろ。いいから早く歩け。」

 

突然立ち止まって大声を出したアイオロスに、すぐ後ろを歩いていたデスマスクが彼の背中を押した。サガも他のメンバーも驚いてアイオロスを見ている。やはりまだ蘇生の感覚に慣れていないのだろうか?……気の毒に……そんな哀れみに満ちた視線を浴び、アイオロスはムッとした顔でうつむいた。

 

「身体と魂がずれてんじゃねえのか。」

 

「それでも次期教皇かよ。えぇ?14歳。」

 

デスマスクのチクチクした厭味は、仲間がたしなめてもしつこく続いた。一行は途中で二手に別れた。アイオロスはミロ、カミュと組み、サガはデスマスクとアフロディーテの班になった。離れる事でいちいちドキドキしないですむのはいいが、道中サガと行動を共にできるデスマスクとアフロディーテに、フツフツとした不満が沸き上がる。ホッとしたり悶々したり……なんてワガママな感覚なのだろう?……とてつもなく遅く訪れた思春期の戸惑いに、アイオロスはやり場のない苛立ちを覚えた。

メンバーはそれぞれ予定通りギリシャ周辺の島々を巡り、特に異常がない事を確認し、夕刻前には再び聖域に集合した。

 

アイオロスの様子が昼間ほどおかしく感じられなかったので、サガは安心した。解散すると、皆それぞれに階段を降りて自宮に向かったが、アイオロスとサガは最後尾に二人で連れ立って話しながら降りていった。

 

 

「無事に会えて良かった。お前の事がすごく心配だったから…」

 

「悪いな、変な気を使わせてしまって。大丈夫だよ、ありがとうサガ。」

 

表面上は冷静を保っていたが、この時のアイオロスはアドレナリン大放出状態だった。かつて赤子の女神を抱いて聖域を後にした時よりも、はるかに緊張していた。

そう……アイオロスにはある計画があった。それを実行するかどうか、今、この帰り道にすべてがかかっているのだ。サガはいつも通り普通に会話していたが、決死のアイオロスには、もうその言葉のほとんどが聞こえていなかった。サガの話す語尾にうまく相づちを打ち、時々笑ってみせたりして誤摩化した。二人が進む宮は、宝瓶宮から磨鞨宮へと進んでいた。

この先には、アイオロスの守護宮である人馬宮が控えている。計画を実行するか否か、この区間の階段で決断しなければならない。日々自分を苦しめるこの悶々とした気分も、脳内にはびこる妄想も、愛しく儚い願いも、すべてはこの瞬間で決まるのだ。アイオロスの緊張度はMAXに達していた。

岩壁のカーブを切り、人馬宮の裏手が見えた途端、それが合図のようにアイオロスはサガに話を切り出した。

 

「サ、サガ……」

 

「何だ?」

 

「サガは………好きな人とかいるのか?」

 

「ははっ、お前がそんな質問をしてくるなんて。」

 

「ど、どうなんだっ?!」

 

アイオロスの焦りきった声に、サガはぴたりと立ち止まった。無言でアイオロスを見つめている。サガの感情が読み取れない。こんな不思議な表情のサガを今まで見た事がない。なんて暗い碧の瞳なのだろう?…そこに映り込む光が微かに震えている。

 

あれ……?

ひょっとして…まずいことを聞いてしまったのでは……

 

しばらく沈黙が続いた後、サガは少し悲し気な笑顔を見せた。どんな返事が来るのか、思わず息を飲む。

 

「…………ない。恥ずかしながら、特にそういう女性はいない。今も、昔も。………何故そんな事を?」

 

あっさりとしたサガの返事に、アイオロスはドッと脱力した。アイオロスの必死さが通じたのだろうか、サガは彼を嘲笑する事もなく、いたって冷静に彼の顔を見返してくる。再びサガが歩き出したので、アイオロスは慌てて追うように階段を降り始めた。

 

「ほんとに?……お前、すごい綺麗だし、いつも教皇の間の侍女たちに取り巻かれてるじゃないか。」

 

「普通に話はするけど。お前だって、聖域でもロドリオ村でも女性に囲まれて、嬉しそうにしているじゃないか。」

 

サガにしては珍しくムッとした言い方に、アイオロスは意外な感じがした。サガのような生真面目な聖闘士でも、自分以外にも美しい女性に囲まれる者がいれば、やはり嫉妬するのだろうか。男なら普通はそうだろう。

 

「しかし、それを言い出したらミロやアフロディーテはもっと凄いらしいぞ。あのクールなカミュもだ。何か気になるのか?」

 

「いや……別に……」

 

「アイオロス?」

 

ああっ……もうすぐ人馬宮に着いてしまう。せっかく大人の身体を女神に与えられながら、この体たらく。何と情けない男だ。しっかりしろ自分!…それでも次期教皇指名された黄金聖闘士か。聖域を守る射手座の戦士か。アイオロスは、声を出しそうなくらい心の中で自分を叱責し続けた。

 

「アイオロス……やっぱりお前、変だ。」

 

人馬宮の中央廊下を過ぎ、ついに入り口まで来た。サガは心配そうにアイオロスの腕に触れた。

 

「ここで着替えるんだろう?……今夜は早く休め。じゃあ、また明日。」

 

片手を上げ、サガはいつものようにアイオロスに挨拶し、帰ろうとした。

 

「違う!…違うんだよサガ!」

 

慌てるアイオロスを、サガは笑顔でなだめた。

 

「お前はまだ本調子ではないんだ。そんなに無理をしないで、ゆっくり時間を取り戻してほしい…お前の事が本当に心配なんだ……私もできる限り協力するから。」

 

再び帰ろうとするサガに、アイオロスの身体は無意識に動いた。彼の前に飛び出し、両手を広げて制止した。子供じみたやり方だと、充分承知している。目の前に立ちはだかり、両手を広げてうつ向いたままのアイオロスに、サガは息をつめた。

 

「………何の真似だ…」

 

両手で力一杯とおせんぼを繰り出し、相変わらずうつ向いたままだったが、アイオロスの強い意思にサガは圧倒された。やがて、アイオロスは絞り出すように声を出した。

 

「…………サガ…………好きだ…………」

 

「………………」

 

「好きなんだ……お前の事が……もう、どうにもならないくらいに……」

 

「アイオロス…………」

 

「………だから…だから…………」

 

頑張れ自分!

頑張れあと一言……!!

アイオロスはゆっくりサガと目を合わせた。

 

「……だから……今夜、ここへ泊まっていけ………」

 

アイオロスは恋人の答えを待った。愛しいサガ……わかってるよ、自分がどんなにおかしな事を言っているか。普通なら狂ってるとしか思われない。でも、告白したかった。人生で初めて、本当に好きになった人に。殴られてもいい。お前の答えを聞きたい……

 

一方、サガはぽかんとした顔でアイオロスを見返していた。一度からっぽになった頭の中が、次第にアイオロスの言葉でいっぱいになってくる。

 

好き、だから、泊まる。

好き……泊まる……

 

泊まる………………

 

途端に、サガの顔がカァ〜〜〜ッと赤くなった。熱すぎて目を閉じてしまうくらいの、ゆでダコ状態である。その顔のまま、サガは必死に口を開いた。

 

「……でも……アイオロス……私は……私は……」

 

戸惑いながらも、長い長い時間をかけてサガは答えを出そうとしている。アイオロスには、その待ち時間が永遠にも等しく感じられた。聖域が夕日に染まり、異常な静けさが二人を包む。アイオロスの額から一筋の汗が流れ落ちた。

 

「……アイオロス……私は…………」

 

「……何だい……サガ……」

 

サガは目を開けられないまま、小さな声で言った。

 

「………………替えの下着……持ってない……」

 

アイオロスの口が勝手にぱかっと開いた。そこなのか。泊まるのを躊躇する理由が、そこ。想像もしてなかった可愛い返事に、アイオロスも必死になる。

 

「替えならある!!……たまにここへ泊まる用に、新品がたくさん用意してあるんだっ……タオルも、新しい洗面道具もたくさんある!!!」

 

「…………ひとつもらっていいか……?」

 

「……いいよ……ひとつと言わず……全部あげる……だから……」

 

「ありがとう……」

 

思いがけない進展だ。自分よりよっぽど初なサガの様子に、アイオロスの心は荒馬の如くいなないた。今までの妄想は何だったのか……満身の勇気が、杞憂など簡単に吹き飛ばしてしまった。今のサガを見ればよくわかる。どんなに弟と仲が良くても、女性に慕われても、サガはずっとアイオロスを愛していたのだ。その証に、サガはこんなにも素直で、ありえないくらい可愛い姿をアイオロスに見せている。すっかり有頂天になったアイオロスは、真っ赤な顔でまだ目をつぶったままのサガを力一杯抱きしめた。

 

 

 

携帯が鳴ったので、カノンは名前を確認して通話ボタンを押した。

 

「……ああ兄さん、どうした?まだ終わらないのか?……………泊まる?どこに?…………ふーん…………そうか、わかった。いいよ兄さん。食事なんかどうにでもなるよ。ところで、隣にアイオロスがいるんだろ?ちょっと代われ。」

 

電話の向こうでゴソゴソ音がしていたが、やがて緊張した声色のアイオロスが出た。途端にカノンの顔がニヤニヤし始めた。

 

「………アイオロス………この野郎。ようやく兄さんの気持ちに気づいたな……まあいい。大切な兄さんを預けるんだ、お前の大人の対応に期待するとしよう……そうだ、大切な事を教えてやる。サガは耳が弱点だ………だから、そこばかり狙え。わかったか。後はお前に任せるが、無理させるなよ。」

 

息を詰めたような音がして、ブツッと通話が切れた。カノンはソファに寝転がり、携帯を絨毯に放り投げて大笑いをした。

 

 

 

 


 
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