No.924443

ひねもすの導 1

oltainさん

フライング気味にひねもすのお話でも。適当に書きます。

2017-09-30 23:46:14 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:456   閲覧ユーザー数:449

よく晴れた日の午後、人通りの少ない田舎道の外れで、釣りを楽しむ男が一人いた。

男の表情は、不機嫌であった。故に楽しんでいる、という表現はいささか誤りかもしれない。

その曇った表情は、傍らに置かれている魚籠の中身が空である事に起因している。

気長に獲物を待つ事が肝要とされる釣りだが、どうやら男の性分には合っていないらしい。

 

「釣れんな……」

聞く者のいない虚空に向かって、俺は一人呟いた。

釣りを初めてから恐らく一、二時間は経過しているだろうが、手元の竿は今だに沈黙したままである。

気長に獲物を待つ事が肝心なのだろうが、生憎と俺にとっては好きになれそうにない。

 

一向に獲物の掛かる気配を見せない釣り竿から視線を外し、首を傾けてのどかな風景を見やった。

田植えが終えられたばかりの田んぼには、いずれ豊かな実りを結ぶであろう青々としたイネの苗が広がっている。

大事がなければ、秋にはさぞかし大量の米が収穫されるのだろう。

その遥か向こう側では、イネとは比べものにならない程に豊かに生い茂った木々が立ち並び、山の一部を形成していた。

ところどころに、農作業をしているらしき人々の姿が点在しているのが確認できた。

 

首を戻すと、魚が棲んでいるのかいないのかよく分からない緩やかな渓流。

その向こうには見通しの悪い森林があり、頭上に広がる青天とは裏腹に暗い影を落としていた。

つまり、ここは光と影の境界に位置するわけだ。

 

だから何だというのだ、馬鹿馬鹿しい。

光と影、陰と陽、二つを束ねて世の怪異に立ち向かう者を陰陽師と呼ぶ。

……と思っていたのだが、どうやらこの時代での陰陽師は俺のイメージしていたそれとは大きくかけ離れたものだった。

 

墓戻りと呼ばれる妖。妖を退治する陰陽師。そして、式姫。

いきなり知らない世界に放り込まれ、よく分からない説明を受け、当然のように頭の中は混乱していた。

 

ここより遠く離れた、これから自宅になるであろう屋敷では、俺をこの時代へと招いた元凶である少女が掃除をしている。

本来であれば手伝うのが当然なのだが、押し問答の末に結局釣り竿と魚籠を持たされてしまった。

恐らくは俺を気遣っての事なのだろうが、だからといって魚の釣れない釣りなど、楽しめる筈もなかった。

大半が暇を占める釣りに興じているうちに、気持ちはすっかり落ち着いたが、頭の混乱はどうにも収まりがつかない。

現実味がない、というよりむしろ現実逃避している。故に俺は、考えこむのを放棄した。

考えても分からない事は、それ以上考えない。

 

 

「ん?」

ふと横を見ると、何やら包みらしき物体が道端を歩いてくるのが目に入った。

犬や猫が咥えているわけでもない。文字通り、足を生やしている。

俺は反射的に釣竿を引き上げ、魚籠を手にして立ち上がった。

いくら田舎とはいえ、こんな白昼堂々と妖怪が闊歩するとは思えないが、用心に越した事はない。

もう一人、俺と同じく釣りに訪れていた可愛い相棒は、ここより離れた別の場所で釣りをしているはずだ。

妖怪を何とかできるのは彼女くらいなのだが、どうも間に合いそうにない。

 

道に沿ってゆっくりと歩いている妖怪風呂敷包みは、目が見えているかの如く俺の方へと向かってくる。

そこまで近付いてきて、はっと俺は気付いた。その包みの柄には、見覚えがある。

釣り竿を置いて身構えていると、風呂敷包みの裏から小さな妖がひょっこりと顔を覗かせた。

「そう構えんでもよい。わしじゃよ」

緊張の糸が切れて、俺はようやく肩をなでおろした。

 

 

 

タンコの担いできた風呂敷包みを解くと、二人分の簡素な食事が出てきた。

「腹をすかせておると思ってな、芙蓉が作ってくれたのじゃ。ありがたく思えよ」

「いただきます」

 

おにぎりを頬張りながら、俺は目の前の小さな妖を眺めていた。

屋敷から片道でも半時はかかるはずだが、こいつずっと担いできたのか?

道行く人々に見られたら、まず無事では済まないと思うのだが……。

 

「何じゃ?わしは要らんぞ」

そんな事聞いちゃいないよ。

「美味いか?」

こくこく。

「まぁ当然じゃな。芙蓉は料理上手じゃからのう」

いやこれ位なら俺でも作れるっての。たかがおにぎり程度。

 

親バカというより、お目付け役と表現した方が正しいかもしれない。目の前のちびっこ妖怪ことタンコは、やたらに芙蓉の事を気にかけている。

つまり、彼女の事を褒めてやれば、大体こいつも機嫌が良くなる。

ただし一歩間違うと、可愛い娘を心配する親父の如く怒りだす。面白くて、面倒くさい奴。

まだ知り合って数日と経たない俺の元へ、こうやって昼飯を届けてくれるあたり、根は悪い妖怪ではないのだが……。

 

世の中に潜む妖怪共が、皆こいつみたいだったらどれだけ楽か。

しかし、そんな甘い期待は頭の中ですぐに消えた。

 

数日前の騒動、俺がこの世界へ呼びだされていきなり妖怪と対峙した、悪夢のような出来事。

良くも悪くも、一生忘れられない思い出になるだろう。

 

のんびり釣りを楽しむのも、平穏といえば平穏だ。

けれど、それは俺の体が覚えている平穏とは異なるもの。

今のところ、元の世界に帰れるアテはない。というか、今更帰りたいなどと言えるような立場ではない。

現実はいつだって、俺の想像以上に複雑でシビアだ。そう思える位には、俺も余裕はあるのかもしれない。

「浮かない顔じゃな、腹でも痛いのか?」

黙れちびっこ。こっちの悩みなんぞ分かりっこない癖に。

 

 

 

「おーい!」

呼びかける声に振り向くと、遠くから水色の着物の少女が手を振っていた。

俺と同じように、釣り竿と魚籠を持っている。

こっちも軽く手を上げて応えてやると、年頃の少女らしく元気一杯に駆け寄ってきた。

「ほら、見て!」

突き出された魚籠の中には、獲れたばかりの新鮮な魚がぴちぴちと跳ねている。ざっと見て三、四匹程度か。

「凄ぇな……」

「えへへー、えらい?」

「偉い偉い」

頭を撫でてやると、それに呼応するように獣耳がぴくぴくと震え、尻尾が荒ぶる。

さっきまでの俺の陰鬱な考えを吹き飛ばさんばかりの眩しい程の笑顔を向けてくれるこの子は、式姫の飯綱。

飯綱というのは種族名であり、俺が付けた名はなずなという。

発音が似ているからという実に安直な理由で選んだ贈り物だが、当の本人は気に入ってるらしい。

可愛いらしい見た目からは想像できないが、俺の知る、唯一の妖怪に対する切り札。あと、胸が不相応に大きい。

 

「ご主人様は?」

俺は首を横に振って、自分の魚籠をひっくり返してみせた。

「何じゃ、ボウズか。情けないのう」

タンコが口を挟んできた。むっと睨み返したが、事実なので何も言い返せない。

「あはは、しょうがないよね」

「二人ともボウズじゃなくて良かったよ」

一足先に昼飯を終えた俺は、おにぎりを手に取る飯綱をよそに寝転んだ。

 

しばらくそうしていると、不意にタンコから呼びかけられた。

「のう、オオカミ坊主」

「……何ですかそれ」

「おぬしの渾名じゃ。釣果ゼロのお主にぴったりじゃろ?」

「ほっとけ、ちびっこ」

俺はそれ以上何も言わずに、タンコに背を向ける。ボウズは余計だ。

 

タンコも飯綱も知っている俺の名は、尾上という。

……のだが、初めて名乗った時以来このちびっこ妖怪からはオオカミ小僧と呼ばれている。

流石に頭に来たので何度か訂正を求めたが、生意気にもこいつは止めようとしないので、俺の方もタンコの事をちびっこと呼んでいる。

気楽に渾名で呼び合える仲というのは傍から見れば微笑ましい事なのかもしれないが、俺は生意気な奴は嫌いなので複雑な気持ちだった。

 

「ところで、オオカミ坊主よ。お主、飯綱とは仲良くやっておるか?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………多分」

本人の目の前で言いたくなかったが、正直に言うと仲が良いのかどうか微妙なところ。

飯綱とは、まだ知り合って一週間と経っていない。

式姫は顕現しているだけで体力もお腹も減っていく。そこは人間と変わらない。

故に、妖と遭遇した時や、どうしても人手が欲しい時など、いわゆる緊急事態でのみ使役する事にしている。

俺の方針には飯綱も特に文句を言うわけでもなく、今の所は大人しく従ってくれている。

 

好物や弓の心得うんぬんについては何も知らない。

その辺について興味が全くないわけではないが、知り合って日も浅いうちから根堀り葉掘り尋ねるのも失礼と思ったからだ。

……というのは建前であり、実のところは俺に積極的に話しかけるだけのコミュ力が無いだけである。

 

他に飯綱について知っている事と言えば、履いてない事くらいか。素朴な疑問だが、何故履いてないのだろう。

江戸時代って、下は履かないんだっけ?歴史に疎い俺には分からない。

これが現代なら確実に御用だ。

 

正直、個人的にはあまり嬉しくはない。慣れの問題もあるのかもしれないが、気が気でない。

子供っぽい容姿と言動の通り、飯綱は元気がいい。

つまり、ふっとした瞬間にアレとかコレとか結構見えてしまいそうになる。いや注視していないけど、多分そう。

履いてくれ、などと言える勇気は勿論ない。それではこっちが異常に恥ずかしがっているようではないか。

本人は全く気にしていないようなので、しばらくはこのままでいいかな。

 

聞いているのかいないのか、飯綱は主からの微妙な返答に嫌悪感を示すわけでもなく、

ただ黙々とおにぎりを頬張っている。流石に今の返事はマズかったかな。

 

「飯綱は、こやつをどう思う?」

「んー?ご主人様はご主人様だよ」

飯綱が即答する。喜んでいいのか悲しむべきなのか、微妙な回答。

しかし、よくよく考えてみればおかしくもなんともない。

俺が飯綱の事をよく知らないのと同じく、飯綱も俺の事をよく知らないのだから。

 

時間はたっぷりとある。焦る必要はない。少しずつ、お互いを理解して歩み寄っていけばいい。

恐らく、飯綱――いや、これから出会うであろう式姫達とは、長い付き合いになるだろうから。

 

昼飯を終えた後、俺は飯綱とタンコに先に帰るよう促した。

魚は鮮度が命だし、タンコ一人に魚籠を抱えて持って帰ってもらうのは少々心細い。

わしを小動物扱いするでない、と反対されたが道中に妖怪と遭遇する可能性もある。飯綱がいれば安心だ。

「お主はどうするんじゃ?」

「のんびり散歩でもしながら帰りますよ」

「そうではない、妖と遭遇したらどうするのかと聞いておるのじゃ」

「その時は、逃げて帰ります」

「…………」

馬鹿馬鹿しい返答にタンコは少々呆れていたが、なんとか二人は説得に応じてくれた。

「ご主人様、早く戻ってきてね?」

「あぁ、心配すんな」

飯綱は少々寂しそうだったが、去り際に頭を撫でてやるとまたいつもの笑顔に戻った。

可愛いなぁ、もう。

 

二人の姿を見送った後、俺は道具を持って逆方向へと歩きだした。

川沿いに歩き続けること数分、森林と道を繋ぐ小さな橋が現れた。

暗い道の入口には、古い鳥居が立っている。奥に神社があるのだろう。

元来、神頼みにすがるような性分ではないのだが、ちょうどいい機会だ。

この狂い始めた運命が、少しでも良くなる事を祈る位ならバチは当たらないだろう。

 

暗いとはいえ、流石に昼間である。全く歩けないという程でもない。

いい具合に日差しが遮られ、森林特有の匂いと涼しさに身を引き締められる。

……いかにも、何か出そうな雰囲気もあったけれど。

 

道は一応、歩きやすいようには整備されている。

とはいえ、場の雰囲気が雰囲気なだけに長居をしたくなるような所ではない。

足元を確認しながら、蛇行する道を一人黙々と進んでいく。

 

辺りはひっそりと静まりかえっており、鳥の鳴き声すらしない。

ちらりと遠くへ目をやったその時、視線の端に奇妙なモノが映った。

緑と茶色が視界の大多数を占める中、それは森林に不釣り合いなピンク色をしている。

いったん歩みを止めて気配を伺う。が、向こうに動く様子は見られない。

 

得体の知れないピンク色の物体に全神経を集中させながら、そろりそろりと近付いていく。

髪だ。それも、長いだけでなくかなりの量。

無造作に投げ出された足には黒いニーソ、着物は髪とは違う暗い感じの梅色。

首には季節外れなマフラーが巻かれている。

異質、ここに極まれりといった所か。そんな少女が、木にもたれて座り込みながら眠っていた。

 

「…………」

さっきまでの涼しさが消え去り、緊張で体が強張るのを感じる。

妖も昼寝をするのだろうか。それとも、こうして油断して近付いてきた人間を襲うのか。

とりあえず、無事かどうか確認してみるべきか。そう思って俺はかがんで、そっと手を伸ばす。

「!?」

 

腕を掴もうとした俺の手が止まる。

この腕は……人のそれではない。球体関節。人形に使われるモノ。

 

ふむ、人形か。

微動だにしないそれを角度を変えて観察してみたが、とても人形とは思えない程の精巧な造り。

現代技術でも、ここまでヒトに近いモノが作れるだろうか。

生憎、俺はロボットや工学に通じていない。けれど、これだけは言える。これは、江戸時代の技術では到底作る事は出来ないものだ。

 

先程は躊躇したが、思い切って腕に触れてみた。冷たい。

ただ感触は機械のそれとは少し違う。人工的な皮膚、とでも形容すべきか。

腕を離して、今度は肩を掴む。軽く揺すってみても、目を覚ます気配はない。

壊れているのかどうかも分からない。が、機械を動かす方法は直感が知っている。

 

手首と腰には、歯車のようなギミックが取り付けられていた。

最初見た時にはただの飾りかと思ったが、どうやら違う。

試しに、手首に付いている歯車を回そうと試みる。が、ぴくりとも動かない。

こっちは本当にただの装飾らしい。では、腰の方はどうだろうか。

 

ちょっと失礼、と心の中で呟きながら俺は腰の歯車を掴んだ。

もはやここまでくれば、関わらずに立ち去ろうなどという選択肢は完全に頭の中から除外されている。

ふんっ、と力を込めれば、少しずつだが歯車が動く。よし、こっちが当たりだ。

カチカチカチ、カチカチカチと小さな音が静かな森林の中に響く。

 

5週程回した所で、俺は手を止めた。

「…………」

駄目だ、動く気配はない。回数が足りないのか、それとも壊れているのか。

うーむ、仕方あるまい。もう少しだけ回してみるか。

 

カチカチカチ。

「…………」

もう少し、もう少しだけ回そう。

 

カチカチカチ。もう少し。カチカチカチ。もうちょっとだけ。カチカチカチ。もうちょい。

 

 

 

 

「あーくそっ!」

手がしびれる程回したのに、相変わらずこの人形はうんともすんとも言わない。

となれば、文句の一つも出てこようというもの。

やっぱりこいつ、壊れてるんじゃないか?俺は汗の垂れてきた額をぬぐいながら、頑なに沈黙を守っている人形を睨んだ。

もうこれ以上は回せない。握力が完全に死んで、手がプルプルと震えている。

持って帰って色々と調べてみるか?

いや、そもそもこんな大きさのモノを一人担いで帰るなんて無理な話。

こういう時に、飯綱がいてくれたらな……。

 

俺の視線は、人形の寝顔から豊かな胸へと移動した。

「…………」

そういえば、ここにもスイッチに似た突起物があった。試してみる価値はあるかもしれない。

 

背後を振り返り、辺りに人がいない事を確認する。

念の為、人形の頬をペチペチと叩いてみたが反応は返ってこない。

ドクン、と心臓が高鳴るのを感じる。今なら、誰も見ていない。

 

断っておくが、これはあくまで起動するかどうかの実験である。そう、実験だ。

決して胸を揉みたいなどという劣情から来ているものではない。

ごくりと唾を飲み込み、恐る恐る胸の双丘へと手を伸ばした。

 

 

 

むにゅん。

 

 

 

「ますたー」

それまで微動だにしなかった人形が、突然発声した。反射的に俺は手を引っ込める。

次の瞬間には凄まじい一撃が俺の体に叩き込まれ――るかと思ったが、目を覚ました人形は非常にゆっくりとした動作で背を起こした。

 

目を開き、こちらをじっと見ている。その表情は寝顔と何も変わらない、無表情そのもの。

俺は蛇に睨まれた蛙のように、動けなくなってしまった。

「動いた……」

 

 

 

「通常モード起動完了。貴方が、私のますたーですか?」

どこかで聞いたような台詞を少女が口にする。

「えー、あ……」

急に稼働しだした人形に、そんな事を問われても困惑する。

よく漫画やゲームなどでは、主人公が間髪入れずに格好良く答えたりするのだが俺にはとても真似できそうにない。

 

ここで『はい』と答えれば、この子は俺をマスターと認識するだろう。

そして大体、そういう契約というのは生涯ついてまわるもの、というのがお約束。

かといって、『いいえ』と答えるのも間違いな気がする。

首を横に振れば、俺は恐らく胸を触った不埒者もしくは敵対者とみなされる可能性大。

 

とすると、全力で逃げるか?いや、それこそありえない。起こしてやったのは他でもない俺なのだ。

今更あぁすいませんちょっと冗談で歯車回してみただけですよアッハハハでは失礼なんてどの口が言えようか。

 

 

 

結局、はいともいいえとも言えずに俺はその場で固まってしまった。

一人狼狽している変人の様子を、人形は座ったまま上から下までゆっくりと眺めている。

その後、再び視線が交錯して人形が口を開いた。

 

 

 

「貴方をますたーと認定します。お名前を」

 

 

 

何を勘違いしたのか、とうとう一方的に認定されてしまった。お名前?俺の名前か?

「尾上」

「オガミ。で間違いありませんね?」

こくり。

「私は天探女。戦闘モードでは斧を振るいます」

アマノサグメ?日本神話で確かそんな名前の神様が出てきたような気がするが……。

しかし、目の前の彼女はそんな大それた存在というような感じではない。

人形、というわりには、非常に流暢に話す。しかも、自分から。

 

俺は顎に手をやって考える。神様でも人形でもない。多分、妖でもなさそう。

となると……。

「式姫か……?」

独り言のように呟いたが、どうやら本人に聞こえたらしく天探女はこくりと頷いた。

「その通りです、ますたー」

ふむ、そういう事か。

まだ知りたい事はいくつもあったが、とりあえず今はあれこれ考えるのを止めよう。

 

俺は先に立ち上がって、新しい仲間に手を差し出した。

「とりあえず、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします、ますたー」

 

 

「とりあえず、連れて帰るって事でいいかな?」

彼女を立ち上がらせると、俺は真っ先に帰宅を提案した。

斧を振るうと言っていたが、それらしきものは周辺には見当たらなかった。

無くしたのか、誰かに持っていかれたのか分からないが得物がなくては彼女とて心細いはず。

それに、名前も考えてやらないと。

 

「構いません。ところで、ますたー」

さて歩きだそうとしたところで、背後から天探女が呼び留める。

「相手の了承なく胸を触るのは、今後は止めた方が良いと提案します」

無機質な声が、森林に響いた。

 

自己紹介を終えて、少しは仲良くなったかなと思ったところへ冷や水を浴びせるような発言。

場の雰囲気が一気に気まずくなった。わざとなのか馬鹿なのか、それとも根に持ってるのかコイツは。

まぁ何を言われても、悪いのはこっちなんだけど。

……ん?という事は了承さえ得られれば触ってもいいのか?

 

「……すまん」

俺は振り返らずにぽつりと呟いて、先に歩きだした。


 
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